2012.3.3(土)
喋れなくなった律子先生に背中を押され……。
タラップを降ります。
わたしたちが降りても、みんな窓から手を振ってくれます。
OLさんは、なまはげのお面を出して、被ってみせてくれました。
笑う場面なんだよね。
でも、笑えないよ。
お面を取ったOLさんの顔も、くしゃくしゃに歪んでました。
OL「お2人とも、お元気で……」
律・み「さよならじゃないからね!
また、会いましょう!」
どうして……。
どうして、この人たちと、お別れしなきゃならないんでしょう。
どうして、このままみんなで……。
このバスに乗って、日本中を旅して回れないんでしょう。
どうして、人の世には別れがあるのかな。
一日が楽しかっただけに……。
別れが……、ほんとうに身に染みます。
ようやく、バスが動き始めました。
バスの窓から手を振るみんなが、だんだん遠くなります。
律「行っちゃったね」
み「うん。
切ない」
律「顔、ぐちゃぐちゃよ」
み「人のこと言えませんて。
その顔じゃ、外歩けないよ」
律「わたしは、元がいいからいいの。
でも、Mikiちゃんは止めた方がいいわね。
迷子かと思われるわ」
み「なんじゃそりゃ。
ま、ともかく、ホテルに直行しよう」
律「遠いの?」
み「すぐそこ」
律「この道路の反対側、川なんだね」
律「ひょっとして、堀割り?」
み「これは、旭川っていう自然の川」
み「旧雄物川の支流だよ。
この川の向こうに……。
『川反(かわばた)通り』っていう歓楽街があるんだ」
律「“歓楽街”!
また、レトロな響きね」
み「『まっぷる』に、そう書いてあった」
み「東北では……。
仙台の国分町に次ぐ歓楽街だって。
飲食店が1,000軒もあるそうよ」
律「なんだ……。
飲食街なの?」
み「何だと思ったわけ?」
律「歓楽街なんて云うから……。
遊郭かと思った」
み「いつの時代の話よ!
今どき、そんな街があるかい」
律「でも……。
面白そうね」
み「後で……。
夕食行く途中に、歩いてみよう」
律「あら。
お夕食は、宿で食べないの?」
み「ホテルには、居酒屋が入ってるけど……。
それじゃ、つまらないじゃない」
律「なんだ、今日はホテル?
旅館で、部屋食かと思ってた」
み「どうしてよ?」
律「だって、この旅行のコンセプトは……。
『温泉と自然を巡るローカル線の旅』だったじゃない」
み「よく覚えてたね、そんなこと」
律「何言ってるの。
聞いたのは、きのうよ」
み「あ、そうか……。
連載が始まったのは、去年の10月だけど……。
まだ1日しか経ってないんだった」
律「何、わけのわからんこと言ってるんだろ。
ところで、まだ着かないの?」
み「あ、通り過ぎるとこだった。
ここここ」
律「ここ?
ビジネスホテルじゃないの?」
み「名を聞いて驚くな。
その名も、『ホテル グランティア秋田 SPA RESORT』」
律「長い名前。
でも、いちおう“SPA”が付いてるわけね」
み「左様です。
もちろん、天然温泉だよ」
フロントで鍵を受け取り、お部屋へ。
み「おー。
いいお部屋」
律「ちょっと……。
あんた」
み「何よ?」
律「ここ、ダブルじゃないのよ!」
み「左様です」
律「左様ですじゃない!
道理で、さっきのカウンターのお姉さん……。
微妙な顔してると思った」
み「ダメ?
お部屋、変えてもらう?」
律「いいよ。
メンドくさいから」
み「わーい」
わたしは、バッグを放り出し……。
ベッドの上に身を投げ出します。
み「カムォ~ン」
律「バカたれ!
調子に乗るな」
み「だって、今いいって言ったじゃん」
律「部屋は、このままでいいって意味でしょ」
み「なら、いいってことじゃないのよぉ」
律「それとこれとは別。
手足縛って寝て貰うから」
み「こんな感じ?」
律「こんな感じ!」
み「ひどぃ~。
わたし、おしっこ近いんだからね。
お酒飲んだら、2回は起きるかも。
その度に、おトイレ連れてってよね」
律「わたしは、いったん眠ったら……。
雷が落ちても起きないから」
律「朝まで我慢してちょうだい」
み「お酒のおしっこは、我慢できないよ。
垂れ流してやる。
朝起きたら、ベッド水浸しだよ」
律「あんた、やっぱりバスルームで寝なさい。
素っ裸で寝れば、垂れ放題よ」
み「あ~ぁ。
今夜は、飲み放題に垂れ放題か。
情けないのぅ」
律「簡単に納得するな!」
み「あ、便器に座ったまま寝ればいいんじゃないか?」
律「そんなことできるの?」
み「毎日、図書館で座ったまま寝てる」
律「器用なヤツ。
やっぱりダメ。
わたしだって、トイレ入るんだから」
み「洗面台ですれば?
病院の先生で、洗面台でおしっこする人、いるんでしょ?」
律「いるけど、男の先生に決まってるでしょ。
女の先生でそんなのがいたら、変態よ」
み「すでに変態だと思うが」
律「なんだと!
って、なんでわたしが、洗面台でおしっこする話になってるわけ?」
み「なんでだろ?
ま、いいではないか。
旅は、自らを解放する場でもあるわけだ」
律「いわゆる、旅の恥はかきすて、ってやつね」
み「そうそう」
律「好かないわ。
そういうの」
み「そう言わんと。
で、提案なんですけど……。
飲みに行く前に、お風呂すましちゃわない?」
律「それが、『旅の恥はかきすて』と、どう繋がるのよ?
あ、そう言えば、“温泉”はどうなったの?
こんなビジネスホテルに泊まって」
み「このホテルには、『華のゆ』っていう温泉施設が併設されてるのだ」
み「いわゆるスーパー銭湯みたいな感じだね」
律「“温泉”とは、だいぶ雰囲気が違うんですけど」
み「でも、立派な“天然温泉”なんだよ。
土日祝日の利用料が、850円もするんだから……」
み「けっこう充実した施設。
その施設を……。
宿泊者は、タダで利用できるってわけよ」
律「ほー」
み「興味出てきたでしょ?」
律「まあね。
でも何で、“旅の恥はかきすて”から、スーパー銭湯に繋がるわけ?」
み「今の時間なら、たぶん空いてると思うから……。
お風呂を先にしないかって言ったわけ。
やっぱり、恥ずかしいでしょ?
見られたら」
律「へ~。
そんな心遣いしてくれたんだ」
み「左様です」
律「でも、わたしもう平気だよ。
見られても」
み「え?
生えたの?」
律「この年になって、生えるわけないでしょ」
み「わかった。
カツラだね」
み「生え際、どうなってるの?
お風呂で、じっくり見せてちょうだい」
律「カツラなんか、付けるかい!」
み「ツルツルのまんま?」
律「あたりまえでしょ」
み「じゃ、何で平気なのよ?
わかった。
入れ墨だ」
み「毛の一本一本まで、精魂こめて彫りましたってやつね。
それは、ぜひ見なくては。
でも、痛そう~」
律「どうしてそう、アホなことばっかり思いつくかね」
み「真っ白けのまんまなの?」
律「さっきから言ってるでしょ」
み「やっぱ、年取ると……。
いろんなことが、恥ずかしくなくなるのかねぇ」
律「だから……。
年なんか、そんなに違わないじゃないの」
み「なら、ほかにどんな理由があるのよ」
律「世の中の価値観の方が変わったわけ」
み「へ?
どんなふうに?」
律「今は……。
アンダーを完全に処理しちゃうっての、珍しくないのよ」
み「日本人でもそうなの?
ネットで見る外人は、むしろツルツルの方が多いけど」
律「その影響もあるかもね。
あれ見た人が、無い方が綺麗だって思ったのよ」
み「うーむ。
特に日本人は黒いから……。
剛毛の人は、スゴいよね」
律「黒いパンツ穿いてるみたいな人、いるわよ。
患者さんでも」
み「熊の手が、股を鷲掴みしてるみたいな」
律「あんたの表現は、いちいち下品だわね」
み「リアリズムは、下品なのじゃ」
律「あんたの小説、リアリズムを追求してないんでしょ?」
み「そだよ。
リアリズムは下品だからね」
律「都合のいいやつ。
で、今はエステでも、アンダーの完全脱毛コースがあるの。
“ハイジニーナ”って、聞いたことない?」
み「廃痔煮菜?」
律「ばかたれ。
ハイジは、アルプスの少女ハイジのこと」
律「つまり、ハイジみたいにツルツルにした人を……。
“ハイジニーナ”って云うのよ(マッチロックさんに教えていただきました)」
み「それは、初耳じゃ。
ハイジって、あそこに毛が無かったんだ」
↑この程度の画像しかなかった
律「あたりまえでしょ。
子供なんだから」
み「ハイジって、いくつなの?」
律「知らないわよ。
でも、少なくとも、初潮前じゃない?」
み「ふーん。
クララも生えてないのかな?」
律「無いでしょ」
↑さすがクララには、スケベ画像がありましたね
み「ペーターも?」
律「ペーターって、誰だっけ?」
み「ヤギ使いの少年」
↑こいつの画像は無くてよい
律「あぁ。
あの子ね。
無いんじゃないの?
生えてたら不気味よ」
み「ヨーゼフは?」
律「誰よ、それ?」
み「犬」
律「ばかたれ!
犬なら、生まれつき生えてるでしょ!
アホなこと言ってないで、行くわよ。
お風呂」
それでは、さっそく……。
浴衣に着替えて、お風呂に行ってみましょう。
ホテルとは、独立した施設です。
律「日帰り健康ランド!
これのどこが、『温泉と自然を巡る旅』なんでしょうね?」
み「楽しげじゃん。
美弥ちゃんと行った別府のホテルも、こんな感じだった」
律「何てホテルだっけ?」
み「杉乃井ホテル」
み「面白かったよ~」
さて、『華のゆ』の料金表は次のようになってます。
もちろんこれは、『華のゆ』だけを利用する人の料金。
今日は土曜日だから、850円ですね。
ホテルの宿泊者は、これがタダになります。
み「お得だろ?」
律「確かにね。
850円浮いたら、豪華なランチが食べられるわ」
み「案外セコいこと言う先生だね」
律「庶民感覚を忘れた、その瞬間から……。
医者は、患者の痛みがわからなくなくなるものよ」
み「へー。
いいこと言うね」
律「わたしの恩師の言葉」
さっそく、入りましょう。
もちろん、館内は男女別です。
外はもう暗いですが、時間は、まだ18時。
思ったとおり、それほど混んでません。
み「これじゃ、見せ甲斐が無いんじゃないの?」
律「別に、見せたいわけじゃないわよ。
空いてる方が、ゆっくり出来ていいでしょ」
律子先生は、何のためらいもなく、すっぱりと浴衣を脱いじゃいました。
見てるこっちの方が、ドキドキします。
律「ちょっと。
その目線、何とかしてくれる?」
み「何ともなりまへん。
ご開帳を待ちかねております」
律「ヘンタイ」
み「何とでも言って」
律子先生は、ブラを外すと……。
律「ほら見なさい」
すぽーんと、パンツも降ろしました。
み「出た~」
律「お化けみたいに言うな!」
み「ほんとにツルツル」
律「かわいいでしょ?」
み「うん。
なんか……。
生えてる方が恥ずかしくなるくらい」
律「Mikiちゃんも剃っちゃったら?
剃ってあげようか、お風呂で?」
み「そんな!
ほかのお客さんがびっくりしちゃうよ」
律「バカね。
お部屋のお風呂でよ」
み「なんだ~。
ここじゃないのかぁ」
律「何がっかりしてんのよ。
ほら、行くよ」
律子先生は、お尻を振りながら、先に行っちゃいました。
しかし、ほんとに綺麗なお尻です。
年を取ると、肉が萎んで……。
尻たぶの下に、笑窪みたいなくぼみが出来たりするものですが……。
律子先生のお尻には、その気配さえありません。
ぷりけつです。
と、見とれてるうちに、たちまち先生は、お風呂場の方へ行ってしまいました。
脱衣室からは、お風呂場が見えません。
渡り廊下で繋がってるようです。
律子先生は、タオルで前を隠そうともせず、大手を振って歩いていきます。
40にもなると、人は変わるもんですね。
律「Mikiちゃん、何ぼんやりしてるの。
早くおいでって」
裸の先生に呼ばれ、がぜん鼻息が荒くなります。
一瞬で素っ裸になり、後を追います。
み「待ってよ~」
渡り廊下を抜けると、広い流し場(画像が見つかりませんでした)。
とりあえず、お湯を被って身を清めます。
律「さ~て。
どれから入ろうかな?」
み「やっぱ、これじゃない?」
律「いい香り」
み「檜だね」
大きな檜風呂から、お湯がなみなみと溢れてます。
律「あー、いい気持ち」
み「極楽、極楽」
思う存分、手足を伸ばします。
み「なるほど……」
律「どうしたのよ、お湯なんか舐めて」
み「泉質とか、事前に調べてきたからね」
律「ウンチクを語ろうってわけね」
み「左様です」
律「手短にしてちょうだい。
のぼせちゃうから」
み「はいはい。
ちょっと、お湯、舐めてみて」
律「あれ?
しょっぱい」
み「泉質は、『塩化物強塩泉』」
律「ふーん。
でも、匂いは無いわね。
色は、茶色いけど」
み「透き通った茶色だね」
み「ヌルヌルしてて、お肌に良さげだ」
律「このお湯って、100%源泉なの?」
み「そうだって。
加熱はしてあるけどね。
源泉は、33.6℃だって」
律「掛け流し?」
み「そりゃ、無理でしょ。
循環濾過してるって」
み「市街地のど真ん中で、掛け流しなんかして……。
周りが地盤沈下でもしたら、大ごとだよ」
律「川反通りが沈んで……。
歓楽街が陥落、なんて?」
み「今日は、バカに調子がいいんじゃない?」
律「お風呂で座布団はいらないわよ」
み「ま、掛け流しを求めて、スーパー銭湯に来る人はいないっしょ」
となりのお風呂に進みましょう。
律「これは、何?」
み「ホームページには、『圧注浴・孫の手』って書いてあった」
律「お湯が噴き出して、指圧してくれるってわけね」
み「早い話、ジェットバスですね」
律「お~。
気持ちいいね」
み「これ、肩にあてたいんだけど。
肩こりだから」
律「無理でしょ。
頭まで潜らなきゃ」
み「そんなら……。
腰じゃなくて、前に当ててもいい?」
律「そういうことする人とは、一緒にいられません!」
み「するわけないじゃん……。
いけずぅ」
律「あんたなら、しかねないからね。
次行くよ」
み「カラスの行水だね」
律「お向かいの部屋は、何かしら?」
み「これは、サウナだよ」
律「入ってみる?」
み「後にしない?
のぼせちゃいそう」
律「後の方が、のぼせるわよ」
み「そりゃそうだ。
それじゃ、入ってみますか」
み「蒸し暑い!」
律「当たり前でしょ」
み「メガネは掛けておれんな」
律「そんな人、いますかって。
ほんと、毛穴がみんな開くみたいね」
み「さて、次行きましょうか」
律「もう出るの?」
み「別府で、のぼせちゃったからね」
律「美弥ちゃんに迷惑かけたわけね」
み「不覚を取った」
律「わたしは放って行くわよ」
み「そんなぁ。
医者のくせに」
出たとこに、水風呂がありました。
律「ここで、頭冷やして行けば?」
み「なんで、頭なのよ?
体でしょ」
律「あんたの場合、頭を冷やす必要があるでしょ」
み「頭まで潜ったら、死んじゃうじゃないか」
律「屁理屈言ってないで、早く入んなさいよ」
み「医者のくせに、不養生だね。
体操してから入らないと、心臓に悪いだろ」
律「プール授業じゃないんだから。
ちょっと!
素っ裸で、ガニマタ開脚は止めてくれる!」
み「ご一緒にどうぞ」
律「するか。
先に入るわよ」
ちゃぽ~ん。
み「どう?」
律「どうって、普通の水風呂よ。
あ~、気持ちいい。
お肌が引き締まるわ」
み「どれどれ。
ひゃ~~っ、ほ、ほ、ほ、ほ」
律「ちょっと。
『アミダばばあ』みたいな声出さないでよ」
み「例えが古い!
てか、冷べて~」
律「当たり前でしょ、水風呂なんだから。
そう言えば……。
頭を冷やしたかったのよね。
わたしが手伝ってあげるわ。
ほら」
み「ぶくぶくぶくぶく」
律「ゆっくり漬かってね。
心臓が止まったら、わたしが蘇生させてあげるから。
水の中で、髪の毛がゆらゆら揺れて……。
まるで水死体ね」
み「ぶふぁ~!
こ、殺す気か!」
律「なかなかしぶといわね」
み「当たり前じゃ!
スーパー銭湯の水風呂で、土左衛門になってたまるか!」
律「次、行くわよ」
み「く、くそ。
待てー」
律子先生は、檜風呂の脇から続く露天風呂に出ていきました。
律「お風呂、ひとつじゃないのね」
岩で囲まれた浴槽が、いくつも並んでます。
それぞれ、お湯の色や深さに特徴があるようです。
こちらは、白いお湯。
律「あ~、気持ちいい。
このお湯なら、混浴でも平気なんじゃない?
つかっちゃえば、見えないわよ」
み「ほ~。
いきなり大胆発言ですな。
秋田県には、白湯の混浴温泉もあるからね」
み「ほんとに、やってみる?」
律「ま、その場の雰囲気よね。
でもここ、白いお湯も湧くのかしら?」
み「入浴剤じゃないの?」
律「そうなの?
あ~。
なんか、白湯(パイタン)チャンポンが食べたくなった」
み「飛躍しますね」
律「学生時代のアパート近くに……。
美味しいラーメン屋さんがあったんだ。
夫婦2人でやっててね。
カウンターしかない小さなお店」
律「こんな夫婦になりたいなって思ったものよ」
み「へ~。
意外だね」
律「人並みに毛が生えてたら……。
今ごろ、ラーメン屋のおかみさんやってたかも」
律「でも……。
白湯チャンポンって、どうして白いんだろ?」
み「油じゃないの?
豚とかの」
律「そうなの?」
み「知らない」
律「だって、豚骨ラーメンとか……。
白くないのもあるよ」
み「わたしに聞かないでちょうだい」
律「わたし食べる人?」
み「何、それ?」
律「昔、ラーメンのCMで、そういうのがあって……。
問題になったんだって。
院長が言ってた」
み「どういうCMよ?」
律「男女のタレントが出てきて……。
女性タレントが、『わたし、作る人』って言うんだって」
み「ふむふむ」
律「で、男性タレントが、『ぼく、食べる人』って言うわけ」
↑真ん中の女の子は、杉田かおる
み「どこが問題なの?」
律「だから……。
女性は作る人で……。
男性は食べる人って捉え方に、イチャモンが付いたんでしょ」
み「いきなり普遍的テーマに昇華されたってわけね。
たとえば、毎日交代で作ってるけど……。
その日はたまたま、女性が作る番だってふうには……。
取れないわけね?」
律「そこまでお人好しの視聴者、いるわけないでしょ。
でもさ……。
そもそも、そのCMを作った広告会社も……。
CMにGOサインを出したメーカーも……。
そんな問題が持ち上がるなんて、まったく考えつかなかったんじゃないの?」
み「だろうねー。
いつごろのCM?」
律「たしか、1975年ごろ」
み「わたしが生まれたころじゃん」
律「当時は、ウーマン・リブって言葉が、日本にも広がってきた時代なんだって」
み「聞いたことはあるけど……。
どういう意味だっけ?」
律「たしか、『女性解放運動』だったと思う」
み「運動だったわけ?」
律「ピンクのヘルメット被った『中ピ連』って集団がいたそうよ」
み「ヘルメット!
中核派みたいな?」
律「ま、爆弾までは使わなかったけど……。
保守的な議員を取り囲んで、もみくちゃにしたりはしたらしい」
み「ひぇ~。
そもそも、“チューピレン”って、どういう意味よ?
マージャンの役みたいだけど」
律「『中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合』」
み「なが!
よくそんなの覚えてたね。
まさか、参加してたとか?」
律「彼女たちが活躍したのは、わたしの生まれたころ。
大学で、ピルについて習ったときに知って、ちょっと興味を持ったわけ」
み「結局、その運動はどうなっちゃったの?」
律「自然と鎮まったんじゃないの?」
み「ふーん。
でも、その後……。
女性が解放されたって感じはしないよね」
律「うん。
今だに、泣き出しそうな顔で、妊娠検査を受けに来る子は絶えないし」
タラップを降ります。
わたしたちが降りても、みんな窓から手を振ってくれます。
OLさんは、なまはげのお面を出して、被ってみせてくれました。
笑う場面なんだよね。
でも、笑えないよ。
お面を取ったOLさんの顔も、くしゃくしゃに歪んでました。
OL「お2人とも、お元気で……」
律・み「さよならじゃないからね!
また、会いましょう!」
どうして……。
どうして、この人たちと、お別れしなきゃならないんでしょう。
どうして、このままみんなで……。
このバスに乗って、日本中を旅して回れないんでしょう。
どうして、人の世には別れがあるのかな。
一日が楽しかっただけに……。
別れが……、ほんとうに身に染みます。
ようやく、バスが動き始めました。
バスの窓から手を振るみんなが、だんだん遠くなります。
律「行っちゃったね」
み「うん。
切ない」
律「顔、ぐちゃぐちゃよ」
み「人のこと言えませんて。
その顔じゃ、外歩けないよ」
律「わたしは、元がいいからいいの。
でも、Mikiちゃんは止めた方がいいわね。
迷子かと思われるわ」
み「なんじゃそりゃ。
ま、ともかく、ホテルに直行しよう」
律「遠いの?」
み「すぐそこ」
律「この道路の反対側、川なんだね」
律「ひょっとして、堀割り?」
み「これは、旭川っていう自然の川」
み「旧雄物川の支流だよ。
この川の向こうに……。
『川反(かわばた)通り』っていう歓楽街があるんだ」
律「“歓楽街”!
また、レトロな響きね」
み「『まっぷる』に、そう書いてあった」
み「東北では……。
仙台の国分町に次ぐ歓楽街だって。
飲食店が1,000軒もあるそうよ」
律「なんだ……。
飲食街なの?」
み「何だと思ったわけ?」
律「歓楽街なんて云うから……。
遊郭かと思った」
み「いつの時代の話よ!
今どき、そんな街があるかい」
律「でも……。
面白そうね」
み「後で……。
夕食行く途中に、歩いてみよう」
律「あら。
お夕食は、宿で食べないの?」
み「ホテルには、居酒屋が入ってるけど……。
それじゃ、つまらないじゃない」
律「なんだ、今日はホテル?
旅館で、部屋食かと思ってた」
み「どうしてよ?」
律「だって、この旅行のコンセプトは……。
『温泉と自然を巡るローカル線の旅』だったじゃない」
み「よく覚えてたね、そんなこと」
律「何言ってるの。
聞いたのは、きのうよ」
み「あ、そうか……。
連載が始まったのは、去年の10月だけど……。
まだ1日しか経ってないんだった」
律「何、わけのわからんこと言ってるんだろ。
ところで、まだ着かないの?」
み「あ、通り過ぎるとこだった。
ここここ」
律「ここ?
ビジネスホテルじゃないの?」
み「名を聞いて驚くな。
その名も、『ホテル グランティア秋田 SPA RESORT』」
律「長い名前。
でも、いちおう“SPA”が付いてるわけね」
み「左様です。
もちろん、天然温泉だよ」
フロントで鍵を受け取り、お部屋へ。
み「おー。
いいお部屋」
律「ちょっと……。
あんた」
み「何よ?」
律「ここ、ダブルじゃないのよ!」
み「左様です」
律「左様ですじゃない!
道理で、さっきのカウンターのお姉さん……。
微妙な顔してると思った」
み「ダメ?
お部屋、変えてもらう?」
律「いいよ。
メンドくさいから」
み「わーい」
わたしは、バッグを放り出し……。
ベッドの上に身を投げ出します。
み「カムォ~ン」
律「バカたれ!
調子に乗るな」
み「だって、今いいって言ったじゃん」
律「部屋は、このままでいいって意味でしょ」
み「なら、いいってことじゃないのよぉ」
律「それとこれとは別。
手足縛って寝て貰うから」
み「こんな感じ?」
律「こんな感じ!」
み「ひどぃ~。
わたし、おしっこ近いんだからね。
お酒飲んだら、2回は起きるかも。
その度に、おトイレ連れてってよね」
律「わたしは、いったん眠ったら……。
雷が落ちても起きないから」
律「朝まで我慢してちょうだい」
み「お酒のおしっこは、我慢できないよ。
垂れ流してやる。
朝起きたら、ベッド水浸しだよ」
律「あんた、やっぱりバスルームで寝なさい。
素っ裸で寝れば、垂れ放題よ」
み「あ~ぁ。
今夜は、飲み放題に垂れ放題か。
情けないのぅ」
律「簡単に納得するな!」
み「あ、便器に座ったまま寝ればいいんじゃないか?」
律「そんなことできるの?」
み「毎日、図書館で座ったまま寝てる」
律「器用なヤツ。
やっぱりダメ。
わたしだって、トイレ入るんだから」
み「洗面台ですれば?
病院の先生で、洗面台でおしっこする人、いるんでしょ?」
律「いるけど、男の先生に決まってるでしょ。
女の先生でそんなのがいたら、変態よ」
み「すでに変態だと思うが」
律「なんだと!
って、なんでわたしが、洗面台でおしっこする話になってるわけ?」
み「なんでだろ?
ま、いいではないか。
旅は、自らを解放する場でもあるわけだ」
律「いわゆる、旅の恥はかきすて、ってやつね」
み「そうそう」
律「好かないわ。
そういうの」
み「そう言わんと。
で、提案なんですけど……。
飲みに行く前に、お風呂すましちゃわない?」
律「それが、『旅の恥はかきすて』と、どう繋がるのよ?
あ、そう言えば、“温泉”はどうなったの?
こんなビジネスホテルに泊まって」
み「このホテルには、『華のゆ』っていう温泉施設が併設されてるのだ」
み「いわゆるスーパー銭湯みたいな感じだね」
律「“温泉”とは、だいぶ雰囲気が違うんですけど」
み「でも、立派な“天然温泉”なんだよ。
土日祝日の利用料が、850円もするんだから……」
み「けっこう充実した施設。
その施設を……。
宿泊者は、タダで利用できるってわけよ」
律「ほー」
み「興味出てきたでしょ?」
律「まあね。
でも何で、“旅の恥はかきすて”から、スーパー銭湯に繋がるわけ?」
み「今の時間なら、たぶん空いてると思うから……。
お風呂を先にしないかって言ったわけ。
やっぱり、恥ずかしいでしょ?
見られたら」
律「へ~。
そんな心遣いしてくれたんだ」
み「左様です」
律「でも、わたしもう平気だよ。
見られても」
み「え?
生えたの?」
律「この年になって、生えるわけないでしょ」
み「わかった。
カツラだね」
み「生え際、どうなってるの?
お風呂で、じっくり見せてちょうだい」
律「カツラなんか、付けるかい!」
み「ツルツルのまんま?」
律「あたりまえでしょ」
み「じゃ、何で平気なのよ?
わかった。
入れ墨だ」
み「毛の一本一本まで、精魂こめて彫りましたってやつね。
それは、ぜひ見なくては。
でも、痛そう~」
律「どうしてそう、アホなことばっかり思いつくかね」
み「真っ白けのまんまなの?」
律「さっきから言ってるでしょ」
み「やっぱ、年取ると……。
いろんなことが、恥ずかしくなくなるのかねぇ」
律「だから……。
年なんか、そんなに違わないじゃないの」
み「なら、ほかにどんな理由があるのよ」
律「世の中の価値観の方が変わったわけ」
み「へ?
どんなふうに?」
律「今は……。
アンダーを完全に処理しちゃうっての、珍しくないのよ」
み「日本人でもそうなの?
ネットで見る外人は、むしろツルツルの方が多いけど」
律「その影響もあるかもね。
あれ見た人が、無い方が綺麗だって思ったのよ」
み「うーむ。
特に日本人は黒いから……。
剛毛の人は、スゴいよね」
律「黒いパンツ穿いてるみたいな人、いるわよ。
患者さんでも」
み「熊の手が、股を鷲掴みしてるみたいな」
律「あんたの表現は、いちいち下品だわね」
み「リアリズムは、下品なのじゃ」
律「あんたの小説、リアリズムを追求してないんでしょ?」
み「そだよ。
リアリズムは下品だからね」
律「都合のいいやつ。
で、今はエステでも、アンダーの完全脱毛コースがあるの。
“ハイジニーナ”って、聞いたことない?」
み「廃痔煮菜?」
律「ばかたれ。
ハイジは、アルプスの少女ハイジのこと」
律「つまり、ハイジみたいにツルツルにした人を……。
“ハイジニーナ”って云うのよ(マッチロックさんに教えていただきました)」
み「それは、初耳じゃ。
ハイジって、あそこに毛が無かったんだ」
↑この程度の画像しかなかった
律「あたりまえでしょ。
子供なんだから」
み「ハイジって、いくつなの?」
律「知らないわよ。
でも、少なくとも、初潮前じゃない?」
み「ふーん。
クララも生えてないのかな?」
律「無いでしょ」
↑さすがクララには、スケベ画像がありましたね
み「ペーターも?」
律「ペーターって、誰だっけ?」
み「ヤギ使いの少年」
↑こいつの画像は無くてよい
律「あぁ。
あの子ね。
無いんじゃないの?
生えてたら不気味よ」
み「ヨーゼフは?」
律「誰よ、それ?」
み「犬」
律「ばかたれ!
犬なら、生まれつき生えてるでしょ!
アホなこと言ってないで、行くわよ。
お風呂」
それでは、さっそく……。
浴衣に着替えて、お風呂に行ってみましょう。
ホテルとは、独立した施設です。
律「日帰り健康ランド!
これのどこが、『温泉と自然を巡る旅』なんでしょうね?」
み「楽しげじゃん。
美弥ちゃんと行った別府のホテルも、こんな感じだった」
律「何てホテルだっけ?」
み「杉乃井ホテル」
み「面白かったよ~」
さて、『華のゆ』の料金表は次のようになってます。
もちろんこれは、『華のゆ』だけを利用する人の料金。
今日は土曜日だから、850円ですね。
ホテルの宿泊者は、これがタダになります。
み「お得だろ?」
律「確かにね。
850円浮いたら、豪華なランチが食べられるわ」
み「案外セコいこと言う先生だね」
律「庶民感覚を忘れた、その瞬間から……。
医者は、患者の痛みがわからなくなくなるものよ」
み「へー。
いいこと言うね」
律「わたしの恩師の言葉」
さっそく、入りましょう。
もちろん、館内は男女別です。
外はもう暗いですが、時間は、まだ18時。
思ったとおり、それほど混んでません。
み「これじゃ、見せ甲斐が無いんじゃないの?」
律「別に、見せたいわけじゃないわよ。
空いてる方が、ゆっくり出来ていいでしょ」
律子先生は、何のためらいもなく、すっぱりと浴衣を脱いじゃいました。
見てるこっちの方が、ドキドキします。
律「ちょっと。
その目線、何とかしてくれる?」
み「何ともなりまへん。
ご開帳を待ちかねております」
律「ヘンタイ」
み「何とでも言って」
律子先生は、ブラを外すと……。
律「ほら見なさい」
すぽーんと、パンツも降ろしました。
み「出た~」
律「お化けみたいに言うな!」
み「ほんとにツルツル」
律「かわいいでしょ?」
み「うん。
なんか……。
生えてる方が恥ずかしくなるくらい」
律「Mikiちゃんも剃っちゃったら?
剃ってあげようか、お風呂で?」
み「そんな!
ほかのお客さんがびっくりしちゃうよ」
律「バカね。
お部屋のお風呂でよ」
み「なんだ~。
ここじゃないのかぁ」
律「何がっかりしてんのよ。
ほら、行くよ」
律子先生は、お尻を振りながら、先に行っちゃいました。
しかし、ほんとに綺麗なお尻です。
年を取ると、肉が萎んで……。
尻たぶの下に、笑窪みたいなくぼみが出来たりするものですが……。
律子先生のお尻には、その気配さえありません。
ぷりけつです。
と、見とれてるうちに、たちまち先生は、お風呂場の方へ行ってしまいました。
脱衣室からは、お風呂場が見えません。
渡り廊下で繋がってるようです。
律子先生は、タオルで前を隠そうともせず、大手を振って歩いていきます。
40にもなると、人は変わるもんですね。
律「Mikiちゃん、何ぼんやりしてるの。
早くおいでって」
裸の先生に呼ばれ、がぜん鼻息が荒くなります。
一瞬で素っ裸になり、後を追います。
み「待ってよ~」
渡り廊下を抜けると、広い流し場(画像が見つかりませんでした)。
とりあえず、お湯を被って身を清めます。
律「さ~て。
どれから入ろうかな?」
み「やっぱ、これじゃない?」
律「いい香り」
み「檜だね」
大きな檜風呂から、お湯がなみなみと溢れてます。
律「あー、いい気持ち」
み「極楽、極楽」
思う存分、手足を伸ばします。
み「なるほど……」
律「どうしたのよ、お湯なんか舐めて」
み「泉質とか、事前に調べてきたからね」
律「ウンチクを語ろうってわけね」
み「左様です」
律「手短にしてちょうだい。
のぼせちゃうから」
み「はいはい。
ちょっと、お湯、舐めてみて」
律「あれ?
しょっぱい」
み「泉質は、『塩化物強塩泉』」
律「ふーん。
でも、匂いは無いわね。
色は、茶色いけど」
み「透き通った茶色だね」
み「ヌルヌルしてて、お肌に良さげだ」
律「このお湯って、100%源泉なの?」
み「そうだって。
加熱はしてあるけどね。
源泉は、33.6℃だって」
律「掛け流し?」
み「そりゃ、無理でしょ。
循環濾過してるって」
み「市街地のど真ん中で、掛け流しなんかして……。
周りが地盤沈下でもしたら、大ごとだよ」
律「川反通りが沈んで……。
歓楽街が陥落、なんて?」
み「今日は、バカに調子がいいんじゃない?」
律「お風呂で座布団はいらないわよ」
み「ま、掛け流しを求めて、スーパー銭湯に来る人はいないっしょ」
となりのお風呂に進みましょう。
律「これは、何?」
み「ホームページには、『圧注浴・孫の手』って書いてあった」
律「お湯が噴き出して、指圧してくれるってわけね」
み「早い話、ジェットバスですね」
律「お~。
気持ちいいね」
み「これ、肩にあてたいんだけど。
肩こりだから」
律「無理でしょ。
頭まで潜らなきゃ」
み「そんなら……。
腰じゃなくて、前に当ててもいい?」
律「そういうことする人とは、一緒にいられません!」
み「するわけないじゃん……。
いけずぅ」
律「あんたなら、しかねないからね。
次行くよ」
み「カラスの行水だね」
律「お向かいの部屋は、何かしら?」
み「これは、サウナだよ」
律「入ってみる?」
み「後にしない?
のぼせちゃいそう」
律「後の方が、のぼせるわよ」
み「そりゃそうだ。
それじゃ、入ってみますか」
み「蒸し暑い!」
律「当たり前でしょ」
み「メガネは掛けておれんな」
律「そんな人、いますかって。
ほんと、毛穴がみんな開くみたいね」
み「さて、次行きましょうか」
律「もう出るの?」
み「別府で、のぼせちゃったからね」
律「美弥ちゃんに迷惑かけたわけね」
み「不覚を取った」
律「わたしは放って行くわよ」
み「そんなぁ。
医者のくせに」
出たとこに、水風呂がありました。
律「ここで、頭冷やして行けば?」
み「なんで、頭なのよ?
体でしょ」
律「あんたの場合、頭を冷やす必要があるでしょ」
み「頭まで潜ったら、死んじゃうじゃないか」
律「屁理屈言ってないで、早く入んなさいよ」
み「医者のくせに、不養生だね。
体操してから入らないと、心臓に悪いだろ」
律「プール授業じゃないんだから。
ちょっと!
素っ裸で、ガニマタ開脚は止めてくれる!」
み「ご一緒にどうぞ」
律「するか。
先に入るわよ」
ちゃぽ~ん。
み「どう?」
律「どうって、普通の水風呂よ。
あ~、気持ちいい。
お肌が引き締まるわ」
み「どれどれ。
ひゃ~~っ、ほ、ほ、ほ、ほ」
律「ちょっと。
『アミダばばあ』みたいな声出さないでよ」
み「例えが古い!
てか、冷べて~」
律「当たり前でしょ、水風呂なんだから。
そう言えば……。
頭を冷やしたかったのよね。
わたしが手伝ってあげるわ。
ほら」
み「ぶくぶくぶくぶく」
律「ゆっくり漬かってね。
心臓が止まったら、わたしが蘇生させてあげるから。
水の中で、髪の毛がゆらゆら揺れて……。
まるで水死体ね」
み「ぶふぁ~!
こ、殺す気か!」
律「なかなかしぶといわね」
み「当たり前じゃ!
スーパー銭湯の水風呂で、土左衛門になってたまるか!」
律「次、行くわよ」
み「く、くそ。
待てー」
律子先生は、檜風呂の脇から続く露天風呂に出ていきました。
律「お風呂、ひとつじゃないのね」
岩で囲まれた浴槽が、いくつも並んでます。
それぞれ、お湯の色や深さに特徴があるようです。
こちらは、白いお湯。
律「あ~、気持ちいい。
このお湯なら、混浴でも平気なんじゃない?
つかっちゃえば、見えないわよ」
み「ほ~。
いきなり大胆発言ですな。
秋田県には、白湯の混浴温泉もあるからね」
み「ほんとに、やってみる?」
律「ま、その場の雰囲気よね。
でもここ、白いお湯も湧くのかしら?」
み「入浴剤じゃないの?」
律「そうなの?
あ~。
なんか、白湯(パイタン)チャンポンが食べたくなった」
み「飛躍しますね」
律「学生時代のアパート近くに……。
美味しいラーメン屋さんがあったんだ。
夫婦2人でやっててね。
カウンターしかない小さなお店」
律「こんな夫婦になりたいなって思ったものよ」
み「へ~。
意外だね」
律「人並みに毛が生えてたら……。
今ごろ、ラーメン屋のおかみさんやってたかも」
律「でも……。
白湯チャンポンって、どうして白いんだろ?」
み「油じゃないの?
豚とかの」
律「そうなの?」
み「知らない」
律「だって、豚骨ラーメンとか……。
白くないのもあるよ」
み「わたしに聞かないでちょうだい」
律「わたし食べる人?」
み「何、それ?」
律「昔、ラーメンのCMで、そういうのがあって……。
問題になったんだって。
院長が言ってた」
み「どういうCMよ?」
律「男女のタレントが出てきて……。
女性タレントが、『わたし、作る人』って言うんだって」
み「ふむふむ」
律「で、男性タレントが、『ぼく、食べる人』って言うわけ」
↑真ん中の女の子は、杉田かおる
み「どこが問題なの?」
律「だから……。
女性は作る人で……。
男性は食べる人って捉え方に、イチャモンが付いたんでしょ」
み「いきなり普遍的テーマに昇華されたってわけね。
たとえば、毎日交代で作ってるけど……。
その日はたまたま、女性が作る番だってふうには……。
取れないわけね?」
律「そこまでお人好しの視聴者、いるわけないでしょ。
でもさ……。
そもそも、そのCMを作った広告会社も……。
CMにGOサインを出したメーカーも……。
そんな問題が持ち上がるなんて、まったく考えつかなかったんじゃないの?」
み「だろうねー。
いつごろのCM?」
律「たしか、1975年ごろ」
み「わたしが生まれたころじゃん」
律「当時は、ウーマン・リブって言葉が、日本にも広がってきた時代なんだって」
み「聞いたことはあるけど……。
どういう意味だっけ?」
律「たしか、『女性解放運動』だったと思う」
み「運動だったわけ?」
律「ピンクのヘルメット被った『中ピ連』って集団がいたそうよ」
み「ヘルメット!
中核派みたいな?」
律「ま、爆弾までは使わなかったけど……。
保守的な議員を取り囲んで、もみくちゃにしたりはしたらしい」
み「ひぇ~。
そもそも、“チューピレン”って、どういう意味よ?
マージャンの役みたいだけど」
律「『中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合』」
み「なが!
よくそんなの覚えてたね。
まさか、参加してたとか?」
律「彼女たちが活躍したのは、わたしの生まれたころ。
大学で、ピルについて習ったときに知って、ちょっと興味を持ったわけ」
み「結局、その運動はどうなっちゃったの?」
律「自然と鎮まったんじゃないの?」
み「ふーん。
でも、その後……。
女性が解放されたって感じはしないよね」
律「うん。
今だに、泣き出しそうな顔で、妊娠検査を受けに来る子は絶えないし」