2012.3.3(土)
律「男鹿半島って……。
どのあたりだっけ?」
ま、律子先生じゃなくても……。
男鹿半島に対する認識は、誰も似たようなものでしょうね。
地図で見ると、秋田県の海岸線はほとんど起伏が無く、なだらかです。
でも、一カ所だけ飛び出てるとこがあります。
矢印が、男鹿半島。
ちょっと余談ですが……。
この半島の付け根には、昔、八郎潟という大きな湖がありました。
琵琶湖に次ぐ、日本第2位の面積を誇る湖でした。
しかし戦後、食糧増産を目的として、この湖の干拓が始まりました。
ところがその後、国は……。
食糧増産から減反政策に、大きく舵を切ることになります。
でも、昔は事業仕分けなんか無かったので……。
動き出した大事業を、止めることはできませんでした。
そして……。
20年の歳月と、852億円の費用を投じて、約17,000haの干拓地が造成されました。
失われた広大な湿地は、もう元には戻りません。
さて、秋田駅東口です。
み「これから乗るバスは、東口から出てるの」
律「バスで行くの?
乗り継ぎとか、タイヘンじゃない?
乗り遅れて2時間待ちとか、イヤだからね」
み「わがままなオナゴじゃのう。
大丈夫。
これから乗るのは、定期観光バス。
『男鹿半島めぐり・なぎさGAOコース』ってのを予約してある。
8時40分に秋田駅を出発。
男鹿半島を一巡りして……。
秋田駅に17時40分に帰る、丸1日がかりのおまかせコース。
知らない土地では、お任せ観光バスに乗っちゃうのが一番だよ」
律「なんだー。
それなら安心だね。
ところで、“なぎさがお”って何よ?
渚みたいな顔ってこと?」
み「そりゃ、どんな顔だい!」
律「片平なぎさ似とか?」
み「おー。
2時間ドラマでお馴染みの顔だ。
でも、最近見ないよなぁ。
考えてみれば、彼女、もう50過ぎてるんだよね」
律「ほんとに?」
み「たしか……。
昭和34年生まれじゃなかったかな?」
律「ご主人いるんだっけ?」
み「いないんじゃない?」
律「えー。
いるよ。
ほら、あの人。
船越英一郎」
み「あのね。
船越英一郎は、共演者でしょ。
2時間ドラマの」
律「そうだっけ?」
み「船越英一郎は、奥さんいるよ。
誰だっけかな?
たしか、松居……」
律「秀喜?」
み「あほか!」
律「あ、松居直美か!」
み「違う!
えーっと……。
あー、思い出せないとイライラする。
そうだ、松居一代だ!
どんなもんだいっ」
律「お見事~。
パチパチパチ。
ところで……。
何の話してたんだっけ?」
み「先生が振ったんでしょ!
“なぎさがお”から、片平なぎさを!」
律「“なぎさがお”か……。
なんか、近い言葉が出てくる歌があったよね?」
み「そんな歌あるの?」
律「ほら、松田聖子の……。
“なぎさがお 見せたくな~くて”」
み「それは、“涙顔”でしょ!」
律「そうだっけ?」
み「もう!
『風立ちぬ』、好きなのに。
“なぎさがお”が、頭にこびりついちゃったじゃないのよ」
律「それは、お気の毒さま。
ところで、結局何なのよ?
“なぎさがお”って」
み「“なぎさ”は……。
たぶんだけど、男鹿半島の海岸線を走るからだと思う」
律「“がお”は?」
み「水族館の名前。
『男鹿水族館GAO』ってのがあるの」
律「なんだ……。
『男鹿水族館』は、わかるけど……。
後に続く、GAOってなんなのよ?」
み「愛称でしょ」
律「どういう意味?」
み「わかりそうだけどな」
律「ヒント!」
み「もう、言ってるよ。
『男鹿水族館』」
律「そりゃ、聞いてるけど……。
どこがヒントなの?」
み「案外ニブい人だね。
読者はきっとわかっちゃってるよ」
律「くっそー。
悔しいけどわからん。
教えて」
み「男鹿を反対読みしてみ」
律「……、“がお”。
何と単純な……」
み「その単純な答えもわからなかったくせに」
律「複雑ならわかるの。
単純すぎて、意表を突かれたんだよ」
み「負け惜しみ女め……。
でも、男鹿の逆さ読みだけじゃなくて……。
一応、意味づけされてるみたいよ。
“Globe(地球)”“Aqua(水)”“Ocean(大海)”で、GAO」
律「また、そうやって繋げるわけ。
恐るべし、秋田……。
み「ま、後付けっぽいけどね。
しかし……。
先生のおかげで、頭から“なぎさ顔”が抜けんわ……」
律「ところで、何時発なの?」
み「8時40分!
さっき、言ったでしょ」
律「読者だって忘れてるよ」
み「あ、大事なこと忘れてた!」
律「何よ?」
み「乗車券買わなきゃ」
律「予約してるんじゃないの?」
み「もちろんしてるよ。
この『なぎさGAOコース』は……。
1週間前に予約が入らなければ、運休になっちゃうんだ」
律「ぶらっと来ても、乗れないってわけね」
み「運行される便に空席があれば、当日の飛び込みでもオッケー。
でも、運休が決まっちゃった便を復活させることはできないよ」
律「なるほど。
やっぱり、予約したほうがいいんだね」
み「そゆこと。
それじゃ、割り勘ね。
おひとり、5,300円です」
律「こういう料金って……。
安いのか高いのか、わからんよな」
み「このコースは、絶対お得。
丸9時間かけて男鹿半島を回って、この値段なんだから。
しかも、男鹿水族館を始め……。
施設の入場料が、みんな込み込み」
案内所で乗車券を買って、乗り場に戻ると……。
小さなバスが入って来ました。
律「これなの?
でっかい観光バスかと思ってた」
み「予約人数によって、配車されるバスが違うんだよ。
てことは……。
今日のお客は、8人以上ってことだね」
律「これより小さいバスがあるの?」
み「7人以下の場合は、ジャンボタクシーになる」
み「早い話、ミニバンだね。
だから、予約が7人で、ジャンボタクシーが配車されてるときは……。
飛び込み参加は出来ないんじゃないかな?」
東口バスターミナル4番に並んでたのは……。
わたしたちのほかには、ほんの数名でしたが……。
バスが入ったのを見たのでしょう、さらに数人が参集して来ました。
そのうち一組は、いかにも怪しいカップル。
男は、50代前半くらいでしょうか?
町工場の社長みたいな感じ……。
連れてる女性は……。
ぜったい奥さんじゃないですね。
30くらいの、派手なミニスカ女。
ウェーブのかかった栗色の髪をしきりに気にしてる。
“祝開店”の花輪が、光背みたいに見える感じ。
間違いなく、水商売でしょうね。
もう一組、2人連れがいます。
こちらは、若い女性。
学生っぽい。
と言っても、ビアンカップルではなく……。
仲のいい友達のようです。
今の時代、外見だけでは、都会人かどうか、わかりにくくなってますけど……。
この2人からは、純朴そうな雰囲気が、湯気のように立ち上がってます。
たぶん、地元の大学じゃないかな?
でも、男鹿半島一周の観光バスに乗ろうというからには……。
出身は、秋田県以外。
山形とか岩手とか、隣接する県じゃなかろうか。
例の水商売女は、ときどき律子先生を窺ってます。
目線には、対抗心というか、敵意というか……。
かなり冷たいものがあります。
でも、むしろキケンなのは、女子大生のコンビですね。
この2人も、ちらちら律子先生を窺ってるんだけど……。
その目線は、明らかに“憧れ”色に染まってます(↓水着姿ではありませんが……)。
女子学生1「こんな方と、1日男鹿半島を巡れるなんて……。
幸せ!」
女子学生2「でも、隣にいる小猿女はなに?
付き人かしら?」
2人の頭からは、こんな吹き出しが生えてました。
乗客は、あと2人。
男女1人ずつですが、連れではないみたいですね。
男の方は……。
学生でしょうか?
なんとなく、「鉄道研究会」に入ってそうな感じ。
黒縁のメガネをずりあげながら……。
女子大生コンビを気にしてる様子。
でも、残念ながら……。
彼女たちは、鉄道くんに興味は無さそうです。
もう1人の女は……。
う。
暗い……。
たぶんですが……。
ハイミスでしょう。
これに関しては、人のことは言えませんがね。
歳は、わたしと律子先生の中間くらいかな。
30代後半って感じです。
なんか……。
さんざん貢いだ男に捨てられての……。
傷心旅行って感じですね。
まさか、海に飛び込みに来たんじゃあるまいな。
しかし自殺なら、観光バスには乗らないと思うし……。
イマイチ、目的が不明です。
乗客は以上、総勢8名。
ま、袖すり合うも多生の縁と申します。
今日1日を過ごすみなさん……。
楽しく行きましょう。
さて、もう乗ってもいいようです。
可愛いバスガイドさんに迎えられ、バスに乗り込みます。
乗客数8名は、車種が小型バスになる最小人員。
小型バスの定員は20名くらいですから……。
すごく贅沢な旅になります。
2人連れは、自然と2人掛けの席を取ってます。
右側の席に入り込もうとした律子先生を、腕を取って引き戻します。
み「そっちはダメ」
律「なんで?」
み「後でわかる」
律子先生を、進行方向に向かって左側の窓際に押し込み……。
わたしも、その隣に座ります。
後から入って来た女子大生2人組は……。
大胆にも、通路を挟んだ右側の座席に入りこみました。
このバスで右側の座席を選ぶというのは……。
まったくコースを予習してないか……。
あからさまに律子先生が目当てか。
たぶん……、両方でしょうね。
振り返ると、右側に座りこんでる人は、けっこういました。
ていうか、左側の座席を取ったのは……。
わたしたちのほかでは、鉄道くんだけ。
ま、彼は当然、コースをわかってるでしょうからね。
さて、8:40。
バスは、秋田駅を定刻に出発しました。
秋田市街を抜けると……。
やがて、朝方バスに乗ったセリオンが見えて来ました。
知ってる人に会ったような懐かしさを感じましたが……。
バスは素っ気なく通り過ぎてしまいます。
すぐに海が見えてきました。
歓声と共に……。
たちまち、座席の移動が始まりました。
そう。
海は、左側に見えるんです。
このまま海岸線に沿って、男鹿半島の下側から入り……。
半島を、時計回りに回ります。
つまり、海はずっと左側に見えるわけですね。
しばらく、なだらかな海岸線を走ると……。
なんと!
また、塔が見えて来ました。
すかさずバスガイドさんが解説してくれます。
ガ「この塔は、天王スカイタワーと申します。
高さは59.8メートル。
展望室からは、八郎潟から男鹿半島、鳥海山まで一望出来ます」
律「セリオンよりは、だいぶ低いね」
み「セリオンは、143メートルあるからね」
ガ「お客さま、よくご存じですわ~」
み「調べあげて来ましたから」
ガ「それでは、問題です。
天王スカイタワーで、セリオンより高いものがあります。
それは何でしょう?」
み「げ。
いきなり問題振られちゃったよ」
律「調べ上げて来たんでしょ。
ほら、答えて」
み「わ、わからぬ……」
律「ガイドさん、降参みたいで~す」
ガ「それは……。
入場料です。
セリオンはタダですが……。
天王スカイタワーは、400円かかりま~す」
み「……」
律「でも、セリオンに似てますよね」
ガ「ニセリオンと言う方もおられるようで~す」
律「秋田の人って、塔が好きなの?」
み「わたしに聞かないでちょうだい」
ここらの海は、砂浜です。
遠く見える島みたいなのが、これから向かう男鹿半島。
しばらく行くと、バスが速度を緩めました。
ガ「左手をご覧ください」
客「おぉ」
どうやらここはもう、半島の付け根のようです。
男鹿半島の番人が立ってました。
そう、男鹿半島と言えば、この方々ですね。
ガ「こちらは、男鹿総合観光案内所に立つ、なまはげです。
高さは、15メートルあり……。
世界一の高さを誇っております」
律「世界一って……。
こんなの、秋田にしかないでしょ」
み「ま、“秋田一=世界一”だろうから……。
嘘は言ってないけどね」
ガ「こちらの施設では、観光案内のほか……。
パソコンをお使いいただける情報コーナー……。
軽食喫茶コーナー、展示休憩スペースなどがあります。
軽食コーナー「カメリア」の“わかめ昆布ソフトクリーム”は、ここの名物になってます。
わかめと昆布を、ミキサーして混ぜてあるそうです。
さっぱりとした抹茶のような風味ですよ。
250円!
安い!
ぜひお試しあれ!
でも、残念ながら……。
今日は寄りません」
律・み「ありゃりゃ」
なまはげに出会って……。
いよいよ男鹿半島に入るんだという実感が湧いて来ましたね。
わくわくです。
さて、バスはなまはげに別れを告げ、またしばらく海岸線を走ります。
海は、穏やかに凪いでます。
あれは、港でしょうか。
厳しい冬を前にした、つかの間の静けさでしょう。
さて、秋田駅を出発してから、1時間と5分。
9:45です。
バスは、最初の目的地に停車しました。
鵜ノ崎という海岸です。
ここで何をするかと云うと……。
単なるトイレ休憩です。
停車時間は、10分。
夏には、県内外からの訪問客で、大賑わいとなる海岸です。
なので、↓のような水洗トイレも完備されてるんですね。
シャワーもありました。
でもこれって、丸見えだよな。
ここで裸になっても、いいんだろうか……。
律子先生は、当然のことながら……。
トイレに直行でした。
当たり前だよね。
ラーメンと冷やしのスープを、みんな飲んじゃったんだから。
わたしはトイレは大丈夫そうなので……。
駐車場から、海岸を眺めてみます。
千秋公園同様、ここも「100選」に選ばれてます。
「日本の渚・100選」。
なんと、200メートル沖まで歩いて行けるという……。
全国でも珍しい遠浅の海岸なんですね(↓遠くに見える山は、鳥海山)。
なので、海水浴場と云うよりは……。
磯遊びのメッカ。
磯には、小魚やカニ、エビ、ウミウシなどが、うようよいます。
子供を連れてきたら、きっと帰りたがらないでしょうね。
あと、鵜ノ崎には、もうひとつ見所があります。
海に沈む夕日です。
ここの夕日は、ちょっとスゴいようです。
彼女を連れてきて、プロポーズしたら……。
うっかりうなずいちゃうかも?
でも、日本海に沈む夕日では、新潟も負けませんよ。
↑柏崎市にある、その名も「夕日が丘公園」
さて、トイレ休憩も終わりです。
バスに戻りましょう。
律「あー、すっきりしたぁ」
み「下品なこと言わないの」
律「あんな小説書いてて、よく言うわ」
「あのー」
頭の上から声が降ってきました。
振り向くと、例の女子大生2人組が……。
わたしたちの後ろの席に立って、見下ろしてました。
学1「こちらの席に座っても、よろしいですか?」
よろしいですかって……。
もう、網棚に荷物まで上げてるじゃん……。
学1「パンフレットの地図見ると……。
こちら側の席の方が……。
眺めがいいみたいなので」
学2「お邪魔でしょうか?」
律「どうぞどうぞ。
ぜんぜん大丈夫ですよ」
み(心)『大丈夫じゃないわい!
ほかにも席があるじゃんかよ!』
学1「よかったぁ。
それじゃ、お言葉に甘えて……」
学2「お邪魔します」
み(心)『ほんまに邪魔じゃ』
とうとう2人は、座りこみました。
さて、バスは再び走り出します。
鵜ノ崎からは、一転して岩場の海が続きます。
しばらく走ると……。
バスガイドが立ち上がりました。
でも、おかしな格好をしてます。
進行方向を向いて……。
わたしたちに背を向けて立ってるんです。
バスガイドが、肩越しに振り向きながら……。
左手を上向けて、窓の方を指しました。
ガ「左手をごらんください」
乗客の顔がいっせいに窓を向きます。
でも、さっきから変わらない海が続いてます。
バスガイドは、窓を指した左手を見ながら、黙ってます。
乗客の視線が、バスガイドに戻りました。
ガ「一番高いのが、中指でございます」
う。
バスガイドの使う、古典的なギャグですね。
子供のころ、遠足で聞いた気がします。
まだこんなこと言うんだ……。
笑った方がいいのかな、と思ったとき……。
「わはははは」
背後で笑い声があがりました。
思わず振り返ると……。
町工場の社長が、鼻の穴まで広げて笑ってました。
バスガイドさんの顔には、満足げな笑みが浮かんでます。
良かったね。
外さないで。
大笑いの社長に、親近感が湧いてきました。
でも、ひょっとしたら……。
ほんとに面白かったのかな?
子供のころ、家が貧しくて、遠足に行けなかったとか?
そんなこと考えてたら……。
たとえ不倫旅行でも、許せる気になりました。
良かったね。
愛人連れて旅行できる身分になれて。
観光バスだけど。
ガ「今度は、ほんとに左手をご覧ください」
バスガイドは、ようやく乗客の方に向き直り……。
窓の外を指しました。
バスが速度を緩めます。
ガ「あそこにゴジラがおります」
律・み「なにー」
いるわけないと思いつつも、身を乗り出さずにはいられません。
松井秀喜がいるわけじゃないよな?
律「Mikiちゃん、ほら、いた!」
み「え?
どこどこ?」
律「あの岩よ」
み「あ”」
ガ「夕焼けにシルエットが浮かぶときは……。
ほんとうに鳴き声が聞こえそうです」
律「ゴジラの場合も、鳴き声って云うの?」
み「わたしに聞かないでちょうだい」
さて、ゴジラ岩を過ぎて間もなく……。
ガ「左手をご覧ください」
律「また?
こんどは何?
ガメラ岩?」
ガ「違います」
律「げ、聞こえちゃった」
み「先生は声が通るんだから、気をつけてちょうだい」
律「ほんと、ひそひそ話が出来ないんだよね。
でも、何が見えるんだろ?」
み「また、出た~」
律「何が?」
み「ほれ、あそこ!」
律「ゴジラから、また“なまはげ”に戻るわけ!」
ガ「こちらは、『門前のなまはげ』と呼ばれております。
門前というのは、ここらあたりの地名です。
高さは、9.99メートルになります」
律「なんで10メートルにしないの?
建築規制?」
ガ「違います」
律「げ、また聞こえちゃった」
ガ「この近くには、長楽寺というお寺(上)と、赤神神社(下)というお社があります。
昔はひとつだったのですが……。
明治以降、神仏分離令により、お寺と神社に分けられたそうです。
門前という地名は、このお寺と神社の“門前”という意味ですね。
で、その赤神神社の方に、五社堂というお堂があります」
み「神社にお堂?」
ガ「昔は神仏混合でしたから。
神社から五社堂に向かう道には、“山門”もありますし……」
ガ「五社堂には、観音菩薩像も安置されてます」
み「見事に混合してますね……」
ガ「で、この五社堂へ登る石段の数が、999段なんです。
なまはげの高さ、9.99メートルは、これにちなんでるわけですね」
律「でも何で、五社堂の石段は、999段なの?」
ガ「よくぞ聞いて下さいました!
石段には、こんな伝説があるんです。
むかしむかし……。
漢の武帝が、男鹿にいらっしゃったそうです」
み「う、うそこけ……」
律「武帝って、いつごろの人よ?」
み「確か、紀元前1~2世紀ごろ」
律「そんなら、キリストより古いんじゃない」
み「日本は、弥生時代のど真ん中だよ」
ガ「続けさせてもらってよろしいですか?」
律「どうぞ」
ガ「そのとき武帝さんは、白い鹿の引く飛車に乗り、五匹のこうもりを従えて来たそうです」
み「はぁ」
ガ「順繰りに解説してる時間が無いので……。
いきなり、話をはしょりますね。
鬼が、村人と賭けをしました」
み「は?
漢の武帝はどうしたの?」
ガ「はしょりました。
門前のなまはげの下には、伝説を記した銘板が掲げられてます」
ガ「もっと詳しく知りたい方は……。
こちらをご覧ください」
ガ「さて、お立ち会い。
鬼と村人が、どんな賭けをしたかと云いますと……。
鬼が一夜にして千段の石段を築くことが出来たら……。
毎年ひとりずつ、村娘を差し出すというもの」
律「ひどいじゃないの!
村人は、そんな賭けを受けたの」
ガ「さようです」
律「許せん!」
ガ「わたしに怒られても……。
で、翌日、日が暮れるとさっそく鬼が現れ……。
石段を築き始めました。
あれよあれよという間に、石段は積み上がり……。
とうとう、999段まで出来てしまいました。
このままでは、毎年ひとりの娘を差し出さなければなりません!」
律「そんな賭けなんか、効力無し!
無効よ!」
ガ「話を続けていいですか?」
み「どうぞ」
ガ「石段が999段まで積み上がった、その時!
村人のひとりが、ニワトリの鳴き真似をしました。
『コケコッコー』
朝が来たと勘違いした鬼は……。
千段目の石段を放り出し、山へ逃げ帰って行きました。
というわけで、五社堂の石段は、999段なんです」
律「その村人、偉い!
初代江戸家猫八じゃないの?」
み「違うと思います」
お話を先に進めましょうね。
ゴジラ岩を過ぎたあたりから、バスの進行方向が北に変わってます。
もう、男鹿半島の先っぽの方まで来たんですね。
少し行くと、バスは大きな駐車場に入りました。
ガ「こちらは、バスの中からの見学になります。
あそこに見えますのが、“大桟橋(おおさんばし)”と書いて……。
“だいせんきょう”と読ませる、男鹿西海岸を代表する景勝地となっております」
「桟橋?
そんなもん、どこにも見えんで」
後のセリフは、町工場の社長です。
ガ「『大桟橋(だいせんきょう)』は、自然が造りだした桟橋です。
日本海の荒波が、長い年月をかけて、大きな岩をくり貫きました」
社「おぉ、あれか。
下を潜れそうやのー。
ひとつ、このバスで潜ってみてくれるか」
ガ「承知いたしました。
それではこれから、救命胴衣をお配りいたします」
社「マジかよ!」
ガ「ウソです。
でも、海上遊覧船なら、ほんとに潜りますよ」
社「怖い姉ちゃんや。
しかし、ぎょうさん魚がおりそうやのぅ」
ガ「クロダイやマダイがよく釣れるそうです」
ガ「でも、この岩場には、舟でなければ行けません」
社「遊覧船から、釣りは出来へんのか?」
ガ「もちろん……。
出来ません!
他社の宣伝をするようでアレですが……。
海上遊覧船はお勧めです。
男鹿のほんとうの景観は、海から見て初めてわかるものです。
かつて海賊が隠れ家にしたという『孔雀の窟(こうじゃくのくつ)』なんかは……」
ガ「海からしか見えないですし。
こちらの『大桟橋』も、上からじゃ、全容は見えてません。
奇岩怪石の続く磯場から、一気に山に駆けあがる傾斜こそが、男鹿ならではの景観です」
ガ「男鹿海上遊覧船は、この先の男鹿水族館前から出ております。
9:00、10:00、11:00、13:30、15:00の1日5便。
所要時間は50分。
料金は、大人1,500円、子供750円。
ただし、乗客数5名以上で運行となりますので……。
お誘い合わせてのご利用をお勧めします。
なお、冬は海が荒れますので……。
11月から4月末までは、運行しておりません」
律「へー。
乗ってみたいな」
み「わたしはパス。
怖そうだから」
律「船が怖いの?
フェリーに乗って来たじゃない」
み「戦艦みたいなフェリーと、吹けば飛ぶような遊覧船を一緒にしないでよ。
安心感が大違い」
律「大丈夫だって。
事故があったなんてニュース、聞かないじゃない。
このバスツアーに組み込んであればいいのにね」
み「あったら申し込んでないわい」
どのあたりだっけ?」
ま、律子先生じゃなくても……。
男鹿半島に対する認識は、誰も似たようなものでしょうね。
地図で見ると、秋田県の海岸線はほとんど起伏が無く、なだらかです。
でも、一カ所だけ飛び出てるとこがあります。
矢印が、男鹿半島。
ちょっと余談ですが……。
この半島の付け根には、昔、八郎潟という大きな湖がありました。
琵琶湖に次ぐ、日本第2位の面積を誇る湖でした。
しかし戦後、食糧増産を目的として、この湖の干拓が始まりました。
ところがその後、国は……。
食糧増産から減反政策に、大きく舵を切ることになります。
でも、昔は事業仕分けなんか無かったので……。
動き出した大事業を、止めることはできませんでした。
そして……。
20年の歳月と、852億円の費用を投じて、約17,000haの干拓地が造成されました。
失われた広大な湿地は、もう元には戻りません。
さて、秋田駅東口です。
み「これから乗るバスは、東口から出てるの」
律「バスで行くの?
乗り継ぎとか、タイヘンじゃない?
乗り遅れて2時間待ちとか、イヤだからね」
み「わがままなオナゴじゃのう。
大丈夫。
これから乗るのは、定期観光バス。
『男鹿半島めぐり・なぎさGAOコース』ってのを予約してある。
8時40分に秋田駅を出発。
男鹿半島を一巡りして……。
秋田駅に17時40分に帰る、丸1日がかりのおまかせコース。
知らない土地では、お任せ観光バスに乗っちゃうのが一番だよ」
律「なんだー。
それなら安心だね。
ところで、“なぎさがお”って何よ?
渚みたいな顔ってこと?」
み「そりゃ、どんな顔だい!」
律「片平なぎさ似とか?」
み「おー。
2時間ドラマでお馴染みの顔だ。
でも、最近見ないよなぁ。
考えてみれば、彼女、もう50過ぎてるんだよね」
律「ほんとに?」
み「たしか……。
昭和34年生まれじゃなかったかな?」
律「ご主人いるんだっけ?」
み「いないんじゃない?」
律「えー。
いるよ。
ほら、あの人。
船越英一郎」
み「あのね。
船越英一郎は、共演者でしょ。
2時間ドラマの」
律「そうだっけ?」
み「船越英一郎は、奥さんいるよ。
誰だっけかな?
たしか、松居……」
律「秀喜?」
み「あほか!」
律「あ、松居直美か!」
み「違う!
えーっと……。
あー、思い出せないとイライラする。
そうだ、松居一代だ!
どんなもんだいっ」
律「お見事~。
パチパチパチ。
ところで……。
何の話してたんだっけ?」
み「先生が振ったんでしょ!
“なぎさがお”から、片平なぎさを!」
律「“なぎさがお”か……。
なんか、近い言葉が出てくる歌があったよね?」
み「そんな歌あるの?」
律「ほら、松田聖子の……。
“なぎさがお 見せたくな~くて”」
み「それは、“涙顔”でしょ!」
律「そうだっけ?」
み「もう!
『風立ちぬ』、好きなのに。
“なぎさがお”が、頭にこびりついちゃったじゃないのよ」
律「それは、お気の毒さま。
ところで、結局何なのよ?
“なぎさがお”って」
み「“なぎさ”は……。
たぶんだけど、男鹿半島の海岸線を走るからだと思う」
律「“がお”は?」
み「水族館の名前。
『男鹿水族館GAO』ってのがあるの」
律「なんだ……。
『男鹿水族館』は、わかるけど……。
後に続く、GAOってなんなのよ?」
み「愛称でしょ」
律「どういう意味?」
み「わかりそうだけどな」
律「ヒント!」
み「もう、言ってるよ。
『男鹿水族館』」
律「そりゃ、聞いてるけど……。
どこがヒントなの?」
み「案外ニブい人だね。
読者はきっとわかっちゃってるよ」
律「くっそー。
悔しいけどわからん。
教えて」
み「男鹿を反対読みしてみ」
律「……、“がお”。
何と単純な……」
み「その単純な答えもわからなかったくせに」
律「複雑ならわかるの。
単純すぎて、意表を突かれたんだよ」
み「負け惜しみ女め……。
でも、男鹿の逆さ読みだけじゃなくて……。
一応、意味づけされてるみたいよ。
“Globe(地球)”“Aqua(水)”“Ocean(大海)”で、GAO」
律「また、そうやって繋げるわけ。
恐るべし、秋田……。
み「ま、後付けっぽいけどね。
しかし……。
先生のおかげで、頭から“なぎさ顔”が抜けんわ……」
律「ところで、何時発なの?」
み「8時40分!
さっき、言ったでしょ」
律「読者だって忘れてるよ」
み「あ、大事なこと忘れてた!」
律「何よ?」
み「乗車券買わなきゃ」
律「予約してるんじゃないの?」
み「もちろんしてるよ。
この『なぎさGAOコース』は……。
1週間前に予約が入らなければ、運休になっちゃうんだ」
律「ぶらっと来ても、乗れないってわけね」
み「運行される便に空席があれば、当日の飛び込みでもオッケー。
でも、運休が決まっちゃった便を復活させることはできないよ」
律「なるほど。
やっぱり、予約したほうがいいんだね」
み「そゆこと。
それじゃ、割り勘ね。
おひとり、5,300円です」
律「こういう料金って……。
安いのか高いのか、わからんよな」
み「このコースは、絶対お得。
丸9時間かけて男鹿半島を回って、この値段なんだから。
しかも、男鹿水族館を始め……。
施設の入場料が、みんな込み込み」
案内所で乗車券を買って、乗り場に戻ると……。
小さなバスが入って来ました。
律「これなの?
でっかい観光バスかと思ってた」
み「予約人数によって、配車されるバスが違うんだよ。
てことは……。
今日のお客は、8人以上ってことだね」
律「これより小さいバスがあるの?」
み「7人以下の場合は、ジャンボタクシーになる」
み「早い話、ミニバンだね。
だから、予約が7人で、ジャンボタクシーが配車されてるときは……。
飛び込み参加は出来ないんじゃないかな?」
東口バスターミナル4番に並んでたのは……。
わたしたちのほかには、ほんの数名でしたが……。
バスが入ったのを見たのでしょう、さらに数人が参集して来ました。
そのうち一組は、いかにも怪しいカップル。
男は、50代前半くらいでしょうか?
町工場の社長みたいな感じ……。
連れてる女性は……。
ぜったい奥さんじゃないですね。
30くらいの、派手なミニスカ女。
ウェーブのかかった栗色の髪をしきりに気にしてる。
“祝開店”の花輪が、光背みたいに見える感じ。
間違いなく、水商売でしょうね。
もう一組、2人連れがいます。
こちらは、若い女性。
学生っぽい。
と言っても、ビアンカップルではなく……。
仲のいい友達のようです。
今の時代、外見だけでは、都会人かどうか、わかりにくくなってますけど……。
この2人からは、純朴そうな雰囲気が、湯気のように立ち上がってます。
たぶん、地元の大学じゃないかな?
でも、男鹿半島一周の観光バスに乗ろうというからには……。
出身は、秋田県以外。
山形とか岩手とか、隣接する県じゃなかろうか。
例の水商売女は、ときどき律子先生を窺ってます。
目線には、対抗心というか、敵意というか……。
かなり冷たいものがあります。
でも、むしろキケンなのは、女子大生のコンビですね。
この2人も、ちらちら律子先生を窺ってるんだけど……。
その目線は、明らかに“憧れ”色に染まってます(↓水着姿ではありませんが……)。
女子学生1「こんな方と、1日男鹿半島を巡れるなんて……。
幸せ!」
女子学生2「でも、隣にいる小猿女はなに?
付き人かしら?」
2人の頭からは、こんな吹き出しが生えてました。
乗客は、あと2人。
男女1人ずつですが、連れではないみたいですね。
男の方は……。
学生でしょうか?
なんとなく、「鉄道研究会」に入ってそうな感じ。
黒縁のメガネをずりあげながら……。
女子大生コンビを気にしてる様子。
でも、残念ながら……。
彼女たちは、鉄道くんに興味は無さそうです。
もう1人の女は……。
う。
暗い……。
たぶんですが……。
ハイミスでしょう。
これに関しては、人のことは言えませんがね。
歳は、わたしと律子先生の中間くらいかな。
30代後半って感じです。
なんか……。
さんざん貢いだ男に捨てられての……。
傷心旅行って感じですね。
まさか、海に飛び込みに来たんじゃあるまいな。
しかし自殺なら、観光バスには乗らないと思うし……。
イマイチ、目的が不明です。
乗客は以上、総勢8名。
ま、袖すり合うも多生の縁と申します。
今日1日を過ごすみなさん……。
楽しく行きましょう。
さて、もう乗ってもいいようです。
可愛いバスガイドさんに迎えられ、バスに乗り込みます。
乗客数8名は、車種が小型バスになる最小人員。
小型バスの定員は20名くらいですから……。
すごく贅沢な旅になります。
2人連れは、自然と2人掛けの席を取ってます。
右側の席に入り込もうとした律子先生を、腕を取って引き戻します。
み「そっちはダメ」
律「なんで?」
み「後でわかる」
律子先生を、進行方向に向かって左側の窓際に押し込み……。
わたしも、その隣に座ります。
後から入って来た女子大生2人組は……。
大胆にも、通路を挟んだ右側の座席に入りこみました。
このバスで右側の座席を選ぶというのは……。
まったくコースを予習してないか……。
あからさまに律子先生が目当てか。
たぶん……、両方でしょうね。
振り返ると、右側に座りこんでる人は、けっこういました。
ていうか、左側の座席を取ったのは……。
わたしたちのほかでは、鉄道くんだけ。
ま、彼は当然、コースをわかってるでしょうからね。
さて、8:40。
バスは、秋田駅を定刻に出発しました。
秋田市街を抜けると……。
やがて、朝方バスに乗ったセリオンが見えて来ました。
知ってる人に会ったような懐かしさを感じましたが……。
バスは素っ気なく通り過ぎてしまいます。
すぐに海が見えてきました。
歓声と共に……。
たちまち、座席の移動が始まりました。
そう。
海は、左側に見えるんです。
このまま海岸線に沿って、男鹿半島の下側から入り……。
半島を、時計回りに回ります。
つまり、海はずっと左側に見えるわけですね。
しばらく、なだらかな海岸線を走ると……。
なんと!
また、塔が見えて来ました。
すかさずバスガイドさんが解説してくれます。
ガ「この塔は、天王スカイタワーと申します。
高さは59.8メートル。
展望室からは、八郎潟から男鹿半島、鳥海山まで一望出来ます」
律「セリオンよりは、だいぶ低いね」
み「セリオンは、143メートルあるからね」
ガ「お客さま、よくご存じですわ~」
み「調べあげて来ましたから」
ガ「それでは、問題です。
天王スカイタワーで、セリオンより高いものがあります。
それは何でしょう?」
み「げ。
いきなり問題振られちゃったよ」
律「調べ上げて来たんでしょ。
ほら、答えて」
み「わ、わからぬ……」
律「ガイドさん、降参みたいで~す」
ガ「それは……。
入場料です。
セリオンはタダですが……。
天王スカイタワーは、400円かかりま~す」
み「……」
律「でも、セリオンに似てますよね」
ガ「ニセリオンと言う方もおられるようで~す」
律「秋田の人って、塔が好きなの?」
み「わたしに聞かないでちょうだい」
ここらの海は、砂浜です。
遠く見える島みたいなのが、これから向かう男鹿半島。
しばらく行くと、バスが速度を緩めました。
ガ「左手をご覧ください」
客「おぉ」
どうやらここはもう、半島の付け根のようです。
男鹿半島の番人が立ってました。
そう、男鹿半島と言えば、この方々ですね。
ガ「こちらは、男鹿総合観光案内所に立つ、なまはげです。
高さは、15メートルあり……。
世界一の高さを誇っております」
律「世界一って……。
こんなの、秋田にしかないでしょ」
み「ま、“秋田一=世界一”だろうから……。
嘘は言ってないけどね」
ガ「こちらの施設では、観光案内のほか……。
パソコンをお使いいただける情報コーナー……。
軽食喫茶コーナー、展示休憩スペースなどがあります。
軽食コーナー「カメリア」の“わかめ昆布ソフトクリーム”は、ここの名物になってます。
わかめと昆布を、ミキサーして混ぜてあるそうです。
さっぱりとした抹茶のような風味ですよ。
250円!
安い!
ぜひお試しあれ!
でも、残念ながら……。
今日は寄りません」
律・み「ありゃりゃ」
なまはげに出会って……。
いよいよ男鹿半島に入るんだという実感が湧いて来ましたね。
わくわくです。
さて、バスはなまはげに別れを告げ、またしばらく海岸線を走ります。
海は、穏やかに凪いでます。
あれは、港でしょうか。
厳しい冬を前にした、つかの間の静けさでしょう。
さて、秋田駅を出発してから、1時間と5分。
9:45です。
バスは、最初の目的地に停車しました。
鵜ノ崎という海岸です。
ここで何をするかと云うと……。
単なるトイレ休憩です。
停車時間は、10分。
夏には、県内外からの訪問客で、大賑わいとなる海岸です。
なので、↓のような水洗トイレも完備されてるんですね。
シャワーもありました。
でもこれって、丸見えだよな。
ここで裸になっても、いいんだろうか……。
律子先生は、当然のことながら……。
トイレに直行でした。
当たり前だよね。
ラーメンと冷やしのスープを、みんな飲んじゃったんだから。
わたしはトイレは大丈夫そうなので……。
駐車場から、海岸を眺めてみます。
千秋公園同様、ここも「100選」に選ばれてます。
「日本の渚・100選」。
なんと、200メートル沖まで歩いて行けるという……。
全国でも珍しい遠浅の海岸なんですね(↓遠くに見える山は、鳥海山)。
なので、海水浴場と云うよりは……。
磯遊びのメッカ。
磯には、小魚やカニ、エビ、ウミウシなどが、うようよいます。
子供を連れてきたら、きっと帰りたがらないでしょうね。
あと、鵜ノ崎には、もうひとつ見所があります。
海に沈む夕日です。
ここの夕日は、ちょっとスゴいようです。
彼女を連れてきて、プロポーズしたら……。
うっかりうなずいちゃうかも?
でも、日本海に沈む夕日では、新潟も負けませんよ。
↑柏崎市にある、その名も「夕日が丘公園」
さて、トイレ休憩も終わりです。
バスに戻りましょう。
律「あー、すっきりしたぁ」
み「下品なこと言わないの」
律「あんな小説書いてて、よく言うわ」
「あのー」
頭の上から声が降ってきました。
振り向くと、例の女子大生2人組が……。
わたしたちの後ろの席に立って、見下ろしてました。
学1「こちらの席に座っても、よろしいですか?」
よろしいですかって……。
もう、網棚に荷物まで上げてるじゃん……。
学1「パンフレットの地図見ると……。
こちら側の席の方が……。
眺めがいいみたいなので」
学2「お邪魔でしょうか?」
律「どうぞどうぞ。
ぜんぜん大丈夫ですよ」
み(心)『大丈夫じゃないわい!
ほかにも席があるじゃんかよ!』
学1「よかったぁ。
それじゃ、お言葉に甘えて……」
学2「お邪魔します」
み(心)『ほんまに邪魔じゃ』
とうとう2人は、座りこみました。
さて、バスは再び走り出します。
鵜ノ崎からは、一転して岩場の海が続きます。
しばらく走ると……。
バスガイドが立ち上がりました。
でも、おかしな格好をしてます。
進行方向を向いて……。
わたしたちに背を向けて立ってるんです。
バスガイドが、肩越しに振り向きながら……。
左手を上向けて、窓の方を指しました。
ガ「左手をごらんください」
乗客の顔がいっせいに窓を向きます。
でも、さっきから変わらない海が続いてます。
バスガイドは、窓を指した左手を見ながら、黙ってます。
乗客の視線が、バスガイドに戻りました。
ガ「一番高いのが、中指でございます」
う。
バスガイドの使う、古典的なギャグですね。
子供のころ、遠足で聞いた気がします。
まだこんなこと言うんだ……。
笑った方がいいのかな、と思ったとき……。
「わはははは」
背後で笑い声があがりました。
思わず振り返ると……。
町工場の社長が、鼻の穴まで広げて笑ってました。
バスガイドさんの顔には、満足げな笑みが浮かんでます。
良かったね。
外さないで。
大笑いの社長に、親近感が湧いてきました。
でも、ひょっとしたら……。
ほんとに面白かったのかな?
子供のころ、家が貧しくて、遠足に行けなかったとか?
そんなこと考えてたら……。
たとえ不倫旅行でも、許せる気になりました。
良かったね。
愛人連れて旅行できる身分になれて。
観光バスだけど。
ガ「今度は、ほんとに左手をご覧ください」
バスガイドは、ようやく乗客の方に向き直り……。
窓の外を指しました。
バスが速度を緩めます。
ガ「あそこにゴジラがおります」
律・み「なにー」
いるわけないと思いつつも、身を乗り出さずにはいられません。
松井秀喜がいるわけじゃないよな?
律「Mikiちゃん、ほら、いた!」
み「え?
どこどこ?」
律「あの岩よ」
み「あ”」
ガ「夕焼けにシルエットが浮かぶときは……。
ほんとうに鳴き声が聞こえそうです」
律「ゴジラの場合も、鳴き声って云うの?」
み「わたしに聞かないでちょうだい」
さて、ゴジラ岩を過ぎて間もなく……。
ガ「左手をご覧ください」
律「また?
こんどは何?
ガメラ岩?」
ガ「違います」
律「げ、聞こえちゃった」
み「先生は声が通るんだから、気をつけてちょうだい」
律「ほんと、ひそひそ話が出来ないんだよね。
でも、何が見えるんだろ?」
み「また、出た~」
律「何が?」
み「ほれ、あそこ!」
律「ゴジラから、また“なまはげ”に戻るわけ!」
ガ「こちらは、『門前のなまはげ』と呼ばれております。
門前というのは、ここらあたりの地名です。
高さは、9.99メートルになります」
律「なんで10メートルにしないの?
建築規制?」
ガ「違います」
律「げ、また聞こえちゃった」
ガ「この近くには、長楽寺というお寺(上)と、赤神神社(下)というお社があります。
昔はひとつだったのですが……。
明治以降、神仏分離令により、お寺と神社に分けられたそうです。
門前という地名は、このお寺と神社の“門前”という意味ですね。
で、その赤神神社の方に、五社堂というお堂があります」
み「神社にお堂?」
ガ「昔は神仏混合でしたから。
神社から五社堂に向かう道には、“山門”もありますし……」
ガ「五社堂には、観音菩薩像も安置されてます」
み「見事に混合してますね……」
ガ「で、この五社堂へ登る石段の数が、999段なんです。
なまはげの高さ、9.99メートルは、これにちなんでるわけですね」
律「でも何で、五社堂の石段は、999段なの?」
ガ「よくぞ聞いて下さいました!
石段には、こんな伝説があるんです。
むかしむかし……。
漢の武帝が、男鹿にいらっしゃったそうです」
み「う、うそこけ……」
律「武帝って、いつごろの人よ?」
み「確か、紀元前1~2世紀ごろ」
律「そんなら、キリストより古いんじゃない」
み「日本は、弥生時代のど真ん中だよ」
ガ「続けさせてもらってよろしいですか?」
律「どうぞ」
ガ「そのとき武帝さんは、白い鹿の引く飛車に乗り、五匹のこうもりを従えて来たそうです」
み「はぁ」
ガ「順繰りに解説してる時間が無いので……。
いきなり、話をはしょりますね。
鬼が、村人と賭けをしました」
み「は?
漢の武帝はどうしたの?」
ガ「はしょりました。
門前のなまはげの下には、伝説を記した銘板が掲げられてます」
ガ「もっと詳しく知りたい方は……。
こちらをご覧ください」
ガ「さて、お立ち会い。
鬼と村人が、どんな賭けをしたかと云いますと……。
鬼が一夜にして千段の石段を築くことが出来たら……。
毎年ひとりずつ、村娘を差し出すというもの」
律「ひどいじゃないの!
村人は、そんな賭けを受けたの」
ガ「さようです」
律「許せん!」
ガ「わたしに怒られても……。
で、翌日、日が暮れるとさっそく鬼が現れ……。
石段を築き始めました。
あれよあれよという間に、石段は積み上がり……。
とうとう、999段まで出来てしまいました。
このままでは、毎年ひとりの娘を差し出さなければなりません!」
律「そんな賭けなんか、効力無し!
無効よ!」
ガ「話を続けていいですか?」
み「どうぞ」
ガ「石段が999段まで積み上がった、その時!
村人のひとりが、ニワトリの鳴き真似をしました。
『コケコッコー』
朝が来たと勘違いした鬼は……。
千段目の石段を放り出し、山へ逃げ帰って行きました。
というわけで、五社堂の石段は、999段なんです」
律「その村人、偉い!
初代江戸家猫八じゃないの?」
み「違うと思います」
お話を先に進めましょうね。
ゴジラ岩を過ぎたあたりから、バスの進行方向が北に変わってます。
もう、男鹿半島の先っぽの方まで来たんですね。
少し行くと、バスは大きな駐車場に入りました。
ガ「こちらは、バスの中からの見学になります。
あそこに見えますのが、“大桟橋(おおさんばし)”と書いて……。
“だいせんきょう”と読ませる、男鹿西海岸を代表する景勝地となっております」
「桟橋?
そんなもん、どこにも見えんで」
後のセリフは、町工場の社長です。
ガ「『大桟橋(だいせんきょう)』は、自然が造りだした桟橋です。
日本海の荒波が、長い年月をかけて、大きな岩をくり貫きました」
社「おぉ、あれか。
下を潜れそうやのー。
ひとつ、このバスで潜ってみてくれるか」
ガ「承知いたしました。
それではこれから、救命胴衣をお配りいたします」
社「マジかよ!」
ガ「ウソです。
でも、海上遊覧船なら、ほんとに潜りますよ」
社「怖い姉ちゃんや。
しかし、ぎょうさん魚がおりそうやのぅ」
ガ「クロダイやマダイがよく釣れるそうです」
ガ「でも、この岩場には、舟でなければ行けません」
社「遊覧船から、釣りは出来へんのか?」
ガ「もちろん……。
出来ません!
他社の宣伝をするようでアレですが……。
海上遊覧船はお勧めです。
男鹿のほんとうの景観は、海から見て初めてわかるものです。
かつて海賊が隠れ家にしたという『孔雀の窟(こうじゃくのくつ)』なんかは……」
ガ「海からしか見えないですし。
こちらの『大桟橋』も、上からじゃ、全容は見えてません。
奇岩怪石の続く磯場から、一気に山に駆けあがる傾斜こそが、男鹿ならではの景観です」
ガ「男鹿海上遊覧船は、この先の男鹿水族館前から出ております。
9:00、10:00、11:00、13:30、15:00の1日5便。
所要時間は50分。
料金は、大人1,500円、子供750円。
ただし、乗客数5名以上で運行となりますので……。
お誘い合わせてのご利用をお勧めします。
なお、冬は海が荒れますので……。
11月から4月末までは、運行しておりません」
律「へー。
乗ってみたいな」
み「わたしはパス。
怖そうだから」
律「船が怖いの?
フェリーに乗って来たじゃない」
み「戦艦みたいなフェリーと、吹けば飛ぶような遊覧船を一緒にしないでよ。
安心感が大違い」
律「大丈夫だって。
事故があったなんてニュース、聞かないじゃない。
このバスツアーに組み込んであればいいのにね」
み「あったら申し込んでないわい」