2013.11.5(火)
「はあー、さすがどすなあ。腕、落ちてまへんなあ、あやめちゃん」
「いやあ、お時さんにそない言うてもろたら、うち、自信でますわ」
客がすべて引き上げた「かわふ路」。その板場で、健三、幸介、お時の三人があやめの椀物を味わっていた。
幸介は言葉が出なかった。
これは……こんな飲み物がこの世にあるとは……。
甘露という言葉がある。
小学校で習った記憶がある。
古代中国の伝承、天から降るという至極の液体。
甘露とはこのことやろか……。
幸介は立ち上がり、深々とあやめに頭を下げた。
「あやめ姐さん。今日はおおきに、ほんまにおおきに。わし、頑張ります。気合入れて腕、磨きます。おおきに、ほんまにありがとさんどした」
「ほうか(そうか)幸ちゃん。頑張ってな。兄ちゃん、助(す)けたってな」
「へえ。へえ、頑張ります」
「ほんで(それで)どないやのん、あやめちゃん。『花よ志』はんに勤めるて、ほんまかいな」
「へえ、お時はん。明日から勤めさしてもらいます」
「ほんななあ、あやめちゃん。今更ほないなことせいでも。何年も板場離れてて、ほんでこんだけの味出せる。あんたやったら今のままで十分『かわふ路』を背負っていけるやないの。こんだけの味の吸いもん作れる料理人、この京に何人もおらんで」
「いやあ、そんな。うちなんかまだまだどす」
「ほないなこと言うけどなあ、あんた……」
暖簾をかき分け、厨房に潔子が入ってきた。
「いやあ、お賑やかなこって」
「おーや、女将はん。今までどこにおいやしたん(居てたんですか)」
「ほほ、どこてあんた、座敷に出てましたがね」
「おーや、ほうでっか。今日の座敷はお一組さんだけ。さっぱりお見かけしまへなんだけんど」
「ほほ、お時はん。あんたも寄る年波。お目が悪うおなりやないの」
「何おっしゃいますやら。女将はんこそ、何やら悪い虫が頭にお湧きやないんどすかあ」
「ほほ、またおもろいことを」
「ほほほ」
「ほほほほほ」
「こら潔子、たいがいにせえ。お時はんもそんくらいで」
お時は、血相変えて立ち上がった。
「なんでんのん、大将! 大将がそないやから。そない甘いことばっかり言うから。せやから『かわふ路』には女将がおらん、何ちゅう陰口、よそ様から叩かれるんどっせ。わかっておいやすかいな、大将! うちもう、くやしゅうて悔しゅうて。
うちはな、大将。あんさんもご存じのはずでっけど、先々代の大女将はんの頃、店に入れてもろて、掃除洗濯、下働きから始めてもう五十年、このお店でお運びやらせてもろてます。
大女将はほらあ凄い人やったけんど、亡くならはった先代の女将、大将のお母はんも偉い人やった。若い頃から店支えて、それこそきりきり舞いの働きやった。ほんで、今の大将とあやめちゃんをこないな腕になるまで育てて……。ほれが何ですのん、今の女将は」
これは危ない。そう感じた幸介はお時に声をかけた。
「お時はん、もう、そんくらいで」
お時は一喝した。
「幸ちゃん! あんたは黙っとき。
料亭の女将なんちゅうのはな。みんなの先頭に立って、それこそ阿修羅のように働くのが当たり前や。のんびり奥座敷におさまりかえっとる女将なんぞ、聞いたことないわ」
「お時、ほないにあて(私)のことが気にいらんねやったら、いつでもこの店やめてもろて結構やで」
「なんやと、こら。
おう、やめたる。こないなアホ女将のおる店、こっちからやめたるわい」
「ほうか、長いこと御苦労やったな。ま、元気にやんなはれ。あんまり先はないやろけど」
「なんやと、このアマ」
健三とあやめは立ち上がり、お時と潔子の間に割って入った。
「こ、こら、潔子、何言うねん。お時はんも堪えてくだはい(下さい)頼んます」
「お時さん、やめるやなんてそんな……」
「いや、大将、あやめちゃん。悪いけんども、うちもう辛抱たまらん。こないなアホ女の下でこれ以上働くやなんて、もう、でけん。
だいたいが、前の板長の相良はんがやめはったときかて、なんや使い古しの下駄ほかす(捨てる)みたいな扱いやった。あんだけ店の為に尽くしたお方をなあ。うちもほかされんうちに、こっちからやめさしてもらいますわ」
「ほほ、ほら結構や。古下駄のような顔の女が店内うろうろしとったら、辛気臭(しんきくそ)うてしゃあないわ」
「なんやと! このアマ!!」
お時は潔子に掴みかかった。潔子は迎え撃つ。二人を抱き留め引き離す健三、あやめ、幸介……。
お時から引き離された潔子は、さっさと奥に引き上げた。お時は調理台の上に泣き伏した。
「うわああああーん。くっ、悔しい! この歳になって、なんでこないな思いせんならんのん」
健三、あやめ、幸介の三人はおろおろとお時を取り巻くばかりである。あやめが、そっとお時を背後から抱きしめた。
「ごめん、ごめんね、お時さん」
「ふえええーん、あやめちゃあん。うち、うち……」
「ごめん、ごめんやで、ごめんして、お時さん。ほんでも、やめるやなんて、ほれだけは堪えて、お時さん」
「いや、仮にも女将はんにあんだけの口きいたんや。もうこれ以上、勤められんわ。ごめん、ごめんやで、あやめちゃん。久しぶりに会(お)うたに、こないなことになってもて、ほんまにごめんやで」
「お時さあん」
健三と潔子は、二人の自室に敷いた布団の上に座っていた。掛け布団は半分捲り上げ、敷布団の上に二人で座っている。健三の布団である。潔子の布団は掛け布団を掛けたまま、隣に敷いてあった。
健三は浴衣、潔子は扇情的な色彩の、半透明のネグリジェ姿である。下着は着けていない。かなり大きめの乳首が、ネグリジェの生地を内から押し上げていた。
「潔子。何ぼなんでもあらないで。お時はんをやめさせるやなんて」
「別にやめさせたわけやおへん(わけではない)。あのお人が勝手にやめる、言い出したんやおへんか」
「ほれは潔子。屁理屈っちゅうもんや。お前がそない仕向けたんやないか」
「なあ、あんた。うちとお時と、どっちが大事なん?」
「な、何を言いだすねん」
「はっきり言いよし、どっちなん」
「ほないなもん、決まっとるやないか」
「はっきりしよし!」
「ほら、お前や」
「よっしゃ、ほな、何の問題もないやないの」
「いや、せやけどなあ。お時はんはお前、この店を五十年も支えてきたお人やで」
「ふん。ただのお運びやないの。ほれよりあんた、あやめちゃんはどないなん」
「どないて、なんのこっちゃ」
「せやから、いずれこの店にもんてくん(戻って来る)ねやろ」
「ほないなこと、わかるかい。『花よ志』はんでの奉公しだいやがな」
「うちなあ、あの子嫌いやねん。もう二度とこの店の敷居、跨がせんといてな」
「おい、何、言いだすねん。あいつはわしの可愛い妹やぞ」
「あんた! うちとあやめと、どっちが大事なん?!」
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2013/11/05 09:44
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>あんたも寄る年波。お目が悪うおなりやないの
>いつでもこの店やめてもろて結構やで
>ま、元気にやんなはれ。あんまり先はないやろけど
>古下駄のような顔の女が店内うろうろしとったら、
しんきくそうてしゃあないわ
>うちとお時と、どっちが大事なん?
>ふん。ただのお運びやないの
>うちなあ、あの子嫌いやねん
>もう二度とこの店の敷居、跨がせんといてな
ということでございまして、蛇嫁、潔子姐さん。お時さんとの大立ち回りです。真っ直ぐなお時さんの正面攻撃は、蛇嫁様にあっさりあしらわれてしまいました。
せっかく初登場のお時さん。もう出番はないのでしょうか。
古下駄呼ばわりで退場、はあまりにお気の毒ですわな。
それにしても潔子姐さん。やはり只者ではありませんなあ。
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2. Mikiko- 2013/11/05 20:46
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一気に、花登筺になってきましたね。
潔子は……。
女優だったら、演じてて面白い役だと思います。
今の女優さんで、似合いそうな人、いますかね?
南果歩なんかはどうだ?
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3. ハーレクイン- 2013/11/05 21:42
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と来ますと、何といっても『番頭はんと丁稚どん』。
わたしとしては『どてらい男(やつ)』ですね。西郷輝彦、入魂の演技でした。「まいどおおきにの前戸商店どす!」
代表作を一つ選べとなると、やはり『細うで繁盛記』でしょうか。残念ながら、わたしは見ておりません。
潔子役に南果歩ねえ。
なんといっても『伽耶子のために』でしょうね。
ついこないだの『阪急電車 片道15分の奇跡』にも出てたらしいですが、全く記憶に無し。ごめん、果歩ちゃん。
潔子姐さんは「腹に一物手に荷物」のお方ですからねえ、さて。
樋口可南子さんなんてのはどうでしょう。
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4. Mikiko- 2013/11/06 07:41
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ヒロインの新珠三千代をイビる小姑役、冨士眞奈美が一斉を風靡したそうです。
↓名セリフ集。
「おみゃーの出る幕じゃにゃーずら」
「おみゃーの言うとおりにゃさせにゃーで」
「犬にやる飯はあっても、おみゃーにやる飯はにゃーだで」
静岡弁だそうです。
名古屋弁かと思いました。
樋口可南子なら、エロシーンも期待できますね。
いっそ、黒木瞳はどうだ?
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5. ハーレクイン- 2013/11/06 12:13
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ふむ。いいですね。
しかし、ちょっとはまりすぎかなあ
「犬にやる飯はあっても、おみゃーにやる飯はにゃー」
誰がこんなセリフ考えたんでしょうね。やはり花登さんかなあ。
も、たまらんわ。
潔子姐さんをやるなら、エロシーンは不可欠。
黒木瞳。
やはり『失楽園』でしょうか。
ま、この人ならエロはいけるだろうが、ちょっと上品すぎねえかあ。
潔子姐さんの持ち味は「ちょい下品」なんだが。
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6. Mikiko- 2013/11/06 19:45
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つまらない新作ドラマなんて作ってないで……。
昔のドラマの再放送をしてくれないものでしょうかね。
ぜったい受けると思いますけど。
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7. ハーレクイン- 2013/11/06 22:36
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ついこないだ終わった昼ドラ。
えらく前評判が高かったんで、わざわざダビングしてしまいまで見たんだけど全くつまらんかった。金返せ! はおかしいから、時間返せ!とわめいたよ。
昔の名ドラマの再放映は、やはり金払え、なんでしょうねえ。
以前に書いたかなあ。
わたしの見たい物に『こおろぎ橋』というのがあります。石川県の山中温泉を舞台にしたドラマで、学生時代にほんの数回見ただけなんですけど、印象的なドラマでした。未だに主題歌まで覚えてますよ。
♪ひとと人とが巡り会って心を少し重ね合えば
織りなすその光と影は美しくも悲しくて
こおろぎ橋を渡るたびにこぼれる涙知っていますか
せせらぐこの心と夢がすれ違って泣くのです……
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8. Mikiko- 2013/11/07 06:32
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山中温泉にある、実在の橋なんですね。
樋口可南子の主演デビュー作だとか。
↓雪のこおろぎ橋。
http://www.youtube.com/watch?v=QnAbWocTUgM
↓撮影当時のロケの画像がありました。
http://kazundo.exblog.jp/14419131/
わたしが今見てるドラマ(?)は……。
『実験刑事トトリ2(NHK総合)』と『ハードナッツ! 数学girlの恋する事件簿~(NHK・BSプレミアム)』。
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9. ハーレクイン- 2013/11/07 08:59
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1958年12月13日生れ。
『こおろぎ橋』の放映は1978年10月2日-1979年3月30日。
樋口さんは御年、19-20歳ですね。若い!
画像を見ても、若さが匂い立つようです。
それが今はお婆さん役だもんなあ。
♪時の過ぎゆくままに~
ということで、潔子役は無理ですね。歳が違いすぎる。思い切ってお時さん役に抜擢、かな。
今見てるドラマは、何といっても『相棒』ですね。
都鳥刑事は元動物学者!
へえ、面白そうだなあ。ぜんぜん知らなかった。
今からでも見てみるかな。
数学girlも面白そうだけど、こちらは見ようがないなあ。
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10. Mikiko- 2013/11/07 20:23
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登場人物1人1人に、キャスティングしながら読んだものです。
俳優は、その時点での実年齢とは限りませんでした。
世代の違う俳優が、同級生になったりね。
わたしの頭の中でしかありえないキャストでした。
楽しかったですね。
都鳥刑事の実験は、そんなに大したものではありませんが……。
そこそこ面白いです。
『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』と同じ、倒叙物です。
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11. ハーレクイン- 2013/11/07 21:25
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お、これは面白い。
しかも、年齢無関係。
なるほど。自分で設定するのは勝手だもんね。
なら、とりあえずあやめさんは……。
どうするかなあ。
都鳥刑事は倒叙もの。
ふむ、なるほど。
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12. Mikiko- 2013/11/08 07:53
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間抜けなワトソン役が脇につく点など……。
『刑事コロンボ』より、『古畑任三郎』に似てるかもね。
三上博史は、ちょっと役を作りすぎな気もしますが……。
ま、あれはあれでいいのかも。
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13. ハーレクイン- 2013/11/08 09:33
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高橋光臣くんですかあ。
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14. Mikiko- 2013/11/08 20:14
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てっきり、芸人かと思った。











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