2013.4.25(木)
依然として村田専務が机上の書類に見入っている様子に、紺田は降ろしかけた腰をソファーの前で逡巡させた。
それに気付いた村田は、眼鏡越しに紺田を見ながら右手でソファーを勧める。
「どうも専務、お世話になっております。」
紺田はそう口を開くと、ホッとした様子でソファーに腰を沈めた。
「ああ、どうも。」
ゆっくりとした足取りで近づくと、村田は向かい側のソファーに腰を降ろした。
「社長、仕事もだがお世話になっているようだね、色々と・・。」
「あはは、いえ・・。」
その言葉に紺田は身を正して、少々卑屈な笑顔を見せた。
村田専務には何度会っても、打ち解けるまで少々時間がかかるのだ。
世慣れた紺田には似合わぬことだが、おそらく村田の硬軟持ち合わせた強さがそうさせるのであろう。
村田は生存競争を生き抜く技量を持ちながら、同時に確かな人格も備えていた。
「有難うございます、専務。色々と順調に進ませてもらってます。」
「ああそう。それはよかった。」
徐々に身体が柔らかくなるのを覚えながら紺田は続ける。
「河野部長の件も、私の予定通りです。24時間TVの準備もだいぶ進んでいるようですね。もうしばらくすると、ちょっと驚かれる事が起こるかもしれませんが・・。どうぞご心配なく。予定の事ですから。」
「おい、あんまり嚇かさんでくれよ。どうぞご心配なくって・・・。」
村田が思わず苦笑いしたことに興が乗った紺田は、身を乗り出すようにして口を開く。
「編成部も大変でしょうが、河野部長は困った立場になられます。でも、そこは心配いりません。捨てる神あれば拾う神ありで・・・。」
村田は少し首を傾げると、眉を八の字に寄せて紺田の顔を見た。
「もちろん、河野部長には最後まで陣頭指揮を執っていただけるように考えてます。ただ今回は局内にも助力が必要でしたので、少々根回しさせていただきました。」
専務は八の字の眉を元に戻すと、軽く息を吐きながら言った。
「どうも例によって君の話はよく分からんな。しかし、これだけ大きな会社になると色んな事があるよ。胃が悪くなれば薬を飲まなければならんし、健康体を保つのは大変だ。ましてや、大男総身に・・の諺もあるくらいだからね。」
「はあ・・まったく、恐縮です。では専務、私はこれで・・・。」
「ああ、それじゃ。」
紺田は何に恐縮したのか分からないままお辞儀をすると、ソファーから腰を上げた。
退室しようとドアに手をかけた紺田の背中に村田の声が届いた。
「ああ、確かうちの荒川君は君と同窓だったね。まさに君と一緒で働き盛りだが、身体には気を付けなきゃいけないよ。僕みたいに段々無理も効かなくなる。健康には十分気を付けて頑張ってくれよ。」
笑顔で振り返った紺田は、背中が寒くなるのを覚えた。
“何もかも、御見通しか・・・。”
「はい、有難うございます。身を慎んで頑張ります。」
そう言うと紺田は、深く一礼して専務室のドアを閉めた。
優美はリビングの床に座り込んで、解れた衣類に針を使っていた。
平日の午前10時前である。
すぐ横にはやはり床に座り込んだ奈緒子が、興味深げに優美の手元を見つめている。
「やっぱり主婦は違うわ。うまいもんね。」
「あらそう? 縫い物してるだけじゃない。」
「う~ん、でもやっぱり違うのよ。ねえ、今度はあたしんちでもやって?」
奈緒子は茶目っ気たっぷりに優美に懇願する。
優美は笑いをこらえながら言った。
「何言ってるの。そのくらい自分でやんなさいよ、女でしょ?」
それを聞くと奈緒子は膝をずらして優美に身を寄せる。
「あたし女じゃないも~ん。」
耳元でそう囁きながら、優美のふくよかな胸を右手で掴んだ。
「あっ! もうっ何するの!」
優美は弾けるように身を捩ると、奈緒子の手を逃れてフロアに転がった。
「逃げなくてもいいじゃない。」
奈緒子は上から優美を抱きすくめようとする。
縫い物を抛り出した優美は両手で奈緒子の身体に抗う。
「いやよあたし、こんなの。」
「こんなのって、なによ。」
「こんなふうに、乱暴に。ああもうっ・・、やめてったら。」
「嘘ばっかり。」
「嘘じゃないわ。もうやめて。」
奈緒子は優美に馬乗りになって、掴んだ両手首を床に押し付けた。
「ほうら、やっぱりあたしの方が強いのね。さあ今日は久し振りだし、優美をどうしちゃおうかなあ・・・。」
「ひどいわ、奈緒子さん・・。」
優美は何故か目頭が熱くなるのを覚えて、言葉を詰まらせた。
「あら、目が赤くなったわね。でも分かってるのよ・・・、感じてるんでしょう?」
「うう・・・。そ、そんなこと・・・。」
「ないって言うの? 泣いてごまかしてもだめよ。ほんとは、興奮してるんでしょう?」
優美の目じりから一筋の涙が流れ落ちた。
赤くなった目で奈緒子を睨みながら優美は口を開いた。
「あたしね・・。」
「なに?」
「うう・・・、あなたに会うようになってからね・・・。」
「うん。」
「主人の時も気持ちよくなったの・・。」
「え・・・?」
顔を見つめ合いながら、二人の間に静寂が流れた。
「昨日の夜も・・・。」
「そう・・・。」
奈緒子は優美の両手首を離すと、フロアに座り込んだ。
「昨日、あなた満足したの・・・?」
「ううん・・。」
「え・・・?」
「気持ちよくなったけど、うちの人だけ先に終わったわ・・。」
「そう・・。あなた・・、自分で慰めた?」
「ううん、しないわそんなこと・・。」
「どうして・・?」
「うう・・・だって・・・。」
優美はフロアから起き上がると、奈緒子の胸に抱きついた。
「今日あなたに会えるのがわかってたから・・・。」
「優美・・・。」
奈緒子はしっかりと優美の肩を抱き、その髪に頬を寄せた。
「ごめんね優美、あたし子供みたいで・・・。」
そんな言葉を聞きながら、優美は奈緒子の胸にしっかりと顔を埋めた。
「あなた、とても優しいんだもん。なんだかお姉さんみたいに感じちゃうの。あたしつい、甘えたり遊んだり、苛めたりしたくなって・・・。あたしほんとに・・・、あなたのことが好きよ・・・。」
奈緒子の腕の中で優美の身体がもぞもぞと動いた。
「うふふ・・・。」
「まあ、あなた・・・笑ったわね。」
奈緒子は両肩を掴んで、自分の胸から優美の身を引き起こした。
そこには真っ赤に紅潮した優美の泣き笑いの顔があった。
「あたしが真面目に話してるのに、ほんとにもう・・。いいわ、今日は車で来てるから、あなたをちょっと面白い場所に連れてってあげる。いいわね。」
「うふふ、ええいいわよ。」
身を支え合いながら立ち上がると、いそいそと二人は外出の用意を始めた。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2013/04/25 12:09
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村田専務と紺田社長、悪代官と“よしなに”商人の腹の探り合いはともかく、なんだよう優美さんと奈緒子さん。てっきりリビングで始めると思ったのになあ、お預けかい。
針仕事、こういうさりげない日常の一コマが、どろどろの愛欲場面に転換する。この落差が興奮につながるのになあ。
お願いしますよ、八十郎さん。
それにしても優美さん、
>主人のときも気持ちよくなったの……昨日の夜も……
いやあ、聞きようによっては無茶苦茶いやらしいぞ。
成長したなあ、人妻、優美さん。
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2. Mikiko- 2013/04/25 19:33
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針を使った縫い物なんて、普通にするんでしょうか?
わたしも、ボタン付けくらいは出来ますが……。
衣類そのものに針を使うのは、とーてー無理です。
そう言えば今、家庭にミシンってあるのかな?
うちの廊下には、母が使ってたミシンが布を被ってますが……。
動いてるのを見たのは、何年前になるでしょう。
こないだ、ホームセンターに行ったら、ミシンのデモをやってましたね。
操ってたのは、禿げたおっさんでしたけど。
なんか、いろんな刺繍が出来るようでした。
考えてみれば、既製品の衣類を買って……。
ミシンで刺繍だけ入れるって使い方もありますよね。
それだけで、世界でただひとつのオリジナル衣装が出来るわけだ。
でも、刺繍の裏側って、肌にあたると痒いよね。
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3. ハーレクイン- 2013/04/25 20:20
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まず思い出すのは、子供の頃、母親が使っていた足踏み式のミシンですね。
踏む部分(なんていうのかなあ)を手で動かしてよく遊びました。ああいう機械仕掛けには、わくわくさせられました。
裁縫、しなくなったんでしょうね。うちの家人も大層な裁縫箱を持っていますが、使うのはボタン付けのときくらいですね。ましてかけはりを使う縫い物など……やらないですね。
裁縫が趣味という方は、また別なんでしょうが。
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4. Mikiko- 2013/04/26 07:45
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布に印を付けるローラーのような道具。
持ち手の先に、ウェスタンブーツの拍車みたいなのが付いてる。
名前がわからなかったんですが……。
検索して判明。
ルレットと云うそうです。
http://blog-imgs-48.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20130426062831ba0.jpg
これを廊下で転がして、怒られたものです。
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5. ハーレクイン- 2013/04/26 11:07
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チケットの半券のための切り取り線。あれを作ろうとしてこれを使いました。上手く出来たことはなかったです。
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6. Mikiko- 2013/04/26 19:38
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商品の注意書き。
日本では、抽象的な表現が多いようですが……。
訴訟大国アメリカでは、具体的に禁止事項が書かれてるようです。
たとえば、ベビーカーの注意書きには……。
「子供を乗せたまま畳まないでください」。
電子レンジには……。
「携帯電話を乾かすのに使わないでください」。
ドラム式洗濯乾燥機には……。
「中に人を入れないでください」。
手押し一輪車には……。
「高速道路で使用しないでください」。
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7. ハーレクイン- 2013/04/26 20:20
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アメリカに座布団一枚。











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