2012.3.3(土)
み「ところで、クニマスの起源ですが……。
放流してないのに、何で昔からいるんです?」
老「田沢湖には、少ないながら流入河川もあるでな」
み「あれ?
そうなんですか?」
老「じゃから、カルデラ湖とも言い切れないわけじゃ」
み「なるほど」
老「文献に残ってるところでは……。
江戸時代からのようじゃ。
久保田藩主佐竹義和(さたけよしまさ・1775~1815)が田沢湖を訪れたおり……」
老「クニマスを食べた。
で、お国の鱒ということで、“国鱒”と名付けたと云われておったが……。
実際には、義和が生まれる前の「佐竹北家日記」に、“国鱒”という記述が残されておる」
み「じゃ、文献が無いだけで、実際にはずっと昔からいた可能性も?」
老「クニマスは従来、ベニザケの陸封型、すなわち亜種と考えられてきたが……」
↑ベニザケ
老「一年を通じて産卵期があることなどから、独立種とする意見もある。
そうなれば、その起源は……。
江戸時代どころの話では無くなるの」
み「ところで!
どんな味なんです?
クニマスって」
老「田沢湖では、深い場所に生息しとったらしく……。
皮は硬かったがな。
その皮に包まれた白身は、とろけるように柔らかく……。
実にウマかった」
み「へ~。
そんなにおいしい魚なら、たちまち捕り尽くされそうですけどね」
老「誰でも穫っていいというわけではなかったのじゃ。
専業の漁師がいた。
真冬が、漁の最盛期でな。
田沢湖は水深があるため、真冬でも氷らない。
刳(えぐ)り舟が、いくつも湖面に浮かんでの」
老「絵のような景色じゃった。
ま、そうやって、資源を守りながら、自然の恵みを得ていたというわけじゃ」
み「へ~。
たいしたものですね。
それに比べて、軍部のバカは!
そんなおいしい魚を根絶やしにしちゃうなんて」
老「まさしく、あのころは……。
日本の中枢が発狂しておった時代じゃな」
み「でも、漁獲を管理されてたら……。
高級魚だったわけですよね」
老「もちろん。
昔は、クニマス一匹が、米一升と交換されていたほどじゃ」
老「主に、角館の町に売りに出たようじゃが……」
老「買えるのは、地主や上級武士、豪商だけじゃった」
み「一般の人は食べられなかったんですか?」
老「正月とか祝い事のときだけじゃな」
老「それ以外で食べられるのは、病人と妊産婦だけじゃ」
み「どうやって食べたんだろ?」
老「焼いても煮てもウマかった。
そうそう。
西湖で、クニマスと知らずに食べた人の話では……。
フライにしたら絶品だそうじゃ」
み「リリースした人は、もったいなかったですね」
老「まさしくな。
西湖は今、大騒ぎのようじゃ。
なにしろ、環境省のレッドデータブック(絶滅危惧種の情報を集めた本)で……」
老「『絶滅』とされていた魚じゃ」
老「絶滅種が再発見されたのは、史上初の快挙ということらしいの。
漁協では、クニマスが棲んでいそうな場所を禁漁区に設定したり……。
保護対策を進めているようじゃな」
み「なるほど。
それほどの大発見だったわけなんですね。
でも、今度は田沢湖に卵を移して、里帰りさせればいいんじゃないですか?」
老「なかなかそうはいかん。
田沢湖は、クニマスの住める水質ではなくなっておる」
み「まだ、玉川毒水を流してるんですか?」
老「1991年に、酸性水中和処理施設が運転を開始しとるから……。
老「新たな流入は無くなったとみて良いじゃろ」
み「もうちょっと早く、なんとか出来なかったものですか?」
老「ほんとじゃな。
1972年から、石灰石を使った中和対策が進められてはいたようじゃがの」
み「中和の効果は、まだ出ないんでしょうか?」
老「湖水の表層部は、徐々に中性に近づいているようじゃ。
放流されたウグイが見られるそうじゃからな」
み「ウグイって、水の綺麗さを示す指標魚でしょ?
そんなら、クニマスだって大丈夫じゃないですか?」
老「いやいや。
ウグイは、強酸性の水質に異様に強い魚なんじゃ」
み「それは知らなんだ」
老「しかも、そのウグイが住めるのも……。
表層部だけ。
クニマスは、非常に深い場所を好むらしい。
田沢湖に生息してたころのクニマスは……。
水深100~300メートル付近におったらしい」
み「そんなに深く?
それじゃ、一種の深海魚じゃないですか」
み「あ、深湖魚か。
でも、そんなとこに棲む魚、どうやって穫ってたんですか?」
老「1~3月ころの産卵盛期には、40~50メートルくらいまで上がって来たらしい」
み「それでも、そうとう深いですね」
老「2000年の水質調査では……。
水深200メートルで、pH5という結果じゃった」
み「クニマスの生息域では、まだ酸性が強すぎるってわけですか……」
老「なにしろ、田沢湖は深い。
水が入れ替わるのは、容易なことではないわ」
み「環境を壊すのは簡単だけど……。
元に戻すのは、大変だってことですね」
老「まさしく、そのとおりじゃな」
み「あれ?
でも、山梨の西湖って、そんなに深い湖なんですか?
やっぱり、カルデラ湖?
老「いや。
西湖は、富士山の噴火による堰止め湖じゃな」
み「それなら、そんなに深くないんじゃないですか?」
老「それでも、最大水深は73メートルほどもある」
み「なるほど。
田沢湖よりはだいぶ浅いけど……。
湖としては、十分深いですね」
み「本栖湖に放されたクニマスは、定着できなかったんでしょうか?」
老「いや。
まだわからんぞ。
ひょっとしたら、精進湖にもいるやも知れん」
み「え?
精進湖にも、卵が放されたんですか?」
老「そんな記録は無いようじゃが……。
実はな。
西湖と、本栖湖、精進湖は、水中で繋がっているようなのじゃ」
み「へ?」
老「元々は、『せの海』というひとつの堰止め湖だったのが……。
さらなる噴火によって、3つの湖に分断されたんじゃな」
老「湖面の水位とういうものは、増水や渇水によって、それぞれ変化するもんじゃが……。
この3つの湖は、湖面の高さがいつも同じなんじゃよ」
み「なるほど……。
流れ込んだ溶岩には、隙間があるってことですね。
ひょっとしたら、その地下水路を通って……。
クニマスが行き来してると」
老「もともと、田沢湖の300メートルの深さに棲んでわけじゃからな。
真っ暗な地下トンネルなど、苦でもなかろ」
み「なるほど~」
老「もっとも、精進湖の最大水深は15メートルほどじゃから、ここにはいないかも知れんな。
しかし、本栖湖は、大いに可能性があるぞ」
み「深いんですか?」
老「富士五湖ではもっとも深い。
138メートルある」
み「西湖の倍ですね」
老「本栖湖のクニマスは、深いところに棲んでるため……。
まだ見つかってないのかも知れんな」
み「ひょっとして、本栖湖のクニマスが……。
地下トンネルを通って、西湖に遊びに行ってるのかも知れませんよ」
老「ほっほ。
それも、あり得る」
み「西湖、本栖湖、精進湖。
これが、もうひとつの三湖伝説!」
老「うまい!
座布団一枚」
老「ところで……。
クニマスの別名を知っておるかの?」
み「クロマスでしょ」
老「それは、西湖での呼び名じゃ。
田沢湖では、なんと呼ばれておったかじゃ」
み「わかりかねます」
老「木の尻鱒。
木の尻とは、木切れのことじゃ」
老「辰子の母親が投げた松明。
それが泳ぎだした鱒というわけじゃ。
姿が黒いので、まるで焼けぼっくいが泳いでいるように見えたのかも知れんな」
み「へー。
でも、辰子のお母さんは可哀想ですよ」
老「まったくじゃ。
やはり辰子が忘れられず、幾度も田沢湖を訪ねたそうじゃ。
しかし、いくら呼んでも、もう辰子の答えは返って来なかった」
老「でもな……。
母親が辰子の名を呼ぶと……。
岸辺には、クニマスがうようよと集まって来たそうじゃ」
老「そのクニマスを穫ることで、母親の暮らしは成り立ったという」
み「クニマスは辰子からの、悲しい贈り物だったのかも知れませんね」
老「そうじゃな。
さて、そろそろおいとましようかの」
み「え?
もう行っちゃうんですか?」
老「名残惜しいかの?」
み「ぜんぜん」
老「やせ我慢しおって。
ほんとは、わしに惚れたくせに」
み「だれがっ。
やせても枯れても、ビアン作家じゃ。
陰間ジジイはお呼びじゃないの」
老「ほっほっほ。
いやよいやよも好きのうちとな。
ういやつ。
今度は、手淫しとるときに出てやろうかの」
み「出たら殺す」
老「もう死んどるわい。
それじゃ、さらばじゃ」
み「ほんとに出るなよ!」
律「Mikiちゃん、Mikiちゃん」
み「ふ、ふご。
さっそく出たのか!」
律「もう。
寝ぼけて。
さっきから何なの?
出るとか出ないとか。
トイレ?」
み「あ。
やっと醒めた……」
律「漏らしたんじゃないでしょうね」
み「するかい!
ここ、どこ?
ひょっとしてまだ、寒風山を出たばかりとか?」
律「なに言ってんの。
もう、4時半近いわよ。
そろそろ、セリオンに着くんじゃないの」
み「不思議じゃ……。
こんどは、実時間も経過してるってことか。
どうも、作者の都合のような気がするな……」
律「なにごちゃごちゃ言ってるの。
まだ寝ぼけてる?
今夜、眠れなくなるわよ」
み「大丈夫。
夜が長いのは大歓迎。
今夜は飲むぞ!
付き合ってもらうからね」
律「もちろん、それは望むところ。
潰してやるから」
み「くそー。
強そうだな」
ガ「さて、みなさま、お目覚めですか?
秋の日も、だいぶ傾いてまいりましたね。
まもなくバスは、『なぎさGAOツアー』最後の目的地……。
『秋田ポートタワー・セリオン』に到着いたします」
ガ「すでに、バスの窓からも見えております」
ガ「セリオンの全高は、143メートル。
展望台は、100メートルの高さにあります。
今日1日巡ってまいりました男鹿半島から……。
広大な日本海。
そして、鳥海山までを、一望のもとに望めます。
360度のパノラマを、存分にお楽しみください」
み「ガイドさ~ん」
ガ「はい」
み「秋田の人って、展望台が好きなんでしょうか?」
ガ「特に……。
そういうわけでは無いと思いますが……」
み「行きに見たニセリオンもありましたよね」
ガ「天王スカイタワーですね」
み「で、このツアーの締めが……。
寒風山回転展望台から、ポートタワーセリオンでしょ」
律「そう言われて見れば、そうよね」
ガ「う。
痛いところを突かれました。
でも、ほんとにいい眺めですよ」
み「眺めは、寒風山で十分堪能したなぁ」
ガ「えーと。
そういう方には、物産コーナーもあります」
み「寒風山にもあったなぁ」
「あ、そうです!
なまはげのお面があるかも知れません」
OL「ほんと!?」
ガ「たぶん……。
少し自信ありませんけど」
み「もし無かったら、どうする?」
ガ「……」
律「Mikiちゃん、あんまりいじめないの」
ガ「ありがとうございます。
それでは、間もなくセリオン到着です。
なお、セリオンでのお時間は……。
16:20分から16:50分までの30分になっております。
定刻に出発できますよう、ご協力お願いします」
み「こっち見て言ってるよ」
律「前科2犯だからね」
さてバスは、朝方、間近で見上げたセリオン前に到着しました。
律「丸一日かけて、またここに戻ってきたって感じね」
み「おなつかしや、セリオン殿」
律「朝、入れなかったから……。
ここには、もう縁が無いのかと思ってた」
み「わたしは、わかってたけどね」
律「『GAOコース』予約してたんだから、当然よね。
言ってくれればいいのに」
み「知らない方が楽しいでしょ」
律「まあね」
み「さぁてと。
とりあえず、どうする?」
律「せっかくだから、昇ってみましょうよ。
展望台」
み「ようし。
万代島ビルの展望室と、どっちの眺めがいいか確かめてやる」
律「また張り合うわけ?」
み「高さ143メートル同士の戦いじゃ」
律「東京には、もうじき、何倍も高いスカイツリーが建つのよ」
み「何メートルだっけ?」
律「600とかじゃない?」
み「666メートル?」
律「それじゃ、オーメンでしょ」
律「縁起悪すぎ」
ガ「634メートルです」
律「よく知ってるわね」
み「やっぱり、展望台フリークなんじゃないの?」
ガ「個人的には……。
大好きです!」
み「やっぱり」
律「でも、なんでそんな半端な数字なの?」
み「だよね。
東京タワーは、333メートルだから……。
覚えやすいもんね」
ガ「634メートルは、武蔵(ムサシ)の国にちなんだものなんですよ」
み「げ。
まさか、語呂合わせだったとは」
律「でも、これで高さが覚えられたじゃない」
み「わたしは、語呂合わせなどせずとも、数字は覚えられるのじゃ」
律「それは、若いころの話でしょ。
日本史だけの女王さま」
み「なぜ、そのことを知ってる!」
律「早く昇ろう。
置いてっちゃうわよ」
み「待てー。
なぜ知ってるぅ」
律「どう?
新潟の方が、眺めがいい」
み「なんか……。
すっごい、景色が似てる。
どちらも、川港に建ってるせいかな」
↑上がセリオンから、下が万代島ビルからの眺め
律「へ~。
新潟は、信濃川の河口よね」
律「この下の川はなんだろ?」
み「う~ん。
わからん」
ガ「こちらは、昔の雄物川です」
ガ「今は秋田運河と呼ばれてます」
み「へー。
歌謡曲になりそうだね」
律「小樽運河のこと?」
み「それそれ」
律「雄物川って、音頭になってるんじゃないの?」
み「は?
音頭って何?」
律「雄物川音頭って民謡があったでしょ」
み「ひょっとして、それは……。
真室川音頭のことじゃないの?」
律「そうだっけ?」
み「真室川は、山形でしょ」
社「お~、真室川音頭!
わし、大得意でっせ。
聞きまっか?」
律「遠慮しときます」
社「そこまで乞われたら、しゃあないなぁ。
ほんじゃ、歌わせてもらいまっさ」
み「どういう耳してんだ!
話を聞けよ!」
いきなり歌い出しました。
間近の大音響に、鼓膜が破けそうです。
まわりの視線も大集中。
み「ちょっとは、加減してよ」
社「常に全力で歌うのが、モットーでんねん」
み「大迷惑なモットーだね。
そもそも、秋田で真室川音頭は無いんじゃないの」
社「ま、これもケーキのトッピングでんがな」
み「う」
社「ほんじゃ、まかり出たついでに……。
替え歌バージョンもご披露しましょうかな」
み「猥歌じゃん……」
社長は、思い切り声を出して満足したらしく……。
上機嫌で去っていきました。
み「なんの話してたんだっけ?」
律「眺めが似てるって話でしょ」
み「あ、そうか」
律「高さが同じだからじゃないの?」
み「展望室の高さは、万代島ビルの方が25メートル高いんだよ。
ここは100メートルだけど、万代島ビルは125メートル」
律「はいはい」
み「この展望室って、名前が付いてないのかな?」
律「だから、セリオンでしょ」
み「それは、このタワーの名前じゃないの。
展望室の名前だよ」
律「展望室だけ別の名前なんて、普通つけないでしょ」
み「あ、そうか。
ここは、建物自体が展望台っていうコンセプトだもんね。
万代島ビルは、民間ビルだけど……。
31階の展望室は、新潟県が所有してるんだ。
で、その展望室には、別に名前が付いてる」
律「なんて名前?」
み「『Befcoばかうけ展望室』」
律「なにそれ?]
み「いわゆるネーミングライツってやつだよ」
律「なるほど。
命名権を売ったわけね。
いくらだったの?」
み「たしか、年間120万」
律「けっこうな金額ね」
み「維持管理費を少しでも浮かそうというわけよ」
律「でも、そんなヘンテコな名前にしたら……。
どこが買ったかわかんないじゃないの」
み「確かにねー。
米菓のメーカーだよ」
律「わかった。
亀田製菓でしょ。
アルビレックスのユニホームに、確か名前が入ってた」
み「よくそんなことまで知ってたね」
律「うちの病院、川崎にあるでしょ。
内科の先生に、川崎フロンターレの熱狂的サポーターがいるのよ。
試合の写真なんかを、診察室に貼っててさ。
で、何の興味もないわたしにまで、いちいち説明して見せるわけ。
その中に、アルビレックスとの試合の写真もあったのよ」
律「でもさ……。
こう言っちゃなんだけど……。
アルビレックスのユニホームって、カッコ悪くない?
オレンジとブルーってのは、いまいち洗練されてない感じがする」
律「しかも……。
胸に『亀田製菓』でしょ」
み「それは……。
あえて否定できんなぁ。
うちの会社の女子も、同じ認識だよ。
あの配色には……。
年金手帳って声も」
律「わはは。
リニューアルの予定、ないの?」
み「チーム名を変えない限り、無理かもね」
律「どうして?」
み「オレンジとブルーの組み合わせは、チーム名から来てるんだよ」
律「そうだったの?
アルビレックスって、どういう意味よ?」
み「白鳥座にある二重星、『アルビレオ』が語源。
最初は、『アルビレオ新潟』を名乗ってたんだよ」
み「でも、この『アルビレオ』が商標登録されてるのがわかって……。
名前を変えたんだ。
『レックス』は、ラテン語で王様の意味」
律「なるほど。
でも、白鳥なら、白いイメージじゃないの?」
律「どうして、オレンジとブルーなわけ?」
み「白鳥座の『アルビレオ』が……。
オレンジとブルーの二重星なんだよ」
律「なんだ、そういう意味。
それじゃ、ユニフォームの色、変えられないわね。
でも、そもそも何で新潟が白鳥なわけ?」
み「今日は、いやに絡むね。
もう飲んでるんじゃないの?」
律「塔に酔ったのかしら。
とことん聞きたい気分」
み「新潟スタジアムのすぐ北側には、鳥屋野潟っていう沼地があって……」
み「ここが、白鳥の越冬地になってるんだ」
み「あと、スタジアムの周りは、田んぼだらけなんだけど……」
み「よく白鳥が、落ち穂を拾ってる」
み「あ、そういえば……。
新潟スタジアムの愛称が、『ビッグスワン』なんだよ」
律「白鳥が来るから?」
み「スタジアムの形が……。
羽を広げた白鳥に見えるってことからみたいだけど……」
み「どうやったらそう見えるのか、はなはだもってホタテ貝」
律「それを言うなら、“ますますもってホタテ貝”でしょ」
み「誰が言ったんだっけ?」
律「筒井康隆よ」
律「“暑さ寒さも胃癌まで”とか」
み「よく知ってるね」
律「中学に入ったころ、よく読んだ。
あと、こういうのもあったな。
ちょっと耳貸して」
み「ひょぇ。
くすぐって~」
律「なに喜んでんのよ。
耳寄せて。
“短小包茎夜河を渡る”」
み「わはは。
あったあった」
律「でもさ。
白鳥が渡来してる時期って……。
サッカー、やってないんじゃないの?」
み「ごもっともです」
律「妙に低姿勢ね」
み「川崎フロンターレの名前を聞いたからかな」
律「どういうこと?」
み「ヘビに睨まれたカエルってやつ。
すごく相性が悪いんだよ。
滅多に勝てない」
律「へ~。
そうなの?」
調べてみたら、これはわたしの思い違いでした。
J1での対戦成績は、5勝6敗で、ほぼ互角。
J2時代なんかは、大きく勝ち越してました。
なんで、こんなイメージを持ってたんだろ?
新潟が勝てないのは、浦和レッズでした。
J1での対戦成績が、1勝12敗。
レッズには、やたらと選手を引き抜かれるし……。
なんか恨みでもあるのか?
み「ところでさ。
何の話してたんだっけ?」
律「アルビレックスのユニホームがダサいって話じゃないの?」
み「だから、どこからその話になったのよ?」
律「なんだっけ?
あ、ユニホームの胸に付いてる『亀田製菓』がカッコ悪いって話よ。
せめてローマ字表記にするとかねー」
み「それで思い出した!
『Befcoばかうけ展望室』だ!」
み「この名前を付けたのは、米菓のメーカーでした。
で、そこはどこでしょう、って話からだよ」
律「難儀な話ね」
み「あんたのせいでしょ!」
律「亀田製菓じゃないの?」
み「違います」
律「それじゃわからないわよ」
み「栗山米菓」
律「聞いたことない」
み「けっこう有名なおせんべいはあるんだよ。
たとえば……。
『星たべよ』とか」
律「あ、それなら知ってる。
星形のおせんべいよね。
こないだ、看護師にもらったわ」
み「もうひとつ有名なのが……。
『ばかうけ』」
律「それも、おせんべい?」
み「そう」
律「でも、そのネーミング、パクリじゃないの?」
み「何のパクリ?」
律「わたしが小学校くらいのころ……。
“欽ドン”って番組があったんだよ」
み「存じませんなぁ」
律「また若ぶって。
大して変わらないじゃないの」
み「そっちがズルいんだよ」
律「なんでよ?」
み「だって、連載開始から3年経ってるのに……」
み「小説の時間は、1ヶ月も経過してないんだから。
こっちは、3つ歳とったのに……。
そっちは、ぜんぜん歳とらないんだもん」
律「近いうちに、追い越されそうよね」
み「くっそー。
小説、いきなり10年くらい進めてくれようか……」
律「わたしは……。
50になっても、60になっても、ぜんぜん変わらないんじゃないかな?」
↑吉丸美枝子さん(62歳だそうです)
み「恐るべき自信。
淡雪さん級だわ」
律「五十路は女の最盛期」
み「誰が言ってるの、そんなこと?」
律「わたし。
今、思いついた。
よし。
これから20年は、このキャッチフレーズで行こう。
人生、楽しくなるぞ」
み「また話がずれてますけど」
律「わたしが若く見えるって話じゃないの?」
み「そんな話、してません!
“ばかうけ”だよ」
律「それそれ。
見たことない?
“欽ドン”」
み「何それ?
ズンドコなら知ってるけど」
律「ぜんぜん違うじゃない。
でも、ズンドコと言えば、なんといってもこれよね。
“不幸のズンドコ”」
み「寺嶋純子の顔見ると……。
ぜったい思い出しちゃうよね」」
律「わたしなんか……。
寺島しのぶの顔見ても思い出す」
放流してないのに、何で昔からいるんです?」
老「田沢湖には、少ないながら流入河川もあるでな」
み「あれ?
そうなんですか?」
老「じゃから、カルデラ湖とも言い切れないわけじゃ」
み「なるほど」
老「文献に残ってるところでは……。
江戸時代からのようじゃ。
久保田藩主佐竹義和(さたけよしまさ・1775~1815)が田沢湖を訪れたおり……」
老「クニマスを食べた。
で、お国の鱒ということで、“国鱒”と名付けたと云われておったが……。
実際には、義和が生まれる前の「佐竹北家日記」に、“国鱒”という記述が残されておる」
み「じゃ、文献が無いだけで、実際にはずっと昔からいた可能性も?」
老「クニマスは従来、ベニザケの陸封型、すなわち亜種と考えられてきたが……」
↑ベニザケ
老「一年を通じて産卵期があることなどから、独立種とする意見もある。
そうなれば、その起源は……。
江戸時代どころの話では無くなるの」
み「ところで!
どんな味なんです?
クニマスって」
老「田沢湖では、深い場所に生息しとったらしく……。
皮は硬かったがな。
その皮に包まれた白身は、とろけるように柔らかく……。
実にウマかった」
み「へ~。
そんなにおいしい魚なら、たちまち捕り尽くされそうですけどね」
老「誰でも穫っていいというわけではなかったのじゃ。
専業の漁師がいた。
真冬が、漁の最盛期でな。
田沢湖は水深があるため、真冬でも氷らない。
刳(えぐ)り舟が、いくつも湖面に浮かんでの」
老「絵のような景色じゃった。
ま、そうやって、資源を守りながら、自然の恵みを得ていたというわけじゃ」
み「へ~。
たいしたものですね。
それに比べて、軍部のバカは!
そんなおいしい魚を根絶やしにしちゃうなんて」
老「まさしく、あのころは……。
日本の中枢が発狂しておった時代じゃな」
み「でも、漁獲を管理されてたら……。
高級魚だったわけですよね」
老「もちろん。
昔は、クニマス一匹が、米一升と交換されていたほどじゃ」
老「主に、角館の町に売りに出たようじゃが……」
老「買えるのは、地主や上級武士、豪商だけじゃった」
み「一般の人は食べられなかったんですか?」
老「正月とか祝い事のときだけじゃな」
老「それ以外で食べられるのは、病人と妊産婦だけじゃ」
み「どうやって食べたんだろ?」
老「焼いても煮てもウマかった。
そうそう。
西湖で、クニマスと知らずに食べた人の話では……。
フライにしたら絶品だそうじゃ」
み「リリースした人は、もったいなかったですね」
老「まさしくな。
西湖は今、大騒ぎのようじゃ。
なにしろ、環境省のレッドデータブック(絶滅危惧種の情報を集めた本)で……」
老「『絶滅』とされていた魚じゃ」
老「絶滅種が再発見されたのは、史上初の快挙ということらしいの。
漁協では、クニマスが棲んでいそうな場所を禁漁区に設定したり……。
保護対策を進めているようじゃな」
み「なるほど。
それほどの大発見だったわけなんですね。
でも、今度は田沢湖に卵を移して、里帰りさせればいいんじゃないですか?」
老「なかなかそうはいかん。
田沢湖は、クニマスの住める水質ではなくなっておる」
み「まだ、玉川毒水を流してるんですか?」
老「1991年に、酸性水中和処理施設が運転を開始しとるから……。
老「新たな流入は無くなったとみて良いじゃろ」
み「もうちょっと早く、なんとか出来なかったものですか?」
老「ほんとじゃな。
1972年から、石灰石を使った中和対策が進められてはいたようじゃがの」
み「中和の効果は、まだ出ないんでしょうか?」
老「湖水の表層部は、徐々に中性に近づいているようじゃ。
放流されたウグイが見られるそうじゃからな」
み「ウグイって、水の綺麗さを示す指標魚でしょ?
そんなら、クニマスだって大丈夫じゃないですか?」
老「いやいや。
ウグイは、強酸性の水質に異様に強い魚なんじゃ」
み「それは知らなんだ」
老「しかも、そのウグイが住めるのも……。
表層部だけ。
クニマスは、非常に深い場所を好むらしい。
田沢湖に生息してたころのクニマスは……。
水深100~300メートル付近におったらしい」
み「そんなに深く?
それじゃ、一種の深海魚じゃないですか」
み「あ、深湖魚か。
でも、そんなとこに棲む魚、どうやって穫ってたんですか?」
老「1~3月ころの産卵盛期には、40~50メートルくらいまで上がって来たらしい」
み「それでも、そうとう深いですね」
老「2000年の水質調査では……。
水深200メートルで、pH5という結果じゃった」
み「クニマスの生息域では、まだ酸性が強すぎるってわけですか……」
老「なにしろ、田沢湖は深い。
水が入れ替わるのは、容易なことではないわ」
み「環境を壊すのは簡単だけど……。
元に戻すのは、大変だってことですね」
老「まさしく、そのとおりじゃな」
み「あれ?
でも、山梨の西湖って、そんなに深い湖なんですか?
やっぱり、カルデラ湖?
老「いや。
西湖は、富士山の噴火による堰止め湖じゃな」
み「それなら、そんなに深くないんじゃないですか?」
老「それでも、最大水深は73メートルほどもある」
み「なるほど。
田沢湖よりはだいぶ浅いけど……。
湖としては、十分深いですね」
み「本栖湖に放されたクニマスは、定着できなかったんでしょうか?」
老「いや。
まだわからんぞ。
ひょっとしたら、精進湖にもいるやも知れん」
み「え?
精進湖にも、卵が放されたんですか?」
老「そんな記録は無いようじゃが……。
実はな。
西湖と、本栖湖、精進湖は、水中で繋がっているようなのじゃ」
み「へ?」
老「元々は、『せの海』というひとつの堰止め湖だったのが……。
さらなる噴火によって、3つの湖に分断されたんじゃな」
老「湖面の水位とういうものは、増水や渇水によって、それぞれ変化するもんじゃが……。
この3つの湖は、湖面の高さがいつも同じなんじゃよ」
み「なるほど……。
流れ込んだ溶岩には、隙間があるってことですね。
ひょっとしたら、その地下水路を通って……。
クニマスが行き来してると」
老「もともと、田沢湖の300メートルの深さに棲んでわけじゃからな。
真っ暗な地下トンネルなど、苦でもなかろ」
み「なるほど~」
老「もっとも、精進湖の最大水深は15メートルほどじゃから、ここにはいないかも知れんな。
しかし、本栖湖は、大いに可能性があるぞ」
み「深いんですか?」
老「富士五湖ではもっとも深い。
138メートルある」
み「西湖の倍ですね」
老「本栖湖のクニマスは、深いところに棲んでるため……。
まだ見つかってないのかも知れんな」
み「ひょっとして、本栖湖のクニマスが……。
地下トンネルを通って、西湖に遊びに行ってるのかも知れませんよ」
老「ほっほ。
それも、あり得る」
み「西湖、本栖湖、精進湖。
これが、もうひとつの三湖伝説!」
老「うまい!
座布団一枚」
老「ところで……。
クニマスの別名を知っておるかの?」
み「クロマスでしょ」
老「それは、西湖での呼び名じゃ。
田沢湖では、なんと呼ばれておったかじゃ」
み「わかりかねます」
老「木の尻鱒。
木の尻とは、木切れのことじゃ」
老「辰子の母親が投げた松明。
それが泳ぎだした鱒というわけじゃ。
姿が黒いので、まるで焼けぼっくいが泳いでいるように見えたのかも知れんな」
み「へー。
でも、辰子のお母さんは可哀想ですよ」
老「まったくじゃ。
やはり辰子が忘れられず、幾度も田沢湖を訪ねたそうじゃ。
しかし、いくら呼んでも、もう辰子の答えは返って来なかった」
老「でもな……。
母親が辰子の名を呼ぶと……。
岸辺には、クニマスがうようよと集まって来たそうじゃ」
老「そのクニマスを穫ることで、母親の暮らしは成り立ったという」
み「クニマスは辰子からの、悲しい贈り物だったのかも知れませんね」
老「そうじゃな。
さて、そろそろおいとましようかの」
み「え?
もう行っちゃうんですか?」
老「名残惜しいかの?」
み「ぜんぜん」
老「やせ我慢しおって。
ほんとは、わしに惚れたくせに」
み「だれがっ。
やせても枯れても、ビアン作家じゃ。
陰間ジジイはお呼びじゃないの」
老「ほっほっほ。
いやよいやよも好きのうちとな。
ういやつ。
今度は、手淫しとるときに出てやろうかの」
み「出たら殺す」
老「もう死んどるわい。
それじゃ、さらばじゃ」
み「ほんとに出るなよ!」
律「Mikiちゃん、Mikiちゃん」
み「ふ、ふご。
さっそく出たのか!」
律「もう。
寝ぼけて。
さっきから何なの?
出るとか出ないとか。
トイレ?」
み「あ。
やっと醒めた……」
律「漏らしたんじゃないでしょうね」
み「するかい!
ここ、どこ?
ひょっとしてまだ、寒風山を出たばかりとか?」
律「なに言ってんの。
もう、4時半近いわよ。
そろそろ、セリオンに着くんじゃないの」
み「不思議じゃ……。
こんどは、実時間も経過してるってことか。
どうも、作者の都合のような気がするな……」
律「なにごちゃごちゃ言ってるの。
まだ寝ぼけてる?
今夜、眠れなくなるわよ」
み「大丈夫。
夜が長いのは大歓迎。
今夜は飲むぞ!
付き合ってもらうからね」
律「もちろん、それは望むところ。
潰してやるから」
み「くそー。
強そうだな」
ガ「さて、みなさま、お目覚めですか?
秋の日も、だいぶ傾いてまいりましたね。
まもなくバスは、『なぎさGAOツアー』最後の目的地……。
『秋田ポートタワー・セリオン』に到着いたします」
ガ「すでに、バスの窓からも見えております」
ガ「セリオンの全高は、143メートル。
展望台は、100メートルの高さにあります。
今日1日巡ってまいりました男鹿半島から……。
広大な日本海。
そして、鳥海山までを、一望のもとに望めます。
360度のパノラマを、存分にお楽しみください」
み「ガイドさ~ん」
ガ「はい」
み「秋田の人って、展望台が好きなんでしょうか?」
ガ「特に……。
そういうわけでは無いと思いますが……」
み「行きに見たニセリオンもありましたよね」
ガ「天王スカイタワーですね」
み「で、このツアーの締めが……。
寒風山回転展望台から、ポートタワーセリオンでしょ」
律「そう言われて見れば、そうよね」
ガ「う。
痛いところを突かれました。
でも、ほんとにいい眺めですよ」
み「眺めは、寒風山で十分堪能したなぁ」
ガ「えーと。
そういう方には、物産コーナーもあります」
み「寒風山にもあったなぁ」
「あ、そうです!
なまはげのお面があるかも知れません」
OL「ほんと!?」
ガ「たぶん……。
少し自信ありませんけど」
み「もし無かったら、どうする?」
ガ「……」
律「Mikiちゃん、あんまりいじめないの」
ガ「ありがとうございます。
それでは、間もなくセリオン到着です。
なお、セリオンでのお時間は……。
16:20分から16:50分までの30分になっております。
定刻に出発できますよう、ご協力お願いします」
み「こっち見て言ってるよ」
律「前科2犯だからね」
さてバスは、朝方、間近で見上げたセリオン前に到着しました。
律「丸一日かけて、またここに戻ってきたって感じね」
み「おなつかしや、セリオン殿」
律「朝、入れなかったから……。
ここには、もう縁が無いのかと思ってた」
み「わたしは、わかってたけどね」
律「『GAOコース』予約してたんだから、当然よね。
言ってくれればいいのに」
み「知らない方が楽しいでしょ」
律「まあね」
み「さぁてと。
とりあえず、どうする?」
律「せっかくだから、昇ってみましょうよ。
展望台」
み「ようし。
万代島ビルの展望室と、どっちの眺めがいいか確かめてやる」
律「また張り合うわけ?」
み「高さ143メートル同士の戦いじゃ」
律「東京には、もうじき、何倍も高いスカイツリーが建つのよ」
み「何メートルだっけ?」
律「600とかじゃない?」
み「666メートル?」
律「それじゃ、オーメンでしょ」
律「縁起悪すぎ」
ガ「634メートルです」
律「よく知ってるわね」
み「やっぱり、展望台フリークなんじゃないの?」
ガ「個人的には……。
大好きです!」
み「やっぱり」
律「でも、なんでそんな半端な数字なの?」
み「だよね。
東京タワーは、333メートルだから……。
覚えやすいもんね」
ガ「634メートルは、武蔵(ムサシ)の国にちなんだものなんですよ」
み「げ。
まさか、語呂合わせだったとは」
律「でも、これで高さが覚えられたじゃない」
み「わたしは、語呂合わせなどせずとも、数字は覚えられるのじゃ」
律「それは、若いころの話でしょ。
日本史だけの女王さま」
み「なぜ、そのことを知ってる!」
律「早く昇ろう。
置いてっちゃうわよ」
み「待てー。
なぜ知ってるぅ」
律「どう?
新潟の方が、眺めがいい」
み「なんか……。
すっごい、景色が似てる。
どちらも、川港に建ってるせいかな」
↑上がセリオンから、下が万代島ビルからの眺め
律「へ~。
新潟は、信濃川の河口よね」
律「この下の川はなんだろ?」
み「う~ん。
わからん」
ガ「こちらは、昔の雄物川です」
ガ「今は秋田運河と呼ばれてます」
み「へー。
歌謡曲になりそうだね」
律「小樽運河のこと?」
み「それそれ」
律「雄物川って、音頭になってるんじゃないの?」
み「は?
音頭って何?」
律「雄物川音頭って民謡があったでしょ」
み「ひょっとして、それは……。
真室川音頭のことじゃないの?」
律「そうだっけ?」
み「真室川は、山形でしょ」
社「お~、真室川音頭!
わし、大得意でっせ。
聞きまっか?」
律「遠慮しときます」
社「そこまで乞われたら、しゃあないなぁ。
ほんじゃ、歌わせてもらいまっさ」
み「どういう耳してんだ!
話を聞けよ!」
いきなり歌い出しました。
間近の大音響に、鼓膜が破けそうです。
まわりの視線も大集中。
み「ちょっとは、加減してよ」
社「常に全力で歌うのが、モットーでんねん」
み「大迷惑なモットーだね。
そもそも、秋田で真室川音頭は無いんじゃないの」
社「ま、これもケーキのトッピングでんがな」
み「う」
社「ほんじゃ、まかり出たついでに……。
替え歌バージョンもご披露しましょうかな」
み「猥歌じゃん……」
社長は、思い切り声を出して満足したらしく……。
上機嫌で去っていきました。
み「なんの話してたんだっけ?」
律「眺めが似てるって話でしょ」
み「あ、そうか」
律「高さが同じだからじゃないの?」
み「展望室の高さは、万代島ビルの方が25メートル高いんだよ。
ここは100メートルだけど、万代島ビルは125メートル」
律「はいはい」
み「この展望室って、名前が付いてないのかな?」
律「だから、セリオンでしょ」
み「それは、このタワーの名前じゃないの。
展望室の名前だよ」
律「展望室だけ別の名前なんて、普通つけないでしょ」
み「あ、そうか。
ここは、建物自体が展望台っていうコンセプトだもんね。
万代島ビルは、民間ビルだけど……。
31階の展望室は、新潟県が所有してるんだ。
で、その展望室には、別に名前が付いてる」
律「なんて名前?」
み「『Befcoばかうけ展望室』」
律「なにそれ?]
み「いわゆるネーミングライツってやつだよ」
律「なるほど。
命名権を売ったわけね。
いくらだったの?」
み「たしか、年間120万」
律「けっこうな金額ね」
み「維持管理費を少しでも浮かそうというわけよ」
律「でも、そんなヘンテコな名前にしたら……。
どこが買ったかわかんないじゃないの」
み「確かにねー。
米菓のメーカーだよ」
律「わかった。
亀田製菓でしょ。
アルビレックスのユニホームに、確か名前が入ってた」
み「よくそんなことまで知ってたね」
律「うちの病院、川崎にあるでしょ。
内科の先生に、川崎フロンターレの熱狂的サポーターがいるのよ。
試合の写真なんかを、診察室に貼っててさ。
で、何の興味もないわたしにまで、いちいち説明して見せるわけ。
その中に、アルビレックスとの試合の写真もあったのよ」
律「でもさ……。
こう言っちゃなんだけど……。
アルビレックスのユニホームって、カッコ悪くない?
オレンジとブルーってのは、いまいち洗練されてない感じがする」
律「しかも……。
胸に『亀田製菓』でしょ」
み「それは……。
あえて否定できんなぁ。
うちの会社の女子も、同じ認識だよ。
あの配色には……。
年金手帳って声も」
律「わはは。
リニューアルの予定、ないの?」
み「チーム名を変えない限り、無理かもね」
律「どうして?」
み「オレンジとブルーの組み合わせは、チーム名から来てるんだよ」
律「そうだったの?
アルビレックスって、どういう意味よ?」
み「白鳥座にある二重星、『アルビレオ』が語源。
最初は、『アルビレオ新潟』を名乗ってたんだよ」
み「でも、この『アルビレオ』が商標登録されてるのがわかって……。
名前を変えたんだ。
『レックス』は、ラテン語で王様の意味」
律「なるほど。
でも、白鳥なら、白いイメージじゃないの?」
律「どうして、オレンジとブルーなわけ?」
み「白鳥座の『アルビレオ』が……。
オレンジとブルーの二重星なんだよ」
律「なんだ、そういう意味。
それじゃ、ユニフォームの色、変えられないわね。
でも、そもそも何で新潟が白鳥なわけ?」
み「今日は、いやに絡むね。
もう飲んでるんじゃないの?」
律「塔に酔ったのかしら。
とことん聞きたい気分」
み「新潟スタジアムのすぐ北側には、鳥屋野潟っていう沼地があって……」
み「ここが、白鳥の越冬地になってるんだ」
み「あと、スタジアムの周りは、田んぼだらけなんだけど……」
み「よく白鳥が、落ち穂を拾ってる」
み「あ、そういえば……。
新潟スタジアムの愛称が、『ビッグスワン』なんだよ」
律「白鳥が来るから?」
み「スタジアムの形が……。
羽を広げた白鳥に見えるってことからみたいだけど……」
み「どうやったらそう見えるのか、はなはだもってホタテ貝」
律「それを言うなら、“ますますもってホタテ貝”でしょ」
み「誰が言ったんだっけ?」
律「筒井康隆よ」
律「“暑さ寒さも胃癌まで”とか」
み「よく知ってるね」
律「中学に入ったころ、よく読んだ。
あと、こういうのもあったな。
ちょっと耳貸して」
み「ひょぇ。
くすぐって~」
律「なに喜んでんのよ。
耳寄せて。
“短小包茎夜河を渡る”」
み「わはは。
あったあった」
律「でもさ。
白鳥が渡来してる時期って……。
サッカー、やってないんじゃないの?」
み「ごもっともです」
律「妙に低姿勢ね」
み「川崎フロンターレの名前を聞いたからかな」
律「どういうこと?」
み「ヘビに睨まれたカエルってやつ。
すごく相性が悪いんだよ。
滅多に勝てない」
律「へ~。
そうなの?」
調べてみたら、これはわたしの思い違いでした。
J1での対戦成績は、5勝6敗で、ほぼ互角。
J2時代なんかは、大きく勝ち越してました。
なんで、こんなイメージを持ってたんだろ?
新潟が勝てないのは、浦和レッズでした。
J1での対戦成績が、1勝12敗。
レッズには、やたらと選手を引き抜かれるし……。
なんか恨みでもあるのか?
み「ところでさ。
何の話してたんだっけ?」
律「アルビレックスのユニホームがダサいって話じゃないの?」
み「だから、どこからその話になったのよ?」
律「なんだっけ?
あ、ユニホームの胸に付いてる『亀田製菓』がカッコ悪いって話よ。
せめてローマ字表記にするとかねー」
み「それで思い出した!
『Befcoばかうけ展望室』だ!」
み「この名前を付けたのは、米菓のメーカーでした。
で、そこはどこでしょう、って話からだよ」
律「難儀な話ね」
み「あんたのせいでしょ!」
律「亀田製菓じゃないの?」
み「違います」
律「それじゃわからないわよ」
み「栗山米菓」
律「聞いたことない」
み「けっこう有名なおせんべいはあるんだよ。
たとえば……。
『星たべよ』とか」
律「あ、それなら知ってる。
星形のおせんべいよね。
こないだ、看護師にもらったわ」
み「もうひとつ有名なのが……。
『ばかうけ』」
律「それも、おせんべい?」
み「そう」
律「でも、そのネーミング、パクリじゃないの?」
み「何のパクリ?」
律「わたしが小学校くらいのころ……。
“欽ドン”って番組があったんだよ」
み「存じませんなぁ」
律「また若ぶって。
大して変わらないじゃないの」
み「そっちがズルいんだよ」
律「なんでよ?」
み「だって、連載開始から3年経ってるのに……」
み「小説の時間は、1ヶ月も経過してないんだから。
こっちは、3つ歳とったのに……。
そっちは、ぜんぜん歳とらないんだもん」
律「近いうちに、追い越されそうよね」
み「くっそー。
小説、いきなり10年くらい進めてくれようか……」
律「わたしは……。
50になっても、60になっても、ぜんぜん変わらないんじゃないかな?」
↑吉丸美枝子さん(62歳だそうです)
み「恐るべき自信。
淡雪さん級だわ」
律「五十路は女の最盛期」
み「誰が言ってるの、そんなこと?」
律「わたし。
今、思いついた。
よし。
これから20年は、このキャッチフレーズで行こう。
人生、楽しくなるぞ」
み「また話がずれてますけど」
律「わたしが若く見えるって話じゃないの?」
み「そんな話、してません!
“ばかうけ”だよ」
律「それそれ。
見たことない?
“欽ドン”」
み「何それ?
ズンドコなら知ってるけど」
律「ぜんぜん違うじゃない。
でも、ズンドコと言えば、なんといってもこれよね。
“不幸のズンドコ”」
み「寺嶋純子の顔見ると……。
ぜったい思い出しちゃうよね」」
律「わたしなんか……。
寺島しのぶの顔見ても思い出す」