Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #69
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#69



「二人の幸せに」
「二人の幸せに」
「かんぱあい」

 琥珀色の液体を満たした二つのグラスが高く掲げられ、音高く打ちつけられた。
 あやめと明子、二人の視線が絡み合う。二人の頬は緩み、微笑み合う。

 逃げ出した二人の仲居が座敷に戻ってきた。
 若い仲居の盆の上には、新しいウィスキーの瓶とアイスペール。年配の仲居の盆の上には二つの小鉢が載っている。

 年配の仲居が、盆の上の小鉢を、明子とあやめの前に置いた。

「どうぞ」

 明子は、小鉢の中を見詰めた。

「ははあ、酢のものですなあ」

 明子は、言うまでもないことを確認するように言葉を漏らした。
 酢のものは、日本のコース料理の最後の一品である。この後はご飯・果物・菓子・茶でお開きになる。
 もちろんまだ飲みたければ、別品で他の料理を頼めばよいのだが……。明子は特に声を挙げなかった。酢の物に箸を伸ばす。
 あやめもそれに倣った。

「どうぞ」

 若い仲居が、二人に新しい瓶の封を切り、ウィスキーを勧めた。

「おおきに」
「おおきに、ありがとさんどす」

 二人のグラスが満たされた。

「ほなあやめさん、もう一度乾杯や」
「あ、へえ、何に乾杯しましょ」

 あやめは明子を見詰めた。
 明子は見返す。
 ひと呼吸おいて答えた。

「ほな……『美しい酢のものに』、はどない?」
「あ、へえ……『美しい酢のものに』」
「『美しい酢のものに』」
「かんぱあい」

 グラスを打ち付けあった二人は、そのまま中身を飲み干した。
 侍る年配の仲居は俯いた。まさか何度も座敷を逃げ出すわけにはいかない。

 明子とあやめは、酢のものの鉢に箸を伸ばした。縦長に切った胡瓜に若布をからめてある。
 ごく普通の具材である。

(美味しい……)

 酢のものの味は、まず、具材の新鮮さ。それに、合わせ酢の配合で決まる。

(このお酢……)

 あやめには、酢の正体がわからなかった。

(なんちゅう味やろ……)

 酢、本体の味がわからないのに、合わせ酢の配合がわかるわけがない。
 あやめは観念した。

(すごい、ほんまに凄い、東山の「ひいらぎ」はん)

 あやめの目頭には涙が浮いていた。

「なんや、泣いてはるん? あやめさん」
「え、いえ、とんでもない、泣くやなんて……」
「ほんでも、あやめさん……」
「堪忍しとくれやす、明子はん」

 明子は、あやめの心中を察したようだ。

「ああ、ごめん、ごめんやで、あやめさん」
「ほんな、謝ってくれはるようなことやおへん。みんな、うちのせいどす」
「あやめさん……」

 あやめと明子は、酢のものの鉢を空けた。
 あやめはもう陶然となる。

(すごい、ほんまに凄い)
(こんなお料理、うちにいつ作れるやろか。作ることが出来るやろか)

 あやめは希望半分、絶望半分の思いで、東山「ひいらぎ」の料理を平らげた。

 夢見心地の中で、ご飯を食べ、果物、菓子を食し、薄茶を飲む。


「御馳走さまでした」

 あやめは座布団を降り、畳に手を突き、深々と明子に頭を下げた。

「美味しかったねえ、あやめさん」
「へえ、ほんまに美味しおした」

 あやめは、侍る仲居にも頭を下げた。

「ほんまに、ご馳走さんで御座いました。板場の皆さんにもよろしゅうお伝えください」

 仲居は慌てて手を振った。

「そんな、とんでもおへん。ご満足いただけたらこないに嬉しいことはおへん」

 あやめは顔を上げた。
 年配の仲居はにこやかに笑っていた。


「いきまひょか、あやめさん」
「へえ」

 明子は立ち上がった。
 あやめもそれに続く。
 明子の足元がふらついた。

「あ、明子はん」

 あやめは素早く手を伸ばし、明子を支える。

「ちょっと、飲み過ぎたかなあ」

 明子があやめに体を預けてくる。
 その体を支えながら、仲居に声を掛けた。

「すんまへん、タクシーお願いします」
「あ、へえ」

 仲居が立ち上がった。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #68】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #70】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2014/06/24 08:34
    • 今回#69まで、延々11回を費やしました明子-あやめの酒宴。
      ようやくお開きです。
      一体どれほど飲んだのか、読み返すつもりだったのですが気力が失せました。そもそも、銚子の大きさがわかりませんしね。
      ウィスキーは瓶2本飲んだはずですが。
      ふらつく明子の足。
      さあ、どうつながる『アイリス』。
      今後ともご贔屓賜りますよう、伏して御願い奉ります。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2014/06/24 20:40
    •  トイレに立つ場面が無かったのは、どういうわけだ?
       オシメして飲んでるのか?
       ていうか、あれだけ飲んで、料理の味がわかるのかね?
       たいがい、舌がバカになると思いますけど。
       わたしの父のおじいさんは、大酒飲みだったそうですが……。
       あるところまで飲むと、「醤油の味が変わった」と言って、杯を伏せたそうです。
       それより、勘定しないで帰るつもりか?

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2014/06/24 22:24
    • 当然行っています。
      しかし、敢えて書かない。
      省略の美学というやつですな。
      「わたしの父のおじいさん」はすごいな。当然、明治のお生まれなんでしょうね。一体、どういう関係になるんだろう。「御先祖」としか言いようがないな。
      で、そのお方のエピソードが受け継がれているというのもすごい。
      Mikiko一族。なんか「十日室」を思わせますな。
      そういえば、サイドバーで見ると、十日室が「土日室」に見えるんだよ。
      「ひいらぎ」さんでの勘定。
      もちろんツケです。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2014/06/25 07:38
    •  カードじゃないんかい。
       てことは、請求書が送られるというわけですね。
       『ひいらぎ』は、明子の自宅住所も知ってるということね。
       タクシーが付け馬もすれば面白いんだけど。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2014/06/25 10:22
    • ツケと言いましても、明子はんがべろべろですのでね。
      結果的に、ということでおま。
      請求書なんぞは来まへん。
      この次来たときに精算ということで、要するに明子はんとしましては自由気ままにふるまえる、ということですね。
      やはり、お大尽宝田一族の威光はすごいなあ。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2014/06/25 19:37
    •  お客とこういう付き合いをしてるからなんですね。
       川端康成が、「最近、銀座のバーが高くて、なかなか行けません」と言った人に、答えた名言。
      「高ければ、払わなきゃいいでしょう」

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2014/06/25 22:19
    • ま、そういうことですね。
      店と客の信頼感があって、成り立つ関係です。
      >「払わなきゃいいでしょう」
      わはははは、面白い。
      飲み逃げしろ、ということですな、川端せんせ。
      祇園の「花よ志」、飲み逃げは許しまへんで(お道)。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2014/06/26 07:22
    •  川端康成が通ってるというだけで、メリットがあるんでしょう。
       どうせ、飲み代の原価なんてタダみたいなもんですからね。
       もちろん、一般人がやれば、警察に突き出されます。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2014/06/26 18:55
    • 川端康成なんて、今の若い人は誰も知らんのやない?
      「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」
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