2015.4.14(火)
翌朝、あやめと久美は連れだって「花よ志」の勝手口を出た。店内はひっそりと静まり返り、外出しようとする二人を咎める者は誰もいなかった。
久美が先に勝手口を潜る。続いて外に出たあやめは勝手口に向き直り、入り口の引き戸を横に滑らせた。そっと閉じる。先に出た久美が開けたときは騒がしい音を立てた引き戸なのだが、何の音もしなかった。
久美が小声で声を掛けた。
「へえ、上手いもんやねえ、あやめ。うちらが開け閉めしたら、喧してしゃあない戸ぉなんやけど」
あやめは、さらに小さい声で返答した。
「コツがあるんよ」
「大して役に立たん技やけんど、こういうときは便利やねえ」
「なにそれ。褒めてんのん? 腐してんのん?」
「もちろん、褒めてんねやがな」
「行くよ、久美」
あやめは、久美の背を両手で軽く押した。二人は縦並びになって「花よ志」の脇の路地を表通りに向かった。すぐに通りに出る。「花よ志」の玄関が面する先斗町通(ぽんとちょうとおり)であった。
通りに出て左へ向かうと、京都最大の大通り、四条通(しじょうとおり)に出るのだが、二人は右へ歩いた。平日の午前中にもかかわらず、狭い先斗町通には人通りが絶えない。その多くは、見物人や観光客のようであった。
「花よ志」の筋向いで張り込んでいた醍醐巡査が、目ざとく二人を見つけた。隣の六地蔵警部補に小さく声を掛ける。
「おやっさん」
「おう」
六地蔵は、やはり近くで張り込んでいる山科巡査部長の視線を捕え、目と手で合図を送った。
(山科はん、儂らがつけまっさ)
(了解)
山科も身振りで返事を返した。その隣には北大路波之進巡査もいる。
六地蔵と醍醐は、あやめと久美の後方から見え隠れについて行った。
あやめと久美は、いくらも歩かずに左へ折れた。
道は更に狭くなる。通りというよりも路地。両側にコンクリート塀や、建物の壁などが連なる殺風景な道であった。
道の前方に、二本の白い柱が垂直に立っているのが見えた。高さは腰と膝の間くらい、太さは十センチほど、自動車の侵入止めの杭だろう。柱と柱との間は、人ひとりが辛うじて通り抜けられるほどの幅しかない。あやめと久美は、二本の柱の間をすり抜けた。柱の白い塗装は薄汚れ、あちこちが剥げ落ちて地肌が剥き出しになり、錆が浮いていた。
辿って来た小道と交差する道に出た。先斗町通と同様、南北方向に伸びる道だが、こちらの道幅は先斗町通よりは広い。行きかう人の数は先斗町通とさほど変わらないだろうが、道幅が広いだけ、こちらの方がゆったりしていた。
道の中央には、道に沿って細い川が流れ、その両岸は桜並木になっている。もちろんこの季節、花は咲いていない。緑の葉叢が、道と川面に薄い影を落としていた。風が無いのか、葉影は全く動かない。
久美がハンカチを取り出し、額の汗を拭った。あやめを振り返り、呼びかける。
「あやめ」
あやめは少し足を速め、久美と肩を並べた。久美の横顔を見ながら答える。
「ん、なに?」
「この通り、なん(何)ちゅうねん、ゆ(言)うてみ」
「えー、なんちゅうか、て。通りの名前なんて……知らんわ」
久美はあやめを見返し、語調を少し強めて、叱りつけるように言った。本気で呆れている。
「あやめ……こないだ大文字山に登ったとき、うち、あんたになんちゅうた(何と言った)」
「なにて……いろいろ言うたやん、あんた」
「ふん、とぼけるんやないわ。こない言うたんや。『あやめ。あんた、たいがい京都を覚えなあかんで。料理もええけんど、京の料理人が京都を知らんでは話にならんやろ』、てな」
久美は先日の、嵐山電車の中でのときと同じような口調で、あやめを極め付けた。
「ああ、せやった(そうだった)ねえ」
「ほしたら(そうしたら)あんた、『せやねえ。ほらほやね。反省します』て、こない答えたやないか。忘れたか」
「せやった……かなあ」
「せやったかなあ、やないわ。でやねん(どうなの)、その後ちっとは勉強したんやろ。ほしたら(それなら)この通りの名前くらい答えられるやろ、言うてみい」
「んーとね。ぽんとちょうどおり……」
「アホ、先斗町は店の前の道やないか。この通りはその一本西側や。なんちゅうねん」
「もう、堪忍してえや、久美」
「ほんまにあんたは……。あんたなあ、このごろ(近頃)よう(よく)座敷に呼ばれるやろ。ほの時そんな無知、曝したら、あんただけの恥やすめへん(恥では済まない)。『花よ志』の信用にかかわるんやで。
座敷で無知が売りもんになるんは、出たての舞子か、そこらのキャバクラの姐ちゃんだけや」
「ようそないにボロクソ言えるねえ、久美」
「言われとなかったら勉強しよし(しなさい)、わかったか」
「はーい」
「よっしゃ、ほな(それなら)、おせ(教え)たる。この通りはなあ『木屋町通(きやまちとおり)』や。覚えとき」
「はーい。きやまちどおり……どんな字ぃ書くのん、久美」
「材木屋の町、や」
「相変わらず、おせ(教)え方の要領がええねえ、久美。材木屋さんがいっぱいあった、ゆうこと?」
「そこまでは知らんわ。ほんでやな、こん(この)川やけんど……」
「うん」
久美は、川に架かる橋を渡りながら言葉を継いだ。木製の小さな橋である。欄干は、寄りかかるのが躊躇われるほど頼りなげに見えた。
下の流れは浅い。水深は人の膝丈くらいであろう。水は澄んで涼しげに流れていた。
「高瀬川や」
「あ、聞いたことある。高瀬……舟て、無かった?」
「この川を上り下りしてた荷物運びの舟が、高瀬舟やな。なんちゅうたか、昔の偉いお人が小説書いたやろ『高瀬舟』て。知らんか」
「……知らん……」
「授業、聞いとらんかったな。国語で出てきたやろに」
「知らん。誰? 偉い人て」
「そこまでは、うちも知らんわ」
久美は、あやめに手を伸べた。あやめの手が、久美の手をしっかりとらえる。涼しげな葉陰の下、しかし全く動こうとしない真夏の炎熱の空気の中、二人は軽い足取りで蛸薬師通(たこやくしとおり)に歩み入った。
東西方向に伸びる蛸薬師通は、南北方向の木屋町通、同じく南北方向の河原町通と交差する歩行者専用道である。その東端は木屋町通りとの交差点であるが、四つ辻ではなくT字路になっている。
つまり、蛸薬師通は文字通り、木屋町通を出発点とし、西へ延びるのだ。今あやめと久美が歩いているあたりは、各種の商店が両側に立ち並ぶ繁華街である。アーケードは無い。二人は時折、商店の店先を覗き込みながら、ぶらぶらと歩いた。
久美があやめに問いかけた。
「野田さんとこて……どこなん、あやめ」
「さあ……詳しいことは知らんねん。たこやくしに入って、なんや広い通りを横切ってすぐ……くらいやて……」
「なんや頼んない(頼りない)なあ。広い通りて……木屋町やないな。たぶん河原町通やろ」
二人は片側二車線の通りに出た。「河原町通」という道路標示が立っている。ひっきりなしに車が通る。道の両側ともに歩道があり、アーケードに覆われている。繁華な通りであった。
蛸薬師通と河原町通との交差点には信号がある。蛸薬師通が赤表示であった。二人は、河原町通の歩道に立ち止まった。
「おっきい道やねえ、このことかな『広い通り』て……」
「これが河原町通や。そこに書いた(て)ある」
「ふうん、賑やかやねえ」
「おのぼりさんみたいなこと言わんといて。河原町通が賑やかなんは当たり前。ここをちょっと下ったら(南へ行けば)、阪急の四条河原町の駅や。
あ、祇園祭の鉾なあ。この通りも通るんやで」
「へえー。よう知ってんねえ、久美」
「何べんも言うけど、あんたが知らな過ぎるんよ」
蛸薬師通の信号が青に変わった。あやめと久美は手を繋いだまま、河原町通を横切った。再び、歩行者専用の蛸薬師通に歩み入る。道の両側には、相変わらず各種の商店が立ち並んでいた。呉服店、洋品店、端切れ屋、雑貨屋、食品店、喫茶店……。
久美が立ち止まった。繋いだ手が離れそうになり、あやめも立ち止まった。
「あてものう(当て無く)歩いててもしゃあないやん。ちょっと待っとき(待っていなさい)」
久美はあやめをその場に残し、すぐ傍らの商店に歩み寄った。戸を開け、中に入っていった。
あやめは、その場に立ち止まったまま、所在なげに周りを見回した。空を見上げる。真夏の京の空は青く澄んでいた。どこからか雀の鳴き声が聞こえてきたが、その姿は見えない。
久美が戻って来た。
「あやめ、わかったで。ちょっと来すぎや」
久美は、今来た道を振り返った。あやめもそれに倣う。通り過ぎてきた河原町通との交差点が彼方に見えた。その方向に久美が歩き出す。あやめも後を追った。

↑クリックすると、大きい画像が見られます。左下に『永福寺』とあるのが、『蛸薬師堂』です。赤線が、2人の辿った経路になります。
路地の入口が道の右側に見えた。久美はそちらに歩み寄り、路地に入って行く。あやめが続いた。路地の両側には、古い京のしもたやが並んでいた。
久美は各戸の表札を確認しながら、呟くようにあやめに語り掛けた。
「しやけど、野田さんて有名やねんねえ。さっきの店で、先斗町の『花よ志』の……言うただけですぐおせて(教えて)くれたわ」
二人は路地を奥へ進んだ。いくらも行かないうちに、一軒の家の前で久美が立ち止まった。表札の墨文字はかすれていたが、かろうじて「野田」と読みとれた。
「あったで、あやめ。ここやろ」
久美は、身を返してあやめに場所を空けた。
あやめは入口に歩み寄り、古い引き戸を開けた。入り口の三和土に歩み入る。目の前の煤けた障子が視界を塞ぐ。
訪いを入れた。
「ごめんやす」
返事がない。再度声を掛ける。
「ごめんやーす」
「ぅおーい」
奥の方で、応える声がした。ややあって、あやめの立つ三和土との境の障子が内側から引き開けられ、初老の男が顔を出した。あやめを見詰め、驚いたような声を上げた。
「おう、あやめやないか」
「大将!」
鞍馬の料亭「かわふ路」。あやめの実家で、板場を仕切っていた相良直(ただし)だった。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2015/04/14 10:27
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なんか今回は、京都観光ツアーのようになってしまいました。
お読みくださる皆様にはご退屈だったでしょうが、作者としましては楽しく書かせていただきました。ま、ツアーと云いましても、歩いて10分そこそこの距離なんですが……。
途中の道筋、蛸薬師通や河原町通にはあまり風情はありませんが、木屋町通、これは美しい街並みです。「これが京都や」というと言い過ぎかもしれませんが。
何かの歌に出てきたような気もします、木屋町。
書きましたように、通りの中央を有名な高瀬川が流れています。その昔、高瀬舟が行き来した高瀬川。高瀬舟は平底の和船で、荷の運搬に用いられました。本来、固有名詞ではなく、全国各地にあった一般名詞だそうです。
作中、久美が言いました。「……昔の偉いお人が小説書いたやろ『高瀬舟』て……」。この「偉いお人」はもちろん鴎外、森林太郎センセですね。京都、高瀬川の高瀬舟は、江戸の昔からあったわけです。
で、あやめはこの『高瀬舟』を「知らん」と言います。「花よ志」のすぐ近くの木屋町通も河原町通も、その河原町通を祇園祭の山鉾が巡行することも知りません。
これは、京の人間としてはいくらなんでも……。久美でなくとも、あきれ返るのは無理のないところでしょう。
久美曰く、「あんただけの恥やすめへん(恥では済まない)。『花よ志』の信用にかかわるんやで」。
これは少々言い過ぎかな、とも思いますがしかし、いかに料理一筋とはいえ、あやめは仮にも大学出。少々無知が過ぎるようです。昨日、明子に約束しました。「今後はお休みもいただいて、せいだい(盛大)京都を見て回ろと思てます」。
ま、がんばっとくんなはれ、あやめ姐さん。
で、二人がたどり着いた野田の親爺(おやっ)さん、「花よ志」の花板、野田太郎宅には懐かしい人物がおりました。相良の大将です。
だれ、それ? とおっしゃる向きがほとんどでしょう。あやめの実家、鞍馬の料亭「かわふ路」の板場を仕切る、いや仕切っていた相良直(ただし)です。今は引退してしまいました。
初登場ですが、名前は既に出てきております。あやめが金沢から戻った早々、鞍馬の土産物屋「くらま」の店先や、「かわふ路」の板場で何度か話題に上った人物。ここで登場するのは、作者にしては珍しく予定通りです。
さあ、「花よ志」殺人事件の概略が明かされた(犯人も明かされた)一日が明け、新しい日は、あやめと久美の道行き?で始まりました。
事件は今後どう展開するのでしょう。
野田と相良の引退コンビは(野田はまだ一応、現役ですが)、尾行中の六地蔵と醍醐は、明子・晋の宝田姪・伯父は、源蔵・志摩子の極悪コンビは、そして久美は、あやめは、どう動くのでしょうか。
京の古い町並みは、すべてを見ております。
次回を、乞う、ご期待!
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2. Mikiko- 2015/04/14 20:20
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まったくわかりません。
わたしは、角を2回曲がると、方角がわからなくなります。
以前も書きましたが、京都の裏道で印象に残ってるのは……。
ホームレスですね。
川にお尻を突き出して、うんこをしてました。
新聞紙で拭いてましたね。
ああいうシーンは、脳裏に焼き付くものです。
京都と云うと、あの姿勢が思い起こされます。
現代版『餓鬼草紙』とでもいうのでしょうか。
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3. ハーレクイン- 2015/04/14 21:34
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京の地理。
地図を見たまへ。
「ストリートビュー」なんてのもありますぞ。
(そんなヒマ、ないか)
あれ?
「餓鬼草紙」はよろしおますんにゃけんど、うんこホームレスて、新潟の話やおませなんだかいな?
そもそも、京都においやした(お出でになった)こと、おましたかいな? Miはん。
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4. Mikiko- 2015/04/15 07:58
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良い地図を探してください。
本編に貼り付けましょう。
京都へは、修学旅行で行きました。
木屋町は怖い街だと、事前に聞かされてたと思います。
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5. ハーレクイン- 2015/04/15 11:56
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蛸薬師の野田邸!に、もう無事におたどり着きやしなあ。あやめはんと久美はん……。
へへえ、京には修学旅行でおいやしたんどすか……。
高校……ゆうことはおへんわなあ。
中学と見さしてもらいましたけんど、どないですやろ。
木屋町は、なあんも怖いことおへんえ。
まいっぺん、おいやしとうみ。
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6. Mikiko- 2015/04/16 20:34
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界隈と思われる地域の地図を、本編に追加しておきました。
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7. ハーレクイン- 2015/04/16 22:20
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わたしに、こんなののUPが出来ようはずもありません。
少し説明させていただきます。
地図の右下隅、〔松本町〕の町名表記の近くに〔栞ビル〕というのがあります。「花よ志」は、その北7,8軒目あたりとお考え下さい。その前の南北方向の狭い通りが先斗町通ですが、地図に〔先斗町通〕の表記はありません。
鴨川と先斗町通の間を細い川が流れていますが、物語ではややこしくなるので、この川は無視しています。
「花よ志」から先斗町通りに出て北へ2,3軒あたりに、西に入ル“クランク状”の辻があります。
本文38~39行目にある「通りというよりも路地。両側にコンクリート塀や、建物の壁などが連なる殺風景な道」がこれです。途中に〔ホテルYOU〕というのがあります。
で、木屋町通に出てほんのわずか南へ下ルと、高瀬川を西へ渡る橋があります。あやめと久美が渡った橋ですが、地図に〔高瀬川〕の表記はありません。
この橋から、西へ向かう蛸薬師通が始まります。ただし〔蛸薬師通〕の表記も地図にはありません。
〔河原町通〕に出ます。少し下ったところに信号があり、この信号を渡って〔河原町通〕を横切り、さらに西へ向かいます。〔蛸薬師通〕は、このあたりでクランクになっているんですね。
さらに西へ向かうと〔裏寺町通〕の表記があります。
野田のおやっさんの家は、これを南へ下って少し、のところです。“結構広い道やないか”ですが、このあたりはフィクション、もっとずっと狭いという設定なんですね。
以上ですが、ややこしいですね。ややこしいのはわたしのせいではありません。もともと、京都の街並みや町名表記そのものがややこしいのです。
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8. Mikiko- 2015/04/17 07:44
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この地図のちょっと左側、蛸薬師通の1本南の通りに、錦市場がありました。
わたしは少し前まで、“綿市場”と読んでましたが。
こんなところに住んでたら、散歩が楽しいでしょうね。
でも、錦市場なら、あやめも来てるんでないの?
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9. ハーレクイン- 2015/04/17 14:04
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ピンポーン。
錦市場のある錦小路通は、蛸薬師通と四条通に挟まれています。
北から順に、「蛸薬師通」「錦小路通」「四条通」ですね。
京の通り唄では……、
♪……姉(姉小路通)三(三条通)六角(六角通)「蛸」「錦」、
「四」綾(綾小路通)仏(仏光路通)高(高辻通)松(松原通)万(万寿寺通)五条(五条通)……
〔あね さん ろっかく たこ にしき
し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう〕
と唄われます。
楽しいよ、京都の散歩。
地理がもっと頭に入っていれば、もっと楽しいことでしょう。
近ごろ、テレビの京都紹介番組にハマっています。 『京ごはんたべ』とか、『京の菓子ごよみ』『京都・花鳥風月』などですね。『恋舞妓の京都慕情』は、以前にご紹介しました。
あやめはもちろん行ってます、錦市場。
当然、観光ではなく、おつかいですね(『アイリス』#47,#48)。
この時、焼方・平野良雄の奸計にかかり、あやめは源蔵から殴る蹴るの折檻を受けました。まったくちょろちょろする小ネズミ野郎です。そういえば、しばらく登場しとらんなあ、良雄。
この時の恨み、あやめは忘れてもわたしは忘れません。いずれ鉄槌を下すつもりですが、さて……。
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10. Mikiko- 2015/04/17 20:39
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2時間ドラマの舞台としても、よく描かれます。
わたしは和食があまり好きではないので、京の食には食指が動きませんが。
しかし、あやめが錦市場に頻繁にお使いに行ってるのであれば……。
『花よ志』から蛸薬師通までの道筋を、これほどまでに知らないというのはヘンではないか?
ていうか、野田の家に寄る機会は、いくらでもあったんではないの?
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11. ハーレクイン- 2015/04/17 22:55
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あやめは、京の通り、特に裏通りには暗いのですよ。下手すりゃ迷子になります。
だから錦へ行くときは、わかりやすいルートを取るのです。
まず「花よ志」前から、今回のように右ではなく左へ、つまり南へ向かい、いったん四条通に出て、四条通りを西入ル、つまり右へ折れます。
次に、四条通を少し西へ歩いてから、南北方向の寺町通を上ル、つまり右へ折れます。
この、寺町通への曲がり口を判断するのが、このルートの最大の難所です。いい方法はこうです。
寺町通の一本東は、京都の超有名繁華街、新京極通です。ブラタモにも出てきました。入り口にはでかでかと「新京極」の表示がありますから、子供でもわかります。
「新京極入り口からもう少し西へ歩き、すぐ次の角を上ル、つまり右へ曲がる」。これさえしっかり覚えておけばよい。これが、このルートの大事なポイントです。
それが不安なら、寺町通への入り口に、覚えやすい目印を見つけることです。
寺町通に入って最初の四つ角が、錦市場の入り口(東端)です。これを見落とす粗忽者は、まずいません。
無事、錦にとうちゃーく、パチパチパチ。
ということで、少し遠回りになりますが、あやめはいつも、わかりやすいこのルートで錦市場へおつかいに行っていたわけです。今は、包丁を振うのに忙しいですから、そんなヒマはありませんが。
あやめは“良い子”です。おつかいの途中で寄り道する“悪い子”ではありません。だから、これまで野田宅を訪れる機会はなかったわけです。
(ちなみに、久美は“普通の子”です)
♪もしも 明日が晴れならば……
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12. Mikiko- 2015/04/18 08:40
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『花よ志』から野田の家まで、徒歩5分程度でした。
このくらいの時間なら、いくらでも都合が付くんでないの?
ちなみに、錦市場までは、8分でした。
ただしこれは、四条通り回りではなく、蛸薬師を抜けてから、アミダくじみたいに1本南の通りに下るルートです。
どう考えても、四条通りを回るのは、アホだと思いますが。
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13. ハーレクイン- 2015/04/18 10:22
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上がり込んで話が長くなるだろ。
久しぶりだし、見舞いなんだし、それに仮にも師匠なんだし、玄関先でこんちは、サイナラ、というわけにもいくまい。
>四条通りを回るのは、アホ
アホは百も承知、五十も納得。
迷子になるよりましだろ。
それにしても、5分に8分ですか。
てきとーに見当つけただけで書いたんだけど、まあまあ合っていましたな。
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14. Mikiko- 2015/04/18 12:59
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2人がたどった経路を書き加えました。
錦市場へも、この経路で行けばいいのに。
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15. ハーレクイン- 2015/04/18 15:33
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は、山内賢&和泉雅子(古いって、だあれも知らんって。1966年リリースやないか)。
やのうて“二人の蛸薬師”。
経路の描き込み、お疲れ様でした。ありがとうございます。
ま、これで近道が出来るというものですがしかし、あやめが錦へおつかいに行くことは、もうないでしょう。
と思っていましたが、あり得るか!
なんでかと言いますと……言えませんなあ。











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