2014.1.23(木)
1986年春、双子の姉妹はすくすくと成長し、2歳になろうとしていた。この時期、ウククライナで原子力発電所の事故が発生した。
北にあるチェルノブイリという町だった。
周辺の街に住む人々には、当初、何も知らされていなかったが、人々の口伝えに事故の詳細が徐々に入ってくるようになった。
ナタリア・マリーニナは不安を感じていた。それは近所で聞いた噂で、雨を浴びると汚染され、妊婦の子供は奇形児が生まれる可能性があるというものだった。
ナタリアは膨らみかけた自分の腹を見つめ、途方にくれていた。そんな矢先、アフガニスタンから夫の死亡という知らせが届いた。後に誤報であったことがわかったが、不安な日々を暮していた彼女には大きな衝撃で、ショックのあまり流産し、マリニア家にとって大事な跡取りを失ってしまった。
久しぶりの休暇で帰っていたアナトーリイ・マリニンは実家に呼び出され、父の書斎に座っていた。
「トーシャ、我がマリニン家は伝統ある軍人の家柄だ。それは分かっているな?」
「分かっております」
「うむ。これから先もその伝統を守らなければならないことはお前も承知しておるな」
「分かっているつもりです」
「うむ。お前の嫁が二度と子供が産めぬ体になったと聞いたのだがそれは事実か?」
「いえ、初めて聞きました」
流産した経緯などは妻から聞いていたが、その事実は聞いていなかった。たぶん妻の私への気遣いがそうさせたのだろうと彼は思った。
「そうか。まあよい。そこでだ。お前に折り入って頼みがある」
そう言うと父は、小さいコップにウオトカを注ぎ、一気に口の中へ流し込んだ。
「頼みというのは他でもない、お前の嫁のことだ」
「ナターシャがどうかしましたか?」
「そのナタリアと離縁し、わしが選んでおいた後妻を迎えてほしいのだ。これはマリニア家の血を絶やさぬという思いからだ。分かってくれるな、トーシャ」
ガシャーン! 母の持つトレーから銀製の紅茶ポットが滑り落ち、カーペットのあちらこちらにシミを広げていった。
「あなた! なんて惨いことを……」
アナトーリイの気持ちを代弁するように、母が口を開いた。
「お前は黙っていろ!」
父に一括された母はうつむいてしまった。
「なぁ、トーシャ、お前も軍人だ。わしの気持ちが分かってくれるはずだ。どうかこの頼みを聞いてほしい……。いや頼みとは言わん。これは命令だ!」
軍人の彼にとって、どんな命令よりも屈辱的な命令であった。
どうやって家にたどり着いたか、彼には記憶が無かった。
ドアを開け彼を迎え入れたナタリアは、怪訝な顔色を浮かべた。夫の様子にただならぬものを感じたからだ。
彼は、いきなりナタリアの手を掴むと奥の寝室へ連れて行き、ベッドへ押し倒した。
まるで強姦するように彼女の衣服をはぎ取り、狂ったように彼自身で彼女の股間を貫いた。
彼の異常な行動を目にし、なすがままされていたナタリアも自然と快楽の炎を燃やしだした。
「ア~、もっと、もっと突いて。私を毀して」
彼の荒い息遣いが耳元で聞こえるものの、彼の顔は彼女の目をさけるように枕に沈んだままだった。
リズムカルに繰り出されるピストン運動が速くなり、絶頂を迎えるころに夫と目が合った。
その瞳には怒りが充満していたが、その奥に悲しみが宿っているのが分かった。ナタリアはそれを見たとたん、自分の運命を悟った。
彼女は夫が果てると同時に泣きながら絶頂を迎えたが、それは最初で最後の不思議な感覚だった。
暫らくしてベッドから降り立ったナタリアは、裸のまま寝室を後にした。
開け放れたドアから出ていく後姿を見送りながらアナトーリイは、“命令だ”とう父の言葉に、軍人の性でそれに従ってしまった己のふがいなさを恥じ、罪悪感にさいなまれていた。そんな時、ある思いが湧き上がった。
翌朝、ナタリアは身支度を終えていた。
あまりの手際のよさに驚いたが、自分の知らないところで実家の圧力があったのかと悟り、今まで知らなかったおのれを恥じた。
「あなた、用意が出来ました。姉妹は私が引き取り育てます」
「そのことなのだが、姉……。ヴェロニカを、私のもとで育てたいのだがどうだろうか?」
妻は見る見るうちに大きな目を見開き、叫んだ。
「あなたの親といい……。あなたまでも、私に惨いことをおっしゃっている。私がなにをしたの? 私がマリニア家になにをしたの?教えて!」
「すまぬ。これしか僕には言えない……。ただ、思ったのは女性1人、これから先、生きていくのに、子供が2人ではきつかろうと思って言ったまでで、気分を損ねたらすまないと思っている」
確かに彼の言うことにも一理あった。行くあてもままならぬ状況では、結果も見えている。
ひどい夫だと思いながらも、自分もひどい母と呼ばれる決断を下そうとしている。
「わかったわ。ただし、約束してください! この子が大きくなって、ものの分別が分かるようになったら、妹の存在を教えてあげてください」
悲しい目をした妻と利発そうな顔をしたタチアナの姿を、彼は二度と見ることはなかった。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2014/01/23 11:32
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マリーニナ姉妹の出身はチェルノブイリの南。
懐かしい、なんて言うと怒られますがチェルノブイリ。そうですか、1986年でしたか。
どうも時系列がわかりにくいぞ。今は1986年、双子は2歳。
で、そこから2年遡ってのエピソードが、今回のメイン、でいいんだよね。ナタリアはんは妊娠中、で、そうか、一度流産するのか。それはお気の毒。
あれ?
んじゃ、いつ産んだんだよ、双子を。
まあいい。
祖父の横暴で引き裂かれるヴェロニカ&タチアナの双子姉妹。
可哀想によう。
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2. ハーレクイン- 2014/01/23 11:49
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昨日放映されたTVドラマ『相棒』のタイトルです。
この中に、作家からみて批評家とは何か、についてこんなセリフがありました。
「あなたの批評は死にたくなるほど辛辣ですが、逆に言えば一言一句に至るまで真剣に読んでくれている人間が必ず一人はいる、ということでもあります。作家にとって、それ以上のエールはない……」
そんな作家であり、批評家でありたいと思います。
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3. Mikiko- 2014/01/23 20:18
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2年遡ってのエピソードではござんせんぞ。
よく読みなはれ。
ナタリアは、双子の女の子を産んだ2年後に、再び妊娠したわけです。
で、チェルノブイリ事故の不安におののく中……。
夫の戦死の報(誤報)を聞き、ショックで流産してしまうわけです。
しかも、子供が産めない身体になってしまった。
跡継ぎの男の子を産めなくなった嫁を、クソジジイは追い出したわけです。
ほかの国なら、告訴されてるでしょうね。
> そんな作家であり、批評家でありたいと思います。
↑恥ずかしくにゃい?
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4. ハーレクイン- 2014/01/23 20:59
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双子を産んだ2年後に妊娠、流産?
だって、亭主はアフガンに出征中だろ。ひょっとして浮気の子か?
ま、も一度読み返すか。
作家&批評家
別に恥ずかしくはおまへんが。
でも……。
学生時代にバンドを組んでた話はしたよね。
その時の先輩ドラマー曰く。
「聴衆がいようがいまいが、奏者のやること、テンションは一緒だよ」
で、ある夜、どこやらで演奏会をやっての終演後。ビルの谷間の細道で一人、楽器運びの車を待っていました、大量の楽器を見張りながら。
で、ヒマなんで、徒然なるままにフルートを取出し、誰に聞かせるともなく吹きはじめました。曲目はご存知『枯葉』。
♪枯葉よー 絶え間なく 散りゆく 枯葉よー
吹き終えたとたん、傍らから拍手が。
ひとりの酔っぱらいのおっさんが聴いていたんですね。
この時の拍手はいまだに忘れられません。
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5. Mikiko- 2014/01/24 07:52
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↓「アフガンで行方不明の旧ソ連兵士、33年ぶりに生存を確認」というニュースがありました。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35029183.html
わからんおっさんやの。
“作家&批評家”が恥ずかしいわけじゃおまへんがな。
「一言一句に至るまで真剣に読んでくれている」と思われる批評家になりたい人が……。
あーんな読み間違いしていいんですか、ということです。
兵士だって、年に1度くらい帰省できるんでないの?
フルートの話。
いい思い出ですね。
酔っぱらいのおっさんにとっても、記憶に残る出来事だったでしょう。
ひょっとしたら、その一瞬のシーンを作るためだけに……。
神さまは、音楽を習わせたのかも?
でも、場面が出来過ぎてて……。
小説には、使いづらいのぅ。
ミュージカル向きです。
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6. ハーレクイン- 2014/01/24 11:45
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「あなたの批評は死にたくなるほど辛辣ですが、逆に言えば一言一句に至るまで真剣に読んでくれている人間が必ず一人はいる、ということでもあります。作家にとって、それ以上のエールはない……」
>そんな作家であり、批評家でありたいと思います。
これのどこがどう「読み間違え」なんだよう。
>恥ずかしいわけ“じゃ”おまへん
「や」おまへん、とカマすべきやな、大阪語。
学べよ、若者よ。
フルート話。
確かに出来過ぎですが、事実です。
現場はビルの谷間でしたから、音がよく反響し、上手に聞こえたんでしょうね。
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7. Mikiko- 2014/01/24 20:37
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読み間違えとったでしょうに。
『フェアリーズ・パーティ』の時系列を。
そーゆー、とんまな間違いをする人が……。
“一言一句に至るまで真剣に読んでくれる批評家でありたい”、とのたまっとるわけでっせまんねん。
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8. ハーレクイン- 2014/01/24 21:38
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学べよ、若者よ。
ははあ、時系列の花しか、いや、話か。
ま、始めは読み飛ばしたからなあ(すまぬ、マッチロックさん)。あとできちんと読み返したからね。