Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #75
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#75



 店を出かかったあやめは足を止めた。
 明子の冷蔵庫には、もう何も無かったのを思い出したのだ。

(どうしよう)

 近ごろのコンビニには、野菜や果物を揃えている店もある。だが、この店には無かった。

(近くにスーパーでもあればな)

 だが、あやめにはわからない。

(しょうがない、とりあえず……)

 あやめは店の奥に引き返す。ピーナッツとポテトチップスの袋を手に、あらためてレジに向かった。精算を済ませ店を出る。
 強烈な日差しが再び照りつけた。京の夏の午後、熱に淀んだ空気があやめを取り巻く。左手に提げたビールの袋が気になる。どうしても足早になる。ビールと太陽に追い立てられるように、あやめは明子のマンションを目指した。

「ただ今、戻りました」

 室内には、エアコンの冷気とピアノの音が満ちていた。
 明子は、部屋の隅に据えられたアップライトピアノに向かっていた。一心不乱に鍵盤に指を走らせ、足でペダルを踏む。
 あやめの声も聞こえないようである。

 あやめはそっと冷蔵庫に向かった。ビールとウィスキーを庫内に収め、扉を閉じる。

(この曲……何やったかなあ)
(よう聞いた曲なんやけど……)

 あやめには、音楽の素養はほとんどない。そのあやめの耳にも、今、室内に流れるピアノのメロディは懐かしく、慕わしかった。
 あやめは、元のソファの位置に戻った。明子のピアノに改めて耳を傾ける。
 少しずつ表現を変えて、同じメロディが幾度も幾度も繰り返される。その繰り返しがあやめの体を揺さぶる。あやめは陶然となった。

 突然、メロディが変わった。リズムもこれまでの滑らかなものから一転、アップテンポになる。曲のクライマックスなのだろう。それはあやめにもわかった。

 叩きつけるような鍵盤の音の後、何の前触れもなく、ピアノの音は途絶えた。
 鍵盤に十指を触れたまま、明子は許しを請うように、何者かに祈るように頭を垂れ、上体を傾けたまま身じろぎもしない。
 室内に、あやめの呼気が響いた。無意識のうちに息を詰めていたのだろう。

 普通なら拍手を送るところなのだろうが、そういう余韻ではなかった。あやめは、ソファに縫い付けられたように身動きできない。上目づかいに明子を見詰める。
 明子はようやく鍵盤から指を外し、立ち上がった。

「あやめさん、暑いところご苦労さま」
「明子はん……」
「ほな、せっかくやし、一杯いきましょか」
「へえ!」

 明子はソファに腰かける。
 あやめは、はじかれた様に冷蔵庫に向かった。

「明子はん、ビールでよろしおすか」
「せやねえ、いわゆる『とりあえずビール』やね」

 あやめと明子は顔を見合わせ、くすくすと笑いあった。
 あやめは、先ほど入れたばかりの缶ビールのパックを割き、2本を取り出した。ガラステーブルに運ぶ。

「どうぞ」
「おおきに」

 二人は、同時に缶ビールを手にし、同時にプルトップを引き開けた。

「ほな、あやめさん。あらためて乾杯や」
「今度は、何に乾杯しまひょ」
「そらあやっぱり『乙女の祈り』に、でしょうなあ」
「『乙女の祈り』……」
「うちが今、弾いてた曲どす」

 あやめは、思わず明子を見つめた。

「今の曲……『乙女の祈り』いうんどすか」
「聞いたことおはるやろ」
「へえ、聞き覚えはおす」
「ポーランドの女性作曲家、テクラ・バダジェフスカの作曲ですねえ。
 といっても、バダジェフスカの名をご存知の方はまずおへんやろけど、この曲はたいがいのお方が聞いてはりますわなあ」

 あやめは、あらためて明子を見つめ答えた。

「へえ、バダ……さんは存じ上げませんが、今の曲は聞いたことおます」
「バダさんかあ、便利な言い方やね。今度ピアノ仲間に教えたろ」
「あ、それは堪忍しとくれやす、明子はん」

 あやめと明子は互いを見つめ合い、くすくすと笑いあった。

「ほんでも明子はん、今の……『乙女の祈り』、綺麗な曲ですねえ」
「せやねえ。まあ、弾くのはそないに難しい曲でもおません。ほとんど練習曲、という扱いですね。でも、作曲者のバダさんは、いろいろ苦労しはったし、若くして亡くならはったみたいですけんど」
「へえ」
「20歳代で病死しはったそうです」
「へえ、それは……」

 あやめは明子をあらためて見つめた。

「明子はん、ピアノは……お長いんどすか」
「えーっと、小学校に上がる前の年からですから、もう15年位になりますかなあ。いやや、歳わかりますがね」

 あやめは明子を見つめた。明子もあやめを見返す。二人はくすくすと笑いあった。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #74】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #76】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2014/08/05 11:15
    • ビールと太陽に追い立てられるあやめ。
      なんか、北風と太陽を思わせますなあ。ちょっと違うか。
      お、明子はピアノを弾くのか(わたしが弾かせてるんだけどね)。さすがお嬢様。
      で、曲はバダジェフスカ、通称バダさんの名曲『乙女の祈り』。
      曲名を知らないお方でも、聞けば必ずご存知という、ピアノ曲の名曲中の名曲です。これに匹敵するのは、ベートーベンの『エリーゼのために』でしょうか。

    • ––––––
      2. ハーレクイン
    • 2014/08/05 19:08
    • やってきました新潟祭り。
      8月8日からですか。覚えやすいですね。
      Mikiさんは、今年も踊るのかな。
      それにしても、毎年、なんでこんな暑い時期にやるんだろうね。。

    • ––––––
      3. Mikiko
    • 2014/08/05 21:05
    •  天狗製菓(右京区西京極)の米菓が売ってるでしょうに。
       新潟でも売ってるくらいですから。
       『横綱あられ』、美味しいよ。
       『乙女の祈り』『エリーゼのために』。
       どちらも、オルゴールの定番ですね。
       持ってたような気がするのですが……。
       新潟まつり。
       覚えやすいもなにも……。
       8月上旬の、金土日にやるんです。
       民謡流しは、初っ端の金曜日ね。
       今年は、雨の予報が出てます。
       台風への期待、大です。

    • ––––––
      4. ハーレクイン
    • 2014/08/05 22:56
    • 知らぬ。
      横綱あられ。
      知らぬ。
      だって、菓子なんて買わんもーん。
      『乙女』に『エリーゼ』。
      あまりに通俗的過ぎましたか。おっとすまぬ、バダさんにベートーベンはん。
      んでも、あまり凝ったのを上げると誰もわからんもんなあ。
      新潟祭り。
      ははあ、雨が降ると中止ですか。
      台風と前線の動き次第でしょうが、雨の期待、大ですね。

    • ––––––
      5. Mikiko
    • 2014/08/06 08:03
    •  ↓京都では、有名じゃないんでしょうか?
      http://www.tenguseika.jp/
       小雨くらいなら、決行かな?
       でも、浴衣は雨に弱いんです。
       透けてしまいますから。
       もちろん、下に襦袢は着けてますが。

    • ––––––
      6. ハーレクイン
    • 2014/08/06 10:01
    • お菓子なんて興味ないよ。
      それに、そんなにしょっちゅう京都に行ってるわけでもないし。
      しかし、そうも言うとれんかなあ。いずれ『アイリス』にお菓子を出さんならんかもしれんし、それこそ茶会の場面を書くことにでもなれば、和菓子は不可欠だからなあ。
      新潟の今夜の天気は曇り、遅くに小雨が降るそうです。

    • ––––––
      7. Mikiko
    • 2014/08/06 20:52
    •  立派なアテになります。
       わたしは夕食で、お酒を飲みながら、『横綱あられ』を食べてます。
       ほー。
       茶会の場面があるわけですね。
       茶器の箱。
       “アイリスの匣”と関係がありそうです。

    • ––––––
      8. ハーレクイン
    • 2014/08/06 22:12
    • つい勢いで書いただけで、
      茶会の場面を書くかどうかは未定です。
      もともとは、梅ヶ丘女子高 部活シリーズの一環として、茶華道部をやろうかなと思ってました。そのときに茶会の場面を出そうかな、と……。
      でも、やるんなら『アイリス』京都場面もええかな、と。
      しかし、全く知識も経験もないもんなあ、お茶・お華。

    • ––––––
      9. Mikiko
    • 2014/08/07 07:26
    •  前衛茶道にすれば、書けると思うぞ。
       茶碗で皿回しするとか。

    • ––––––
      10. ハーレクイン
    • 2014/08/07 09:49
    • 近くに住むわたしの姉は、高校の時茶道部でした。
      よし、近々話を聞きに行くぞ。

    • ––––––
      11. Mikiko
    • 2014/08/07 19:54
    •  どんな口実をつけて、聞きに行くつもりじゃ?

    • ––––––
      12. ハーレクイン
    • 2014/08/07 23:07
    • 別にいらんよ。
      わたしの気まぐれは、姉もよく知っております。
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