2014.5.6(火)
あやめは、年配の仲居に問いかけた。
「このグジ、どこのんですやろ」
京都では、アカアマダイを「グジ」と呼ぶ。京料理にとって、ハモと並んで重要な食材であった。
「へえ、丹後どす」
京都府北部、日本海に面する景勝の地である。
「丹後……京都のお魚どすねえ」
あやめは続けて、甘鯛の横に添えてある蓴菜(ジュンサイ)を口に運んだ。
ジュンサイは、スイレンやヒシと同様、浮葉植物である。浅い沼沢の底泥中に地下茎を張り、水面に向けて茎を伸ばし、水面に浮かべるように葉を広げるのでこの名がある。葉の中央から空中に突き出すように若芽を伸ばすが、この若芽を食用とする。
北海道から、九州、沖縄まで広く自生し、また栽培されるが、各地で減少・絶滅している。原因は、水質の悪化である。
京都でのジュンサイの産地は、京都御所の北方4㎞、もう京都盆地の北のはずれと云ってもいい位置にある「深泥池(みどろがいけ、みぞろがいけ)である。
各種の貴重な動植物が生息する沼沢であるが、ここでも水質の悪化により、ジュンサイは一時絶滅が心配されるほどであった。しかし、近年、地元の人々の努力により水質が改善され、ジュンサイも復活しつつある。
ジュンサイの食味は、なんといっても食材とする若芽や若葉を覆う寒天質にある。
あやめは、ジュンサイを2、3切れ、口に入れた。寒天質のぬるりとした感触が口内の粘膜を刺激する。次いで歯で噛み締める。少し歯ごたえがある。この二通りの食感の落差が面白い。ジュンサイの最大の持ち味であろう。
味は……ほとんどない。まるで水のような味わいである。あやめは、ジュンサイの故郷、浅い沼沢地を思い浮かべた。侍る仲居に問いかける。
「ジュンサイは、京もんですやろか」
「へえ、深泥池どす。いっときは無くなるんやないかと気がもめたもんどすが、このごろようやく増えてきたようどして」
「それは、よかったですねえ」
深泥池のジュンサイは、寒天質が非常に厚くぽってりとしている。他県のものにない大きな特徴であった。
明子があやめに声を掛けた。
「あやめさん。なんや、すっかり無口にならはりましたなあ。お料理に夢中どすか」
侍る仲居も声を掛ける。
「ほんまに、なんや怖ろしいほど集中してはりますなあ。ほんに怖(こお)うおす」
あやめは顔を上げた。碗を下ろす。
「あ、す、すんまへん。つい……」
明子が再び華やかに笑った。
「ほんまに、根っからのお料理人さんどすなあ、あやめさん。ほんでも、もうちょっと気楽に構えはることも大事や思いますえ」
「すんまへん、すんまへん。失礼しました」
「もう、そないに謝ることやおへんがな。さ、お酒いきまひょ」
明子は銚子を取り上げ、あやめの杯に注いだ。
「おおきに、明子はんも」
あやめは碗中のアカアマダイの身、ジュンサイ、散らした三つ葉まですべて口に入れ、味わい尽くした。碗出汁を一滴残らず飲み干す。
あやめは陶然となった。
甘露……そんな言葉が頭をよぎった。
それは、鞍馬の「かわふ路」にいた頃の幸介が、あやめの椀物を味わって思い浮かべた言葉だ。が、そんなことがあやめにわかるわけもない。
若い仲居が、盆を捧げて座敷に戻ってきた。
「あやめさん、次のお料理、来ましたえ」
刺身である。
明子が声を上げた。
「うわあ、お造り。すみません、お酒もう二本、いただけます?」
碗物を味わううちに、先ほどの二本の銚子は空になっていた。
「酒。へえ、かしこまりました」
若い仲居は返事し、座敷を出ていった。
明子やあやめのような若い女性としては、尋常の酒のペースではないのだが、料亭「ひいらぎ」の仲居達は慣れているのか、平然と酒を運んでくる。
運んできた仲居は、座卓に銚子を置きながら、明子よりもあやめに目を遣った。あやめはその視線を意識した。
(えらい勢いで飲む女子〔おなご〕やなあ、て思われてるんやろなあ)
(そういや、こんだけ飲むのは久しぶりやなあ)
あやめは職場に住み込みの身である。そんなに飲むわけにはいかない。
(そういえば、久美ともほとんど飲んだことないなあ)
(あの子、どれくらい飲めるんやろ)
明子は、新しく来た銚子をすかさず取り上げた。
「さあ。いきまひょ、あやめさん」
「す、すんまへん。頂戴します」
「もう、そないに畏まることおへんがな。気楽に行きまひょ。あやめさん」
そう言われても、宝田一族はおろそかに対せる相手ではない。それでも、料理が進むにつれ、しだいに酒がまわるにつれ、あやめの緊張感は徐々にほぐれていった。
刺身皿に目を遣る。二皿。
まず、ヒラメの薄造り。皿の表面の模様が透けて見える。
もう一皿は、マグロの中トロと伊勢海老。砕いた氷を鉢に盛り、その上に載せてある。涼感たっぷりの一品であった。
いずれの刺身も、見ただけでその新鮮さがわかる。
あやめは箸を伸ばし、ヒラメの一切れを取った。醤油は付けない。そのまま口に含んだ。
(美味しい……)
刺身の命は一にかかって新鮮さである。そして切り方。特にヒラメの身は弾力に富むので、かなり薄く切らねばならない。中トロは厚く、イセエビは飾り切りにしてある。いずれも見事な刺身であった。
あやめは、刺身の一切れずつを口に運び、時折、添えられたケンも口にしながら、刺身皿を味わっていった。ケンはダイコンとニンジン。菊の花が添えてある。
あやめが明子に声を掛けた。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/05/06 11:15
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どうも一般的な名称ではないようです。
グヂ(京都・舞鶴・大阪)、クズナ(大阪・福岡・壱岐)、とWikiにはありました。
グヂはともかく、クズナは知らんなあ。
蓴菜(ジュンサイ)はどうなんでしょう。
こちらではスーパーにも売っていますから、絶滅の危機は乗り越えたと思いますが、ま、わたしはパスですね。何が美味いのか全く分からん。
京料理にとっては重要な食材のようですが。
で、次の料理は定番といえば定番ですが、刺身。
まずはヒラメの薄造り。
わたしが、初めてヒラメを食べたのは20代前半。
務めていた進学塾の塾頭のおごりでした。
なんや、味もしゃしゃりも無いなあ、というのが感想でした。
すまぬ、ヒラメくん。
マグロの中トロ。
これは、誰にでもわかる美味さですね。
イセエビもね。
刺身皿。
ケンを召し上がらないお方も多いようですが、料理人さんの苦労も思いやり、是非お召し上がりください。
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2. Mikiko- 2014/05/06 12:44
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知り申さんかった。
↓日本海側では青森まで生息しており、もちろん新潟でも捕れてました。
http://www.van-rai.net/nigyoren/sakana/amadai/amadai.htm
塩焼きで食べてみたいですね。
じゅんさいは食べたことがあります。
新潟市には、その名も『じゅんさい池』という池があり、じゅんさいが繁茂してるそうです。
典型的な食感を味わう食品じゃないでしょうか。
でも、家庭料理として食べる習慣は、新潟には無いようです。
刺し身。
新潟の名物では、寒ブリでしょうかね。
とにかく、脂の乗りがスゴいです。
醤油皿にちょっと漬けただけで、醤油に脂が浮くほど。
舌くらいの厚さに切った刺し身は、至福の味だそうです。
新潟では、白身の刺し身は、あまり話題にならないようです。
新潟で、“ケン”などと言ったら……。
雉の鳴き真似をしてるとしか思われません。
間違った使い方らしいですが、“ツマ”と呼んでるようです。
新潟でこれを食べるのは、ホームレスだけじゃないですか。
カラスも食いません。
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3. ハーレクイン- 2014/05/06 14:22
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独特の体形をしていますよね。
誰でも一目見れば覚えるでしょう。
で、もちろん食べても美味しい。
いい魚です。
ほう、新潟の「じゅんさい池」。
見てみたいですね。
京都の深泥池といい勝負かな。
じゅんさい。たしかに、そんなに食べて美味しいものではありません。
趣味的な一品でしょうね。
日本海の寒ブリ。
たしかに、脂の乗りは凄いですよね。
ただ、脂の味が勝ちすぎて、肝心の肉の味わいはどうなのかなあ。
「ケン」は剣、“細長いもの”という意味です。
もちろん、「ツマ」ともいいます。
妻、褄、端。
刺身の「はしっこ」に添えるものという意味ですね。
作った料理人さんに思いを馳せ、また栄養的にも、ケンは食べましょう。
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4. Mikiko- 2014/05/06 18:52
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↓佐渡近海には、コブダイという奇怪な魚が棲んでます。
http://blog-imgs-69.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20140506184910f27.jpg
あれは、食えるんですかね?
↓新潟市にある中央卸売市場『中央食堂』の寒ブリ。
http://blog-imgs-69.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20140506184148566.jpg
↑右側の白いところ、脂が載ってますね。
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5. ハーレクイン- 2014/05/06 23:26
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もっとずっと小さくて、これと似た魚は見たことあります。下顎が突き出ているんですね。名前は記憶にありません。
いやあ、美味しそうですねえ、寒ブリ。
でも、もう旬は終わりです。冬を待ちましょう。
ヒラマサ、カンパチ、ハマチはこれから。夏の魚ですね。
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6. Mikiko- 2014/05/07 07:40
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今ごろなんでしょうか?
きのう見た『おんな酒場放浪記』で、初鰹の刺身が出てました。
色は臙脂色で、脂身は少ないみたいですね。
ほんとに、美味しいのかね?
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7. ハーレクイン- 2014/05/07 10:32
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初鰹。
「目には青葉 山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」という、ご存知の句がありますが、ま、江戸っ子の勢いだけの句でしょうね。
初鰹の旬は4・5月、戻り鰹は8・9月だそうです。
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8. Mikiko- 2014/05/07 20:19
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“薬食い”の一種だったんでしょうね。
初物は、寿命が伸びると云われてたそうですから。
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9. ハーレクイン- 2014/05/07 22:02
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寒中の保温・滋養のために獣肉を食べること。
滋養となる物を食べること。
広辞苑第六版











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