2014.4.29(火)
仲居が料理を卓に並べる。
まずは先付(さきづけ)。
「梅貝(バイガイ)とサヤインゲンの黄身酢和え」である。
先付は、料亭のコース料理で真っ先に出される小鉢物である。
塩茹でしたバイガイとサヤインゲンを、黄身酢で和えてある。黄身酢は、卵黄に酢、酒、味醂、それに砂糖を加えた合わせ調味料である。
白いバイガイの身、緑のサヤインゲン、絡まる卵黄の黄。簡単な料理ながら華やかな先付であった。
「うわあ、綺麗」
明子が手を打ち、声を上げた。
「あ、せや。お酒、お願いでけます?」
明子が、侍る仲居に声を掛ける。
年配の方の仲居が返事をした。
「酒。へえ。冷でよろしおすか、燗つけまひょか」
「燗付け、してください」
「承知しました」
二人の仲居は座敷を出て行ったが、年配の方の仲居は、いくらも経たずに戻ってきた。
盆の上に銚子と杯を乗せている。杯を明子とあやめの前にそれぞれ置き、銚子を取り上げた。
「どうぞ」
「おおきに」
まず、明子の杯に、続いてあやめの杯に酒を注ぐ。
「ほな、あやめさん。改めて乾杯や」
「何に乾杯でしたやろ」
「もう忘れはったんどすか。『初めての出会いに』ですがね」
「あ、へえ。『初めての出会いに』」
「『初めての出会いに』」
「かんぱあい」
二人は、ともに杯を上げ、なんとなく頭を下げあった。杯を口に持って行く。自然に目と目が合う。互いの目を見つめ合いながら酒を口に含んだ。
(あ、美味しい)
あやめは感じ入った。
(さすがやなあ。酒ひとつでもこないに……)
(そういえば……「花よ志」ではどんなお酒出してんねんやろ)
酒のことまでには思い至らなかった自分を、あやめは省みた。
(今度、兄さんに聞いてみんとなあ)
「ほな、いただきましょ、あやめさん」
「あ、へえ」
箸を取り上げたあやめは、バイガイの身を一つ取り、口に含んだ。柔らかい貝の弾力と旨味、それを包み込む黄身酢の甘酸っぱさ。貝の茹で加減も、黄身酢の調合も見事であった。
咀嚼し、嚥下する。口から舌、咽喉にかけ、旨味の塊が伝い下りて行った。
「……美味しい」
思わず声が出た。
傍らに控える仲居が、笑い混りの声を掛ける。
「おおきに、ありがとさんどす。『花よ志』はんのお料理人さんにお褒め頂け、光栄どす」
「とんでもおへん。こんなん言うたら生意気ですけど、バイガイの茹で加減は完璧ですし、この黄身酢のお味……こんな美味しい黄身酢、初めてどす。卵黄も調味料も、ほんまに吟味してはりますし、うちにはこないな味、出せまへん」
「ほほ。褒めていただくのは嬉しおすけんど、そんなん言いはったら、『花よ志』はんの板場はんが気ぃ悪しはりまっせ」
「あ」
明子が華やかに笑った。
つられて、あやめも仲居も笑い声を上げる。三人の笑い声は、炎熱の京の空に昇って行った。
「ほんでも、ほんまに美味しい。このバイ、どこのんですやろ」
「へえ、加賀と聞いとります」
「加賀……」
石川県である。県都は金沢。あやめの脳裏を、また懐かしい女性の面影がよぎった。
(なんで今日はこないにあの子を思い出すんやろ……)
(そない云うたら……)
(あの子は、上州・月夜野の出や言うとったなあ)
(遠いなあ、上州)
上州は、旧・上野(こうづけ)の国、今の群馬県である。京都は山城、金沢は加賀。金沢はともかく、京都から群馬は遠い地であった。
群馬県に海は無い。
(あの子は……バイガイを食べたことあるんやろか)
あやめは、また遠い思いに耽った。
先付の鉢が空になる。そのタイミングを見計らったように、若い仲居が入って来た。
「お椀でございます」
先付の皿を引いた後、椀物をそれぞれ、あやめと明子の前に置く。碗は京料理の花である。料理人の五感と美意識の全てが試される料理である。もちろん、客のそれも試されるわけであるが……。
明子が碗の蓋を取る。あやめもそれに倣った。両手で捧げるように碗を持ち上げる。
碗出汁はすまし、軽くとろみをつけてある。
碗種は魚の切り身、それに蓴菜(ジュンサイ)。三つ葉を散らしてある。
あやめは、碗を取り上げ、まず出汁を口に含んだ。柔らかく、それでいてコクのある液体が咽喉を伝い下りて行った。
あやめの口から、思わず吐息が漏れる。
(美味しい……)
(こんな味、うちに出せるやろか)
あやめは碗に箸を伸ばす。魚の身をほぐす。
(甘鯛か……)
(赤やろなあ)
アマダイは"たい"と名が付くものの、マダイやクロダイなどの属するタイ科ではなく、キツネアマダイ科の魚である。
アカアマダイ、シロアマダイ、キアマダイの三種が日本では食用に用いられ、アカが最も美味とされる。身は少し水っぽいので刺身にはせず、焼き物、煮物にされることが多い。
マダイに劣らぬ高級魚である。
あやめは、ほぐしたアマダイの身を口に入れた。
(赤やな)
(間違いない)
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/04/29 11:04
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東山の料亭「ひいらぎ」さん(この屋号は今回はまだ出てきません)の、お昼のコース料理。
先に書いておきますかね。
料亭のコース料理は、先付、椀物、刺身、焼物、箸休め、八寸、炊きあわせ、酢の物、ご飯、果物、菓子・薄茶
という順序で出されます。もちろん店によって若干の違いはあります。
で、今回は先付から始まり、椀物まで進みました。
もともとこれらの料理は、あやめに作らせるつもりだったのです。が、そうするとあやめに味わわせることが出来ません。
作らせるか、味わわせるか。
悩んだのですが、作らせる機会はこの先、幾らでもある、ということで今回は味わわせることにしました。
ま、お大尽明子に半ば引っぱられて、という形ですが。
「ひいらぎ」さんのお昼の料理。
完食するまでに何回かかるのでしょう、『アイリス』。
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2. Mikiko- 2014/04/29 12:16
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食べたことござんせん。
でも、料理が順番に出てくるのは、性に合ってます。
食卓に並んだ料理も、1品ずつ平らげていく癖がありますから。
酢の物はパスでもいいな。
その後のご飯は、オカズなしで食べるのか?
あ、炊き込みご飯か。
お昼にこれだけ食べたら……。
座布団枕でいいから、昼寝させてもらわにゃなりません。
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3. ハーレクイン- 2014/04/29 16:10
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こういう食べ方をする子を叱る親もいるそうです。
「おかずをちょっと食べたら、次はご飯を一口、その次は味噌汁を飲みなさい」てな調子だそうです。どない食べようがカラスの勝手だと思いますが。
それより箸使い、器の持ち方、などを躾けるべきでしょう。
ま、料亭のコース料理の供し方からいいますと、一品ずつ平らげていくのが正しい作法なのかもしれません。
コース料理。祇園の呉服屋さんと昵懇にならんかぎり、生涯食べる機会はないでしょう。
それにしても、昼食に何万円も支払うなど、罰当たりといいますか、狂気の沙汰といいますか……。
あれ、酢のものは苦手ですか、Miさん。
わたしも以前はそうでした。「人間の食べるもんじゃねえ」とまで思っていましたが、今は大好物、自分で作るまでになりました。人の嗜好というのは、歳とともに変わるものでしょうかね。
コース料理のご飯。漬け物が付きます。
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4. ハーレクイン- 2014/04/29 17:58
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J1、第10節。
対ヴァンフォーレ甲府戦、1-0で今季初勝利です。
10試合目での初勝利。今夜の酒は美味かろう。
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5. Mikiko- 2014/04/29 19:41
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よく考えたら……。
居酒屋の4,000円コースでも、料理は順番に出てきますわな。
料理ってのは、作りたてが一番美味しいのでしょうから……。
その方が、理にかなってるのかも。
酢の物は、食べられないわけではないですけど……。
1品だけ出てこられたら、大いに困るところです。
ご飯。
わかり申した。
それは、お茶漬けにするのでしょう。
徳島。
危ないところでした。
前節、新潟が1点差でしたからね。
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6. ハーレクイン- 2014/04/29 20:20
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そんなのあるのか。
居酒屋では、やはり一品ずつ注文したいですなあ。
わたしはとりあえず「板わさ」、んでもって「ホッケの塩焼き」ですね。
「ノドグロ」が欲しいところですが……。
料亭でお茶漬けは……少々お行儀が悪いか、と。
徳島ヴォルティス。
いやあ、終了間際からロスタイム、甲府の猛攻を何とかしのぎきって今季初勝利。
これで弾みをつけてほしいものですが……。
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7. Mikiko- 2014/04/30 07:41
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居酒屋の飲み放題コースでは、料理は順番に出てきます。
板わさ。
聞いたことはありましたが、どんな料理か知りませんでした。
単なる蒲鉾じゃん!
こちらではたぶん、単品メニューにもないと思います。
ホッケは、学生時代、よく食べました。
安くて身がデカいのが魅力です。
2人でシェアしても、食べでがありました。
料亭のお茶漬け。
粋だと思いますけどね。
鯛茶漬けなんかだったら最高。
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8. ハーレクイン- 2014/04/30 08:25
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ふむ。そちらでは言わないのか。
関西語かなあ。
「板」は仰せのとおり蒲鉾の板、「わさ」は山葵、つまりわさび醤油で食べるかまぼこ、ということですね。
こちらでは、どんな飲み屋のメニューにも必ずあります。
近ごろ、ホッケは食べきれなくなりました。
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9. ハーレクイン- 2014/04/30 12:03
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そういえば「もろきゅう」というのもあります。
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10. Mikiko- 2014/04/30 22:27
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こちらにもあります。
箸休めにいいですね。
“冷やしトマト”なんてのも良かです。
余談ですが……。
男色行為を称して、“もろきゅう”と云う場合もあるようです。
本日の飲み会、魚が売りのお店でした。
地元新潟で上がったものしか出さないようで……。
残念ながら、ホッケはありませんでした。
代わりに、アジの一夜干しとアンコウの唐揚げを食べました。
いずれも、滴るほどの脂で、美味でござんした。
あと、これはハーレクインさんには無理なのでしょうが……。
雪下人参のスティックが、頭蓋まで響くほどの歯ざわりで絶品でした。
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11. ハーレクイン- 2014/04/30 23:05
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もろ(もろみ味噌)→うんち
きゅう(胡瓜)→ちんちん
ということですね。
冷やしトマト、美味しうございました。
アジの一夜干し、美味しうございました。
アンコウの唐揚げ、美味しうございました。
要するに、とれ取れの生ではないと、こういうことですな。
雪下人参。
サイトさんの魚沼良品農場さん曰く。
「糖度が普通の人参に比べ2度程高く、人参特有の嫌な癖もありません。人参嫌いのお子様にも喜んで食べていただけるサラダや生ジュースなどの生食専用人参です」
ま、「糖度が高い」はともかく「人参特有の嫌な癖」だよねえ、問題は。これは人参という植物の根源的な特質だと思うが、どうだろう。
で、食材の価値は、歯触りだけではないと思うが、どうだろう。
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12. Mikiko- 2014/05/01 07:34
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とれとれのお刺身もありましたが……。
わたしはパスでした。
雪下人参は、確かにニンジン臭さがありませんでしたね。
特に生食の場合……。
歯ざわりは、味の重要な要素になるのではなかろうか。
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13. ハーレクイン- 2014/05/01 08:55
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生魚はあかん、と言うてはりましたなあ。
歯触りはもちろん、重要な味の要素です。
今後、乞うご期待。
しかし、何を今さら、という思いなのですが。
いつのまにグルメ小説になってしまったのでしょうか『アイリス』。始めた当初は考えもしていませんでした。
なんとなく書きはじめ、緊縛ものから料亭裏事情ものになり、今はグルメものです。
どこへ行く! 『アイリス』。
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14. Mikiko- 2014/05/01 20:57
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↓『おんな酒場放浪記』という番組をやってます。
http://www.bs-tbs.co.jp/onnasakaba/
わたしはこれが好きで、毎週録画して見てます。
今風の小洒落たお店などは、いっさい取りあげられません。
戦後の闇市から始まったような店ばっかり。
肴は、焼き鳥やホルモン系、オデンなどが多いのですが……。
これがまた、すこぶる美味しそうなのです。
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15. ハーレクイン- 2014/05/01 22:00
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いやあ、面白そうですなあ。
「酒場という聖地へ、酒を求め、肴を求めさまよう……」
ですかいな。
ぜひ、京都へ。
祇園、東山にお越しください。あやめがおもてなし申し上げます。
ちょっと雰囲気違うかな。
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16. Mikiko- 2014/05/02 07:50
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料亭なんかには行きまへんって。
共通点は、暖簾に引き戸。
その引き戸が、スムーズに開かなかったりします。
店に入ると、カウンターがずらーっと並んでおり……。
おっさんが、ホッピーを飲んでます。
その向こうから、焼きの煙がもうもうと上がってる、という感じですね。
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17. ハーレクイン- 2014/05/02 11:13
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「ぶらンチ」という、わずか4分の番組があります。
河島あみるちゃんが案内役で、大阪の料理屋さんを紹介するわけですが、「おんな酒場放浪記」とは真逆。今風のこじゃれたお店の紹介番組です。
見てみたいなあ「おんな酒場放浪記」。
しかし、ホッピーって、まだあるのか。
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18. Mikiko- 2014/05/02 19:52
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DVDになってますので、ひょっとしたら、レンタルであるかも知れませんね。
それよか、BSに入りなはれ。
今、ほんとにおもろい番組は、BSでしか見れませんぞ。
地上波の番組は、くだらなすぎです。
ホッピーは、新潟ではスーパーでも売ってます。
飲んでもみましたが……。
あれはやっぱり、家飲みするものではありませんな。
煙の充満するカウンターで飲んでこその味じゃないでしょうか。
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19. ハーレクイン- 2014/05/02 21:22
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金口が取れてしまいました。
で、無理やり口を開けて飲みましたが、なんかなあ。
煙の充満するカウンターの彼方のう。
BS。
入りたいとは思いますが。
お濃さんは信長の正室。
農姫さんですねえ。
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20. Mikiko- 2014/05/03 08:17
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こんなになるまで飲むかねー。
翌日読んで、恥ずかしくなか?
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21. ハーレクイン- 2014/05/04 18:33
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は、恥ずかしくな「い」か、だな。
「注意一秒怪我一生、危ない事はやめましょう」。
そんなには飲んどらんぞ。











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