Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
東北に行こう!(10)
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 さてさて。
 杉木立に囲まれた境内には、山の気が満ち……。
 荘厳な雰囲気が漂います。
真山神社・杉木立に囲まれた境内

 本殿は、さほど大きくはありませんが……。
 立派な作りです。

律「この建物を、武内宿禰が建てたの?」
み「そんなわけないでしょ。
 2,000年近く前になっちゃうじゃない。
 学校で習わなかった?
 日本最古の木造建築は……。
 法隆寺だって」
日本最古の木造建築・法隆寺

律「理系だったからね」
み「それ以前に、中学校で習ってるはず」

ガ「それではみなさん、順にご参拝ください。
 こちらは、大晦日の『ゆくとしくる年』でも、よく中継されるんですよ」
真山神社・大晦日の『ゆくとしくる年』

律「お賽銭、いくらにする?」
み「100円」
律「細かいの、ないの?
 崩してあげようか?」
み「100円でいいの!」
律「ずいぶんと奮発するじゃないの」
み「秋田まで来て……。
 越後人がケチだと思われたくないからね。
 それに……。
 なまはげの実演で、怖い目に遭いたくないし」
律「どうやら、そっちが本音のようね。
 それじゃ、わたしも」
み「ちょっと待って。
 お賽銭入れる前に、これを鳴らさなくちゃ」
神社のガラガラ

律「これって、何て言うんだっけ?」
み「ガラガラじゃないの?」
律「正式名称は?」
み「わからん」
律「ま、いいわ。
 先に鳴らすんだっけ?
 そもそも、何のために鳴らすの?」
み「神を起こすためでしょ」
律「は?」
み「神が、中で寝てるかも知れないじゃない。
 だから、これを鳴らして起こすわけ。
 お賽銭入れるとこを、ちゃんと見てもらわなきゃならないからね」
律「そういう意味だったの?」
み「たぶん……。
 じいちゃんが、そう言ってた」
律「何か怪しいわね。
 でも、人間的な神で、親しみがわくわ」
み「それじゃ……」
真山神社・賽銭箱

 ガラ~ン、ガラガラ。
 チャリ、チャリ~ン。
 パチパチ。
 パチパチ。

み「どうか、“なまはげ”さまに絡まれませんように……」
律「もっと建設的な願いごとは出来ないものかね」

 後ろがつかえてるので、早々に場所を譲りましょう。
 振り返ると、OLさんと鉄道くんが、仲良く並んでました。
 この2人、まさに瓢箪から駒でしたね。
イラスト・瓢箪から駒

 すれ違いざま……。
 OLさんに囁きます。

み「何、お願いするんですか?」
OL「いや~ん、エッチ!」

 バシッ。

み「痛てー」

 思い切り肩を叩かれました。
 このオンナ……。
 いったい何考えてるんだ?

 さて、全員お参りを済ませたところで……。
 男鹿真山伝承館に移動です。
 移動と云っても、参道を下りればすぐのところ。
男鹿真山伝承館付近の地図

 なお、真山伝承館と、このあと立ち寄る“なまはげ館”は共通チケットになってます。
 今は800円ですけど、12月から3月は、1,000円。
 冬季の入館料が高いのは……。
 たぶん暖房費とか、駐車場の除雪費とかがかかるからだと思います。
 なお、わが“なぎさGAOコース”の料金には、この入館料も含まれてるんです。
 料金、覚えてます?
 そう、5,300円でしたね。
“なぎさGAOコース”の料金

 この中には、『男鹿水族館GAO』の入館料1,000円に加え、ここの800円も入ってたわけです。
 これで、実質3,500円になっちゃいました。
 レンタカーで回ること考えたら、このツアーが、いかに安いかわかりますよね。
 冬ならもう200円得だと思った方……。
 残念ながら“なぎさGAOコース”、冬期は運行してません。

男鹿真山伝承館・立て札

 さて、男鹿真山伝承館です。
男鹿真山伝承館・曲がり家

律「雰囲気あるね~」
み「曲がり家じゃない」
ガ「お客さま、よくご存じですね。
 曲がり家は、東北地方の農家の典型的な作りです。
 この建物は、明治時代に建てられた農家を移築したものです。
 築100年ほど経つそうです」
み「この曲がったところが、馬屋だったんだよ」
曲がり家・平面図

み「東北地方では、大切な馬を家の中で飼ってたんだね」
東北地方では、大切な馬を家の中で飼ってた

ガ「お客さま~。
 わたしの仕事、取っちゃ困りますぅ」
み「あ、そうか。
 ごめんごめん。
 去年の秋、福島でも見たもんで……」
律「由美と行ったときね」
み「そう。
 大内宿に行くとき下りた、湯野上温泉駅」
大内宿に行くとき下りた、湯野上温泉駅

ガ「それではみなさま、お上がりください」

 靴を脱いで、座敷に上がります。
懐かしい畳の座敷

 広い畳の座敷。
 初めて入ったはずなのに……。
 初めての気がしない。
 昔、夢の中で住んでたような……。
 懐かしさを覚えます。
 でも……。
 冬は寒いだろうなぁ。

 畳には、座布団など敷かれてません。
 男性は、あぐらもかけますが……。
 女性は、畳の上に、ジカに正座となります。
真山伝承館・女性は、畳の上に、ジカに正座

律「なんか緊張するね」
み「うんこ出そう」
律「お下品!」

 作務衣のような割烹着のようなのを着た女性が現れ……。
 “なまはげ”について前説してくださいます。
真山伝承館・前説の女性


 “なまはげ”という名前の由来などが語られてるようですが……。
 ほとんど上の空です。
 心臓がバクバクと鳴り出しました。

 続いて、この家の主らしい着物の人が現れ……。
 囲炉裏の前に座ります。
真山伝承館・囲炉裏の前に座る主人

 いよいよです!
 玄関が開いたのでギクッとしましたが……。
 入ってきたのは、これまた作務衣を着た小柄なおじさん。
 囲炉裏を挟んで、主の前に座ります。
真山伝承館・先立の登場


 そういえば、さっきの案内人の女性が、まず“先立(さきだち)”を迎えると言ってたような……。
 会話は秋田弁なので、よく聞き取れませんが……。
 どうやら、“なまはげ”を入れて良いか、主に確認してるようです。

み「むやみやたらと入って来るわけじゃないみたいだね」
律「さっき、お姉さんがそう説明してたでしょ」

 聞こえてませんでした……。

 どうやら、話が付いたようです。
 先立さんが、玄関に向かって声をかけました。

 うぅ。
 怖いよう……。
 頭の中で、「来る~、きっと来る~」のメロディが鳴り響きます。


 ドンドンドンドン!
 玄関扉が、激しく叩かれました。

「うぉぉぉ!」
「うぉぉぉ!」

 雄叫びとともに、扉が引き開けられました。
 2体の“なまはげ”さんの登場です!
真山伝承館・なまはげ登場


 ひぇぇぇぇ。
 遠目で見ても、怖いぃぃ。
真山伝承館・遠目で見ても、怖い“なまはげ”

「悪い子はいねが~!」
「怠け者はいねが~!」

 子供は、本気で泣き出しました。
 女性の間からも、悲鳴が……。
 わたしは……。
 声も出ません。

な「怠け者の臭いがするど~!」

 “なまはげ”が、なぜかわたしに迫って来ました。
真山伝承館・“なまはげ”迫る

な「おめだな~!」
み「あんぎゃー。
 わたしじゃない!
 わたしじゃない!」
律「取り乱すな、ばかもん!」
な「怠け者の臭いが、ぷんぷんするど~」
み「違ぅ~!
 わたしじゃないぃぃ。
 こいつ~。
 こいつ~」
律「ちょっと!
 何でわたしを指すのよ!」
な「おめさ決まってる。
 怠け顔でねえか!」
み「うぎゃ~。
 違いますぅぅ。
 怠けてないぃぃ」
律「なまはげさん!
 この人、ほんとに頑張ってるんですよ。
 毎朝、4時に起きて小説書いてるんですから」
み「違うぅ。
 3時53分、3時53分」
律「何でそんな半端な時間に起きるのよ!」
み「うっ、うっ、3時45分に目覚ましかけてるんだけど……。
 1回だけスヌーズ押して……。
 8分後に鳴った2回目で起きるんだよぉ」
ミッフィー・目覚まし時計

律「そんな細かい説明はいいの!
 ほら、もう“なまはげ”さん、よそに行っちゃったよ。
 可哀想に、子供は本気で泣いちゃってる。
 ここにも一人、子供がいたけど」
泣く子

律「ほら、顔上げてごらんって。
 家の主人が“なまはげ”さんを宥めてるよ。
 お膳を出して来た。
 お酒を振る舞うみたいだね。
 あ、“なまはげ”さんがお膳に付いたよ」
真山伝承館・“なまはげ”さんがお膳に付いた

律「けっこう、美味しそうなお膳よね」
真山伝承館・けっこう美味しそうなお膳

律「ちょっと!
 なんでわたしが、いちいち実況しなきゃならないの!
 しがみついてないで、顔上げなさいって!」
み「まだいるんでしょ?」
律「当たり前じゃない。
 始まったばっかりなんだから。
 そうやってビビってるから、絡まれるのよ。
 顔上げないと、また来るよ」

 恐る恐る顔を上げます。
 主が、“なまはげ”さまにお酒を注いでました。
真山伝承館・主が、“なまはげ”さまにお酒を注いでました

 秋田弁で、今年の収穫なんかを報告してるみたいです。
 “なまはげ”さまが、大きな台帳のようなものを開きました。
 案内人の説明にあった「なまはげ台帳」のようです。
真山伝承館・「なまはげ台帳」

 「横に見てどうする!」と突っこみたくなりましたが……。
 もちろん、出来るわけありません。
 どうやら中は、縦書きになってるようです。
真山伝承館・「なまはげ台帳」は縦書き

「おめとこの子は、勉強さしねし、ぜんぜん手伝わねって書いてあるど!」
「おめとこの嫁は、親の面倒さ見ねらしいでねえか!」
「うぉぉぉ!」
「うぉぉぉ!」

 “なまはげ”さまが起ちあがり、再び暴れ始めました。
 再び律子先生にしがみつきます。
 腰が抜けてるので……。
 逃げられません。
 先生に見捨てられたら、餌食になるほかないので……。
 もう、必死です。

律「ちょっと!
 そんなにつかんだら、痛いじゃないのよ。
 大丈夫だって。
 ほら、今度はあっちに行ったよ」

 こわごわ片目をあげると……。
 “なまはげ”さまは、反対コーナーで暴れてました。
真山伝承館・反対コーナーで暴れる“なまはげ”

 ふ~。
 助かった。

「きゃ~」

 ひとしきり甲高い悲鳴があがりました。
 伸び上がって見てみると……。
 あのOLさんでした。
 思い切り鉄道くんにしがみついてます。
 鉄道くんは、ほぼ凝固状態。

律「やるわね、彼女。
 完全に、入道崎で吹っ切れたみたい」

 興が乗ったのか……。
 1体の“なまはげ”さまが、人垣の中に分け入り始めました。
真山伝承館・人垣の中に分け入る“なまはげ

 考えてみればこの場は、「舞台」と「客席」ではないんです。
 “なまはげ”を“体験”する場なんですから。
 当然のことながら、かなりいじられます。
真山伝承館・客をいじる“なまはげ”

「うぉぉぉぉ」

 “なまはげ”さまの雄叫びがあがります。

「ひぇぇぇぇ」

 それに続いて、大きな悲鳴が上がりました。
 明らかに男性の声です。

み「誰だろ?
 情けないヤツ」
律「人のこと言えるの?」
み「ちょっと先生……。
 あれ、町工場の社長だよ」
律「ほんと?」

 2人して、膝立ちになって覗きます。
 間違いありません。
 あの信じ難い色合いのジャケットは……。
信じ難い色合いのジャケット

 間違いなく、社長です。
 頭を抱えてうずくまってます。

社「おが~ちゃん!
 おが~ちゃん!」

 恥も外聞もないってのは、このことですね。
 OLさんまで、素に戻って覗きこんでます。

水「ちょっと、あんた!
 いったい、どうしちゃったのよ?」

 連れのお水らしき女性が、呆れたような声をあげました。

な「いい年さこいて、恥ずかしくねえだか?」

 “なまはげ”さまも呆れたような声で、社長の肩に手をかけました。

社「ぎょぇぇぇぇぇぇぇ」

 あまりの悲鳴に、“なまはげ”さまの方が飛びすさりました。

律「驚いたね。
 Mikiちゃんの上手がいたよ」

 社長は、額を畳に擦りつけてます。

社「もうしません!
 いたしません!」
な「何をしねちゅうだ?」
社「悪いことしません!
 浮気もやめます!
 あれとは別れます!」
水「なんだって?」

 突然、隣のお水さんの顔が変わりました。
 まるで、人形浄瑠璃のガブのようです。
人形浄瑠璃のガブ

水「おまいは……。
 まだあの女と別れてなかったのかぁ!」
社「ひぇぇぇぇ。
 かあちゃん、許してけろ~」
水「誰が許すかぁぁ。
 成敗してくれる」

 お水さんは、金ラメのバッグを振り上げると……。
金ラメのバッグ

 畳に額を擦りつける社長の頭に……。
 真っ向から振りおろしました。

社「あぎゃ」

 あわれ、社長は……。
 カエルのように潰れてしまいました。
カエルのように潰れてしまいました

 ピクピク痙攣してます。

律「あの人……。
 奥さんらしいね。
 でも、“なまはげ”より怖いわ」

 “なまはげ”さんも毒気を抜かれたのか……。
 社長の脇から、そそくさと立ち去りました。
 家の主が、手みやげのお餅を持たせてます。
真山伝承館・“なまはげ”に、手みやげのお餅を持たせる

 どうやら、お帰りいただけるようです。

「うぉぉぉ」
「また来年、来っからな!」

 さらにひとしきり歩き回ると……。
 ようやく、戸障子の向こうへ去っていきました。

 障子が閉ざされてみると……。
 ほんの一瞬前のことなのに、今見たことが幻のように思えます。
真山伝承館・幻のように思える“なまはげ”

律「あ~、面白かったね」
み「あんまり面白くないわい。
 涙で、化粧が流れた」
律「Mikiちゃんが一番面白いかと思ってたら……。
 うわ手がいたもんね」

 お水さんが、畳を踏み鳴らしながら通り過ぎていきました。
 その後ろを、へろへろ状態の社長が追っていきます。

社「ま、待ってくれぇ」

 彼の前途を思うと……。
 同情を禁じ得ません。

律「じゃ、わたしたちも行こうか。
 ちょっと、どうしたの?」
み「た、立てない……」
律「やだ。
 腰抜かしたわけ?」
み「違わい。
 足が痺れて……。
 立てない」
律「それはそれで……。
 情けないものがあるわね」

 律子先生にすがりながら、引きずられていきます。

 真山伝承館を出ると、秋の日がさんさんと降り注いでました。
真山伝承館・外は秋の日がさんさんと降り注いでました

 ほんとうのなまはげは、夜やるんだろうから……。
 たぶん、はるかに怖いと思います。

ガ「みなさま、お疲れさまでしたぁ」

 真山伝承館の外では、バスガイドさんが待ってました。
バスガイドさん

律「ガイドさんは、なまはげ体験しなかったんですか?」
ガ「わたし、“なまはげ”さま、ダメなんです。
 子供のころ……。
 あんまり怖くて、お漏らししちゃって。
 怖さと恥ずかしさで、大トラウマになってます」
トラウマの図

み「わたしも外で待ってればよかった」
ガ「お客さん、“なまはげ”さんに絡まれましたね?」
み「何でわかるの?」

 ガイドさんが、わたしの肩に手を伸ばしました。

ガ「ほら、これ」
“なまはげ”から落ちた藁

律「あ、藁ね」
ガ「“なまはげ”さんが、蓑を着てましたでしょ?
 あれ、“ケデ”って云うんですけど……」
“なまはげ”の“ケデ”

ガ「そこから落ちた藁ですね」
律「そう言えば、畳にいっぱい散らばってたわ」
畳に散らばる“なまはげ”から落ちた藁

ガ「その藁が、肩に付いてるということは……。
 “なまはげ”さんと、ジカに触れあった証拠です」
み「あんまり触れ合いたくなかった」
ガ「でもこの藁、御利益あるんですよ。
 1年間、無病息災。
 頭に巻くと、頭が良くなるんですって」
“なまはげ”から落ちた藁を頭に巻く

律「Mikiちゃん、さっそく巻かなくちゃ」
み「わたしは、この程度の頭で十分だよ」
律「足りないと思うけどな……」
み「なにっ」
律「耳だけは人並み以上だね」
聞き耳フード

み「やかましわい。
 ほんのこつ、腹ん立つ。
 あれだけ脅かされて、藁1本じゃ合わないっての」
律「その藁1本から、わらしべ長者みたいになるかもよ」
わらしべ長者

律「ほら、わたしが髪に挿してあげる」
み「いりません!」
律「それじゃ、わたしに頂戴」
み「やだ」
律「いらないんじゃないの?」
み「取りあえず、持ってる」
律「信じない人には、御利益なんか無いよ」
み「偉い科学者に、こういう逸話がある。
 その科学者さんの玄関に、馬の蹄鉄が飾ってあったんだって」
家に幸運をもたらすおまじない・馬の蹄鉄

律「家に幸運をもたらすおまじないね」
み「そう。
 で、その家を訪れた人が、こう尋ねた。
 『先生のような科学者でも、こういう言い伝えをお信じになるものですか?』
 先生、答えて曰く……。
 『信じてなんかいないさ。
 でも、こいつは……。
 信じない者にも、御利益があるって云うからね』」
律「ずいぶんと都合のいい話ね」
み「人が信じるかどうかくらいで左右されるようなら……。
 大した力じゃないってこと。
 そんなの関係なしに、持った者に強大な作用をするのが……。
 本物の魔力ってものじゃないの?」
律「と屁理屈をこねつつ……。
 結局、バッグにしまうわけね」

ガ「さて、みなさん、お集まりいただけましたね。
 これから、お隣の建物、『なまはげ館』の見学になります。
 こちらの施設では、案内などは付きませんので、ご自由に見学ください。
 なお、バスの出発は、14:40分ですので……。
 それまでに、お戻り願います」
客「は~い」

律「ちょっと、どうしたの?」
み「“なまはげ”は、もう結構って感じ」
律「駄々こねないの。
 時間、まだあるんだし、見ていこうよ。
 悪い子にしてると……。
 “なまはげ”が夢に出てくるぞ」

 律子先生に引きずられ、「なまはげ館」へ。
 思いの外、立派な建物でした。
なまはげ館

 外壁は石積みです。
 伝承館の曲がり家とは対照的。

ガ「はい、それではみなさま。
 さきほど、なまはげ体験をしていただいたわけですが……。
 こちらの『伝承ホール』では、大晦日に行われる実際の行事を、改めてご覧いただけます。
 間もなく14:00より、『なまはげの一夜』が上映されます。
 上映時間は、おおよそ15分です」
なまはげ館・伝承ホール

み「わたし、パス」
律「わたし、見たい」
み「じゃ、先生ひとりで見て。
 わたし、あっちの展示に興味がある」
律「なんの展示?」
み「男鹿半島を紹介する展示みたい」
律「時間的に、両方じっくり見るのは無理かもね。
 じゃ、別々に見て、あとで教えっこしよう」

 律子先生は、すたすたと『伝承ホール』に入っていきました。
 付き合ってくれると思ったのに……。
 くそ!
 結局、『伝承ホール』をパスしたのは……。
 わたしと、例の社長とお水だけです。
 社長とお水は、「なまはげ館」自体を出ていきました。
 取り残されたのは、わたしだけ。
 わたしのような学術派は、ほかにいないってことね……。
 まあいい。
 学究の徒は、常に孤独なのだ。

 そこは、「神秘のホール」と名付けられてました。
なまはげ館・神秘のホール

 太い木の柱が並んでます。
 きっとこれは、秋田杉ですよね。
なまはげ館・神秘のホール「秋田杉」

 昔の民具などが展示されてます。
 丸木舟がありました。
なまはげ館・神秘のホール「丸木舟」

 こんな舟で、海に出たってことですよね。
 泳げないわたしには、とうてい信じられません。

 説明書きによると……。
 男鹿の丸木舟は、一本杉をえぐって造られていたそうです。
 そのため、“刳(えぐ)り舟”とも呼ばれてたとか。
 その歴史は驚くほど古く……。
 縄文時代に遡るそうです。
 そんな舟が、1990年ころまで実際に使われてたんですから……。
男鹿では、1990年ころまで、丸木舟が使われていた

 シーラカンスみたいですね。
シーラカンスの魚拓

 1本の木からえぐり出された舟は、もちろん男鹿以外にもありました。
 でも、それが最後まで使われてたのは……。
 男鹿半島と……。
 種子島だったそうです。
種子島

 丸木舟は、板を貼り合わせた舟と比べ、はるかに頑丈なため……。
 岩場の多い男鹿に適していたのだとか。
 ちょっとくらい岩にぶつかっても、ビクともしないそうです。
 耐用年数も長く、100年は使えたとのこと。
 長さは6メートルもあります。
 頑丈第一に作られてますから、肉厚で、重さは1トン近いそうです。
 これだけの舟をえぐり出すためには……。
 樹齢300年を越える杉が必要でした。
 縄文時代、そんな巨木をどうやって伐り出したんでしょうね。

 さて、ひととおり見てたら、ずいぶん時間が経っちゃいました。
 男鹿の風土について解説した大型のパネルは……。
 けっこう読みごたえがありましたから。
なまはげ館・神秘のホール「解説パネル」

 秋田杉の柱には、液晶モニターが埋めこまれ……。
 男鹿の自然が映し出されてました。
なまはげ館・神秘のホール「液晶モニター」

 こういうの眺めてると……。
 なんだか住んでみたくなるんですよね。

 さてさて、「伝承ホール」に戻ってみましょう。

 どうやら、『なまはげの一夜』の上映は終わってたようです。
なまはげ館・伝承ホール

 でも、律子先生の姿は見あたりません。
 どこ行っちゃったんだろう。

 壁には、“なまはげ”人形のほかに……。
 “なまはげ”の歴史なんかの展示もあります。
 ↓これは、菅江真澄(すがえますみ)が描いた200年前の“なまはげ”。
菅江真澄(すがえますみ)が描いた200年前の“なまはげ”

 なんか……。
 虫、みたいですよね。
 こんな“なまはげ”なら、怖くなかったのにな。

 ちなみに、菅江真澄(1754~1829)は、旅行家であり博物学者でした。
菅江真澄

 三河の生まれ。
三河

 諸国を巡りながら、『菅江真澄遊覧記』という旅日記を残してます。
菅江真澄遊覧記

 文章には、自筆の挿絵が付けられてます。
「菅江真澄遊覧記」自筆の挿絵

 1811年からは久保田城下に住み、そのまま秋田で没したそうです。
菅江真澄の墓

 秋田が気に入っちゃったんでしょうかね。
 出身地の三河とは、気候もそうとう違ったでしょうに。

 それでなくても江戸時代は、今よりもかなり寒かったらしいんです。
 これは、日本だけでなく、地球規模の現象。
 15世紀から19世紀にかけては、小氷期と呼ばれてるんです。
 気温は、現在に比べ、1~2度低かったとか。
 なんだ大したことないじゃん、と思ったあなた!
 1~2度の違いは、大違いなんです。
 これは、平均値ですからね。
 実際には、もっと寒い方にぶれることも多々あったわけ。

 江戸時代の記録によると……。
 1773年、1774年、1812年の3回……。
 隅田川が氷結したそうです。

 お堀のような止水が凍るのはわかりますが……。
凍ったお堀

 隅田川は、流れてる川です。
 これが凍るというのは、相当な寒さだったはず。
中国黒竜江省・ハルビン市(新潟市の友好都市)の松花江
↑中国黒竜江省・ハルビン市(新潟市の友好都市)の松花江

 1822年と1824年には、大阪の淀川も凍ってます。
淀川

 1822年には、品川で2メートルの積雪があったという記録もあります。

 江戸湾には、トドが来ていたそうです。
トド

 ↓は、安藤広重による『江戸近郊八景』のうちの1枚です。
安藤広重『江戸近郊八景「飛鳥山暮雪」』

 どこの風景だと思います?
 題名は、「飛鳥山暮雪」。
 つまり、北区の王子駅前にある飛鳥山公園あたりなんですね(当時は王子村)。

 江戸で、これなんですから……。
 雪国は、もっとスゴかったはず。
 鈴木牧之の『北越雪譜』には、積雪18丈(54メートル!)という記述があります。
北越雪譜

 ま、これは“白髪三千丈”の世界でしょうけどね。
 興味のある方は、「鈴木牧之のこと」を読んでみてください。

 さてさて。
 律子先生を捜しに来たんでした。

「どこ行っちゃったのかな?」

 『伝承ホール』を出てみますが……。
 見あたりません。
 次の展示に行っちゃったんだな。
 勝手なやつ……。

 人だかりのしてる一角がありました。
 人垣の後ろ姿には、律子先生は見あたりません。
 でも、何事だろうと覗いてみると……。
 “なまはげ”のお面を彫ってる人がいました。
なまはげ館・“なまはげ”のお面を彫ってる人

 なるほど。
 こういう仕事もあるわけですね。
なまはげ館・“なまはげ”のお面を彫ってる人

「あの~」

 人垣の中の女性が、職人さんに声をかけました。
 聞き覚えのある声だと思ったら……。
 OLさんでした。
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