2012.3.3(土)
老「南祖坊は、再び全国を巡り歩いたが……。
鉄の草履はいっこうに切れない。
しかし、古里に近い十和田湖まで来たとき……。
とうとう、草鞋が切れた。
そのとき、南祖坊は76歳になってたそうじゃ。
で、神託に従い、ここを終の棲家とすることにしたわけじゃが……。
そこには、竜に姿を変えた八郎太郎が住んでおった。
そこで南祖坊は、八郎太郎に戦いを挑んだ」
み「ちょっとぉ。
修行を積んだお坊さんが、なんでいきなり戦いを挑むんです?
もっと平和的に解決できませんかね」
老「『そこで2人は仲良く暮らしました』では、物語にならんのじゃよ」
み「でも、竜VSお坊さんじゃ、勝ち目は無いんじゃないですか?」
老「なんの。
南祖坊は、鉄の草履を履いて諸国を行脚した修験者じゃ」
老「並の法力ではないぞ。
八郎太郎を前に、自らも竜に変じた」
み「法力以前に、南祖坊の出生自体が怪しいですね。
こいつも、父親が竜だったんじゃないですか?」
老「なるほど。
それは新説かも知れんぞ」
み「わ~い」
老「話を進める」
み「ありゃりゃ」
老「南祖坊と八郎太郎は、7日7晩戦った。
稲妻を投げ合い、互いの血しぶきがあたりに飛び散ったそうじゃ」
み「ちょっと待ったぁ!」
老「またかの」
み「その描写って……。
噴火の様子そのものですよ」
み「稲妻は、火山雷(かざんらい)じゃないですか!」
み「血しぶきは、飛び散るマグマ」
老「まさしく、そのとおりじゃな。
三湖伝説と十和田火山の関わりが指摘されても、当然のことじゃろ」
み「で、その勝負、どうなったんです?」
老「南祖坊が勝った」
み「あちゃ~。
八郎太郎ちゃん、負けちゃったんですか?」
老「同じ竜の形をして戦ったら……。
修行を積んできた方が、強かったというわけじゃな。
しかし、勝負の行方は想像できたんじゃないか?
八郎太郎が勝ったら、そのまま十和田湖に住み続けるわけじゃからの」
み「そうか。
それで八郎太郎は、十和田湖を追われたわけですね」
老「そのとおり。
八郎太郎は、米代川を伝って西に逃げた」
老「途中、七座山(ななくらやま)のあたりで川を堰止め、湖を作ろうとしたが……」
老「地元の神々の使いの白鼠に堰を崩され、更に下流へと向かった」
み「そのあたりも、噴火の臭いがしますね」
老「じゃろ。
七座山のあたりは流れが緩やかで、川が蛇行しやすい。
火山灰が一時滞留し、川を堰き止めたんじゃないかな」
み「なるほど。
湖が、できかけたわけですね。
でも、どうにか米代川がそれを押し流した」
老「火山灰で、川の色は真っ白じゃったろう」
み「白鼠ですね」
老「そういうことじゃ。
日本海附近まで来て、ようやく棲み家となる湖を作る適地が見つかった」
み「それが……。
八郎潟」
老「というわけじゃ。
父が呼んだのかも知れんの」
み「え?」
老「旅の男が、竜となって消えたのは、どこじゃった?」
み「あ、寒風山!
じゃ、父親が消えた山のほとりに、湖を作ったってことですね。
……」
老「どうした?」
み「なんか……。
哀れ。
南祖坊が憎くなりました」
老「八郎太郎は無論、父が寒風山で消えたことなど……。
知らなかったじゃろうにの」
展望台は回転してるので……。
今、視界には、姿のいい山が、遠く見えてます。
み「あの山は……。
ひょっとして、鳥海山?」
老「うむ」
み「もう一つありましたね。
火山」
老「そうじゃな」
み「でも、綺麗な山ですね」
老「出羽富士とも呼ばれておる」
み「ほんと、いい眺めですよね」
老「まさに……。
三千世界、まなこのうちに尽きなん……」
おじいさんは目を細め、窓の外を見つめてます。
わたしも、しばし言葉を忘れ……。
窓の外を見つめました。
秋の陽を浴びながら……。
展望台はゆっくりと回っていきます(360度のパノラマをご覧ください)。
やがて、再び八郎潟が見えてきました。
わずかに残った湖面が、秋の陽を返してキラリと光りました。
それは、竜の鱗のようにも見えました。
律「Mikiちゃん。
ちょっと、Mikiちゃん。
どうしちゃったのよ。
ボーッとして」
み「え?
あ、あぁ、先生。
面白かったね~。
三湖伝説」
律「何のこと?」
み「聞いてたでしょ、そばで。
今、このおじいさんが……。
あれ?
いない」
ベンチの隣には、誰もいません。
四方を見回しましたが、おじいさんの姿は、影も形も見えません。
あのご老人、忍者だったんでしょうか?
み「どこ行っちゃったんだろ?」
律「誰のことよ」
み「だから、髭のおじいさんよ」
律「そんな人、最初からいないよ」
み「うそ。
さっきから、長々と話聞いてたじゃない。
もう、集合時間が近いんじゃないの?」
わたしは、腕時計に目をやりました。
み「そんな……」
時計の文字盤は、15:05。
15:00ジャストにバスが着いたから……。
ほとんど、展望台に昇った時刻です。
み「そんなバカな。
先生、時計見せて」
先生の腕を裏返し、文字盤を確かめますが……。
同じく、15:05。
律「どうしちゃったのよ。
今、展望台に上がってきたばっかりじゃないの」
それじゃ、今聞いた話は……。
ぜんぶ、夢?
呆然と立ち尽くすわたしの元に、バスガイドさんが歩み寄って来ました。
ガ「ご気分でも、お悪いですか?」
み「い、いえ。
大丈夫」
律「展望台に酔ったんじゃないの?」
ガ「えー。
そんな方、初めてです」
律「展望台が回るから……。
お酒飲んだときと一緒になるんじゃないの?
アレ着けなよ。
フェリーで見せてくれたやつ。
『シーシェパード』だっけ?」
み「『シーバンド』!」
ガ「遠くを見た方がいいですよ。
ほら、お昼に寄った入道崎まで見えます」
ガ「まさに……。
三千世界、まなこのうちに尽きなん……、ですね」
み「え?
今、なんて言ったの?」
ガ「三千世界、まなこのうちに尽きなん」
み「それって、秋田ではやってるの?」
ガ「どうしてです?」
み「さっきも、同じ言葉を聞いたから」
ガ「これは、菅江真澄が……。
寒風山からの眺めを讃えて言った言葉なんですよ」
ひょっとして……。
わたしの背中に、冷たい汗が流れました。
ひょっとして、さっきのご老人は……。
菅江真澄、その人だったんじゃ……?
律「どうしたの、Mikiちゃん。
急に黙っちゃって」
み「ううん。
何でもない」
「ちょっとガイドさん。
あそこって、入道崎ですよね」
「はい、そうです」
突然、別の声が割り込んできました。
声の主は、OLさんでした。
OL「あなた、ほら見てぇ。
あなたとわたしの出会いの場所よ」
背筋が寒くなるような甘え声です。
鉄道君の腕にぶら下がってます。
鉄「だって、君。
ぼくらが出会ったのは、秋田駅のバス乗り場じゃないか」
OL「もう。
散文的なんだからぁ。
それじゃ、つまんないでしょ!
わたしたちが出会ったのは、入道崎の断崖の上なの」
OL「あそこであなたが……。
崖から身を投げようとわたしの手を、がっしりと握ってくれたの!」
……違うだろ。
男に捨てられて、イヤリング投げたんじゃないの。
なんか……。
捨てた男の気持ちが、わかる気がしてきた。
OL「あ、そうそう、ガイドさん。
下に、お土産売ってましたよね」
ガ「はい」
OL「なまはげのお面って、ありませんでした?」
ガ「え?
たぶん無いと思いますけど……」
OL「なまはげ館のは、いくらなんでも高すぎて」
ガ「あれは、本物ですからね」
OL「偽物でもいいのよ。
お土産用の」
ガ「一応、聞いて来てみましょうか?」
OL「そうしてくださる?」
ガイドさんは、そそくさと展望台を後にしました。
み「あの……」
OL「はい?」
み「なまはげのお面なんて、どうするの?」
なまはげ館以来の疑問を、思い切って尋ねてみました。
OL「あなた、先に下りてて。
すぐに行くから」
OLさんは、鉄道君の背中を押しました。
鉄道君は首をかしげながらも、ガイドさんの後に続きます。
手を振って見送ったOLさんは、あたりを見回しながら……。
なぜか、ひそひそ声。
OL「あの人の顔……。
ちょっと頼りないでしょ。
ま、人のいいのは、わかるんだけど……。
わたしって、夜は激しくなきゃダメなの。
だから……。
彼に“なまはげ”のお面被らせて……。
思い切り襲われたいのよ!」
OL「あぁ。
想像しただけで、ズッキュ~ンと来るわぁ。
腰、抜けそう。
1年ぶりだもんね。
今夜は燃えるわよぉぉぉ。
あなた~、待ってぇ」
OLさんは、跳ねるような足取りで、鉄道君の後を追っていきました。
み「彼が気の毒になってきた」
律「前の男にも同情するわよ」
み「わたしたちも行ってみようか」
律「景色も見たいけど……。
もっと面白そうだもんね」
1階に下り……。
土産物コーナーを覗きます。
一回りするまでもなく……。
なまはげのお面なんか、売ってないことは明らかなたたずまい。
食べ物系のお土産が多いようですね。
きりたんぽもありました。
それともうひとつ……。
律「これって、有名じゃない?」
律「食べたことある?」
み「ないない」
律「普通の沢庵と、どう違うんだろ?」
み「確か、薫製にしてあるんだよ」
律「沢庵の薫製?」
み「じゃないの?」
ガ「ちょっと違いますぅ」
わからないことがあると……。
ガイドさんが、いつもそばに来てくれます。
“なぎさGAO”、便利だにゃー。
ガ「沢庵を薫製するのではなく……。
薫製した大根を、沢庵漬けしたものです」
み「あ、そうか。
薫製が先か」
律「どうやって薫製にするの?」
ガ「昔は、囲炉裏の上にぶら下げたそうです」
律「へー。
誰が思いついたのかしらね」
ガ「秋田の冬は、湿気が多くて……。
外で大根干しをしても、なかなか水気が抜けません。
凍ってしまったりもします。
で、囲炉裏の上で干したわけです」
み「あ、そうか。
大根を干すのが目的だったわけね。
薫製になったのは、副産物か」
ガ「煙で“燻(いぶ)す”ことを、“いぶる”と云います。
“がっこ”は、漬け物のことです」
律「それで、“いぶりがっこ”ね」
ガ「昔は、冬場に生の野菜を食べられませんでしたから……。
漬け物は、貴重なビタミン源だったんです」
み「今でも、囲炉裏で“いぶってる”の?」
ガ「囲炉裏自体が少なくなりましたから……。
個人のお宅では、作られなくなってきてます。
今は、薫製用の小屋で作られてるようです」
み「なるほどね。
でも、囲炉裏で煙された大根……。
美味しかっただろうな」
律「買っていこうかな?」
み「今夜、食べてみようよ。
それで美味しかったら、駅とかでも買えるでしょ」
律「それも、そうね」
隣は、お酒のコーナーでした。
律「さすが酒どころね。
地酒コーナーは充実してるわ」
み「買ってく?」
律「荷物になっちゃうわよ。
これも今夜、試してみよう」
み「そうしよう」
OLさんと鉄道君がいました。
OLさんは、鉄道君の腕にぶら下がり……。
土産物を選んでます。
さっき、あんな恐ろしいことを言てったのが嘘みたいです。
すれ違うOLさんに、意地悪して聞いてみましょう。
み「ありました、お面?」
OL「ないわぁ。
あ、あなた、ちょっとあっちに行ってて」
律「もう、“あなた”って関係なんですか?」
OL「初夜はまだだけどね」
み「はぁ。
で、お面は?」
OL「考えてみたら……。
“なまはげ”のお面より……。
天狗の面の方が、気分出るんじゃないかと思って」
OL「『ゲンセンカン主人』って漫画、知りません?」
み「つげ義春の?」
OL「それそれ。
あの漫画、けっこう興奮しなかった?
不気味で」
み「印象には残ってる」
OL「興奮するわよ。
わたしなんか、読み返す度にオナニーしちゃうわ」
み・律「……」
OL「それに、天狗の面ってさ……。
女が股間に付けても面白いと思わない?」
OL「あれ着けて、思い切り腰を振りたい気がするのよ」
み「彼のおカマ掘るわけ?」
OL「あは。
それもいいかも♪
じゃね。
あ、あなたぁ、待ってぇ」
OLさんは鉄道君を追い、風のように去っていきました。
み「旅先で……。
天狗の面なんて、どうやって調達するつもりだ?」
律「変態もあそこまで堂々としてると、かえって清々しいわ」
時計を見ると、もう少し時間があるようです。
律「入館ゲート出ちゃったから、展望台には戻れないわね」
み「あーっ」
律「何よ」
み「2階の展示コーナー、見ればよかった」
律「あきらめなさい」
み「ちぇ。
どうする?」
律「表に出てみましょうよ。
景色なら、外でも十分楽しめるんじゃないかな」
外に出ると、午後の陽が燦々と降り注いでます。
律「いいお天気で良かったわね」
み「ほんとだね。
日本海側では……。
今ごろが一番、気候のいい時期かな」
律「5月ころもいいんじゃないの?」
み「そのころは、お天気が安定しないんだよ。
肌寒いくらいの日があったかと思うと……。
フェーン現象で熱風が吹くと、30度以上になっちゃう」
律「フェーン現象って良く聞くけど……。
結局、なんなの?」
み「冬の季節風の反対だよ。
冬は、北西の風が、日本海側に大量の雪を降らせ……。
水分の無くなった乾いた風が、太平洋側に吹き下ろすでしょ」
律「空っ風ね」
み「そう。
フェーン現象はその逆の南風。
太平洋側に雨を降らせて乾いた空気が……。
日本海側に吹き下ろすわけよ」
律「なるほど。
暑そうね」
み「ちょうど木々の新芽が伸びるころに、よく起こるんだ。
フェーン現象の風で……。
新芽がチリチリになることもあるんだよ」
律「へー。
じゃ、日本海側を旅行するなら……。
今頃がいいわけね」
み「そう。
今頃から、10月の中旬過ぎくらいまでかな。
いい頃は。
ほら、昔って、プロ野球の日本シリーズが、昼間だったでしょ」
律「そうそう。
大学の医局にいたとき、待合室にテレビ見に行く先生、けっこういたよ。
そう言えば、今は無いみたいね」
み「今は、みんなナイターなんだよ。
で、わたしの父が、熱狂的なジャイアンツファンでさ。
日本シリーズのころ、学校から帰ると、よく部屋からテレビ中継の音が聞こえてた」
律「お父さん、家で仕事してたの?」
み「ううん。
病気で寝てたんだ」
律「あ、そうか。
早く亡くなっちゃったんだよね」
み「うん。
で、その日本シリーズが聞こえてたころって……。
お天気が悪かった記憶が無いんだよ。
ポカポカと暖かくて、風も無くてね。
夢に出てくるような、いいお天気ばっかり」
律「ほんと、今日は、パラグライダー日よりね。
冗談抜きで、明日やってみない?」
み「積極的にお断りです」
律「あれ?」
み「なに?」
律「ほらあそこ。
女子大生の2人組じゃない?」
み「だね」
律「展望台、登らなかったのかしら?」
2人は、展望台の麓の……。
小高くなった芝生の上にいます。
1人が、カメラを持ってます。
携帯ではなく、デジカメです。
しかし、レンズを向けてる方向が……。
どうも妙です。
茫々と生える芝草に向けてるんです。
み「何撮ってるんだろ?」
律「ほら、寒風山は馬の牧草地だって、ガイドさんが言ってたじゃない?
きっと、あの草は牧草なのよ」
み「そんなの撮ってどうすんの?」
律「それは……。
聞いてみないとね」
み「ちょっと行ってみようか」
わたしたちが近づいても……。
2人組はなかなか気づきません。
1人が、足元の草むらにカメラを向け……。
もう1人は大判の手帳を取り出して、なにやら書き込んでます。
律「すいませ~ん。
そこに、何かあるの?」
声を掛けると、ようやく気づいてくれました。
2人は、ニコニコ笑って……。
妙に嬉しそうです。
女1「大切なものがあるんですよ」
み「なに?」
女2「登っていらっしゃいませんか?」
↑2人が立ってるところ
そこまで思わせぶりをされたら……。
登らずにはおれません。
芝生の丘に上がってみましょう。
律「何なの、大切なものって?」
女1・2「これです」
2人そろって、芝草を指さしました。
そこには……。
半分草に埋もれ、小さな石碑みたいなのが建ってました。
み「お墓?
あ、わかった。
菅江真澄の墓だ」
女1「誰です、それ?」
み「違うの?
江戸時代の紀行作家だよ。
『三千世界、まなこのうちに尽きなん』
知らない?」
女2「ぜんぜん知りません」
律「Mikiちゃん。
この石、どう見たって江戸時代のものじゃないよ」
み「そういえば新しいね」
女1「この石は、昭和63年に取り替えられてるんです」
み「ますますわからん。
ギブアップ。
教えて」
女2「これは、三角点の標石です」
律「サンカクテン?
何よ、それ?
三角巾なら知ってるけど」
み「違うと思います。
三角の点で、三角点ってことじゃないの?」
女1「そうです」
律「この石、四角じゃないの」
女2「あの……。
石の形のことじゃなくてですね」
女1「三角測量を行う場合に、位置の基準となる点が……。
三角点なんです」
律「三角測量って何?」
女2「三角法を使った測量です」
律「三角法って何?」
み「きりがないわな」
女1「互いに見通せる3点を結んで三角形を作ります。
で、その1辺の長さと、両端の角度を測定して……。
残る1点の位置を求める測量法のことです」
み・律「さっぱりわからん!」
律「でも、3点の高さが違えばさ……。
点同士を結んだ線は、地面と平行じゃないわけでしょ」
女1「はい」
律「2点間の直線距離はわかるとしても……。
平面上の距離とは違うんじゃないの?」
女1「三角関数を使えば、平面上の離れも計算できるんですよ」
と言って、女子大生は、このページに書かれたようなことをしゃべりました(解説不可能)。
み「わかった?」
律「ぜんぜん。
でも、三角点が、何でこんなところにあるのかわかった」
み「どういうこと」
律「ここって、見通し抜群じゃない」
み「あ、なるほど。
他の2点から見えなきゃいけないんだもんね」
女2「三角点は、見晴らしのよい山の上にあることが多いですね」
↑三角点の地図記号
律「日本中にどれくらいあるの?」
女2「この三角点は、二等三角点ですから……。
それほど珍しくありません。
5,000箇所くらいあります。
一等三角点で、1,000箇所くらいですね」
み「等級があるのか。
何等まであるの?」
女1「四等までです。
等級によって、標石の大きさも違うんですよ」
女2「四等三角点は、12センチ角」
女1「三等と二等が、15センチ角」
女2「そして一等が、18センチ角」
み「すごい階級制だね」
律「でも、こんな小さな石、いたずらされないの?
引っこ抜かれて、違うとこに据えられたら、大変じゃない?」
女1「簡単に動かせるものじゃないんですよ」
そう言って女子大生は、手帳に挟んだ紙を見せてくれました。
女1「これが、一等三角点の断面図です」
女1「地上に出てる部分は……。
全体の4分の1の高さなんです」
律「なるほど。
地上に顔を出してるのは……。
氷山の一角ってことね」
女2「一等三角点の標石は……。
90キロもあるんですよ」
み「そりゃ、動かせんわ」
女2「でも明治・大正のころは……。
この標石を、人が背負って山の上まで運びあげたんです」
律・み「すご……」
律「三角点って、いつごろから設置され始めたの?」
女1「明治4年です。
イギリス人のマクヴインという人の指導のもと……。
当時の工部省測量司が……。
東京府に13箇所の三角点を設置したのが最初になります」
み「へー。
明治4年ってのはスゴいな。
新政府になって、すぐ始めたってことだもんね」
律「でもあなたたち、なんでこんなに詳しいの?」
女2「大学のサークルなんです」
律「何てサークル?」
女1・2「三角点研究会です」
み「渋すぎ……」
律「そのサークルって、何人くらいいるの?」
女1・2「わたしたち2人だけです」
律・み「でしょうね……」
み「わたしは新潟市から来たんだけどさ。
新潟市にも、一等三角点ってあるのかな?」
律「無いんじゃないの?
高い山なんかないでしょ。
砂丘くらいしか」
女1「ありますよ」
み「ほら、あるじゃないの!
でも、どこだろ。
聞いたことないな」
女2「実は、きのう写真撮って来たばっかりなんです」
女1「今回の旅では、日本海側を北上してるんです」
律「え?
じゃ、あなたたち、東北の人じゃないわけ?」
女1・2「信州です。
松本」
み「うーむ。
それは意外であった」
女2「新潟市の一等三角点……。
今、画像お見せしますね。
えーっと……。
はい、これです」
鉄の草履はいっこうに切れない。
しかし、古里に近い十和田湖まで来たとき……。
とうとう、草鞋が切れた。
そのとき、南祖坊は76歳になってたそうじゃ。
で、神託に従い、ここを終の棲家とすることにしたわけじゃが……。
そこには、竜に姿を変えた八郎太郎が住んでおった。
そこで南祖坊は、八郎太郎に戦いを挑んだ」
み「ちょっとぉ。
修行を積んだお坊さんが、なんでいきなり戦いを挑むんです?
もっと平和的に解決できませんかね」
老「『そこで2人は仲良く暮らしました』では、物語にならんのじゃよ」
み「でも、竜VSお坊さんじゃ、勝ち目は無いんじゃないですか?」
老「なんの。
南祖坊は、鉄の草履を履いて諸国を行脚した修験者じゃ」
老「並の法力ではないぞ。
八郎太郎を前に、自らも竜に変じた」
み「法力以前に、南祖坊の出生自体が怪しいですね。
こいつも、父親が竜だったんじゃないですか?」
老「なるほど。
それは新説かも知れんぞ」
み「わ~い」
老「話を進める」
み「ありゃりゃ」
老「南祖坊と八郎太郎は、7日7晩戦った。
稲妻を投げ合い、互いの血しぶきがあたりに飛び散ったそうじゃ」
み「ちょっと待ったぁ!」
老「またかの」
み「その描写って……。
噴火の様子そのものですよ」
み「稲妻は、火山雷(かざんらい)じゃないですか!」
み「血しぶきは、飛び散るマグマ」
老「まさしく、そのとおりじゃな。
三湖伝説と十和田火山の関わりが指摘されても、当然のことじゃろ」
み「で、その勝負、どうなったんです?」
老「南祖坊が勝った」
み「あちゃ~。
八郎太郎ちゃん、負けちゃったんですか?」
老「同じ竜の形をして戦ったら……。
修行を積んできた方が、強かったというわけじゃな。
しかし、勝負の行方は想像できたんじゃないか?
八郎太郎が勝ったら、そのまま十和田湖に住み続けるわけじゃからの」
み「そうか。
それで八郎太郎は、十和田湖を追われたわけですね」
老「そのとおり。
八郎太郎は、米代川を伝って西に逃げた」
老「途中、七座山(ななくらやま)のあたりで川を堰止め、湖を作ろうとしたが……」
老「地元の神々の使いの白鼠に堰を崩され、更に下流へと向かった」
み「そのあたりも、噴火の臭いがしますね」
老「じゃろ。
七座山のあたりは流れが緩やかで、川が蛇行しやすい。
火山灰が一時滞留し、川を堰き止めたんじゃないかな」
み「なるほど。
湖が、できかけたわけですね。
でも、どうにか米代川がそれを押し流した」
老「火山灰で、川の色は真っ白じゃったろう」
み「白鼠ですね」
老「そういうことじゃ。
日本海附近まで来て、ようやく棲み家となる湖を作る適地が見つかった」
み「それが……。
八郎潟」
老「というわけじゃ。
父が呼んだのかも知れんの」
み「え?」
老「旅の男が、竜となって消えたのは、どこじゃった?」
み「あ、寒風山!
じゃ、父親が消えた山のほとりに、湖を作ったってことですね。
……」
老「どうした?」
み「なんか……。
哀れ。
南祖坊が憎くなりました」
老「八郎太郎は無論、父が寒風山で消えたことなど……。
知らなかったじゃろうにの」
展望台は回転してるので……。
今、視界には、姿のいい山が、遠く見えてます。
み「あの山は……。
ひょっとして、鳥海山?」
老「うむ」
み「もう一つありましたね。
火山」
老「そうじゃな」
み「でも、綺麗な山ですね」
老「出羽富士とも呼ばれておる」
み「ほんと、いい眺めですよね」
老「まさに……。
三千世界、まなこのうちに尽きなん……」
おじいさんは目を細め、窓の外を見つめてます。
わたしも、しばし言葉を忘れ……。
窓の外を見つめました。
秋の陽を浴びながら……。
展望台はゆっくりと回っていきます(360度のパノラマをご覧ください)。
やがて、再び八郎潟が見えてきました。
わずかに残った湖面が、秋の陽を返してキラリと光りました。
それは、竜の鱗のようにも見えました。
律「Mikiちゃん。
ちょっと、Mikiちゃん。
どうしちゃったのよ。
ボーッとして」
み「え?
あ、あぁ、先生。
面白かったね~。
三湖伝説」
律「何のこと?」
み「聞いてたでしょ、そばで。
今、このおじいさんが……。
あれ?
いない」
ベンチの隣には、誰もいません。
四方を見回しましたが、おじいさんの姿は、影も形も見えません。
あのご老人、忍者だったんでしょうか?
み「どこ行っちゃったんだろ?」
律「誰のことよ」
み「だから、髭のおじいさんよ」
律「そんな人、最初からいないよ」
み「うそ。
さっきから、長々と話聞いてたじゃない。
もう、集合時間が近いんじゃないの?」
わたしは、腕時計に目をやりました。
み「そんな……」
時計の文字盤は、15:05。
15:00ジャストにバスが着いたから……。
ほとんど、展望台に昇った時刻です。
み「そんなバカな。
先生、時計見せて」
先生の腕を裏返し、文字盤を確かめますが……。
同じく、15:05。
律「どうしちゃったのよ。
今、展望台に上がってきたばっかりじゃないの」
それじゃ、今聞いた話は……。
ぜんぶ、夢?
呆然と立ち尽くすわたしの元に、バスガイドさんが歩み寄って来ました。
ガ「ご気分でも、お悪いですか?」
み「い、いえ。
大丈夫」
律「展望台に酔ったんじゃないの?」
ガ「えー。
そんな方、初めてです」
律「展望台が回るから……。
お酒飲んだときと一緒になるんじゃないの?
アレ着けなよ。
フェリーで見せてくれたやつ。
『シーシェパード』だっけ?」
み「『シーバンド』!」
ガ「遠くを見た方がいいですよ。
ほら、お昼に寄った入道崎まで見えます」
ガ「まさに……。
三千世界、まなこのうちに尽きなん……、ですね」
み「え?
今、なんて言ったの?」
ガ「三千世界、まなこのうちに尽きなん」
み「それって、秋田ではやってるの?」
ガ「どうしてです?」
み「さっきも、同じ言葉を聞いたから」
ガ「これは、菅江真澄が……。
寒風山からの眺めを讃えて言った言葉なんですよ」
ひょっとして……。
わたしの背中に、冷たい汗が流れました。
ひょっとして、さっきのご老人は……。
菅江真澄、その人だったんじゃ……?
律「どうしたの、Mikiちゃん。
急に黙っちゃって」
み「ううん。
何でもない」
「ちょっとガイドさん。
あそこって、入道崎ですよね」
「はい、そうです」
突然、別の声が割り込んできました。
声の主は、OLさんでした。
OL「あなた、ほら見てぇ。
あなたとわたしの出会いの場所よ」
背筋が寒くなるような甘え声です。
鉄道君の腕にぶら下がってます。
鉄「だって、君。
ぼくらが出会ったのは、秋田駅のバス乗り場じゃないか」
OL「もう。
散文的なんだからぁ。
それじゃ、つまんないでしょ!
わたしたちが出会ったのは、入道崎の断崖の上なの」
OL「あそこであなたが……。
崖から身を投げようとわたしの手を、がっしりと握ってくれたの!」
……違うだろ。
男に捨てられて、イヤリング投げたんじゃないの。
なんか……。
捨てた男の気持ちが、わかる気がしてきた。
OL「あ、そうそう、ガイドさん。
下に、お土産売ってましたよね」
ガ「はい」
OL「なまはげのお面って、ありませんでした?」
ガ「え?
たぶん無いと思いますけど……」
OL「なまはげ館のは、いくらなんでも高すぎて」
ガ「あれは、本物ですからね」
OL「偽物でもいいのよ。
お土産用の」
ガ「一応、聞いて来てみましょうか?」
OL「そうしてくださる?」
ガイドさんは、そそくさと展望台を後にしました。
み「あの……」
OL「はい?」
み「なまはげのお面なんて、どうするの?」
なまはげ館以来の疑問を、思い切って尋ねてみました。
OL「あなた、先に下りてて。
すぐに行くから」
OLさんは、鉄道君の背中を押しました。
鉄道君は首をかしげながらも、ガイドさんの後に続きます。
手を振って見送ったOLさんは、あたりを見回しながら……。
なぜか、ひそひそ声。
OL「あの人の顔……。
ちょっと頼りないでしょ。
ま、人のいいのは、わかるんだけど……。
わたしって、夜は激しくなきゃダメなの。
だから……。
彼に“なまはげ”のお面被らせて……。
思い切り襲われたいのよ!」
OL「あぁ。
想像しただけで、ズッキュ~ンと来るわぁ。
腰、抜けそう。
1年ぶりだもんね。
今夜は燃えるわよぉぉぉ。
あなた~、待ってぇ」
OLさんは、跳ねるような足取りで、鉄道君の後を追っていきました。
み「彼が気の毒になってきた」
律「前の男にも同情するわよ」
み「わたしたちも行ってみようか」
律「景色も見たいけど……。
もっと面白そうだもんね」
1階に下り……。
土産物コーナーを覗きます。
一回りするまでもなく……。
なまはげのお面なんか、売ってないことは明らかなたたずまい。
食べ物系のお土産が多いようですね。
きりたんぽもありました。
それともうひとつ……。
律「これって、有名じゃない?」
律「食べたことある?」
み「ないない」
律「普通の沢庵と、どう違うんだろ?」
み「確か、薫製にしてあるんだよ」
律「沢庵の薫製?」
み「じゃないの?」
ガ「ちょっと違いますぅ」
わからないことがあると……。
ガイドさんが、いつもそばに来てくれます。
“なぎさGAO”、便利だにゃー。
ガ「沢庵を薫製するのではなく……。
薫製した大根を、沢庵漬けしたものです」
み「あ、そうか。
薫製が先か」
律「どうやって薫製にするの?」
ガ「昔は、囲炉裏の上にぶら下げたそうです」
律「へー。
誰が思いついたのかしらね」
ガ「秋田の冬は、湿気が多くて……。
外で大根干しをしても、なかなか水気が抜けません。
凍ってしまったりもします。
で、囲炉裏の上で干したわけです」
み「あ、そうか。
大根を干すのが目的だったわけね。
薫製になったのは、副産物か」
ガ「煙で“燻(いぶ)す”ことを、“いぶる”と云います。
“がっこ”は、漬け物のことです」
律「それで、“いぶりがっこ”ね」
ガ「昔は、冬場に生の野菜を食べられませんでしたから……。
漬け物は、貴重なビタミン源だったんです」
み「今でも、囲炉裏で“いぶってる”の?」
ガ「囲炉裏自体が少なくなりましたから……。
個人のお宅では、作られなくなってきてます。
今は、薫製用の小屋で作られてるようです」
み「なるほどね。
でも、囲炉裏で煙された大根……。
美味しかっただろうな」
律「買っていこうかな?」
み「今夜、食べてみようよ。
それで美味しかったら、駅とかでも買えるでしょ」
律「それも、そうね」
隣は、お酒のコーナーでした。
律「さすが酒どころね。
地酒コーナーは充実してるわ」
み「買ってく?」
律「荷物になっちゃうわよ。
これも今夜、試してみよう」
み「そうしよう」
OLさんと鉄道君がいました。
OLさんは、鉄道君の腕にぶら下がり……。
土産物を選んでます。
さっき、あんな恐ろしいことを言てったのが嘘みたいです。
すれ違うOLさんに、意地悪して聞いてみましょう。
み「ありました、お面?」
OL「ないわぁ。
あ、あなた、ちょっとあっちに行ってて」
律「もう、“あなた”って関係なんですか?」
OL「初夜はまだだけどね」
み「はぁ。
で、お面は?」
OL「考えてみたら……。
“なまはげ”のお面より……。
天狗の面の方が、気分出るんじゃないかと思って」
OL「『ゲンセンカン主人』って漫画、知りません?」
み「つげ義春の?」
OL「それそれ。
あの漫画、けっこう興奮しなかった?
不気味で」
み「印象には残ってる」
OL「興奮するわよ。
わたしなんか、読み返す度にオナニーしちゃうわ」
み・律「……」
OL「それに、天狗の面ってさ……。
女が股間に付けても面白いと思わない?」
OL「あれ着けて、思い切り腰を振りたい気がするのよ」
み「彼のおカマ掘るわけ?」
OL「あは。
それもいいかも♪
じゃね。
あ、あなたぁ、待ってぇ」
OLさんは鉄道君を追い、風のように去っていきました。
み「旅先で……。
天狗の面なんて、どうやって調達するつもりだ?」
律「変態もあそこまで堂々としてると、かえって清々しいわ」
時計を見ると、もう少し時間があるようです。
律「入館ゲート出ちゃったから、展望台には戻れないわね」
み「あーっ」
律「何よ」
み「2階の展示コーナー、見ればよかった」
律「あきらめなさい」
み「ちぇ。
どうする?」
律「表に出てみましょうよ。
景色なら、外でも十分楽しめるんじゃないかな」
外に出ると、午後の陽が燦々と降り注いでます。
律「いいお天気で良かったわね」
み「ほんとだね。
日本海側では……。
今ごろが一番、気候のいい時期かな」
律「5月ころもいいんじゃないの?」
み「そのころは、お天気が安定しないんだよ。
肌寒いくらいの日があったかと思うと……。
フェーン現象で熱風が吹くと、30度以上になっちゃう」
律「フェーン現象って良く聞くけど……。
結局、なんなの?」
み「冬の季節風の反対だよ。
冬は、北西の風が、日本海側に大量の雪を降らせ……。
水分の無くなった乾いた風が、太平洋側に吹き下ろすでしょ」
律「空っ風ね」
み「そう。
フェーン現象はその逆の南風。
太平洋側に雨を降らせて乾いた空気が……。
日本海側に吹き下ろすわけよ」
律「なるほど。
暑そうね」
み「ちょうど木々の新芽が伸びるころに、よく起こるんだ。
フェーン現象の風で……。
新芽がチリチリになることもあるんだよ」
律「へー。
じゃ、日本海側を旅行するなら……。
今頃がいいわけね」
み「そう。
今頃から、10月の中旬過ぎくらいまでかな。
いい頃は。
ほら、昔って、プロ野球の日本シリーズが、昼間だったでしょ」
律「そうそう。
大学の医局にいたとき、待合室にテレビ見に行く先生、けっこういたよ。
そう言えば、今は無いみたいね」
み「今は、みんなナイターなんだよ。
で、わたしの父が、熱狂的なジャイアンツファンでさ。
日本シリーズのころ、学校から帰ると、よく部屋からテレビ中継の音が聞こえてた」
律「お父さん、家で仕事してたの?」
み「ううん。
病気で寝てたんだ」
律「あ、そうか。
早く亡くなっちゃったんだよね」
み「うん。
で、その日本シリーズが聞こえてたころって……。
お天気が悪かった記憶が無いんだよ。
ポカポカと暖かくて、風も無くてね。
夢に出てくるような、いいお天気ばっかり」
律「ほんと、今日は、パラグライダー日よりね。
冗談抜きで、明日やってみない?」
み「積極的にお断りです」
律「あれ?」
み「なに?」
律「ほらあそこ。
女子大生の2人組じゃない?」
み「だね」
律「展望台、登らなかったのかしら?」
2人は、展望台の麓の……。
小高くなった芝生の上にいます。
1人が、カメラを持ってます。
携帯ではなく、デジカメです。
しかし、レンズを向けてる方向が……。
どうも妙です。
茫々と生える芝草に向けてるんです。
み「何撮ってるんだろ?」
律「ほら、寒風山は馬の牧草地だって、ガイドさんが言ってたじゃない?
きっと、あの草は牧草なのよ」
み「そんなの撮ってどうすんの?」
律「それは……。
聞いてみないとね」
み「ちょっと行ってみようか」
わたしたちが近づいても……。
2人組はなかなか気づきません。
1人が、足元の草むらにカメラを向け……。
もう1人は大判の手帳を取り出して、なにやら書き込んでます。
律「すいませ~ん。
そこに、何かあるの?」
声を掛けると、ようやく気づいてくれました。
2人は、ニコニコ笑って……。
妙に嬉しそうです。
女1「大切なものがあるんですよ」
み「なに?」
女2「登っていらっしゃいませんか?」
↑2人が立ってるところ
そこまで思わせぶりをされたら……。
登らずにはおれません。
芝生の丘に上がってみましょう。
律「何なの、大切なものって?」
女1・2「これです」
2人そろって、芝草を指さしました。
そこには……。
半分草に埋もれ、小さな石碑みたいなのが建ってました。
み「お墓?
あ、わかった。
菅江真澄の墓だ」
女1「誰です、それ?」
み「違うの?
江戸時代の紀行作家だよ。
『三千世界、まなこのうちに尽きなん』
知らない?」
女2「ぜんぜん知りません」
律「Mikiちゃん。
この石、どう見たって江戸時代のものじゃないよ」
み「そういえば新しいね」
女1「この石は、昭和63年に取り替えられてるんです」
み「ますますわからん。
ギブアップ。
教えて」
女2「これは、三角点の標石です」
律「サンカクテン?
何よ、それ?
三角巾なら知ってるけど」
み「違うと思います。
三角の点で、三角点ってことじゃないの?」
女1「そうです」
律「この石、四角じゃないの」
女2「あの……。
石の形のことじゃなくてですね」
女1「三角測量を行う場合に、位置の基準となる点が……。
三角点なんです」
律「三角測量って何?」
女2「三角法を使った測量です」
律「三角法って何?」
み「きりがないわな」
女1「互いに見通せる3点を結んで三角形を作ります。
で、その1辺の長さと、両端の角度を測定して……。
残る1点の位置を求める測量法のことです」
み・律「さっぱりわからん!」
律「でも、3点の高さが違えばさ……。
点同士を結んだ線は、地面と平行じゃないわけでしょ」
女1「はい」
律「2点間の直線距離はわかるとしても……。
平面上の距離とは違うんじゃないの?」
女1「三角関数を使えば、平面上の離れも計算できるんですよ」
と言って、女子大生は、このページに書かれたようなことをしゃべりました(解説不可能)。
み「わかった?」
律「ぜんぜん。
でも、三角点が、何でこんなところにあるのかわかった」
み「どういうこと」
律「ここって、見通し抜群じゃない」
み「あ、なるほど。
他の2点から見えなきゃいけないんだもんね」
女2「三角点は、見晴らしのよい山の上にあることが多いですね」
↑三角点の地図記号
律「日本中にどれくらいあるの?」
女2「この三角点は、二等三角点ですから……。
それほど珍しくありません。
5,000箇所くらいあります。
一等三角点で、1,000箇所くらいですね」
み「等級があるのか。
何等まであるの?」
女1「四等までです。
等級によって、標石の大きさも違うんですよ」
女2「四等三角点は、12センチ角」
女1「三等と二等が、15センチ角」
女2「そして一等が、18センチ角」
み「すごい階級制だね」
律「でも、こんな小さな石、いたずらされないの?
引っこ抜かれて、違うとこに据えられたら、大変じゃない?」
女1「簡単に動かせるものじゃないんですよ」
そう言って女子大生は、手帳に挟んだ紙を見せてくれました。
女1「これが、一等三角点の断面図です」
女1「地上に出てる部分は……。
全体の4分の1の高さなんです」
律「なるほど。
地上に顔を出してるのは……。
氷山の一角ってことね」
女2「一等三角点の標石は……。
90キロもあるんですよ」
み「そりゃ、動かせんわ」
女2「でも明治・大正のころは……。
この標石を、人が背負って山の上まで運びあげたんです」
律・み「すご……」
律「三角点って、いつごろから設置され始めたの?」
女1「明治4年です。
イギリス人のマクヴインという人の指導のもと……。
当時の工部省測量司が……。
東京府に13箇所の三角点を設置したのが最初になります」
み「へー。
明治4年ってのはスゴいな。
新政府になって、すぐ始めたってことだもんね」
律「でもあなたたち、なんでこんなに詳しいの?」
女2「大学のサークルなんです」
律「何てサークル?」
女1・2「三角点研究会です」
み「渋すぎ……」
律「そのサークルって、何人くらいいるの?」
女1・2「わたしたち2人だけです」
律・み「でしょうね……」
み「わたしは新潟市から来たんだけどさ。
新潟市にも、一等三角点ってあるのかな?」
律「無いんじゃないの?
高い山なんかないでしょ。
砂丘くらいしか」
女1「ありますよ」
み「ほら、あるじゃないの!
でも、どこだろ。
聞いたことないな」
女2「実は、きのう写真撮って来たばっかりなんです」
女1「今回の旅では、日本海側を北上してるんです」
律「え?
じゃ、あなたたち、東北の人じゃないわけ?」
女1・2「信州です。
松本」
み「うーむ。
それは意外であった」
女2「新潟市の一等三角点……。
今、画像お見せしますね。
えーっと……。
はい、これです」