2012.3.3(土)
「いいとこそうだね」
「桜の名所らしいよ」
さすがに、この程度の知識はありました。
ま、城跡公園ってのは、たいがい桜の名所ですけどね。
東北では、弘前城(弘前公園)が有名。
新潟では、高田城(高田公園)。
どちらも、「さくらの名所100選」に選ばれてます。
もちろん!
千秋公園も、入ってます。
ちなみに千秋公園は、ほかにもいろいろな「100選」に選ばれてます。
「日本の歴史公園100選」。
「日本の都市公園100選」。
「日本100名城」。
全国的には、あまり知られてませんが……。
かなり評価の高い公園のようですね。
あ、「千秋」の謂われを書いてませんでしたね。
命名者は、秋田県出身の漢学者・狩野良知(かのうりょうち・1829年【文政12】~1906年【明治39】)。
“秋”はもちろん、秋田の秋です。
そこに、長久を意味する“千”を冠して……。
千秋。
いい名前ですよね。
秋田市には、“千秋(ちあき)”という名前の子が多いんじゃないでしょうか?
きっと美人だろうな。
千秋公園は、前にも書いたとおり、佐竹氏の居城、久保田城の城跡です。
久保田は、地名のようですね。
その久保田城ですが……。
大政奉還により、一旦は国のものとなりました。
しかし、明治23年、佐竹氏に払い下げられます。
同時に、秋田市が佐竹氏より借り受け、千秋公園として開放されました。
昭和28年には、14万6千㎡(4万4千坪!)の土地が、佐竹氏から秋田市に寄贈され……。
名実ともに、市民公園となったとか。
春は、桜。
夏は、葉緑。
秋は、紅葉。
冬は、雪。
1年を通して、市民の憩いの場所となっています。
こういう公園が、駅の真ん前にあるのは……。
うらやましい限りです。
今日は、あまり時間を取れないので……。
さわりだけ、見て行きましょう。
絵図がありました。
今いるのは……。
バス通りの広小路から、堀を渡ったあたりですね。
とりあえず、真っ直ぐ行ってみましょう。
長い坂を登ります。
ようやく、大きな門が見えてきました。
久保田城の表門です。
と言っても、10年ほど前に再建されたものですけど。
20万石の表門……。
さすがに立派ですね。
絵図を見ると……。
一番左奥に、御隅櫓(おすみやぐら)というのがあります。
でも、そこまで足を伸ばすと……。
朝ご飯の時間に響きそうです。
このへんを一回りして、引き返すことにしましょう。
後から調べたら、この判断は正解。
御隅櫓の観覧時間は、9時からでした。
紅葉前の木々は、まだ青々とした葉を付けてます。
律「紅葉のころ、もう一度来てみたいな」
み「紅葉もいいけど……。
桜も捨てがたいよ。
桜を追って北上する旅なんて、どう?」
律「乗った」
さて、バスを降りた広小路まで戻りましょう。
み「じゃ、当初の予定通り……。
市場まで歩こう」
千秋公園入口のバス停からは……。
徒歩、6~7分。
み「着きました」
律「ここ?」
み「どうしたの?
きょとんとしちゃって」
律「だって。
イメージとぜんぜん違うんだもの」
み「ひょっとして……。
露天の朝市を想像してた?」
律「それそれ」
み「確かに露天の方が、風情はあるけどね」
律「なんで、こんなとこ入っちゃったの?」
み「もちろん……。
雪だよ。
雪国で、露天の市場だったら……。
冬期休業になっちゃうでしょ」
律「あ、そうか」
み「新潟市の本町市場も……。
アーケードの下だしね」
律「なるほど。
でもここ、相当新しいんじゃない?」
み「平成13年(2001年)に建て替えられてる。
この建物は、二代目だって。
初代の屋根付き市場が建ったのは……。
昭和39年(1964年)のこと」
律「えー。
わたしの生まれるより、ずっと前じゃない」
み「ほんま?」
律「あたりまえでしょ!」
秋田市民市場の入口を入ると……。
吹き抜けの広場になってました。
律「なんだ。
いきなり、お食事どころがあるじゃない。
“やきやきあん”?」
み「『焼焼庵』と書いて……。
“ふうふうあん”と読ませるみたい」
律「ムリがあるでしょ」
み「承知の上でしょうね。
魚介類の炭火焼き系みたいだよ」
律「あっちのお店は……。
回転寿司らしいね。
『いちばん寿司』」
律「これは、読み違えようがないわ」
み「でも……。
両方とも、まだやってないよ」
律「そうみたいね。
何時から開くのかな?」
み「これは、事前に調べてある。
11時半だって」
律「うそ。
お昼まで開かないの?
何でよ?
築地とか、市場の食物屋さんって……。
朝からやってない?」
み「わたしに文句言わないでちょうだい。
この2軒のお店は……。
市場直営なんだけどさ」
律「じゃ、なおさらじゃないのよ」
み「確かに。
で、わたしは……。
ある疑いを持っておる」
律「何?」
み「ひょっとしたら……。
市場の売れ残りを、材料に使うからじゃないかって」
律「う。
そりゃ、ちょっとエグかろ……」
み「ま、これはさすがに穿ちすぎだろうね。
たぶんほんとは……。
店員さんが、朝方、市場で別の仕事をしてるからかな?」
律「なるほど」
み「でも、売れ残りの転用を、疑われても仕方ない開店時間ではあるよな」
律「ちょっと……。
それじゃ、わたしたちの朝ご飯はどうなるのよ?
11時半まで、市場回って過ごすわけ?」
み「なわけないでしょ。
直営店以外に、テナントとして入ってるお店もあるんだよ。
そういうとこは、朝早くからやってる」
律「良かった~」
吹き抜けの広場には……。
テーブルやイスもありました。
律「なんだ。
朝ご飯を市場で買って……。
ここで食べてもいいんじゃない?」
み「でも、すぐ食べられるものなんて……。
売ってるかね?
野菜とか魚とか、生のばっかりじゃないの?」
律「あ、そうか……」
み「それに、この席……。
使用料を取るみたい」
律「げ」
み「ホームページ見て、ちょっと驚いた。
テーブルは、1日420円。
イスは、105円だって」
律「うっかり、座れないんだね」
み「駅まで5分くらいだからね。
もし、タダにしちゃったら……。
高校生の溜まり場になっちゃうんじゃない?」
律「なるほど」
↓こんなイベントに使われるスペースのようです。
↓秋田市民市場のフロアマップ。
これでは見にくいと思うので……。
秋田市民市場のホームページをご覧ください。
さて、広場を抜けると……。
お店がひしめくように並んでます。
さまざまな食材の放つ、独特の匂いが……。
屋内なので、いっそう鼻を打ちますね。
み「こんなに早くから……。
けっこう、人が歩いてるもんだね」
律「まだ、7時過ぎだよ。
何時からやってんの?」
み「5時からみたい」
律「さすが……。
東北の人は、早起きだね」
み「朝食前に買い物出来て、便利なんじゃないの?
ざっと、見て回ろう」
とりあえず、入口の広場から……。
一番右手の通りを、進んでみます。
ここは、「食品・雑貨・衣料通り」。
その名のとおり……。
パン屋さんや、お菓子屋さん、衣料品のお店などが並んでます。
1本通りを移ると、八百屋さんがずらりと並びます。
「青果通り」。
律「けっこう、競争厳しいんじゃないの?」
通りを、もう1本移ると……。
「乾物・青果通り」。
八百屋さんに混じり、乾物屋さんや佃煮屋さんが増えてきます。
律「なんだ、お総菜もあるじゃん」
み「ほんとだ。
広場のテーブルさえ、タダで使えたらね。
白いご飯だけ持ってくれば……。
ご飯食べられるのに」
律「そういうヤツがいるから……。
有料にしてるのかも」
次の通りに移ると……。
乾物屋さんに、魚屋さんが混じってきます。
「塩干し・乾物通り」と「水産通り」。
み「宅配便の窓口まであるね」
律「観光客でも、買い物出来るってわけね」
み「ATMもあったから……。
買いすぎても大丈夫か」
律「ま、クレジット決済は、ムリでしょうからね」
ここで、観光で行かれる方に、ひとこと。
この市場、日曜日がお休みですので、ご注意ください。
さて、もう1本移ると、完全に魚屋さんの通り。
「水産通り」。
この通りで、行き止まりのようです。
市場の建物は、2階建て。
でも、2階は、100均や美容室なので……。
観光客には、用が無さそうです。
さて、魚屋さんの通りを突き当たると……。
お目当ての食堂街。
“街”と言っても、たった3軒ですけど。
律「みんな開いてるみたいだね」
み「ちょっと提案なんですけど……」
律「何?」
み「やっぱり市場の食堂だけあって……。
定食系のお店は、海鮮ものが名物らしいんだ」
律「なるほど」
み「でさ。
わたし、生魚がダメなわけでしょ」
律「それで、新潟でもニワトリ食べさせられたっけね」
み「美味しかったでしょ!」
律「うん。
味には大満足」
み「で、秋田でも……。
海鮮系は、出来ればパスしたいわけ」
律「ふーむ。
ほかに、どんな美味しいものがあるの?
その答え次第だねー」
み「1軒だけ、ラーメン屋さんなんだよ。
“朝ラー”にしない?」
律「ほー。
ちょっと、意表突いてきたね。
“朝ラー”か……。
夕べのカラ揚げが、がっつり系だったから……。
朝は麺ってのも、ありかな」
み「決まり!」
律子先生の気が変わらないうちに……。
腕を取って、お店の前に。
律「『支那そば伊藤』?
すごい地味な名前」
み「有名なお店なんだよ」
上の写真は、市場内からの入口です。
でも、この『支那そば伊藤』には、市場の外にも入口があるんです。
外の入口の脇には……。
お店の由来が掲げてあります。
この由来にある「十文字中華そば」ですが……。
秋田のご当地ラーメンとして、有名なんです。
といっても……。
秋田市のラーメンではありません。
秋田県第2の都市、横手市。
カマクラで有名なところですね。
横手のB級グルメでは……。
目玉焼きの乗った「横手やきそば」の方が、メジャーでしょう。
なにしろ、2009年「B-1グランプリ」で優勝してますから(開催地という地元の利もあったでしょうが……)。
で、「十文字中華そば」のルーツは……。
横手市の十文字地区にあります。
横手から、奥羽本線を3駅南下すると、十文字という駅があります。
ここは昔、十文字町(じゅうもんじまち)だったところ。
十文字町は、平成17年(2005年)の市町村合併により、横手市となりました。
さて、「十文字中華そば」。
その特徴を、ざっと解説します。
まずは、スープから。
煮干しや鰹節などを使った魚介系の出汁です。
和風醤油味のあっさりスープ。
具材は、チャーシュー、メンマ、ネギ、ノリなど。
オーソドックスですね。
プラス、麩が入るのが、特徴と言えば特徴です。
昔の駅前食堂にあったような、いわゆる“支那そば”系。
麺にも特徴があります。
“かんすい”を用いてないんですね。
はて、“かんすい”とは何ぞやということですが……。
わたしも、元々知ってたわけじゃないので……。
Wikipediaから、抜粋します。
-------------------------------------------------------
鹸水(かんすい)は、中華麺やワンタンの皮などに食品添加物として加えるアルカリ塩水溶液である。
モンゴル(現内蒙古)で偶然、鹸水(塩湖のアルカリ塩水)を使った製麺技法が発見され、麺類の伝播とともに日本にも広がった。
本来、麺のコシを高めるために用いられるが、副次的要素として麺の色調が向上する(黄色みを帯びる)効果もある。このため、日本で製麺される中華麺には欠かせない成分である。
忌避される副次効果として、かん水独特の臭気と苦味の発生がある。
-------------------------------------------------------
よくわかりませんが……。
中華麺に欠かせない成分とあるからには……。
どうやら、黄色くて腰がある麺を作る成分らしいですね。
わたしは今まで、あの黄色は、卵を使うからだとばっかり思ってました。
違ったんですね。
となると、“かんすい”が入ってなければ、中華麺じゃないんじゃないの?
……って気もしますが……。
「十文字中華そば」を名乗るからには……。
ちゃんと、“中華”なんでしょうね。
この“かんすい”を使わない、極細の縮れ麺こそが……。
「十文字中華そば」の最大の特徴のようです。
やっぱり、黄色みが薄い感じですよね。
インスタントラーメンみたい?
「十文字中華そば」の誕生は、昭和10年ころ。
現在も営業してる「マルタマ」さんで出されたのが始まりとか。
重労働の多かった時代……。
こんなあっさりラーメンが誕生したのは、ちょっと不思議な気もしますが……。
どうやらこのラーメン……。
三食とは別に、おやつとして食べられてたようです。
で、この「十文字中華そば」には、名店と呼ばれるお店が、3つあります。
元祖の「マルタマ」。
確かに、麩が入ってますね。
あとは、「丸竹食堂」。
そして……。
「名代三角そばや」。
「支那そば伊藤」の玄関前にあった立て看板には……。
『「十文字中華そば」の名店で修行を積み』とありますが……。
この名店は、「名代三角そばや」さんだそうです。
さっそく、お店に入りましょう。
今の時間は、朝8時。
満員ではありませんが、けっこうお客さんがいます。
お店は、7時から開いてますので……。
朝ラーにはうってつけなんですね。
律「カウンターでいいよね」
み「その前に、券売機」
律「あ、食券買うのか」
律「何にしようかな……。
ん?」
律「なんだ。
けっこうメニューがあると思ったら……。
盛り方が違うだけじゃん。
下の方は、トッピングのオプションだし」
み「メニューが多くても、全部食べられるわけじゃないでしょ」
律「そりゃそうだけど。
結局……。
お醤油の『中華そば』と……。
『みそ中華』だけじゃない。
あとは……。
何、これ?
『そのまんま冷やし』?
これって、冷やし中華?」
み「さようです」
律「“そのまんま東”の洒落だってのはわかるけど……。
どう繋げてるんだろ?
わかった。
宮崎名物の具が、ずらっと載ってるんだ。
宮崎牛とかさ。
美味しそうだな」
み「それにする?」
律「そうだねー。
Mikiちゃんは?」
み「わたしは、普通の『中華そば』にする」
律「じゃ、わたしは『みそ中華』にしようかな?」
「ダメ!
『そのまんま冷やし』にしなさい」
律「何でよ?」
み「その方が面白いでしょ。
帰ってからも、ネタに出来るよ」
律「別に、ネタ作りに来たわけじゃないですから。
コメント面白くしたかったら……。
Mikiちゃんが食べればいいじゃない?」
み「だから……。
半分こすればいいの。
半分食べたら取り替えっこ」
律「そうか。
そんならいいや」
てことで、『中華そば』と『そのまんま冷やし』の食券を購入。
店内は、4人掛けのテーブル席がいくつかと……。
あとは、L字のカウンター。
15人も入れば、満員でしょうか?
店内は新しく……。
いかにも“ラーメン屋”的なアトモスフィアは醸されてません。
この点、女性でも抵抗無く入れるんじゃないでしょうか?
カウンターに座ります。
カウンターの上にも、外玄関と同じ看板が掲げられてました。
お品書きもありますが……。
食券買うんだから、あんまり意味ないんじゃ……?
待つことしばし。
「お待ち!」
威勢のいい声とともに、わたしの前に『中華そば』が置かれました。
「へー。
綺麗なラーメンだね」
律子先生が覗きこんできました。
み「ちゃんとわけてあげるから……。
うらやましそうな声出さないの」
薄い飴色をした透明なスープに……。
細い縮れ麺が沈んでます。
まさしく、“支那そば”という名称にぴったり。
オプションのトッピングは、追加しなかったんですが……。
みんな載ってるみたいですね。
「十文字中華そば」の特徴である、麩も入ってます。
どうして追加のオプションなんか、あるんでしょうね?
「お待ち!」
律子先生の前に、『そのまんま冷やし』が置かれました。
案の定、律子先生は……。
目の前に置かれた器を、呆然と眺めてます。
うぷぷ。
笑いを堪え切れません。
先生が顔を寄せてきました。
律「ちょっと、Mikiちゃん。
どうしよう?
あのご主人……。
具を乗せ忘れてるよ」
ま、そう思うのもムリありませんね。
麺の上に載ってるのは……。
ネギだけなんですから。
み「違うの。
『そのまんま』ってのは……。
こういうことなの」
律「えー。
具が入ってないから、『そのまんま』なわけ?」
み「さようです」
律「おのれ。
わかってて、注文させたな。
せっかく、宮崎牛が載ってると思ったのに……」
み「そんな風に思う方が、尋常じゃないでしょ。
わたしの『中華そば』が、650円で……。
『そのまんま冷やし』は、500円なんだから」
み「第一、なんで秋田で、宮崎牛なのよ」
律「世の中に、奇跡はないってことね」
み「もともとは、忙しい市場の店員さんが……。
手っとり早く食事を摂るために……。
具のない冷やし中華が編み出されたんだって」
律「でも、これって……。
栄養的には、どうなんだろ?
栄養士さんは……。
お勧めしないよね」
み「3食、これを食べるわけじゃないんだからさ。
昼間は、炭水化物さえ摂れれば十分だって。
つべこべ言ってないで、食べてみて。
きっと、美味しいから」
律「じゃ、いただきます。
これでマズかったら……。
ドンブリひっくり返すからね」
み「どう?」
律「……。
美味しい!
当たりだよ、これ」
み「だしょー」
この『そのまんま冷やし』ですが……。
ネーミングの妙と……。
その不思議な美味しさで、新聞ネタにもなりました。
律「醤油味のスープに、酢が効いてるね。
さっぱりしてて、いくらでも入りそう。
飲んだ後の締めにも良さそうだし……。
二日酔いの朝でも食べられそう」
み「ちょっと、半分以上食べないでちょうだい。
交換、交換」
律「あんた、チャーシュー食べちゃったじゃないの!
み「よく見てよ。
1枚あるでしょ」
律「出てきたとき、3枚あったじゃないの」
み「よく見てんな……。
その代わり、メンマ食べてないから」
律「ずいぶん、軽重が違うんじゃないの?」
み「いいから、交換!
あ、ネギなら食べていいからね」
律「医者に生ネギは禁物。
客商売だからね」
み「旅先なんだから、いいじゃん」
律「食べないのがクセになっちゃったから。
はい、じゃあ、交換」
み「わーい」
律「いただきまーす」
み「いただきまーす」
律「おー。
冷えた口に、温かいラーメンが美味しい」
み「温まった口に、冷えた麺が美味しい」
律「これ、男の人なら、両方いっぺんにいけるよね」
み「十文字の人が、おやつに食べたラーメンだからね。
ぜんぜん大丈夫じゃない?
でも、値段がねー。
2つで、1,150円だからなぁ」
律「さっき、券売機で気づいたんだけど……」
み「何?
急に小声で」
律「ここの大盛りって、高いよね」
律「具は変わらないで、麺だけ増えるんでしょ?
それで、並の650円が、中で800円になっちゃうんだからさ。
大なんて、さらに100円増しで、900円だよ」
み「900円だったら、ラーメンと冷やしを注文しても、大して変わらないね」
律「でも、美味しいことは、間違いなし。
スープも飲んじゃおぅっと」
み「あー。
みんな飲んじゃった!
信じらんない!
わたしも飲みたかったのに!」
律「チャーシュー2枚も食べた罰よ。
冷やしのスープ飲めばいいでしょ」
み「酸っぱいんだもん」
律「えー。
そんなに酸っぱくなかったよ。
どれどれ。
お皿よこしなさい。
なんだ、ぜんぜん飲めるじゃない。
いらないんなら、わたしが飲んじゃうよ」
み「あーー。
冷やしの汁まで飲んじゃった!
ひどすぎる!」
律「いらないって言ったじゃない」
み「言ってないよ!
酸っぱいって言っただけ」
律「チャーシューの恨み……。
思い知ったか」
み「くそー。
こんなに執念深い女だったとは……。
しかし、執念深さでは、わたしも負けないのだ。
かならず仇は取ってくれる……」
さて、遺恨を残したまま……。
秋田市民市場を出ましょう。
秋田駅までは、徒歩5分で着きました。
線路を跨いで西口と東口を繋ぐ自由通路上に、駅があります。
この通路が開通したのは、平成12年。
み「ここ、『ぽぽろーど』っていうらしいよ」
律「どういう意味?」
み「えーと、手帳にメモして来た。
イタリア語で“人”を意味する“Popolo”と、英語の“Road(道)”を組み合わせたんだって」
律「セリオンもそうだったけど……。
秋田の人って、組み合わせるのが好きだね。
しかも、ムリヤリ」
名前はどうあれ……。
明るくてうらやましいです。
新潟駅は、どこも薄暗くて狭苦しいから。
将来的には、線路が高架になって、駅も建て替えられるようですが……。
事業計画を見ると……。
完成予定は、平成39年(2027年)。
もう、平成じゃなくなってるんじゃないの?
律「ちょっと、Mikiちゃん。
改札、通り過ぎちゃったよ」
み「いいの。
汽車には乗らないから」
律「じゃ、なんで駅に来たのよ」
み「東口に渡るためです」
東口は、こんな感じ。
律「そろそろ、今日の予定、教えてよ」
み「今日は……。
男鹿半島を一周します」
律子先生は、宙を睨みながら、懸命に秋田県地図を思い浮かべてるようす。
「桜の名所らしいよ」
さすがに、この程度の知識はありました。
ま、城跡公園ってのは、たいがい桜の名所ですけどね。
東北では、弘前城(弘前公園)が有名。
新潟では、高田城(高田公園)。
どちらも、「さくらの名所100選」に選ばれてます。
もちろん!
千秋公園も、入ってます。
ちなみに千秋公園は、ほかにもいろいろな「100選」に選ばれてます。
「日本の歴史公園100選」。
「日本の都市公園100選」。
「日本100名城」。
全国的には、あまり知られてませんが……。
かなり評価の高い公園のようですね。
あ、「千秋」の謂われを書いてませんでしたね。
命名者は、秋田県出身の漢学者・狩野良知(かのうりょうち・1829年【文政12】~1906年【明治39】)。
“秋”はもちろん、秋田の秋です。
そこに、長久を意味する“千”を冠して……。
千秋。
いい名前ですよね。
秋田市には、“千秋(ちあき)”という名前の子が多いんじゃないでしょうか?
きっと美人だろうな。
千秋公園は、前にも書いたとおり、佐竹氏の居城、久保田城の城跡です。
久保田は、地名のようですね。
その久保田城ですが……。
大政奉還により、一旦は国のものとなりました。
しかし、明治23年、佐竹氏に払い下げられます。
同時に、秋田市が佐竹氏より借り受け、千秋公園として開放されました。
昭和28年には、14万6千㎡(4万4千坪!)の土地が、佐竹氏から秋田市に寄贈され……。
名実ともに、市民公園となったとか。
春は、桜。
夏は、葉緑。
秋は、紅葉。
冬は、雪。
1年を通して、市民の憩いの場所となっています。
こういう公園が、駅の真ん前にあるのは……。
うらやましい限りです。
今日は、あまり時間を取れないので……。
さわりだけ、見て行きましょう。
絵図がありました。
今いるのは……。
バス通りの広小路から、堀を渡ったあたりですね。
とりあえず、真っ直ぐ行ってみましょう。
長い坂を登ります。
ようやく、大きな門が見えてきました。
久保田城の表門です。
と言っても、10年ほど前に再建されたものですけど。
20万石の表門……。
さすがに立派ですね。
絵図を見ると……。
一番左奥に、御隅櫓(おすみやぐら)というのがあります。
でも、そこまで足を伸ばすと……。
朝ご飯の時間に響きそうです。
このへんを一回りして、引き返すことにしましょう。
後から調べたら、この判断は正解。
御隅櫓の観覧時間は、9時からでした。
紅葉前の木々は、まだ青々とした葉を付けてます。
律「紅葉のころ、もう一度来てみたいな」
み「紅葉もいいけど……。
桜も捨てがたいよ。
桜を追って北上する旅なんて、どう?」
律「乗った」
さて、バスを降りた広小路まで戻りましょう。
み「じゃ、当初の予定通り……。
市場まで歩こう」
千秋公園入口のバス停からは……。
徒歩、6~7分。
み「着きました」
律「ここ?」
み「どうしたの?
きょとんとしちゃって」
律「だって。
イメージとぜんぜん違うんだもの」
み「ひょっとして……。
露天の朝市を想像してた?」
律「それそれ」
み「確かに露天の方が、風情はあるけどね」
律「なんで、こんなとこ入っちゃったの?」
み「もちろん……。
雪だよ。
雪国で、露天の市場だったら……。
冬期休業になっちゃうでしょ」
律「あ、そうか」
み「新潟市の本町市場も……。
アーケードの下だしね」
律「なるほど。
でもここ、相当新しいんじゃない?」
み「平成13年(2001年)に建て替えられてる。
この建物は、二代目だって。
初代の屋根付き市場が建ったのは……。
昭和39年(1964年)のこと」
律「えー。
わたしの生まれるより、ずっと前じゃない」
み「ほんま?」
律「あたりまえでしょ!」
秋田市民市場の入口を入ると……。
吹き抜けの広場になってました。
律「なんだ。
いきなり、お食事どころがあるじゃない。
“やきやきあん”?」
み「『焼焼庵』と書いて……。
“ふうふうあん”と読ませるみたい」
律「ムリがあるでしょ」
み「承知の上でしょうね。
魚介類の炭火焼き系みたいだよ」
律「あっちのお店は……。
回転寿司らしいね。
『いちばん寿司』」
律「これは、読み違えようがないわ」
み「でも……。
両方とも、まだやってないよ」
律「そうみたいね。
何時から開くのかな?」
み「これは、事前に調べてある。
11時半だって」
律「うそ。
お昼まで開かないの?
何でよ?
築地とか、市場の食物屋さんって……。
朝からやってない?」
み「わたしに文句言わないでちょうだい。
この2軒のお店は……。
市場直営なんだけどさ」
律「じゃ、なおさらじゃないのよ」
み「確かに。
で、わたしは……。
ある疑いを持っておる」
律「何?」
み「ひょっとしたら……。
市場の売れ残りを、材料に使うからじゃないかって」
律「う。
そりゃ、ちょっとエグかろ……」
み「ま、これはさすがに穿ちすぎだろうね。
たぶんほんとは……。
店員さんが、朝方、市場で別の仕事をしてるからかな?」
律「なるほど」
み「でも、売れ残りの転用を、疑われても仕方ない開店時間ではあるよな」
律「ちょっと……。
それじゃ、わたしたちの朝ご飯はどうなるのよ?
11時半まで、市場回って過ごすわけ?」
み「なわけないでしょ。
直営店以外に、テナントとして入ってるお店もあるんだよ。
そういうとこは、朝早くからやってる」
律「良かった~」
吹き抜けの広場には……。
テーブルやイスもありました。
律「なんだ。
朝ご飯を市場で買って……。
ここで食べてもいいんじゃない?」
み「でも、すぐ食べられるものなんて……。
売ってるかね?
野菜とか魚とか、生のばっかりじゃないの?」
律「あ、そうか……」
み「それに、この席……。
使用料を取るみたい」
律「げ」
み「ホームページ見て、ちょっと驚いた。
テーブルは、1日420円。
イスは、105円だって」
律「うっかり、座れないんだね」
み「駅まで5分くらいだからね。
もし、タダにしちゃったら……。
高校生の溜まり場になっちゃうんじゃない?」
律「なるほど」
↓こんなイベントに使われるスペースのようです。
↓秋田市民市場のフロアマップ。
これでは見にくいと思うので……。
秋田市民市場のホームページをご覧ください。
さて、広場を抜けると……。
お店がひしめくように並んでます。
さまざまな食材の放つ、独特の匂いが……。
屋内なので、いっそう鼻を打ちますね。
み「こんなに早くから……。
けっこう、人が歩いてるもんだね」
律「まだ、7時過ぎだよ。
何時からやってんの?」
み「5時からみたい」
律「さすが……。
東北の人は、早起きだね」
み「朝食前に買い物出来て、便利なんじゃないの?
ざっと、見て回ろう」
とりあえず、入口の広場から……。
一番右手の通りを、進んでみます。
ここは、「食品・雑貨・衣料通り」。
その名のとおり……。
パン屋さんや、お菓子屋さん、衣料品のお店などが並んでます。
1本通りを移ると、八百屋さんがずらりと並びます。
「青果通り」。
律「けっこう、競争厳しいんじゃないの?」
通りを、もう1本移ると……。
「乾物・青果通り」。
八百屋さんに混じり、乾物屋さんや佃煮屋さんが増えてきます。
律「なんだ、お総菜もあるじゃん」
み「ほんとだ。
広場のテーブルさえ、タダで使えたらね。
白いご飯だけ持ってくれば……。
ご飯食べられるのに」
律「そういうヤツがいるから……。
有料にしてるのかも」
次の通りに移ると……。
乾物屋さんに、魚屋さんが混じってきます。
「塩干し・乾物通り」と「水産通り」。
み「宅配便の窓口まであるね」
律「観光客でも、買い物出来るってわけね」
み「ATMもあったから……。
買いすぎても大丈夫か」
律「ま、クレジット決済は、ムリでしょうからね」
ここで、観光で行かれる方に、ひとこと。
この市場、日曜日がお休みですので、ご注意ください。
さて、もう1本移ると、完全に魚屋さんの通り。
「水産通り」。
この通りで、行き止まりのようです。
市場の建物は、2階建て。
でも、2階は、100均や美容室なので……。
観光客には、用が無さそうです。
さて、魚屋さんの通りを突き当たると……。
お目当ての食堂街。
“街”と言っても、たった3軒ですけど。
律「みんな開いてるみたいだね」
み「ちょっと提案なんですけど……」
律「何?」
み「やっぱり市場の食堂だけあって……。
定食系のお店は、海鮮ものが名物らしいんだ」
律「なるほど」
み「でさ。
わたし、生魚がダメなわけでしょ」
律「それで、新潟でもニワトリ食べさせられたっけね」
み「美味しかったでしょ!」
律「うん。
味には大満足」
み「で、秋田でも……。
海鮮系は、出来ればパスしたいわけ」
律「ふーむ。
ほかに、どんな美味しいものがあるの?
その答え次第だねー」
み「1軒だけ、ラーメン屋さんなんだよ。
“朝ラー”にしない?」
律「ほー。
ちょっと、意表突いてきたね。
“朝ラー”か……。
夕べのカラ揚げが、がっつり系だったから……。
朝は麺ってのも、ありかな」
み「決まり!」
律子先生の気が変わらないうちに……。
腕を取って、お店の前に。
律「『支那そば伊藤』?
すごい地味な名前」
み「有名なお店なんだよ」
上の写真は、市場内からの入口です。
でも、この『支那そば伊藤』には、市場の外にも入口があるんです。
外の入口の脇には……。
お店の由来が掲げてあります。
この由来にある「十文字中華そば」ですが……。
秋田のご当地ラーメンとして、有名なんです。
といっても……。
秋田市のラーメンではありません。
秋田県第2の都市、横手市。
カマクラで有名なところですね。
横手のB級グルメでは……。
目玉焼きの乗った「横手やきそば」の方が、メジャーでしょう。
なにしろ、2009年「B-1グランプリ」で優勝してますから(開催地という地元の利もあったでしょうが……)。
で、「十文字中華そば」のルーツは……。
横手市の十文字地区にあります。
横手から、奥羽本線を3駅南下すると、十文字という駅があります。
ここは昔、十文字町(じゅうもんじまち)だったところ。
十文字町は、平成17年(2005年)の市町村合併により、横手市となりました。
さて、「十文字中華そば」。
その特徴を、ざっと解説します。
まずは、スープから。
煮干しや鰹節などを使った魚介系の出汁です。
和風醤油味のあっさりスープ。
具材は、チャーシュー、メンマ、ネギ、ノリなど。
オーソドックスですね。
プラス、麩が入るのが、特徴と言えば特徴です。
昔の駅前食堂にあったような、いわゆる“支那そば”系。
麺にも特徴があります。
“かんすい”を用いてないんですね。
はて、“かんすい”とは何ぞやということですが……。
わたしも、元々知ってたわけじゃないので……。
Wikipediaから、抜粋します。
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鹸水(かんすい)は、中華麺やワンタンの皮などに食品添加物として加えるアルカリ塩水溶液である。
モンゴル(現内蒙古)で偶然、鹸水(塩湖のアルカリ塩水)を使った製麺技法が発見され、麺類の伝播とともに日本にも広がった。
本来、麺のコシを高めるために用いられるが、副次的要素として麺の色調が向上する(黄色みを帯びる)効果もある。このため、日本で製麺される中華麺には欠かせない成分である。
忌避される副次効果として、かん水独特の臭気と苦味の発生がある。
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よくわかりませんが……。
中華麺に欠かせない成分とあるからには……。
どうやら、黄色くて腰がある麺を作る成分らしいですね。
わたしは今まで、あの黄色は、卵を使うからだとばっかり思ってました。
違ったんですね。
となると、“かんすい”が入ってなければ、中華麺じゃないんじゃないの?
……って気もしますが……。
「十文字中華そば」を名乗るからには……。
ちゃんと、“中華”なんでしょうね。
この“かんすい”を使わない、極細の縮れ麺こそが……。
「十文字中華そば」の最大の特徴のようです。
やっぱり、黄色みが薄い感じですよね。
インスタントラーメンみたい?
「十文字中華そば」の誕生は、昭和10年ころ。
現在も営業してる「マルタマ」さんで出されたのが始まりとか。
重労働の多かった時代……。
こんなあっさりラーメンが誕生したのは、ちょっと不思議な気もしますが……。
どうやらこのラーメン……。
三食とは別に、おやつとして食べられてたようです。
で、この「十文字中華そば」には、名店と呼ばれるお店が、3つあります。
元祖の「マルタマ」。
確かに、麩が入ってますね。
あとは、「丸竹食堂」。
そして……。
「名代三角そばや」。
「支那そば伊藤」の玄関前にあった立て看板には……。
『「十文字中華そば」の名店で修行を積み』とありますが……。
この名店は、「名代三角そばや」さんだそうです。
さっそく、お店に入りましょう。
今の時間は、朝8時。
満員ではありませんが、けっこうお客さんがいます。
お店は、7時から開いてますので……。
朝ラーにはうってつけなんですね。
律「カウンターでいいよね」
み「その前に、券売機」
律「あ、食券買うのか」
律「何にしようかな……。
ん?」
律「なんだ。
けっこうメニューがあると思ったら……。
盛り方が違うだけじゃん。
下の方は、トッピングのオプションだし」
み「メニューが多くても、全部食べられるわけじゃないでしょ」
律「そりゃそうだけど。
結局……。
お醤油の『中華そば』と……。
『みそ中華』だけじゃない。
あとは……。
何、これ?
『そのまんま冷やし』?
これって、冷やし中華?」
み「さようです」
律「“そのまんま東”の洒落だってのはわかるけど……。
どう繋げてるんだろ?
わかった。
宮崎名物の具が、ずらっと載ってるんだ。
宮崎牛とかさ。
美味しそうだな」
み「それにする?」
律「そうだねー。
Mikiちゃんは?」
み「わたしは、普通の『中華そば』にする」
律「じゃ、わたしは『みそ中華』にしようかな?」
「ダメ!
『そのまんま冷やし』にしなさい」
律「何でよ?」
み「その方が面白いでしょ。
帰ってからも、ネタに出来るよ」
律「別に、ネタ作りに来たわけじゃないですから。
コメント面白くしたかったら……。
Mikiちゃんが食べればいいじゃない?」
み「だから……。
半分こすればいいの。
半分食べたら取り替えっこ」
律「そうか。
そんならいいや」
てことで、『中華そば』と『そのまんま冷やし』の食券を購入。
店内は、4人掛けのテーブル席がいくつかと……。
あとは、L字のカウンター。
15人も入れば、満員でしょうか?
店内は新しく……。
いかにも“ラーメン屋”的なアトモスフィアは醸されてません。
この点、女性でも抵抗無く入れるんじゃないでしょうか?
カウンターに座ります。
カウンターの上にも、外玄関と同じ看板が掲げられてました。
お品書きもありますが……。
食券買うんだから、あんまり意味ないんじゃ……?
待つことしばし。
「お待ち!」
威勢のいい声とともに、わたしの前に『中華そば』が置かれました。
「へー。
綺麗なラーメンだね」
律子先生が覗きこんできました。
み「ちゃんとわけてあげるから……。
うらやましそうな声出さないの」
薄い飴色をした透明なスープに……。
細い縮れ麺が沈んでます。
まさしく、“支那そば”という名称にぴったり。
オプションのトッピングは、追加しなかったんですが……。
みんな載ってるみたいですね。
「十文字中華そば」の特徴である、麩も入ってます。
どうして追加のオプションなんか、あるんでしょうね?
「お待ち!」
律子先生の前に、『そのまんま冷やし』が置かれました。
案の定、律子先生は……。
目の前に置かれた器を、呆然と眺めてます。
うぷぷ。
笑いを堪え切れません。
先生が顔を寄せてきました。
律「ちょっと、Mikiちゃん。
どうしよう?
あのご主人……。
具を乗せ忘れてるよ」
ま、そう思うのもムリありませんね。
麺の上に載ってるのは……。
ネギだけなんですから。
み「違うの。
『そのまんま』ってのは……。
こういうことなの」
律「えー。
具が入ってないから、『そのまんま』なわけ?」
み「さようです」
律「おのれ。
わかってて、注文させたな。
せっかく、宮崎牛が載ってると思ったのに……」
み「そんな風に思う方が、尋常じゃないでしょ。
わたしの『中華そば』が、650円で……。
『そのまんま冷やし』は、500円なんだから」
み「第一、なんで秋田で、宮崎牛なのよ」
律「世の中に、奇跡はないってことね」
み「もともとは、忙しい市場の店員さんが……。
手っとり早く食事を摂るために……。
具のない冷やし中華が編み出されたんだって」
律「でも、これって……。
栄養的には、どうなんだろ?
栄養士さんは……。
お勧めしないよね」
み「3食、これを食べるわけじゃないんだからさ。
昼間は、炭水化物さえ摂れれば十分だって。
つべこべ言ってないで、食べてみて。
きっと、美味しいから」
律「じゃ、いただきます。
これでマズかったら……。
ドンブリひっくり返すからね」
み「どう?」
律「……。
美味しい!
当たりだよ、これ」
み「だしょー」
この『そのまんま冷やし』ですが……。
ネーミングの妙と……。
その不思議な美味しさで、新聞ネタにもなりました。
律「醤油味のスープに、酢が効いてるね。
さっぱりしてて、いくらでも入りそう。
飲んだ後の締めにも良さそうだし……。
二日酔いの朝でも食べられそう」
み「ちょっと、半分以上食べないでちょうだい。
交換、交換」
律「あんた、チャーシュー食べちゃったじゃないの!
み「よく見てよ。
1枚あるでしょ」
律「出てきたとき、3枚あったじゃないの」
み「よく見てんな……。
その代わり、メンマ食べてないから」
律「ずいぶん、軽重が違うんじゃないの?」
み「いいから、交換!
あ、ネギなら食べていいからね」
律「医者に生ネギは禁物。
客商売だからね」
み「旅先なんだから、いいじゃん」
律「食べないのがクセになっちゃったから。
はい、じゃあ、交換」
み「わーい」
律「いただきまーす」
み「いただきまーす」
律「おー。
冷えた口に、温かいラーメンが美味しい」
み「温まった口に、冷えた麺が美味しい」
律「これ、男の人なら、両方いっぺんにいけるよね」
み「十文字の人が、おやつに食べたラーメンだからね。
ぜんぜん大丈夫じゃない?
でも、値段がねー。
2つで、1,150円だからなぁ」
律「さっき、券売機で気づいたんだけど……」
み「何?
急に小声で」
律「ここの大盛りって、高いよね」
律「具は変わらないで、麺だけ増えるんでしょ?
それで、並の650円が、中で800円になっちゃうんだからさ。
大なんて、さらに100円増しで、900円だよ」
み「900円だったら、ラーメンと冷やしを注文しても、大して変わらないね」
律「でも、美味しいことは、間違いなし。
スープも飲んじゃおぅっと」
み「あー。
みんな飲んじゃった!
信じらんない!
わたしも飲みたかったのに!」
律「チャーシュー2枚も食べた罰よ。
冷やしのスープ飲めばいいでしょ」
み「酸っぱいんだもん」
律「えー。
そんなに酸っぱくなかったよ。
どれどれ。
お皿よこしなさい。
なんだ、ぜんぜん飲めるじゃない。
いらないんなら、わたしが飲んじゃうよ」
み「あーー。
冷やしの汁まで飲んじゃった!
ひどすぎる!」
律「いらないって言ったじゃない」
み「言ってないよ!
酸っぱいって言っただけ」
律「チャーシューの恨み……。
思い知ったか」
み「くそー。
こんなに執念深い女だったとは……。
しかし、執念深さでは、わたしも負けないのだ。
かならず仇は取ってくれる……」
さて、遺恨を残したまま……。
秋田市民市場を出ましょう。
秋田駅までは、徒歩5分で着きました。
線路を跨いで西口と東口を繋ぐ自由通路上に、駅があります。
この通路が開通したのは、平成12年。
み「ここ、『ぽぽろーど』っていうらしいよ」
律「どういう意味?」
み「えーと、手帳にメモして来た。
イタリア語で“人”を意味する“Popolo”と、英語の“Road(道)”を組み合わせたんだって」
律「セリオンもそうだったけど……。
秋田の人って、組み合わせるのが好きだね。
しかも、ムリヤリ」
名前はどうあれ……。
明るくてうらやましいです。
新潟駅は、どこも薄暗くて狭苦しいから。
将来的には、線路が高架になって、駅も建て替えられるようですが……。
事業計画を見ると……。
完成予定は、平成39年(2027年)。
もう、平成じゃなくなってるんじゃないの?
律「ちょっと、Mikiちゃん。
改札、通り過ぎちゃったよ」
み「いいの。
汽車には乗らないから」
律「じゃ、なんで駅に来たのよ」
み「東口に渡るためです」
東口は、こんな感じ。
律「そろそろ、今日の予定、教えてよ」
み「今日は……。
男鹿半島を一周します」
律子先生は、宙を睨みながら、懸命に秋田県地図を思い浮かべてるようす。