2014.12.13(土)
明るい日の光が広々とした草原に降り注いでいる。
それは見渡す限りなだらかな起伏の続く、懐かしい景色だった。
遠くの丘の上に何か小さな輝きが見えた。
その輝きが、微かに揺れながら近づいて来るように見える。
“馬……?”
その輝きは一頭の栗毛の馬だった。
そしてその馬の上に二人の人物が跨っている。
やがて馬は、荒い息を吐いて目方慶子の前に止まった。
馬上から中年の男女が笑いかけている。
何故か慶子はその二人が夫婦だと思った。
馬が踵を返すと、馬上の二人は慶子に向けて手招きをした。
「待って!」
慶子は叫んだ。
そのまま二人は馬に乗って去って行く。
「待って!!」
再び叫んだ時、慶子は自分の声で目が覚めた。
重なり合う枝の隙間から、薄っすらと白み始めた空が見える。
「しまった!」
慶子は上体を起こした。
昨夜来の雨も上がって、鳥の鳴き声が澄んだ森の空気を震わせている。
崖下に落ちた慶子は、運よく柔らかい土の上で気を失っていたのだ。
慌てて立ち上がると慶子は周囲を見回した。
崖伝いに4、50メートル下った辺りに室の排水口が見えた。
「あ……」
慶子は言葉を失った。
排水口からは、水が出ていなかったのだ。
「お願い、間に合って!」
そう叫ぶと、慶子は夢中で走り始めた。
やっと崖をよじ登った慶子は、呆然と室の入り口を見つめた。
どす黒い木の扉の穴から、勢いよく水が噴き出している。
扉に駆け寄る慶子の前に、朝食を届けに来た軽トラックが止まった。
「まあ……!!」
車から降りた中年の女性二人も、室を見てその場に立ちすくんでいる。
「か、鍵は!」
女性たちに駆け寄った慶子が叫んだ。
「私たちは鍵は持ってないんです。役場まで行かないと……」
「どれくらいかかるの?」
「え……と、往復50分くらいは……」
「それじゃ遅いわ」
慶子は軽トラの荷台に一枚の木の板を見つけた。
「ちょっとこれ借りるわよ」
50センチ角くらいで厚さ4センチほどの板は、慶子の片手にもかなり重かった。
「あ、それは漬物をつける時の……」
女性の返事を聞く前に慶子は扉に向かって走った。
目方慶子はズボンの裾を捲り上げて、サスペンダーから拳銃を引き抜いた。
「ひゃあっ!」
後を追って来た女性たちが悲鳴を上げてうずくまる。
慶子は扉の錠前に銃口をあてがうと、その手前に片手で板を立てた。
一秒刻みで3回、激しい金属音が響いた。
板をどけて慶子は錠前を見る。
しかし銃弾は錠前の周囲に傷をつけただけで、依然として扉を岩から解き放ってはいなかった。
慶子は板を投げ捨てた。
「下がって!!」
振り返って二人の女性に叫ぶ。
女性たちが車の背後に隠れたのを確認すると、慶子は両手に拳銃を握り締めた。
銃口を錠前の鉄棒に当てると、膝を曲げて腰を落とす。
再び激しい爆裂音が3度響き、3度目の金属音に濁った音が重なった。
錠前は斜めに留め金にぶら下がっていた。
勢い込んで慶子は扉を開けようとした。
しかし中からの水圧で金物が競り合った扉は、少し押し戻して金物を外さないと容易に開かない。
慶子は上体を扉に当てて渾身の力で押した。
盛り上がった二の腕の筋肉に、扉の穴から吹き出す水がしぶきを上げる。
「うお~~~っ!!」
慶子は吠えながら扉を揺さぶった。
その時突然、慶子の身体が後方に跳ね飛んだ。
弾ける様に開いた扉の後から、すさまじい勢いで水が噴出した。
怒涛の水勢に乗って、慶子の身体が地面の上30センチを滑って行く。
押し流されながら慶子は勢いの先を見た。
谷川の崖がみるみる目前に迫っていた。
最初の水しぶきが中空に飛び出した時、慶子は必死で片手を伸ばす。
崖上の細い楓の幹を掴んで、慶子の身体が激しい水流に揺れた。
緩いバイクズボンが水を受けて、慶子の手を木の幹から引き離そうとする。
“はっ……し、知らせ!!”
もう一方の手で、必死にサスペンダーを外す。
ゆるいバイクズボンは両足を抜けて、谷川の流れに落ちて行った。
ようやく上り始めた朝日に、慶子の白いパンツが輝いた。
水の抵抗が減って、慶子はしっかりと幹を握り直す。
やがて勢いの落ちた水流は、慶子の身体をゆっくりと地面に置いた。
濡れた長い髪を朝日に輝かせながら、目方慶子は室へと走った。
引き締まった尻から両足の筋肉が躍動する。
大きな身体を縮めて通路に入り込むと、暗い室の内部にじっと目を凝らした。
室の中程の岩盤の上に、表からのわずかな光を受けた二つの白装束が浮かび上がった。
「亜希子さん!!」
夢中で駆け寄った慶子は、手前に横たわった亜希子の名前を叫んだ。
仰向けの亜希子の合わせを開くと、その胸に耳を押し当てる。
慶子は亜希子の身体に馬乗りになると、両手でその胸を繰り返し強く押した。
「ぶはっ! ごほっ……! ごほっごほっ……!」
やがて、突然水を吐いた亜希子が激しくせき込んだ。
碧の方に移動しながら、慶子は続けて入って来た女性たちに叫ぶ。
「救急車! 救急車を呼んで!!」
慶子は血の気の引いた碧の白い顔を見おろす。
「か、神様、お願い……」
繰り返し強く碧の胸を押しながら、慶子はそう呟いた。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/12/13 10:05
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ご無沙汰いたしております。
3か月の入院中、『十日室』も拝見できず、筋が全くわからなくなりました。
(1)から読み返し、9月以降の分(16章以降だと思います)には“後追いコメ”を入れながら、追いつきたいと考えています。ということで、現在進行の章には当分コメ出来ません。よろしくお願いします。
しかし前回あたりから盛りあがっていますねえ。楽しみです。
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2. Mikiko- 2014/12/13 12:24
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慶子さん、生きていて良かったです。
しかし……。
相変わらず、よく脱ぐ女性です。
ま、そこがまた良いのですが。
碧ちゃん、生き返ってほしいです。
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3. 八十八十郎- 2014/12/13 20:34
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ハーレクインさん、3か月のご入院だったんですね。
また元気なコメントをいただけて、よかったです。
僕の書いたものはともかく、
また楽しくサイトを盛り上げていただけるのが一番です。
いよいよ寒さも本格的になってきました。
またよろしくお願いします。
八十郎











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