2012.3.3(土)
これは、第401回から第428回までのコメント欄で連載した、「高知に行こう!(Ⅰ~ⅩⅩⅧ)」を、『紙上旅行倶楽部』の1本としてまとめたものです。
量が膨大となるので、(Ⅰ~Ⅲ)に分割しました。
さて!
何の予告もなく!
いきなり始まりました、恒例の「紙上旅行倶楽部」。
前回、秋の会津路(福島に行こう!)からは、だいぶ間が空いちゃいましたね。
この冬は、連日、雪との戦いが続きました。
南国に逃げ出したくもなりましたが……。
もし留守中に大雪が降って、車庫の屋根が潰れたりしたら……。
旅行費用の何倍もの大損害です。
税金ばかり取るくせに、行政は何もしてくれませんから……。
自分の家は、自分で守るほかないのです。
気持ちは内に向かうばかりで……。
仮想旅行を企てる気にさえなれませんでした。
でも、長かった冬も……。
ようやく、終わりのようです。
新潟でも、先週は初夏のような陽気がありました。
雪も魔法のように解け、モクレンのつぼみが、むくむくと膨らみました。
「福島に行こう!」の最中に植えたアリウムちゃんも、元気に芽を出しました。
待望の春です!
というわけで!
春風に誘われるまま……。
旅に出ましょう!
で、どこに行こうかと思ったのですが……。
まぁ、行き先は題名でバレちゃってますけどね。
高知です。
まずは、なぜ高知かということのご説明から。
この冬……。
春を待つ心を込めて、「春の童謡・唱歌」を連載しました。
あそこにあげた歌は、すべて好きな歌ばかりですが……。
といって、わたしが、童謡や唱歌しか歌わないわけじゃありません。
特に、旅心を誘われたときは……。
何といっても、旅情演歌!
春の旅を歌った歌で、大好きな曲があります。
まずは、聞いていただきましょう。
------------------------------------------
【豊後水道】作詞:阿久悠/作曲:三木たかし
背のびした恋破れ
なぐさめる人もなく
信じていたのに
あなたはもう来ない
やせた女の旅路には
やさし過ぎるわ春の海
こぼれ散る紅椿
流れにひきこんで
何を急ぐか豊後水道
------------------------------------------
元歌は3番までありますが……。
わたしが歌えるのは、この1番のみです。
しかも後半のサビだけ。
この歌詞ですが……。
正直、出だしのところは、いい詩だとは思いません。
ありきたりな言葉がならび、イメージも膨らみません。
「津軽海峡冬景色」なんて、初っぱなから映像見えっぱなしですもんね。
どうしたんだ阿久悠、って感じです。
でも……。
後半の「こぼれ散る」からのサビでは……。
突然、鮮明な映像が、眼前に広がります。
最後の、「豊後水道」を唸り切ったときには……。
背筋に鳥肌が立ってますね。
聞いてる人は、別の意味で鳥肌立ってるでしょうが……。
春が近づくころには、よくこの歌をお風呂で歌います。
というわけで……。
この歌に誘われ、春の旅を思いつきました。
すなわち!
*。+'*. 「由美と美弥子」400回特別記念番組 .*'+。*
*。+'*. ~ 豊後水道を船で渡る旅 ~ .*'+。*
さて。
まずはそもそも、“豊後水道”とは何ぞやということですが……。
“豊後”というのが、大分県の昔の国名だったことは、ご存じでしょう?
それでは、“水道”とはなにか?
たいがいの人は、捻るとジャーっと水が出る、あの水道を連想するはず。
まぁ、当然です。
でも、“水道”の文字どおりの意味を考えて下さい。
そう、水の道です。
Wikipediaでは、次のように記述がされてます。
『水道とは、海において陸地が両側に迫って狭くなった通路状の箇所のこと。水の流れる道、あるいは船の通り道という意味。』
つまり、水は水でも、潮水の通り道ってことですね。
一般的には、海峡と呼ばれます。
さて、それでは豊後水道は、どこにあるのか?
当然、一方は豊後国、大分県です。
そして、水道を挟むもう一方の岸は……。
四国の愛媛県なんです。
じゃ、なんで、「高知に行こう!」なのか?、ですが……。
豊後水道を横断するフェリーは、高知県の宿毛(すくも)から出てるんです。
「宿毛フェリー」という会社が運行する航路です。
高知県の宿毛と、大分県の佐伯を結びます。
航路距離、78㎞。
佐渡汽船の「新潟-両津」間が、67kmですから、それよりちょっと遠いですね。
でも、高知を選んだ理由は、フェリーが出てるからだけじゃありませんよ。
何と言っても高知は……。
「龍馬伝」で、今が旬です(見てないけど)。
NHKの大河ドラマでは……。
昨年の「天地人」で、新潟県は、たいへんお世話になりました(見てなかったけど)。
そのお礼も兼ね、新潟県を代表して高知を訪ねることにしたんです(迷惑?)。
さて、日程です。
3月の祝日は、春分の日しかありません。
でも、うまい具合に連休になります。
なので、春分の日を挟んだ3連休を使って出かけましょう。
たぶん、どこも混むでしょうが、勤めのある身では仕方ありませんね。
今、書きはじめた段階では、高知に行くということしか決まってないんです。
が……。
何となく、3連休中には、終わりそうも無い気がしてます。
なにしろ遠いですから。
往復で、かなりの時間が取られちゃいます。
行ってすぐ帰るんじゃ、つまりません。
なので、帰りの日時は決めません。
行き当たりばったり。
小説の書き方もこうですから、わたしには合ってるかもね。
さて、そして旅の相棒。
一人で豊後水道を渡るのは、あまりにも切ないので……。
今回も、2人旅にしましょう。
前回の「福島に行こう!」では、由美ちゃんを呼びました。
当然今回は、美弥子ちゃんの番です。
心配なのは、会話が弾むかなってことですが……。
ひょっとしたら、意外な一面も見れるかもと期待してます。
それでは、さっそく!
時計の針を、3月19日の金曜日まで進めましょう。
会社での仕事を終えたわたしは、真っ直ぐ新潟駅に向かいます。
これは、いつものことですが……。
でも今日は、まだ春の陽が、さんさんと降りそそいでます。
そう、この日は、早引けしたんですね。
これから向かうのは、いつもの在来線ホームじゃありません。
新幹線改札口。
遠路はるばるやってくる美弥子ちゃんのお迎えです。
例によって、新潟を起点に旅を始めるために、わざわざ呼びつけたんですね。
これも作者の特権です。
でも、呼びつけたからには、出迎えくらいしてあげなきゃね。
というわけで、改札口で、待つわたしですが……。
なんとなく、イヤーな予感がしてます。
東京からの新幹線が着いた、というアナウンスが流れ……。
乗客達が、エスカレーターを下りて来ました。
改札に向かってぞろぞろと歩いてきます。
「あっちゃ-」
やっぱり……。
悪い予感が当たりました。
美弥子ちゃんは……。
探すまでもありません。
目立ちまくりです。
175センチの長身に、何の遠慮もなく高いヒールを履いてます。
実質身長は、185センチくらいになってるんじゃないでしょうか。
しかも、濃厚な欧米顔。
羽織ったコートのあわいから、一足ごとに、胸がぶるんぶるん揺れてます。
まわりの越後人、ドン引きです。
新潟駅に、ハリウッドスターが降り立ったようです。
わたしを見つけた美弥子ちゃん、思いっきり手を振ってくれました。
わたしも、小さく手を振り返しながら、どうしても顔が下を向きます。
だって……。
越後人の視線、今度はわたしに集中ですから。
どう見ても……。
出迎えのマネージャーだよな……。
「Mikikoさん、お久しぶりです。
どうしたんです?
元気ないみたいだけど?」
「何でそんな恰好してる?
3月だぞ。
ファー襟のコートは無いだろ」
「もっと寒いのかと思ってました」
「新潟をバカにしとるな……。
美弥だって、北陸だろうが。
まぁ、いいとして……。
由美には、気づかれなかったろうね?」
「実家の方で、親戚の葬儀があることにしました」
「2人で旅行に行ったなんてバレたら、恨まれるからな。
あいつ、頭に血が昇ると怖いから」
「3人で行きたかったな」
「ダメ。
そんなことしたら、わたしひとり爪弾きになるだろ」
「そんなことしませんって」
「気遣いされる雰囲気が嫌なの。
それじゃ、さっそく行くぞ」
「え?
出発は明日でしょ?」
「その前準備。
イヤな予感が当たったからな。
半日余裕作って、やっぱり正解だったぜ」
「イヤな予感って何です?
ちょっと、Mikikoさん、どこ行くんです?」
すれ違う人たちの視線に耐えながら、美弥子を南口の駐車場まで導きます。
今日は、高い駐車料を払って、クルマを置いてあるんです。
「わぁ。
コメントでお馴染みの、バナナ色のパッソだ。
これ、ぶつけたんですよね?(189のコメント参照)」
「やかましい!」
「Mikikoさんちに、真っ直ぐ行っちゃうんですか?」
今日は、うちに泊まってもらうことになってるんだけど……。
こんな陽の高いうちから帰るつもりはありません。
向かった先は、わたしの家に程近いショッピング街。
昔は、田んぼしか無かったとこですが……。
今は、中心市街地を空洞化させる大規模店が、軒を連ねてます。
あ、「軒を連ねる」という慣用句は、ふさわしくないですね。
軒なんか連ねてません。
どの店の周りも、小学校が建ちそうなほどの駐車場が広がってますから。
わたしは、その中の1店にパッソを乗り入れました。
「旅行に着て行く服、買うからね」
「Mikikoさんって、こういうとこでお買い物するんですか?」
「そうだよ」
「せめて、ユニクロにしましょうよ。
Mikikoさん、まだ若いんですから」
「誰が、わたしの服買うって言った?」
「え?
じゃ、誰の?
もしかして、わたしですか?
だって、服なら、着替えまでたくさん持ってきましたよ」
「全部、却下」
「なんで!」
「見なくても、どんなの持ってきたかわかる。
旅行はね、ファッションショーじゃないんだから。
もっと地味で、機能的な服にしなさい。
さ、降りて」
「うそー。
こんなとこやだー」
「こんなとことは何事だ!」
「だって!
“しまむら”なんて、入ったこと無いもの」
「デカい図体して、ピーピー言わない!
早く来い!」
後込みする美弥子を引きずり、店内に踏み込みます。
「うそ。
なんか、すごい色合いの服ばっかし。
マジで、ムリだと思う……。
ちょっと、Mikikoさん。
どこ行くんです?
そっちは、紳士服ですよ」
「婦人服売場に、美弥のサイズがあるわけないでしょ。
下は、ジーンズでいいよな」
「そんな!」
眉根を寄せて嫌がる美弥子に、男物のジーンズを持たせて試着室に押し込みます。
「履いた?」
「シルエットが、すごくヘン」
「どれ」
カーテンを開けると、美弥子はジーンズの腿のあたりを、しきりと気にしてます。
頭に来ることに、裾上げは不要のようです。
「ケツがでっかいんだから、腿が余るのは仕方ないだろ」
「そんな!」
「次は、上ね」
ジーンズ売場のとなりに、春物のブルゾンが並んでます。
もろ、オヤジ系デザインですね。
競馬中継で映る観客が良く着てます。
「これがいいな」
「うそ!
こんなのヤです」
わたしが選んだのは、バラクータ風のベージュ色ブルゾン。
ブルゾンって言うより、もろ「ジャンパー」ですね。
ていうか、ほとんど作業着。
「文句言わないで、着てみ」
無理矢理、羽織らせると……。
案の定、憎たらしいくらいに似合います。
すっごい、キュート。
「可愛いよ。
それに、頭が良く見える。
アイビーリーグの学生みたい」
「ほんとですか?」
美弥ちゃんは、疑わしげな顔で鏡の中を見入ってます。
でも、「頭が良く見える」って評価には、心を動かされたみたいです。
やっぱ、これほどの美貌だと、どこか白痴美めいちゃいますからね。
どうやら、あんまりお利口そうに見えないってことには……。
多少のコンプレックスがあるようです。
わたしに言わせれば、贅沢な悩みですけどね。
こんだけ美人になれるんなら……。
わたしだったら、パーに見られても全然かまわん。
「もう1ポイントあると、ハーバード級になるよ」
だいぶ素直になった美弥子をクルマに乗せ、ショッピングセンターに移動。
まずは、眼鏡屋。
伊達メガネを調達します。
黒縁のウェリントン。
「スゴイ似合うよ」
美弥ちゃんも、鏡の中を覗き込みながら、まんざらでもない様子。
「IQ150くらいに見える」
「ほんとですか?」
「後は……」
「まだあるんですか?」
「あたりまえだろ。
最後は、足元。
その格好でハイヒール履いてたら、まるっきりバカだぜ。
それに、『紙上旅行倶楽部』は、タイトスケジュールがウリだからね。
走らにゃならんことも、あるやも知れん。
あと、高知に行くからには……。
当然、砂浜も歩く。
ハイヒールなんか、履いておれんの」
靴屋に移動し、ローカットのバッシュを購入。
「うーむ」
わたしの企みは……。
美弥子の美貌を出来るだけ目立たなくし……。
並んで歩いても、わたしが付き人に見られないようにする、ということだったんですが。
無造作なボーイッシュに変身した美弥子は……。
異様に格好いいです。
ちょっと想定外だけど……。
まぁ、ハリウッド女優を連れ歩くよりはマシでしょう。
なんやかんやで、美弥子を家に連れ帰ると、もう夕刻。
母には、一緒に旅行に行く友達を一晩泊めるとは言ってあったんですが……。
外見までは説明してませんでした。
白人みたいな大女が現れたので、母はかなり仰天したようですが……。
普通に日本語をしゃべるので、安心した様子。
母の手作りの夕食を美味しそうに食べる美弥子を、すっかり気に入ったようです。
さて、夕食後は、お風呂に入り(もちろん、母がいるので別々です)……。
今夜は、早寝しましょう。
明日の今頃は高知にいるってことが、とても信じられません。
布団の中に入っても、嬉しさで全身がうずうずします。
眠れそうもないので……。
隣の美弥ちゃんの布団に手を伸ばしたところ……。
「イテっ」
手の甲を叩かれました。
まぁ、仕方ありません。
母の寝室が真下にあるんです。
ヘンな声出したら、みんな聞こえちゃいます。
高度成長期に建てられたペナペナの文化住宅なので……。
防音性、皆無なんです。
行き遅れの娘が、ビアンだと知ったら……。
母は、卒倒する恐れがありますからね。
今夜は、我慢しましょう。
でも……。
明日は、そうはいかんぞ。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●3月20日(土)1日目
さて、旅行初日です。
そんなに早く起きる必要はなかったんですけど……。
やっぱり、楽しい旅行が始まるかと思うと、早くから目が覚めちゃいますね。
もっとも、わたしは毎朝4時前に起きて小説を書くるので……。
早起き体質になってるせいもあるんですけどね(歳を取ったからではない!)。
この日は、朝食を摂らずに出かけます。
時間が無いわけじゃありません。
母も、作ってあげるから、食べて行きなさいと言ってくれましたが……。
断りました。
旅程上の都合なんです。
お昼時に、ゆっくり食事を摂れそうもないかわり……。
逆に、午前中、乗り換えで時間が空いちゃうんです。
なので、今日はブランチにします。
10時前の食事になるので、朝食は抜くしかありません。
これなら、宿の夕食も美味しくいただけるだろうし……。
このブランチ作戦、なかなかのアイデアだと気に入ってます。
さて、7時過ぎに家を出て……。
在来線で新潟駅へ。
このへんの描写は、セキュリティ上、省略ね。
ということで、7時15分過ぎ、新潟駅到着です。
新潟駅には着きましたが……。
JRに乗るわけじゃありません。
思えば……。
「北海道に行こう!」では、日本海をフェリーで北上しました。
「島根に行こう!」では、東京駅から寝台特急に乗りました。
「福島に行こう!」では、SL“磐越ものがたり”号の旅。
いずれの回も、趣向を凝らしたオープニングでしたね。
やっぱ、旅の始まりは、非日常へのプレリュードという意味合いからも……。
凝った演出をしたかったものですから。
でも……。
高知はダメです。
あまりにも遠い。
趣向を凝らしてたら、着くまでにくたばっちまいます。
今回は、素直に飛行機を使うしかありません。
新潟駅まで来たのは……。
南口から、新潟空港への連絡バスが出てるからなんです。
新潟空港は、他の地方空港と同様、新潟市の郊外にあります。
でも、わたしの家からは、そんなに遠くないんです。
時間から言えば、家からタクシーを使うのが一番早い。
20分もかからないんじゃないかな?
でも今日は、あえてバスを使います。
この連絡バス、会社への行き帰りに、よく見かけるんですよ。
カッコいいなぁと、いつも思ってました。
シートも豪華そうだし……。
しかも、席がガラガラ。
このバス路線は……。
その名も、「エアポートリムジン」。
新潟駅と新潟空港を、ノンストップの25分で結びます。
なんと、1日往復65便!
20~30分間隔で出てます。
新潟県と新潟市が、他県からの来訪者に不便を感じさせないようにという目的で始めた事業です。
早い話、見栄でやってるようなもの。
実際に運行してるのは、新潟交通。
路線自体の収益は、大赤字でしょうね。
でも、乗る方は、豪華でガラガラなんだから、贅沢気分にひたれます。
乗り場の外に、券売機が設置されてます。
料金は、400円。
安い!
新潟駅発、7:30。
さすがノンストップバス。
信号では止まるけど(あたりまえ)。
でも、停留所が無いからスイスイですね。
新潟空港着、7:55。
あっと言う間に、着いちゃいました。
こんなバスなら、もっと乗ってたかった。
新潟空港からは……。
8:20発、JAL2240便に搭乗します。
行き先は、大阪空港。
当然のことながら、新潟と高知を結ぶ直通便はないんです。
大阪空港着、9:30。
わずか1時間10分の空の旅でした。
さて、ここでブランチをいただくことにします。
というのも……。
高知空港行き、ANA1605便の出発が、10:55なんです。
1時間以上時間が空いちゃいますからね。
空港内には、飲食店がたくさん入ってます。
でも、10時前から開いてるお店は、そう多くないみたいです。
わたしたちが向かったのは、中央ブロック3階。
ここに、「レストランつばさ」という、とても誘われる名前のお店があるんです。
このレストラン、開店は、なんと6:30。
きっと朝から、大勢の人が利用するんでしょうね。
でも今は……。
朝食には遅く、昼食には早いという、中途半端な時間帯なので……。
席は十分に空いてました。
この時間だと、まだメニューは朝食セットのみです。
和と洋がありますが……。
和が安い!
500円。
空港内でこの値段は驚きです。
と言っても、2人して同じものを取るのも面白味が無いので……。
和洋1人前ずつ注文することにしました。
料理が来るまで、窓の外の飛行機を眺めて過ごそうと思ってたら……。
あっという間に料理が運ばれてきました。
ひょっとして、カップ麺作るより早いんじゃ?
やっぱり、空港で食事をする人って、時間に追われてるんでしょうかね?
しかも、大阪空港ですから。
“いらち”な大阪人御用達レストランみたいです。
和朝食は、鮭の切り身に、卵焼きも付いてました。
ビジネスホテルなら、これで1,000円取られかねません。
さて、あまりにも早く料理が来たので……。
まだ、時間があります。
といっても、大阪空港には、ヒマつぶしの出来る施設が、何も無いんです。
「北海道に行こう!」で立ち寄った新千歳空港とは、大違い。
仕方ないので、一階下のラウンジで待ちましょう。
「ラウンジオーサカ」という、フランク永井の歌謡曲に出てきそうな名前が付いてます。
航空チケットとクレジットカードを提示すれば、無料で利用できます。
インターネットも、ソフトドリンクもタダです。
高い飛行機に乗るんだから、少しでも元を取らないとね。
経済観念のアンテナが立っちゃうのは、大阪に来たせいでしょうか……。
さて、ようやく時間になりました。
ANA1605便に乗りこみましょう。
大阪空港発、10:55。
高知空港着、11:40。
高知空港には、高知龍馬空港という愛称が付いてます。
まず向かったのは、1階の総合案内。
「MY遊バス」というバスのチケットを買うためです。
JR高知駅と桂浜の間を、観光スポットを巡りながら回るバス。
1日900円で、何度でも乗り降りできます。
チケットを入手すると、そのままタクシー乗り場へ。
「バスに乗るんじゃないんですか?」
「『MY遊バス』は、高知市内のルートしかないの。
ちょっと、高知市内に入る前に、寄ってみたいとこがあるんだ」
高知空港からタクシーに乗り、向かった先は、香南市赤岡町。
高知市とは、逆方向です。
訪ねる先は、「絵金蔵」という施設。
“えきんぐら”と読みます。
空港からは、タクシーでおよそ10分。
絵金というのは、江戸末期の絵師です。
絵師金蔵を略して、絵金。
金蔵は、文化9年(1812年)、高知城下に生まれました。
幼少から、その画才は城下で評判を取ります。
16歳で江戸に出て、狩野派に学びました。
通常10年はかかる修行を3年で修了し、帰郷。
わずか20歳で、土佐藩家老・桐間家の御用絵師になります。
が……。
トントン拍子は、ここまで。
贋作事件に巻き込まれ……。
御用絵師はクビ、狩野派からは破門。
しかも、高知城下所払いの処分を受けます。
その才能に妬みを持つ者に、濡れ衣を着せられたという説もあります。
城下を放逐された金蔵は、叔母を頼って赤岡の地に移り住みます。
そこで、「町絵師・金蔵」を名乗り、地元の農民や漁民に頼まれるがまま、芝居絵や絵馬、凧絵などを、数多く描きました。
猥雑、土俗的で血みどろの芝居絵は特に人気が高かったそうです。
脳卒中で右手が利かなくなってからは、左手で描いたそうです。
「絵金」は、赤岡の人が呼んだ愛称だとか。
この絵金蔵には、町内に残された絵金の23枚の屏風絵が展示されてます。
さて、入場券を買うに際し、さっそく「MY遊バス」チケットが生きます。
このチケット、さまざまな施設で、割引を受けられるんです。
まだバスに乗らないのに、わざわざ空港でチケットを入手したのは、このため。
ここ絵金蔵でも、通常500円の観覧料が、なんと!、450円。
「ん?
なんだ、その顔は?」
「50円、安くなるだけですよね……」
「だけ、とはなんだ!
1割も安くなるじゃないか。
50円を笑う者は、50円に泣くぞ」
「別に笑ってませんけど」
まず入った展示室は、「闇と絵金」。
和蝋燭の炎の揺らめく中に、絵金の屏風絵が浮かび上がってます。
絵金の屏風絵は、闇の中で見ると、一層迫力を増します。
極彩色の泥絵の具で描かれた芝居絵は、今にも動き出しそうです。
次の展示室は、「蔵の穴」。
“絵金蔵”の名が付いてるとおり……。
ここは、米蔵を改装して作られてます。
本来の目的は、屏風絵の収蔵庫。
この「蔵の穴」では……。
その収蔵品を、壁に開けた穴から覗き見できるんです。
「覗く」って行為には、やっぱりワクワク感がありますよね。
実は、さっきの「闇と絵金」の屏風絵は、複製品なんですね。
本物使ったら、劣化しちゃいますから。
でも、この穴から見えるのは、本物です。
やっぱり、心なしか違うような……。
最後の展示室は、「絵金百話」。
絵金の謎に包まれた生涯を、数々のエピソードとともにたどっていきます。
絵金が暮らした頃の赤岡の町も再現されてます。
絵金は、六尺の巨漢で大酒飲みだったとか……。
さて、もっとゆっくり堪能したいところですが……。
残念ながら、時間がありません。
土佐くろしお鉄道の“あかおか”駅から、13:02分発の電車に乗らなきゃなりません。
駅までは、歩いて10分かかります。
12:50分、絵金蔵を後にします。
観覧時間は、45分くらいでした。
あと、絵金をもっと堪能したい人は、7月に来ましょう。
7月の第3土日に、“絵金祭り”という催しが行われるんです。
赤岡の夜が、絵金一色に彩られます。
屏風絵の登場人物が、動き出して町を歩き回る感じのお祭り。
夏の夜と絵金。
最高にマッチすると思います。
さて、絵金蔵を出たわたしたちは……。
徒歩10分の、土佐くろしお鉄道“あかおか”駅へ。
土佐くろしお鉄道は、旧国鉄の路線を引き継いだ第三セクターの鉄道会社。
地方によくありますね。
“あかおか”駅のある路線は、正式名称を阿佐線と云います。
が……。
一般には、“ごめん・なはり線”という愛称が通用してます。
現地での案内や時刻表での表記も、“ごめん・なはり線”になってます。
正式名称にしちゃえばいいのにね。
わたしたちが向かうのは、この線の起点となる後免(ごめん)駅。
もちろん、反対側へ向かえば、奈半利(なはり)駅があります。
「ごめんなはり」という方言があって、そこから付けたのかと思ってたんですけど……。
違うんでしょうかね?
高知の方言ではないようですし。
ちなみに福岡の豊前地方で、「ごめん下さい」のことを、「ごめんなはり」と云うようです。
実は、この“ごめん・なはり線”の終点、奈半利駅の近くにも、心引かれる場所があったんです。
北川村にある、「モネの庭 マルモッタン」。
奈半利駅からは、村営バスで9分です。
「モネの庭」は、園芸好きや絵画好きなら、周知の名称です。
モネというのは、フランス印象派の画家、クロード・モネのこと。
フランス、ジヴェルニーにあるモネの自宅の庭は……。
「モネの庭」と呼ばれ、こよなく有名なんです。
モネの作品にも、たくさん描かれてます。
モネは、後半生をここで過ごし……。
庭で絵を描いてないときは、庭仕事をしているという、実にうらやましい生活を送りました。
睡蓮の池が特に有名。
北川村のマルモッタンには、そのモネの庭から譲り受けた青い睡蓮があります。
モネが、青い睡蓮を描きたくて植えたのですが……。
シヴェルニーでは、ついに咲くことがありませんでした……。
ところが!
北川村に植えたところ……。
気候が合ったんでしょうね。
見事な花を付けたそうです。
夏……。
モネが夢見た青い睡蓮が、ここで見られます。
こうして書いてるだけで、行ってみたくてしょうがないけど……。
残念ながら、旅程的に難しいです。
次は夏に来て、絶対にモネの睡蓮を見る!
ということで、今日のところは涙を飲んで……。
“あかおか”を、13:02に発ちましょう。
後免着が、13:17。
ここで、JRに乗り換えます。
後免発、13:33。
高知着、13:41。
駅前に出て、ここからようやく、「MY遊バス」に乗りこみます。
高知駅、14:10発。
ね、とってもお昼なんか食べてるヒマないでしょ。
というわけで、大阪空港でブランチを摂ったというわけです。
~つづく~
量が膨大となるので、(Ⅰ~Ⅲ)に分割しました。
さて!
何の予告もなく!
いきなり始まりました、恒例の「紙上旅行倶楽部」。
前回、秋の会津路(福島に行こう!)からは、だいぶ間が空いちゃいましたね。
この冬は、連日、雪との戦いが続きました。
南国に逃げ出したくもなりましたが……。
もし留守中に大雪が降って、車庫の屋根が潰れたりしたら……。
旅行費用の何倍もの大損害です。
税金ばかり取るくせに、行政は何もしてくれませんから……。
自分の家は、自分で守るほかないのです。
気持ちは内に向かうばかりで……。
仮想旅行を企てる気にさえなれませんでした。
でも、長かった冬も……。
ようやく、終わりのようです。
新潟でも、先週は初夏のような陽気がありました。
雪も魔法のように解け、モクレンのつぼみが、むくむくと膨らみました。
「福島に行こう!」の最中に植えたアリウムちゃんも、元気に芽を出しました。
待望の春です!
というわけで!
春風に誘われるまま……。
旅に出ましょう!
で、どこに行こうかと思ったのですが……。
まぁ、行き先は題名でバレちゃってますけどね。
高知です。
まずは、なぜ高知かということのご説明から。
この冬……。
春を待つ心を込めて、「春の童謡・唱歌」を連載しました。
あそこにあげた歌は、すべて好きな歌ばかりですが……。
といって、わたしが、童謡や唱歌しか歌わないわけじゃありません。
特に、旅心を誘われたときは……。
何といっても、旅情演歌!
春の旅を歌った歌で、大好きな曲があります。
まずは、聞いていただきましょう。
------------------------------------------
【豊後水道】作詞:阿久悠/作曲:三木たかし
背のびした恋破れ
なぐさめる人もなく
信じていたのに
あなたはもう来ない
やせた女の旅路には
やさし過ぎるわ春の海
こぼれ散る紅椿
流れにひきこんで
何を急ぐか豊後水道
------------------------------------------
元歌は3番までありますが……。
わたしが歌えるのは、この1番のみです。
しかも後半のサビだけ。
この歌詞ですが……。
正直、出だしのところは、いい詩だとは思いません。
ありきたりな言葉がならび、イメージも膨らみません。
「津軽海峡冬景色」なんて、初っぱなから映像見えっぱなしですもんね。
どうしたんだ阿久悠、って感じです。
でも……。
後半の「こぼれ散る」からのサビでは……。
突然、鮮明な映像が、眼前に広がります。
最後の、「豊後水道」を唸り切ったときには……。
背筋に鳥肌が立ってますね。
聞いてる人は、別の意味で鳥肌立ってるでしょうが……。
春が近づくころには、よくこの歌をお風呂で歌います。
というわけで……。
この歌に誘われ、春の旅を思いつきました。
すなわち!
*。+'*. 「由美と美弥子」400回特別記念番組 .*'+。*
*。+'*. ~ 豊後水道を船で渡る旅 ~ .*'+。*
さて。
まずはそもそも、“豊後水道”とは何ぞやということですが……。
“豊後”というのが、大分県の昔の国名だったことは、ご存じでしょう?
それでは、“水道”とはなにか?
たいがいの人は、捻るとジャーっと水が出る、あの水道を連想するはず。
まぁ、当然です。
でも、“水道”の文字どおりの意味を考えて下さい。
そう、水の道です。
Wikipediaでは、次のように記述がされてます。
『水道とは、海において陸地が両側に迫って狭くなった通路状の箇所のこと。水の流れる道、あるいは船の通り道という意味。』
つまり、水は水でも、潮水の通り道ってことですね。
一般的には、海峡と呼ばれます。
さて、それでは豊後水道は、どこにあるのか?
当然、一方は豊後国、大分県です。
そして、水道を挟むもう一方の岸は……。
四国の愛媛県なんです。
じゃ、なんで、「高知に行こう!」なのか?、ですが……。
豊後水道を横断するフェリーは、高知県の宿毛(すくも)から出てるんです。
「宿毛フェリー」という会社が運行する航路です。
高知県の宿毛と、大分県の佐伯を結びます。
航路距離、78㎞。
佐渡汽船の「新潟-両津」間が、67kmですから、それよりちょっと遠いですね。
でも、高知を選んだ理由は、フェリーが出てるからだけじゃありませんよ。
何と言っても高知は……。
「龍馬伝」で、今が旬です(見てないけど)。
NHKの大河ドラマでは……。
昨年の「天地人」で、新潟県は、たいへんお世話になりました(見てなかったけど)。
そのお礼も兼ね、新潟県を代表して高知を訪ねることにしたんです(迷惑?)。
さて、日程です。
3月の祝日は、春分の日しかありません。
でも、うまい具合に連休になります。
なので、春分の日を挟んだ3連休を使って出かけましょう。
たぶん、どこも混むでしょうが、勤めのある身では仕方ありませんね。
今、書きはじめた段階では、高知に行くということしか決まってないんです。
が……。
何となく、3連休中には、終わりそうも無い気がしてます。
なにしろ遠いですから。
往復で、かなりの時間が取られちゃいます。
行ってすぐ帰るんじゃ、つまりません。
なので、帰りの日時は決めません。
行き当たりばったり。
小説の書き方もこうですから、わたしには合ってるかもね。
さて、そして旅の相棒。
一人で豊後水道を渡るのは、あまりにも切ないので……。
今回も、2人旅にしましょう。
前回の「福島に行こう!」では、由美ちゃんを呼びました。
当然今回は、美弥子ちゃんの番です。
心配なのは、会話が弾むかなってことですが……。
ひょっとしたら、意外な一面も見れるかもと期待してます。
それでは、さっそく!
時計の針を、3月19日の金曜日まで進めましょう。
会社での仕事を終えたわたしは、真っ直ぐ新潟駅に向かいます。
これは、いつものことですが……。
でも今日は、まだ春の陽が、さんさんと降りそそいでます。
そう、この日は、早引けしたんですね。
これから向かうのは、いつもの在来線ホームじゃありません。
新幹線改札口。
遠路はるばるやってくる美弥子ちゃんのお迎えです。
例によって、新潟を起点に旅を始めるために、わざわざ呼びつけたんですね。
これも作者の特権です。
でも、呼びつけたからには、出迎えくらいしてあげなきゃね。
というわけで、改札口で、待つわたしですが……。
なんとなく、イヤーな予感がしてます。
東京からの新幹線が着いた、というアナウンスが流れ……。
乗客達が、エスカレーターを下りて来ました。
改札に向かってぞろぞろと歩いてきます。
「あっちゃ-」
やっぱり……。
悪い予感が当たりました。
美弥子ちゃんは……。
探すまでもありません。
目立ちまくりです。
175センチの長身に、何の遠慮もなく高いヒールを履いてます。
実質身長は、185センチくらいになってるんじゃないでしょうか。
しかも、濃厚な欧米顔。
羽織ったコートのあわいから、一足ごとに、胸がぶるんぶるん揺れてます。
まわりの越後人、ドン引きです。
新潟駅に、ハリウッドスターが降り立ったようです。
わたしを見つけた美弥子ちゃん、思いっきり手を振ってくれました。
わたしも、小さく手を振り返しながら、どうしても顔が下を向きます。
だって……。
越後人の視線、今度はわたしに集中ですから。
どう見ても……。
出迎えのマネージャーだよな……。
「Mikikoさん、お久しぶりです。
どうしたんです?
元気ないみたいだけど?」
「何でそんな恰好してる?
3月だぞ。
ファー襟のコートは無いだろ」
「もっと寒いのかと思ってました」
「新潟をバカにしとるな……。
美弥だって、北陸だろうが。
まぁ、いいとして……。
由美には、気づかれなかったろうね?」
「実家の方で、親戚の葬儀があることにしました」
「2人で旅行に行ったなんてバレたら、恨まれるからな。
あいつ、頭に血が昇ると怖いから」
「3人で行きたかったな」
「ダメ。
そんなことしたら、わたしひとり爪弾きになるだろ」
「そんなことしませんって」
「気遣いされる雰囲気が嫌なの。
それじゃ、さっそく行くぞ」
「え?
出発は明日でしょ?」
「その前準備。
イヤな予感が当たったからな。
半日余裕作って、やっぱり正解だったぜ」
「イヤな予感って何です?
ちょっと、Mikikoさん、どこ行くんです?」
すれ違う人たちの視線に耐えながら、美弥子を南口の駐車場まで導きます。
今日は、高い駐車料を払って、クルマを置いてあるんです。
「わぁ。
コメントでお馴染みの、バナナ色のパッソだ。
これ、ぶつけたんですよね?(189のコメント参照)」
「やかましい!」
「Mikikoさんちに、真っ直ぐ行っちゃうんですか?」
今日は、うちに泊まってもらうことになってるんだけど……。
こんな陽の高いうちから帰るつもりはありません。
向かった先は、わたしの家に程近いショッピング街。
昔は、田んぼしか無かったとこですが……。
今は、中心市街地を空洞化させる大規模店が、軒を連ねてます。
あ、「軒を連ねる」という慣用句は、ふさわしくないですね。
軒なんか連ねてません。
どの店の周りも、小学校が建ちそうなほどの駐車場が広がってますから。
わたしは、その中の1店にパッソを乗り入れました。
「旅行に着て行く服、買うからね」
「Mikikoさんって、こういうとこでお買い物するんですか?」
「そうだよ」
「せめて、ユニクロにしましょうよ。
Mikikoさん、まだ若いんですから」
「誰が、わたしの服買うって言った?」
「え?
じゃ、誰の?
もしかして、わたしですか?
だって、服なら、着替えまでたくさん持ってきましたよ」
「全部、却下」
「なんで!」
「見なくても、どんなの持ってきたかわかる。
旅行はね、ファッションショーじゃないんだから。
もっと地味で、機能的な服にしなさい。
さ、降りて」
「うそー。
こんなとこやだー」
「こんなとことは何事だ!」
「だって!
“しまむら”なんて、入ったこと無いもの」
「デカい図体して、ピーピー言わない!
早く来い!」
後込みする美弥子を引きずり、店内に踏み込みます。
「うそ。
なんか、すごい色合いの服ばっかし。
マジで、ムリだと思う……。
ちょっと、Mikikoさん。
どこ行くんです?
そっちは、紳士服ですよ」
「婦人服売場に、美弥のサイズがあるわけないでしょ。
下は、ジーンズでいいよな」
「そんな!」
眉根を寄せて嫌がる美弥子に、男物のジーンズを持たせて試着室に押し込みます。
「履いた?」
「シルエットが、すごくヘン」
「どれ」
カーテンを開けると、美弥子はジーンズの腿のあたりを、しきりと気にしてます。
頭に来ることに、裾上げは不要のようです。
「ケツがでっかいんだから、腿が余るのは仕方ないだろ」
「そんな!」
「次は、上ね」
ジーンズ売場のとなりに、春物のブルゾンが並んでます。
もろ、オヤジ系デザインですね。
競馬中継で映る観客が良く着てます。
「これがいいな」
「うそ!
こんなのヤです」
わたしが選んだのは、バラクータ風のベージュ色ブルゾン。
ブルゾンって言うより、もろ「ジャンパー」ですね。
ていうか、ほとんど作業着。
「文句言わないで、着てみ」
無理矢理、羽織らせると……。
案の定、憎たらしいくらいに似合います。
すっごい、キュート。
「可愛いよ。
それに、頭が良く見える。
アイビーリーグの学生みたい」
「ほんとですか?」
美弥ちゃんは、疑わしげな顔で鏡の中を見入ってます。
でも、「頭が良く見える」って評価には、心を動かされたみたいです。
やっぱ、これほどの美貌だと、どこか白痴美めいちゃいますからね。
どうやら、あんまりお利口そうに見えないってことには……。
多少のコンプレックスがあるようです。
わたしに言わせれば、贅沢な悩みですけどね。
こんだけ美人になれるんなら……。
わたしだったら、パーに見られても全然かまわん。
「もう1ポイントあると、ハーバード級になるよ」
だいぶ素直になった美弥子をクルマに乗せ、ショッピングセンターに移動。
まずは、眼鏡屋。
伊達メガネを調達します。
黒縁のウェリントン。
「スゴイ似合うよ」
美弥ちゃんも、鏡の中を覗き込みながら、まんざらでもない様子。
「IQ150くらいに見える」
「ほんとですか?」
「後は……」
「まだあるんですか?」
「あたりまえだろ。
最後は、足元。
その格好でハイヒール履いてたら、まるっきりバカだぜ。
それに、『紙上旅行倶楽部』は、タイトスケジュールがウリだからね。
走らにゃならんことも、あるやも知れん。
あと、高知に行くからには……。
当然、砂浜も歩く。
ハイヒールなんか、履いておれんの」
靴屋に移動し、ローカットのバッシュを購入。
「うーむ」
わたしの企みは……。
美弥子の美貌を出来るだけ目立たなくし……。
並んで歩いても、わたしが付き人に見られないようにする、ということだったんですが。
無造作なボーイッシュに変身した美弥子は……。
異様に格好いいです。
ちょっと想定外だけど……。
まぁ、ハリウッド女優を連れ歩くよりはマシでしょう。
なんやかんやで、美弥子を家に連れ帰ると、もう夕刻。
母には、一緒に旅行に行く友達を一晩泊めるとは言ってあったんですが……。
外見までは説明してませんでした。
白人みたいな大女が現れたので、母はかなり仰天したようですが……。
普通に日本語をしゃべるので、安心した様子。
母の手作りの夕食を美味しそうに食べる美弥子を、すっかり気に入ったようです。
さて、夕食後は、お風呂に入り(もちろん、母がいるので別々です)……。
今夜は、早寝しましょう。
明日の今頃は高知にいるってことが、とても信じられません。
布団の中に入っても、嬉しさで全身がうずうずします。
眠れそうもないので……。
隣の美弥ちゃんの布団に手を伸ばしたところ……。
「イテっ」
手の甲を叩かれました。
まぁ、仕方ありません。
母の寝室が真下にあるんです。
ヘンな声出したら、みんな聞こえちゃいます。
高度成長期に建てられたペナペナの文化住宅なので……。
防音性、皆無なんです。
行き遅れの娘が、ビアンだと知ったら……。
母は、卒倒する恐れがありますからね。
今夜は、我慢しましょう。
でも……。
明日は、そうはいかんぞ。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●3月20日(土)1日目
さて、旅行初日です。
そんなに早く起きる必要はなかったんですけど……。
やっぱり、楽しい旅行が始まるかと思うと、早くから目が覚めちゃいますね。
もっとも、わたしは毎朝4時前に起きて小説を書くるので……。
早起き体質になってるせいもあるんですけどね(歳を取ったからではない!)。
この日は、朝食を摂らずに出かけます。
時間が無いわけじゃありません。
母も、作ってあげるから、食べて行きなさいと言ってくれましたが……。
断りました。
旅程上の都合なんです。
お昼時に、ゆっくり食事を摂れそうもないかわり……。
逆に、午前中、乗り換えで時間が空いちゃうんです。
なので、今日はブランチにします。
10時前の食事になるので、朝食は抜くしかありません。
これなら、宿の夕食も美味しくいただけるだろうし……。
このブランチ作戦、なかなかのアイデアだと気に入ってます。
さて、7時過ぎに家を出て……。
在来線で新潟駅へ。
このへんの描写は、セキュリティ上、省略ね。
ということで、7時15分過ぎ、新潟駅到着です。
新潟駅には着きましたが……。
JRに乗るわけじゃありません。
思えば……。
「北海道に行こう!」では、日本海をフェリーで北上しました。
「島根に行こう!」では、東京駅から寝台特急に乗りました。
「福島に行こう!」では、SL“磐越ものがたり”号の旅。
いずれの回も、趣向を凝らしたオープニングでしたね。
やっぱ、旅の始まりは、非日常へのプレリュードという意味合いからも……。
凝った演出をしたかったものですから。
でも……。
高知はダメです。
あまりにも遠い。
趣向を凝らしてたら、着くまでにくたばっちまいます。
今回は、素直に飛行機を使うしかありません。
新潟駅まで来たのは……。
南口から、新潟空港への連絡バスが出てるからなんです。
新潟空港は、他の地方空港と同様、新潟市の郊外にあります。
でも、わたしの家からは、そんなに遠くないんです。
時間から言えば、家からタクシーを使うのが一番早い。
20分もかからないんじゃないかな?
でも今日は、あえてバスを使います。
この連絡バス、会社への行き帰りに、よく見かけるんですよ。
カッコいいなぁと、いつも思ってました。
シートも豪華そうだし……。
しかも、席がガラガラ。
このバス路線は……。
その名も、「エアポートリムジン」。
新潟駅と新潟空港を、ノンストップの25分で結びます。
なんと、1日往復65便!
20~30分間隔で出てます。
新潟県と新潟市が、他県からの来訪者に不便を感じさせないようにという目的で始めた事業です。
早い話、見栄でやってるようなもの。
実際に運行してるのは、新潟交通。
路線自体の収益は、大赤字でしょうね。
でも、乗る方は、豪華でガラガラなんだから、贅沢気分にひたれます。
乗り場の外に、券売機が設置されてます。
料金は、400円。
安い!
新潟駅発、7:30。
さすがノンストップバス。
信号では止まるけど(あたりまえ)。
でも、停留所が無いからスイスイですね。
新潟空港着、7:55。
あっと言う間に、着いちゃいました。
こんなバスなら、もっと乗ってたかった。
新潟空港からは……。
8:20発、JAL2240便に搭乗します。
行き先は、大阪空港。
当然のことながら、新潟と高知を結ぶ直通便はないんです。
大阪空港着、9:30。
わずか1時間10分の空の旅でした。
さて、ここでブランチをいただくことにします。
というのも……。
高知空港行き、ANA1605便の出発が、10:55なんです。
1時間以上時間が空いちゃいますからね。
空港内には、飲食店がたくさん入ってます。
でも、10時前から開いてるお店は、そう多くないみたいです。
わたしたちが向かったのは、中央ブロック3階。
ここに、「レストランつばさ」という、とても誘われる名前のお店があるんです。
このレストラン、開店は、なんと6:30。
きっと朝から、大勢の人が利用するんでしょうね。
でも今は……。
朝食には遅く、昼食には早いという、中途半端な時間帯なので……。
席は十分に空いてました。
この時間だと、まだメニューは朝食セットのみです。
和と洋がありますが……。
和が安い!
500円。
空港内でこの値段は驚きです。
と言っても、2人して同じものを取るのも面白味が無いので……。
和洋1人前ずつ注文することにしました。
料理が来るまで、窓の外の飛行機を眺めて過ごそうと思ってたら……。
あっという間に料理が運ばれてきました。
ひょっとして、カップ麺作るより早いんじゃ?
やっぱり、空港で食事をする人って、時間に追われてるんでしょうかね?
しかも、大阪空港ですから。
“いらち”な大阪人御用達レストランみたいです。
和朝食は、鮭の切り身に、卵焼きも付いてました。
ビジネスホテルなら、これで1,000円取られかねません。
さて、あまりにも早く料理が来たので……。
まだ、時間があります。
といっても、大阪空港には、ヒマつぶしの出来る施設が、何も無いんです。
「北海道に行こう!」で立ち寄った新千歳空港とは、大違い。
仕方ないので、一階下のラウンジで待ちましょう。
「ラウンジオーサカ」という、フランク永井の歌謡曲に出てきそうな名前が付いてます。
航空チケットとクレジットカードを提示すれば、無料で利用できます。
インターネットも、ソフトドリンクもタダです。
高い飛行機に乗るんだから、少しでも元を取らないとね。
経済観念のアンテナが立っちゃうのは、大阪に来たせいでしょうか……。
さて、ようやく時間になりました。
ANA1605便に乗りこみましょう。
大阪空港発、10:55。
高知空港着、11:40。
高知空港には、高知龍馬空港という愛称が付いてます。
まず向かったのは、1階の総合案内。
「MY遊バス」というバスのチケットを買うためです。
JR高知駅と桂浜の間を、観光スポットを巡りながら回るバス。
1日900円で、何度でも乗り降りできます。
チケットを入手すると、そのままタクシー乗り場へ。
「バスに乗るんじゃないんですか?」
「『MY遊バス』は、高知市内のルートしかないの。
ちょっと、高知市内に入る前に、寄ってみたいとこがあるんだ」
高知空港からタクシーに乗り、向かった先は、香南市赤岡町。
高知市とは、逆方向です。
訪ねる先は、「絵金蔵」という施設。
“えきんぐら”と読みます。
空港からは、タクシーでおよそ10分。
絵金というのは、江戸末期の絵師です。
絵師金蔵を略して、絵金。
金蔵は、文化9年(1812年)、高知城下に生まれました。
幼少から、その画才は城下で評判を取ります。
16歳で江戸に出て、狩野派に学びました。
通常10年はかかる修行を3年で修了し、帰郷。
わずか20歳で、土佐藩家老・桐間家の御用絵師になります。
が……。
トントン拍子は、ここまで。
贋作事件に巻き込まれ……。
御用絵師はクビ、狩野派からは破門。
しかも、高知城下所払いの処分を受けます。
その才能に妬みを持つ者に、濡れ衣を着せられたという説もあります。
城下を放逐された金蔵は、叔母を頼って赤岡の地に移り住みます。
そこで、「町絵師・金蔵」を名乗り、地元の農民や漁民に頼まれるがまま、芝居絵や絵馬、凧絵などを、数多く描きました。
猥雑、土俗的で血みどろの芝居絵は特に人気が高かったそうです。
脳卒中で右手が利かなくなってからは、左手で描いたそうです。
「絵金」は、赤岡の人が呼んだ愛称だとか。
この絵金蔵には、町内に残された絵金の23枚の屏風絵が展示されてます。
さて、入場券を買うに際し、さっそく「MY遊バス」チケットが生きます。
このチケット、さまざまな施設で、割引を受けられるんです。
まだバスに乗らないのに、わざわざ空港でチケットを入手したのは、このため。
ここ絵金蔵でも、通常500円の観覧料が、なんと!、450円。
「ん?
なんだ、その顔は?」
「50円、安くなるだけですよね……」
「だけ、とはなんだ!
1割も安くなるじゃないか。
50円を笑う者は、50円に泣くぞ」
「別に笑ってませんけど」
まず入った展示室は、「闇と絵金」。
和蝋燭の炎の揺らめく中に、絵金の屏風絵が浮かび上がってます。
絵金の屏風絵は、闇の中で見ると、一層迫力を増します。
極彩色の泥絵の具で描かれた芝居絵は、今にも動き出しそうです。
次の展示室は、「蔵の穴」。
“絵金蔵”の名が付いてるとおり……。
ここは、米蔵を改装して作られてます。
本来の目的は、屏風絵の収蔵庫。
この「蔵の穴」では……。
その収蔵品を、壁に開けた穴から覗き見できるんです。
「覗く」って行為には、やっぱりワクワク感がありますよね。
実は、さっきの「闇と絵金」の屏風絵は、複製品なんですね。
本物使ったら、劣化しちゃいますから。
でも、この穴から見えるのは、本物です。
やっぱり、心なしか違うような……。
最後の展示室は、「絵金百話」。
絵金の謎に包まれた生涯を、数々のエピソードとともにたどっていきます。
絵金が暮らした頃の赤岡の町も再現されてます。
絵金は、六尺の巨漢で大酒飲みだったとか……。
さて、もっとゆっくり堪能したいところですが……。
残念ながら、時間がありません。
土佐くろしお鉄道の“あかおか”駅から、13:02分発の電車に乗らなきゃなりません。
駅までは、歩いて10分かかります。
12:50分、絵金蔵を後にします。
観覧時間は、45分くらいでした。
あと、絵金をもっと堪能したい人は、7月に来ましょう。
7月の第3土日に、“絵金祭り”という催しが行われるんです。
赤岡の夜が、絵金一色に彩られます。
屏風絵の登場人物が、動き出して町を歩き回る感じのお祭り。
夏の夜と絵金。
最高にマッチすると思います。
さて、絵金蔵を出たわたしたちは……。
徒歩10分の、土佐くろしお鉄道“あかおか”駅へ。
土佐くろしお鉄道は、旧国鉄の路線を引き継いだ第三セクターの鉄道会社。
地方によくありますね。
“あかおか”駅のある路線は、正式名称を阿佐線と云います。
が……。
一般には、“ごめん・なはり線”という愛称が通用してます。
現地での案内や時刻表での表記も、“ごめん・なはり線”になってます。
正式名称にしちゃえばいいのにね。
わたしたちが向かうのは、この線の起点となる後免(ごめん)駅。
もちろん、反対側へ向かえば、奈半利(なはり)駅があります。
「ごめんなはり」という方言があって、そこから付けたのかと思ってたんですけど……。
違うんでしょうかね?
高知の方言ではないようですし。
ちなみに福岡の豊前地方で、「ごめん下さい」のことを、「ごめんなはり」と云うようです。
実は、この“ごめん・なはり線”の終点、奈半利駅の近くにも、心引かれる場所があったんです。
北川村にある、「モネの庭 マルモッタン」。
奈半利駅からは、村営バスで9分です。
「モネの庭」は、園芸好きや絵画好きなら、周知の名称です。
モネというのは、フランス印象派の画家、クロード・モネのこと。
フランス、ジヴェルニーにあるモネの自宅の庭は……。
「モネの庭」と呼ばれ、こよなく有名なんです。
モネの作品にも、たくさん描かれてます。
モネは、後半生をここで過ごし……。
庭で絵を描いてないときは、庭仕事をしているという、実にうらやましい生活を送りました。
睡蓮の池が特に有名。
北川村のマルモッタンには、そのモネの庭から譲り受けた青い睡蓮があります。
モネが、青い睡蓮を描きたくて植えたのですが……。
シヴェルニーでは、ついに咲くことがありませんでした……。
ところが!
北川村に植えたところ……。
気候が合ったんでしょうね。
見事な花を付けたそうです。
夏……。
モネが夢見た青い睡蓮が、ここで見られます。
こうして書いてるだけで、行ってみたくてしょうがないけど……。
残念ながら、旅程的に難しいです。
次は夏に来て、絶対にモネの睡蓮を見る!
ということで、今日のところは涙を飲んで……。
“あかおか”を、13:02に発ちましょう。
後免着が、13:17。
ここで、JRに乗り換えます。
後免発、13:33。
高知着、13:41。
駅前に出て、ここからようやく、「MY遊バス」に乗りこみます。
高知駅、14:10発。
ね、とってもお昼なんか食べてるヒマないでしょ。
というわけで、大阪空港でブランチを摂ったというわけです。
~つづく~