2012.3.3(土)
み「あ~。
もう時間だ」
律「え~。
早すぎ」
み「だから、1時間なんかあっという間だって言ったでしょ」
律「飼育員さんと話しこんじゃったしね」
み「急ごう」
律「うん」
1階のミュージアムショップに後ろ髪を引かれますが……。
残念ながら、覗いてる時間はありません。
このほか、素敵なレストラン「フルット」もあります。
男鹿の海が、目の前ですね。
こんなメニューになってます。
GAOのホームページによると……。
“しょっつるベースのタレ”の「男鹿のやきそば」がお勧めのようです。
しかし……。
メニューを見ると、大盛りは200円増し。
秋田って、大盛りが高いよね。
なぜじゃ?
さて、わたしたちはもちろん、レストランに寄ってるヒマはありません。
律「また来たいね」
み「そうだね。
今度来るときは……。
きっと、豪太の子供と会えるんじゃない?」
バスに戻ると、ちょうど11時40分。
ぎりぎりセーフです。
ほかの乗客のみなさんは、もう席に着いてました。
み「遅くなりました」
律「すみませーん」
遅れてはいませんけど……。
最後になったってことで、一応みなさんに謝ります。
さて、わたしたちが席に着くと、バスは発車しました。
再び、崖を上がり……。
男鹿西海岸に沿って走り出します。
律「そろそろお昼ね」
み「お腹空いた?」
律「朝ラーだったもん」
み「人の分までスープ飲んだくせに」
律「スープなんて、もう出ちゃったよ」
み「お下品」
走ること20分。
ちょうど12時。
ガ「間もなく、入道崎に到着します。
ここは男鹿半島の最北端で、北緯40度線が通ってます」
律「40度線!
秋田って、そんなに北なの?」
み「韓国と北朝鮮の境界が、38度線だよね」
律「平壌(ピョンヤン)の緯度が、ちょうど39度あたりよ」
み「さて、ここで問題です」
律「何よ?」
み「緯度1度の距離は、何キロあるでしょう?」
律「わかるかい!」
み「簡単じゃない。
地球の円周÷360度だよ」
律「その円周がわからんの」
み「だいたいでいいから」
律「38万キロ?」
み「それは、月までの距離でしょ!
地球の円周は、4万キロ」
律「じゃ、4万÷360か……。
暗算できん」
み「約111キロ。
つまり入道崎は、平壌より100キロ以上も北ってことだよ」
律「『紙上旅行倶楽部』、ためになるね~」
み「えっへん」
ガ「この入道崎は……。
残念ながら、今日は見れませんが……。
『日本の夕日百選』に選ばれた、夕日の名所でもあります」
ガ「この夕日だけを見に来る方もいるくらいですよ。
みなさんも、今度はぜひ、見に来て下さいね」
客「は~い」
み「しつもーん」
ガ「何でしょう?」
み「入道崎という地名の由来は何ですか?」
ガ「そういえば……。
何ででしょう?」
み「ネットで調べても、出てなかったんですよね。
バスガイドさんなら、知ってると思って」
ガ「残念ながら……。
マニュアルには、書いてないです。
今度、先輩に聞いてみます」
律「きっとここに、大入道が出たのよ」
み「そんな話があれば、ネットに載ってると思うけどな」
律「じゃ、何だと思う?」
み「お坊さんが身を投げたんじゃない?
悲恋の果てに」
律「そっちの方が、ロマンチックか。
でもあんた……。
↑ヘンな方向、想像してない?」
み「入道崎の夕日は……。
お坊さんの血の色に染まっているのだ」
律「ちょっと!
頭からヘンな想像が溢れてるよ」
さて、バスが大きな駐車場に入りました。
ガ「みなさまには、ここで昼食をとっていただきます。
お店はたくさんありますので……。
お好みのお店で、男鹿の味をお楽しみください。
なお出発は、12時50分になります。
時間までにバスにお戻りくださいますよう、お願いいたします」
客「は~い」
バスを降りると……。
いかにも観光客相手のお店が、ずら~っと並んでます。
律「どこがいいのかわからないね。
どこにしよう?」
み「わたしが、ちゃんと調べてきてある」
律「お~。
さすが」
み「こっち、こっち」
律「ちょっと、どこ行くのよ」
み「この裏手にあるんだよ」
駐車場の真ん前に並んでるのは……。
主に団体さん相手のお店です。
それなりに美味しいのでしょうが……。
せっかく自由に選べるんですから……。
ちょっと捻りましょう。
わたしがネットで選んだのは、ここ。
駐車場前に並んでるお店からは、1本裏の道にあります。
み「ここここ」
律「へー。
駐車場前のお店とは、ぜんぜん雰囲気違うね」
さっそく、暖簾をくぐりましょう。
案の定……。
お昼時のお店は、かなり混んでました。
昔は、知る人ぞ知るというお店だったようですが……。
テレビで紹介されて以来……。
今では、かなりな有名店。
今日は、3連休初日の土曜日とあって……。
盛況のようです。
残念ながら、満席ですね。
レジ脇の椅子に腰掛け、席の空くのを待ちます。
律子先生は、壁をきょろきょろし始めました。
律「お品書き、貼ってないかな?」
み「お待ちなせい!」
律「また出た」
み「ここは、わたしに任せてちょうだい」
律「新潟では鳥奉行……。
ラーメン屋では、丼奉行。
で、ここは何奉行なの?」
み「もちろん!
鍋奉行です」
律「お財布の方も、任せていいわけ?」
み「それは……。
鍋奉行の管轄ではない」
律「誰の管轄なのよ?」
み「勘定奉行だろ」
律「納得いかんなぁ。
鍋奉行と兼務なんじゃないの?」
み「先生とわたしじゃ……。
収入が大違いでしょ!
何倍違うんだろ。
3倍は確実に違うよね」
律「そんなに違う?」
み「間違いなし。
わたしがいくらもらってると思うの?
年収350万だよ」
律「うそ。
そんなもんなの?」
み「3倍でしょ?」
律「だいたい……。
そうなるね」
み「普通……。
これだけの収入差の2人が、一緒に旅行した場合……。
相手方の分も払おうという気にならない?」
律「ぜんぜん。
それとこれとは別でしょ。
第一そんなことしたら……。
相手に失礼だわ」
み「ぜんぜん失礼ではない!
わたしなら、泣いて喜ぶ」
律「あんたは矜恃がなさすぎ」
み「まぁ、割り勘でもいいわよ。
そのかわり……。
メニューは、わたしに選ばせて」
律「イマイチ納得できない理屈ね」
み「納得しなくてもいいから、鍋奉行だけはさせて」
律「わかったわかった。
鍋奉行というからには……。
鍋料理を食べるわけね」
み「鍋的ではあるが……。
微妙に違う。
まず、鍋には入ってない」
律「それじゃ、鍋料理じゃないじゃないの」
み「グツグツ煮立てるんだから……。
コンセプトは、鍋料理なの」
律「鍋で煮立てないの?」
み「さようです」
律「なんで?」
み「だから、今説明しようとしてるの!
イチイチ合いの手入れられると、説明できないでしょ」
律「わかったわかった。
それでは、どうぞ」
み「料理は、桶に入って出てきます」
律「それじゃ、桶奉行じゃない」
み「グツグツ煮たって来るんだから、鍋でいいの!」
律「桶が、どうして煮立って来るのよ?」
み「そこです!
料理の名前は……。
『石焼き鍋』」
み「ちゃんと“鍋”が付いてるでしょ」
律「じゃ、どうして“桶”に入ってるのよ」
み「“石焼き”って名前聞いたら、わかりそうだけどね。
テレビの紀行番組なんかで、良く出てくるよ。
漁師町なんかのとき」
律「漁師さんの料理なの?」
み「そう。
テレビだと、浜辺なんかでやってる。
焚き火」
律「焚き火に桶をかけたら、焼けちゃうじゃないの」
み「焚き火で焼くのは、“石”なの。
だから、“石焼き鍋”」
律「あ……。
わかった。
見たことあるかも。
焼けた石を、桶に入れるわけね」
み「やっとわかっていただけましたね」
律「なるほど。
美味しそうだ。
じゃ、それ2人前ね」
み「聞きなさい!」
律「まだあるの?」
み「ちょっと顔寄せて」
律「何よ?」
み「ここの『石焼き定食』は、高いの……」
律「いくら?」
み「2,100円」
律「なるほど。
ランチとしては、かなり豪勢だね」
み「もう一度聞くけど……。
奢る気ない?」
律「毛ほども」
み「いい根性しとる」
律「お金に厳しくなけりゃ……。
女ひとり、生きてはいけぬのだ」
み「ま、それに異議はありません。
つまり、旅行初日のランチから……。
2,100円の料理を2人前も注文するのは、いかがなものか」
律「じゃ、どうすんのよ?」
み「『石焼き定食』は、1人前にします。
このお店のいいとこは……。
1人前から注文できることなんだよ」
律「ほかの店は、違うの?」
み「2人前からみたい」
律「へー。
じゃ、1人前を半分こするわけね?
足りる?
言っとくけど、わたしお腹空いてるよ。
朝ラーだったからね」
み「石焼き1人前を半分こだけじゃ……。
やはり侘びしい。
『一杯のかけそば』じゃないんだから」
み「節約もいいけど……。
侘びしくなったら元も子もない」
律「そんなら、どうすんの?」
み「安い料理も1品頼んで、それも半分こ」
律「な~んだ。
『支那そば伊藤』方式じゃない」
み「そのとおり」
律「で、その安い料理って何よ?」
み「ずばり!
焼きそばです」
律「また、意表を突いてきたわね。
石焼き鍋と焼きそばとは。
確かに、“焼き”繋がりではあるけど」
み「実は、“男鹿やきそば”は有名なんだよ。
ご当地グルメってやつだね。
“しょっつる”ベースのタレが特徴」
男鹿水族館のレストランにもありましたね。
『男鹿のやきそば』。
律「それなら安そうだ。
いくら?」
み「500円」
律「おー。
いきなりリーズナブルじゃない」
み「だしょ。
男鹿水族館のレストランでさえ……。
900円の品です。
それがわずか、500円!
どうだ、お立ち会い!」
律「買った!」
み「ありがとうございます。
実際これは、採算度外視のサービスメニューらしいですから……。
『美野幸』さんに寄られたおりは、ぜひ注文してください」
律「誰に言ってんの?」
み「でも、あまりの人気メニューなので……。
こんなこともあるようです」
律「今日は、まだ大丈夫みたいね」
み「品切れの紙は貼ってなかった。
このやきそばを一品追加すれば、石焼きの2,100円と合わせても……。
2,600円。
ひとり頭、1,300円に収まる」
律「ランチの許容範囲ってわけ?」
み「やっぱ、1,500円越えたら、躊躇するよね」
律「つましいね」
み「お医者さまの感覚とは、ちょっと違うでしょうけど」
律「何言ってるの。
わたしのお昼なんか、コンビニのおにぎりよ」
律「それも、食べられればラッキーってくらい」
み「産婦人科って、そんなに忙しいの?
これだけ少子化が進んでるのに?」
律「それ以上に、産婦人科医のなり手が減ってるんだよ。
忙しいうえに……。
何かあると、すぐ訴えられるし」
み「ふーん。
大変だ」
律「でも、ようやく取れたお休みなんだから……。
秋の東北、思い切り楽しむぞ!
覚悟してちょうだい」
み「オッケー。
受けて立ちましょう」
律「あ、席空いたみたい」
席に案内されると同時に、『石焼き定食』と『男鹿のやきそば』を注文します。
すぐに、『石焼き定食』が運ばれてきました。
調理の必要がないんだから、早いわな。
み「来た来た!」
店「『石焼き定食』になります」
律「すごーい。
桶が煮立ってる」
み「運ぶ直前に、焼けた石を入れるみたい」
律「桶から、木の香りがするね」
店「こちらの桶は、秋田杉から作られてます」
律「へー。
中身も入れ物も、秋田産ってことですね」
店「さようです。
1人前で、よろしかったですよね?」
み「はいそうです。
『石焼き定食』と『男鹿のやきそば』を、1人前ずつです」
店「『石焼き定食』は、どちらさま?」
律「はい!」
律子先生が、すかさず手を上げました。
睨みつけましたが、知らんぷりです。
店「熱いので、お気をつけください」
律子先生の前に、『石焼き定食』が着地してしまいました。
奪い合ったりしたらみっともないので、涙を呑んで自粛。
↓沸騰する桶の様子を、ぜひ動画でご覧ください。
律「お~。
美味しそう」
み「このお魚は、何ですか?」
店「天然の真鯛になります」
律「スゴ~い」
み「綺麗なお出汁ですね」
店「特性の塩味になっております」
み「塩味の『石焼き鍋』は珍しいんですよね」
律「そうなの?」
店「ほかのお店では、味噌味がほとんどですね」
律「お塩の方が、美味しそうだよ」
み「あとは、何が入ってるんですか?」
店「岩のりとおネギです」
律「香る、香る」
店「ご飯には、こちらのゴマとわさびを載せて……。
出汁を注げば、“鯛茶漬け”がお楽しみいただきます。
それでは、ごゆっくりどうぞ」
み「う~。
お腹が鳴る」
律「もう煮えたかな?」
み「いくら何でも、まだでしょ」
律「大丈夫よ。
鯛に岩のりにネギなら……。
みんな生でも食べれるでしょ」
み「いやしい先生だね」
律「目の前の欲望には忠実なの。
どれ、わたしが味見してやる。
み「まだ沸騰してるよ」
律「焼け石の火力ってスゴいね」
み「“焼け石に水”って言葉があるくらいだもんね」
律「それじゃ、真鯛ちゃんから、いかせてもらいますよ……。
ひっくり返してみようか。
ほら、顔が出た。
鯛の顔してる~」
み「当たり前でしょ。
早く食べてみてよ」
律「熱いんだから、急かさないで。
それじゃ、行かせてもらいます。
あつっ。
はふっ、はふっ。
美味しい!
Mikiちゃんも食べてごらん」
み「食べたいのは山々なれど……。
すごく熱そうだね」
律「当然でしょ。
煮えくり返ってるんだから。
お皿に取ってあげる。
はい、どうぞ」
み「……」
律「なにお皿見てるのよ。
早く食べなさいって」
み「急かさないでよ」
律「これがほんとの、じれっ鯛。
それじゃ、わたしが食べさせてあげる。
ほれ、あ~ん」
み「あ、あ~ん」
律「もっと大きく、口開いて」
み「あ~ん」
律「はい、どうぞ」
み「ぅあちっ。
あちゃちゃちゃちゃ」
律「こら!
何で吐き出すのよ!
もったいない」
み「あひあひぃ。
わらひは、ねこひたなの」
律「ねこひたって何よ?」
み「ねこひた!」
律「わからんやつ……。
あ、そうか。
ひょっとして、猫舌?」
み「はひはひ」
律「なんだー。
こんなに熱々で美味しいのに。
可哀想にねー。
それじゃ、仕方ないね。
また吐き出されたらもったいないから……。
わたしが食べちゃおぅっと。
はぐはぐ。
おいピー」
み「ほ、ほんなに食うな!」
律「やだよー。
Mikiちゃんは、ほらこの小鉢食べなよ」
律「なんだろ、これ?
とろとろのワカメみたいなのと……。
いい色した塩辛。
どうぞ、召し上がれ」
み「ひぎゃー。
やだよー。
鯛がひいよー」
律「ほんとに泣くな!
みっともない!」
み「わ、わたひの1,300円……」
律「いじましすぎて……。
興醒めだわ」
店「お待たせしました。
こちら、『男鹿のやきそば』になります」
律「ほら、Mikiちゃん、やきそばが来たよ。
ちょっと。
ほんとに美味しそうだわ。
鯛はちゃんと取っててあげるから……。
やきそばから食べなさいって。
ほんとに泣くんだからタマゲる女だよ。
ほら、涙拭いて」
み「鼻水まで出た」
律「やきそばに垂らすなよ」
み「じゃ……。
いただきます」
律「ちょっと。
上目で睨んでなくても、ちゃんと残しておくって」
み「イマイチ、信用でけん。
ほんとに残しておいてよね。
それじゃ……。
やきそば、いかせて頂きます」
律「どう?」
み「美味しい!」
律「見るからに美味しそうだもの」
み「まわりに、とろとろの“あん”がかかってる」
律「まさか……。
鼻水じゃないでしょうね?」
み「違わい!
あ、“あん”の中に鯛の身がほぐしてあるんだ。
美味しい」
律「麺は、なに味?」
み「お醤油系のさっぱり味」
律「みんな食べないでよね」
み「だって、桶の中、まだグツグツ言ってるじゃん」
律「塩辛食べなさい」
み「やだ」
律「困ったお子ちゃまだね。
テーブルに吐き出した身なら、冷めてるよ。
拾って食べれば」
み「鬼……」
律「ウソだよ。
ほら、鯛の身、お皿に取って冷ましておいたから。
もう、猫でも食べれるよ。
はい、どうぞ」
み「うぅ。
先生、やっぱり優しい」
律「また泣く。
はい、お皿交換ね」
み「や、やっとわたしの元に来てくれたね……。
鯛の身ちゃん。
それじゃ、いただきます。
はぐはぐ。
お、美味しい!」
律「うむ。
やきそばも美味しい!
これ、2皿頼めばよかったのに」
み「予算オーバー」
律「ちょっと……。
あのテーブル。
スゴいのが出てきたよ。
何だろ?」
み「あれは、『ウニ丼』だね。
『石焼き定食』と並んで、ここの看板メニューだよ」
律「ウニがてんこ盛りじゃん」
み「あれも2,100円」
律「う……。
となると、『石焼き定食』に『ウニ丼』ってのは、無理か」
み「論外ですね」
律「なんで『石焼き定食』にしたの?」
み「わたし、ウニ嫌いだもん」
律「ほー。
それで、『ウニ丼』の“ウ”の字も出さなかったわけか。
それって、情報操作じゃないの」
み「いいじゃないの。
『石焼き定食』と『男鹿のやきそば』に、文句ある?」
律「ま、ありませんけど。
そろそろ、鯛茶漬けしようよ。
石が冷めたんじゃないの?」
み「ブクブク言わなくなったね。
どんな石が入ってるんだろ。
ちょっと掬ってみるね」
律「へー。
案外普通の石じゃん。
これも、秋田産?」
店「はい。
入道崎で採れた火成岩になります」
通りがかった店員さんが、教えてくれました。
み「おー、火成岩!
マグマが固まった石だね」
律「出たな、火山オタク」
み「なるほど……。
海の反対側に聳えてた山は、火山であったか」
店「この石は、金石(かないし)と呼ばれてまして……。
これじゃないと、割れてしまってダメなんですよ」
律「へー」
み「火成岩ってのが、ミソだね」
律「味噌じゃなくて、塩味でしょ」
み「うまい。
座布団1枚。
じゃ、早くその塩味のスープをご飯にかけてよ」
律「おー。
ほぐれた鯛の身が、だいぶ沈んでた。
み「こりゃ豪華な鯛茶漬けになるよ」
律「ほら、ゴマとわさびを載っけて」
み「う。
わさびが香ってくれますぅ」
律「じゃ、わたしが味見してあげる」
み「なんで!
味見なんかしなくても、美味しいに決まってるでしょ」
律「まだ熱いかもしれないじゃない。
舌で温度を測ってあげるから」
み「やだ。
邪悪な気配を感じる。
味見っていいながら、全部食べちゃうんでしょ」
律「そんなこと、するかいな」
み「信用でけんわい。
ラーメンの汁くらいなら、諦めもつくけど……。
鯛茶漬けは譲れません」
律「じゃ、早く先に食べてよ」
み「熱そうなんだもん」
律「やっかいなヤツ……。
ほら、その空いた小鉢に入れてごらんよ。
冷めるから」
み「うん」
律「少しずつ入れて冷ますのよ」
み「ふー。
ふー。
冷めたかな?」
律「食べてみて」
み「う……。
うめー!」
律「ちょっと、隣の子供が笑ってるじゃない」
み「マジ、うまいっす。
やっぱ、2,100円のことだけはある」
律「じゃ、わたしにも分けてちょうだい」
み「うん。
取っていいよ」
律「とつぜん寛容になったじゃない」
み「これだけ美味しいと……。
人にも味わってもらいたくなる」
律「じゃ、いただきます」
み「どう?」
律「美味しい!」
み「美味しい顔っていいね」
律「昔のCMに、そんなフレーズあったな」
み「そうだっけ」
さて、男鹿の味を十分に満喫しました。
まだ並んでる人もいるようなので……。
食べ終えたら、すみやかに席を譲りましょう。
レジでは、かすかな期待もしましたが……。
しっかり、1,300円徴収されました。
お店を出るときになっても、大盛況。
まだ並んでる人もいます。
み「あ」
やきそば品切れの紙が貼られてました。
律「あれが、最後の一皿だったんじゃないの?」
み「ラッキーだったね」
律「味は大満足なんだけど……。
やっぱり量が、ちょっと物足りないなぁ」
み「旅のお昼は、それくらいでいいの。
夜、また美味しくいただけるでしょ」
律「そだね。
小腹が空いたら、買い食いもできるし」
み「細いくせに、食は太いんだね」
律「産婦人科医は、胃が丈夫じゃなきゃ勤まらないよ」
駐車場まで戻りましたが、まだ少し時間があります。
み「どうする?」
律「せっかくだから、海のそばまで行ってみようよ」
道路を渡ると、広い芝生が広がってます。
その向こうに、変わった色合いの灯台。
律「あの灯台、なんで黒白ツートンなの?」
み「知るかいな」
律「ひょっとして、チンアナゴをかたどってるとか?」
み「なわけないでしょ」
律「中に入れないのかな?」
ガ「入れますよ」
律・み「え?」
振り返ると、バスガイドさんがにこにこ笑って立ってました。
もう時間だ」
律「え~。
早すぎ」
み「だから、1時間なんかあっという間だって言ったでしょ」
律「飼育員さんと話しこんじゃったしね」
み「急ごう」
律「うん」
1階のミュージアムショップに後ろ髪を引かれますが……。
残念ながら、覗いてる時間はありません。
このほか、素敵なレストラン「フルット」もあります。
男鹿の海が、目の前ですね。
こんなメニューになってます。
GAOのホームページによると……。
“しょっつるベースのタレ”の「男鹿のやきそば」がお勧めのようです。
しかし……。
メニューを見ると、大盛りは200円増し。
秋田って、大盛りが高いよね。
なぜじゃ?
さて、わたしたちはもちろん、レストランに寄ってるヒマはありません。
律「また来たいね」
み「そうだね。
今度来るときは……。
きっと、豪太の子供と会えるんじゃない?」
バスに戻ると、ちょうど11時40分。
ぎりぎりセーフです。
ほかの乗客のみなさんは、もう席に着いてました。
み「遅くなりました」
律「すみませーん」
遅れてはいませんけど……。
最後になったってことで、一応みなさんに謝ります。
さて、わたしたちが席に着くと、バスは発車しました。
再び、崖を上がり……。
男鹿西海岸に沿って走り出します。
律「そろそろお昼ね」
み「お腹空いた?」
律「朝ラーだったもん」
み「人の分までスープ飲んだくせに」
律「スープなんて、もう出ちゃったよ」
み「お下品」
走ること20分。
ちょうど12時。
ガ「間もなく、入道崎に到着します。
ここは男鹿半島の最北端で、北緯40度線が通ってます」
律「40度線!
秋田って、そんなに北なの?」
み「韓国と北朝鮮の境界が、38度線だよね」
律「平壌(ピョンヤン)の緯度が、ちょうど39度あたりよ」
み「さて、ここで問題です」
律「何よ?」
み「緯度1度の距離は、何キロあるでしょう?」
律「わかるかい!」
み「簡単じゃない。
地球の円周÷360度だよ」
律「その円周がわからんの」
み「だいたいでいいから」
律「38万キロ?」
み「それは、月までの距離でしょ!
地球の円周は、4万キロ」
律「じゃ、4万÷360か……。
暗算できん」
み「約111キロ。
つまり入道崎は、平壌より100キロ以上も北ってことだよ」
律「『紙上旅行倶楽部』、ためになるね~」
み「えっへん」
ガ「この入道崎は……。
残念ながら、今日は見れませんが……。
『日本の夕日百選』に選ばれた、夕日の名所でもあります」
ガ「この夕日だけを見に来る方もいるくらいですよ。
みなさんも、今度はぜひ、見に来て下さいね」
客「は~い」
み「しつもーん」
ガ「何でしょう?」
み「入道崎という地名の由来は何ですか?」
ガ「そういえば……。
何ででしょう?」
み「ネットで調べても、出てなかったんですよね。
バスガイドさんなら、知ってると思って」
ガ「残念ながら……。
マニュアルには、書いてないです。
今度、先輩に聞いてみます」
律「きっとここに、大入道が出たのよ」
み「そんな話があれば、ネットに載ってると思うけどな」
律「じゃ、何だと思う?」
み「お坊さんが身を投げたんじゃない?
悲恋の果てに」
律「そっちの方が、ロマンチックか。
でもあんた……。
↑ヘンな方向、想像してない?」
み「入道崎の夕日は……。
お坊さんの血の色に染まっているのだ」
律「ちょっと!
頭からヘンな想像が溢れてるよ」
さて、バスが大きな駐車場に入りました。
ガ「みなさまには、ここで昼食をとっていただきます。
お店はたくさんありますので……。
お好みのお店で、男鹿の味をお楽しみください。
なお出発は、12時50分になります。
時間までにバスにお戻りくださいますよう、お願いいたします」
客「は~い」
バスを降りると……。
いかにも観光客相手のお店が、ずら~っと並んでます。
律「どこがいいのかわからないね。
どこにしよう?」
み「わたしが、ちゃんと調べてきてある」
律「お~。
さすが」
み「こっち、こっち」
律「ちょっと、どこ行くのよ」
み「この裏手にあるんだよ」
駐車場の真ん前に並んでるのは……。
主に団体さん相手のお店です。
それなりに美味しいのでしょうが……。
せっかく自由に選べるんですから……。
ちょっと捻りましょう。
わたしがネットで選んだのは、ここ。
駐車場前に並んでるお店からは、1本裏の道にあります。
み「ここここ」
律「へー。
駐車場前のお店とは、ぜんぜん雰囲気違うね」
さっそく、暖簾をくぐりましょう。
案の定……。
お昼時のお店は、かなり混んでました。
昔は、知る人ぞ知るというお店だったようですが……。
テレビで紹介されて以来……。
今では、かなりな有名店。
今日は、3連休初日の土曜日とあって……。
盛況のようです。
残念ながら、満席ですね。
レジ脇の椅子に腰掛け、席の空くのを待ちます。
律子先生は、壁をきょろきょろし始めました。
律「お品書き、貼ってないかな?」
み「お待ちなせい!」
律「また出た」
み「ここは、わたしに任せてちょうだい」
律「新潟では鳥奉行……。
ラーメン屋では、丼奉行。
で、ここは何奉行なの?」
み「もちろん!
鍋奉行です」
律「お財布の方も、任せていいわけ?」
み「それは……。
鍋奉行の管轄ではない」
律「誰の管轄なのよ?」
み「勘定奉行だろ」
律「納得いかんなぁ。
鍋奉行と兼務なんじゃないの?」
み「先生とわたしじゃ……。
収入が大違いでしょ!
何倍違うんだろ。
3倍は確実に違うよね」
律「そんなに違う?」
み「間違いなし。
わたしがいくらもらってると思うの?
年収350万だよ」
律「うそ。
そんなもんなの?」
み「3倍でしょ?」
律「だいたい……。
そうなるね」
み「普通……。
これだけの収入差の2人が、一緒に旅行した場合……。
相手方の分も払おうという気にならない?」
律「ぜんぜん。
それとこれとは別でしょ。
第一そんなことしたら……。
相手に失礼だわ」
み「ぜんぜん失礼ではない!
わたしなら、泣いて喜ぶ」
律「あんたは矜恃がなさすぎ」
み「まぁ、割り勘でもいいわよ。
そのかわり……。
メニューは、わたしに選ばせて」
律「イマイチ納得できない理屈ね」
み「納得しなくてもいいから、鍋奉行だけはさせて」
律「わかったわかった。
鍋奉行というからには……。
鍋料理を食べるわけね」
み「鍋的ではあるが……。
微妙に違う。
まず、鍋には入ってない」
律「それじゃ、鍋料理じゃないじゃないの」
み「グツグツ煮立てるんだから……。
コンセプトは、鍋料理なの」
律「鍋で煮立てないの?」
み「さようです」
律「なんで?」
み「だから、今説明しようとしてるの!
イチイチ合いの手入れられると、説明できないでしょ」
律「わかったわかった。
それでは、どうぞ」
み「料理は、桶に入って出てきます」
律「それじゃ、桶奉行じゃない」
み「グツグツ煮たって来るんだから、鍋でいいの!」
律「桶が、どうして煮立って来るのよ?」
み「そこです!
料理の名前は……。
『石焼き鍋』」
み「ちゃんと“鍋”が付いてるでしょ」
律「じゃ、どうして“桶”に入ってるのよ」
み「“石焼き”って名前聞いたら、わかりそうだけどね。
テレビの紀行番組なんかで、良く出てくるよ。
漁師町なんかのとき」
律「漁師さんの料理なの?」
み「そう。
テレビだと、浜辺なんかでやってる。
焚き火」
律「焚き火に桶をかけたら、焼けちゃうじゃないの」
み「焚き火で焼くのは、“石”なの。
だから、“石焼き鍋”」
律「あ……。
わかった。
見たことあるかも。
焼けた石を、桶に入れるわけね」
み「やっとわかっていただけましたね」
律「なるほど。
美味しそうだ。
じゃ、それ2人前ね」
み「聞きなさい!」
律「まだあるの?」
み「ちょっと顔寄せて」
律「何よ?」
み「ここの『石焼き定食』は、高いの……」
律「いくら?」
み「2,100円」
律「なるほど。
ランチとしては、かなり豪勢だね」
み「もう一度聞くけど……。
奢る気ない?」
律「毛ほども」
み「いい根性しとる」
律「お金に厳しくなけりゃ……。
女ひとり、生きてはいけぬのだ」
み「ま、それに異議はありません。
つまり、旅行初日のランチから……。
2,100円の料理を2人前も注文するのは、いかがなものか」
律「じゃ、どうすんのよ?」
み「『石焼き定食』は、1人前にします。
このお店のいいとこは……。
1人前から注文できることなんだよ」
律「ほかの店は、違うの?」
み「2人前からみたい」
律「へー。
じゃ、1人前を半分こするわけね?
足りる?
言っとくけど、わたしお腹空いてるよ。
朝ラーだったからね」
み「石焼き1人前を半分こだけじゃ……。
やはり侘びしい。
『一杯のかけそば』じゃないんだから」
み「節約もいいけど……。
侘びしくなったら元も子もない」
律「そんなら、どうすんの?」
み「安い料理も1品頼んで、それも半分こ」
律「な~んだ。
『支那そば伊藤』方式じゃない」
み「そのとおり」
律「で、その安い料理って何よ?」
み「ずばり!
焼きそばです」
律「また、意表を突いてきたわね。
石焼き鍋と焼きそばとは。
確かに、“焼き”繋がりではあるけど」
み「実は、“男鹿やきそば”は有名なんだよ。
ご当地グルメってやつだね。
“しょっつる”ベースのタレが特徴」
男鹿水族館のレストランにもありましたね。
『男鹿のやきそば』。
律「それなら安そうだ。
いくら?」
み「500円」
律「おー。
いきなりリーズナブルじゃない」
み「だしょ。
男鹿水族館のレストランでさえ……。
900円の品です。
それがわずか、500円!
どうだ、お立ち会い!」
律「買った!」
み「ありがとうございます。
実際これは、採算度外視のサービスメニューらしいですから……。
『美野幸』さんに寄られたおりは、ぜひ注文してください」
律「誰に言ってんの?」
み「でも、あまりの人気メニューなので……。
こんなこともあるようです」
律「今日は、まだ大丈夫みたいね」
み「品切れの紙は貼ってなかった。
このやきそばを一品追加すれば、石焼きの2,100円と合わせても……。
2,600円。
ひとり頭、1,300円に収まる」
律「ランチの許容範囲ってわけ?」
み「やっぱ、1,500円越えたら、躊躇するよね」
律「つましいね」
み「お医者さまの感覚とは、ちょっと違うでしょうけど」
律「何言ってるの。
わたしのお昼なんか、コンビニのおにぎりよ」
律「それも、食べられればラッキーってくらい」
み「産婦人科って、そんなに忙しいの?
これだけ少子化が進んでるのに?」
律「それ以上に、産婦人科医のなり手が減ってるんだよ。
忙しいうえに……。
何かあると、すぐ訴えられるし」
み「ふーん。
大変だ」
律「でも、ようやく取れたお休みなんだから……。
秋の東北、思い切り楽しむぞ!
覚悟してちょうだい」
み「オッケー。
受けて立ちましょう」
律「あ、席空いたみたい」
席に案内されると同時に、『石焼き定食』と『男鹿のやきそば』を注文します。
すぐに、『石焼き定食』が運ばれてきました。
調理の必要がないんだから、早いわな。
み「来た来た!」
店「『石焼き定食』になります」
律「すごーい。
桶が煮立ってる」
み「運ぶ直前に、焼けた石を入れるみたい」
律「桶から、木の香りがするね」
店「こちらの桶は、秋田杉から作られてます」
律「へー。
中身も入れ物も、秋田産ってことですね」
店「さようです。
1人前で、よろしかったですよね?」
み「はいそうです。
『石焼き定食』と『男鹿のやきそば』を、1人前ずつです」
店「『石焼き定食』は、どちらさま?」
律「はい!」
律子先生が、すかさず手を上げました。
睨みつけましたが、知らんぷりです。
店「熱いので、お気をつけください」
律子先生の前に、『石焼き定食』が着地してしまいました。
奪い合ったりしたらみっともないので、涙を呑んで自粛。
↓沸騰する桶の様子を、ぜひ動画でご覧ください。
律「お~。
美味しそう」
み「このお魚は、何ですか?」
店「天然の真鯛になります」
律「スゴ~い」
み「綺麗なお出汁ですね」
店「特性の塩味になっております」
み「塩味の『石焼き鍋』は珍しいんですよね」
律「そうなの?」
店「ほかのお店では、味噌味がほとんどですね」
律「お塩の方が、美味しそうだよ」
み「あとは、何が入ってるんですか?」
店「岩のりとおネギです」
律「香る、香る」
店「ご飯には、こちらのゴマとわさびを載せて……。
出汁を注げば、“鯛茶漬け”がお楽しみいただきます。
それでは、ごゆっくりどうぞ」
み「う~。
お腹が鳴る」
律「もう煮えたかな?」
み「いくら何でも、まだでしょ」
律「大丈夫よ。
鯛に岩のりにネギなら……。
みんな生でも食べれるでしょ」
み「いやしい先生だね」
律「目の前の欲望には忠実なの。
どれ、わたしが味見してやる。
み「まだ沸騰してるよ」
律「焼け石の火力ってスゴいね」
み「“焼け石に水”って言葉があるくらいだもんね」
律「それじゃ、真鯛ちゃんから、いかせてもらいますよ……。
ひっくり返してみようか。
ほら、顔が出た。
鯛の顔してる~」
み「当たり前でしょ。
早く食べてみてよ」
律「熱いんだから、急かさないで。
それじゃ、行かせてもらいます。
あつっ。
はふっ、はふっ。
美味しい!
Mikiちゃんも食べてごらん」
み「食べたいのは山々なれど……。
すごく熱そうだね」
律「当然でしょ。
煮えくり返ってるんだから。
お皿に取ってあげる。
はい、どうぞ」
み「……」
律「なにお皿見てるのよ。
早く食べなさいって」
み「急かさないでよ」
律「これがほんとの、じれっ鯛。
それじゃ、わたしが食べさせてあげる。
ほれ、あ~ん」
み「あ、あ~ん」
律「もっと大きく、口開いて」
み「あ~ん」
律「はい、どうぞ」
み「ぅあちっ。
あちゃちゃちゃちゃ」
律「こら!
何で吐き出すのよ!
もったいない」
み「あひあひぃ。
わらひは、ねこひたなの」
律「ねこひたって何よ?」
み「ねこひた!」
律「わからんやつ……。
あ、そうか。
ひょっとして、猫舌?」
み「はひはひ」
律「なんだー。
こんなに熱々で美味しいのに。
可哀想にねー。
それじゃ、仕方ないね。
また吐き出されたらもったいないから……。
わたしが食べちゃおぅっと。
はぐはぐ。
おいピー」
み「ほ、ほんなに食うな!」
律「やだよー。
Mikiちゃんは、ほらこの小鉢食べなよ」
律「なんだろ、これ?
とろとろのワカメみたいなのと……。
いい色した塩辛。
どうぞ、召し上がれ」
み「ひぎゃー。
やだよー。
鯛がひいよー」
律「ほんとに泣くな!
みっともない!」
み「わ、わたひの1,300円……」
律「いじましすぎて……。
興醒めだわ」
店「お待たせしました。
こちら、『男鹿のやきそば』になります」
律「ほら、Mikiちゃん、やきそばが来たよ。
ちょっと。
ほんとに美味しそうだわ。
鯛はちゃんと取っててあげるから……。
やきそばから食べなさいって。
ほんとに泣くんだからタマゲる女だよ。
ほら、涙拭いて」
み「鼻水まで出た」
律「やきそばに垂らすなよ」
み「じゃ……。
いただきます」
律「ちょっと。
上目で睨んでなくても、ちゃんと残しておくって」
み「イマイチ、信用でけん。
ほんとに残しておいてよね。
それじゃ……。
やきそば、いかせて頂きます」
律「どう?」
み「美味しい!」
律「見るからに美味しそうだもの」
み「まわりに、とろとろの“あん”がかかってる」
律「まさか……。
鼻水じゃないでしょうね?」
み「違わい!
あ、“あん”の中に鯛の身がほぐしてあるんだ。
美味しい」
律「麺は、なに味?」
み「お醤油系のさっぱり味」
律「みんな食べないでよね」
み「だって、桶の中、まだグツグツ言ってるじゃん」
律「塩辛食べなさい」
み「やだ」
律「困ったお子ちゃまだね。
テーブルに吐き出した身なら、冷めてるよ。
拾って食べれば」
み「鬼……」
律「ウソだよ。
ほら、鯛の身、お皿に取って冷ましておいたから。
もう、猫でも食べれるよ。
はい、どうぞ」
み「うぅ。
先生、やっぱり優しい」
律「また泣く。
はい、お皿交換ね」
み「や、やっとわたしの元に来てくれたね……。
鯛の身ちゃん。
それじゃ、いただきます。
はぐはぐ。
お、美味しい!」
律「うむ。
やきそばも美味しい!
これ、2皿頼めばよかったのに」
み「予算オーバー」
律「ちょっと……。
あのテーブル。
スゴいのが出てきたよ。
何だろ?」
み「あれは、『ウニ丼』だね。
『石焼き定食』と並んで、ここの看板メニューだよ」
律「ウニがてんこ盛りじゃん」
み「あれも2,100円」
律「う……。
となると、『石焼き定食』に『ウニ丼』ってのは、無理か」
み「論外ですね」
律「なんで『石焼き定食』にしたの?」
み「わたし、ウニ嫌いだもん」
律「ほー。
それで、『ウニ丼』の“ウ”の字も出さなかったわけか。
それって、情報操作じゃないの」
み「いいじゃないの。
『石焼き定食』と『男鹿のやきそば』に、文句ある?」
律「ま、ありませんけど。
そろそろ、鯛茶漬けしようよ。
石が冷めたんじゃないの?」
み「ブクブク言わなくなったね。
どんな石が入ってるんだろ。
ちょっと掬ってみるね」
律「へー。
案外普通の石じゃん。
これも、秋田産?」
店「はい。
入道崎で採れた火成岩になります」
通りがかった店員さんが、教えてくれました。
み「おー、火成岩!
マグマが固まった石だね」
律「出たな、火山オタク」
み「なるほど……。
海の反対側に聳えてた山は、火山であったか」
店「この石は、金石(かないし)と呼ばれてまして……。
これじゃないと、割れてしまってダメなんですよ」
律「へー」
み「火成岩ってのが、ミソだね」
律「味噌じゃなくて、塩味でしょ」
み「うまい。
座布団1枚。
じゃ、早くその塩味のスープをご飯にかけてよ」
律「おー。
ほぐれた鯛の身が、だいぶ沈んでた。
み「こりゃ豪華な鯛茶漬けになるよ」
律「ほら、ゴマとわさびを載っけて」
み「う。
わさびが香ってくれますぅ」
律「じゃ、わたしが味見してあげる」
み「なんで!
味見なんかしなくても、美味しいに決まってるでしょ」
律「まだ熱いかもしれないじゃない。
舌で温度を測ってあげるから」
み「やだ。
邪悪な気配を感じる。
味見っていいながら、全部食べちゃうんでしょ」
律「そんなこと、するかいな」
み「信用でけんわい。
ラーメンの汁くらいなら、諦めもつくけど……。
鯛茶漬けは譲れません」
律「じゃ、早く先に食べてよ」
み「熱そうなんだもん」
律「やっかいなヤツ……。
ほら、その空いた小鉢に入れてごらんよ。
冷めるから」
み「うん」
律「少しずつ入れて冷ますのよ」
み「ふー。
ふー。
冷めたかな?」
律「食べてみて」
み「う……。
うめー!」
律「ちょっと、隣の子供が笑ってるじゃない」
み「マジ、うまいっす。
やっぱ、2,100円のことだけはある」
律「じゃ、わたしにも分けてちょうだい」
み「うん。
取っていいよ」
律「とつぜん寛容になったじゃない」
み「これだけ美味しいと……。
人にも味わってもらいたくなる」
律「じゃ、いただきます」
み「どう?」
律「美味しい!」
み「美味しい顔っていいね」
律「昔のCMに、そんなフレーズあったな」
み「そうだっけ」
さて、男鹿の味を十分に満喫しました。
まだ並んでる人もいるようなので……。
食べ終えたら、すみやかに席を譲りましょう。
レジでは、かすかな期待もしましたが……。
しっかり、1,300円徴収されました。
お店を出るときになっても、大盛況。
まだ並んでる人もいます。
み「あ」
やきそば品切れの紙が貼られてました。
律「あれが、最後の一皿だったんじゃないの?」
み「ラッキーだったね」
律「味は大満足なんだけど……。
やっぱり量が、ちょっと物足りないなぁ」
み「旅のお昼は、それくらいでいいの。
夜、また美味しくいただけるでしょ」
律「そだね。
小腹が空いたら、買い食いもできるし」
み「細いくせに、食は太いんだね」
律「産婦人科医は、胃が丈夫じゃなきゃ勤まらないよ」
駐車場まで戻りましたが、まだ少し時間があります。
み「どうする?」
律「せっかくだから、海のそばまで行ってみようよ」
道路を渡ると、広い芝生が広がってます。
その向こうに、変わった色合いの灯台。
律「あの灯台、なんで黒白ツートンなの?」
み「知るかいな」
律「ひょっとして、チンアナゴをかたどってるとか?」
み「なわけないでしょ」
律「中に入れないのかな?」
ガ「入れますよ」
律・み「え?」
振り返ると、バスガイドさんがにこにこ笑って立ってました。