2014.4.1(火)
「あ、あの……」
あやめは、突然の事態に困惑しながら、宝田と若い女性に交互に目を遣った。女性があやめに声を掛ける。
「いやあ、ここの仲居さんやったん。あ、ちゃうねえ、板場のお人やねえ」
「へえ」
「あなたのお噂は、しょっちゅう聞いておりますえ。『花よ志』に、若い女性の身で凄い料理人がいはるって。一度お料理をいただきたいと、ずっと思(おも)ておりました。せやけど、ほんまに奇遇どすねえ」
あやめは、改めて深々と頭を下げた。あの、喫茶店での久美との戯れは、この女性に全て見られている。あやめは消え入りたい思いだった。
考えた。
(このお方は……)
(よくはわからないが、いずれ宝田の身内なのだろう)
(ほれとも……)
宝田の声が掛かる。
「おい、あやめ」
「へえ」
「どこで知りおうたんか知らんけんど、おまん、こいつを儂の妾かなんかやと思とるやろ」
「そ、そんな、とんでもおへん」
宝田は爆笑した。
「ぶはははは。まあ、そない思われてもしゃあないわなあ」
「いえ、あの、そんな……」
「まあええ。あやめ、こいつはなあ、儂の姪や」
「へ!? 姪御はん?」
「せや。こいつ、歳に似合わずなんちゅうか、グルメ、いうのかのう。おまんの話をしたら『花よ志』に連れてけ、言うてうるそうてなあ。今日は一緒したわけや」
宝田の隣に座る和装の若い女性は、にこやかに微笑んであやめに声を掛けた。
「宝田明子いいます。伯父がいつもお世話になっております。どうぞよろしゅうに」
「あ、東中あやめでございます。伯父さまにはいっつもご贔屓たまわりまして、誠に有難とさんでございます」
「我が儘もんやさかい(だから)、大変でしょ」
「あほ、何を言うか」
宝田は、笑みを含んだままあやめに声を掛けた。
「おい、あやめ。今更そないに畏まらいでもええがな。ほんで、どこで知りおうたんや、おまんら」
「へえ、こないだのお休みの日に、明子はんがお勤めの喫茶店にたまたま入りまして……」
「なんや、そういうことか」
明子は、正面からあやめを見詰めた。
「あやめさん。あなたのハモ料理、頂かせていただきました。ユニークなお料理ですねえ。まさか、湯引きしたハモにハーブとオリーブオイルやなんて。意表を突かれました。信じられません、こんなお料理があるやなんて。ほんまに凄い。ほれでいて、基本の骨切りは完璧やし」
「せやなあ、ほの通りや。あやめ、おまはんの料理にはいっつも驚かされるわ」
あやめは、改めて深々と頭を下げた後、返答した。
「とんでもございません。少々、奇を衒い過ぎかなとも思いますが、ご満足いただけましたら望外の喜びで御座います。今後とも『花よ志』をご贔屓賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
明子は、にっこりと頬笑んで、あやめに声を返した。
「あやめさん。また、お願いしますね」
「へえ、明子はん。よろしゅうお願い申します」
あやめは再び頭を下げ、そのまま躙りながら下がっていく。
明子が声を掛けた。
「ちょっと、あやめさん。もう、行てまうのん」
「へえ?」
「もうちょっと居りよし。かめへんやろ」
「へえ……」
明子は、あやめを見やった後、声を掛けた。
「こっちおいなはれ。一杯いきまひょ」
「へえ」
あやめは、再び深々と頭を下げた後、明子の膳の前に躙り寄った。
「頂戴いたします」
「さあ、失礼やけんど一献、受けとくれやす」
明子は、自分の杯をあやめに差し出した。
「とんでもございまへん。頂戴いたします」
あやめは、注がれた酒を一気に飲み干した。
「儂ちょっと、手水に行(い)てくるわ」
宝田は部屋を出て行った。
明子はあやめに顔を寄せ、囁くように声を掛ける。
「なあ、あやめさん」
「へえ」
「いっぺん、うちに付き合(お)うてくれまへん? あなた……お休みはいつなん?」
「休み、どすか。おまへん(ありません)けんど」
「へ!? お休みが無い!? ほんでもこないだは……」
「あ、あの日は店自体が休みでしたので……。ああいう日はめったにおまへん」
明子は、まじまじとあやめを見詰めた。
「はあー、お休みが、無い……」
志摩子が口を挟んだ。
「別に休ませへん云うわけやおへんのどすえ、宝田はん。この子が休みを取ろうとしまへんのや」
あやめが話を引き取った。
「女将はんの言わはる通りどす。他の方は変わりばんこに(交替で)休みはりますけんど、うちは休むより、料理してる方がよろしいので……」
「へええー、つくづく凄いお人やなあ、あやめさん。ほんでも、一日くらい休んで、うちに付き合(お)うてくださいな。おかみさん、かましまへん(支障ない)やろ」
志摩子は、明子に向き直り答えた。
「ほれはもう、宝田はんのお好きなように」
「わあ、嬉しい。ほな、いつにする、あやめさん」
「さあそれは……板場の都合を考えまへんと……」
志摩子は、今度はあやめに向き直り、半ば命令するような口調で声を掛けた。
「かまへんがな、あやめ。明日にでも行(い)といで。大文字も終わったことやし、明日はそないに忙(せわ)しないやろ。立板はんにはうちから言うとくさかい(言っておくから)」
「へえ……」
明子は手を打ち、顔をほころばせた。
「はい、決まり。ほな、とりあえずお昼、一緒しよ。せやねえ、四条大橋の袂で、明日の朝11時に待ち合わせ。どない?」
「へえ……」
あやめは、困惑しながら志摩子を見た。
「あやめ、宝田はんを粗略に考えたらあきまへんえ。かめへん(支障ない)から、明日はお付き合いしなはれ」
「へえ……」
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/04/01 09:38
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いわゆる「はんなり」とした京女性です。
「はんなり」は、Wikiによりますと……「京言葉を中心に近畿地方で用いられる日本語の副詞。[色:FF0000]落ち着いた華やかさ[/色]があり、[色:FF0000]上品に明るく陽気なさま[/色]を表す。語源は『花なり』または『花あり』とされる」
ということです。明子くらいの若さでこの味を出すのはなかなか難しいそうです。
あ、明子はあやめと同い年だとお考え下さい。あやめは現在、大学を出た翌年ですから、この年に23歳になります。
ついでに、久美も同い年です。
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2. Mikiko- 2014/04/01 19:42
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宝田明という俳優がいますね。
宝田のおっさんのモデルでしょうか?
呉服商の姪がウェイトレスをしてるのは……。
お金のためじゃないんでしょうね。
わたしも今、喫茶店の場面を書いてるので、興味津々です。
休みを取らない“あやめ”。
あまりにも、わたしと感覚が違いすぎて……。
感情移入しにくおす。
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3. ハーレクイン- 2014/04/01 21:13
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「晋(すすむ)」どす。どうぞよろしゅうに。
「明子」は、なんとなくあっさり決めました。
二人合わせて宝田明。なんの関係もおへん。どうぞよろしゅうに。
>お金のためじゃないんでしょうね
お、するどい。
そのとおりです。
ヒマつぶし、というと言い過ぎでしょうが、日がな一日、家でぶらぶらしていても、しょうがないですからねえ。
それに、外に出ると、こういう出会いもあるわけです。
「休みを取らないあやめ」
長い間料理をさせてもらえなかった、その反動としての料理への没入、というつもりだったのですが。やはり、少しやり過ぎでしたかね。
女料理人あやめ。今後とも、どうぞよろしゅうに。
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4. Mikiko- 2014/04/02 07:38
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宝田のおっさんがオーナーなのでは?
潰れた店を買い取り、大幅に改造した。
もちろん、怪しい仕掛けがたくさんあるわけです。
料理の腕を磨くためには、舌を磨くことも必要。
お休みの日は、食べ歩きしましょう。
住み込みなんだから、お給料の大半は注ぎこめるはず。
↓「食べ歩きをして色んな味を舌に記憶することが大切だ」と、料理人さんも書いておられます。
http://www.gvaryu.biz/joutatu.html
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5. ハーレクイン- 2014/04/02 11:25
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宝田のおっさんがオーナー。
あ、なるほどー。
「怪しい仕掛け」はともかく、我が儘のし放題でしょうね、明子はん。
いきなり、「今日は休みます」とか言っても、誰も文句は言えない。
あやめのお休み。
いやあ、これはいよいよ考えんとなあ。
一体、いつ開くんだろう「匣」。
それにしても、あやめの給料って、幾らくらいなんだろうね
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6. Mikiko- 2014/04/02 19:39
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新入り扱いですから……。
最低賃金程度じゃないすか。
ま、住み込みで、3食賄い付きなら、給料はそのまま残りますけどね。
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7. ハーレクイン- 2014/04/02 21:54
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新入り扱い。
うーむ。すごい料理人なのになあ。
最低賃金。
平成24年度の京都では、時給759円です。
でも、物語時間ではおよそ40年前ですから、もっと安いよね。
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8. Mikiko- 2014/04/03 07:24
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住居、食事付きですから、本人的にはさほど辛くはないんじゃないでしょうか。
実家に仕送りするわけじゃないんでしょ。
逆に、給与の額面を高くして、住居費や食費を控除すると……。
税金や保険料が高くなってしまい、会社にも本人にも不利です。
でも、額面が高いと、年金に跳ね返ってくれるんですけどね。
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9. ハーレクイン- 2014/04/03 09:33
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は、しないと思います。ていうか、そんなこと考えもしなかったなあ。
給与の額面を高くして……。
ますます考えもしなかったなあ。
あやめは料理に没入しております。
給与とか、税金とか、保険料とか、年金とかは……これっぽっちも頭に無いでしょうね。
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10. Mikiko- 2014/04/03 20:05
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もうちょっと、周りも見なきゃいけません。
休みを取らない人がいたりすると、それと対比される従業員が迷惑します。
そういう人は、“いじめ”にあったりするものです。
わたしなら……。
包丁を隠しちゃうかな。
あるいは、板場で履く下駄の鼻緒に、切れ目を入れるとか。
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11. ハーレクイン- 2014/04/03 21:00
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ま、それは、そのとおりですね。
でも、陰湿ないじめはやめてほしい。
言いたいことがあれば面と向かって言ってほしいと思いますが、どうでしょう。
京都取材第2弾。
行ってきました平安神宮。
全くイメージと違っていました。「見なかったこと」にします。
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12. Mikiko- 2014/04/04 07:38
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陰湿なものだけではありません。
多人数で、対象をロッカーなどに引きずりこみ……。
傷が外からわからないように、腹部を中心に殴る蹴るの暴行を加えることもあるようです。
もちろん、外には見張りが立つわけね。
ここまで来ると完全に犯罪ですが……。
多人数が口裏を合わせるので、立件は難しいでしょう。
いじめられる人は、孤立してますからね。
真面目な人、一生懸命な人が、対象になる場合が多いです。
あやめさんも気をつけましょう。
包丁を握る指を潰されたりしたら、料理人として命取りです。
平安神宮。
鹿がいたとか?
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13. ハーレクイン- 2014/04/04 09:35
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繰り返します。
鹿は京都にはおりません。
鹿は奈良です、平城京。
京都は平安京。
ほんとに、「日本史の女王」なのか?
で、いぢめられてるのか?
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14. Mikiko- 2014/04/04 19:55
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鹿でもおるようになったのかと思ったのじゃ。
東日本の人には……。
平安神宮が、京都にあるのか奈良にあるのか、ようわからんと思います。
↓この方も、たぶん間違ってますね。
http://blogs.yahoo.co.jp/metabolisan/25657420.html
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15. ハーレクイン- 2014/04/04 21:09
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「平安」は京都だよ。奈良は「平城」。
たのんまっせ、ほんまに。











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