2014.8.30(土)
東岡山の国道2号線沿いにその大型バイクは止まった。
雨上りのむっとした湯気が立ち上がる向こうに、長身の女の姿が揺らめく。
大股にトラロープを跨いで、目方慶子は道路工事の現場へと足を踏み入れて行った。
「いけんが、おねえちゃん、勝手に入ったら」
駆け寄って来た初老のガードマンを見下ろすと、慶子は口を開く。
「ねえ、津山土木の西山って作業員来てる?」
「ああ、西山さんなら今あっこで重機に乗っとるけど、あんた誰?」
「知り合いなのよ。ちょっと聞きたい事があってね」
慶子は眼鏡を片手でずり上げると重機の方を見やった。
「ああ、あれね、ありがと。それから、おじさん………」
「……?」
「そのおねえちゃんって呼び方、なかなかいいよ」
そう言うと、慶子はどんどん重機の方へ歩いて行く。
「恰好と違って、目の前で見たらそう若くもなかったのう………」
大股で歩き去る慶子の背中を見ながら、ガードマンは小声で呟いた。
西山と目方慶子は缶コーヒーを片手に日陰のベンチに腰を降ろした。
「前科はあるけど、わ、わしもう今は警察に疑われるようなこと何もしとらんけど……」
慶子はそれを聞くと笑顔で口を開く。
「いいえ、何もあなたを疑ってる訳じゃなくて、少し話が聞きたいだけなのよ。それにあんた、一級土木施工まで資格取って、もうばかな真似はしないでしょう」
「な、何を聞きたいんか……?」
慶子は真顔に戻ると口を開く。
「あなた1か月前、十日室の改修工事に携わったわね?」
「ああ、そうじゃけど……」
「県の営繕課の監理者はいたけど、最後の二日間だけは石積み文化財ということで、地域振興課の立ち合いで手直しがあったそうね……?」
「ああ、そのとおりじゃ」
「その地域振興課の担当者は……?」
「小山内薫さんじゃ」
「ふうん」
慶子は頷くと片手の缶コーヒーに口を付けた。
「で、その手直しの内容はどんなことだったの?」
「ああ、何か室の中から外に向かう排水の石積みに老化がある言うての、坑道の排出口の手前の泥かぶりを撤去したんじゃ」
「石積みの上の泥をどかしたの?」
「ああ、わしらはよく分からんかったけど、内部から見て石積みに悪い部分があるということやった」
「それからすぐ作業は終わったの?」
「いいや、目詰めの小さい石を外した状態で、工事中断したままや」
「ええ! 工事中断?!」
慶子は思わず西山の顔を見た。
「ああ、代わりの銘入りの石の搬入が遅れるちゅうトラブルで、十日室の神事が終わるまでモルタルで応急処置しようということになったんや」
「……中断……」
片手で黒縁眼鏡をずり上げると、目方慶子はじっと考え込んだ。
「じゃあ、誰かが外から石積みに触る事が出来る状態なの?」
西山は慶子の問いかけに片手を振った。
「いいや、それはおえん。外は仮設の鋼板で囲ってあるけんの」
「ああそう……」
目方慶子はそれを聞くと立ち上がった。
「じゃあ、石が来ればもう一日二日で作業は終わるのかな?」
「ああ、そら楽じゃ。無いから中断しとるけど、来さえすれば簡単に終わるけの」
慶子は西山を見下ろして笑顔を見せた。
「どうもありがとう。じゃあ、これからも頑張ってね」
大股でバイクまで戻りながら、慶子はガードマンに片手を上げる。
「よっ、お疲れ!」
大型バイクが再び滑る様に走り出す。
“さあ、お次は保険会社か……。”
ヘルメットの後ろから束ねた髪をなびかせながら、目方慶子はそう呟いた。
室籠りの六日目の夜、午前0時10分前になった。
室の前までたどり着いた田代亜希子はすでに白装束に身を包んでいる。
その後ろには県担当者の小山内薫と、村長以下土地所縁の人物5人が続いていた。
片手に灯光器を掲げた小山内薫が亜希子の背中に声をかける。
「では田代さん、12時廻ると同時に鍵を開けますから、中に入ってください」
「はい」
村長も薫の横に進むと口を開いた。
「どうかこの村に益々お山の恵みがありますように、お体に気を付けて、立派に神事を務めてくだされ。そしてどうか碧をよろしくお願いします」
亜希子は蒼白とも見える顔を明かりに向けた。
「はい、わかりました。まだ分からない事ばかりで力不足ではございますが、碧ちゃんと一緒に務めさせていただきます」
村長以下村人が深くお辞儀する中、何故か薫の顔に微かに不満の色が浮かんだ。
まだ5,6分の時間を残して、各々は室入りを待って話を始めた。
ふと亜希子は薫のそばに歩み寄ると、小声で囁いた。
「薫さん、今日のあなたの話、胸に刻みつけられたわ。でも介添えの役割、あなたの創造や願望も混じっているんじゃないでしょうね。それが民さんとの決別につながったのでは………?」
薫の瞳が明かりで燃えあがるように見えた。
「何をいってるんですか。介添えの話は私の言った通り、実際室に入ったらあなたの行動もそうなるはずよ」
「そうかしら………」
「そうよ。あなた今、碧さんとの室入りを前に、何かを感じているでしょう?」
薫にそう言われて、亜希子は胸をつかれる思いがした。
自分の心と体に熱く沸き立ってくる何かを感じるのである。
先ほどまでは室入り前の緊張だと思っていた。
事実それもあっただろう。
しかしその感覚は時が迫るに従って、切ない心の揺らぎを伴い始めた。
亜希子はまるで乙女のようなときめきを覚えていたのだ。
おぼろに眼差しを替えた亜希子を見つめながら、薫の表情に冷たい表情が浮かんだ。
「さあ、では時間になりました」
薫はそう言うと、室の入り口に向かって歩いて行く。
三々五々立ち話をしていた村人も集まって来た。
頑丈な錠前が外され、重々しい木の扉が開かれる。
中には大人が身を縮めて通るほどの坑道が続き、その側面にゆらゆらと奥の灯の輝きを映していた。
「では……」
薫は亜希子を振り返った。
亜希子は黙って頷くと、扉の中に進む。
奥から流れてくる不思議な空気を感じた。
ゆっくりと見送りの人達の方へ向き直った。
両手を合わせる村人たちに亜希子が頭を下げた時、静かに木の扉が閉められた。
亜希子は身を縮めたまま中に向き直ると、ゆるやかに足を進めた。
少しずつ揺らめく炎が大きくなり、その手前にうっすらと影が浮かび始める。
背中に垂れた長い黒髪が見え始め、白装束を纏ったほっそりとした肩が浮かんだ。
亜希子の胸は切なく締め付けられた。
室の空間が急に広がった時、亜希子は背を伸ばし少女を見つめた。
“碧ちゃん………。”
言葉をかけることもなく、一心に火を守る碧の後ろに腰を降ろす。
その少女の後姿を見つめながら、亜希子は自分がまるで夢の中にさ迷い込んだ様に感じていた。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2014/08/30 19:26
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大規模な公共工事で、元請会社の監理技術者となれる資格です。
地域振興課。
新潟県は確か、地域振興局だよなと思って調べたら……。
岡山県庁の小山内薫が所属する地域振興課は、正式名称が『中山間・地域振興課』のようです。
新潟県も調べたら、『新潟地域振興局』の中に、『企画振興部地域振興課』がありました(ややこし!)。
いよいよ室入りですね。
映画『八つ墓村』のクライマックスシーンを思い出します。
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2. ハーレクイン- 2014/08/30 20:17
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って何じゃい、で調べたら、土木や建築現場などで用いられる、黄と黒のダンダラ模様のロープですね。ということは「虎綱」かあ。
で、村長曰く「どうかこの村に益々お山の恵みがありますように」。
なるほど、そういう意図の神事ですか。
営繕課、地域振興課、地域振興局、企画振興部地域振興課。
さっぱりわからん。
室入り。
しかし……よくこういう話を思いつくねえ、八十郎さん。
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3. Mikiko- 2014/08/31 08:23
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トラロープの正式名称は、標識ロープのようです。
黒と黄色は、典型的な警戒色ですね。
ハチの模様です。
実際、トラロープは、危険箇所に張られる場合が多いです。
踏切も同じ色使いですね。
地域振興局。
昔の名称は、土木事務所でした。
あまりにも垢抜けない名称なので、変えたのでしょうか?
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4. ハーレクイン- 2014/08/31 10:45
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警戒色は警告色とも称します。
「おーい、儂を喰っても不味いでえ、毒あるでえ、へたすりゃ死ぬでえ」と警告しているわけですね。喰われてからでは遅いですから、極力派手派手にします。
自然界ではこのように、極力目立つか、逆に目立たないような地味な色合いにするか、二通りの戦略がありますね。
>踏切も同じ色使い
あ、なるほどー。
地域振興局。
そうかなあ、土木事務所の方がわかりやすいし、なじみがあると思うけどなあ。











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