2015.2.10(火)
柳辻巡査長は、立板の源蔵から女将の志摩子に噂話を切り換えた。室内の他の刑事は興味津々という体で聞き入った。
係長の六地蔵警部補が相槌を打つ。
「ああ、あの喧しそうな……」
「ほんまに、スピッツみたいなおばはんや」
事情聴取の際に志麻子に咬みつかれた山科主任が、盛大に鼻を鳴らしながら喚いた。
続ける柳辻。
「これもなかなかの評判ですわ」
「ええ評判、ゆうわけやないんやな」
と六地蔵。
柳辻は話を続ける。
「いや、これも調べななんとも言えまへんねんけど、あの女将なかなかのやり手いうか。あっちゃこっちゃの店があの女将に潰されたっちゅう、ま、どこまいでも噂でんねんけど。で、そのやり口がえげつないとか」
「えげつないて、どないやねん」
「ま、ほれも調べな分かりまへんわ。いまんとこ噂、噂にすぎまへんねんけど、そこらじゅうでわっさわさ聞きましたんで」
「ふん。なんぞ事件が起こったとなると、普段だまっとる奴もここを先途としゃべり出すもんやからのう」
六地蔵は溜め息交じりに応じた。
北大路弟、伸之丞巡査が柳辻の話を引き取って後を続ける。
「ほれよりおやっさん。まだおまんねん、あの女将の噂」
「なんやいな」
「仲居の一人とええ仲で、ほとんど毎晩のようにやっとるそうです」
「やっとるて、仲居は女やろ。女どうしでやっとるてかい」
「おやっさん、そんなん珍しゅうもおまへんがな。ほれに、さっきの関目。狂犬。あれともでけとるとか」
「なんと、女男関係なしかい」
「そのようでんな」
「なんとのう」
「店と板場のそれぞれ頭が、エロ婆に狂犬でっかいな。どもなりまへんな」
北大路兄、波之進巡査が感想を述べた。
醍醐巡査が思いついたように発言する。
「そういや、板場の頭て花板でっしゃろ。狂犬の方は立板、№2やて聞きましたけんど。花板はどないしてるんでっか」
「その辺も含めて、店のもんの聴取はどないや。あー、山科はん」
六地蔵警部補が、主任の山科巡査部長に問いかけた。
山科主任は椅子の背もたれから身を起こし、野太い声を上げる。野牛の唸り声のようであった。
「儂らは女将と、ほれと主に仲居連中を担当したんでっけどな……」
部屋のドアが開いた。鑑識の制服を着た男が顔を覗かせた。頭髪の禿げあがった貧相な小男であった。
「よろしおまっか」
六地蔵が振り向き、立ち上がって返事した。
「おお、待ちかねましたで、蹴上(けあげ)はん。どうぞどうぞ」
鑑識課の主任、蹴上大(ひろし)である。外見に似ず頑固者で通っている。たいがいの偏屈物という評価もあるが、鑑識の腕はなかなかのものであった。
「ほな、失礼しまっさ」
「お願いします」
六地蔵が蹴上を促した。
蹴上は黒板の前に立ち、チョークを掴んだ。室内に向き直り、六人の刑事を睥睨するように見回し、口を開く。
「えー、まず。被害者は正真正銘の女性」
「蹴上はん。正真正銘って何ですねん」
波之進、双子の兄がすかさず突っ込んだ。
蹴上は首だけを回し、波之進巡査を睨み付ける。
「おう、若いの。日本語知らんのかい。正真正銘っちゅのはやな『間違いのう』いうことやろがい」
「ほないなもん、見りゃわかりまんがな」
「アホか、今どき外見なんぞあてになるかい。女より女らしいおかまなんぞ、なんぼでもおるやろがい。そこまで確認するのが鑑識っちゅうもんや。
ええか、儂が若い頃知り合(お)うた室町(むろまち)のおかまやけんど、どっからどう見ても若いおなごやった。上目遣いが色っぽうてのう」
「室町はよろしいけんど、確認て、どない確認しはりましたん」
「そないなもん、鑑識の秘中の秘や」
「こら、波。ええかげんにせえ。頼んます、蹴上はん」
六地蔵が二人に声を掛けた。
蹴上は言葉を継ぐ。
「ふん。被害者は女性、ええか。
年齢は推定やが30ちょい越えたゆうとこ、5はいっとらんやろ。小股の切れ上がったええ女や。ひょっとして粋筋(花柳界)かもしれん。どうせ身元わかっとらんのやろ。そっち当たった方がええかもしれんで」
「プロでっか……」
柳辻巡査長が呟いた。
蹴上がかぶせる。
「何を今さら。ここは京や。白より黒の方が多いくらいやろ」
「白黒って、何でんねん、それ」
と双子弟、伸之丞がもらした。
憐れむような口調で蹴上が応じる。
「素人、玄人にきまっとるやないか」
「蹴上はん、死亡推定時刻は……」
ほっておいたらどこまでも脱線しかねない蹴上に、六地蔵が声を掛けた。
蹴上が返答する。
「おう、それそれ。死亡推定時刻は夕(ゆん)べ……やないな。もう日付け変わっとったはずや。今日の午前1時から3時ゆうとこやな」
六人の刑事が一斉にメモを取った。
「草木も眠る……」
「丑三つ時、でんなあ」
北大路兄弟、双子刑事が掛け合いのようにつぶやいた。
醍醐巡査が引き取る。
「ほの時間の先斗町。まず人通りはおまへんわな」
「目撃情報は期待でけんっちゅうことかい」
柳辻巡査長がため息をつきながら腕を組み、天井を見上げた。
山科巡査部長が応じる。
「仮に、死体担いで通り歩いたとしても見つかる気遣いはない、ゆうこっちゃな」
「被害者の状況はどないですやろ、蹴上はん。傷の様子とか」
六地蔵警部補が蹴上に問いかけた。
答える蹴上。
「背中から一突き。傷は心臓を突き抜けとる。即死とまではいかいでも、ほれに近かったやろな。加害者はかなりの返り血浴びとるはずや。
傷口は、被害者から見て背骨のやや左側」
「ということは、加害者は左利きでっか」
六地蔵が蹴上に確認した。
蹴上は言下に否定する。
「いんや(いや)、右利きやな。
刺した奴は、被害者のやや左後方に立ち、左腕で被害者の上体を背後から抱え込み……まあ、片腕での羽交い絞め、ゆうとこやな。ほんで右手に持った刃物を突き刺した……」
「ほな、被害者の首絞めながら刺した、ゆうことでっか」
「いや。刃物はほぼ水平方向に刺さっとる。加害者と被害者はあんまり身長差ないやろ。羽交い絞めで被害者の両腕を抱え込んで抵抗を封じた上で刺した、いう感じやないかのう。首絞めるよりその方が、刺す力、大きなるわな」
伸之丞巡査が蹴上に問いかける。
「ほな犯人は小男ゆうことでっか」
「おい、若いの。ちゃんと被害者見たんかい。女にしては結構長身やろが。言い忘れてたけんど、被害者の身長は168センチ、体重57キロや。女にしてはデカい。芸妓や舞妓ではまずないやろ」
室内の誰も蹴上に返事しない。蹴上はしゃべり続ける。
「加害者はプロやな」
「プロ! 殺し屋ゆうことでっか」
山科巡査部長が吠えた。
応じる蹴上。
「そういう意味やない、殺しに慣れとるゆうことや。
凶器の刃物は刃を水平に被害者の体に刺さっとる。ええか、普通の人間は刃物で何かを突き刺すとき、刃を垂直にするのんが普通や。自分がやるとして考えてみい」
六人の刑事は、てんでに刃物を突き刺す構えをした。手首を返し、手にした刃物の角度を想像している。
醍醐巡査が蹴上に問いかけた。
「しやけど蹴上はん。夢中になっとったら水平も垂直も、そんなん意識せんのんちゃいまんのん」
「ふむ。そうも考えられる。しやけどこの加害者はのう、刃を水平にした刃物を、被害者の肋骨の隙間を通して見事に心臓に突き刺しとる。
それもたまたまやとしてもや。この野郎、いや野郎かどうかはわからんが、加害者は刺した後、手首を捻って刃を垂直に変えとる。おかげで被害者の肋骨がちょっと削られとるくらいや」
醍醐が応じる。
「手首捻ったからゆうて、ほれがどうやと……」
「ええか、若いの。よう考えてみい。
刺した後、刃を水平から垂直に変えたら、刺されたもんの体と刃物の間に隙間がでけるやろ。ほしたらそっから体内に空気入って被害が大(おお)きなる、ダメージがおっき(大きく)なるんや。つまり加害者には明確な殺意があった、ゆうこっちゃ。
しかもそんだけの知識を持っとる奴、言い換えりゃ“殺しに慣れた奴”ゆうことになる。プロや、言(ゆ)うたんはそういう意味や。
この事件の犯人、おそらく以前にも何人か殺(や)っとる思うで」
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2015/02/10 09:08
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北大路伸之丞(弟)巡査>仲居の一人とええ仲で……
ご記憶でしょうか。志摩子女将と“ええ仲”の仲居というのは花世姐さんです。『アイリス』#39に初登場し、#42~#46に渡って女将の志摩子と痴態の限りを尽くした怪しげな人物です。わたしは作者のくせにこのお方のファンでして、何とかもう一度ご登場願いたいのですが、なかなか機会がありません。
番宣を終わります。
同じく伸之丞巡査>エロ婆に狂犬
えらい言われようです、志摩子女将に立板源蔵。まあ、事実ですからしょうおへんが、それにしても、これで立ち行くのでしょうか、祇園「花よ志」。他人事ながら心配になります。
とはいえ「花よ志」の先行き。作者の中ではもう決まっております。
まあ、そんなことはともかく、登場しました鑑識の蹴上大(ひろし)。なかなかとぼけた人物のようですが、鑑識の腕は一級品とお考え下さい。
わたしは警察ものには目がありませんが、中でも鑑識が好物なんですね。鑑識話が始まると止まりません。この捜査会議、早く切り上げて捜査を再開せなならんのですがさて、いつになることやら……。
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2. Mikiko- 2015/02/10 19:46
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ひょっとしたら、外科医では?
でも、体内に空気が入ったら、どうして被害が大きくなるんです?
たしかに、テレビの刑事物でも……。
鑑識が活躍するドラマは面白いです。
事件は、順番に起こってくれるわけじゃないですから……。
忙しい時は、徹夜もありなんでしょうね。
橋爪功の『指紋捜査官』シリーズは面白いです。
今回の蹴上氏。
演じるなら、笹野高史でしょうか。
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3. ハーレクイン- 2015/02/10 21:30
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そんなん、言えまっかいな。
空気いうのは、生体には毒なんですね。もちろん、酸素の供給源ではあるわけですが。だから、血管の中にさえ空気は入りません。酸素だけです。空気は、体内では気管と肺、ここだけにいわば隔離されています。
……というのはどうですやろ。
笹野高史。
名バイプレイヤーですね。
あまりに名優過ぎて、脇役のくせに主役を食ってしまうこともあるとか。
蹴上大を演らせるのは危険かもしれません。
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4. Mikiko- 2015/02/11 08:15
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血管に空気を注射すると危険だと云いますが……。
それは、気泡が脳の毛細血管とかを詰まらせるからじゃなかったですか?
でも、傷口からは血が流れ出してるから、空気は入りこめないはずです。
空気が生体に毒というのには、別の理由があるわけですね?
刺した刃物を抉ると、致死率が上がるのは、間違いないでしょう。
しかしそれは……。
刃を回すことによって傷口が広がり、出血量が増えるからだと思います。
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5. ハーレクイン- 2015/02/11 12:49
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なんでかよう知りまへん。
聞いた話や。
刺した刃物を抉ると、出血量が増えるのはもちろんですが、空気が入るのがよくないと聞いたんだけどなあ。
抉ると罪が重くなるとも聞きました。
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6. Mikiko- 2015/02/11 13:12
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それでも、生物子牛か(変換が面白かったので、そのままにします)。
罪が重くなるのは、当然ですね。
抉るという行為には、明確な殺意が認められるからです。
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7. ハーレクイン- 2015/02/11 15:15
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嚆矢、行使、格子、孔子、公司、公使とありました。
小牛はなかったなあ。
明確な殺意。
もちろん、この「花よ志」殺人事件の犯人にはあります。
ああ、#86に書いたなあ。
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8. Mikiko- 2015/02/11 19:00
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先日、BSで、『剣客商売』の再放送を見ました。
北大路欣也に変わったやつ。
佐々木三冬役の杏ちゃんが可愛かったです。
おはる役の貫地谷しほりも良かったですね。
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9. ハーレクイン- 2015/02/11 19:57
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まったく見たことありません。
藤田まことだと思っていましたが、いろんな方がやってるんですね。
わたしは『ちりとてちん』以来、貫地谷しほりのファンです。タイトルを忘れちゃったけど(どこがファンや!)和菓子職人の話も良かったです。
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10. Mikiko- 2015/02/12 07:45
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新シリーズとして、北大路欣也さんになったようです。
わたしは藤田シリーズを見てないので、比べることは出来ません。
貫地谷しほりさん(出演時、27歳)。
演じたおはるは、19歳の設定。
これは、少々厳しかったようです。
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11. ハーレクイン- 2015/02/12 16:08
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なんと言いましても『てなもんや三度笠』、あんかけの時次郎ですね。名コマーシャル「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」(で、クラッカーの四角い包みを握って突き出す)。
当たり役が『必殺シリーズ』の中村主水。
藤田まこと
1933年生。
2010年2月17日没。享年76歳。
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12. Mikiko- 2015/02/12 19:45
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劇中で、普通にコマーシャルを言ってたようですね。
もちろん、ライブ放送ですよね?
面白かったろうな。
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13. ハーレクイン- 2015/02/12 20:55
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番組冒頭、藤田が「あたり前田」のコマーシャルをやって、そこに白木みのると原哲夫がからみ、テーマソングになります。
♪雲と一緒にあの山越えて
行けば街道は日本晴れ
知恵は珍念(白木)、力は茂兵衛(原)、顔の長いは顔の長いは時次郎(藤田)
生放映なのにミスがほとんどない、と絶賛されたそうです。











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