2012.3.3(土)
OL「そのお面、買うこともできるんですか?」
職「はい。
注文をお受けすることは可能ですよ」
OL「おいくらくらい?」
職「作りにもよりますので……。
まぁ、数万円というところですね」
げ。
高け~。
OLさんも、思い切り引いたようです。
鉄道くんも、黙して語らず。
僕が買ってやるとは……。
言えんわな。
でも……。
“なまはげ”のお面なんか買って、どうするつもりだったんだ?
しかし、あの身勝手オンナ……。
どこ行きやがった。
奥には、まだ展示室があるようです。
「ここは、何の部屋だ?」
迷い込んで、びっくり仰天!
“なまはげ”さま、勢ぞろい~!
右から左まで、ぜ~んぶ“なまはげ”です。
ま、人形だとわかってますから……。
さほど怖くありませんが。
しかし、いろんな“なまはげ”がいるもんですね。
菅江真澄風もいますね。
仮面ライダーみたいなのまでいます(矢印)。
よく集めたものです。
1体1体見て歩いても、飽きません。
“なまはげ”は、全部で60体もあるようです。
それほど広くない男鹿の各地で……。
これだけ外見に違いがあるとは驚きですね。
が……。
ひとりで見るより、連れがあった方が面白いよな。
どうやら、この部屋にも先生はいないようです。
ふんとに、どこ行きやがったんだ、あのオンナ。
後ろ髪を引かれながら、“なまはげ”部屋を出ます。
「すみませ~ん」
ホールに戻ったところで、後ろから声が掛かりました。
振り返ると、女子大生2人組です(水着は着てません)。
「あたし?」
「はい。
お連れの方が、あちらでお待ちです」
「なんだ……。
こっちにいたのか。
どこ?」
「ご案内します」
2人組に導かれたのは、壁際のコーナー。
ここにも、“なまはげ”人形が立ってました。
でも……。
律子先生の姿は見えません。
けげんに思い、2人組を振り返ると……。
なぜか、2人身を寄せて、申し訳なさそうな顔をしてます。
どういうこっちゃ?
“なまはげ”人形の後ろを覗きこんでみますが……。
もちろん、誰もいません。
仕方なく、2人組の方に戻ろうとしたときでした。
「うぉぉぉぉ。
怠け者がいたぞ~」
振り向くと、人形だと思ってた“なまはげ”が……。
真後ろに迫ってました。
頭上に振りあげた出刃包丁が、ギラリと光りました。
「あ、あ、あんぎゃ~」
くたくたと腰が抜けます。
“なまはげ”さまを見上げながら……。
わたしの意識は薄れて行きました。
「Mikiちゃん……。
ちょっと、Mikiちゃん」
遠くで声が……。
でも、もう少し寝かせて。
無意識に、頭上の目覚ましを探ります。
1回だけ……。
1回だけスヌーズを押させて。
「どうやら、大丈夫みたいですね」
「だね。
完璧に寝ぼけてるもの。
こら、Mikiko!
起きろ~!」
「うわっ」
耳元で叫ばれ、上体を跳ね起こすと……。
間近に“ケデ”が見えました。
「ひぃ」
転がって逃げようとしたわたしの体が、宙に浮きました。
もちろん、そのまま床に落下。
「い、痛い~」
「ちょっと、大丈夫?」
“ケデ”が被さって来ました。
「わひー。
ゆ、許してー
いい子にしますぅぅ」
「寝ぼけてるのか、心底臆病なのか……。
いずれにしろ、からかい甲斐のありすぎるオンナだね。
ちょっと、Mikiちゃん。
床を這わないで!」
律「わたしよ!
律子よ」
み「え?」
振り向くと……。
確かに“ケデ”は着てますが……。
こわごわ見上げた顔は、律子先生でした。
み「な、なんで……。
そんな格好してるわけ?」
律「そこに、『なまはげ”変身コーナー』ってのがあるのよ」
み「どうしてわたしを脅かすのよ!」
律「“なまはげ”の格好したら……。
Mikikoちゃんの驚く顔が見たくなったのよ」
み「で、あの2人組を使って……。
わたしをおびき寄せたってわけね」
例の2人組は、申し訳なさそうな顔で、身を寄せてます。
律「こんなに驚くとは思わなかったんだもん。
ほんとに大丈夫?
今、まともにベンチから転げ落ちたよ」
み「大丈夫じゃないわい!
まともに尾てい骨打った」
律「ごめんごめん。
Mikiちゃんも、これ着てみる?
み「けっこうです!」
立ち上がると、わたしのまわりは、人だかりになってました。
館のスタッフらしい人は……。
AEDまで抱えてます。
くっそー。
恥ずかしさで、顔から火が出そうです。
痛みをこらえて、飛び起きます。
AEDを持って来たスタッフには、平身低頭でお引き取り願いました。
み「いつまで、そんなの着てるの!
そろそろ、時間だろ」
律「脱いでるヒマなかったのよ。
いきなり、白目むいてぶっ倒れるんだもん」
女子大「この方、ずっと介抱なさってたんですよ」
み「ほんまか?」
律「倒れた人を介抱するのは、医者の本能だね」
み「まさか……。
“なまはげ”のお面かぶったまま、介抱してたんじゃないでしょうね?」
律「ははは。
最初は、そうだったかも」
み「人だかりになるわけだわ」
ようやく“ケデ”を脱いだ律子先生を引きずり……。
「なまはげ館」を後にします。
もう、“なまはげ”はこりごり!
バスは、駐車場に待ってましたが……。
時間は、もう少しあるようです。
秋の日が、さんさんと降りそそいでます。
バスに乗ってしまうのは、もったいない。
律「隣のお店、覗いてみない?
ちょっと変わったお店だったよ」
み「脅かしたお詫びに、おごってくれるわけ?」
律「残念ながら、寄ってる時間はないようね。
覗くだけ」
み「けち」
お店には、「道楽亭」と出てました。
造りは、掘っ立て小屋って感じです。
雪で潰れないんでしょうかね?
入り口からは、生きてる木がにょっきりと覗く、ワイルドな造り。
まさに、「道楽」で作ったような建物です。
表に面して大きな窓があり、中が見通せます。
1本の木から削り出された、黒光りする長テーブルが並んでます。
椅子も、背もたれの無いベンチを並べたもの。
律「なんだろ、あれ?」
律子先生が、ひとりのお客さんのお皿を指さしました。
み「コンニャクじゃないの?」
律「その隣よ!」
み「お餅っぽいね」
「あれは、五平餅ですね」
振り向くと、バスガイドさんがにこにこと笑ってました。
ガ「ここの名物なんですよ。
地元のお母さんたちが作ってるんです。
春は山菜なんかも楽しめます」
律「美味しそう。
わたし、好物なんだ。
あれなら、ソッコー食べれるじゃない?」
ガ「お客様、無理ですぅ。
あと、5分しかありませんもの。
ノドに詰まっちゃいますよ」
律「ははは。
冗談よ。
でも、このあたりでも、五平餅ってあるんだね」
み「東北の名物じゃないの?」
律「違うわよ。
あれは、東海地方から長野県にかけての郷土料理」
み「よく知ってるね」
律「だってわたし、静岡だもん」
み「あ、そうか。
静岡は、由美の出身地だったね」
律「自分で書いといて、忘れてりゃ世話ないわ」
み「失礼しました~」
律「だからさ。
五平餅って、全国的にあるものなのかなって思ったわけ。
東北にもあるんならさ」
ガ「たぶん、東北では一般的ではないと思いますぅ。
特に、この秋田では」
律「あら、そうなの?」
ガ「棒にご飯を付けて焼く料理としては……。
秋田には、別に名産品がありますから」
律「なに?」
ガ「“きりたんぽ”ですぅ」
み「あ、そうか……。
“きりたんぽ”と五平餅って、作り方が一緒なのか」
ガ「食べ方や、タレなんかに違いがあるかも知れませんが……。
ご飯を棒につけて焼くという基本的なとこは一緒ですね」
律「“きりたんぽ”は、たしか棒に巻くのよね?」
ガ「そうです。
杉の棒に、潰したご飯を巻き付けて焼きます」
み「素朴な料理だね。
たしか、囲炉裏で焼くんだよね。
棒を灰に挿してさ。
棒のままかぶりついたら、美味しそう。
あー、“きりたんぽ”食べたくなった」
ガ「実は地元では……。
棒のままかぶりつくことは、あまりやらないんです」
律「あれ?
そうなの?」
ガ「はい。
観光客相手のお店では、棒に付いたまま出すこともありますけど。
そもそも……。
棒に刺さったままのものは、“きりたんぽ”とは云いませんし」
み「へ?
じゃ、何て云うのよ?」
ガ「“たんぽ”です。
これを、棒から外して食べやすく切ったものを……。
“『切り』たんぽ”と云うんです」
み「なるほど……。
こりゃ、目から鱗だわ」
律「“たんぽ”ってどういう意味なの?」
ガ「形が、“たんぽ槍”に似てるからだそうです」
み「あぁ、稽古用の槍のことね」
律「知ってる!
高校のころ、友達の家にあった」
み「どんな家だよ」
律「槍の道場よ」
み「なんだ。
客間とかに、“たんぽ槍”が掛けてあるのかと思った。
律「そんな家が、今どきあるかい!」
み「秋田では、今でも家庭で食べるの?」
ガ「家では……。
あんまり食べないんじゃないでしょうか。
でも、学校給食には出ます」
律「へ~。
でも、なんで家で食べなくなったの?」
ガ「もともと、日常的に食べるものじゃなかったんだと思います」
み「なんでよ?」
ガ「昔は、お米を使った料理なんて、滅多に食べられなかったんですって。
だから“きりたんぽ”は、お祝いとか、特別な日の料理だったんです」
み「そうか……。
わたしはまた、マタギなんかの携行食が起源かと思った」
ガ「そういう説もあったらしいですね。
でも、当のマタギさんが、明確に否定してます。
『冬に米が食える身分なら、命がけで冬山になんか入らない』って」
み「なるほど。
“きりたんぽ”は、ハレの料理だったってことか」
律「五平餅も一緒よ。
幣束(へいそく)の意味の「“御幣”餅」って書き方もあるくらいだからさ」
律「元々は、神さまへの供え物だったそうよ」
み「よし。
今日は、ハレの日だ。
今夜、食べなきゃね」
ガ「ぜひ、召し上がってください。
わたしも食べたくなっちゃいました」
律「好きなの?」
ガ「大好きですぅ。
だって、室井慎次さんの得意料理なんですもの」
み「誰、それ?」
律「あれじゃない?
『踊る大捜査線』に出てくる……」
み「あ、柳葉のやった役?
そう言えば、秋田の人だったよね。
役の設定も、秋田なの?」
ガ「そうですぅ。
秋田の誇りですぅ」
ガイドさんの目は、すっかりハート型になってました。
律「ところでさ!」
み「なに?」
律「何で五平餅なのよ?
このお店」
み「あ……。
そうか。
どうして“きりたんぽ”じゃないんだろ?」
律「ガイドさん?」
振り向くと、ガイドさんは……。
目をハート型にしたまま、バスの方に行っちゃいました。
み「わたしが推理するに……。
あの焼き方に理由があるんじゃないかな?」
律「網で焼いてるね」
み「あれ、“きりたんぽ”だとさ……。
転がしながら、満遍なく焼かなきゃならないでしょ」
律「確かに」
み「手間がかかるわけよ。
その点、小判型の五平餅なら……。
1回ひっくり返すだけでいいってこと」
律「ほんとにそんな理由なの?」
み「聞いてみる?」
律「お店の人、いないのかな?
ちょっと覗いてみよう。
あれ?
ほら、Mikiちゃん。
あの2人……」
身をかがめて窓を覗きこんでた律子先生が、奥の方を指さしました。
み「あ」
そこにいたのは、社長とお水さんでした。
2人並んで座ってますが……。
社長はうなだれ……。
お水さんに、見下ろされてます。
なんだか、取り調べを受けてるようです。
み「どうやら……。
『踊る大捜査線』の真っ最中らしいね」
律「のようね。
ちょっと、入りづらいな」
み「あ、ヤベ。
時間だ」
律「入道崎で遅刻の前科があるからね。
2カ所続けては、さすがにマズいよね」
社長とお水さんも立ち上がりました。
五平餅には、やや未練が残りますが……。
今夜の“きりたんぽ”を楽しみにしましょう。
バスに戻ると、14:39。
ぎりぎりセーフでした。
社長とお水さんも続き……。
定刻の14:40、バスは出発しました。
ガ「はい、みなさま。
お疲れさまでした。
“なまはげ”のケデから落ちた藁、拾えましたでしょうか?」
み「は~い」
ガ「良かったですね~。
かならず頭が良くなりますよ~」
み「わ~い」
律「現金なヤツ」
ガ「今度は是非、夜の“なまはげ”を見に来てくださいね。
昼間とは比べものにならない怖さですから」
律「Mikiちゃん、大晦日にも来ようか?」
み「ごめんこうむります」
さてバスは、再び男鹿半島の山道を走り出しました。
ガ「これから向かいますのは、寒風山でございます。
標高は355メートルと、それほど高くありませんが……。
立派な成層火山です」
み「おー、火山大好き」
ガ「え~。
珍しいですね」
み「何で~?
楽しいじゃん。
わくわくするよ」
ガ「お客さま、ほんとに楽しそう。
なんだか、わたしにも伝わって来ました。
それじゃ……。
みなさんで、火山の歌、歌いませんか?」
律「へ~。
そんな歌ってあるの?」
み「もちろん!」
ガ「イタリアは、ベスビオ山の歌です」
律「知らない」
み「ぜったい知ってるって」
ガ「それじゃ、行きますよ~。
♪行こう 行こう 火の山へ~」
み「♪行こう 行こう 山のうえ~」
律「思い出した!
♪フニックリ フニクッラ」
皆「♪フニックリ フニクッラ~。
♪だれも乗る フニクリフニクラ」
振り向くと、みんな歌いだしてました。
運転手さんまで、肩を揺らして歌ってます。
楽し~。
生きてるっていいね。
旅っていいね。
それでは、みなさんもご一緒にどうぞ!
「♪赤い火を吹くあの山へ 登ろう」「♪登ろう」
「♪そこは地獄の釜の中 のぞこう」「♪のぞこう」
「♪登山電車が出来たので 誰でも登れる」
「♪流れる煙は招くよ みんなを」「♪みんなを」
「♪行こう行こう火の山へ 行こう行こう山の上」
「♪フニクリフニクラ フニクリフニクラ~」
「♪誰ものる フニクリフニクラ!」
歌が終わると、全員で拍手。
「ねーちゃん!
この歌、替え歌があったで」
社長です。
立ちあがって、座席から身を乗り出してます。
すっかり復活したようです。
トカゲ並みのたくましさですね。
社「それじゃ、みなさん。
いきまっせ~。
♪オニ~のパンツは いいパンツ」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪トラ~の毛皮で できている」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪5年はいても やぶれない」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪10年はいても やぶれない」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪はこう はこう 鬼のパンツ」
「♪はこう はこう 鬼のパンツ」
「♪あなたも わたしも あなたも わたしも」
「♪みんなではこう 鬼のパンツ!」
歌が終わると、全員で拍手。
律「あ~、楽しかった」
ガ「みなさま、ありがとうございます。
この歌、寒風山に登るときのテーマソングにさせていただきます」
み「よかったよかった」
「まだ終わらへんで~」
社長です。
まだ何かする気かと振り向くと……。
座席を離れて通路に立ち、斜に構えてます。
社長は、大きく胸を張って息を吸いこむと……。
もう一度、「フニクリフニクラ」を歌い始めました。
もの凄い声量です。
響きわたるテノールに、バスの窓ガラスが震え出しました。
しかも、明らかにイタリア語。
原語の「Funiculi Funicula」です。
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アイッセロ ナンニネ メ ネ サリィエッテ
Aissero, Nannine, me ne sagliette,
トゥ サイェ アッド トゥ サイェ アッド
tu saie addo? tu saie addo?
アッド スト コレ ングラト キュ ディスピエッテ
Addo sto core 'ngrato chiu dispietto
ファルメ ノン ポ ファルメ ノン ポ
farme non po. farme non po
アッド イロ フオコ コチェ マ スィ フイエ
Addo ilo fuoco coce, ma si fuie
テ ラッサ スタ テ ラッサ スタ
te lassa sta, te lassa sta,
エ ノン テ コッレ アプリエッソ ノン テ ストゥルイェ
E non te corre appriesso, non te struje,
スロ ア グァルダ スロ ア グァルダ
Sulo a guarda. Sulo a guarda
イャンモ イャンモ ンコッパ イャンモ イャ
Jammo Jammo ncoppa, jammo ja
イャンモ イャンモ ンコッパ イャンモ イャ
Jammo Jammo ncoppa, jammo ja
フニクリ フニクラ! フニクリ フニクラ!
Funiculi, funicula! Funiculi , funicula!
ンコッパ イャンモ イャ フニクリ フニクラ!
ncoppa, jammo ja Funiculi, funicula!
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社長が歌い終えると、一瞬バスは静まり返りましたが……。
次の瞬間!
割れんばかりの大拍手!
み「すごい~」
律「こんな特技があるなんて!」
水「特技じゃないんよ」
律「え?」
水「商売。
この人、プロのオペラ歌手やねん」
全「え”え”~」
水「見えへんでしょ」
社「わはは。
『オペラ歌手に見えない人選手権』で、3年連続優勝してましてん」
水「また、そういうヨタを!」
み「あの……。
思い切って聞いていいですか?」
水「なに?」
み「お2人は……。
ご夫婦?」
社「はいな~」
律「どこでお知り合いになられたんですか?」
水「うちの店に飲みに来たんよ」
水「で、突然アカペラで歌いだしてん。
オペラ。
店の窓ガラスが割れたんよ。
声で。
あれでもう、ずっき~んときてね」
社「女殺しの声や」
水「女の耳は、性感帯やからね」
水「でも……。
ほんまに、声だけの男やったわ!
普段は、なんでこんなアホと結婚したんやろて思うもん。
でも、歌聞いたとたん……。
惚れ直してまうんよ♪」
社長(じゃなかったけど)は、お水さん(こっちは正解でした)の隣に戻ると……。
お水さんの肩に手を回しました。
お水さんは、社長の胸にもたれかかりかかります。
水「あんた……。
今日も、ええ声やったよ」
社「そうか?
おまえに聞かせるために、神様がくれはった声や。
毎日、聞かせたるで」
水「うれしい……」
一同、毒気を抜かれて呆然。
ガイドさんまで、ぽかんと口を開いてます。
み「あの。
ガイドさん」
ガ「?」
み「もう、見えてると思うんですけど。
寒風山」
ガ「し、失礼しました」
律「綺麗な山ね。
火山って云うから、もっとゴツゴツしてるのかと思った。
なだらかで女性的ね」
み「やっぱり、成層火山は形がいいよね」
律子先生が、耳元に口を寄せて来ました。
律「セーソー火山のセーソーって、どういう字なの?」
み「成層圏の成層」
律「なーんだ。
つまんない」
み「どんな字を想像したのよ?」
律「精子をつくる精巣」
み「どんな火山だよ!」
律「だって……。
噴火ってさ。
どう見ても、射精だよね」
み「それで、精巣火山!
恐れ入りました」
律「でも、成層圏と火山がどう関係するわけ?」
み「成層ってのは、文字どおり層を成すという意味だよ。
成層火山は……。
同じ火口から何度も噴火することにより……。
溶岩なんかが何層にも積み重なって、円錐状になった火山のこと」
み「富士山が代表だね。
ナントカ富士って呼ばれる山は、みんな成層火山だよ」
律「ふ~ん。
でもこの山、ほんとになだらかで……。
お饅頭みたい」
律「あ、何かに似てると思ったら……。
古墳だよ」
み「お~。
前方後円墳?」
↑王塚古墳(福岡県嘉穂郡桂川町)
み「おもしろい発想だね。
これが古墳だったら、大変な大王だ。
ガイドさん、最後の噴火って、いつだったんですか?」
ガ「1810年。
今から、ちょうど200年前ですね」
み「え?
そんなに最近だったの?
だから、木が生えてないのか……」
ガ「噴火の記述が、江戸時代の文書にあるんです。
久保田藩が、幕府に提出したものなんですが……」
律「が?」
ガ「この記録、嘘みたいなんです」
み「は?」
ガ「噴火の堆積物とか、まったく見つからないんです」
律「何でまた、そんな嘘を?」
ガ「その年の8月に、大地震があったことは確からしいんですけど……。
どうやら、その被害を水増しして申告するため……。
久保田藩がでっち上げた噴火らしいとか」
律「恐ろしいことするわね。
バレたら大変でしょ?」
み「ま、幕府も、いちいち確認に来たりはしなかったんでしょうね。
で、実際のところはどうなの?
最近の噴火の」
ガ「2,700年前に火砕流が発生したのが、最新らしいです。
今は、噴火の兆候はまったくありません。
そのため、気象庁の指定する活火山にも含まれてません」
み「なるほど。
今は平穏な山なんだね。
見るからに、優しげな山肌だもの。
でも、何で木が生えないの?」
職「はい。
注文をお受けすることは可能ですよ」
OL「おいくらくらい?」
職「作りにもよりますので……。
まぁ、数万円というところですね」
げ。
高け~。
OLさんも、思い切り引いたようです。
鉄道くんも、黙して語らず。
僕が買ってやるとは……。
言えんわな。
でも……。
“なまはげ”のお面なんか買って、どうするつもりだったんだ?
しかし、あの身勝手オンナ……。
どこ行きやがった。
奥には、まだ展示室があるようです。
「ここは、何の部屋だ?」
迷い込んで、びっくり仰天!
“なまはげ”さま、勢ぞろい~!
右から左まで、ぜ~んぶ“なまはげ”です。
ま、人形だとわかってますから……。
さほど怖くありませんが。
しかし、いろんな“なまはげ”がいるもんですね。
菅江真澄風もいますね。
仮面ライダーみたいなのまでいます(矢印)。
よく集めたものです。
1体1体見て歩いても、飽きません。
“なまはげ”は、全部で60体もあるようです。
それほど広くない男鹿の各地で……。
これだけ外見に違いがあるとは驚きですね。
が……。
ひとりで見るより、連れがあった方が面白いよな。
どうやら、この部屋にも先生はいないようです。
ふんとに、どこ行きやがったんだ、あのオンナ。
後ろ髪を引かれながら、“なまはげ”部屋を出ます。
「すみませ~ん」
ホールに戻ったところで、後ろから声が掛かりました。
振り返ると、女子大生2人組です(水着は着てません)。
「あたし?」
「はい。
お連れの方が、あちらでお待ちです」
「なんだ……。
こっちにいたのか。
どこ?」
「ご案内します」
2人組に導かれたのは、壁際のコーナー。
ここにも、“なまはげ”人形が立ってました。
でも……。
律子先生の姿は見えません。
けげんに思い、2人組を振り返ると……。
なぜか、2人身を寄せて、申し訳なさそうな顔をしてます。
どういうこっちゃ?
“なまはげ”人形の後ろを覗きこんでみますが……。
もちろん、誰もいません。
仕方なく、2人組の方に戻ろうとしたときでした。
「うぉぉぉぉ。
怠け者がいたぞ~」
振り向くと、人形だと思ってた“なまはげ”が……。
真後ろに迫ってました。
頭上に振りあげた出刃包丁が、ギラリと光りました。
「あ、あ、あんぎゃ~」
くたくたと腰が抜けます。
“なまはげ”さまを見上げながら……。
わたしの意識は薄れて行きました。
「Mikiちゃん……。
ちょっと、Mikiちゃん」
遠くで声が……。
でも、もう少し寝かせて。
無意識に、頭上の目覚ましを探ります。
1回だけ……。
1回だけスヌーズを押させて。
「どうやら、大丈夫みたいですね」
「だね。
完璧に寝ぼけてるもの。
こら、Mikiko!
起きろ~!」
「うわっ」
耳元で叫ばれ、上体を跳ね起こすと……。
間近に“ケデ”が見えました。
「ひぃ」
転がって逃げようとしたわたしの体が、宙に浮きました。
もちろん、そのまま床に落下。
「い、痛い~」
「ちょっと、大丈夫?」
“ケデ”が被さって来ました。
「わひー。
ゆ、許してー
いい子にしますぅぅ」
「寝ぼけてるのか、心底臆病なのか……。
いずれにしろ、からかい甲斐のありすぎるオンナだね。
ちょっと、Mikiちゃん。
床を這わないで!」
律「わたしよ!
律子よ」
み「え?」
振り向くと……。
確かに“ケデ”は着てますが……。
こわごわ見上げた顔は、律子先生でした。
み「な、なんで……。
そんな格好してるわけ?」
律「そこに、『なまはげ”変身コーナー』ってのがあるのよ」
み「どうしてわたしを脅かすのよ!」
律「“なまはげ”の格好したら……。
Mikikoちゃんの驚く顔が見たくなったのよ」
み「で、あの2人組を使って……。
わたしをおびき寄せたってわけね」
例の2人組は、申し訳なさそうな顔で、身を寄せてます。
律「こんなに驚くとは思わなかったんだもん。
ほんとに大丈夫?
今、まともにベンチから転げ落ちたよ」
み「大丈夫じゃないわい!
まともに尾てい骨打った」
律「ごめんごめん。
Mikiちゃんも、これ着てみる?
み「けっこうです!」
立ち上がると、わたしのまわりは、人だかりになってました。
館のスタッフらしい人は……。
AEDまで抱えてます。
くっそー。
恥ずかしさで、顔から火が出そうです。
痛みをこらえて、飛び起きます。
AEDを持って来たスタッフには、平身低頭でお引き取り願いました。
み「いつまで、そんなの着てるの!
そろそろ、時間だろ」
律「脱いでるヒマなかったのよ。
いきなり、白目むいてぶっ倒れるんだもん」
女子大「この方、ずっと介抱なさってたんですよ」
み「ほんまか?」
律「倒れた人を介抱するのは、医者の本能だね」
み「まさか……。
“なまはげ”のお面かぶったまま、介抱してたんじゃないでしょうね?」
律「ははは。
最初は、そうだったかも」
み「人だかりになるわけだわ」
ようやく“ケデ”を脱いだ律子先生を引きずり……。
「なまはげ館」を後にします。
もう、“なまはげ”はこりごり!
バスは、駐車場に待ってましたが……。
時間は、もう少しあるようです。
秋の日が、さんさんと降りそそいでます。
バスに乗ってしまうのは、もったいない。
律「隣のお店、覗いてみない?
ちょっと変わったお店だったよ」
み「脅かしたお詫びに、おごってくれるわけ?」
律「残念ながら、寄ってる時間はないようね。
覗くだけ」
み「けち」
お店には、「道楽亭」と出てました。
造りは、掘っ立て小屋って感じです。
雪で潰れないんでしょうかね?
入り口からは、生きてる木がにょっきりと覗く、ワイルドな造り。
まさに、「道楽」で作ったような建物です。
表に面して大きな窓があり、中が見通せます。
1本の木から削り出された、黒光りする長テーブルが並んでます。
椅子も、背もたれの無いベンチを並べたもの。
律「なんだろ、あれ?」
律子先生が、ひとりのお客さんのお皿を指さしました。
み「コンニャクじゃないの?」
律「その隣よ!」
み「お餅っぽいね」
「あれは、五平餅ですね」
振り向くと、バスガイドさんがにこにこと笑ってました。
ガ「ここの名物なんですよ。
地元のお母さんたちが作ってるんです。
春は山菜なんかも楽しめます」
律「美味しそう。
わたし、好物なんだ。
あれなら、ソッコー食べれるじゃない?」
ガ「お客様、無理ですぅ。
あと、5分しかありませんもの。
ノドに詰まっちゃいますよ」
律「ははは。
冗談よ。
でも、このあたりでも、五平餅ってあるんだね」
み「東北の名物じゃないの?」
律「違うわよ。
あれは、東海地方から長野県にかけての郷土料理」
み「よく知ってるね」
律「だってわたし、静岡だもん」
み「あ、そうか。
静岡は、由美の出身地だったね」
律「自分で書いといて、忘れてりゃ世話ないわ」
み「失礼しました~」
律「だからさ。
五平餅って、全国的にあるものなのかなって思ったわけ。
東北にもあるんならさ」
ガ「たぶん、東北では一般的ではないと思いますぅ。
特に、この秋田では」
律「あら、そうなの?」
ガ「棒にご飯を付けて焼く料理としては……。
秋田には、別に名産品がありますから」
律「なに?」
ガ「“きりたんぽ”ですぅ」
み「あ、そうか……。
“きりたんぽ”と五平餅って、作り方が一緒なのか」
ガ「食べ方や、タレなんかに違いがあるかも知れませんが……。
ご飯を棒につけて焼くという基本的なとこは一緒ですね」
律「“きりたんぽ”は、たしか棒に巻くのよね?」
ガ「そうです。
杉の棒に、潰したご飯を巻き付けて焼きます」
み「素朴な料理だね。
たしか、囲炉裏で焼くんだよね。
棒を灰に挿してさ。
棒のままかぶりついたら、美味しそう。
あー、“きりたんぽ”食べたくなった」
ガ「実は地元では……。
棒のままかぶりつくことは、あまりやらないんです」
律「あれ?
そうなの?」
ガ「はい。
観光客相手のお店では、棒に付いたまま出すこともありますけど。
そもそも……。
棒に刺さったままのものは、“きりたんぽ”とは云いませんし」
み「へ?
じゃ、何て云うのよ?」
ガ「“たんぽ”です。
これを、棒から外して食べやすく切ったものを……。
“『切り』たんぽ”と云うんです」
み「なるほど……。
こりゃ、目から鱗だわ」
律「“たんぽ”ってどういう意味なの?」
ガ「形が、“たんぽ槍”に似てるからだそうです」
み「あぁ、稽古用の槍のことね」
律「知ってる!
高校のころ、友達の家にあった」
み「どんな家だよ」
律「槍の道場よ」
み「なんだ。
客間とかに、“たんぽ槍”が掛けてあるのかと思った。
律「そんな家が、今どきあるかい!」
み「秋田では、今でも家庭で食べるの?」
ガ「家では……。
あんまり食べないんじゃないでしょうか。
でも、学校給食には出ます」
律「へ~。
でも、なんで家で食べなくなったの?」
ガ「もともと、日常的に食べるものじゃなかったんだと思います」
み「なんでよ?」
ガ「昔は、お米を使った料理なんて、滅多に食べられなかったんですって。
だから“きりたんぽ”は、お祝いとか、特別な日の料理だったんです」
み「そうか……。
わたしはまた、マタギなんかの携行食が起源かと思った」
ガ「そういう説もあったらしいですね。
でも、当のマタギさんが、明確に否定してます。
『冬に米が食える身分なら、命がけで冬山になんか入らない』って」
み「なるほど。
“きりたんぽ”は、ハレの料理だったってことか」
律「五平餅も一緒よ。
幣束(へいそく)の意味の「“御幣”餅」って書き方もあるくらいだからさ」
律「元々は、神さまへの供え物だったそうよ」
み「よし。
今日は、ハレの日だ。
今夜、食べなきゃね」
ガ「ぜひ、召し上がってください。
わたしも食べたくなっちゃいました」
律「好きなの?」
ガ「大好きですぅ。
だって、室井慎次さんの得意料理なんですもの」
み「誰、それ?」
律「あれじゃない?
『踊る大捜査線』に出てくる……」
み「あ、柳葉のやった役?
そう言えば、秋田の人だったよね。
役の設定も、秋田なの?」
ガ「そうですぅ。
秋田の誇りですぅ」
ガイドさんの目は、すっかりハート型になってました。
律「ところでさ!」
み「なに?」
律「何で五平餅なのよ?
このお店」
み「あ……。
そうか。
どうして“きりたんぽ”じゃないんだろ?」
律「ガイドさん?」
振り向くと、ガイドさんは……。
目をハート型にしたまま、バスの方に行っちゃいました。
み「わたしが推理するに……。
あの焼き方に理由があるんじゃないかな?」
律「網で焼いてるね」
み「あれ、“きりたんぽ”だとさ……。
転がしながら、満遍なく焼かなきゃならないでしょ」
律「確かに」
み「手間がかかるわけよ。
その点、小判型の五平餅なら……。
1回ひっくり返すだけでいいってこと」
律「ほんとにそんな理由なの?」
み「聞いてみる?」
律「お店の人、いないのかな?
ちょっと覗いてみよう。
あれ?
ほら、Mikiちゃん。
あの2人……」
身をかがめて窓を覗きこんでた律子先生が、奥の方を指さしました。
み「あ」
そこにいたのは、社長とお水さんでした。
2人並んで座ってますが……。
社長はうなだれ……。
お水さんに、見下ろされてます。
なんだか、取り調べを受けてるようです。
み「どうやら……。
『踊る大捜査線』の真っ最中らしいね」
律「のようね。
ちょっと、入りづらいな」
み「あ、ヤベ。
時間だ」
律「入道崎で遅刻の前科があるからね。
2カ所続けては、さすがにマズいよね」
社長とお水さんも立ち上がりました。
五平餅には、やや未練が残りますが……。
今夜の“きりたんぽ”を楽しみにしましょう。
バスに戻ると、14:39。
ぎりぎりセーフでした。
社長とお水さんも続き……。
定刻の14:40、バスは出発しました。
ガ「はい、みなさま。
お疲れさまでした。
“なまはげ”のケデから落ちた藁、拾えましたでしょうか?」
み「は~い」
ガ「良かったですね~。
かならず頭が良くなりますよ~」
み「わ~い」
律「現金なヤツ」
ガ「今度は是非、夜の“なまはげ”を見に来てくださいね。
昼間とは比べものにならない怖さですから」
律「Mikiちゃん、大晦日にも来ようか?」
み「ごめんこうむります」
さてバスは、再び男鹿半島の山道を走り出しました。
ガ「これから向かいますのは、寒風山でございます。
標高は355メートルと、それほど高くありませんが……。
立派な成層火山です」
み「おー、火山大好き」
ガ「え~。
珍しいですね」
み「何で~?
楽しいじゃん。
わくわくするよ」
ガ「お客さま、ほんとに楽しそう。
なんだか、わたしにも伝わって来ました。
それじゃ……。
みなさんで、火山の歌、歌いませんか?」
律「へ~。
そんな歌ってあるの?」
み「もちろん!」
ガ「イタリアは、ベスビオ山の歌です」
律「知らない」
み「ぜったい知ってるって」
ガ「それじゃ、行きますよ~。
♪行こう 行こう 火の山へ~」
み「♪行こう 行こう 山のうえ~」
律「思い出した!
♪フニックリ フニクッラ」
皆「♪フニックリ フニクッラ~。
♪だれも乗る フニクリフニクラ」
振り向くと、みんな歌いだしてました。
運転手さんまで、肩を揺らして歌ってます。
楽し~。
生きてるっていいね。
旅っていいね。
それでは、みなさんもご一緒にどうぞ!
「♪赤い火を吹くあの山へ 登ろう」「♪登ろう」
「♪そこは地獄の釜の中 のぞこう」「♪のぞこう」
「♪登山電車が出来たので 誰でも登れる」
「♪流れる煙は招くよ みんなを」「♪みんなを」
「♪行こう行こう火の山へ 行こう行こう山の上」
「♪フニクリフニクラ フニクリフニクラ~」
「♪誰ものる フニクリフニクラ!」
歌が終わると、全員で拍手。
「ねーちゃん!
この歌、替え歌があったで」
社長です。
立ちあがって、座席から身を乗り出してます。
すっかり復活したようです。
トカゲ並みのたくましさですね。
社「それじゃ、みなさん。
いきまっせ~。
♪オニ~のパンツは いいパンツ」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪トラ~の毛皮で できている」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪5年はいても やぶれない」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪10年はいても やぶれない」
「♪つよいぞ つよいぞ」
「♪はこう はこう 鬼のパンツ」
「♪はこう はこう 鬼のパンツ」
「♪あなたも わたしも あなたも わたしも」
「♪みんなではこう 鬼のパンツ!」
歌が終わると、全員で拍手。
律「あ~、楽しかった」
ガ「みなさま、ありがとうございます。
この歌、寒風山に登るときのテーマソングにさせていただきます」
み「よかったよかった」
「まだ終わらへんで~」
社長です。
まだ何かする気かと振り向くと……。
座席を離れて通路に立ち、斜に構えてます。
社長は、大きく胸を張って息を吸いこむと……。
もう一度、「フニクリフニクラ」を歌い始めました。
もの凄い声量です。
響きわたるテノールに、バスの窓ガラスが震え出しました。
しかも、明らかにイタリア語。
原語の「Funiculi Funicula」です。
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アイッセロ ナンニネ メ ネ サリィエッテ
Aissero, Nannine, me ne sagliette,
トゥ サイェ アッド トゥ サイェ アッド
tu saie addo? tu saie addo?
アッド スト コレ ングラト キュ ディスピエッテ
Addo sto core 'ngrato chiu dispietto
ファルメ ノン ポ ファルメ ノン ポ
farme non po. farme non po
アッド イロ フオコ コチェ マ スィ フイエ
Addo ilo fuoco coce, ma si fuie
テ ラッサ スタ テ ラッサ スタ
te lassa sta, te lassa sta,
エ ノン テ コッレ アプリエッソ ノン テ ストゥルイェ
E non te corre appriesso, non te struje,
スロ ア グァルダ スロ ア グァルダ
Sulo a guarda. Sulo a guarda
イャンモ イャンモ ンコッパ イャンモ イャ
Jammo Jammo ncoppa, jammo ja
イャンモ イャンモ ンコッパ イャンモ イャ
Jammo Jammo ncoppa, jammo ja
フニクリ フニクラ! フニクリ フニクラ!
Funiculi, funicula! Funiculi , funicula!
ンコッパ イャンモ イャ フニクリ フニクラ!
ncoppa, jammo ja Funiculi, funicula!
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社長が歌い終えると、一瞬バスは静まり返りましたが……。
次の瞬間!
割れんばかりの大拍手!
み「すごい~」
律「こんな特技があるなんて!」
水「特技じゃないんよ」
律「え?」
水「商売。
この人、プロのオペラ歌手やねん」
全「え”え”~」
水「見えへんでしょ」
社「わはは。
『オペラ歌手に見えない人選手権』で、3年連続優勝してましてん」
水「また、そういうヨタを!」
み「あの……。
思い切って聞いていいですか?」
水「なに?」
み「お2人は……。
ご夫婦?」
社「はいな~」
律「どこでお知り合いになられたんですか?」
水「うちの店に飲みに来たんよ」
水「で、突然アカペラで歌いだしてん。
オペラ。
店の窓ガラスが割れたんよ。
声で。
あれでもう、ずっき~んときてね」
社「女殺しの声や」
水「女の耳は、性感帯やからね」
水「でも……。
ほんまに、声だけの男やったわ!
普段は、なんでこんなアホと結婚したんやろて思うもん。
でも、歌聞いたとたん……。
惚れ直してまうんよ♪」
社長(じゃなかったけど)は、お水さん(こっちは正解でした)の隣に戻ると……。
お水さんの肩に手を回しました。
お水さんは、社長の胸にもたれかかりかかります。
水「あんた……。
今日も、ええ声やったよ」
社「そうか?
おまえに聞かせるために、神様がくれはった声や。
毎日、聞かせたるで」
水「うれしい……」
一同、毒気を抜かれて呆然。
ガイドさんまで、ぽかんと口を開いてます。
み「あの。
ガイドさん」
ガ「?」
み「もう、見えてると思うんですけど。
寒風山」
ガ「し、失礼しました」
律「綺麗な山ね。
火山って云うから、もっとゴツゴツしてるのかと思った。
なだらかで女性的ね」
み「やっぱり、成層火山は形がいいよね」
律子先生が、耳元に口を寄せて来ました。
律「セーソー火山のセーソーって、どういう字なの?」
み「成層圏の成層」
律「なーんだ。
つまんない」
み「どんな字を想像したのよ?」
律「精子をつくる精巣」
み「どんな火山だよ!」
律「だって……。
噴火ってさ。
どう見ても、射精だよね」
み「それで、精巣火山!
恐れ入りました」
律「でも、成層圏と火山がどう関係するわけ?」
み「成層ってのは、文字どおり層を成すという意味だよ。
成層火山は……。
同じ火口から何度も噴火することにより……。
溶岩なんかが何層にも積み重なって、円錐状になった火山のこと」
み「富士山が代表だね。
ナントカ富士って呼ばれる山は、みんな成層火山だよ」
律「ふ~ん。
でもこの山、ほんとになだらかで……。
お饅頭みたい」
律「あ、何かに似てると思ったら……。
古墳だよ」
み「お~。
前方後円墳?」
↑王塚古墳(福岡県嘉穂郡桂川町)
み「おもしろい発想だね。
これが古墳だったら、大変な大王だ。
ガイドさん、最後の噴火って、いつだったんですか?」
ガ「1810年。
今から、ちょうど200年前ですね」
み「え?
そんなに最近だったの?
だから、木が生えてないのか……」
ガ「噴火の記述が、江戸時代の文書にあるんです。
久保田藩が、幕府に提出したものなんですが……」
律「が?」
ガ「この記録、嘘みたいなんです」
み「は?」
ガ「噴火の堆積物とか、まったく見つからないんです」
律「何でまた、そんな嘘を?」
ガ「その年の8月に、大地震があったことは確からしいんですけど……。
どうやら、その被害を水増しして申告するため……。
久保田藩がでっち上げた噴火らしいとか」
律「恐ろしいことするわね。
バレたら大変でしょ?」
み「ま、幕府も、いちいち確認に来たりはしなかったんでしょうね。
で、実際のところはどうなの?
最近の噴火の」
ガ「2,700年前に火砕流が発生したのが、最新らしいです。
今は、噴火の兆候はまったくありません。
そのため、気象庁の指定する活火山にも含まれてません」
み「なるほど。
今は平穏な山なんだね。
見るからに、優しげな山肌だもの。
でも、何で木が生えないの?」