2014.7.1(火)
京都祇園の料亭「花よ志」は大騒ぎになっていた。
裏庭で、誰とも知れぬ遺体が発見されたのだ。
パトカーが駆け付け、警官が押し寄せる。
野次馬が店の前を取り巻く。
とうてい、店を開けられる状況ではなくなっていた。
「花よ志」の大広間にはすべての従業員が集められ、遺体を見せられたうえで、順に小部屋に呼ばれて事情聴取を受けていた。
女将の志摩子は、事情聴取の後自室に戻り、仲居頭のお道に当たり散らした。
「もう、なんやのん! どういうことなん、一体!!」
「へえ」
「へえ、やないわ!」
「はあ」
志摩子は、お道を一喝した。
「はあっ、て、おまんはうちを馬鹿にしとんのか!」
「いいえ、そないなこと、めっそうもおへん。ほんでも、うちにもどないなってんのか、さっぱり……」
「なんで、うちの庭に死体なんぞ……」
「へえ」
「自殺なん、他殺なん?!」
「さあ、それは……警察の調べ待ちどすなあ」
志摩子はお道を睨め付ける。
「まさか……食中毒やないやろね」
「そんな、おかみさん。めっそうもない」
「なに言うてんねん。噂云うのんはこういうとっから広がるんや。いや、噂を流すやつがおるんや」
「へえ……」
お道は俯いた。
志摩子は大声でわめく。
「ええいもう。どっちゃにしても気色(きしょく)の悪い。
お道!! 塩撒き、塩や!!
店中の塩、撒き倒すんや!!
ほんで、酒や、酒もっといで!」
「へえ」
お道が、そそくさと座敷を出かかる。その鼻先に刑事が立ちふさがった。
「おおっと」
「あ、すんまへん」
「お道さんでしたなあ。女将さんにもう少し、お話をお伺いしたいんでっけど」
「へえ、あの……」
「あきまへんか」
お道は、刑事の耳元に口を寄せ、囁いた。
「あの、女将はん、爆発寸前ですので、そのあたりよろしゅう」
「はあ、心得ました」
座敷の中から、癇性な甲高い声が上がった。
「なんしてんねん、お道!」
「あ、へえ……あの、刑事はんが……」
「刑事ぃ。これ以上警察がうちに何の用や!
塩撒け、塩撒いて追っ払い!
警察なんぞに用はないわ!!」
刑事は、悠然と座敷に入った。
志摩子は、睨みつける。
「なんや、なんの用や!
これ以上祇園『花よ志』に土足で踏み込むんやない!
下劣な官憲なんぞに、これ以上用はないわ!!」
「まあまあ、女将さん。わたしらも仕事ですんで、もう少しご協力を」
志摩子は、座敷に座り込んだ刑事を睨みつけた。
「なんやねん、一体! そもそも、裏庭に死体って、一体どういうことやねん!」
「はは、それは儂らもぜひ知りたいとこですんで。そのために是非ご協力を」
「御協力もなんも、さっき散々取り調べられましたわいな。ほんまに無礼な。うちが犯人や言うんかい! これ以上、何やっちゅうねん!」
お道が、盆の上に銚子と盃を乗せて戻ってきた。
「女将はん……」
「ああ、お道、酒、酒や。もう辛抱たまらんわ」
「へえ、女将はん。どうぞ」
お道は銚子を取り上げ、志摩子の前にかざす。
志摩子は酌を受け、一気に飲み干した。
「お道、もう一杯や」
「へえ、女将はん」
志摩子は、注がれた酒を再び一気に飲み干し、ついでに前の刑事を睨みつける。
「よろしおまっか、女将さん」
「なんやねん。こっちはいわば被害者や。死体の出た料理屋やなんて……今日は商売にならんし、明日っからも客くるかどうか。
いや。ほやのうて(そうでは無くて)、なんでこんな取り調べみたいなことされんならんねん」
「いやあ、取り調べて、そういうことではのう(無)てですな。女将さんやないとわからん店の事情とか、そういうことをですな……」
「なんやねん! 店の事情て。この機会に『花よ志』の台所(だいどこ)を嗅ぎまわろうっちゅうんかい! おまんは税務署の回しもんか!」
お道は、志摩子をなだめるように銚子を取り上げる。
志摩子は、注がれた酒を再び一気に飲み干した。
「いやいや、そういうことではのう(無)てですな」
「なんやねん!!」
「すんまへんなあ、これも儂らの仕事でっさかいに」
志摩子は、髪に差したかんざしを抜き、いらいらと頭を掻いた。
「ほんで? なんやのん、あの死体は、気色の悪い」
「ほれを今調べとるとこで。ほの為にもどうぞご協力を」
「ふん、で、何を聞きたいんや」
志摩子は、煙管に刻みを詰め、いらいらと火を付ける。煙管の先は志摩子のいら立ちを表すように激しく上下した。付かない。
お道がライターの火をかざし、器用に火を付けた。
志摩子は大きく煙を吸い込み、盛大に吐き出す。室内に煙が広がった。
「で、女将さん。しつこいようでっけど、あの死体に見覚えは……」
「ない! 言うとるやろが。ほんまに気色悪い。なんでうちの庭にあんなもんが……」
「はは、お気持ちお察し致します」
「ふん」
「で、ですな。従業員全員のお方にお話を伺いたい、と、こういうことでんねんけど」
「勝手に聞いたらええやないか。さっきみんなを集めとったやろ」
「そこでんねんけど。あれで全員ですやろか」
「全員やろ。パートやアルバイトまでは知らんわ」
「今日、お休みのお方は……」
「そんなん、うちが知るかい! そこのお道に聞き!!」
お道は、横から口を出した。
「今日は、仲居も板場も珍しゅう皆、揃とります」
「そうでっか……」
「あ……」
お道は顔を上げ、声を上げた。
コメント一覧
-
––––––
1. ハーレクイン- 2014/07/01 09:06
-
「花よ志」の裏庭に死体!
驚天動地(ちょっとオーバー)の展開です。
始まる警察の取り調べ。
久美はどうしているのでしょうか。そして、源蔵を始め板場の面々は……。
>志摩子「まさか……食中毒やないやろね」
料理屋で、死体とまではいかなくとも、病人が出ると真っ先に心配するのが食中毒です。そういう意味では志摩子女将、立派な経営者ですね。
ガラは悪いけど。
>志摩子「下劣な官憲なんぞに、これ以上用はない」
>志摩子「おまんは税務署の回しもんか!」
ほんまに、どんどんガラが悪くなっていきます、志摩子女将。
というより、地が出て行ってる、ということかな。
ということでございまして、突如始まりました「『花よ志』裏庭変死事件」。
どう展開していくのでしょうか。そしてどう解決するのでしょうか。あやめはどう絡む?!
待て! 次回。
-
––––––
2. Mikiko- 2014/07/01 19:56
-
いきなりな展開ですね。
今『花よ志』に来てる刑事は、所轄の刑事なんでしょうね。
殺人事件と断定されたら、京都府警が出張って来るんでしょうか?
狩矢警部が来るといいんですけど。
志摩子はん。
現場に、塩なんか撒けないと思いますぞ。
以前勤めてた会社に、空き巣が入ったことがありました。
ケチな会社で、警備会社と契約もしてなかったので……。
まんまと、裏口の窓を破られて侵入されました。
被害は、机の引き出しに入れてた小銭程度でしたけど。
翌日、鑑識みたいな人がたくさん来て……。
従業員全員、指紋を採られました。
両手の10本の指、全部だったんじゃないかな。
なかなか面白い体験でした。
-
––––––
3. ハーレクイン- 2014/07/01 20:50
-
そう言えばかなり前だけど『ショカツ』という警察ドラマがありました。
主人公を演じたのは松岡昌宏。
原作は佐竹一彦『ショカツ』。佐竹は元警察官です。最終階級は警部補。
狩矢警部って誰や、で調べてしまった。
有名なドラマのようですね。
>現場に塩なんか撒けない
ああ、それはそうですね。
ま、その場の勢いで言ったと思ってください。
指紋採取。
「花よ志」の従業員も全員取られたんだろうね。
志摩子女将も。で、よけいにカッカしてるんや。
学生時代の部活(例のバンド活動)で、部費の通帳が盗まれるという事件があり、部員全員指紋を取られました。
数日して、一円も引き落とされないまま郵送で返却されてきましたが、今度はその封筒の筆跡を調べるということで、筆跡鑑定をやられました。
あまり思い出したくない思い出です(ん?)。
-
––––––
4. Mikiko- 2014/07/02 07:43
-
空き巣事件のときは、社員が疑われてたわけではなく……。
現場で採取される指紋から、内部の者の指紋を除外するために必要だったわけです。
通帳は盗んでみたものの……。
印鑑が一緒に無かったんですね。
そう言えば、昔の通帳には、印影が押してありました。
三文判ではなく、ちゃんとした銀行印だったので、どうしようも無かったのでしょう。
そうこうしてるうちに、警察まで来たので、驚いて返送した。
でも、通帳に住所まで書いてありましたっけ?
書いてなければ……。
内部犯行ってことですよね。
筆跡。
パソコンが無かったころのお話ですねー。
-
––––––
5. ハーレクイン- 2014/07/02 08:45
-
指紋は無かったそうです。拭き取ったんでしょうね。
で、筆跡鑑定になったわけです。
もちろん、犯人の住所・氏名が書いてあるわけないです。
大学の事務局あてに返送されたので、その住所の文字を基の鑑定でした。
最後どうなったのかといいますと、この筆跡鑑定を受けた最初の2,3人は無茶苦茶不愉快な思いをさせられました。ほとんど犯人扱いなんですね。そのうちの一人がわたしでした。
で、皆で話し合って、「こんな嫌な思いを他のメンバーにさせるのはやめよう」ということで、犯人探しは断りました。
警察も、学生のことだし……、ということでそれ以上の追及はしませんでした。つまり、犯人はわからずじまいでした。
-
––––––
6. Mikiko- 2014/07/02 19:49
-
それが一番利口な幕引きでしょう。
ところで、通帳には、いくら入ってたんだ?
-
––––––
7. ハーレクイン- 2014/07/02 20:28
-
まったく記憶にありませんが、当時の、しかも学生としては、けっこうな金額だったと思います。なんせ、楽器が買えるだけの金額だったからねえ。
楽器といっても、ハモニカやカスタネットや、トライアングルではないぞ。
-
––––––
8. Mikiko- 2014/07/03 07:28
-
↓サックスなどの管楽器で、プラスチック製のものが紹介されてました。
http://matome.naver.jp/odai/2137890208438387701
ライブでも十分使える音質だそうです。
値段は、サックスで3万円代。
わたしからすれば、「高い!」ですが……。
金属製のものと比べたら、破格に安いそうです。
でも、これを買うのは、女性が多いとか(軽いという理由もあるようです)。
男性は形から入りたがる人が多く、いきなり金属製を買うみたいです。
-
––––––
9. ハーレクイン- 2014/07/03 10:22
-
うーむ、信じられん。
どんな音質なんだろう。
サックスが3万!
なんと……。
絶句するしかありませんな。
本来の金属製のものは安いもので数十万、高いものはキリがありませんが、プロは最低でも百万以上のものを用いるようです。
プラ製管楽器。
フルートもあるようですね。
試奏を聞いてみました。
ま音質は、奏者の技量もありますから何とも言えませんが、楽器自体の見栄えは……どうもなあ、という感じです。
やはりフルートは……あの、銀色に光り輝く姿が持ち味です。
サックスは金色だね。
-
––––––
10. Mikiko- 2014/07/03 19:43
-
男性は、そういう感想を抱く方が多いようですね。
プラ楽器は軽いから、練習してても疲れないんじゃないの?
ま、腕が疲れるほど練習する人もいないか。
-
––––––
11. ハーレクイン- 2014/07/03 20:33
-
楽器の重さというよりも、構え方・姿勢という要素の方が大きいんじゃないかなあ。つまり、金属製でもプラ製でもそんなに変わりはないのでは。フルートについての感想ですがね。
女性の場合はわかりません。
でも、凛々しいよね、女性のサックス奏者。
女性のフルート奏者が美しいのは言うまでもありません。