2014.6.21(土)
肌寒さを覚えて、ふと亜希子は目を覚ました。
雨戸脇の微かな明るさで、もう外は夜明けを迎えつつあるのが分かる。
亜希子は真希の布団に全裸のまま横たわっていた。
顔を上げて見回すと真希の姿は無い。
「はあ……」
亜希子は小さくため息をついて、両手で顔を覆った。
最初の絶頂に導かれた後、もう何かに魅入られた様に真希と快楽を共にした。
逆さに重なり合って愛されるうちに、とうとう亜希子はそれに応じてしまったのである。
女性と愛し合う喜びを感じるまで、そう時間はかからなかった。
いやそれどころか、体中を愛されて、幾度も愉悦の泣き声を上げたのである。
その時亜希子は、昔の恋人の事も、主人の事も、いや妻である自分自身の事さえ忘れていた。
「う、ううんっ……」
上体を起こすと、昨夜の記憶を振り払う様に首を振った。
十日室二日目の今日は、村の取材と夜は介添えの指導を受ける予定になっていた。
「こちらは、地域興しのイメージキャラクターをしていただいてるお嬢さん方です。え~と、こちらから、英美理ちゃん、結花ちゃん、綾乃ちゃん」
薫から紹介を受けると、その3人の女性は口をそろえて挨拶した。
「十日室へようこそ! きょうは、よろしくお願いします」
まだ17,8歳だと思われる女性たちは、白い巫女の衣装に身を包んで、弾ける様な笑顔を亜希子に向ける。
「取材の田代です。よろしくお願いしますね」
女の子たちの華やいだ雰囲気に、つい亜希子も身を弾ませて答えた。
「3人には地元での活動より、CM写真や他地域での物産紹介イベントで活躍してもらってるんですよ」
薫は珍しく目を輝かせながらその子たちを見回した。
「じゃあ折角だから……、とりあえず何か特産品の前で写真でも撮りましょうか。ね、ねえ大北さん……」
亜希子は真希に対する言葉尻がぎこちなく震えるのを覚えた。
「ええ亜希子さん、わかりました」
そう笑顔で答えると、思いがけず真希は亜希子にウインクを返した。
「あ……、ええと、どこがいいかしら?」
慌てて亜希子はそう広くも無い物産館の中を見回す。
「でしたら、あそこでお願いしたいんですが……」
先に立って歩きながら、薫は亜希子を日本酒のブースの前に案内した。
「ここら辺りは水も良いし、今おいしいお酒造りに積極的に取り組んでるんですよ」
「そうですか……」
亜希子は改めて間近に薫の顔を見てハッとした。
アイラインとアイシャドウが主張を強めて、パープル系の口紅が薄く塗られている。
宿舎を出る時は気付かなかった。
変わったとすれば、先ほどトイレに入った時なのだろうか。
そうぼんやりと思いを巡らす亜希子の背中から真希の声がした。
「日本酒と若い女の子って、相性いいのかなあ……?」
亜希子は振り返ってその疑問に答える。
「それは案外大丈夫なのよ。日本酒を飲むのはどんな人? それを考えると分かるでしょ?」
仕事で自分を取り戻せそうな気がして、亜希子は真希の顔を見た。
「へえ、なるほど。亜希子さん、さすがだわ……」
真希はうっとりとした表情で亜希子を見返すと、艶やかな舌を覗かせて唇を舐めた。
亜希子の脳裏に昨夜の記憶がよみがえった。
ネコが餌を食べる様な湿った音と共に、真希とそれに、亜希子自身のうめき声が交錯する。
夢と現実の間をさ迷っている気がして、亜希子は再び微かな眩暈を覚えた。
「じゃ撮りますよ」
亜希子は真希の声に顔を上げた。
「え、ええ、お願い」
日本酒のブースの前で、左右に分かれた女の子がカメラに笑いかけている。
「う~ん、いい絵だわ……」
しかしシャッターを切りかけた真希がその動きを止めた。
「そこの方、ちょっと邪魔なんですけど……」
真希の無愛想な声に亜希子はブースの方を見た。
綺麗にディスプレイされたお酒の瓶の上に、黒縁眼鏡をかけた女性が顔を出していた。
また失礼なことを言いそうな真希より先に、亜希子はその女性に声をかけた。
「すいません。今雑誌の写真撮影をしておりまして、申し訳ありませんがどちらかに避けて頂けますでしょうか……?」
「えっ! あ、あたしっ?」
その女性はあたふた左右に身を逡巡させると、とうとう展示品の後ろにしゃがみ込んだ。
「プッ! あはは……」
若い3人はその様子に笑い声を上げる。
「笑わないのよ」
亜希子は小声で囁くと、仕方なくその女性を迎えに行く。
「どうもすみません。さあこちらへどうぞ」
手を引いて誘導すると、その女性の全身がお酒の後ろから現れた。
色気のない眼鏡をかけたその女性は、30歳前後だろうか、束ねたストレートヘアを背中に垂らして、グレーのTシャツにバイク用のズボンとブーツという出で立ちだった。
申し訳なさそうに口の前に右手をあてて、長身の小さな顔が亜希子を見下ろしている。
亜希子はすぐこの女性が、物産館の前に止められていた大型バイクの持ち主だと思った。
色気とは縁のない雰囲気だったが、日に焼けた凛々しい顔立ちとTシャツに誇らしく張った胸は不思議な魅力を感じさせる。
「ご、ごめんなさい邪魔して。撮影なんて、わ、わたし知らなかったもんだから」
「いいえ、いいんですよ。こちらこそ、すいませんでした」
「はは……、じゃ私はこれで……」
眼鏡の女性は、そそくさと出口の方に歩き始めた。
「じゃ、撮影を続けましょう」
また仕事に戻って亜希子たちがモデルに集中した時だった。
「あ、あの~………、あなた方……」
振り返った亜希子の後ろに、まだ眼鏡の女性が立っていた。
「撮影って、あなた方、十日室の取材に来た人?」
「ええ、そうですけど………?」
亜希子は女性に答えた。
「じゃ、県の方や、モデルさんも一緒に?」
「ええ……。今みんな一緒にいますけど……」
「ふ~ん………」
その女性は眼鏡を光らせながら、皆の顔を見回した。
「あ、あの、何か……?」
「べ、別に。その、撮影なんて珍しかったから……」
女性はそう答えると、くるりと踵を返して去って行った。
亜希子はその行動を訝しく思いながら、同時にその女性が自分を夢から現実に引き戻してくれた様な気がしていた。
改めて真希が最初のシャッターを切ったあと、表でエンジンをかけて走り去るバイクの音が聞こえた。
短い山里の日は、暮れかかるとじきに山々を宵闇に包み込んだ。
夕食を食べ終えた亜希子と真希に、玄関から薫の声がかかる。
「こんばんは。もう用意はいいですか?」
亜希子は立ち上がって玄関へ向かう。
「すいません、お仕事の後に……。さあどうぞ」
中へ迎え入れようとした亜希子に、薫は小さく横に手を振って答える。
「いえ、介添えの勉強と顔見せはお山で行うんです。汚れてもいいような服装で私に付いてきてください」
亜希子は部屋に戻って、普段着用に持ってきたジャージに着替えた。
「お待たせしました」
玄関を出ると、薫と真希が亜希子を待っていた。
「お勉強は室の近くまで山を登ったところでやります」
薫は相変わらず公務員口調で亜希子に告げる。
「こ、こんな暗い中を、山でですか………?」
亜希子は正直な不安を口にした。
「そんな習わしなんです。明かりは大丈夫、蝋燭を用意してます」
「大丈夫よ、亜希子さん。3人だもの、ちっとも怖い事なんてないわ。さあ行きましょう?」
「え、ええ……」
もう先に立って歩き出す二人を追いながら、亜希子はこれから行われる指導に大きな不安を覚えていた。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/06/21 13:10
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失礼な奴らだな。
「邪魔なんですけど」はなかろう。
えーと、真希、薫、英美理、結花、綾乃。
取材だか撮影だか知らんが、傍若無人な振る舞いはやめてくれ。
「傍若無人」
「傍らに人無きが如し(若し)」と読み下します。小学校で習いました。
「介添えの勉強と顔見せ」
さあ、ぼちぼち盛りあがって行きますなあ、怪しさ。
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2. Mikiko- 2014/06/21 19:58
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↓最近は、ご当地アイドルなるものまであるようです。
http://matome.naver.jp/odai/2131173753625451501
ここで紹介されてる新潟のご当地アイドル『Negicco』には……。
↓ホームページもありました。
http://negicco.net/home.html
なんと、結成11年目だそうです。
知らなんだ……。
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3. ハーレクイン- 2014/06/21 23:00
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「ポンバシwktkメイツ」だそうです。
「ポンバシ」は日本橋の略。
もちろん“お江戸日本橋”ではありません。
大阪市浪速区日本橋。
こてこての、大阪のど真ん中ですね。
wktkが何なのかはわかりませんでした。
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4. Mikiko- 2014/06/22 08:12
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“ワクテカ”と読むようです。
↓2ちゃんねる用語とのこと。
http://dic.nicovideo.jp/a/wktk
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5. ハーレクイン- 2014/06/22 08:57
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ワクワクテカテカだそうですね。
も、ついて行ける世界ではありません。