2013.5.21(火)
香奈枝は、口元から涎の糸を垂らしたまま、ぼんやりとあやめを見上げた。その目は、どことなくまだよく見えていないようである。
香奈枝は、問いかけるように首を左に傾げた。
「立ち、ゆうてるんや。うちのゆうこと、聞けんのか」
香奈枝は、首を左右に振った。
言いつけを聞けないということではない、という意思表示のつもりだった。
「ほう、聞けんのか。さっき、うちのゆうこと何でも聞くゆうた。あれ、嘘か」
香奈枝は、さらに激しく首を振る。そんなことありません、言いつけは何でも聞きます、そう、伝えたつもりだった。
だが、あやめは顔を歪めた。再び香奈枝の前に膝を突くなり、激しく罵った。
「この、嘘つき女が」
いきなり横ビンタが香奈枝の左頬を襲った。容赦のない一撃だった。
「ひっ」
短い悲鳴を上げて、香奈枝は横様に倒れ伏す。あやめは、倒れた香奈枝の髪を鷲掴みにし、上体を無理やり引きずり上げた。香奈枝は悲鳴を上げることしかできない。
「いいいいいっ」
あやめは、掴んだ髪ごと、香奈枝の首を左右に揺さぶった。二度、三度、四度……。香奈枝の首は壊れた人形のようにがくがくと振れる。その口元から零れる涎が左右に飛び散り、電灯の明かりを映して光った。
「い、痛い、痛いぃ」
「痛い? 当たり前や。痛(いと)うしてるんや」
「やめ、て」
「やめて、やと。あほか。これは罰や。ご主人様、いや、女王様や。女王さまの言うこと聞けん奴隷女への罰や」
「女王さま……あやめは女王さま?」
「せや。ほんでお前は奴隷や。奴隷女や」
「奴隷……あたしは……奴隷」
奴隷、奴隷、奴隷……。
これまで、余所の世界のものだったその言葉が、現実のものとして香奈枝の脳裏に響き渡る。
奴隷……あたしは……奴隷……。
あやめは、ご主人様、女王さま。
あたしは。
どれい……。
あやめの言いつけは……なんでも聞く。
「せや、言いつけを聞けん、素直やない奴隷は、殺されても文句言えんのやで」
「言いつけ、聞きます。なんでも聞きます。素直になります」
半ば譫言の様に、誓いを立てるように香奈枝は呟いた。
「ようし、忘れたらあかんぞ。忘れんようにもう一発気合い入れたる」
言うなりあやめは、再び香奈枝の頬に横ビンタを見舞う。香奈枝は短い悲鳴を上げて横様に倒れた。
「ひっ」
後ろ手に縛られたまま、床に倒れ伏した香奈枝の両眼から涙が噴き零れる。涎を垂らす口からは、短い嗚咽が漏れた。
「うひぃ、ひっ、ひっく」
「何や、香奈、もう泣いてんのか。情けないなあ」
「ひいい、っく」
「今から泣いとったら最後までもてへんで。もう解いたるから、家(うち)に帰るか」
香奈枝は、ばね仕掛けの様にあやめをふり仰いだ、その顔は涙と涎でどろどろである。
「いやや、帰れへん。解いたらいややぁ」
「ほうか? 顔中、涙だらけやないか。そないに泣いとって、嫌なんやろ」
「嫌じゃない。いやじゃない。いやじゃないぃ……」
「ほうか、ほなら言うんや。『あやめ女王さま、もっと縛って下さい』。ほれ」
香奈枝は、口移しに言葉を教わる生徒の様に、あやめの言葉を繰り返した。
「あやめ……女王さま。もっと、縛って、下さい」
「奴隷の香奈を、もっともっと縛って下さい」
「奴隷の香奈枝をもっと、もっと、もっと、縛って、下さい」
「よおし。ちょっと間違(まちご)うたけど堪忍したる。ほなご褒美に顔、綺麗にしたるわ」
あやめは、香奈枝の両のこめかみのあたりを、左右の手で挟みつけた。引き寄せる。唇を寄せ、舌を伸ばし、香奈枝の両眼の縁から頬、鼻筋にかけての涙を丹念に掬い取り、舐め取っていく。
香奈枝はされるままに、軽く仰のき、あやめの唇と舌の動きに身を任せた。
あやめは、香奈枝の口元の涎も、涙と共に吸った。
香奈枝の口が軽く開き、おずおずと舌が伸びる。
「なんや、香奈。この舌は」
「あやめぇ。キス……して」
「しょうがないなあ、この奴隷は。自分の好きなようにしてもらお、なんちゅうのは奴隷のやることやないで。わかっとんのか」
「すっ、すみません、女王さま」
「申し訳ありません、女王さま、や」
「もっ、申し訳、ありませんっ、女王さま」
「ふん、まあええやろ。なんせ奴隷初心者やからなあ。しゃあない、キスしたるわ」
言うなり、あやめは香奈枝の口にむしゃぶりついた。口内に舌をねじ込む。舌はもちろん、頬の粘膜、歯、歯と頬の間、硬口蓋、舌小帯……香奈枝の口内のありとあらゆる場所を、あやめの舌は蹂躙した。
「ぐ、ふうっ」
香奈枝の口元から、大量の涎が零れ落ちた。
あやめの唇がすかさず受ける。香奈枝の口に戻す……。
「香奈ぁ。舌、出し」
香奈枝は言われるままに舌を伸ばした。
「もっと、もっとや」
あやめの唇が、限界まで伸びた香奈枝の舌を捉え、吸いこむ。吸う、吸う、香奈枝の唾液とともに、抜けそうな勢いで舌を吸い込む。あやめの口元からも、多量の涎が零れ落ちた。
「ん、ふうぅ」
香奈枝が、絶え入るような吐息を漏らした途端、あやめは香奈枝を突き放した。再び床に倒れ伏した香奈枝の前に仁王立ちになり、見下ろしながら、傲然と命令を下す。
「香奈。立つんや」
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2013/05/21 09:47
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あやめさんがどんどん狂暴になり、香奈枝せんせが奴隷化していきます。
わたしは暴力場面はさほど好きではないのですが、ま、これは一つの様式美。しばらくお付き合い下さい。
「しゃあない」とか言うてますが、もちろんあやめさんも香奈枝せんせが可愛くてしょうがないんですね。
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2. Mikiko- 2013/05/21 19:39
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ひょっとして、『マニクラ』転載を狙ってませんか?
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3. ハーレクイン- 2013/05/21 22:39
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なぜわかるのだ(うっそぴょーん)。
♪なんとおっしゃるウサギさん、そんな恐ろしいことを
それに、わたしが書くのはMikiko’s Roomだけです。
あ、「しゃあない」は大阪語;仕様がない、です。念の為。
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4. Mikiko- 2013/05/22 07:39
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“しゃあない”は、そういう意味だったのか。
てっきり、「おしっこしない」ことだと思ってた。
というのは、もちろんウソです。
“しゃあない”は、関西圏外でも、普通に理解できると思うぞ。
方言やアクセントの境界として、「糸魚川ー浜名湖線」というラインがあるそうです。
この線以西が、関西弁圏ということですね。
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5. ハーレクイン- 2013/05/22 13:26
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ホンマかあ。
糸魚川静岡構造線のパクリ、というのが見え見えなのだが。
ふーむ。
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6. Mikiko- 2013/05/22 19:41
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『西日本(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC)』の解説の中に、以下の一文がありました。
『地質学の分野では糸魚川静岡構造線以西を西日本(西南日本とも)とする。生物相や文化面では糸魚川浜名湖線以西(富山県・岐阜県・愛知県以西)を西日本とする』
↓『ラジオ深夜便』でも話題にされたようです。
http://twitter.com/kag_goinkyo/status/6951181767151616
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7. ハーレクイン- 2013/05/22 20:16
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生物相や文化面では糸魚川浜名湖線以西(富山県・岐阜県・愛知県以西)を西日本とする。
ふうむ。
岐阜や愛知は納得だが、富山が関西なのか。
うううーむ。
んじゃ、香奈枝せんせの出身地を、富山の砺波(となみ)にしなかったのは正解、ということか。
よかったあ。