2012.3.3(土)
律「それじゃ、さっそく……」
み「どう?」
律「う。
濃いぃ。
お冷やと間違えたらタイヘンだ、こりゃ」
み「どれどれ。
……。
ほんとだ。
確か、40度だったかな?
空きっ腹じゃ、飲めないね」
律「胃がでんぐり返るよ」
み「絶対、残すなよ。
高いんだから」
律「いくら?」
み「出回る量が少ないので……。
ネットでは、プレミアが付いてるらしい。
720mlの瓶で、2万近くするみたいだよ」
律「ひぇぇぇ」
み「でも、もっとレアなお酒があるんだって」
律「まだあるの?」
み「石本酒造の本社あたりは……。
梅の名産地でもあるんだよ。
藤五郎梅ってのが、有名。
文化文政(1804~1829年)のころから、全国的に名が広まってたんだって。
戦前は、海軍の御用達だったとか」
み「でね……。
その藤五郎梅を、この焼酎に漬けた梅酒があるんだよ」
律「うぅ。
これ以上飲んだら……。
潰れちゃうかも」
み「ここでは飲めないみたい。
下の『きた山』で、1人1杯限定だってさ」
律「よし。
次、新潟来たときは……。
『きた山』、予約してね。
越乃寒梅のしゃぶしゃぶ」
律「それと梅酒ね!」
み「オッケー」
律「もうそろそろ、看板だね」
み「お店の人に、タクシー呼んでもらおう」
10時を回りそうでしたが……。
お勘定を先にして、タクシーが来るまで待たせてもらうことに。
ほどなく、お店の方がタクシーの到着を知らせてくれました。
み「1滴も残すなよ」
律「残すかい!
氷まで食ってやる」
バリバリバリバリ。
バリバリバリバリ。
み「『せきとり』では、軟骨を噛み砕き……」
律「『Manjia』では、氷塊を砕く」
み「お互い、歯が丈夫で良かったのぅ」
さて、転げ落ちることも無く、無事階段を下りると……。
タクシーが待ってました。
み「新日本海フェリーのターミナルまで」
律「え?
これからフェリー乗るの?」
み「左様です」
律「てっきり、夜行列車だと思ってた。
出航は何時?」
み「23時30分」
律「そんなに遅いの?」
み「この出航時間がネックなんだよな。
北海道行きの時は……。
こんな時間に乗りたくないばっかりに……。
始発の敦賀まで行ったんだからね」
律「まさか、北海道に行くわけじゃないでしょうね?」
み「今回は、『東北に行こう!』なんだから……。
東北で降りるに決まってるでしょ」
律「東北の寄港地って、どこよ?」
み「秋田」
律「東北方面の地理、あんまり詳しくないんだけど……。
新潟と秋田って、けっこう近くない?」
み「近いです。
間に、山形が挟まるけどね。
昔、クルマで行ったこともある」
律「てことは……。
着くのは何時よ?」
み「明日の朝、5時50分」
律「早!」
み「ぜったいに寝過ごさないでよね。
秋田の次は、苫小牧なんだから」
律「6時間しかないじゃないのよー。
美容に悪いわぁ。
よし、今夜はバタンキューだ。
ところで、出航は何時なの?」
み「さっき聞いたばっかりでしょ!」
律「クルマに揺られたら……。
越乃寒梅の焼酎が、一気に回ってきた」
み「出航は、23時30分!」
律「今、何時?」
み「それもわからなくなってるの?
Manjiaの看板までいたんでしょ」
律「ってことは……。
まだ、10時回ったばっかりじゃん」
み「そうだよ」
律「出航まで、1時間半もあるじゃない。
乗り場まで遠いの?」
み「道路が混まなければ、15分もかからないと思う」
律「そんなに早く着いて、どうすんのよ。
もう1軒、行く?」
み「これ以上飲んだら、間違いなく乗れなくなる。
大丈夫。
出航の1時間くらい前から、乗船できるはず」
律「1時間も停泊するの?」
み「フェリーだからね。
クルマの積み下ろしとか、あるでしょ」
律「あ、そうか」
み「それに、フェリーターミナルでの乗船手続きもあるし。
出航1時間前までに、済まさなきゃならないみたい」
律「何でも1時間単位だね」
み「それが船旅ってもんです。
電車とは違うよ」
そうこう言ってるうち……。
タクシーは、信濃川を渡ります。
律「さっき渡った橋と、違うみたいね。
真ん中に、グリーンベルトがある」
み「これは、柳都大橋」
み「信濃川で、もっとも下流に掛かる地上橋です。
川に架かる部分は、220メートルだけど……。
下を船が通るから……。
橋梁が高いんだ。
で、川に架かる前後が、登りのスロープになってるわけ。
この部分まで合わせると……。
長さは、800メートルくらいになる。
歩いて渡ると、10分以上かかるよ。
この橋がね……。
通勤の時、最大の難関なの。
特にチャリの時。
橋の最上部までに、長~いスロープが続くでしょ。
そこへ、冬の朝は、真っ正面から風が吹き付けてね。
チャリのペダルが進まない。
夏は夏で、朝日が背中に当たって……。
橋を上りきると、汗が噴き出す。
先生、聞いてます?」
律「がー」
み「寝るなよ!」
律子先生は、すでに意識不明でした。
無理もありません。
『せきとり』で、ニワトリの半身を食べ……。
『Manjia』では、越乃寒梅の大吟醸と焼酎までいただきました。
それが、タクシーに揺られた途端……。
一気に醸されたのでしょう。
よく考えたら……。
わたしも同じなんだよな。
律子先生の気持ち良さげな寝顔を見てたら……。
瞼が、ずっしりと重くなってきました。
今朝は、頑張って4時前に起きて、小説書いたんだった……。
旅行中は、書けないんだからね。
「由美美弥」、書きためておかなきゃ……。
ふぁぁあ。
いつしかわたしも、夢の中へ……。
運ちゃん「お客さん、着きましたよ」
み「へ?」
一瞬、何がなんだか分かりませんでした。
そうか……。
タクシーに乗ってたんだ。
柳都大橋を過ぎたあたりから……。
眠りこんでしまったようです。
時計を見ると、10時半にはまだ間があります。
夜の道路は空いてたようで、10分ちょっとで着いちゃいました。
み「先生、起きて」
律「う~ん。
もうちょっと、寝かせてよ……。
あとで、ちゃんと可愛がってあげるから……」
み「何を言っておるんだ、おまいは!
寝ぼけおって。
耳元で大声出してやる。
わぁーーーーー」
律「どひゃっ。
どひゃひゃ~」
律子先生は、天井に頭をぶつけそうなほど、飛び上がりました。
律「な、何事?
あんた、誰?」
み「Mikikoでしょ!」
律「あー、びっくりした」
み「熟睡しすぎ」
律「あ……。
これから、フェリーに乗るとこなんだ……」
み「フェリーで眠れなくなるぞ」
律「その心配はありません。
カルテの整理とかで……。
夕べは、半徹夜だったから」
み「そうか。
お医者さんが旅行するってのも、タイヘンなんだね」
律「そゆこと。
でも、苦労して出てきたんだから……。
今回は、思いっ切り楽しむつもり。
覚悟してね」
み「もちろん。
受けて立つぞ」
運ちゃん「あのー、お客さん。
とっくに着いてるんですけど」
律・み「すみませ~ん」
さて、タクシーの精算を済ませ……。
フェリーターミナル前に降り立ちます。
こんな遅い時間から、旅行が始まるっても……。
ちょっとワクワクしますね。
あたりは真っ暗です。
しかし……。
そこに、巨大な船がうずくまっているのは……。
一目でわかります。
少し早めの入港だったようです。
律「でけー」
み「だろー。
これが、わたしたちが乗る“あざれあ”です」
み「新潟を経由する、敦賀~苫小牧の航路には……。
この“あざれあ”と、“しらかば”が就航してる。
2隻は、同時に建造された姉妹船なんだ。
日本最大のフェリーだよ」
大きさの比較をしてみましょう。
上に描いてある飛行機は、ジャンボジェット。
ジャンボジェットも間近で見ると、大きさにたまげるそうですが……(わたしは見たことない)。
“あざれあ”と“しらかば”の全長は、約200メートル。
ジャンボジェットの3倍近くあります。
律「“あざれあ”って、花の名前だっけ?」
み「そう。
西洋ツツジ」
律「“しらかば”は、木だよね?」
み「日本の高原を代表する木です」
律「花と木じゃ……。
イマイチ、整合性が無いよなぁ」
み「そうだね。
それに、“しらかば”の名付け親は……。
きっと、船を知らないヤツだね」
律「なんで?」
み「船体に、船の名前が表示される場合……。
船首から、船尾に向かって書かれるわけ」
律「トラックなんかでも、よく見かけるね」
み「そうそう。
つまり、船の右舷では、船名は右から左に向かって書かれるわけでしょ」
律「うっかり、左から読んじゃうよね。
逆さまに」
み「“しらかば”を、逆さに読んでみ」
律「ば、か、……。
あ゛」
律「この船、いつごろ造られたの?」
み「確か、就航は1994年じゃなかったかな」
律「ふーん。
って、16年も前じゃない。
そんなら、これが最大ってことは……。
その後16年間、これより大きな船は造られなかったってこと?
なんでよ?」
み「最近の新造船は……。
効率第一で造られてるからね。
経費節減思想のカタマリみたいなもん。
ちまちました船ばっかりなんだよ」
律「この船が造られたときは、効率第一じゃなかったってわけ?」
み「就航が1994年でしょ。
てことは、船の建造計画が持ち上がったころは……。
バブル真っ盛りだよ」
律「なるほど。
あのころは高校生で、試験勉強ばっかりしてたからなぁ。
バブルってのがどんなものだったか、よくわからん。
でも確かに、効率第一って考えじゃ無かったよね」
み「というわけで、こんなに巨大で豪華なフェリーが誕生したってわけ。
時代が生んだ船ってことでは……。
戦艦大和に通じるものがあるかも」
律「ふ~ん。
なんか、興味が湧いてきたぞ」
み「バブルってものがどんなものだったか……。
体感できるかもね」
フェリーターミナルの2階に上がります。
乗船を待つ人たちが大勢いました(この写真は、夏休みに撮られたもの。10月なら、これほど混まないと思います。)。
乗船手続きは、すでに始まってました(これも夏休み)。
いよいよ、乗船です。
タラップを上る足元がよろけます。
律「ちょっと、しっかりしてよね」
み「今になって、酒が回ってきた」
乗船口を潜ると……。
いきなり、吹き抜けのエントランスホールが。
律「すご……。
ここって、ほんとに船の中?
ホテルみたい」
み「だよね……。
これがバブルです、って感じ」
み「構造図によると……。
ここは、3階になるね」
律「3階が2等で……。
4階が1等。
最上階の5階に、特等とスイートか。
気持ちいいほどの階級制だね。
2階って、何なの?」
み「クルマが載るとこじゃないの?
カーフェリーなんだから」
律「あ、そうか。
じゃ、1階は?」
み「うーん。
わからん」
律「ひょっとして……。
3等以下の人が……。
そこで、船漕いでるんじゃない?」
み「奴隷船か!」
アホなこと言ってないで、乗船手続きを済ませましょうね。
ホテルのフロントみたいなとこで、部屋のキーをもらいます。
み「エレベーター、どこかな?」
律「わたしたちは、2等じゃないわけね。
良かった。
せっかくだから、あの階段上ろうよ」
み「バブルの階段?」
律「それそれ」
み「4階には、いろんな施設があるから……。
ちょっと、探検してみよう」
律「お~。
なんだ、ここ?」
み「構造図によると……。
“プロムナード”となってる」
律「プロムナードね~。
船の中に、散歩道があるってこと?
さすが、バブル的だのぅ」
み「お~。
レストランがあった」
律「もう、営業時間終わってるね」
律「あれ、もうひとつレストランがあるよ」
み「こっちは、グリルだね」
み「予約制で、コース料理が食べられる。
確かスイートルームは、ここでの食事もセットになってた」
律「食事も、階級制か……」
律「お~。
大浴場だ」
み「ここは、まだ営業中だね。
確か、0時半まで入れるよ」
律「……」
み「どしたの?」
律「意地悪!
入れないよ、わたし」(覚えてます? 律子先生は、パイパンちゃんなのです)
み「ふふ。
と思って……。
ちゃんと、風呂付きの個室を取ってあります」
律「すごい!
てことは……。
わたしたちの部屋は……」
み「そう。
最上階。
律「すご~い!」
み「5階に上がる前に……。
もうちょっと、この階を探検しよう」
律「またレストランがあったよ。
どうなってんの?
階級的には、どのレベルかな?」
み「ここは、カフェラウンジだ」
律「やっと行き止まりだね」
み「構造図によると……。
この外には、ジャグジーがあるみたい」
律「お~。
またバブル的な」
み「もちろん、夏しかやってないけどね」
律「さて、そろそろ5階にあがりましょうか」
み「こっちだね」
律「まさか……。
スイートじゃないでしょうね?」
み「寝るだけなのに、スイートはもったいないでしょ。
今回は、特等」
特等の並ぶ廊下でも……。
十分、アッパー気分を味わえますが……。
さらに奥には……。
この巨艦のようなフェリーに、たった4室しかない……。
スイートへと続く廊下が……。
ここでちょっと、読者サービス。
特別に、スイートのお部屋を覗いちゃいましょう。
ベッドは……。
もちろん!
ダブルです。
ほとんどラブホですね。
やっぱり、ちょっとうらやましい……。
気を取り直して……。
特等に戻ります。
み「ここだね。
58号室」
律「早く、鍵開けて!」
み「それじゃ、いきますよ」
カチャッ。
み「じゃ~~ん」
律「うわ~、何これ~。
旅館みたい。
特等って、和室なの?」
み「和室は4部屋しかない。
あとはみんな、洋室のツイン」
律「しかし……。
なんか、怪しい雰囲気もあるよね~。
この布団の敷き方」
み「なにが?」
律「連れ込み宿みたいな気がしなくもない。
まさか、布団の敷き方までリクエストしたんじゃないでしょうね?」
み「するかい!
わたしもまさか、布団が敷いてあるとは思ってなかったよ」
律「ふ~ん。
でも……。
カップルでここ泊まったら……。
することしないわけにいかんだろうね」
み「だよなぁ。
いったい何組のカップルが、ここでまぐわったのか……」
律「それ考えると……。
なんか、異様な気が籠もってる感じするね」
み「和室にしたわけは……。
洋室のツインだと、ベッドが狭いからなんだよ」
み「幅が90センチしかない。
わたし、お酒が入ると寝相が悪くなるから……。
90センチじゃ、落っこちる危険があるからさ。
決して、良からぬことを考えたわけじゃありません!」
律「ほ~」
み「布団がくっつけて敷いてあるの見て……。
逆に動揺しちまった」
律「確かに、動揺はしてるようね。
まぁ、信じてあげましょうか」
み「でもさ、カップルにも、ぜったい和室が向いてると思うよ。
非日常的なシチュに興奮しすぎて……。
狭いベッドじゃ、転げ落ちる心配があるからね」
律「窓があるけど……。
外が見えるのかな?」
み「今開けたって、真っ暗でしょ。
昼間だったら、海が見えるはず」
ちなみに、障子を開けると……。
船の中だってことが、よくわかります。
律「じゃ、障子を開けるのは……。
朝のお楽しみとしよう」
み「でも、裸で開けないでよね。
窓のすぐ外はデッキになってるから。
人が歩いてるかも知れないよ」
律「何で、裸で窓開けるのよ?
やっぱり、ヘンなこと考えてるな?」
み「……多少は」
律「何か言った?」
み「いいえ。
裸で窓を開けたければ……。
スイートに泊まるしかないね。
あそこの窓の外は、プライベートデッキになってるから……。
誰も入って来れない」
律「詳しいね」
み「『北海道に行こう!』で乗ったからね」
律「さっきから気になってるんだけど……。
手首に、なに付けてるの?
まさか……。
SM関係の道具じゃないでしょうね?」
み「そんなわけないでしょ!
先生の方が、ずっとヘンじゃない。
頭の中、そっち方面の回路しか繋がってないんじゃないの?」
律「わたしの頭の中は……。
そっち方面で一杯です」
み「恐ろしいオンナ……」
律「だったら、何よそれ?」
み「見たことない?
『シーバンド』ってやつ」
み「イギリス製だよ。
仕組みは、いたって単純。
このプラスチックの突起が、乗り物酔いのツボを押さえるわけ」
律「船酔いするの?」
隣で、ニワトリ吐かないでよね」
み「今日は、時化てないから大丈夫だと思う。
でも、春に宿毛フェリーに乗ったとき、酔ったから」
律「トラベルミン、飲めばいいのに」
み「小学校の遠足で飲んだけど……。
ほとんど、意識朦朧になっちゃう」
律「そうか。
でも、もしその……。
なんだっけ?
『シーシェパード』?」
み「『シーバンド』!」
律「それで効くんならさ。
妊婦さんとか……。
酔い止め薬を飲めない人にもいいよね」
み「あ、つわりにも効くんだってよ」
律「ほんまかいな?」
み「体質にもよるみたいだけどね。
効かない人には、まったくらしいけど……。
効く人には、魔法みたいだって」
律「なるほど。
病院で買って……。
妊婦さんにレンタルしようかな?
そんなんで、つわりが少しでも楽になるんなら、儲けものだもんね。
高いの?」
み「2個組で、1,800円くらいかな。
メール便で送ってもらえば、送料も大してかからないよ」
楽天市場の販売サイト
律「なるほど。
ところで……。
効いてる?」
み「まだ、わかりません。
出航してないじゃん」
律「でも、少しは揺れてるでしょ?」
み「さっきから、大揺れに揺れてる。
今ごろ焼酎が回ってきた。
船酔いする前に、酒に酔っちゃってる」
律「それじゃ、気持ち悪くなっても……。
どっちの酔いかわからないじゃん。
あほらし。
わたし、お風呂入ってこよ」
み「じゃ、わたしも!」
律「一緒に入る気?」
み「いいじゃん。
一緒にお風呂に入れるときは、一緒に入るってことを習慣にすれば……。
CO2が削減されるわけでしょ。
これからは、エコのことを第一に考えなきゃね」
律「エコからもっとも遠い船で、妙なことを言い出したね。
言うことはもっともだけど……。
なんとなく、動機に不純なものを感じるな」
み「そんなこと、ありまっせん!」
律「それなら、お風呂見て来よう。
一緒に入れるお風呂かどうか」
2人連れだって、バスルームの扉を開けます。
律「ダメだこりゃ」
トイレと一緒になった、ユニットバスでした。
み「いいじゃん。
ぜんぜん大丈夫だよ」
律「無理に決まってるでしょ!
洗い場があるなら……。
1人が湯船に浸かって、もう1人は体洗うって手もあるけどさ。
これじゃ、2人してバスタブ入んなきゃならないじゃん。
イモ洗いだよ」
み「女同士なんだから、イモなんてないもん」
律「とにかく、却下。
どうしても一緒に入りたいんなら……。
あんた、この便器に浸かりなさい」
み「なんでよ!」
律「じゃ、わたし先に入るから」
いつのまにか化粧ポーチまで持ってた律子先生は……。
バスルームに、ひらりと滑り込みました。
カチャ。
止める間もなく、ドアのラッチが下ろされました。
ドンドンドン!
ドアを叩いても、応答なし。
くそ!
不覚を取った。
これほど狡猾な立ち回りができるオンナとは思わなんだ。
油断ならんヤツ……。
み「ちょっと!
先生、開けて!
わたし、おしっこが出る!」
律「我慢しなさい」
み「お酒のおしっこは、我慢できないよ。
漏るぅ。
布団にするぞ」
律「そんなことしてみなさい。
寝てる間に手術して……。
穴を塞いでやるからね」
み「わーん。
ほんとに漏るぅぅ」
律「トイレなら、廊下にあったでしょ」
くそ……。
せっかくトイレ付きの部屋を取ったのに……。
なんで、外に用足しに出にゃならんのだ!
と、怒ってる余裕も無い。
マジで、せっぱ詰まってます。
火急の事態。
鍵を持って、廊下へ。
トイレは、すぐに見つかりました。
バブルの階段脇でした。
用を足して、トイレを出ると……。
気になる扉が……。
覗いてみると……。
み「おぉ~」
頭の中の構造図を思い出すと……。
ここは、シアタールームってやつですね。
いつやってるんだろ?
今やってれば、時間潰せたのに……。
朝早く降りちゃうので、残念ながら見れそうにないですね。
どんな映画、見せるんだろうな?
スケベなヤツとか、やらないんだろうか?
しかたなく、部屋に戻ったものの……。
律子先生は、まだお風呂から出てません。
あのアマ……。
長風呂を決めこむつもりだな……。
烏の行水のわたしが先に入る方が、合理的じゃんかよ。
もう一度、ドアを叩いてやろうかと思いましたが……。
ここで、はっと気づきました。
なんで、あんな狭いユニットバスが空くのを待ってなきゃならないわけ?
大浴場があるじゃんよ。
律子先生は、お毛々が不自由だから……。
部屋のお風呂を使わなきゃならないんでしょうが……。
わたしは、ちゃんと生えてるもんね。
かなり貧弱だが、五体満足。
大浴場でも、ぜんぜん平気。
ふん!
大浴場を楽しんで、うらやましがらせてやる。
たしか、0時半までは営業してるはずだよ。
まだ出航前だから、1時間以上あります。
さっそく、タオルと替えのパンツを持って部屋を出ましょう。
おっと。
鍵も持って出なきゃ。
あのオンナ……。
中から鍵掛けて、そのまま寝てしまいかねん。
一晩閉め出されたら、悲惨すぎます。
み「どう?」
律「う。
濃いぃ。
お冷やと間違えたらタイヘンだ、こりゃ」
み「どれどれ。
……。
ほんとだ。
確か、40度だったかな?
空きっ腹じゃ、飲めないね」
律「胃がでんぐり返るよ」
み「絶対、残すなよ。
高いんだから」
律「いくら?」
み「出回る量が少ないので……。
ネットでは、プレミアが付いてるらしい。
720mlの瓶で、2万近くするみたいだよ」
律「ひぇぇぇ」
み「でも、もっとレアなお酒があるんだって」
律「まだあるの?」
み「石本酒造の本社あたりは……。
梅の名産地でもあるんだよ。
藤五郎梅ってのが、有名。
文化文政(1804~1829年)のころから、全国的に名が広まってたんだって。
戦前は、海軍の御用達だったとか」
み「でね……。
その藤五郎梅を、この焼酎に漬けた梅酒があるんだよ」
律「うぅ。
これ以上飲んだら……。
潰れちゃうかも」
み「ここでは飲めないみたい。
下の『きた山』で、1人1杯限定だってさ」
律「よし。
次、新潟来たときは……。
『きた山』、予約してね。
越乃寒梅のしゃぶしゃぶ」
律「それと梅酒ね!」
み「オッケー」
律「もうそろそろ、看板だね」
み「お店の人に、タクシー呼んでもらおう」
10時を回りそうでしたが……。
お勘定を先にして、タクシーが来るまで待たせてもらうことに。
ほどなく、お店の方がタクシーの到着を知らせてくれました。
み「1滴も残すなよ」
律「残すかい!
氷まで食ってやる」
バリバリバリバリ。
バリバリバリバリ。
み「『せきとり』では、軟骨を噛み砕き……」
律「『Manjia』では、氷塊を砕く」
み「お互い、歯が丈夫で良かったのぅ」
さて、転げ落ちることも無く、無事階段を下りると……。
タクシーが待ってました。
み「新日本海フェリーのターミナルまで」
律「え?
これからフェリー乗るの?」
み「左様です」
律「てっきり、夜行列車だと思ってた。
出航は何時?」
み「23時30分」
律「そんなに遅いの?」
み「この出航時間がネックなんだよな。
北海道行きの時は……。
こんな時間に乗りたくないばっかりに……。
始発の敦賀まで行ったんだからね」
律「まさか、北海道に行くわけじゃないでしょうね?」
み「今回は、『東北に行こう!』なんだから……。
東北で降りるに決まってるでしょ」
律「東北の寄港地って、どこよ?」
み「秋田」
律「東北方面の地理、あんまり詳しくないんだけど……。
新潟と秋田って、けっこう近くない?」
み「近いです。
間に、山形が挟まるけどね。
昔、クルマで行ったこともある」
律「てことは……。
着くのは何時よ?」
み「明日の朝、5時50分」
律「早!」
み「ぜったいに寝過ごさないでよね。
秋田の次は、苫小牧なんだから」
律「6時間しかないじゃないのよー。
美容に悪いわぁ。
よし、今夜はバタンキューだ。
ところで、出航は何時なの?」
み「さっき聞いたばっかりでしょ!」
律「クルマに揺られたら……。
越乃寒梅の焼酎が、一気に回ってきた」
み「出航は、23時30分!」
律「今、何時?」
み「それもわからなくなってるの?
Manjiaの看板までいたんでしょ」
律「ってことは……。
まだ、10時回ったばっかりじゃん」
み「そうだよ」
律「出航まで、1時間半もあるじゃない。
乗り場まで遠いの?」
み「道路が混まなければ、15分もかからないと思う」
律「そんなに早く着いて、どうすんのよ。
もう1軒、行く?」
み「これ以上飲んだら、間違いなく乗れなくなる。
大丈夫。
出航の1時間くらい前から、乗船できるはず」
律「1時間も停泊するの?」
み「フェリーだからね。
クルマの積み下ろしとか、あるでしょ」
律「あ、そうか」
み「それに、フェリーターミナルでの乗船手続きもあるし。
出航1時間前までに、済まさなきゃならないみたい」
律「何でも1時間単位だね」
み「それが船旅ってもんです。
電車とは違うよ」
そうこう言ってるうち……。
タクシーは、信濃川を渡ります。
律「さっき渡った橋と、違うみたいね。
真ん中に、グリーンベルトがある」
み「これは、柳都大橋」
み「信濃川で、もっとも下流に掛かる地上橋です。
川に架かる部分は、220メートルだけど……。
下を船が通るから……。
橋梁が高いんだ。
で、川に架かる前後が、登りのスロープになってるわけ。
この部分まで合わせると……。
長さは、800メートルくらいになる。
歩いて渡ると、10分以上かかるよ。
この橋がね……。
通勤の時、最大の難関なの。
特にチャリの時。
橋の最上部までに、長~いスロープが続くでしょ。
そこへ、冬の朝は、真っ正面から風が吹き付けてね。
チャリのペダルが進まない。
夏は夏で、朝日が背中に当たって……。
橋を上りきると、汗が噴き出す。
先生、聞いてます?」
律「がー」
み「寝るなよ!」
律子先生は、すでに意識不明でした。
無理もありません。
『せきとり』で、ニワトリの半身を食べ……。
『Manjia』では、越乃寒梅の大吟醸と焼酎までいただきました。
それが、タクシーに揺られた途端……。
一気に醸されたのでしょう。
よく考えたら……。
わたしも同じなんだよな。
律子先生の気持ち良さげな寝顔を見てたら……。
瞼が、ずっしりと重くなってきました。
今朝は、頑張って4時前に起きて、小説書いたんだった……。
旅行中は、書けないんだからね。
「由美美弥」、書きためておかなきゃ……。
ふぁぁあ。
いつしかわたしも、夢の中へ……。
運ちゃん「お客さん、着きましたよ」
み「へ?」
一瞬、何がなんだか分かりませんでした。
そうか……。
タクシーに乗ってたんだ。
柳都大橋を過ぎたあたりから……。
眠りこんでしまったようです。
時計を見ると、10時半にはまだ間があります。
夜の道路は空いてたようで、10分ちょっとで着いちゃいました。
み「先生、起きて」
律「う~ん。
もうちょっと、寝かせてよ……。
あとで、ちゃんと可愛がってあげるから……」
み「何を言っておるんだ、おまいは!
寝ぼけおって。
耳元で大声出してやる。
わぁーーーーー」
律「どひゃっ。
どひゃひゃ~」
律子先生は、天井に頭をぶつけそうなほど、飛び上がりました。
律「な、何事?
あんた、誰?」
み「Mikikoでしょ!」
律「あー、びっくりした」
み「熟睡しすぎ」
律「あ……。
これから、フェリーに乗るとこなんだ……」
み「フェリーで眠れなくなるぞ」
律「その心配はありません。
カルテの整理とかで……。
夕べは、半徹夜だったから」
み「そうか。
お医者さんが旅行するってのも、タイヘンなんだね」
律「そゆこと。
でも、苦労して出てきたんだから……。
今回は、思いっ切り楽しむつもり。
覚悟してね」
み「もちろん。
受けて立つぞ」
運ちゃん「あのー、お客さん。
とっくに着いてるんですけど」
律・み「すみませ~ん」
さて、タクシーの精算を済ませ……。
フェリーターミナル前に降り立ちます。
こんな遅い時間から、旅行が始まるっても……。
ちょっとワクワクしますね。
あたりは真っ暗です。
しかし……。
そこに、巨大な船がうずくまっているのは……。
一目でわかります。
少し早めの入港だったようです。
律「でけー」
み「だろー。
これが、わたしたちが乗る“あざれあ”です」
み「新潟を経由する、敦賀~苫小牧の航路には……。
この“あざれあ”と、“しらかば”が就航してる。
2隻は、同時に建造された姉妹船なんだ。
日本最大のフェリーだよ」
大きさの比較をしてみましょう。
上に描いてある飛行機は、ジャンボジェット。
ジャンボジェットも間近で見ると、大きさにたまげるそうですが……(わたしは見たことない)。
“あざれあ”と“しらかば”の全長は、約200メートル。
ジャンボジェットの3倍近くあります。
律「“あざれあ”って、花の名前だっけ?」
み「そう。
西洋ツツジ」
律「“しらかば”は、木だよね?」
み「日本の高原を代表する木です」
律「花と木じゃ……。
イマイチ、整合性が無いよなぁ」
み「そうだね。
それに、“しらかば”の名付け親は……。
きっと、船を知らないヤツだね」
律「なんで?」
み「船体に、船の名前が表示される場合……。
船首から、船尾に向かって書かれるわけ」
律「トラックなんかでも、よく見かけるね」
み「そうそう。
つまり、船の右舷では、船名は右から左に向かって書かれるわけでしょ」
律「うっかり、左から読んじゃうよね。
逆さまに」
み「“しらかば”を、逆さに読んでみ」
律「ば、か、……。
あ゛」
律「この船、いつごろ造られたの?」
み「確か、就航は1994年じゃなかったかな」
律「ふーん。
って、16年も前じゃない。
そんなら、これが最大ってことは……。
その後16年間、これより大きな船は造られなかったってこと?
なんでよ?」
み「最近の新造船は……。
効率第一で造られてるからね。
経費節減思想のカタマリみたいなもん。
ちまちました船ばっかりなんだよ」
律「この船が造られたときは、効率第一じゃなかったってわけ?」
み「就航が1994年でしょ。
てことは、船の建造計画が持ち上がったころは……。
バブル真っ盛りだよ」
律「なるほど。
あのころは高校生で、試験勉強ばっかりしてたからなぁ。
バブルってのがどんなものだったか、よくわからん。
でも確かに、効率第一って考えじゃ無かったよね」
み「というわけで、こんなに巨大で豪華なフェリーが誕生したってわけ。
時代が生んだ船ってことでは……。
戦艦大和に通じるものがあるかも」
律「ふ~ん。
なんか、興味が湧いてきたぞ」
み「バブルってものがどんなものだったか……。
体感できるかもね」
フェリーターミナルの2階に上がります。
乗船を待つ人たちが大勢いました(この写真は、夏休みに撮られたもの。10月なら、これほど混まないと思います。)。
乗船手続きは、すでに始まってました(これも夏休み)。
いよいよ、乗船です。
タラップを上る足元がよろけます。
律「ちょっと、しっかりしてよね」
み「今になって、酒が回ってきた」
乗船口を潜ると……。
いきなり、吹き抜けのエントランスホールが。
律「すご……。
ここって、ほんとに船の中?
ホテルみたい」
み「だよね……。
これがバブルです、って感じ」
み「構造図によると……。
ここは、3階になるね」
律「3階が2等で……。
4階が1等。
最上階の5階に、特等とスイートか。
気持ちいいほどの階級制だね。
2階って、何なの?」
み「クルマが載るとこじゃないの?
カーフェリーなんだから」
律「あ、そうか。
じゃ、1階は?」
み「うーん。
わからん」
律「ひょっとして……。
3等以下の人が……。
そこで、船漕いでるんじゃない?」
み「奴隷船か!」
アホなこと言ってないで、乗船手続きを済ませましょうね。
ホテルのフロントみたいなとこで、部屋のキーをもらいます。
み「エレベーター、どこかな?」
律「わたしたちは、2等じゃないわけね。
良かった。
せっかくだから、あの階段上ろうよ」
み「バブルの階段?」
律「それそれ」
み「4階には、いろんな施設があるから……。
ちょっと、探検してみよう」
律「お~。
なんだ、ここ?」
み「構造図によると……。
“プロムナード”となってる」
律「プロムナードね~。
船の中に、散歩道があるってこと?
さすが、バブル的だのぅ」
み「お~。
レストランがあった」
律「もう、営業時間終わってるね」
律「あれ、もうひとつレストランがあるよ」
み「こっちは、グリルだね」
み「予約制で、コース料理が食べられる。
確かスイートルームは、ここでの食事もセットになってた」
律「食事も、階級制か……」
律「お~。
大浴場だ」
み「ここは、まだ営業中だね。
確か、0時半まで入れるよ」
律「……」
み「どしたの?」
律「意地悪!
入れないよ、わたし」(覚えてます? 律子先生は、パイパンちゃんなのです)
み「ふふ。
と思って……。
ちゃんと、風呂付きの個室を取ってあります」
律「すごい!
てことは……。
わたしたちの部屋は……」
み「そう。
最上階。
律「すご~い!」
み「5階に上がる前に……。
もうちょっと、この階を探検しよう」
律「またレストランがあったよ。
どうなってんの?
階級的には、どのレベルかな?」
み「ここは、カフェラウンジだ」
律「やっと行き止まりだね」
み「構造図によると……。
この外には、ジャグジーがあるみたい」
律「お~。
またバブル的な」
み「もちろん、夏しかやってないけどね」
律「さて、そろそろ5階にあがりましょうか」
み「こっちだね」
律「まさか……。
スイートじゃないでしょうね?」
み「寝るだけなのに、スイートはもったいないでしょ。
今回は、特等」
特等の並ぶ廊下でも……。
十分、アッパー気分を味わえますが……。
さらに奥には……。
この巨艦のようなフェリーに、たった4室しかない……。
スイートへと続く廊下が……。
ここでちょっと、読者サービス。
特別に、スイートのお部屋を覗いちゃいましょう。
ベッドは……。
もちろん!
ダブルです。
ほとんどラブホですね。
やっぱり、ちょっとうらやましい……。
気を取り直して……。
特等に戻ります。
み「ここだね。
58号室」
律「早く、鍵開けて!」
み「それじゃ、いきますよ」
カチャッ。
み「じゃ~~ん」
律「うわ~、何これ~。
旅館みたい。
特等って、和室なの?」
み「和室は4部屋しかない。
あとはみんな、洋室のツイン」
律「しかし……。
なんか、怪しい雰囲気もあるよね~。
この布団の敷き方」
み「なにが?」
律「連れ込み宿みたいな気がしなくもない。
まさか、布団の敷き方までリクエストしたんじゃないでしょうね?」
み「するかい!
わたしもまさか、布団が敷いてあるとは思ってなかったよ」
律「ふ~ん。
でも……。
カップルでここ泊まったら……。
することしないわけにいかんだろうね」
み「だよなぁ。
いったい何組のカップルが、ここでまぐわったのか……」
律「それ考えると……。
なんか、異様な気が籠もってる感じするね」
み「和室にしたわけは……。
洋室のツインだと、ベッドが狭いからなんだよ」
み「幅が90センチしかない。
わたし、お酒が入ると寝相が悪くなるから……。
90センチじゃ、落っこちる危険があるからさ。
決して、良からぬことを考えたわけじゃありません!」
律「ほ~」
み「布団がくっつけて敷いてあるの見て……。
逆に動揺しちまった」
律「確かに、動揺はしてるようね。
まぁ、信じてあげましょうか」
み「でもさ、カップルにも、ぜったい和室が向いてると思うよ。
非日常的なシチュに興奮しすぎて……。
狭いベッドじゃ、転げ落ちる心配があるからね」
律「窓があるけど……。
外が見えるのかな?」
み「今開けたって、真っ暗でしょ。
昼間だったら、海が見えるはず」
ちなみに、障子を開けると……。
船の中だってことが、よくわかります。
律「じゃ、障子を開けるのは……。
朝のお楽しみとしよう」
み「でも、裸で開けないでよね。
窓のすぐ外はデッキになってるから。
人が歩いてるかも知れないよ」
律「何で、裸で窓開けるのよ?
やっぱり、ヘンなこと考えてるな?」
み「……多少は」
律「何か言った?」
み「いいえ。
裸で窓を開けたければ……。
スイートに泊まるしかないね。
あそこの窓の外は、プライベートデッキになってるから……。
誰も入って来れない」
律「詳しいね」
み「『北海道に行こう!』で乗ったからね」
律「さっきから気になってるんだけど……。
手首に、なに付けてるの?
まさか……。
SM関係の道具じゃないでしょうね?」
み「そんなわけないでしょ!
先生の方が、ずっとヘンじゃない。
頭の中、そっち方面の回路しか繋がってないんじゃないの?」
律「わたしの頭の中は……。
そっち方面で一杯です」
み「恐ろしいオンナ……」
律「だったら、何よそれ?」
み「見たことない?
『シーバンド』ってやつ」
み「イギリス製だよ。
仕組みは、いたって単純。
このプラスチックの突起が、乗り物酔いのツボを押さえるわけ」
律「船酔いするの?」
隣で、ニワトリ吐かないでよね」
み「今日は、時化てないから大丈夫だと思う。
でも、春に宿毛フェリーに乗ったとき、酔ったから」
律「トラベルミン、飲めばいいのに」
み「小学校の遠足で飲んだけど……。
ほとんど、意識朦朧になっちゃう」
律「そうか。
でも、もしその……。
なんだっけ?
『シーシェパード』?」
み「『シーバンド』!」
律「それで効くんならさ。
妊婦さんとか……。
酔い止め薬を飲めない人にもいいよね」
み「あ、つわりにも効くんだってよ」
律「ほんまかいな?」
み「体質にもよるみたいだけどね。
効かない人には、まったくらしいけど……。
効く人には、魔法みたいだって」
律「なるほど。
病院で買って……。
妊婦さんにレンタルしようかな?
そんなんで、つわりが少しでも楽になるんなら、儲けものだもんね。
高いの?」
み「2個組で、1,800円くらいかな。
メール便で送ってもらえば、送料も大してかからないよ」
楽天市場の販売サイト
律「なるほど。
ところで……。
効いてる?」
み「まだ、わかりません。
出航してないじゃん」
律「でも、少しは揺れてるでしょ?」
み「さっきから、大揺れに揺れてる。
今ごろ焼酎が回ってきた。
船酔いする前に、酒に酔っちゃってる」
律「それじゃ、気持ち悪くなっても……。
どっちの酔いかわからないじゃん。
あほらし。
わたし、お風呂入ってこよ」
み「じゃ、わたしも!」
律「一緒に入る気?」
み「いいじゃん。
一緒にお風呂に入れるときは、一緒に入るってことを習慣にすれば……。
CO2が削減されるわけでしょ。
これからは、エコのことを第一に考えなきゃね」
律「エコからもっとも遠い船で、妙なことを言い出したね。
言うことはもっともだけど……。
なんとなく、動機に不純なものを感じるな」
み「そんなこと、ありまっせん!」
律「それなら、お風呂見て来よう。
一緒に入れるお風呂かどうか」
2人連れだって、バスルームの扉を開けます。
律「ダメだこりゃ」
トイレと一緒になった、ユニットバスでした。
み「いいじゃん。
ぜんぜん大丈夫だよ」
律「無理に決まってるでしょ!
洗い場があるなら……。
1人が湯船に浸かって、もう1人は体洗うって手もあるけどさ。
これじゃ、2人してバスタブ入んなきゃならないじゃん。
イモ洗いだよ」
み「女同士なんだから、イモなんてないもん」
律「とにかく、却下。
どうしても一緒に入りたいんなら……。
あんた、この便器に浸かりなさい」
み「なんでよ!」
律「じゃ、わたし先に入るから」
いつのまにか化粧ポーチまで持ってた律子先生は……。
バスルームに、ひらりと滑り込みました。
カチャ。
止める間もなく、ドアのラッチが下ろされました。
ドンドンドン!
ドアを叩いても、応答なし。
くそ!
不覚を取った。
これほど狡猾な立ち回りができるオンナとは思わなんだ。
油断ならんヤツ……。
み「ちょっと!
先生、開けて!
わたし、おしっこが出る!」
律「我慢しなさい」
み「お酒のおしっこは、我慢できないよ。
漏るぅ。
布団にするぞ」
律「そんなことしてみなさい。
寝てる間に手術して……。
穴を塞いでやるからね」
み「わーん。
ほんとに漏るぅぅ」
律「トイレなら、廊下にあったでしょ」
くそ……。
せっかくトイレ付きの部屋を取ったのに……。
なんで、外に用足しに出にゃならんのだ!
と、怒ってる余裕も無い。
マジで、せっぱ詰まってます。
火急の事態。
鍵を持って、廊下へ。
トイレは、すぐに見つかりました。
バブルの階段脇でした。
用を足して、トイレを出ると……。
気になる扉が……。
覗いてみると……。
み「おぉ~」
頭の中の構造図を思い出すと……。
ここは、シアタールームってやつですね。
いつやってるんだろ?
今やってれば、時間潰せたのに……。
朝早く降りちゃうので、残念ながら見れそうにないですね。
どんな映画、見せるんだろうな?
スケベなヤツとか、やらないんだろうか?
しかたなく、部屋に戻ったものの……。
律子先生は、まだお風呂から出てません。
あのアマ……。
長風呂を決めこむつもりだな……。
烏の行水のわたしが先に入る方が、合理的じゃんかよ。
もう一度、ドアを叩いてやろうかと思いましたが……。
ここで、はっと気づきました。
なんで、あんな狭いユニットバスが空くのを待ってなきゃならないわけ?
大浴場があるじゃんよ。
律子先生は、お毛々が不自由だから……。
部屋のお風呂を使わなきゃならないんでしょうが……。
わたしは、ちゃんと生えてるもんね。
かなり貧弱だが、五体満足。
大浴場でも、ぜんぜん平気。
ふん!
大浴場を楽しんで、うらやましがらせてやる。
たしか、0時半までは営業してるはずだよ。
まだ出航前だから、1時間以上あります。
さっそく、タオルと替えのパンツを持って部屋を出ましょう。
おっと。
鍵も持って出なきゃ。
あのオンナ……。
中から鍵掛けて、そのまま寝てしまいかねん。
一晩閉め出されたら、悲惨すぎます。