2014.4.22(火)
仲居はすぐに出て行った。
あやめと明子は向かい合わせに座椅子に掛けた。あやめの正面に庭が見える。明子は庭に背を向ける位置である。
仲居が、湯飲みを二つ乗せた盆を手に戻ってきた。二人の前にそれぞれ湯飲みを置く。湯飲みはもちろん茶卓に乗っていた。
「どうぞ」
「おおきに」
座卓の脇に座った仲居は、盆を抱えたまま明子に問いかける。
「何にさせてもらいまひょ」
「えーっと、そうですなあ。八坂(やさか)……白川(しらかわ)……、あ、いえ花山(かざん)はでけますやろか」
「へえ、でけます、大丈夫どす」
「ほなら、花山を二つと……あやめさん、ビールにします? お酒がよろしい?」
「いえ、そんな……」
「よろしいやん。たまあのお休みやおへんか」
「へえ……」
「ほならビールを二本、とりあえずお願いします」
「あ、明子はん、うちビール一本も飲めまへん」
「だいじょうぶ大丈夫。ここのビールは小瓶や。普通の瓶ビールの半分しかおへん」
「へえ……」
「ほな、花山(かざん)をお二人分。ほれとビール二本どすな」
「へえ、お願いします」
「かしこまりました。ビールは、先にお持ちしまひょか」
「そうどすなあ。そないしてください」
「かしこまりました。すぐに持(も)て参じます」
あやめは、なんとなく落ち着かない気持ちで庭に目を遣った。苔だろうか、地面の大半が緑に覆われている。あやめの正面に樹木が一本。
(あれは……桜かなあ)
その樹の脇には、石造りの灯篭が据えられている。
(琴柱〔ことじ〕灯篭そっくりやなあ)
琴柱(ことじ)灯篭は、金沢・兼六園内にある石造りの灯篭である。十三弦、いわゆる琴の、弦を支える琴柱(ことじ)と形が似ているのでこの名がある。兼六園随一の名物であった。

兼六園の名から、あやめの脳裏に、懐かしい女性の顔が鮮やかに甦った。今は遠い人なのだが。いや、自分から遠ざかった女性なのだが。
どうしているのだろう……あやめは、考えても仕方のないことを考えた。
「あやめさん、なに考えてはるのん」
「え、いえ、何も……」
「そうかなあ、今、遠い目しはったえ」
「いえ、ほんまに何も」
「昔の恋人でも思い出さはった?」
ずばりと言い当てられ、思わずあやめの目が泳いだ。
「うふ。正直なお人やねえ、あやめさん」
「いえ、あの、そんな……」
「まあ、よろしいやないの。誰かて一人や二人の恋愛経験はおますがな。お相手が男はんか、ほれとも女子(おなご)はんかは違いますやろけんど」
「あ、あの……」
ますますうろたえ、口ごもるあやめを、楽しそうに明子は見つめた。
仲居がビールを運んできた。
「さあ、一杯いきまひょ。あやめさん」
「あ、いえ、明子はんから」
「まあ、よろしやないの」
あやめに無理やりコップを持たせた明子は、ビール瓶を取り上げ、注ぐ。瓶の腹は露に濡れていた。
あやめがビール瓶を取り上げた。明子に酌をする。
「どうぞ、明子はん」
「おおきに」
二人のコップがビールで満たされた。
「ほな、乾杯しまひょ」
「何に乾杯しましょう」
「せやねえ、『初めての出会いに』はどないですやろ。実際に会(お)うたんは昨夜(ゆんべ)やけんど」
その言葉を聞いた途端、あやめは眩暈の様なものを感じた。再び、懐かしい女性の顔が甦る。この明子は、どうしてあの女性を思い出させるのだろう。
「だいじょうぶ? あやめさん」
「あ、へえ、何ともおへん」
「そお? なんや、目が眩みはったように見えましたけんど」
「だいじょうぶどす。すんまへん」
あやめは、手にしたコップを口に持って行き、一気にビールを流し込んだ。懐かしい女性の面影を同時に飲みこむように……。
「いやあ、ええ飲みっぷりどすなあ、あやめさん」
明子は再びビール瓶を取り上げ、あやめのコップに注ぐ。八分目くらいで瓶は空になった。
「いやあ、やっぱり小瓶やねえ。もう無(の)うなった」
「明子はん、どうぞ」
あやめはもう一本の瓶を取り上げ、飲みほした明子のコップに注ぐ。こちらも空になった。
「やっぱり小瓶やねえ、あっちゅう間や。お酒にしよっか、あやめさん」
「へえ……」
「暑い時に熱いもん飲むのも、ええもんでっせ」
(どっかで聞いたセリフやなあ)
考えた途端に思い出した。先日大文字山に登った時、他でもない、自分が久美に言った言葉だった。
仲居が二人、盆を手に入って来た。それに年配の女性。女将の芳江である。
「いやあ、宝田のお嬢はん。いっつもご贔屓いただき、おおきに、ありがとさんでございます」
「もう、女将さん、お嬢さんは堪忍して下さいて、何べんもお願いしてるやおへんか」
「ほほ、ほうでしたなあ。ほんでも、うちらにとっては、こんなお小さい頃からご贔屓いただいてますからなあ。お嬢さんとしか……」
「今度言わはったら、もうこのお店には来まへんえ」
「な、何をおっしゃる、宝田のお嬢……おおっとっとっと」
明子と芳江は、顔を見合わせ、ころころと笑いころげた。
「お嬢はん、こちらは……」
あやめにちらと目を遣った後、芳江は明子に問いかけた。
「へえ、祇園の『花よ志』はんの料理人さんどす」
「はあ、『花よ志』はんの……」
「東中あやめと申します。今日はお料理を頂かせていただきます」
「いやあ、なんか怖いでんなあ」
「怖いでっせえ、女将はん。このお人、こんな若い女性でっけど、『花よ志』はんのホープ、切り札らしいどっせ」
「そんな、明子はん……」
「ほほほ、ほれはほんまに怖(こお)うおすなあ」
「とんでもございません、女将はん。今日はお料理、頂かせていただきます。宜しくお願い申し上げます」
「んまあ、ご丁寧なご挨拶。かえって痛み入ります。精一杯気張るよう、板場にはっぱ掛けてきますわ。どうぞごゆっくり」
芳江は、明子とあやめに等分に頭を下げ、座敷を出て行った。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/04/22 10:21
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画像UP有難うございます。
徽軫(ことじ)灯籠とも書きます。
背後の池は、霞ヶ池といいます。
ご存知でしょうか、向かって右側の足、上手く隠してありますが実は折れていて、左の足の半分ほどしかありません。で、土台に石を置いて、その上に載せてあるんですね。
なぜ折れたのか、いつ折れたのか、不明です。おそらくいたずらによるものでしょうが、たちの悪いやつがいるものです。
あやめ。
「あ、明子はん、うちビール一本も飲めまへん」などととぼけておりますが、何を言うか、あの酒豪が。
明子は明子で、ビールの小瓶などあっという間に空け、酒に切り換える。こちらもなかなかいける口と見ました。
この二人に飲み比べをやらせたらすごいことになりそうな……。
どうするかなあ、やらせてみるかなあ。
でも、まだ昼間だしなあ。
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2. Mikiko- 2014/04/22 20:13
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足の傷を上手く隠すのが、庭師の技というわけですな。
こういう庭園の専属庭師ってのも、うらやましい人生ではあります。
昼酒は、思いのほか回るのでご注意。
昼間は身体が活動モードにあるので、血の巡りがいいからだそうです。
回りがいいので、また美味しいんですけどね。
結婚式や法事で、ぐでんぐでんになるおっさんがいるのも、このためのようです。
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3. ハーレクイン- 2014/04/22 21:19
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優れた六つの景観、六勝。「宏大(こうだい)」「幽邃(ゆうすい)」「人力(じんりょく)」「蒼古(そうこ)」「水泉(すいせん)」「眺望(ちょうぼう)」を兼ね備えるから「兼六」だそうです。わかったようでよくわかりませんね。
兼六園。
文化財指定庭園にして特別名勝。国の最上級の庭園だそうです。水戸の偕楽園、岡山の後楽園と共に、日本三名園に数えられるのはよくご存じのとおり。
と、ここまで持ち上げておいていまさらですが、実は私、あまり好きではありません。あまりに整い過ぎていますのでね。
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4. Mikiko- 2014/04/23 07:41
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わたしも魅力を感じません。
西欧の整形庭園もそうですね。
わたしが好きなのは、雑木林。
里山の風景ですね。
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5. ハーレクイン- 2014/04/23 09:27
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もっともワイルドなのが水戸の偕楽園ですね。
なんせひたすら梅、梅、梅、梅……。
ほかには何にもありません。
♪雑木林に月が出た
月が出たならそっと来な
抜き足差し足そっと来な
耳をすませば歌ってる
おけらに みのむし もぐらの子
いもむし ねっきり やもりの子……











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