2013.3.16(土)
■9.ジャーナリスト
「RPG!」
一人の兵士が叫んだ。
黒煙を噴出しながらロケット弾が彼に向かって飛んでくるのが目に入った。
間一髪、伏せた彼の頭上を飛び越えた弾頭は後方へ飛び去り、数秒後に着弾して爆発した。
「ドカン!」
「ギャー!」「ワアー!」
爆発音と叫び声と共に数人の兵士が吹き飛ばされた。
(しまった! 小隊を窮地に招いただけではなく、犠牲者も出してしまった)
伏せた彼の前に小石と共に吹き飛ばされた兵士の頭部が転がってきた。
あの軍曹のものだった。彼の家族に会いたいと言っていた彼だった。
目をつむっていた頭部が目を見開き彼に訴えた。
「少尉、少尉、助けてください。……私はまだ死ねない。……死にたくない。……助けて。……助けて……」
後ずさりすると背後で何かにぶつかった。気が付けば彼の周りに死んだ兵士たちの家族や恋人が集まっていた。
「私の息子を返して!」
「彼を返して!」
「たった一人の息子をお前が殺した!」
「子供たちを殺したのはお前だ!」
彼らを退かそうにも両腕に重りが付いたようにびくとも動かなかった。
「すまない。……すまない。……私が悪かった。……私が悪かった……」
土煙の中から手足や頭部の無い兵士たちが彼に向かって漂ってくるのが見えた。
「俺たちを殺した~」
「お前のせいだ~」
正気のない目で彼らはデビッドにまとわりついた。
「許してくれ!」
彼は身を覚ました。悪夢をみていた。
長い間寝ていたような気がする、そのせいか体の節々が痛い。
彼は周りを見わたした。見覚えがない場所だった。
ここはどこだろう?
そう思っていた瞬間に恐怖心がこみ上げてきた。
後ろ手に手首が何かで結ばれ動かすことが出来なかったからだ。
自分がとらえられていることを理解するにはたやすかった。
(小隊はどうなった? 彼らは無事だろうか?
何も思い出せない……)
「カチャッ」
音の方に目をやると、自動小銃を抱えたターバン姿の男が彼を見つめていた。
「君、私の言葉が分かるか? 喉が渇いている、水を飲ませてほしい、わかるか? 水だ」
乾いた空気とホコリが漂っている薄暗いなか、彼は喉から絞り出すように声を出して訴えた。
「リィリウリェル蜀 ル・ァレゥ!(静かにしろ!)」
「頼む、水を飲ませてくれ!」
男は、彼に近寄ると、銃口を頭に突き付けた。
「OK、OK、分かった、分かった、我慢する」
小声で男に言った。
(くそ! この男は捕虜を寛大に扱ってくれないらしい)
男が彼の観念した様子を見て先ほどいた場所にもどっていった。その後姿を見て、ある記憶がよぎった。
パコール帽をかぶった男が増悪の炎を宿した目で彼を睨み、AK―47の銃床で顔を目がけ振り落した瞬間だった。
(私以外の兵士たちはどうなっただろう? ……だが知る手だてが今の私にはない)
どうすることもできない今の自分を呪った。
ドアが開き、眩しい光の中、一人の影が立っているのが見えた。
目を細め、その人物を見極めようとしたが、無駄だった。
「気が付いたようね」
意外な声が聞こえてきた。母国の言葉で女性の声、しかもロシア訛りが混じっている。
「御気分はどう?」
「できそこないのバーボンを飲み明かし、朝を迎えた気分だ」
「ジョークを言えるくらいだから、良さそうね」
「誰だか分からないが水を飲ませてほしい」
「分かったわ、少し待っていて」
「ル・蘀 ル・キル・ヲル蘀 ル・ウリェル蔀 レゥル蜀 リエル・ァ ル・谀 リョル畏ァル・鈷ッ リィル蜀 ル・畏エロ鈷ッル蘀 リ「リィ リァリウリェリ氈i水をのませていいか?)」
彼女は水筒をかざし、男に尋ねた。彼は銃を構えながらも頷いた。
彼女はペルシャ語も堪能らしい。……いったい何者だ?
「さあ、どうぞ、少尉さん」
彼女は横たわっている彼の頭を支え水筒の口を傾けた。
水に飢えていた彼はむせながら飲み続けた。
「慌てないで、ゆっくり飲むのよ」
どんな高級な酒でもこの水にはかなわないだろう。
「ありがとう、生き返った気分だ」
水筒を持つ人物をあらためて見た。ヘルメットと防弾チョッキを付け、胸に男の象徴のような長い望遠レンズが突き出ている。
ヘルメットの下の顔は薄汚れていて、表情がよく分からなかった。
「ところで、ここには似合わない身なりをしていると思うが、あなたは誰ですか?」
薄汚れた顔から白い歯が見えた。
「人に尋ねる前に自分から名乗るべきではないのかしら、少尉さん」
はっきりものをいう女性だ。
「そうだな。私はアメリカ海兵隊少尉、デビッド・キャンベル。認識番号09871……」
「分かったわ、キャンベル少尉。認識番号はあなたが寝ている間に拝見させてもらったから言わなくていいわ」
私のことを調べ上げていたというわけだ。油断が出来ない。
「改めて、初めまして。私はヴェロニカ・マリーニナよ。取材でこの地区に来ていたの」
(ヴェロニカ・マリーニナ。……どこかで聞いたことがある名だ。どこだっただろう……)
「ところでマリーニナさん、ここはどこですか?」
「残念ながら、その問いには答えられないわ。
あなたに情報を伝えると、今まで培っていた彼らとの関係が崩れてしまうから無理よ。
でも、答えられるとしたら、あなたが倒れていた場所から、かなり離れている村であることだけは言えるわ」
味方が私を探すのにかなりの時間と労力が必要だということだ。
「わかった。では言える範囲でいいから答えてほしい、私の小隊はどうなったか分かりますか? 彼らの状況が知りたい」
彼女の顔が曇った。
「そこにいたわけではないのでよくは分からないけど、ここの司令官があなたの小隊を全滅にさせたと言っていたわ。……お気の毒に」
(全滅? そんなはずはない。彼らは優秀だ)
彼らと対峙したのはアルカイダの良く訓練されたエキスパート集団だったことを、この時キャンベル少尉は知らなかった。
「あなたも殺されていてもおかしくはなかったけど、つかまっている幹部と捕虜交換の駒として助けたみたいなの。あなたはラッキーだったということね」
(自分だけ助かるなんて、彼らの遺族になんて言い訳すればいいのだろう。……彼らと一緒に居たかった)
うなだれる彼を見て彼女は語尾を強めた。
「死のうなんて思わない方がいいわよ、あなたを待つ人が悲しむわ」
「ここにいる限り、死んでいることと同じだ」
「あなたは捕虜交換で無事に故郷に帰れるわ、
ただ待てばいいだけではないの?」
「カチャ」
男が二人に銃を向けた。
「これ以上、話すなと言っているわ、まだ取材があるのでひとまず、ここから出るわ。
キャンベル少尉、変な考えはよして、彼らに従っていた方が身の為だわ。どう見てもあなたに分があるとは思えないから。それから、ここの司令官に感謝するのね。彼は私を引き合わせたから」
(思い出した、フォトジャーナリストのヴェロニカ・マリーニナだ。アフガンの目で見た戦場写真を撮ることで有名で、政府が彼女のことを良くは思っていないことでも知られている報道写真家だ。それがどうしてここに?)
「ありがとう、君の忠告は聞いておく」
彼も彼女にはいい印象を持ち合わせていなかった。
彼女だけではなくいわゆる“戦場カメラマン”という職業自体を好きになれなかった。
同胞の戦死した姿を撮り高値で売っている姿はハイエナと同類と認識していたからだ。
「その冷たい言い方になったのは、私のことを思い出したという訳ね」
「リオリュリィリェ レゥリアリッル蘀 リィリアリァロ谀 ル・・鈷エル蜀 ル・キル・ァ リィリアリァロ谀! リァリイ リァロ雇・ャリァ リィル蜀 リィロ鈷アル異蘀 リ「ル・ッル蘀 リァリイ リィリァリイル・エリウリェレッロ戟i何時まで話している!ここから出ろ!)」
男は照門を覗いた。
「わかったわ。ただ一言、彼に言わせて」
彼女はドアを開け放ちながら彼に伝えた。
「海兵隊士官はどのような女性にも親切と聞いていたけど、あれは嘘の様ね。それからもう一つ、彼は英語が理解できるわ」
銃を構えた男はギロリと彼女を睨んだ。
(しまった! 唯一の味方になれるだろう女性を怒らせてしまった)
がっくり肩を落とした彼をしり目に眩い光の中へ彼女は消えて行った。
レイラは思い切ってソフィアのオフィスへ電話した。アルバイトの申し込みを口実に会いたかった。
「はい、B&Sスーパーマーケット社のタチアナが受けたまります」
あの女性だ。
背中にゾクゾクした感覚がよぎった。
「レイラです、レイラ・キャンベルです。ソフィアさん……。いえ、ソフィア・エバンス社長はおいでですか?」
「レイラさんですか? 先日は失礼いたしました。社長はあいにく席を外されております。御用件があれば伺っておきますが、どうなさります?」
「アルバイトの件で電話しました。分からないところがあるので社長と直接お話をしたいです」
「アルバイトの件であれば、ある程度のことは存じておりますので伺います」
「いえ、どうしてもエバンス社長とお話がしたいです」
その時、ソフィアがオフィスに戻ってきたようだ。
「少しお持ちください、レイラさん」
プツリと会話を切られ、レイラは待たされた。待たされる間が長く感じた。
「社長、ただ今、レイラさんから電話が来ております。アルバイトの件で、どうしても社長とお話がしたいとのことですが、少し様子が変なので、よろしかったら引き続き受けたまわっておきます。どうなさりますか?」
(あの子ったら……。彼女に火をつけてしまったのは、この私)
「分かりました。私が出るわ」
「レイラさん、社長がお戻りです。代わりますので、お待ちください」
「もしもし、レイラさんなの? どうしたの?」
「あなたに会いたい」
レイラは絞るように声を出した。
「アルバイトの件ね、分かったわ。オフィスでは話しづらいだろうから、私の家においでなさい。
次の土曜日の夕方ではどうかしら?」
「ハ、ハイ、伺います」
あの夜のことが思い出された。月の青い光に照らされた瞳と濡れた唇そして見事な裸体、彼女を包んだソフィアの柔らかい肌が今でも体の隅々に記憶が残されている。
次第に息が上がり胸の高鳴りが周りに聞こえそうだ。
「レイラさん、今からそんなに上ずっていたらアルバイトの方に身が入らなくなるわ。もう少し冷静にならなくてはいけないわ」
「はい、分かります。でも、あなたを毎日思い続けていて、どうすることが出来ないの」
「そうなの、それほどまでにアルバイトのことを真剣に受け止めていたのね、でもアルバイトは、楽しみながら仕事を覚え責任も強く求められない職業よ。もう少し肩の力を抜いてお仕事を楽しめばいいわよ。いいわね、レイラさん、これから重要な打ち合わせがあるから、この続きは約束した日にしましょう」
「愛しています」
レイラは受話器を置くと下半身へ手を伸ばした。
ショートパンツのファスナーを引き下げショーツの間から手を差し入れるとソフィアのすべてを思い描いた。
愛液に満ち溢れている秘部を指先使って小刻みに愛撫し始めた。
「ア~、ア~」
存在しないソフィアの口に向かって唇を突き出した。
「ソフィア、好き、愛して、アッ、アッ」
指先がクリトリスに当たるたびに、彼女の体は揺れた。
ソフィアは受話器を置くと溜息をついた。
(でも、あの子、熱くなりすぎている……。どうすれば……)
レイラのひたむきな愛情を好ましく思ってはいたが、若さゆえ暴走してしまうことを危惧した。
「タチアナさん。レイラ・キャンベルさんの件、アルバイトが決まったら、あなたに彼女を任せるわ。よろしいかしら」
それを聞いたタチアナは目を輝かせた。
「はい、社長。喜んでお受けいたします」
村のはずれに自動小銃を抱えた二人の兵士が立っていた。
「レゥリャリァ リィリアル異・iどこへ行く?)」
ターバン姿のひとりが疑惑の目で彼らに尋ねた。
「リァル蠀 リッリア リァリウレゥル畏アリェ ル・・谀 リャリァロ谀 ル・蘀 リァリウリェル・ァリッル蜀 ル・谀 リエル畏ッ リィリアリァロ谀 リアル・ェル蘀 リィル蜀 ル・アル・ァル・ッル蜀 リィリアリァロ谀 リッロ鈷ッル蘀.(彼、私の護衛で、司令官に会いに行くところなの)」
「ル・蘀 リィル蜀 リエル・ァ レッル畏エ ル・・谀 レゥル・ッ.リァル蠀!(お前に聞いていない。彼だ!)」
デビッドは引き金に指を入れた。彼女は、それを見て顔を小さく横に振った。
(確かに。今、引き金を引くと、銃声で村人が何人飛び出してくるか想像できない)
デビッドは引き金からゆっくり指を離した。
デビッドは、自分の喉を指で示し手を振った。
「リエル・ァリ谀 リオリッリァロ谀 リョリァリアリャ リァリイ リエル・ァ ル・鈷ウリェリ氈iお前、声がでないのか?)」
不審そうに彼へ近寄った男の一人がサングラスの奥を覗き込んだ。
彼は頷いた。
「ル・アル・ァル・ッル蜀 レゥリャリァリウリェリ湍ァリイ リ「ル・ャリァ レゥル蜀 ル・ァ リィル蜀 リァル蠀 リョリッル・ェ ル・谀 レゥル・・ッリ谀 ル・蘀 ル・谀 リョル畏ァル・蔀 リィル蜀 リエル・ァ リィレッル維雇・i司令官はどこにいるの? 彼に奉仕をしなくてはいけないから、教えてほしい)」
彼女の“奉仕”という言葉を聞いて、もう一人の男が陰湿な笑みを浮かべた。
司令官が彼女に熱を上げているという噂を聞いていたからだ。
彼女の体を舐めるように見た彼はデビッドを問い詰めている男に耳打ちした。
耳打ちされた男は舌打ちしながらも頷いた。
「ルぺィル萀 リァリイ リァロ雇・ゥル蜀 リッリア リョリッル・ェ リエル・ァ ル・アル・ァル・ッル・谀 リィル蜀 ル・蘀!(司令官を奉仕する前に、俺にしろ!)」
男は彼女の胸に銃口を突き付け、家に入るように顎でうながした。
「下劣な男だわ」
そう吐き捨てると彼女は銃口を背中に押し付けられながら家の方に向かった。
彼女は戸口に入る際、デビッドへ視線を向けた。
彼の背後に立つ男にはわからなかったが、彼女の目に不敵な笑みが宿っていたのが見えた。
「キャー!」
二人が家に入ってまもなく、物音と共に彼女の悲鳴が聞こえた。
だが、デビッドには彼女の持つナイフが、あの男の体に深々と突き入れられていることが想像できた。
やがて物音も彼女の声も聞こえなくなった。
振り向くと男がいやらしい笑みを浮かべ家の方に気を取られていた。彼はこの機を逃さなかった。素早い動きで男の右足に足を掛けると男はバランスを失い倒れかけた。その瞬間に右手で顔を掴み思い切り地面に叩き付けた。
「グシャ!」
後頭部を地面に叩き付けられた男は目を見開いて息絶えていた。
「鮮やかな技だわ」
振り返ると血の付いたナイフを持った彼女が立っていた。
「海兵隊隊員ならだれでもできる。
ただ、それを咄嗟に出来るか出来ないかはあるけどね」
デビッドの屈託ない笑顔に、ヴェロニカは彼に別な感情が湧き始めていることに気がついた。
「ところで、これからどうする?」
「この村から急いで出ることは間違いないと思うけど、少尉さん」
「デビッドと呼んでくれ、その前にこの二人を片付けなければならないと思うが、マリーニナさん」
「そう思うわ。でも、すぐに追手が来るはずよ。あなたの居た場所にも死体があるから。……それから私のことをヴェロニカと呼んでいいわ。デビッド」
そうだった、監禁されていた小屋にも死体が転がっている。つい先ほどまで彼が横たわっていた場所だ。
それは彼女が何の前触れもなく、彼の前にもどってきたことだ。
「少尉さん、あれからどう? 少しは良くなったみたいね」
「もう来ないかと思っていた。英語が聞けて心地いいよ。ここにいると曜日の感覚がなくなって、あれから何日過ぎたか、今日は何月何日だか、見当がつかなく困っているよ」
「あなたと会った日から、数えて10日過ぎているわ。捕虜交換の話は進展していないみたいだわ。あなたの言う立派な政府が拒んで、あの幹部と交換するのはリスクが大きいと判断しているようなの」
(兵士は捨て駒なのはわかっている。それを知ったうえで戦ってきた。だが、その事実を他人に言われると腹が立つ)
「それは私も望んではいない。むしろ交換しない方が国民の為だ。あのいまわしい3.11を繰り返さないために」
「見上げたヒーローね。でも死んでしまえば何もできなくなることは御存じよね。ここで横たわったまま、家族に知られないままでいいの?」
前に会った時の彼女とは、比べ物にならないほど、女性らしさを感じた。
苦笑しながらもデビッドは彼女に言った。
「横たわったままとおっしゃいますが、好き好んでそうしているわけでもないのでね」
彼女は彼を一瞥したあと、遠くを見るようにつぶやいた。
「ここに戻るつもりはなかったわ。でも、あなたはとても幸運よ。私も信じられないわ。あなたの御嬢さんと私の妹に感謝するのね」
(レイラと彼女の妹? 二人に感謝? どういう意味だ?)
「ところで、少尉さん、映画は好き?」
不意に話題を変えた。何を考えている?
「映画? ここでは無理な要求だ」
「そうじゃないわ。映画は好きかと聞いているの」
(この少尉さん、本当に士官かしら?)
呆れながらも、根気よく話し続けることにした。
「暇があったら、見る方だ」
「そう、それなら話が早いわね。
スティーブ・マックイーンという俳優は御存じ?」
「ああ、知っている。かなり古い俳優さんだ。私がもう少し若いころモトクロスにハマっていて、その時に偶然にも彼のことを知ったよ。その彼がどうした?」
「知っていてくれてよかったわ。彼は有名な映画の中でバイクに乗って何をしたの?」
「それは、鉄条網を飛び……・」
(脱走? ここから脱走するというのか?)
「二回目で鉄条網に突っ込んだよ」
ウインクして彼女に笑顔で答えた。
「よかったわ、分かってくれて。二人で小舟に乗ってノルウェーでも行きたい気分だわ」
ニヤリとして彼女は微笑んだ。
(やはり、そうか。手助けをしてくれるらしい。……でも、どうやって?)
「私も行きたいよ。でも、乗る手だてがないし、見ての通り砂だらけで、海はない」
「ここからだと、アラビア湾が一番近いと思うわ」
(南部を目指すということか。パキスタンへ逃れようというのか?)
「クスッ」
二人の会話を聞いていた男が笑った。
彼に笑う理由があった。ここからアラビア湾まで700Km近くあったからだ。
「暑いわね。この重装備だと気持ちが悪くなる」
そう言った彼女はヘルメットやバックパック・防弾チョッキを脱ぎ始めた。
「マリーニナさん、ここでストリップを始めても、だれもチップを恵んでくれないよ」
彼女の行動に唖然としながらも、どこかで期待をしていた。いつから女性の裸を見ていないだろう。
「変な目で見ないで。あなたともう少しお話がしたいから重い物を脱いだだけよ」
男は警戒し銃を構えた。
彼女は彼の警戒する様子には安心していた。この小屋に入るときに、この地では手に入らないものばかりを彼に土産として渡しておいたからだ。
「シャツも脱ごうかしら」
男の前で彼女はボタンを外し始めた。
「ゴクリ」
男が唾を飲み込むのが聞こえた。
シャツのボタンを外し終えた彼女は前を広げた。
男の目がみるみる大きく見開き、やがて好色な目になった。
彼女が、にじり寄ると彼は銃を手放し、両手を前に広げ突き出した。
男の早くなる息遣いがデビッドのところまで聞こえてきた。
彼女はこの瞬間を待っていた。
腰に隠しておいたナイフを右手で取り出すと、一気に男の喉に突き刺した。
「ゴボッ、ゴボッ、ゴボッ」
両手で喉を押さえ、声を出そうとしたが、のどと口から血が噴き出て、液体の噴出する音だけが聞こえた。
男は驚きの表情のまま息絶えた。
ナイフを持ったまま、しばらく見下ろしていた彼女はデビッドに振り向くと、笑顔を見せた。
「これで、少しの間は自由ね」
ナイフを持ったまま、彼女は彼に近づいた。
「彼の様には扱わないでほしい」
「変な目でいつまでも見ているとそうするかもしれないわ」
「では、お嬢さん、あられもない姿をどうにかしてほしいのだが……」
言われて、彼女は胸元を見下ろした。血に染まったシャツがはだけ、赤く染まった乳房が突き出していた。
思わず両手で隠した彼女はバックパックに駈け寄ると中からデニム地のシャツを取り出した。
「今着替えるから、見ないで」
彼女はシャツを脱ぐと、それを丸めて胸をぬぐい始めた。胸に付いた血を取っているようだ。
(それにしても冷静に急所を一突きで刺してしまう技は素人ではできない芸当だ。彼女の本当の姿はなんだ?)
「私が着替えている間に、少尉さんは彼の服をはぎ取り、着てほしいのだけど」
「了解した。ただ、ターバンの巻き方が分からない」
(彼女の意図が分かった。私をタリバーン兵に仕立て、二人でここから脱出するつもりらしい)
彼は男から衣服をはぎ取ると身に着けた。
男の汗の匂いと血のりの匂いが混じりあって、思わず苦い物がこみ上げてきた。
「ひどい匂いだ。これを着て小うるさい上官の前に立ってみたい気がする」
「そうね、いい匂いとは言えないわね」
そう言いながら、着替えを終えた彼女は彼の頭にターバンを巻きつけた。
「けっこう、似合っているわね。想像以上だわ。この国の女性にモテそうよ」
彼から離れ、腰に手を当て感心して見ている。
「ただ、その顔のままだと“私はアメリカ人だ”と言っているようなものだから、ターバンの一部を口まで下ろし、目だけ出すようにしてから、サングラスをかけてみて」
「きついな、この匂い」
彼女は呆れた。兵士たるものが匂いで文句を言っている。生か死の選択しか残されていない状況で、このありさま。
「口で息吸えば、済むはずよ」
(おどけたつもりだったが、彼女には通用しなかった)
彼は苦笑しながらもターバンで口を覆い、サングラスをかけた。
(それにしても、監禁された場所での彼女の行動といい、今のやり取りといい、ただのフォトジャーナリストではないことは明白だ。
一体彼女の正体は何者だ?)
何事もなかったように振る舞う彼女を見ていると一抹の不安がよぎった。彼の為に彼らとの絆を断ち切ったことは認めるものの、彼女と行動するべきなのか単独行動をするのか選択に苦慮することになったからだ。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2013/03/16 20:12
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対戦車擲弾ですな。
Roll Playing Gameに非ず、と
で、初登場のヴェロニカ・マリーニナ。
前回登場のタチアナ・マリーニナの姉らしいが、今のところ正体不明、と。
で、妹と連絡を取り合っているらしいが、この行動も意図不明。どうにも、謎の女ですなあ。
マックイーンが、単車で鉄条網に突っ込む映画というと、もちろん『大脱走』。1963年公開のアメリカ映画。上映時間は172分という大作ですね。
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2. マッチロック- 2013/03/16 20:55
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ハーレクインさん
さすがです。
ご指摘通りで何も言うことはありません。
そのまんまです。
ちなみにRPGの正式名称は以下の通りです。
ручной противотанковый гранатомёт
(ルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョート)
「ラ行」を舌を震わすように言えばロシア語っぽく聞こえます。
※ロシア語を1年間勉強し挫折した経験から。
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3. Mikiko- 2013/03/16 22:10
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文中のアラビア語の方は、本物なの?
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4. ハーレクイン- 2013/03/16 22:36
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「リィリウリェル蜀 ル・ァレゥ!(静かにしろ!)」とか、
「ル・蘀 ル・キル・ヲル蘀 ル・ウリェル蔀 レゥル蜀 リエル・ァ ル・谀 リョル畏ァル・鈷ッ リィル蜀 ル・畏エロ鈷ッル蘀 リ「リィ リァリウリェリ氈i水をのませていいか?)」かあ。
これ、最初読んだとき、全部「????????」になってたけどなあ。いつ化けたんだろ。
>マッチロックさん
映画通って、さすがですって……。
わたしくらいの歳の人間で映画を見る野郎なら、たいがい見てますよ『大脱走』。
それくらい有名、ということです。
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5. マッチロック- 2013/03/17 01:59
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Mikikoさん
ご指摘の”アラビア文字”についてですがアフガンでは基本的に”ペルシャ語”を使用しておりますのでアラビア語ではありません。
文中の文字は日本語を翻訳しペルシャ語に置き換えておりますので本物です。ただし「それ読みなさい」と言われると「無理!」と即答します。
ちなみにペルシャ語はアラビア語と同じように右から読みます。
ハーレクインさん
これはまた失礼しました(笑)
私もこの映画が好きで3~4回ほど見ています。その為か文中に登場させたのですが、実場面ではこんな回りくどい言い方をしないはずなので(去年の暮あたりだったかアフガンで捕えられたアメリカ人が特殊部隊に助けられたと小さく記事になっておりました)、書き入れなければよかったと後悔しております。
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6. Mikiko- 2013/03/17 07:52
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最初に「?」になってた件。
わたしの使うエディタが、アラビア語を理解できなかったからです。
投稿後、「?」の部分だけ、ワードからコピペしたわけです。
でも、ほとんど時間を置かずにやったはずなので……。
「?」を見たということは、投稿直後に読まれたってことですね。
> マッチロックさん
なに。
アラビア語とペルシャ語は違うのか?
で、調べてみたところ……。
文字は一緒だけど、文法がぜんぜん違うということらしいです。
↓つまり、日本語と中国語の関係に似てるわけですね。
http://leila.at.webry.info/201111/article_4.html
もちろん、会話は通じないってことだよね。
なるほど。
翻訳文は、↓のようなサイトを使えば出来ますね。
http://translate.google.co.jp/#ja/fa/%E9%9D%99%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%82%8D
精度の方は、わかりませんが。
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7. ハーレクイン- 2013/03/17 16:45
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何時ころやったかなあ。
わたしは、読みながら並行してコメを書いていきます。
いつも通りに『由美美弥』、『東北』、前日分のコメへのレス、と読んで書いて投稿し、さあその次。
『東北』総集編の方は時間がかかるのがわかりきっているんで、先に『フェアリーズ』を読んだんですね。
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8. マッチロック- 2013/03/17 18:32
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ハーレクインさん
私は不器用なので、読んでからコメします。尤も内容が自分には無理すぎる(教養が高過ぎ)の場合は静観していますw
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9. Mikiko- 2013/03/17 19:35
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> ハーレクインさん
はぁ?
まーた、大歩危ですね。
『フェアリーズ』へのHQさんのコメントは、3月16日の20時12分ですぞ。
『東北』のアップは、翌日の3月17日ではありませんか。
『フェアリーズ』に投稿された時点では、『東北』は掲載されてません。
> マッチロックさん
教養ねー。
そんなもん、どこにあるんだ?
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10. マッチロック- 2013/03/17 20:17
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Mikikoさん
「教養ねー。
そんなもん、どこにあるんだ? 」
Mikikos‘Roomのあちらこちらにあるではありませんか・・
教養としてとらえるか、とらえないかは人それぞれの考え方次第って、偉い人が言っておりました・・。
全然関係ないけど、最近「紙兎ロぺ」にハマっております。
シュールな会話で思わず口元が緩みます。
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11. ハーレクイン- 2013/03/17 20:56
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そんなアホな、で投稿時刻を調べてみましたら、対『フェアリーズ』が3月16日(土)20:12。対『東北』が3月17日(日)12:34。
うーむ、間違いねえなあ。
『フェアリーズ』も日曜に掲載された、とばかり思い込んでたんだけどなあ。これが両方とも日曜日の掲載、だとつじつまが合うんだけどなあ。
わからぬ。
しかし大歩危って……わざとか。
せめて小歩危にしてくれ。
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12. Mikiko- 2013/03/17 22:14
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> マッチロックさん
うちの場合、教養というほどの深さはござんせん。
ボウフラの脚が立つほどの浅瀬でござんすが……。
ま、これでみなさんが楽しんでくだされば本望でござんす。
“雑学”って言った方が、合ってるかな。
「紙兎ロぺ」。
さっぱりわかりません。
> ハーレクインさん
時間の前後が混濁しだしたら、重症ですね。
規則正しい生活が大事ですぞ。
新聞配達とか、始めたらいいんじゃないか?
どうせ、ヒマなんだから。
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13. ハーレクイン- 2013/03/17 23:40
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反論の余地は寸毫もないようだな。
こういうのを「弱みを見せる」というのか。
(ちょっと違うぞ)
んじゃ「覆水盆に返らず」か。
(ぜんぜん違うぞ)
んじゃ「福助盆に帰らず」。
(もうええ!)