2012.3.3(土)
ぱっか、ぱっか、ぱっか。
目の前を、白いお馬さんに引かれた車が通り過ぎて行きました。
「あれって、馬車?]
「そうみたいですね」
「わたしらでも、乗れるのかな?」
「乗ってる人、観光客みたいでしたよ」
「次の便、いつだろ?」
「駅前の方から来ましたから……。
駅から出てるんじゃないんですか?」
「行ってみよう」
由布院駅に入ります。
きのうはバスで由布院に来たので、駅舎に入るのは初めてです。
構内に、「由布院温泉観光案内所」という窓口がありました。
「あそこで聞いてみようか」
「そうですね」
「あの~。
駅の前で、馬車を見かけたんですけど……。
あれって、乗れるんですか?」
「はい、乗れます」
「お~。
どこから出るんですか?」
「駅前からです」
「ナ~イス。
美弥、大当たりだよ。
で、次の便は、いつ出ます?」
「次は、10時ですけど……。
予約でいっぱいです」
そう言いながら、窓口のおばさんが指さした先には……。
「辻馬車乗車券売場」の文字が……。
「へ~。
けっこう出てるんだね。
30分おきじゃん。
じゃ、10時の次は、10時半か。
10時半のには、乗れますか?」
「これも、いっぱいですね」
「あちゃ~。
じゃ、11時は?」
「ちょうど、2名分空席があります」
「やた!
ラッキー。
それ、乗ります。
最後は、駅に戻るんですよね?」
「戻ります」
「よしよし。
ところで、30分おきってことは……。
11時に出たら……。
11時半前には帰って来ちゃうってことですか?」
「いいえ。
馬車は3両あって、交代で出てます。
全行程は、50分になってます」
「てことは……。
駅に戻るのが、11時50分。
電車が、12時2分発だから……。
最高のタイミングだよ」
↑の看板にあるとおり、料金は1,500円のようです。
50分乗って1,500円なら、人力車のほぼ10分の1。
タクシーより安いじゃん。
さてこれで、電車に乗るまでの予定も入りましたので……。
若女将に教えられた、朝食が取れるお店に向かいます。
向かうと言っても、ほぼ駅前。
目の前にありました。
若女将は、“けいしゃ”さんと呼んでました。
喫茶店みたいですね。
でも、ちょっと引いてみると……。
ちょっと、違うような……。
“やせうま”って何だ?
「ひょとして……。
馬車でこき使って痩せた馬を……。
ここで食っちゃうのか?」
「そんなわけないでしょ!
でも、“だんご汁”とか……。
普通の喫茶店じゃありませんね」
「侮れん店じゃ」
されに、引いてみると……。
「ぎょうざ定食?」
「名物・ざるそば?」
「なんじゃ……、この店」
「でも、コーヒーセットとかもありますよ。
コーヒーとケーキのセットみたい」
「“ぎょうざ定食”食ってる隣で、ケーキ食べるの?」
「そうみたいですね」
「ま、朝から“ぎょうざ定食”食ってるヤツもいないだろ。
とにかく、2階に上がってみよう。
お座敷もありますって」
階段を上って2階にあがると……。
ちゃんとお座敷がありました。
佐伯の“レストランフェリー”を思い出しますね。
レストランを名乗りながら、上がり座敷がありました。
「たぶん……。
おしゃれになる前の由布院って、どこもこんな感じだったんだろうね。
せっかくだから、お座敷に上がろう」
和食の朝定食もあるみたいですが……。
あえて、モーニングセットを注文します。
お座敷でモーニング食べることなんて、滅多に出来ませんから。
モーニングセットを注文した後、お店の人に“やせうま”のことを聞いてみました。
大分名物だとか。
お八つとして食べるようです。
だんご汁のだんごに、きな粉と砂糖をまぶしてあるそうです。
お店の人から、“やせうま”の語源が聞けました。
それによると……。
話は、平安時代に遡ります。
豊後の国に都落ちしてきた貴族がありました。
幼い若君には、乳母が付いて来ました。
乳母は、ときおり若君に、茹でた小麦粉にきな粉をまぶしたものを食べさせてました。
乳母は、京都の八瀬の出身で、若君からは、“八瀬”と呼ばれてました。
で、乳母にこの食べ物をねだるとき、若君は……。
「八瀬、ウマ(“美味しいもの”の幼児語)」と言ってたとか。
つまり、“痩せ”でも“馬”でも無かったわけですね。
ほんとかしらん?
さて、程なくモーニングの登場です。
パンに、オムレツ、ミニサラダ。
あとはコーヒー。
フツーでしたね。
“やせうま”でも付いてくるかと思ってたけど。
さて、お腹を満たしたら、駅に戻りましょう。
「10時半の便は、出た後みたいだね」
「やっぱり、11時にして良かったんですよ」
でも、出発までは、30分近くあります。
「なんだあのオンボロ車?」
「オンボロなんじゃありませんよ。
クラシックカーじゃないですか」
歴史物の海外ドラマでしか見ないような、レトロ調の乗り合いバスです。
バスと云っても、乗車定員は、馬車と同じくらいみたいですね。
どうやらこれも、観光用の乗り物らしいです。
「ほら、この名前。
やっぱりボロだったじゃないか」
停留所に出てた名称は、スカーボロ。
料金は、50分で1,200円。
馬車より、300円安いですね。
やっぱり、生きた馬の方が、維持費がかかるんでしょうかね?
そうこうするうちに、またあの音が聞こえてきました。
ぱっか、ぱっか、ぱっか。
11時には間がありますが、どうやらわたしたちの乗る便のようです。
同じ便に乗るらしい人たちからは、かすかなどよめきが起こりました。
小さな子供なんか、うれしくてしょうがない様子。
子供にとっては、普通のバスもスカーボロも変わりないんじゃないかな?
そこへいくと、やっぱり馬車は、ぜんぜん別物ですよね。
300円高くても、子供連れの方は、馬車を選ぶでしょうね。
発車時刻前ですが、どうやら乗っていいようです。
お客さんは、続々と乗り込みます。
それを尻目に、お馬さんは悠然と給油中です。
馬の傍らに立つ方が、御者のようです。
人力車のあんちゃんほどではありませんが……。
けっこう若い方です。
さっそく、取材してみましょう。
「こんにちは~。
今日は、よろしくお願いします」
「はい、こんちはー。
楽しんでってくだっせ(すみません。大分弁がわかりません)」
「お馬さんは3頭いるって聞いたんですけど……。
これって、由布市の持ち馬なんですか?」
「うんにゃ(この口調じゃ、『福島へ行こう!』の運ちゃんと一緒だよな……)。
馬は、馬車屋の持ち物ですっちゃ」
「なるほど~。
それじゃお兄さんは、由布市の職員さんじゃないってことですね」
「馬車屋です」
「馬が3頭もいるってことは……。
やっぱり、会社組織なんですか?」
「うんにゃ、そうでねえっちゃ。
馬は、3人の御者がそれぞれ持っちょります」
「3人は、独立した馬車屋さんってことですか?」
「そげんです。
観光協会の下で、馬車組合を作っちょります」
「なるほど~。
なんとなくわかりました。
馬車歴は長いんですか?」
「長い人から……。
ほんの数年って人もおります」
「みなさん、家業を継がれたんですか?」
「由布院で馬車が走り出したのは、三十数年前ですけん。
昔からの家業って人は、おりましぇん。
Uターンで戻って来て、馬車屋を始めた人もおります。
そん人は、馬車屋になって初めて、馬に触ったそうです」
「へ~。
面白い経歴ですね」
「そろそろ出発しますけん、乗ってくらっしゃい」
「は~い」
馬車の中では、子供たちが待ちくたびれた顔をしてました。
中には、わたしたちの顔を恨めしげに見る子も……。
わたしが御者の人と話してたから、出発できないとでも思ったのかな?
違うんだからね!
車両に、窓はありません。
なので、冬季は運行してません。
1月の第1日曜が終わると、2月末まで運休になるそうです。
3月も末とはいえ、今もまだ肌寒い季節。
座席には、毛布が用意されてました。
駅前に出てた看板では、馬車の定員は10名。
馬車には、3人掛けの客席が、3列あります。
3×3で、9名ですよね。
あとの1人はどこに乗るの?
ってことですが……。
客席のさらに前にも、座席があるんですね。
御者が座る席です。
で、御者の左隣に、1人座れるんですね。
タクシーだって、運転席の横に1人座れますからね。
あれと同じなんでしょう。
タクシーに乗り合わせる場合、あんまり偉くない人が、運転手の隣に座るようですが……。
この馬車では、御者の隣は特等席です。
お馬さんの背中が、間近に見えます。
今、その席には、子供が座ってます。
確かに、子供は最前列じゃないと、前が見えませんからね。
子供優先席なんでしょう。
ほんとは、わたしが座りたいんだけど……。
今日は我慢しましょう。
御者のお兄さんが手綱を引き、馬車が動き出しました。
お客さんからは、「おぉ~」と歓声が。
子供たちは、嬉しくてたまらない様子。
駅前通りの歩道を、たくさんの観光客が歩いてます。
蹄の音に振り返る人。
こちらを指さして、何か言ってる子供。
すごい注目の的で……。
晴れがましいような、気恥ずかしいような……。
すぐに、五差路にさしかかりました。
なんと、この五差路、信号がありません。
そのまま真っ直ぐ進む通りが、きのう歩いた「由布見通り」ですね。
馬車は、右手10時の方向に分岐する細道に折れました。
大きな鳥居を潜ります。
「こん鳥居は、今日これから行く『宇奈岐日女神社』の“一の鳥居”になっちょります」
「ウナギ姫?
ウナギの女神さまなんですか?」
「そうとも云われとります。
大昔、由布院盆地は、大きな湖だったらしいですけん」
「その名残が、金鱗湖なんですよね」
「よく、ご存じですなぁ」
「えっへん」
しばらく進むと、道は上り坂になるようです。
御者のお兄さんが立ち上がり、手綱を繰りました。
お馬さんが走り出しました。
勢いをつけて、坂を上るようです。
乗客からは、喚声があがります。
お馬さんが駆け上がったところは、橋の上でした。
橋の間近で、2本の川が合流してます。
なんか、見覚えがありますね。
「Mikikoさん、ここ『城橋』ですよ」
「あ、そうか!
昨日、人力車降りた場所だ」
夜、グルメシティに行くときにも渡りましたが……。
あのときは、もう真っ暗でしたから。
由布岳が見事です。
カメラを向けてるお客さんもいます。
絶好の撮影ポイントなんでしょう。
御者のお兄さんも、橋の上は、馬車をゆっくりと進めてました。
橋を渡って、しばらくは温泉旅館が目立ちましたが……。
やがてあたりは、静かな田舎道になりました。
田んぼが広がってます。
青い稲穂がなびくころは、きっと風が気持ちがいいでしょうね。
狭い道が続きますが、自動車もスピードを落として擦れ違ってくれます。
細い川が見えてきました。
「こん川は、さっき『城橋』で渡った大分川の上流にあたります。
『城橋』からの道は、ほとんど真っ直ぐやったですけど……。
その間、川は大きく蛇行してますけん、けっこう上流になります」
それで、こんなに細くなってるんですね。
川に向かって、馬車はスピードを上げました。
『城橋』では、勢いをつけて坂を上るためにスピードを上げたんですが……。
ここは、逆です。
川に向かって下り坂になってるので……。
自然とスピードが出るようです。
橋が見えてきました。
欄干の無い、低い橋です。
「こん橋は、『沈み橋』と云います。
その名のとおり、大水の時は水の中に沈む橋です」
沈下橋というやつですね。
以前にも書いたと思うけど……。
わたしは、橋が苦手なんです。
欄干の近くには寄れない。
特に、欄干の隙間から見える水面には、恐怖を覚えます。
ましてや……。
欄干のない橋なんて、とうてい渡れません。
実は、高知の四万十川の見所のひとつに……。
沈下橋があったんですが……。
怖いのでパスしました。
まさか、こんなとこで、沈下橋が待ち受けてるとは……。
でも……。
飛び越せそうな狭い川に掛かる橋は短く……。
恐怖を感じる間もなく渡り切ってしまいました。
「降りてもらう前に、馬車の向きを変えますけん、少々お待ちください」
お馬さんが、ゆっくりと回り始めました。
狭い道幅ですが、毎回ここでUターンしてるんでしょう。
ウマいもんです。
やり直すこともなく、馬車は石垣に沿って反対を向きました。
お客さんは、ひとまず下車し、仏山寺の見学です。
見学時間は10分。
子供たちは、お寺より馬の方に興味があるらしく……。
馬の顔近くまで寄って、熱心に見てます。
わたしたちは大人なので……。
とりあえず、お寺を見てきましょうか。
臨済宗のお寺のようです。
山門は古そうで、古刹の雰囲気を期待したんですが……。
本堂は、新築間もないようでした。
馬車に戻りましょう。
子供たちは待ちきれない様子で、すでに座席に座ってました。
中には、座席から立ち上がって、わたしたちを恨めしげに迎える子も……。
まだ10分経ってないからね!
さて、出発進行です。
お馬さんは、石垣沿いに左側を歩みます。
狭い道ですが、これならクルマともすれ違えますね。
かと言って、寄りすぎたら、馬車が石垣を擦っちゃいます。
馬車は、石垣と絶妙な間隔を保って進みます。
偉いもんです。
もと来た道を戻ります。
また、『沈み橋』が見えて来ました。
馬車のスピードが上がります。
さっきは、下り坂で自然にスピードが上がるのかと思ってましたが……。
よく考えたら、橋を境に、今度は上り坂になるわけですから……。
そのために勢いを付けているようです。
橋を渡りきったところで、道がY字に分かれてます。
先ほどは右の道から来たんですが……。
お馬さんは、迷うことなく左の道を選びました。
辻馬車は、田園風景の中、一路、宇奈岐日女神社へと向かいます。
「これから参ります宇奈岐日女神社は、六所宮とも呼ばれちょります。
6柱の神さんが祀られておるからです。
ばってん、そん神さんの中に、宇奈岐日女さまはおらんとです」
「どうしてですか?」
「ようわからんとです。
山岳信仰なんかが隆盛する過程で……。
昔からの女神伝説が抹消されていったとか云われとりますが」
「でも、なんで、名前だけが残ってるの?」
「謎ですなぁ。
ひょっとしたら、外から来た人間が……。
宇奈岐日女さまの名前を消して、ほかの名前を付けたけれど……。
由布院の人が、頑として宇奈岐日女さまと呼び続けたからかも知れませんのう」
「地元の人に愛された女神さまなんですね」
「由布院盆地を作った神さまですけん」
「え?
由布院が湖だったころ、湖の主だった方ですよね。
なんでその女神さまが、由布院盆地を作ったんです」
「由布院の人たちが、山肌に張り付くようにして耕作してる姿を見て……。
この湖が干上がれば、人々は、平らな広い耕地を得ることが出来る……。
そうなれば、みんなの暮らしも楽になる。
そう思われましてな。
家来の力持ちに命じ……。
山を蹴破らせたんですわ。
湖の水は一気に流れだし、湖底だったところが、由布院盆地になりました」
「スゴい女神さまですね。
自分の住み家を破壊して、人々に耕地を与えたわけですね」
「そげんです」
「由布院の人たちが、女神さまの名前を決して忘れようとしなかったわけ……。
よくわかりました」
うぅ。
聞いてて、涙が出そうになりました。
今、こんなことが出来る政治家って、いる?
宇奈岐日女さまのお話に引きこまれてるうち、馬車は神社へと到着したようです。
ここでも、10分休憩です。
いい話を聞いたので、真面目に見る気満々です。
でも、涙腺が緩んだら、下の蛇口も刺激されたようです。
おしっこがしたくなりました。
しばし、トイレタイム。
綺麗な公衆トイレがありました。
たぶん、馬車に揺られると、催す方が多いんでしょうね。
それでは、駆け足で見ていきましょう。
社殿は大きくはありませんが、それなりに厳かです。
狛犬がいました。
なんじゃ、この顔?
この神社、一番の見所は、これでした。
説明板が掲げられてました。
台風で倒れたんですね。
これだけ大きくなるまで、木が倒れるほどの台風は無かったってことですよね。
つまり、何百年に1度という台風だったってこと。
↓目がはっきりわかりますね。
進路は、下のようになってます。
台風ってのは、進路の右側で被害が大きくなりますから……。
日本にとって、最悪のコースを通ったってことです。
ここ由布院だけでなく、九州の山林では、大規模な倒木が発生したそうです。
九州全体の36%に当たる210万戸で停電。
博多湾では貨物船が沈没。
日本全土での死者は、62名。
保険金支払額は、史上最高の5,679億円だったそうです。
九州は、気候的には魅力的だけど……。
やっぱり……、台風が怖いよね。
さて、10分は、あっという間です。
急がないと、またあの子に恨まれるからね。
出発進行!
馬車は、田園風景の中を、終点の由布院駅へと向かいます。
『城橋』が見えて来ました。
御者のお兄さんが起ち上がり、手綱を繰ります。
『城橋』を渡る観光客が、こちらを見てます。
中には、口を開いてる子も。
乗りたいんだろうな。
川面が、春の光に輝いてました。
程なく、宇奈岐日女神社の一の鳥居に差しかかり……。
お馬さんが、鳥居を左折しました。
車両が道を曲がるときは、フワーっと体が浮くようです。
由布院駅が見えて来ました。
う~ん。
まだずーっと乗ってたいんだけど、もう終点なんだね。
「はい、お疲れ様でした」
とうとう着いちゃいました。
お客さんたちは、名残を惜しむように、お馬さんと記念撮影。
わたしたちも、名残を惜しみたいけど……。
残念ながら、電車の時間が近づいてます。
後ろ髪を引かれながらも、駅舎に向かいます。
「面白かったね~」
「ほんとに。
人気なのもわかりますね」
「だよな。
でも、あの馬車屋の兄ちゃん、どれくらい儲かるんだろ?」
「また始まった~。
経理のサガですね」
「朝の9時30分から、夕方の16時30分まで、15便あるわけだ。
馬車屋は3人だから、1人あたり、5便を担当する」
「はいはい」
「とりあえず、大人料金で計算するけど……。
1,500円だったよね」
「あれだけ楽しいんだから、妥当ですよね」
「でも、この1,500円が、丸々馬車屋の懐に入るはずはない。
乗車券を販売してる観光協会が、手数料を取るはず」
「ですよね」
「どのくらい取るのかな?
ま、良心的にみて、5%としよう。
てことは、馬車屋の懐には、1人あたり1,425円が入る計算になる」
「けっこう残りますね」
「満席だとして、定員10名だから……。
1便あたりの手取りは、1,425円×10名で、14,250円。
これが1日5便だから……。
71,250円!
1ヶ月にどのくらい稼働するんだろうね?」
「休みなしじゃ、お馬さんが可哀想ですよね」
「あんな重い客車を引いてるんだからね。
あれだけ調教した馬が潰れちゃったら、元も子もなくなる。
ま、2勤1休で、1ヶ月20日くらいかな」
「ですね」
「てことは、71,250円×20日で……。
1,425,000円!
月収だよ」
「すご……」
「1月と2月は休みだから……。
年に10ヶ月稼働するわけだ。
てことは……。
1,425,000円×10ヶ月で……。
14,250,000円!!
どひゃー。
年収、せんよんひゃくまーんんんんんんんん」
「Mikikoさん、固まっちゃってますよ」
「わたし……。
馬車屋になろうかな」
「また、そういう短絡的な結論を……。
経費をぜんぜん考えてないじゃありませんか」
「経費ったって、馬の餌だけだろ?」
「たくさん食べるんじゃないんですか?」
「たくさんたって、豊後牛を食べるわけじゃないぞ。
ワラだろ。
せいぜい、人参とかリンゴだよ」
「きっと、そんなにウマくはいかないんですよ。
そうじゃなきゃ、馬車屋さんだらけになっちゃいますよ」
「だよなぁ」
なお、前回までの辻馬車道中記事は……。
「愉快に由布院ドッとコム!」さんの、「辻馬車に乗って」というページを参考にさせていただきました。
参考にさせていただいたと云うより……。
ほとんどパクリです。
写真もたくさん使わせていただきました。
マズいかな~とも思ったんですが……。
「このサイトについて」を開くと……。
下のような、ありがたい一文がありました。
『このサイトに掲載している写真は当サイト運営者が撮影編集したものです。必要であれば転載使用してください。連絡は無用です。湯布院を大いに宣伝してください。できましたら当サイトをリンクしていただけますとありがたいです』
ほんとは、お礼メールをしたいところなんですけど……。
こんなサイトに載ってしまうのは、迷惑だと思いますので……。
黙って使わせていただくことにしました。
「愉快に由布院ドッとこむ!」さん、ほんとにありがとう!
しかし、ここの掲示板、スパムに荒らされ放題だな……。
さて、時間がないので、すぐに改札を抜けましょう。
ホームには、すでに、わたしたちの乗る「ゆふいんの森」2号が待ってました。
博多を9時16分に出た「ゆふいんの森」1号が、11時28分に由布院に着きます。
この折り返しが、12時2分初の「ゆふいんの森」2号となります。
当然、行き先は博多です。
どうです、格好良い車両でしょ?
見るからに豪華そう。
エンブレムも、金!
九州旅行では、豪華列車に乗れるという楽しみがあります。
JR九州の特急は、豪華なんですよ。
特に、この「ゆふいんの森」は、人気抜群。
今日は、連休終了後の週半ばの平日ということで、切符が取れましたが……。
お休みの日の切符を手に入れるのは、とても困難のようです。
全席指定で、自由席はありませんので、並んでも乗れません。
では、どこが豪華なのか。
まず、ビュッフェが備えられてること。
ビュッフェというのは、簡易な食堂車のことです。
JR列車の中で、夜行の食堂車以外で、ビュッフェがあるのは……。
「ゆふいんの森」と、同じくJR九州の「SL人吉」だけです。
次に、キャビンアテンダント(客室乗務員・女性)が乗務してます。
云ってみれば、ボイのいた一等車の雰囲気ですね。
車内の装備も豪華で、ヨーロッパの特急列車のようです。
先頭車両は、ハイデッカーという構造になっています。
なんか、哲学者の名前みたいですが……。
“High Decker”のことです。
高いデッキ、すなわち床が高くなってるんですね。
客席からの眺めは、地上を見下ろす感じになります。
これも、気分がいい。
新幹線なんかには、2階建て車両がありますが……。
なーんか、身分制度みたいですよね。
1階なんて……。
駅では、体がほとんど、ホームの下になります。
穴蔵から地上を見上げる感じ。
ま、運良くミニスカの女の子が近くを通ると、良いことがあるかも知れないけど……。
ちなみに、2階建て車両のことは、ダブルデッカーと云います。
カースト制のようなダブルデッカーに対し……。
ハイデッカーは、乗ってる人に身分関係が無く……。
全員がアッパークラスって感じ。
上流社会のサロンにいるみたいな気分になれます。
こんなとこも、「ゆふいんの森」の人気のひとつじゃないでしゃうか。
なお、「ゆふいんの森」に乗ろうとして、実際に旅行を計画する場合、注意する点があります。
「ゆふいんの森」は、時々、長期間運休するんです。
ちなみに今年、「ゆふいんの森」2号は、6月19日~7月8日まで運休になります。
なぜ、こんなに長期間休むのかと云うと……。
早い話、車両のオーバーホールです。
「ゆふいんの森」用の豪華車両は、3編成しかありません。
それが、1日1往復ずつ、計3往復してます。
予備の車両がありませんから、オーバーホールのときは、運休するしかないわけです。
もちろん、3編成同時に休むわけではなく、交代になります。
でも、別に豪華列車でなくても、移動さえできればいいって人なら、安心してください。
「ゆふいんの森」運休のときは、同じダイヤで、「ゆふ」もしくは「ゆふDX」という特急が走ってます。
これらは、まあ、ふつうの特急です(ゆふ↓)。
豪華装備はありません。
運休についての情報は、時刻表を見ればわかります。
ネットの情報は、あてになりません。
必ず、冊子の時刻表で確認してください。
ただ、女性の中には、時刻表がまったく読めないという方がおられるようです。
そういう時刻表に不自由な方は……。
「ゆふいんの森」が載ってる久大本線のページを開くことすらできないと思います。
そういう方には、「ゆふいんの森」乗車を組み込んだパック旅行がありますので、こちらをお勧めします。
これなら、切符が取れて大喜びしてたら……。
ホームに入ってきたのは「ゆふ」だった、などという悲劇を味あわずにすみます。
「大分に行こう!」、再開します。
さて、前置きが長くなりました。
さっそく、「ゆふいんの森」に乗り込みましょう。
入り口は、こんな感じ。
ハイデッカーの意味がおわかりになると思います。
「美弥、荷物お願い」
まるで飛行機みたいな荷物棚です。
背の高い道連れがいると、楽ですね。
「とりあえず、荷物だけ置いたら、ビュッフェに行くぞ」
「そこでお昼食べるんですか?」
「うんにゃ」
「Mikikoさん……。
まだ、辻馬車の影響が残ってますよ」
「わたしは、音感が繊細だから……。
すぐ影響されるんだよ。
そんなことより、売り切れるといけないから、急ごう」
「なに買うんですか?」
「駅弁だよ。
限定品の駅弁を、ビュッフェで売ってるんだけど……。
下手すると売り切れる。
特にこの『ゆふいんの森』2号は、お昼どきの発車だからね」
ビュッフェは、3号車にあります。
ちなみに、博多行きの上りは、号車番号が進行方向と逆になります。
4号車が先頭で、1号車が最後尾。
私たちの座席は2号車なので、3号車は前方にあたります。
3号車との連結部に来ました。
ハイデッカー車両の連結部分は、こんなふうになってます。
渡り廊下みたいですね。
昔の「ゆふいんの森」車両では、この渡り廊下が無く……。
連結部は、扉と同じ高さになってました。
つまり、車両を移る場合……。
階段を下りて、また上らなきゃならなかったわけ。
そのため、車内販売が出来ませんでした。
今は、この渡り廊下のおかげで、車内販売も回ってきます。
だから、温和しく座ってれば、席でも買えるんですけどね。
こんな列車に乗ったら、嬉しくてじっとしてられませんよ。
なお、本格的な食堂車とは違い、1両丸々をビュッフェが占めてるわけじゃありません。
3号車の前方(4号車寄り)が区切られて、ビュッフェになってるんですね。
目の前を、白いお馬さんに引かれた車が通り過ぎて行きました。
「あれって、馬車?]
「そうみたいですね」
「わたしらでも、乗れるのかな?」
「乗ってる人、観光客みたいでしたよ」
「次の便、いつだろ?」
「駅前の方から来ましたから……。
駅から出てるんじゃないんですか?」
「行ってみよう」
由布院駅に入ります。
きのうはバスで由布院に来たので、駅舎に入るのは初めてです。
構内に、「由布院温泉観光案内所」という窓口がありました。
「あそこで聞いてみようか」
「そうですね」
「あの~。
駅の前で、馬車を見かけたんですけど……。
あれって、乗れるんですか?」
「はい、乗れます」
「お~。
どこから出るんですか?」
「駅前からです」
「ナ~イス。
美弥、大当たりだよ。
で、次の便は、いつ出ます?」
「次は、10時ですけど……。
予約でいっぱいです」
そう言いながら、窓口のおばさんが指さした先には……。
「辻馬車乗車券売場」の文字が……。
「へ~。
けっこう出てるんだね。
30分おきじゃん。
じゃ、10時の次は、10時半か。
10時半のには、乗れますか?」
「これも、いっぱいですね」
「あちゃ~。
じゃ、11時は?」
「ちょうど、2名分空席があります」
「やた!
ラッキー。
それ、乗ります。
最後は、駅に戻るんですよね?」
「戻ります」
「よしよし。
ところで、30分おきってことは……。
11時に出たら……。
11時半前には帰って来ちゃうってことですか?」
「いいえ。
馬車は3両あって、交代で出てます。
全行程は、50分になってます」
「てことは……。
駅に戻るのが、11時50分。
電車が、12時2分発だから……。
最高のタイミングだよ」
↑の看板にあるとおり、料金は1,500円のようです。
50分乗って1,500円なら、人力車のほぼ10分の1。
タクシーより安いじゃん。
さてこれで、電車に乗るまでの予定も入りましたので……。
若女将に教えられた、朝食が取れるお店に向かいます。
向かうと言っても、ほぼ駅前。
目の前にありました。
若女将は、“けいしゃ”さんと呼んでました。
喫茶店みたいですね。
でも、ちょっと引いてみると……。
ちょっと、違うような……。
“やせうま”って何だ?
「ひょとして……。
馬車でこき使って痩せた馬を……。
ここで食っちゃうのか?」
「そんなわけないでしょ!
でも、“だんご汁”とか……。
普通の喫茶店じゃありませんね」
「侮れん店じゃ」
されに、引いてみると……。
「ぎょうざ定食?」
「名物・ざるそば?」
「なんじゃ……、この店」
「でも、コーヒーセットとかもありますよ。
コーヒーとケーキのセットみたい」
「“ぎょうざ定食”食ってる隣で、ケーキ食べるの?」
「そうみたいですね」
「ま、朝から“ぎょうざ定食”食ってるヤツもいないだろ。
とにかく、2階に上がってみよう。
お座敷もありますって」
階段を上って2階にあがると……。
ちゃんとお座敷がありました。
佐伯の“レストランフェリー”を思い出しますね。
レストランを名乗りながら、上がり座敷がありました。
「たぶん……。
おしゃれになる前の由布院って、どこもこんな感じだったんだろうね。
せっかくだから、お座敷に上がろう」
和食の朝定食もあるみたいですが……。
あえて、モーニングセットを注文します。
お座敷でモーニング食べることなんて、滅多に出来ませんから。
モーニングセットを注文した後、お店の人に“やせうま”のことを聞いてみました。
大分名物だとか。
お八つとして食べるようです。
だんご汁のだんごに、きな粉と砂糖をまぶしてあるそうです。
お店の人から、“やせうま”の語源が聞けました。
それによると……。
話は、平安時代に遡ります。
豊後の国に都落ちしてきた貴族がありました。
幼い若君には、乳母が付いて来ました。
乳母は、ときおり若君に、茹でた小麦粉にきな粉をまぶしたものを食べさせてました。
乳母は、京都の八瀬の出身で、若君からは、“八瀬”と呼ばれてました。
で、乳母にこの食べ物をねだるとき、若君は……。
「八瀬、ウマ(“美味しいもの”の幼児語)」と言ってたとか。
つまり、“痩せ”でも“馬”でも無かったわけですね。
ほんとかしらん?
さて、程なくモーニングの登場です。
パンに、オムレツ、ミニサラダ。
あとはコーヒー。
フツーでしたね。
“やせうま”でも付いてくるかと思ってたけど。
さて、お腹を満たしたら、駅に戻りましょう。
「10時半の便は、出た後みたいだね」
「やっぱり、11時にして良かったんですよ」
でも、出発までは、30分近くあります。
「なんだあのオンボロ車?」
「オンボロなんじゃありませんよ。
クラシックカーじゃないですか」
歴史物の海外ドラマでしか見ないような、レトロ調の乗り合いバスです。
バスと云っても、乗車定員は、馬車と同じくらいみたいですね。
どうやらこれも、観光用の乗り物らしいです。
「ほら、この名前。
やっぱりボロだったじゃないか」
停留所に出てた名称は、スカーボロ。
料金は、50分で1,200円。
馬車より、300円安いですね。
やっぱり、生きた馬の方が、維持費がかかるんでしょうかね?
そうこうするうちに、またあの音が聞こえてきました。
ぱっか、ぱっか、ぱっか。
11時には間がありますが、どうやらわたしたちの乗る便のようです。
同じ便に乗るらしい人たちからは、かすかなどよめきが起こりました。
小さな子供なんか、うれしくてしょうがない様子。
子供にとっては、普通のバスもスカーボロも変わりないんじゃないかな?
そこへいくと、やっぱり馬車は、ぜんぜん別物ですよね。
300円高くても、子供連れの方は、馬車を選ぶでしょうね。
発車時刻前ですが、どうやら乗っていいようです。
お客さんは、続々と乗り込みます。
それを尻目に、お馬さんは悠然と給油中です。
馬の傍らに立つ方が、御者のようです。
人力車のあんちゃんほどではありませんが……。
けっこう若い方です。
さっそく、取材してみましょう。
「こんにちは~。
今日は、よろしくお願いします」
「はい、こんちはー。
楽しんでってくだっせ(すみません。大分弁がわかりません)」
「お馬さんは3頭いるって聞いたんですけど……。
これって、由布市の持ち馬なんですか?」
「うんにゃ(この口調じゃ、『福島へ行こう!』の運ちゃんと一緒だよな……)。
馬は、馬車屋の持ち物ですっちゃ」
「なるほど~。
それじゃお兄さんは、由布市の職員さんじゃないってことですね」
「馬車屋です」
「馬が3頭もいるってことは……。
やっぱり、会社組織なんですか?」
「うんにゃ、そうでねえっちゃ。
馬は、3人の御者がそれぞれ持っちょります」
「3人は、独立した馬車屋さんってことですか?」
「そげんです。
観光協会の下で、馬車組合を作っちょります」
「なるほど~。
なんとなくわかりました。
馬車歴は長いんですか?」
「長い人から……。
ほんの数年って人もおります」
「みなさん、家業を継がれたんですか?」
「由布院で馬車が走り出したのは、三十数年前ですけん。
昔からの家業って人は、おりましぇん。
Uターンで戻って来て、馬車屋を始めた人もおります。
そん人は、馬車屋になって初めて、馬に触ったそうです」
「へ~。
面白い経歴ですね」
「そろそろ出発しますけん、乗ってくらっしゃい」
「は~い」
馬車の中では、子供たちが待ちくたびれた顔をしてました。
中には、わたしたちの顔を恨めしげに見る子も……。
わたしが御者の人と話してたから、出発できないとでも思ったのかな?
違うんだからね!
車両に、窓はありません。
なので、冬季は運行してません。
1月の第1日曜が終わると、2月末まで運休になるそうです。
3月も末とはいえ、今もまだ肌寒い季節。
座席には、毛布が用意されてました。
駅前に出てた看板では、馬車の定員は10名。
馬車には、3人掛けの客席が、3列あります。
3×3で、9名ですよね。
あとの1人はどこに乗るの?
ってことですが……。
客席のさらに前にも、座席があるんですね。
御者が座る席です。
で、御者の左隣に、1人座れるんですね。
タクシーだって、運転席の横に1人座れますからね。
あれと同じなんでしょう。
タクシーに乗り合わせる場合、あんまり偉くない人が、運転手の隣に座るようですが……。
この馬車では、御者の隣は特等席です。
お馬さんの背中が、間近に見えます。
今、その席には、子供が座ってます。
確かに、子供は最前列じゃないと、前が見えませんからね。
子供優先席なんでしょう。
ほんとは、わたしが座りたいんだけど……。
今日は我慢しましょう。
御者のお兄さんが手綱を引き、馬車が動き出しました。
お客さんからは、「おぉ~」と歓声が。
子供たちは、嬉しくてたまらない様子。
駅前通りの歩道を、たくさんの観光客が歩いてます。
蹄の音に振り返る人。
こちらを指さして、何か言ってる子供。
すごい注目の的で……。
晴れがましいような、気恥ずかしいような……。
すぐに、五差路にさしかかりました。
なんと、この五差路、信号がありません。
そのまま真っ直ぐ進む通りが、きのう歩いた「由布見通り」ですね。
馬車は、右手10時の方向に分岐する細道に折れました。
大きな鳥居を潜ります。
「こん鳥居は、今日これから行く『宇奈岐日女神社』の“一の鳥居”になっちょります」
「ウナギ姫?
ウナギの女神さまなんですか?」
「そうとも云われとります。
大昔、由布院盆地は、大きな湖だったらしいですけん」
「その名残が、金鱗湖なんですよね」
「よく、ご存じですなぁ」
「えっへん」
しばらく進むと、道は上り坂になるようです。
御者のお兄さんが立ち上がり、手綱を繰りました。
お馬さんが走り出しました。
勢いをつけて、坂を上るようです。
乗客からは、喚声があがります。
お馬さんが駆け上がったところは、橋の上でした。
橋の間近で、2本の川が合流してます。
なんか、見覚えがありますね。
「Mikikoさん、ここ『城橋』ですよ」
「あ、そうか!
昨日、人力車降りた場所だ」
夜、グルメシティに行くときにも渡りましたが……。
あのときは、もう真っ暗でしたから。
由布岳が見事です。
カメラを向けてるお客さんもいます。
絶好の撮影ポイントなんでしょう。
御者のお兄さんも、橋の上は、馬車をゆっくりと進めてました。
橋を渡って、しばらくは温泉旅館が目立ちましたが……。
やがてあたりは、静かな田舎道になりました。
田んぼが広がってます。
青い稲穂がなびくころは、きっと風が気持ちがいいでしょうね。
狭い道が続きますが、自動車もスピードを落として擦れ違ってくれます。
細い川が見えてきました。
「こん川は、さっき『城橋』で渡った大分川の上流にあたります。
『城橋』からの道は、ほとんど真っ直ぐやったですけど……。
その間、川は大きく蛇行してますけん、けっこう上流になります」
それで、こんなに細くなってるんですね。
川に向かって、馬車はスピードを上げました。
『城橋』では、勢いをつけて坂を上るためにスピードを上げたんですが……。
ここは、逆です。
川に向かって下り坂になってるので……。
自然とスピードが出るようです。
橋が見えてきました。
欄干の無い、低い橋です。
「こん橋は、『沈み橋』と云います。
その名のとおり、大水の時は水の中に沈む橋です」
沈下橋というやつですね。
以前にも書いたと思うけど……。
わたしは、橋が苦手なんです。
欄干の近くには寄れない。
特に、欄干の隙間から見える水面には、恐怖を覚えます。
ましてや……。
欄干のない橋なんて、とうてい渡れません。
実は、高知の四万十川の見所のひとつに……。
沈下橋があったんですが……。
怖いのでパスしました。
まさか、こんなとこで、沈下橋が待ち受けてるとは……。
でも……。
飛び越せそうな狭い川に掛かる橋は短く……。
恐怖を感じる間もなく渡り切ってしまいました。
「降りてもらう前に、馬車の向きを変えますけん、少々お待ちください」
お馬さんが、ゆっくりと回り始めました。
狭い道幅ですが、毎回ここでUターンしてるんでしょう。
ウマいもんです。
やり直すこともなく、馬車は石垣に沿って反対を向きました。
お客さんは、ひとまず下車し、仏山寺の見学です。
見学時間は10分。
子供たちは、お寺より馬の方に興味があるらしく……。
馬の顔近くまで寄って、熱心に見てます。
わたしたちは大人なので……。
とりあえず、お寺を見てきましょうか。
臨済宗のお寺のようです。
山門は古そうで、古刹の雰囲気を期待したんですが……。
本堂は、新築間もないようでした。
馬車に戻りましょう。
子供たちは待ちきれない様子で、すでに座席に座ってました。
中には、座席から立ち上がって、わたしたちを恨めしげに迎える子も……。
まだ10分経ってないからね!
さて、出発進行です。
お馬さんは、石垣沿いに左側を歩みます。
狭い道ですが、これならクルマともすれ違えますね。
かと言って、寄りすぎたら、馬車が石垣を擦っちゃいます。
馬車は、石垣と絶妙な間隔を保って進みます。
偉いもんです。
もと来た道を戻ります。
また、『沈み橋』が見えて来ました。
馬車のスピードが上がります。
さっきは、下り坂で自然にスピードが上がるのかと思ってましたが……。
よく考えたら、橋を境に、今度は上り坂になるわけですから……。
そのために勢いを付けているようです。
橋を渡りきったところで、道がY字に分かれてます。
先ほどは右の道から来たんですが……。
お馬さんは、迷うことなく左の道を選びました。
辻馬車は、田園風景の中、一路、宇奈岐日女神社へと向かいます。
「これから参ります宇奈岐日女神社は、六所宮とも呼ばれちょります。
6柱の神さんが祀られておるからです。
ばってん、そん神さんの中に、宇奈岐日女さまはおらんとです」
「どうしてですか?」
「ようわからんとです。
山岳信仰なんかが隆盛する過程で……。
昔からの女神伝説が抹消されていったとか云われとりますが」
「でも、なんで、名前だけが残ってるの?」
「謎ですなぁ。
ひょっとしたら、外から来た人間が……。
宇奈岐日女さまの名前を消して、ほかの名前を付けたけれど……。
由布院の人が、頑として宇奈岐日女さまと呼び続けたからかも知れませんのう」
「地元の人に愛された女神さまなんですね」
「由布院盆地を作った神さまですけん」
「え?
由布院が湖だったころ、湖の主だった方ですよね。
なんでその女神さまが、由布院盆地を作ったんです」
「由布院の人たちが、山肌に張り付くようにして耕作してる姿を見て……。
この湖が干上がれば、人々は、平らな広い耕地を得ることが出来る……。
そうなれば、みんなの暮らしも楽になる。
そう思われましてな。
家来の力持ちに命じ……。
山を蹴破らせたんですわ。
湖の水は一気に流れだし、湖底だったところが、由布院盆地になりました」
「スゴい女神さまですね。
自分の住み家を破壊して、人々に耕地を与えたわけですね」
「そげんです」
「由布院の人たちが、女神さまの名前を決して忘れようとしなかったわけ……。
よくわかりました」
うぅ。
聞いてて、涙が出そうになりました。
今、こんなことが出来る政治家って、いる?
宇奈岐日女さまのお話に引きこまれてるうち、馬車は神社へと到着したようです。
ここでも、10分休憩です。
いい話を聞いたので、真面目に見る気満々です。
でも、涙腺が緩んだら、下の蛇口も刺激されたようです。
おしっこがしたくなりました。
しばし、トイレタイム。
綺麗な公衆トイレがありました。
たぶん、馬車に揺られると、催す方が多いんでしょうね。
それでは、駆け足で見ていきましょう。
社殿は大きくはありませんが、それなりに厳かです。
狛犬がいました。
なんじゃ、この顔?
この神社、一番の見所は、これでした。
説明板が掲げられてました。
台風で倒れたんですね。
これだけ大きくなるまで、木が倒れるほどの台風は無かったってことですよね。
つまり、何百年に1度という台風だったってこと。
↓目がはっきりわかりますね。
進路は、下のようになってます。
台風ってのは、進路の右側で被害が大きくなりますから……。
日本にとって、最悪のコースを通ったってことです。
ここ由布院だけでなく、九州の山林では、大規模な倒木が発生したそうです。
九州全体の36%に当たる210万戸で停電。
博多湾では貨物船が沈没。
日本全土での死者は、62名。
保険金支払額は、史上最高の5,679億円だったそうです。
九州は、気候的には魅力的だけど……。
やっぱり……、台風が怖いよね。
さて、10分は、あっという間です。
急がないと、またあの子に恨まれるからね。
出発進行!
馬車は、田園風景の中を、終点の由布院駅へと向かいます。
『城橋』が見えて来ました。
御者のお兄さんが起ち上がり、手綱を繰ります。
『城橋』を渡る観光客が、こちらを見てます。
中には、口を開いてる子も。
乗りたいんだろうな。
川面が、春の光に輝いてました。
程なく、宇奈岐日女神社の一の鳥居に差しかかり……。
お馬さんが、鳥居を左折しました。
車両が道を曲がるときは、フワーっと体が浮くようです。
由布院駅が見えて来ました。
う~ん。
まだずーっと乗ってたいんだけど、もう終点なんだね。
「はい、お疲れ様でした」
とうとう着いちゃいました。
お客さんたちは、名残を惜しむように、お馬さんと記念撮影。
わたしたちも、名残を惜しみたいけど……。
残念ながら、電車の時間が近づいてます。
後ろ髪を引かれながらも、駅舎に向かいます。
「面白かったね~」
「ほんとに。
人気なのもわかりますね」
「だよな。
でも、あの馬車屋の兄ちゃん、どれくらい儲かるんだろ?」
「また始まった~。
経理のサガですね」
「朝の9時30分から、夕方の16時30分まで、15便あるわけだ。
馬車屋は3人だから、1人あたり、5便を担当する」
「はいはい」
「とりあえず、大人料金で計算するけど……。
1,500円だったよね」
「あれだけ楽しいんだから、妥当ですよね」
「でも、この1,500円が、丸々馬車屋の懐に入るはずはない。
乗車券を販売してる観光協会が、手数料を取るはず」
「ですよね」
「どのくらい取るのかな?
ま、良心的にみて、5%としよう。
てことは、馬車屋の懐には、1人あたり1,425円が入る計算になる」
「けっこう残りますね」
「満席だとして、定員10名だから……。
1便あたりの手取りは、1,425円×10名で、14,250円。
これが1日5便だから……。
71,250円!
1ヶ月にどのくらい稼働するんだろうね?」
「休みなしじゃ、お馬さんが可哀想ですよね」
「あんな重い客車を引いてるんだからね。
あれだけ調教した馬が潰れちゃったら、元も子もなくなる。
ま、2勤1休で、1ヶ月20日くらいかな」
「ですね」
「てことは、71,250円×20日で……。
1,425,000円!
月収だよ」
「すご……」
「1月と2月は休みだから……。
年に10ヶ月稼働するわけだ。
てことは……。
1,425,000円×10ヶ月で……。
14,250,000円!!
どひゃー。
年収、せんよんひゃくまーんんんんんんんん」
「Mikikoさん、固まっちゃってますよ」
「わたし……。
馬車屋になろうかな」
「また、そういう短絡的な結論を……。
経費をぜんぜん考えてないじゃありませんか」
「経費ったって、馬の餌だけだろ?」
「たくさん食べるんじゃないんですか?」
「たくさんたって、豊後牛を食べるわけじゃないぞ。
ワラだろ。
せいぜい、人参とかリンゴだよ」
「きっと、そんなにウマくはいかないんですよ。
そうじゃなきゃ、馬車屋さんだらけになっちゃいますよ」
「だよなぁ」
なお、前回までの辻馬車道中記事は……。
「愉快に由布院ドッとコム!」さんの、「辻馬車に乗って」というページを参考にさせていただきました。
参考にさせていただいたと云うより……。
ほとんどパクリです。
写真もたくさん使わせていただきました。
マズいかな~とも思ったんですが……。
「このサイトについて」を開くと……。
下のような、ありがたい一文がありました。
『このサイトに掲載している写真は当サイト運営者が撮影編集したものです。必要であれば転載使用してください。連絡は無用です。湯布院を大いに宣伝してください。できましたら当サイトをリンクしていただけますとありがたいです』
ほんとは、お礼メールをしたいところなんですけど……。
こんなサイトに載ってしまうのは、迷惑だと思いますので……。
黙って使わせていただくことにしました。
「愉快に由布院ドッとこむ!」さん、ほんとにありがとう!
しかし、ここの掲示板、スパムに荒らされ放題だな……。
さて、時間がないので、すぐに改札を抜けましょう。
ホームには、すでに、わたしたちの乗る「ゆふいんの森」2号が待ってました。
博多を9時16分に出た「ゆふいんの森」1号が、11時28分に由布院に着きます。
この折り返しが、12時2分初の「ゆふいんの森」2号となります。
当然、行き先は博多です。
どうです、格好良い車両でしょ?
見るからに豪華そう。
エンブレムも、金!
九州旅行では、豪華列車に乗れるという楽しみがあります。
JR九州の特急は、豪華なんですよ。
特に、この「ゆふいんの森」は、人気抜群。
今日は、連休終了後の週半ばの平日ということで、切符が取れましたが……。
お休みの日の切符を手に入れるのは、とても困難のようです。
全席指定で、自由席はありませんので、並んでも乗れません。
では、どこが豪華なのか。
まず、ビュッフェが備えられてること。
ビュッフェというのは、簡易な食堂車のことです。
JR列車の中で、夜行の食堂車以外で、ビュッフェがあるのは……。
「ゆふいんの森」と、同じくJR九州の「SL人吉」だけです。
次に、キャビンアテンダント(客室乗務員・女性)が乗務してます。
云ってみれば、ボイのいた一等車の雰囲気ですね。
車内の装備も豪華で、ヨーロッパの特急列車のようです。
先頭車両は、ハイデッカーという構造になっています。
なんか、哲学者の名前みたいですが……。
“High Decker”のことです。
高いデッキ、すなわち床が高くなってるんですね。
客席からの眺めは、地上を見下ろす感じになります。
これも、気分がいい。
新幹線なんかには、2階建て車両がありますが……。
なーんか、身分制度みたいですよね。
1階なんて……。
駅では、体がほとんど、ホームの下になります。
穴蔵から地上を見上げる感じ。
ま、運良くミニスカの女の子が近くを通ると、良いことがあるかも知れないけど……。
ちなみに、2階建て車両のことは、ダブルデッカーと云います。
カースト制のようなダブルデッカーに対し……。
ハイデッカーは、乗ってる人に身分関係が無く……。
全員がアッパークラスって感じ。
上流社会のサロンにいるみたいな気分になれます。
こんなとこも、「ゆふいんの森」の人気のひとつじゃないでしゃうか。
なお、「ゆふいんの森」に乗ろうとして、実際に旅行を計画する場合、注意する点があります。
「ゆふいんの森」は、時々、長期間運休するんです。
ちなみに今年、「ゆふいんの森」2号は、6月19日~7月8日まで運休になります。
なぜ、こんなに長期間休むのかと云うと……。
早い話、車両のオーバーホールです。
「ゆふいんの森」用の豪華車両は、3編成しかありません。
それが、1日1往復ずつ、計3往復してます。
予備の車両がありませんから、オーバーホールのときは、運休するしかないわけです。
もちろん、3編成同時に休むわけではなく、交代になります。
でも、別に豪華列車でなくても、移動さえできればいいって人なら、安心してください。
「ゆふいんの森」運休のときは、同じダイヤで、「ゆふ」もしくは「ゆふDX」という特急が走ってます。
これらは、まあ、ふつうの特急です(ゆふ↓)。
豪華装備はありません。
運休についての情報は、時刻表を見ればわかります。
ネットの情報は、あてになりません。
必ず、冊子の時刻表で確認してください。
ただ、女性の中には、時刻表がまったく読めないという方がおられるようです。
そういう時刻表に不自由な方は……。
「ゆふいんの森」が載ってる久大本線のページを開くことすらできないと思います。
そういう方には、「ゆふいんの森」乗車を組み込んだパック旅行がありますので、こちらをお勧めします。
これなら、切符が取れて大喜びしてたら……。
ホームに入ってきたのは「ゆふ」だった、などという悲劇を味あわずにすみます。
「大分に行こう!」、再開します。
さて、前置きが長くなりました。
さっそく、「ゆふいんの森」に乗り込みましょう。
入り口は、こんな感じ。
ハイデッカーの意味がおわかりになると思います。
「美弥、荷物お願い」
まるで飛行機みたいな荷物棚です。
背の高い道連れがいると、楽ですね。
「とりあえず、荷物だけ置いたら、ビュッフェに行くぞ」
「そこでお昼食べるんですか?」
「うんにゃ」
「Mikikoさん……。
まだ、辻馬車の影響が残ってますよ」
「わたしは、音感が繊細だから……。
すぐ影響されるんだよ。
そんなことより、売り切れるといけないから、急ごう」
「なに買うんですか?」
「駅弁だよ。
限定品の駅弁を、ビュッフェで売ってるんだけど……。
下手すると売り切れる。
特にこの『ゆふいんの森』2号は、お昼どきの発車だからね」
ビュッフェは、3号車にあります。
ちなみに、博多行きの上りは、号車番号が進行方向と逆になります。
4号車が先頭で、1号車が最後尾。
私たちの座席は2号車なので、3号車は前方にあたります。
3号車との連結部に来ました。
ハイデッカー車両の連結部分は、こんなふうになってます。
渡り廊下みたいですね。
昔の「ゆふいんの森」車両では、この渡り廊下が無く……。
連結部は、扉と同じ高さになってました。
つまり、車両を移る場合……。
階段を下りて、また上らなきゃならなかったわけ。
そのため、車内販売が出来ませんでした。
今は、この渡り廊下のおかげで、車内販売も回ってきます。
だから、温和しく座ってれば、席でも買えるんですけどね。
こんな列車に乗ったら、嬉しくてじっとしてられませんよ。
なお、本格的な食堂車とは違い、1両丸々をビュッフェが占めてるわけじゃありません。
3号車の前方(4号車寄り)が区切られて、ビュッフェになってるんですね。