2013.4.4(木)
帰宅ラッシュ前の街並みを夕陽のベールが包んでいる。
「優美ちゃん。」
息子の手を引いた優美は背中の声に振り返った。
「ああ奈緒子さん、どうして私がここに居るって分かったの?」
「こんにちは、章君。」
「こんにちは。」
「これから塾? えらいわねえ。」
「うん。」
「あれ? あたし章の塾の話したっけ・・・?」
「したわよ、この間。火木の夕方5時は中野駅前の塾なんでしょう? 仕事でちょうど近くに来たから、あなたに電話してみたのよ。」
「そう。あたしそんなこと話したの忘れてたわ。」
「あははは、そう?」
優美は笑っている奈緒子の瞳を見つめた。
確かにベッドでじゃれ合いながらそんな話をしたのかもしれない。
優美の脳裏に奈緒子の胸に優しく包まれる安らぎと、その後お互い浅ましい獣になってもつれ合うひと時が蘇った。
「ね、まだ時間あるでしょ。あそこでお茶でも飲もうよ。」
奈緒子の声で優美は我に返った。
「え? そうねえ・・。」
「ねえ章君、アイスクリーム好き? よし、おねえちゃんが奢っちゃおう。」
「ほんと!? すきすき!」
「もう・・。」
優美は章に手を引かれながら駅ビルに向かって歩き始めた。
他愛も無い世間話で二人はコーヒーを飲み終えた。
とっくにアイスを食べ終えた章は、椅子に腰かけたまま両足をブラブラさせ始めている。
そんな様子を見ながら優美は口を開いた。
「そろそろ時間ね。行きましょうか。」
奈緒子は伝票に伸ばした手をふと止めて言った。
「最近新しい競合会社が進出してきてね。まだ全然大した事は無いんだけど、ちょっと嫌な予感もするのよね・・。あたし、もっと頑張らなくっちゃ。」
「まあ・・、大変なのね。あたしには何にも出来ないけど、いつも応援してるわ。でも、身体には気を付けてね。」
優美は改めて奈緒子の顔を見ながら心配そうに言った。
奈緒子はそんな優美の顔を見つめ返したが、ふとその端正な顔立ちに人懐こい笑みを浮かべた。
「章君いいわねえ、こんなきれいなお母さんで。」
「きれい? おかあさんが? そうかなあ・・・。」
「章、ほらお母さん、きれいでしょ? ね? 章。あははは。」
息子に向かって笑う優美に奈緒子は言った。
「あたしトイレに行きたくなっちゃった。ね、ちょっとトイレに行ってから出ようよ。ね?」
「え・・?」
テーブルの上の優美の右手に奈緒子の左手がそっと触れた。
「章、ここに座ってるのよ。お母さん、すぐ帰ってくるから。」
「あはは、おしっこ?」
「んもう・・・、ええそうよ。」
優美は奈緒子に頷いて立ち上がった。
トイレに入るなり、二人は唇を重ね合った。
抱き合う喜びに優美の喉が小さく波打つ。
数呼吸の後、可愛く湿った音を立てて唇が離れた。
「仕事で来週の火曜日まで会えないみたい。」
「そう・・・。」
「さびしいわ・・。」
「あたしも・・・。」
「優美、好きよ。」
「優美は・・?」
「・・好きよ。そんなこと・・・。」
「ほんと・・・?」
「きまってるでしょ・・。」
「うれしい・・。」
「もう行く・・?」
「・・うん・・・。」
囁きの合間に幾度も口づけの音を残して、二人はトイレを出て行った。
河野幸枝と矢野彩香は、N局からほど近いホテルのレストランで食後の談笑に耽っていた。
幸枝はもうご機嫌この上ない様子で、あれこれと彩香に語りかけている。
「あ~面白い。今の若い人って面白いわね。あなたたちの話を聞くと、私とっても役に立つのよ。番組作りには、色んな感性を知ることがとっても大切なの。」
彩香は飲みかけのグラスワインをテーブルに置くと、もう赤くなった顔で幸枝に答える。
「私なんかの話がお役に立てたら嬉しいんですけど。今日は部長のお話、とっても勉強になりました。本当に有難うございました。」
そんな彩香の言葉を幸枝は鼻先で笑ったが、続けて少々不満げに口を開く。
「そう、それはよかったけど・・。彩香ちゃん、もう今夜は部長なんて呼び方はやめましょ。酔いが覚めちゃうわ。」
「ええっ、申し訳ありません。で、でも何てお呼びすればいいのか、私・・。」
狼狽える彩香に幸枝は笑いながら答える。
「幸枝さんでいいのよ。幸枝おねえさんで・・。」
「いいえとんでもない、そんな・・・。」
彩香は驚きで目を丸くして言った。
「うふふ、そうよねえ・・。あたしもう、彩香ちゃんのお母さんと同じくらいの年だものね。」
「いいえ、私そんな意味じゃ・・。部長はとってもお若いし、きれいです。私なんか、ほんとに憧れちゃいます。」
幸枝は思わず吹き出す素振りをすると、続けて大きな声で笑い出した。
「あっはははは・・・、お上手ねえ彩香ちゃん。まあ昔はミス編成なんて呼ばれた時代もほんとにあったんだけど、今じゃ同世代の男よりよっぽど怖がられる存在になっちゃったわ、あははは・・・。」
「いえ部長、私ほんとうに・・・。」
「あはは、ありがとう、まあいいから。ほんとにお母さんと同世代だから仕方ないんだけど、それにしてもお母さんが未成年の娘にワイン勧めちゃいけないわよね。彩香ちゃんはまだあまり飲めないんでしょ? 赤くなっちゃったわね。今夜は保護者付きってことで許してね。」
「いいえ、色々と勉強させていただいた上に、今日は私とても楽しかったんです。ワインも飲んでみたら美味しいなあって・・。でもこれ以上飲んだら何か失礼な事を言いそうな気がして、私我慢してました。本当に今日は有難うございました、あ、あの・・、幸枝おねえさま・・・。」
彩香はそう言うと、ますますその顔を赤らめてうつむいた。
幸枝は背筋をゾクゾクとした愉悦が駆け抜けたようで、微かに身体が震えるのを禁じ得なかった。
正直なところ、幸枝も少し逡巡している面もあったのだ。
本当に親子ほどの年の開きがあったし、その少女から抜け出たばかりの無垢な美しさを前にして、幸枝が気後れするのも無理はなかったのである。
だが今彩香のその言葉を聞き、もう自分を押える事は出来そうになかった。
「彩香ちゃん、あたしから見ればあなたは若くて魅力的で、眩しいほどよ。」
「そ、そんな・・・。でも私・・、うれしいです。」
多くの経験と成功を得て来た幸枝は、そんな彩香の眩しい輝きさえまともに見つめながら言った。
「ねえ彩香ちゃん。ワイン美味しかったら、私の部屋で飲み直さない? 上にはいつも私の部屋がとってあるの。そこなら遠慮要らないから、もっといろいろお話ししましょう?」
「え・・? でももう遅いし、ご迷惑じゃないかと・・。」
「何言ってるの、あたし大歓迎よ。それにまた新しい企画の話だってあるし、ね、行きましょ?」
「え、ええ・・・、じゃあ、少しだけお邪魔します・・。」
幸枝はレジでワインのルームオーダーを済ませると、震える胸を抑えながら彩香をエスコートしてレストランを後にした。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2013/04/04 14:08
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ほんのひとときの間でも愛を確かめたい恋人どうし。トイレの一室で交わしあう、短く狂おしいキス。
優美さんと奈緒子さんは絶好調。
「幸恵おねえさま」この一言でぐにゃぐにゃの骨抜きになる幸恵さん。ウブな小娘みたいやなあ。
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2. ハーレクイン- 2013/04/04 16:14
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すみません。前コメ、幸枝さんが幸恵さんになってました。あわび、いやお詫びして訂正します。
はい、ということでいつ保釈になるともしれない虜囚生活に入りましたHQ。こんなことならノートPCでも手に入れておけばよかった、は後の祭り。外との連絡手段は携帯のみ。小説の執筆はとうてい無理でこざいます。
そこで、管理人さんのお勧め“実録ものなら書けるやろ”もあり、標記のタイトルで連続投稿させていただきます。
ヒマな野郎の暇つぶし。笑ってお付き合い御願い申しあげます。
かかりつけの町医者から紹介されたのは、市内随一、というわけではありませんが、そこそこ大きな総合病院。かなりの老舗で、”知らない人でも知っている“という市民に親しまれている病院です。ここで1時間ほど待たされて診察室へ。今回の根本的な原因はまだ不明ですが、体のあちこちにいろんな症状が現れています。医者は一目見るなり「こらひどいな」で、即看護師さんに入院手続きを命ずる。続けて「ようここまで辛抱してたなあ」。
で取りあえず応急処置をほどこしたうえで入院用のベッドへ。この間、5人もの看護師さんが寄ってたかって面倒みてくれました。
ということで、あれよ、という間もなく入院生活に入ることになりました。
「明日から検査や、今日はゆっくり休みぃ」ということで、動乱の一日は終わりました。(130403)
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3. Mikiko- 2013/04/04 19:56
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今どきの小学生って、みんな学習塾に行くんでしょうか?
わたしの子供のころは、行ってる子はいなかったと思うけど。
黙って行ってたんだろうか?
わたしの住んでた町に、学習塾はなかったので……。
もし行ってたとすれば、電車で新潟まで通ってたはず。
いややっぱり、そんなヤツいなかったよな。
そもそも、学習塾なんか行ったって……。
受験する私立中学が、ひとつもありませんでしたからね(今はあります)。
あ、国立の新潟大学付属中があったか。
そうそう。
学年から1人だけ、付属中に行ったんだっけ。
町立中学校みたいな意識の低い学校にはやれないと、親が行かせたそうです。
確かにわが母校、先生も生徒も、限りなく意識は低かったですな。
『大病院の闇を探る!』。
連載開始、ありがとうございます。
1週間分の投稿をわたしの方で取りまとめ、『ハーレクイン・エロマンス』として掲載させていただくことにします。
ひょっとしたら……。
『リュック』より人気が出るかも?
投稿は、短文をこまめにアップすることをお勧めします。
携帯で長文を打ってて、間違って消えたりすると……。
そうとうめげますよ。
なお、最新回にコメントとして投稿せよと指令したのはわたしです。
八十八十郎さん、すみません。
しかし……。
医者が一目見るなり「こらひどいな」という症状って、どんなんでしょうね。
我慢できなくなるまで医者に行かないってのは、呆れた原始人です。
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4. ハーレクイン- 2013/04/04 20:24
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今の時代、行くのが当たり前。行かない子はよっぽどの勉強嫌い、ですね。もちろん、いやいや行っている子も多いです。
だから塾はあまり潰れないし、塾講師も食べていけるわけですが、当然のことながら、いい加減な塾や塾講師も多い。
いい塾講師に当たるのは宝くじなみの確率です。











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































