2014.12.6(土)
排水路の石積みを越えて、山水が岩盤の上に流れ始めた。
昨夜来からの大雨で、室に流れ込む水の量が大幅に増えている。
亜希子は室の中に視線を巡らした。
「向こうよ、碧ちゃん。あそこが地盤が高いわ」
その場所は入り口とは反対側の、山水が室に入って来る入水口の横だった。
「荷物や毛布をあそこに運びましょう。それからその後に、乾いた薪を運ぶのよ」
「薪……?」
「ええ、さあ早く」
二人は荷物や毛布を運び終えると、5,6本ずつ薪を抱えて運び始める。
「分からないけど、この大きさだと15本ずつくらいでいいかな。あまり大きいのも、使いづらいわ」
目の前に薪を積んだ碧が口を開く。
「どうするのこれ?」
「15本くらいを束ねて、ばらけないように衣装や毛布を裂いて縛るのよ。浮き輪代わりにするの」
「そうか」
「いくつか作って、なるべく濡れないように高い場所に置きましょう。そう、祭壇の上がいいわね」
そう言いながら、亜希子は碧の肩越しに床を漂い始めた山水を見た。
それはまるで満ち潮の様に、二人に向かって静かに、しかし着実に近づいて来る。
「碧ちゃんは泳げるの?」
亜希子は薪を束ねながら碧に尋ねた。
「ええ、私、泳ぎは得意よ」
「そう、あたしはあまり泳げないの……」
「大丈夫、亜希子さん。水が来ても私が亜希子さんを助けてあげる」
「うふふ、ありがと」
きっぱりとした頼もしい口調に、亜希子は笑顔で碧の顔を見た。
しかし亜希子は泳ぐことなどあまり考えてはいなかった。
用を足すために水に入った時を思い出すと、凍るような水の中で満足に身体を動かして泳ぐなど到底不可能に思われた。
「さあ早く作って、私たちも祭壇の上に上がりましょう」
「ええ」
二人は顔を見合わせると、再び薪を縛り始めた。
いくつかの薪の束と共に、二人は山の神の祭壇の上で身を寄せ合っている。
碧はうつろな眼差しを下に向けた。
「ああ……、もうすぐ焚き木が消えるわ」
「ええ……」
二人の視線の先で、もう焚き木を囲む石積みを越えそうに水かさが増していた。
亜希子は祭壇の上から手を伸ばして山水に浸けてみる。
凍る様に冷たい感覚に手が震えた。
物言わぬ冷たい悪魔は、確実に亜希子と碧の住む世界を小さくしていく。
「焚き木が消えたら真っ暗になるわね……」
碧の呟きを聞いて、亜希子はその華奢な身体を抱きしめた。
「大丈夫。あたしが一緒だから、あなたは何も心配しなくていいの」
それを聞くと碧は亜希子の腕から身を反らした。
「どうしてそういうこと言うの、亜希子さん? どうして私だけ心配しなくていいの? 私たちはいつも一緒でしょう?」
亜希子は胸を突かれる思いだった。
「ええ、そ、そうね……」
「いや、いやよそんなの!」
碧は亜希子の両手を逃れて背中を向ける。
その時、室の中の明かりが大きく揺らいだ。
思わず二人は焚き木に目を向ける。
ひときわ最後の炎を輝かせて、焚き木はゆっくりと山水に飲み込まれていく。
「碧ちゃん!」
亜希子は碧の名を呼んだ。
両手で肩を掴んで振り向かせる。
「あなたの、あなたの顔が見えなくなる……」
「亜希子さん!」
二人はじっと互いの顔を見つめ合った。
「二人で頑張ればきっと大丈夫。それに……、山の神様が私たちを見殺しにするもんですか」
「ええ、亜希子さん……」
祭壇の上で二人はきつく抱き合った。
そしてそのまま、二人の姿は漆黒の闇に包まれていった。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2014/12/06 12:50
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わたしは、こういうシチュは、ほんとに苦手なんです。
実際にこういう状況に置かれたら、発狂してるかも知れません。
少なくとも、おしっこは漏らしてるでしょうね。
毒薬を持ってたら、間違いなく飲んでます。
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2. 八十郎- 2014/12/06 17:37
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申し訳ありません。
本当は、全く私も苦手です。
“風になりたい”でも聴いて、気分を晴らしてください。
天国じゃなくても 楽園じゃなくても
あなたに会えた幸せ感じて
風になりたい
生まれてきたこと 幸せに感じる
あなたに会えた幸せ 感じて
風になりたい
風になれば、排気口から出ていけるのです。
不快な思いをされた方には、
心からお詫びします。