2012.3.3(土)
ガ「でも……。
今日は時間的に、難しいかもですね」
律「古い灯台なんですか?」
ガ「1898年(明治31年)の建造になります」
み「スゴ……。
19世紀じゃん」
ガ「『日本の灯台50選』にも選ばれてるんですよ」
み「お~。
入道崎が『日本の夕日100選』だから……。
50選の方が、偉いじゃん」
律「灯台の数が少ないからじゃないの?」
み「日本には、いくつ灯台があるんだろ?
ガイドさん、ご存じ?」
ガ「すみませ~ん。
そこまでは……」
律・み「ですよね」
ガイドさんに代わってお答えしましょう。
(財)日本海事広報協会の、『灯台のいろいろ』によると……。
現在、日本にある灯台の数は、3,300あまりだそうです。
しかし……。
こんな財団法人があるなんて、初めて知りましたね。
国土交通省所管の財団法人だそうです。
Wikipediaによると……。
-------------------------------------------------
「海の日」、「海の月間」を中心とした各種イベントの開催、資料類の作成・配布、年間を通じた全国の青少年を対象とした海事施設の見学会、乗船体験会等の実施、また、船員及びその留守宅家族向けの旬刊新聞「海上の友」や一般国民向けの隔月間雑誌「らめーる」の発行等の各種事業を実施し、海事知識の啓発活動を展開している。
-------------------------------------------------
ということをやってるそうです。
仕分け対象に、ならなかったのかね?
律「あそこになにか、モニュメントみたいなのが見えますけど……。
何ですか?」
ガ「あ、あれならわかります!
『北緯40度線』を示すモニュメントです」
み「へー、面白そう。
行って見ようよ」
律「ガイドさん、時間まだありますよね?」
ガ「もうちょっとだけ、大丈夫ですね。
じゃ、わたしがお写真、お撮りしましょう」
み「でも、ここってほんと、真っ平らだよね」
律「整地したわけじゃないんですか?」
ガ「自然の地形です」
これが北緯40度線のモニュメントです。
律「何で、2つに割れてるんですか?」
ガ「この割れ目を、北緯40度線が通ってるんです」
み「なんか、ヤラシイ形だね」
律「ヤラシイのは、あんたの頭。
ほかにも、同じようなモニュメントがあるみたいですけど……」
ガ「みんな40度線のモニュメントです」
ガ「一直線に並んでるんですよ」
み「このモニュメントも、入道崎の火成岩?」
ガ「はい。
火成岩の一種、安山岩だそうです」
律「おー。
安産とは、縁起がいいじゃない。
撫でとこっと」
ガ「え?
おめでたですか?」
律「わたしが?
そう見えます?
まー、どうしましょ」
み「お世辞に決まってるでしょ」
ガ「いえいえ、とんでもない」
律「ほら、みなさい」
み「真に受けるんじゃないの。
まさか、これから産む気じゃないでしょうね?」
律「あら、わからないわよぉ。
まだまだ現役ですもん。
ガイドさん、わたしっていくつに見えます?」
ガ「えー。
お若くてらっしゃいます」
律「まさか……。
18くらい?」
み「おい!」
ガ「おいくつでしょう?
そうですね……。
28歳くらい?」
律「何か奢らなくちゃね。
Mikiちゃん、財布出して」
み「何で、わたしが財布出すのよ!
3割方お世辞でしょ」
律「28の3割増しって、いくつよ」
み「三十……、六か」
律「いい線いってるじゃないの」
み「この人、40だよ」
ガ「えー!!
うそー!
絶対見えませんわ!」
律「訂正します。
まだ、39です」
み「そうだっけ?」
律「そうなの!
わたしはもう、歳を取らないことに決めたの」
み「根性入ってますね」
律「じゃ、39歳の記念を残さなきゃ。
ガイドさん、お願いします」
ガイドさんに携帯を渡し、2人でポーズ。
律「どっちが若く見えるかなぁ?」
み「図々しいヤツ!」
ガ「いきますよ~。
はい、チーズ」
パチリ。
秋の日が、燦々と降り注ぐ入道崎。
律子先生と2人で撮った写真。
宝物が、またひとつ出来ました。
律「でも、こんな平らな岬なんて初めて見た。
海が目の前に見えるんだから……。
あの先で、急に落ちこんでるわけよね」
ガ「入道崎は、日本海の荒波が削った海岸段丘なんです」
み「へ~。
てことは、半島が隆起したわけだね」
律「そうなの?」
み「海岸段丘ってのは、陸地が隆起してできるんだよ」
ガ「隆起したときは、半島じゃなくて島だったんですよ」
み「あ、そうか……。
それでわかった」
律「なにが?」
み「ほら、海沿いを走りだしてから、突然景色がかわったじゃない。
最初は、平らな砂浜が続いてたのに……」
み「それが急に、岩だらけの崖になった」
律「確かに、そうだったね」
み「つまり、岩だらけの部分が……。
海底から隆起した火山島、“男鹿島”ってわけだよ。
で、半島の付け根の砂浜は……。
川が運んで来た堆積物によって、男鹿島と本土が繋がった部分ってわけ」
律「なるほど」
み「だから、八郎潟は……。
男鹿島まで繋がった南北の砂州に挟まれて、取り残された海だったってことだね」
ガ「すごーい。
こちらのお客さま、学者さんですか?」
律「そんな風に見える?」
ガ「ぜんぜん見えませんでした」
み「なんじゃそりゃ!」
律「この人はね、知識が著しく偏ってるだけ」
ガ「でも、スゴいです」
み「ま~な。
しかし、見事な海岸段丘だね。
どのくらい持ち上がったんだ?」
律「崖の高さは、30メートルあります」
み「30メートルって……。
ビルの9階くらいあるよ」
律「飛び降りたら、即死だわ」
み「こっから身投げする人も、いるんじゃないの?」
律「こわ~」
ガ「それでは、そろそろバスの方へお願いします」
み「は~い」
律「ちょっと、Mikiちゃん!」
み「何よ?」
律「あの人……」
先生の指は、断崖の方を指してます。
その指の先には……。
女性の後ろ姿。
断崖を覗きこむようにしてます。
律「何か、ヤバそうな雰囲気じゃない?」
み「まさか……。
でも、あの後ろ姿……。
あっ。
ガイドさん、ガイドさん!」
ガ「そろそろ、バスの方へ」
み「それどころじゃないの!
ほら、あの人!
一緒のバスに乗ってる人じゃない?」
黒っぽいジャケットに見覚えがあります。
間違いなく……。
例の、根暗ハイミス(人のことは言えんが)。
ガ「そ、そうみたいですね」
み「やっぱり……。
飛び降りに来たんだ」
ガ「そんな!」
律「ガイドさん、何とかしなきゃ」
ガ「すみません。
わたし、高所恐怖症で……。
キャビンアテンダントへの夢は、それで諦めました」
み「み、右に同じ」
律「あんたもスッチーになろうと思ってたの?」
み「違うよ。
高所恐怖症が、同じってこと。
こうなったら、先生しかいません。
行ってきて」
律「何でわたしなのよ!」
み「清水の舞台から飛び降りる気持ちで」
律「飛び降りてたまるかい!」
ガ「どうしましょう」
み「つ、釣り竿借りてこようか?」
律「そんなもの、借りてどうすんのよ?」
み「こっから竿を振って……。
針を襟首にひっかけるの」
律「そんな器用なこと、でけるかい!
釣りキチ三平じゃあるまいし」
み「ここはやっぱ、ガイドさんだね。
匍匐前進すれば、なんとか行けるんじゃないの?」
ガ「そんなぁ」
律「あ、Mikiちゃん、あの人」
なんと!
モニュメント脇を、鉄道くんが通りかかってくれました。
律「すみません!」
鉄「へ?」
律「あれ、見てください。
あの人」
鉄「あ、同じバスの人だ」
み「そんなことは、わかってるの!」
鉄「あ、あなたがたも同じバスの人じゃないですか。
ガイドさんまでいる」
み「ノンキなこと言ってないで!
早く助けて!
あの人、飛び込んじゃうよ!」
鉄「えー!」
律「まさか、高所恐怖症とは言わせないわよ」
鉄「一応、大丈夫ですけど……」
み「早く行って!」
鉄「わ、わかりました。
でも、みなさんもついてきてくださいよ。
僕ひとりじゃ、止めきれないかも知れません」
み「男でしょ!」
鉄「追いつめられた人って、スゴい力出すっていいますから」
律「火事場の馬鹿力ってやつね」
鉄「気づかれないように近づいて……。
僕が飛びつきます。
そしたらみなさんは、僕の体に抱きついてください」
み「おい!」
鉄「何です?」
み「スゴくいい役じゃないか?」
鉄「そんなこと言ってる場合ですか!
じゃ、気づかれないように……。
ゆっくり近づきますよ」
鉄道くんは、へっぴり腰のまま歩み始めました。
新入りの泥棒みたいな、いかにも怪しい足取りです。
わたしたち3人も、同じ姿勢で続きます。
端から見たら、どんな一団に見えたでしょう。
OLさんは背中を丸め、足下を見つめてます。
なんとか気づかれずに、近づけました。
鉄道くんは、両手を前に差し出したものの……。
鳩みたいに首を振って、タイミングを取ってるばかりで……。
いっこうに飛びつこうとしません。
じれったいやつ!
怒りを込めて、背中を突いてやりました。
鉄「うわっ」
鉄道くんは、ものの見事につんのめり……。
OLさんに、後ろから抱きつきました。
OL「ぎゃー!
何するんですか!
離してください!」
み「離すんじゃないよ」
OL「痴漢ー。
助けてー」
鉄「ち、違います!」
OL「何が違うのよ!
こんなことしながら!
離してー」
み「離すなよ!」
OL「あなたたち、いったい何なんですか!
人が襲われてるのに、けしかけるみたいなこと言って!
あ、あなたたち、同じバスの人!」
み「早まっちゃいけませんって!
とにかく、落ち着いて!」
OL「こんな目にあって、落ち着いてられますか!
後ろから抱きついてる人を、どうにかしてください!」
み「そうはいかないよ。
離したら、崖から飛びこむつもりでしょ!」
OL「何言ってるの、あなた?」
律「Mikiちゃん……。
ひょっとして、誤解かも」
み「何が誤解よ」
律「飛びこむつもりじゃ、なかったんじゃないの?」
み「そんなバカな!
あなた……。
今、ここから飛びこもうとしてましたよね?」
OL「してません!」
み「でも、崖っぷちで、下の方見てたでしょ」
OL「イヤリングを探してたんです!
落っことしちゃったから」
み「え……」
律「Mikiちゃん、やっぱり誤解だよ。
ちょっと、鉄道くん」
鉄道くんは、何も耳に入らないらしく……。
OLさんにしがみついたままです。
み「おいこら!」
まだ、しがみついてます。
み「こいつ……。
わざとじゃないのか?」
律「これ以上やったら、ほんとの痴漢よ」
み「成敗してくれる」
思い切りハンドバッグを振り、後頭部を張り倒します。
バシッ!
鉄「痛っ!」
み「離しなさいよ」
鉄「だって、さっきは離すなって……」
み「都合のいい方だけ聞くんじゃない!」
律「この人、飛びこむつもり、無かったみたいよ」
鉄「えー。
そんなぁ」
律「とにかく、離してあげて」
鉄道くんは、初めて自分のしてることに気づいたように……。
OLさんの体から飛び離れました。
鉄「す、すみませんでした」
ジャリッ。
鉄道くんの足下で、小さな音がしました。
鉄「あれ?」
鉄道くんが足を上げると……。
靴の下には、秋の陽を受けて小さく光るものが。
OL「あった……」
OLさんがしゃがみ込みました。
光るものをつまみ上げます。
それは……。
貝殻のイヤリングでした。
OL「これを、探してたんです。
でも……。
割れちゃった」
鉄「す、すみませんでした!」
鉄道くんが、OLさんの前に土下座しました。
OL「いいえ……。
いいんです。
いえ。
ありがとう」
鉄「え?」
OL「このイヤリング……」
崖から捨てるつもりだったんです」
OL「で、バッグから出したら、片方落っことしちゃって。
捨てるつもりだったのに、落としたら惜しくなって……。
探してたんです」
律「どうして、捨てようとしたの?」
OL「振られたんですよ。
これをくれた男に……。
でも、おかげで吹っ切れました。
踏んでくれて、ありがとう」
OLさんが、芝生に手を突いたままの鉄道くんに……。
手を差し伸べました。
鉄道くんは、泣き笑いのような顔をあげ……。
おずおずと、その手を握ります。
OL「あなたたちは、恩人です。
どうもありがとう。
じゃ、見届けてください。
わたしが、過去にさよならをするところを」
OLさんが手の平を開きました。
もう片方のイヤリングが、そこにありました。
OLさんは、割れたイヤリングを重ねると……。
もう一度、手の平を握りしめました。
OL「えいっ」
止める暇もありませんでした。
大きく一閃した腕が……。
空高くイヤリングを投げ上げました。
全「あ」
秋の空に、高く舞い上がったイヤリングは……。
崖を越えたところで、キラリと光りました。
OL「さようなら!」
貝殻のイヤリングは、秋の空気に吸いこまれていきました。
↑イメージ
み「あ~ぁ」
律「ほんとに、よかったんですか?
イヤリング……」
み「きみ。
崖降りて、拾って来て」
鉄「む、ムリっす!」
OL「いいんですよ。
男鹿の海に、わたしの未練は消えました」
律「魚が飲みこんじゃわないかな?」
み「あ……。
それで思い出した。
こんな話があったんだって。
ノルウェーの首都、オスロでのこと」
み「今から30年くらい前の話だけど……。
当時15歳のロバート少年が、フィヨルドに釣りに行った」
み「で、4キロもある大きなタラを釣りあげたの」
み「ロバート少年は、近くに住むおばあちゃんに、そのタラを持ってった。
おばあちゃんは大喜びで、さっそく得意のタラ料理を作ってくれることに。
で、ロバート少年がテレビを見ながら待ってると……。
キッチンから、おばあちゃんの悲鳴が聞こえた。
ロバート少年は、驚いてキッチンに飛びこんだ。
おばあちゃんは、シンクの前に呆然と立ってたの。
シンクの中には、切りかけのタラ。
おばあちゃんは、血だらけの手の平を見つめてる。
一瞬、手を切ったのかと思ったけど……。
どうやら、違うらしい。
ロバート少年に気づいたおばあちゃんは……。
そっと、手の平を見せてくれた。
おばあちゃんの手には、小さな指輪が載ってたの。
そして、驚くべき事実をロバート少年に告げた。
なんと、タラのお腹から出てきたその指輪は……。
おばあちゃんが若いころ……。
フィヨルドで泳いでるときに失くした、結婚指輪だったんだって」
律「スゴ……。
それって、実話?」
み「もちろん!
まったく作ってないよ(Mikiko注・ほんとうに実話です)」
律「ひょっとしたら……。
あのイヤリング、天然の真鯛が食べちゃったかも?」
そうだ。
あなた、また男鹿にいらっしゃいよ」
み「わかった。
そして、石焼き鍋を注文するわけだ」
律「そうそう」
み「で、鯛茶漬けを食べてると……」
律「歯にガリッと当たる」
み「それが、今投げたイヤリングってわけね」
OL「おふたりとも、すごい想像力ですね。
でも、そんなふうに、想像力を羽ばたかせると……。
生きることが、楽しくなりそう。
今日までのわたしは、自分の回りのことしか見えてませんでした。
みなさん、ほんとにありがとう。
今日からは、顔を上げて生きていきます」
み「うむうむ」
律「よかったよかった」
ガイドさんは感極まったらしく、鼻を啜りあげてます。
み「あ」
律「何よ、いい場面で?」
み「出発時間……。
過ぎちゃってるんじゃ?」
ガ「あ~~~。
カンペキに過ぎてますぅ。
みなさん、バスにお急ぎくださ~い」
振り向いて、初めて気づきましたが……。
われわれ5人は、すっかり注目の的になってました。
人垣まで出来てます。
ま、ムリもありませんよね。
崖っぷちで揉みあってたかと思うと……。
突然泣き出したり……。
思い切り挙動不審集団でしたから。
ガ「どいて~。
どいてください~」
挙動不審の仕上げに、5人そろって猛ダッシュ。
芝生広場を駆け抜けます。
OL「きゃっ」
振り向くと、OLさんがつまずいたようです。
大きく上体が泳ぎ、両手を宙に突き出しました。
なんと、その手を!
脇を走ってた鉄道くんが、がっしりと掴みました。
2人寄り添って走って来ます。
ようやく芝生広場を抜け、駐車場に駆け込みました。
バスの窓から、女子大生2人組がこちらを指差し、何か言ってます。
「すみませ~ん」
ガイドさんが、真っ先にバスに駆け込みました。
「はぁ。
はぁ」
息が切れて、謝罪の言葉も出てきません。
やっぱ、運動不足だな。
頭を下げながら、席にヘタリ込みます。
女子大1「どうされたんですか?」
後ろの女子大生が、クビを伸ばして来ました。
律「ごめんなさいね。
この人が、飛んでもない勘違いしちゃって」
み「あ、あんたが言い出したんでしょ!」
律「そうだっけ?」
み「このアマ……。
ま、もとはと言えば……。
あの人が人騒がせだったんだよ」
と言いつつ、OLさんを振り向くと……。
ヘンな具合になってます。
釣られて振り向いた女子大生も、驚いたようです。
女子大「うそ……」
なんと、あのOLと鉄道くんが……。
一番後ろの座席に、並んで腰掛けてます。
OLさんは自分の水筒を開け、鉄道くんにキャップを手渡してました。
女子大1「いつの間に、あんなことに?」
女子大2「お昼前までは、違ってたよね」
女子大生の頭からは、「?」が吹き出してました。
律「どうやら……。
わたしの勘違いのおかげってわけね。
さしずめわたしは、2人のキューピットってとこ」
み「さっきは、わたしに押しつけたクセに!」
バスは、とっくに走り出してます。
しきりに謝ってたバスガイドさんも、ようやく息が整ったようです。
ガ「これから向かいますのは、真山神社(しんざんじんじゃ)でございます。
参詣の後、男鹿真山伝承館のほうで、なまはげの実演を見ていただきます。
その後は、なまはげ館の見学になります」
入道崎を出て、しばらくは海岸沿いを走ってたバスですが……。
やがて、海は見えなくなりました。
ガ「真山というのは、男鹿半島にある山の名前です」
ガ「本山(ほんざん)、寒風山(かんぷうざん)とともに、古くから山岳信仰の霊場となっております。
真山神社の創建は古く……。
景行天皇の時代と伝えられております」
み「景行天皇!
ウソでしょ……」
律「聞いたこと無い天皇だわ。
いつごろの人?」
み「確か、第12代の天皇。
半分神話の世界だよ」
み「↓日本武尊(ヤマトタケルノミコト)のお父さんなんだからね」
み「紀元前13年の生まれということになってる」
律「そんな時代から天皇がいたの?」
み「いるわけなかろ。
まだ弥生時代なんだから。
↓卑弥呼が現れる250年も前」
み「しかも、景行天皇の亡くなったのが、紀元後130年とされてる」
律「ちょっと……。
何年生きたのよ」
み「143年」
ガ「景行天皇の御代……。
武内宿禰(たけのうちのすくね)が男鹿を視察したおり、使命達成・国土安泰・武運長久を祈願し……。
ニニギノミコト、タケミカヅチノミコトの主祭神を祀ったのが、真山神社の始まりとされております」
み「また出た!
武内宿禰!」
律「有名人?」
み「昔のお札にも擦られてる」
み「この人も、半分神話の世界の人。
景行天皇の時代から、仁徳天皇の時代まで生きたことになってる」
律「結局、何年生きたの?」
み「283年」
律「ウソでしょ……」
み「天皇家の歴史を古くみせるため……。
景行天皇みたいに、1代の天皇の在位年数を、実際より長くしてしまったせいだよ。
だから、武内宿禰のように、何代もの天皇に仕えた人の年齢が、異常に長くなったとされてる」
律「なるほど」
み「もうひとつの考え方は……。
武内宿禰は、1人じゃなかったって説」
律「あ、わかった。
昔は、子供がお父さんの名前を継いだわけよね」
み「そうそう。
“武内宿禰”を襲名したってわけ」
ガ「この真山神社は、“なまはげ”ゆかりの地となっております。
毎年2月に行われる、“なまはげ柴灯祭り(せどまつり)”が有名です」
律「どんなお祭りなんですか?」
ガ「柴灯(せど)というのは、柴のかがり火のことです。
雪山から下りてきた15体のなまはげが、柴灯火(せどび)の揺れる境内で、雄叫びをあげながら乱舞します」
律「面白そうなお祭りね」
み「灯火があるってことは、当然夜祭りだね」
み「寒いぞ~」
律「そうかぁ。
真冬の北緯40度だもんね」
み「平壌(ピョンヤン)より北なんだから」
ガ「でも男鹿半島は、内陸部よりは寒くないんですよ」
律「どうしてなの?」
み「あ、そうか……。
わかった!
対馬海流だ。
佐渡が暖かいのと一緒」
ガ「そのとおりです。
日本海を、暖流の対馬海流が流れ上がってるからなんです」
ガ「お客さま、やっぱり学者さんですね」
み「えっへん!」
律「また、調子に乗る」
ガ「奥のお山には、約千種類の植物が自生してるんですよ」
み「へ~。
行ってみたいな」
ガ「今日はちょっと、難しいですね」
み「残念」
ガ「さてみなさま。
これから、伝承館で“なまはげ”の実演を見ていただく前に……。
“なまはげ”ゆかりの真山神社に参詣していただきます。
しっかり拝んでおけば、きっと“なまはげ”さんに伝わって……。
実演でも、やさしくしてもらえるかも知れませんね」
13:20、真山神社に到着です。
山門の向こうに、階段の参道が続いてます。
律「由緒ありげな神社ね」
み「やっぱり、山の神社はいいな」
律「あっ」
山門の真下で、律子先生が声をあげました。
み「なに?」
律「あれ見て……」
み「あ」
さすが、“なまはげ”ゆかりの神社ですね。
えっちらおっちら、参道を登ります。
ようやく、本殿が見えてきました。
み「やっと着いたぁ」
律「さすが雰囲気あるわね」
朝からずっと、海の風景ばかり見て来ましたが……。
そこは真山ならぬ、“深山”の様相。
律「ほら見て、あの大きな木。
ひょっとして、武内宿禰手植えの松とか?」
み「松じゃないでしょ」
律「何の木よ?」
み「針葉樹は、あんまり詳しくないんだ」
律「あ、立て札があるみたい」
律「これ、何て読むの?」
み「わ、わからん……」
律「学者じゃないの?」
み「国語学者じゃないもの」
ガ「こちらは、榧(かや)の巨木になります。
慈覚大師の手植えと伝えられておりますので……。
樹齢は、1,000年を越えております」
律「やっぱり、手植えじゃないの」
み「植えた人が違うでしょ。
ジカクって、どういう字を書くんですか?」
ガ「慈悲の“慈”に、“覚える”です」
み「一瞬……。
違う字を想像しちゃったね」
律「あんたの頭の中は想像できるわ」
み「てことは、先生も同じ字を想像したってことじゃない。
痔核……」
律「アクセントが違うじゃないの。
そもそも、いつごろの人よ?」
み「1,000年以上前でしょ。
この木の樹齢が、1,000年越えてるんだから。
詳しくは、ガイドさん、どうぞ」
ガ「慈覚大師のお生まれは、西暦794年になります。
桓武天皇が平安京に都を移した年。
つまり、平安時代の始まった年です。
最後の遣唐僧として唐にわたり、天台宗を大成させました」
ガ「慈覚大師というお名前は、諡号(しごう)と云いまして……。
お亡くなりになった2年後の貞観8年(866年)……。
清和天皇から賜ったものでございます。
生前のお名前は、円仁さまと申します」
今日は時間的に、難しいかもですね」
律「古い灯台なんですか?」
ガ「1898年(明治31年)の建造になります」
み「スゴ……。
19世紀じゃん」
ガ「『日本の灯台50選』にも選ばれてるんですよ」
み「お~。
入道崎が『日本の夕日100選』だから……。
50選の方が、偉いじゃん」
律「灯台の数が少ないからじゃないの?」
み「日本には、いくつ灯台があるんだろ?
ガイドさん、ご存じ?」
ガ「すみませ~ん。
そこまでは……」
律・み「ですよね」
ガイドさんに代わってお答えしましょう。
(財)日本海事広報協会の、『灯台のいろいろ』によると……。
現在、日本にある灯台の数は、3,300あまりだそうです。
しかし……。
こんな財団法人があるなんて、初めて知りましたね。
国土交通省所管の財団法人だそうです。
Wikipediaによると……。
-------------------------------------------------
「海の日」、「海の月間」を中心とした各種イベントの開催、資料類の作成・配布、年間を通じた全国の青少年を対象とした海事施設の見学会、乗船体験会等の実施、また、船員及びその留守宅家族向けの旬刊新聞「海上の友」や一般国民向けの隔月間雑誌「らめーる」の発行等の各種事業を実施し、海事知識の啓発活動を展開している。
-------------------------------------------------
ということをやってるそうです。
仕分け対象に、ならなかったのかね?
律「あそこになにか、モニュメントみたいなのが見えますけど……。
何ですか?」
ガ「あ、あれならわかります!
『北緯40度線』を示すモニュメントです」
み「へー、面白そう。
行って見ようよ」
律「ガイドさん、時間まだありますよね?」
ガ「もうちょっとだけ、大丈夫ですね。
じゃ、わたしがお写真、お撮りしましょう」
み「でも、ここってほんと、真っ平らだよね」
律「整地したわけじゃないんですか?」
ガ「自然の地形です」
これが北緯40度線のモニュメントです。
律「何で、2つに割れてるんですか?」
ガ「この割れ目を、北緯40度線が通ってるんです」
み「なんか、ヤラシイ形だね」
律「ヤラシイのは、あんたの頭。
ほかにも、同じようなモニュメントがあるみたいですけど……」
ガ「みんな40度線のモニュメントです」
ガ「一直線に並んでるんですよ」
み「このモニュメントも、入道崎の火成岩?」
ガ「はい。
火成岩の一種、安山岩だそうです」
律「おー。
安産とは、縁起がいいじゃない。
撫でとこっと」
ガ「え?
おめでたですか?」
律「わたしが?
そう見えます?
まー、どうしましょ」
み「お世辞に決まってるでしょ」
ガ「いえいえ、とんでもない」
律「ほら、みなさい」
み「真に受けるんじゃないの。
まさか、これから産む気じゃないでしょうね?」
律「あら、わからないわよぉ。
まだまだ現役ですもん。
ガイドさん、わたしっていくつに見えます?」
ガ「えー。
お若くてらっしゃいます」
律「まさか……。
18くらい?」
み「おい!」
ガ「おいくつでしょう?
そうですね……。
28歳くらい?」
律「何か奢らなくちゃね。
Mikiちゃん、財布出して」
み「何で、わたしが財布出すのよ!
3割方お世辞でしょ」
律「28の3割増しって、いくつよ」
み「三十……、六か」
律「いい線いってるじゃないの」
み「この人、40だよ」
ガ「えー!!
うそー!
絶対見えませんわ!」
律「訂正します。
まだ、39です」
み「そうだっけ?」
律「そうなの!
わたしはもう、歳を取らないことに決めたの」
み「根性入ってますね」
律「じゃ、39歳の記念を残さなきゃ。
ガイドさん、お願いします」
ガイドさんに携帯を渡し、2人でポーズ。
律「どっちが若く見えるかなぁ?」
み「図々しいヤツ!」
ガ「いきますよ~。
はい、チーズ」
パチリ。
秋の日が、燦々と降り注ぐ入道崎。
律子先生と2人で撮った写真。
宝物が、またひとつ出来ました。
律「でも、こんな平らな岬なんて初めて見た。
海が目の前に見えるんだから……。
あの先で、急に落ちこんでるわけよね」
ガ「入道崎は、日本海の荒波が削った海岸段丘なんです」
み「へ~。
てことは、半島が隆起したわけだね」
律「そうなの?」
み「海岸段丘ってのは、陸地が隆起してできるんだよ」
ガ「隆起したときは、半島じゃなくて島だったんですよ」
み「あ、そうか……。
それでわかった」
律「なにが?」
み「ほら、海沿いを走りだしてから、突然景色がかわったじゃない。
最初は、平らな砂浜が続いてたのに……」
み「それが急に、岩だらけの崖になった」
律「確かに、そうだったね」
み「つまり、岩だらけの部分が……。
海底から隆起した火山島、“男鹿島”ってわけだよ。
で、半島の付け根の砂浜は……。
川が運んで来た堆積物によって、男鹿島と本土が繋がった部分ってわけ」
律「なるほど」
み「だから、八郎潟は……。
男鹿島まで繋がった南北の砂州に挟まれて、取り残された海だったってことだね」
ガ「すごーい。
こちらのお客さま、学者さんですか?」
律「そんな風に見える?」
ガ「ぜんぜん見えませんでした」
み「なんじゃそりゃ!」
律「この人はね、知識が著しく偏ってるだけ」
ガ「でも、スゴいです」
み「ま~な。
しかし、見事な海岸段丘だね。
どのくらい持ち上がったんだ?」
律「崖の高さは、30メートルあります」
み「30メートルって……。
ビルの9階くらいあるよ」
律「飛び降りたら、即死だわ」
み「こっから身投げする人も、いるんじゃないの?」
律「こわ~」
ガ「それでは、そろそろバスの方へお願いします」
み「は~い」
律「ちょっと、Mikiちゃん!」
み「何よ?」
律「あの人……」
先生の指は、断崖の方を指してます。
その指の先には……。
女性の後ろ姿。
断崖を覗きこむようにしてます。
律「何か、ヤバそうな雰囲気じゃない?」
み「まさか……。
でも、あの後ろ姿……。
あっ。
ガイドさん、ガイドさん!」
ガ「そろそろ、バスの方へ」
み「それどころじゃないの!
ほら、あの人!
一緒のバスに乗ってる人じゃない?」
黒っぽいジャケットに見覚えがあります。
間違いなく……。
例の、根暗ハイミス(人のことは言えんが)。
ガ「そ、そうみたいですね」
み「やっぱり……。
飛び降りに来たんだ」
ガ「そんな!」
律「ガイドさん、何とかしなきゃ」
ガ「すみません。
わたし、高所恐怖症で……。
キャビンアテンダントへの夢は、それで諦めました」
み「み、右に同じ」
律「あんたもスッチーになろうと思ってたの?」
み「違うよ。
高所恐怖症が、同じってこと。
こうなったら、先生しかいません。
行ってきて」
律「何でわたしなのよ!」
み「清水の舞台から飛び降りる気持ちで」
律「飛び降りてたまるかい!」
ガ「どうしましょう」
み「つ、釣り竿借りてこようか?」
律「そんなもの、借りてどうすんのよ?」
み「こっから竿を振って……。
針を襟首にひっかけるの」
律「そんな器用なこと、でけるかい!
釣りキチ三平じゃあるまいし」
み「ここはやっぱ、ガイドさんだね。
匍匐前進すれば、なんとか行けるんじゃないの?」
ガ「そんなぁ」
律「あ、Mikiちゃん、あの人」
なんと!
モニュメント脇を、鉄道くんが通りかかってくれました。
律「すみません!」
鉄「へ?」
律「あれ、見てください。
あの人」
鉄「あ、同じバスの人だ」
み「そんなことは、わかってるの!」
鉄「あ、あなたがたも同じバスの人じゃないですか。
ガイドさんまでいる」
み「ノンキなこと言ってないで!
早く助けて!
あの人、飛び込んじゃうよ!」
鉄「えー!」
律「まさか、高所恐怖症とは言わせないわよ」
鉄「一応、大丈夫ですけど……」
み「早く行って!」
鉄「わ、わかりました。
でも、みなさんもついてきてくださいよ。
僕ひとりじゃ、止めきれないかも知れません」
み「男でしょ!」
鉄「追いつめられた人って、スゴい力出すっていいますから」
律「火事場の馬鹿力ってやつね」
鉄「気づかれないように近づいて……。
僕が飛びつきます。
そしたらみなさんは、僕の体に抱きついてください」
み「おい!」
鉄「何です?」
み「スゴくいい役じゃないか?」
鉄「そんなこと言ってる場合ですか!
じゃ、気づかれないように……。
ゆっくり近づきますよ」
鉄道くんは、へっぴり腰のまま歩み始めました。
新入りの泥棒みたいな、いかにも怪しい足取りです。
わたしたち3人も、同じ姿勢で続きます。
端から見たら、どんな一団に見えたでしょう。
OLさんは背中を丸め、足下を見つめてます。
なんとか気づかれずに、近づけました。
鉄道くんは、両手を前に差し出したものの……。
鳩みたいに首を振って、タイミングを取ってるばかりで……。
いっこうに飛びつこうとしません。
じれったいやつ!
怒りを込めて、背中を突いてやりました。
鉄「うわっ」
鉄道くんは、ものの見事につんのめり……。
OLさんに、後ろから抱きつきました。
OL「ぎゃー!
何するんですか!
離してください!」
み「離すんじゃないよ」
OL「痴漢ー。
助けてー」
鉄「ち、違います!」
OL「何が違うのよ!
こんなことしながら!
離してー」
み「離すなよ!」
OL「あなたたち、いったい何なんですか!
人が襲われてるのに、けしかけるみたいなこと言って!
あ、あなたたち、同じバスの人!」
み「早まっちゃいけませんって!
とにかく、落ち着いて!」
OL「こんな目にあって、落ち着いてられますか!
後ろから抱きついてる人を、どうにかしてください!」
み「そうはいかないよ。
離したら、崖から飛びこむつもりでしょ!」
OL「何言ってるの、あなた?」
律「Mikiちゃん……。
ひょっとして、誤解かも」
み「何が誤解よ」
律「飛びこむつもりじゃ、なかったんじゃないの?」
み「そんなバカな!
あなた……。
今、ここから飛びこもうとしてましたよね?」
OL「してません!」
み「でも、崖っぷちで、下の方見てたでしょ」
OL「イヤリングを探してたんです!
落っことしちゃったから」
み「え……」
律「Mikiちゃん、やっぱり誤解だよ。
ちょっと、鉄道くん」
鉄道くんは、何も耳に入らないらしく……。
OLさんにしがみついたままです。
み「おいこら!」
まだ、しがみついてます。
み「こいつ……。
わざとじゃないのか?」
律「これ以上やったら、ほんとの痴漢よ」
み「成敗してくれる」
思い切りハンドバッグを振り、後頭部を張り倒します。
バシッ!
鉄「痛っ!」
み「離しなさいよ」
鉄「だって、さっきは離すなって……」
み「都合のいい方だけ聞くんじゃない!」
律「この人、飛びこむつもり、無かったみたいよ」
鉄「えー。
そんなぁ」
律「とにかく、離してあげて」
鉄道くんは、初めて自分のしてることに気づいたように……。
OLさんの体から飛び離れました。
鉄「す、すみませんでした」
ジャリッ。
鉄道くんの足下で、小さな音がしました。
鉄「あれ?」
鉄道くんが足を上げると……。
靴の下には、秋の陽を受けて小さく光るものが。
OL「あった……」
OLさんがしゃがみ込みました。
光るものをつまみ上げます。
それは……。
貝殻のイヤリングでした。
OL「これを、探してたんです。
でも……。
割れちゃった」
鉄「す、すみませんでした!」
鉄道くんが、OLさんの前に土下座しました。
OL「いいえ……。
いいんです。
いえ。
ありがとう」
鉄「え?」
OL「このイヤリング……」
崖から捨てるつもりだったんです」
OL「で、バッグから出したら、片方落っことしちゃって。
捨てるつもりだったのに、落としたら惜しくなって……。
探してたんです」
律「どうして、捨てようとしたの?」
OL「振られたんですよ。
これをくれた男に……。
でも、おかげで吹っ切れました。
踏んでくれて、ありがとう」
OLさんが、芝生に手を突いたままの鉄道くんに……。
手を差し伸べました。
鉄道くんは、泣き笑いのような顔をあげ……。
おずおずと、その手を握ります。
OL「あなたたちは、恩人です。
どうもありがとう。
じゃ、見届けてください。
わたしが、過去にさよならをするところを」
OLさんが手の平を開きました。
もう片方のイヤリングが、そこにありました。
OLさんは、割れたイヤリングを重ねると……。
もう一度、手の平を握りしめました。
OL「えいっ」
止める暇もありませんでした。
大きく一閃した腕が……。
空高くイヤリングを投げ上げました。
全「あ」
秋の空に、高く舞い上がったイヤリングは……。
崖を越えたところで、キラリと光りました。
OL「さようなら!」
貝殻のイヤリングは、秋の空気に吸いこまれていきました。
↑イメージ
み「あ~ぁ」
律「ほんとに、よかったんですか?
イヤリング……」
み「きみ。
崖降りて、拾って来て」
鉄「む、ムリっす!」
OL「いいんですよ。
男鹿の海に、わたしの未練は消えました」
律「魚が飲みこんじゃわないかな?」
み「あ……。
それで思い出した。
こんな話があったんだって。
ノルウェーの首都、オスロでのこと」
み「今から30年くらい前の話だけど……。
当時15歳のロバート少年が、フィヨルドに釣りに行った」
み「で、4キロもある大きなタラを釣りあげたの」
み「ロバート少年は、近くに住むおばあちゃんに、そのタラを持ってった。
おばあちゃんは大喜びで、さっそく得意のタラ料理を作ってくれることに。
で、ロバート少年がテレビを見ながら待ってると……。
キッチンから、おばあちゃんの悲鳴が聞こえた。
ロバート少年は、驚いてキッチンに飛びこんだ。
おばあちゃんは、シンクの前に呆然と立ってたの。
シンクの中には、切りかけのタラ。
おばあちゃんは、血だらけの手の平を見つめてる。
一瞬、手を切ったのかと思ったけど……。
どうやら、違うらしい。
ロバート少年に気づいたおばあちゃんは……。
そっと、手の平を見せてくれた。
おばあちゃんの手には、小さな指輪が載ってたの。
そして、驚くべき事実をロバート少年に告げた。
なんと、タラのお腹から出てきたその指輪は……。
おばあちゃんが若いころ……。
フィヨルドで泳いでるときに失くした、結婚指輪だったんだって」
律「スゴ……。
それって、実話?」
み「もちろん!
まったく作ってないよ(Mikiko注・ほんとうに実話です)」
律「ひょっとしたら……。
あのイヤリング、天然の真鯛が食べちゃったかも?」
そうだ。
あなた、また男鹿にいらっしゃいよ」
み「わかった。
そして、石焼き鍋を注文するわけだ」
律「そうそう」
み「で、鯛茶漬けを食べてると……」
律「歯にガリッと当たる」
み「それが、今投げたイヤリングってわけね」
OL「おふたりとも、すごい想像力ですね。
でも、そんなふうに、想像力を羽ばたかせると……。
生きることが、楽しくなりそう。
今日までのわたしは、自分の回りのことしか見えてませんでした。
みなさん、ほんとにありがとう。
今日からは、顔を上げて生きていきます」
み「うむうむ」
律「よかったよかった」
ガイドさんは感極まったらしく、鼻を啜りあげてます。
み「あ」
律「何よ、いい場面で?」
み「出発時間……。
過ぎちゃってるんじゃ?」
ガ「あ~~~。
カンペキに過ぎてますぅ。
みなさん、バスにお急ぎくださ~い」
振り向いて、初めて気づきましたが……。
われわれ5人は、すっかり注目の的になってました。
人垣まで出来てます。
ま、ムリもありませんよね。
崖っぷちで揉みあってたかと思うと……。
突然泣き出したり……。
思い切り挙動不審集団でしたから。
ガ「どいて~。
どいてください~」
挙動不審の仕上げに、5人そろって猛ダッシュ。
芝生広場を駆け抜けます。
OL「きゃっ」
振り向くと、OLさんがつまずいたようです。
大きく上体が泳ぎ、両手を宙に突き出しました。
なんと、その手を!
脇を走ってた鉄道くんが、がっしりと掴みました。
2人寄り添って走って来ます。
ようやく芝生広場を抜け、駐車場に駆け込みました。
バスの窓から、女子大生2人組がこちらを指差し、何か言ってます。
「すみませ~ん」
ガイドさんが、真っ先にバスに駆け込みました。
「はぁ。
はぁ」
息が切れて、謝罪の言葉も出てきません。
やっぱ、運動不足だな。
頭を下げながら、席にヘタリ込みます。
女子大1「どうされたんですか?」
後ろの女子大生が、クビを伸ばして来ました。
律「ごめんなさいね。
この人が、飛んでもない勘違いしちゃって」
み「あ、あんたが言い出したんでしょ!」
律「そうだっけ?」
み「このアマ……。
ま、もとはと言えば……。
あの人が人騒がせだったんだよ」
と言いつつ、OLさんを振り向くと……。
ヘンな具合になってます。
釣られて振り向いた女子大生も、驚いたようです。
女子大「うそ……」
なんと、あのOLと鉄道くんが……。
一番後ろの座席に、並んで腰掛けてます。
OLさんは自分の水筒を開け、鉄道くんにキャップを手渡してました。
女子大1「いつの間に、あんなことに?」
女子大2「お昼前までは、違ってたよね」
女子大生の頭からは、「?」が吹き出してました。
律「どうやら……。
わたしの勘違いのおかげってわけね。
さしずめわたしは、2人のキューピットってとこ」
み「さっきは、わたしに押しつけたクセに!」
バスは、とっくに走り出してます。
しきりに謝ってたバスガイドさんも、ようやく息が整ったようです。
ガ「これから向かいますのは、真山神社(しんざんじんじゃ)でございます。
参詣の後、男鹿真山伝承館のほうで、なまはげの実演を見ていただきます。
その後は、なまはげ館の見学になります」
入道崎を出て、しばらくは海岸沿いを走ってたバスですが……。
やがて、海は見えなくなりました。
ガ「真山というのは、男鹿半島にある山の名前です」
ガ「本山(ほんざん)、寒風山(かんぷうざん)とともに、古くから山岳信仰の霊場となっております。
真山神社の創建は古く……。
景行天皇の時代と伝えられております」
み「景行天皇!
ウソでしょ……」
律「聞いたこと無い天皇だわ。
いつごろの人?」
み「確か、第12代の天皇。
半分神話の世界だよ」
み「↓日本武尊(ヤマトタケルノミコト)のお父さんなんだからね」
み「紀元前13年の生まれということになってる」
律「そんな時代から天皇がいたの?」
み「いるわけなかろ。
まだ弥生時代なんだから。
↓卑弥呼が現れる250年も前」
み「しかも、景行天皇の亡くなったのが、紀元後130年とされてる」
律「ちょっと……。
何年生きたのよ」
み「143年」
ガ「景行天皇の御代……。
武内宿禰(たけのうちのすくね)が男鹿を視察したおり、使命達成・国土安泰・武運長久を祈願し……。
ニニギノミコト、タケミカヅチノミコトの主祭神を祀ったのが、真山神社の始まりとされております」
み「また出た!
武内宿禰!」
律「有名人?」
み「昔のお札にも擦られてる」
み「この人も、半分神話の世界の人。
景行天皇の時代から、仁徳天皇の時代まで生きたことになってる」
律「結局、何年生きたの?」
み「283年」
律「ウソでしょ……」
み「天皇家の歴史を古くみせるため……。
景行天皇みたいに、1代の天皇の在位年数を、実際より長くしてしまったせいだよ。
だから、武内宿禰のように、何代もの天皇に仕えた人の年齢が、異常に長くなったとされてる」
律「なるほど」
み「もうひとつの考え方は……。
武内宿禰は、1人じゃなかったって説」
律「あ、わかった。
昔は、子供がお父さんの名前を継いだわけよね」
み「そうそう。
“武内宿禰”を襲名したってわけ」
ガ「この真山神社は、“なまはげ”ゆかりの地となっております。
毎年2月に行われる、“なまはげ柴灯祭り(せどまつり)”が有名です」
律「どんなお祭りなんですか?」
ガ「柴灯(せど)というのは、柴のかがり火のことです。
雪山から下りてきた15体のなまはげが、柴灯火(せどび)の揺れる境内で、雄叫びをあげながら乱舞します」
律「面白そうなお祭りね」
み「灯火があるってことは、当然夜祭りだね」
み「寒いぞ~」
律「そうかぁ。
真冬の北緯40度だもんね」
み「平壌(ピョンヤン)より北なんだから」
ガ「でも男鹿半島は、内陸部よりは寒くないんですよ」
律「どうしてなの?」
み「あ、そうか……。
わかった!
対馬海流だ。
佐渡が暖かいのと一緒」
ガ「そのとおりです。
日本海を、暖流の対馬海流が流れ上がってるからなんです」
ガ「お客さま、やっぱり学者さんですね」
み「えっへん!」
律「また、調子に乗る」
ガ「奥のお山には、約千種類の植物が自生してるんですよ」
み「へ~。
行ってみたいな」
ガ「今日はちょっと、難しいですね」
み「残念」
ガ「さてみなさま。
これから、伝承館で“なまはげ”の実演を見ていただく前に……。
“なまはげ”ゆかりの真山神社に参詣していただきます。
しっかり拝んでおけば、きっと“なまはげ”さんに伝わって……。
実演でも、やさしくしてもらえるかも知れませんね」
13:20、真山神社に到着です。
山門の向こうに、階段の参道が続いてます。
律「由緒ありげな神社ね」
み「やっぱり、山の神社はいいな」
律「あっ」
山門の真下で、律子先生が声をあげました。
み「なに?」
律「あれ見て……」
み「あ」
さすが、“なまはげ”ゆかりの神社ですね。
えっちらおっちら、参道を登ります。
ようやく、本殿が見えてきました。
み「やっと着いたぁ」
律「さすが雰囲気あるわね」
朝からずっと、海の風景ばかり見て来ましたが……。
そこは真山ならぬ、“深山”の様相。
律「ほら見て、あの大きな木。
ひょっとして、武内宿禰手植えの松とか?」
み「松じゃないでしょ」
律「何の木よ?」
み「針葉樹は、あんまり詳しくないんだ」
律「あ、立て札があるみたい」
律「これ、何て読むの?」
み「わ、わからん……」
律「学者じゃないの?」
み「国語学者じゃないもの」
ガ「こちらは、榧(かや)の巨木になります。
慈覚大師の手植えと伝えられておりますので……。
樹齢は、1,000年を越えております」
律「やっぱり、手植えじゃないの」
み「植えた人が違うでしょ。
ジカクって、どういう字を書くんですか?」
ガ「慈悲の“慈”に、“覚える”です」
み「一瞬……。
違う字を想像しちゃったね」
律「あんたの頭の中は想像できるわ」
み「てことは、先生も同じ字を想像したってことじゃない。
痔核……」
律「アクセントが違うじゃないの。
そもそも、いつごろの人よ?」
み「1,000年以上前でしょ。
この木の樹齢が、1,000年越えてるんだから。
詳しくは、ガイドさん、どうぞ」
ガ「慈覚大師のお生まれは、西暦794年になります。
桓武天皇が平安京に都を移した年。
つまり、平安時代の始まった年です。
最後の遣唐僧として唐にわたり、天台宗を大成させました」
ガ「慈覚大師というお名前は、諡号(しごう)と云いまして……。
お亡くなりになった2年後の貞観8年(866年)……。
清和天皇から賜ったものでございます。
生前のお名前は、円仁さまと申します」