2011.12.8(木)
その二日後のことである。
陣内伊織は中川家下屋敷の門前まで辿り着くと、あらためて気を引き締める様に眉を吊り上げた。
応対に出た用人と言葉を交わし、屋敷内の蔵へと足を運ぶ。
「おお伊織、参ったか・・・。」
伯父の左内が伊織を迎えた。
「どうじゃ伊織、お前が相対した賊とはこの者か?」
薄暗い蔵の中で蝋燭の明かりに照らされて、縄で縛られ、猿轡を噛まされた黒装束のくのいちが床に転がっていた。
「はい、確かにこの者でございます。」
「ほうそうか・・。伊織、でかしたぞ・・・。」
左内は満足げに伊織を見ながら、さらに口を開く。
「偽の書状で、このところ城下を嗅ぎまわっていた賊を捕える試み。思いがけず賊に囚われはしたが、とっさの機転でここにおびき寄せたのが功を奏した。」
伊織は左内に視線を向けず、おずおずとした口調で尋ねる。
「して伯父上、この賊、何か申しましたか・・・?。」
「いや、忍びとは申せ、何も喋らぬ。」
伊織はほっと小さな息を吐くと、今度は左内の顔を見て言った。
「伯父上。若輩者の私が僭越ではございますが、この者の詮議、私にお任せ願えませんでしょうか?」
「何、お前に・・・?。」
左内は暫時思案した後、口を開いた。
「うむ、よかろう。賊を捕える発端もお前が仕組んだこと。やってみよ。」
「は、ありがたき幸せ。」
左内は深く頷くと蔵を後にした。
伊織は蔵の戸にしっかりと内から鍵を掛ける。
ゆっくりとお蝶の方へ近づきながら、伊織は口を開いた。
「おお可哀そうに、顔が痣だらけになって・・・。」
お蝶の脇に身を下すと、その顔を見ながら伊織は続ける。
「せっかくだから、教えておこう。あの時鍔を押しておかなかったのは、深く切り込んで絶命させてはこの様な詮議も出来ぬという私の油断であった。そのためにお前に傷一つつける事も出来なかった。お蔭でよい修行になり、礼を言うぞ。それから・・・、その他の事も何もしゃべらなかった事も合わせてな・・・。」
「む・・・、むぐぐむ・・・。」
お蝶は長い黒髪を振り見出し、身を捩じらせて呻いた。
伊織はゆっくりと立ち上がると、蝋燭の炎に揺らめきながら着物の帯を緩め始める。
「お蝶さん、今度は私が存分に・・・、詮議をさせていただきますよ・・・。」
胸元の肌を露わにしたその呟きは、もう若い女の声に変わっていた。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2011/12/08 06:43
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終わっちゃいましたねー。
残念!
でも、ご安心下さい!
次回から、『続元禄江戸異聞』が始まりま~す。
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2. ハーレクイン- 2011/12/08 08:10
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お、お蝶さん、あっさり捕まっちゃったのか。
え、例の書状は偽物!
ええっ、下屋敷を教えたのも敵を捕らえるため!
ええーっ、これはすべて伊織ちゃんが仕組んだこと!
えええーっ、鍔を押しておかなかったのもたくらみのうち!!
ななな、なあんですとお~。
ん、んじゃ、あの、伊織ちゃんの可憐な初体験も、すべて演技だったのかあああ~!!!
♪何とおっしゃるうさぎさん、だわ!
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3. ハーレクイン- 2011/12/08 11:04
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えー、前コメ、
しょっくの余り書き忘れ申した。
八十殿。
『元禄江戸異聞』ご完結、誠にお目出度う御座る。
とともに、続編、楽しみにしおり申す。
向寒の候、お体御自愛召されい。
恐惶謹言
HQ拝
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4. Mikiko- 2011/12/08 19:40
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まさに、大どんでん返しでしたね。
小説はかくあらねばならん、という鏡でしょう。
さてさて、続編が楽しみですね♪
「なんですとー」は、懐かしいフレーズじゃのぅ。
うな丼君、受かったのかな?
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5. ハーレクイン- 2011/12/08 20:19
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おー。
「なんですとー」はうな丼君でしたか。
これまた懐かしいお方の名前。
ほんとに、受かったんですかね。どうされてるんですかね。もう忘れられたかな。彼が出入りしていたころは、まだ私はいませんでしたけど。
「なんですとー」。
知らずに、なんとなく使いましたが、脳のどこかに刷り込まれてたんでしょうね。
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6. Mikiko- 2011/12/09 06:28
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最初のコメントは、2008年10月12日。
最後のコメントが、2008年12月6日。
もう、3年も前のことなんですね。
現役で受かってたら、今は3年生。
就職活動に突入ですね。
今の大学生は、ほんとに大変だわ。
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7. Mikiko- 2011/12/09 08:06
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うな丼くんの最終コメントは、2009年4月30日でした。
そんなら、まだ2年生だよね。
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8. 八十八十郎- 2011/12/09 11:10
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サイトに通う機会が少なくてすみません。
Mikikoさん、ハーレクインさん、
書き込み有難うございます。
前回の初孫とこの元禄江戸異聞、
糸の端と端をこじんまりと丸く繋げてみようという感じで、
自分でも辻褄合わせの感に恐縮しています。
今思えば、初孫が現代に古臭さを持ち込んだので、
“もっと昔に行こうか”というのが時代劇を書いた
動機のような気がします。
いずれにせよ、素人の私が書いた稚拙なものを読んでいただき、有難うございました。
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9. ハーレクイン- 2011/12/09 11:16
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えー。
うな丼くんの活躍はわずか半年かあ。
それで、この強烈な印象。
ユニークなお方でしたなあ。
現在2年生。
ひょっとして一浪していれば1年生かあ。
遊びまくっておる年頃だな。
いや、このご時世、すでに就活に励んでいるかも。
なつかしいなあ。