Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #224
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#224



「旦さん……」

 吸いつけられるように床の間の絵に目を遣る志摩子が、視線はそのまま、相馬禮次郎に声を掛けた。

「なんや」
「この絵ぇ、どなたかモデルはんとか、いやはる(おいでになる)んどすやろか」
「モデル、のう。おる、ゆうたらおる」
「へえぇ、どこの、どなたはんどすやろ」

 志摩子は視線を戻し、手にした徳利を相馬に差し出しながら問い掛けた。
 相馬禮次郎は酒を受け、軽く、唇を湿すほどに口を付け、杯を膳に戻す。改めて志摩子を見遣りながら、逆に問い掛けた。

「小まめ……」
「へえ」
「おまはん、なんでこの絵にモデルがある、思(おも)たんや」
「へえ……なんや、えろう(随分)……生々しい、云いますか……ぞくっときたもんどすさかいに……作り事やない(ではない)んや無いやろか、思いまして……」

 俯く志摩子を改めて見遣り、相馬は言葉を継いだ。

「おまん(お前、あなた)……なかなか鑑賞眼、あるやないか」

 志摩子は、思わず声を大きくした。

「と、とんでもおへん、ただ……」

 相馬禮次郎は改めて杯を取り上げ、一気に干した。空の杯を志摩子に突き出す。
 志摩子はすかさず徳利を傾けた。
 再び杯を干した相馬は、改めてその杯を志摩子に突き出した。
 志摩子は徳利を膳に置き、杯を受け取る。
 膳の徳利を手に、相馬は志摩子の手の杯に酒を注(つ)ぐ。注ぎながら言葉も継ぐ相馬だった。

「おまはん(お前、あなた)『源氏』は読んだか」
「げんじ……源平の合戦、とかの、どすやろか」

 酒で満たされた杯を手にしたまま、志摩子は言葉を返した。
 相馬禮次郎は徳利を膳に戻し、苦笑交じりに返答する。

「せやない(そうではない)。『源氏物語』や。紫式部やがな」

 志摩子は、異国の言葉を聞かされたように絶句した。ややあって杯を干し、相馬に答える。

「ほんな旦さん、そない高尚なもん……うちらみたいなもんが読みますかいな」

 志摩子が返す杯を受け取りながら、相馬禮次郎は教え諭すような口調で言葉を掛けた。

「ほらあ、あかんど(いけないよ)小まめ。芸妓・舞妓は芸が仕事。踊り、舞踊は大事な仕事やろが。
 おまんら(あなた方)はゆうたら(言ってみれば)芸術家、日本文化の担い手やないか。ほれやったら、他(ほか)にもいろんなこと知っとかなあかん。絵、音楽、歴史、文学……みいんな芸の肥やしやないか」

 相馬の言葉は真正面から志摩子を射た。

(せや)
(そらそうや)
(あかん〔いけない〕)
(こらあかん)
(勉強せな〔しなければ〕あかん)
(べんきょ、せな……)
(ほれにしても)
(この旦さんに)
(こない〔このように〕諭されるとはなあ)

「そうどすなあ、旦さん。日本文化、は、たいそ(大層)過ぎますけんど、勉強させてもらいますう。
 ほんで……」

 志摩子は、改めて徳利を差し出しながら問い掛けた。
 相馬禮次郎は即答せず、軽く仰向いて言葉を紡ぎ出した。

「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに……」

 志摩子は、再び異国の言葉を聞いた。

「なんどすやろ、それ……旦さん」

 相馬禮次郎は、今度は即答した。

「今ゆ(言)うた『源氏』の、出だしやがな。がっこ(学校)で習わんかったか」
「堪忍しとくれやすな、旦さん。うちら(私共)小学校もろくに出てまへんよってに……」
「『源氏物語』ゆうのはのう、小まめ」

 言いながら、相馬禮次郎は志摩子に手の杯を突き出した。
 酌をし、そのまま徳利を手に志摩子は相馬を見遣った。

「へえ」
「ゆ(言)うてみたら『好色一代男』の平安版、みたいなもんや」
「こう……しょく……」
「西鶴、井原西鶴の書いた……江戸期の、まあ、女(おんな)遍歴を繰り返す男の一代記や」

 三度(みたび)異国の言葉を聞く志摩子だった。自らの言葉は、無い。

「かなり過激な性描写もある」
「…………」
「作中、主人公が交わった女は三千と数百人に上(のぼ)るそや(そうだ)」
「…………」
「男どうし……男色やな、これの相手は七百数十人」
「…………」
「無論、一生のうちに、ゆうことやが、ほれでもほないな(それでもそのような)ことがでけるんか、と思うがまあ、これはお話やさかいな。なんぼでも話は作れる」
「…………」

 志摩子には、言葉の挟みようが無い。
 耳を傾けるだけの志摩子だったが……こない(このように)よう(よく)喋らはるお方やったやろか、との思いがふと志摩子の脳裏を掠めた。
 志摩子が相馬禮次郎の座敷に出たのは、これまで数度しかない。
 その座敷での相馬は、どちらかというと寡黙であったように志摩子は覚えていた。

「さっき……『源氏』は平安版の『好色一代男』や、ゆ(言)うたが……」

 相馬禮次郎は、言いながら手の杯を干した。

「あ、へえ」

 ようやくひと声返しながら、志摩子は手の徳利を傾け、相馬に酌をする。その両手を徳利ごと膝に戻し、聞き入る志摩子だった。

「言い方が反対やったな。『好色』が江戸版の『源氏』、ゆ(言)うべきかのう」

 志摩子は少し考えこんだが、さすがにこれは理解できた。

「ほな旦さん……『源氏』が先にあって……ほのあとに、えーと……」
「『好色一代男』か」
「あ、へえ、ほの『好色……』が後やあ、てことどすやろか」

 相馬禮次郎は、再び軽く仰のいた。声には出さず笑う。笑いながら志摩子に答える相馬だった。

「ほらほや(それはそうだ)。『源氏』は平安のはじめころ、西暦でゆうと1,000年ころかのう。『好色』は江戸の初めころやから……ざっと七百年くらいの開きがある」

 志摩子は、深く考えもせずに言葉を返した。

「へええ、そうどすかいな、旦さん」

 相馬禮次郎は、軽く志摩子に目を遣りながら言葉を継いだ。

「なんや……なんでこないな(このような)話になったんや」
「旦さん……この絵ぇのモデルはんがどなたや、ゆ(云)うとっから……」

 この絵、と、軽く自らの左手を見遣りながら答える志摩子に、苦笑交じりに答える相馬だった。

「せやった(そうだった)なあ」
「へえ、旦さん」
「ほの……『源氏』やが」
「へえ」
「『好色』、ほどやないけんど、主人公は女遍歴を重ねる」
「へええ」
「なんでそないに、は、まあいろいろあるんやけんど、ほれはええやろ」
「……へえ……」
「ほの、主人公。光源氏(ひかるげんじ)、ゆ(云う)うんやが……」
「ひかる……」
「光り輝くように美しい、ゆうことや。ひかる君(きみ)ともゆう」
「へえ……」

 思わず、目を泳がせる志摩子だった

「ほの、光源氏の女遍歴。ほの、はじめん頃のお相手に『六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)ゆうお方がおらはった(御出でになった)』
「ろくじょう、の…………」
「美しく、気品ある、美貌と知性・教養を兼ね備えた絶世の美女やったそや(そうだ)」
「…………」
「六条京極(きょうごく)に住まわはってたさかい(お住まいになっていた)に、ほの名ぁがあるそや」
「下京(しもぎょう)の……塩釜あたりですなあ」

 今で云う五条河原町、京の繁華街である。

「で、やな」
「へえ」
「なんやかんやあって……光源氏はんの訪(おとな)いが間遠(まどお)んなった」
「間遠に……」
「下世話に言や、振られはった、わけやな」
「はあ、ほれは……」

 余所ながら、架空の話ながら、女の身、志摩子にとっては身に詰まされる話であった。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #223】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #225】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2017/12/05 10:41
    • 上村松園画『焔』
       の話題が(しつこく)続きます。
       ということでまず『源氏』
       更についでの『好色一代男』
       で、源氏と来ますと光源氏。
       さらに絵のモデル、六条の御息所……。
       引っ張りまくっております。
       いや、そんなつもりはないのです。
       この絵『焔』は、今後の志摩子を暗示しているわけです。まあ、少し意味は違うのですが、これまで幾度も触れて来ました「志摩子の恨み」。殺したいほどの、あやめへの恨みの原因が、これから展開されるわけでありまして、そのいわばシンボルとしての『焔』なんですね。
       で、物語はこの後、もう少し酒宴が続いて後、志摩子が一差し舞うことになります。そして……。
       ということでございまして、話はいよいよ佳境。
       次回以降を乞う!ご期待。
                 〔好色半ちく男HQ〕

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/12/05 19:50
    • 六条御息所
       架空の人物ですが、絵のモデルにもなるほどの有名人。
       『源氏物語』では、生霊として大活躍。
       対して、実在の人物で死霊として有名なのが菅原道真。
       以前にも書きましたが、平安時代は、世界的な「中世温暖期」でした。
       すなわち、現在起こってるような異常気象が、頻繁にあった時代。
       ↓この当時の人が、「スーパーセル」などを目撃すれば……。
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%AB&newwindow=1&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwi3kt-gsfLXAhWDlpQKHSDJA28Q_AUICygC&biw=1422&bih=1005
       怨霊の怒りと恐れおののくのは無理もありません。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2017/12/05 21:46
    • 安倍晴明
       を、持ち出すまでも無く、呪いと祟りの時代です、平安期。
       そのベースにあったのは、自然への畏敬の念でしょうか
       
       スーパーセルは知ってますが、ご掲示のサイトさんには(例によって)入れませんでした。
       URLが長いと、たいがいアカン様です。
                   〔祟りじゃあ~犬神の祟りじゃあ~HQ〕

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2017/12/06 07:27
    • 自然現象と理解していれば……
       怨霊など恐れません。
       怨霊の仕業と思ってたからこそ、恐れたわけです。

    • ––––––
      5. Mikiko
    • 2017/12/06 19:49
    • 菅原道真と云えば……
       飛梅伝説が有名です。
      ●東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ
       太宰府に左遷される道真が……。
       京の邸の梅との別れを惜しみ、詠んだ歌です。
       現在、この梅の木は、太宰府天満宮にあります。
       主人の道真を慕うあまり……。
       一夜のうちに、京から太宰府まで飛んで来たという伝説があるのです。
       わたしは、正月飾りに買った梅の鉢植えを、幾鉢も枯らしてしまいました。
       慚愧に堪えません。

    • ––––––
      6. 手羽崎 鶏造
    • 2017/12/06 20:43
    • 大宰府といえば、名物は梅ヶ枝餅。
      粒餡入りの焼き餅です。
      現地で常に行列が出来ているのは、
      一軒だけですが。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2017/12/06 20:52
    • 菅公
       菅原道真。
       廟所は、京都市上京区の北野天満宮。
       あやめと久美が降り立った、嵐山電鉄「北野白梅町」駅の程近くです、と、何でも来いの番宣。
       福岡の太宰府にもあります。こちらは太宰府天満宮。
       まあ、俗に「天神さん」
       受験生の聖地だそうですが、さて。
       うっとこの市にもあります、天神さん。
      鉢植えを枯らすMikiko
       バチあたりめ。
            〔こちふかば~HQ〕

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2017/12/07 07:21
    • 手羽崎鶏造さん&ハーレクインさん
      > 手羽崎鶏造さん
       梅ヶ枝餅。
       初めて知りました。
       焼き餅の中に餡子が入ってるわけですね。
       左遷された道真に、餅売りの老婆が餅を供したのが始まりとか。
       画像を見ると、餅はかなり薄く、餡子がたっぷり入ってるようです。
      > ハーレクインさん
       天神さま。
       新潟県では、『吉田天満宮(燕市)』と『菅原神社(上越市)』だけみたいです。
       これからの受験シーズンは、賑わうんでしょうね。
       梅の鉢は、お正月に咲かせるため、暖かい部屋に入れます。
       正月に咲いた花が散ると、2月には葉が出てしまいます。
       時差呆けならぬ時季呆けで、生理的におかしくなるのかも知れません。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2017/12/07 10:58
    • こ~こはど~この細道じゃ~
       ♪天神さまの細道じゃ~
       ↑こんなの思い出しちゃいました。
       諸星大二郎が天神さまをネタに短編を描いてます。
       結構、怖い。
      >手羽崎 鶏造さん
       梅ヶ枝餅は、うえやまとち作の漫画『クッキングパパ』で知りました。
       わたし、酒を断って以来、甘党に変身。一度食べてみたいものですが……。
        “食べるもんなら何でも来い”のこちらですから、ひょっとして売ってるかもしれません。大阪駅前のデパ地下あたりが狙いめでしょうか。今度探してみます。
          〔あ、通販もあるかなHQ〕

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2017/12/07 19:52
    • 諸星大二郎
       『妖怪ハンター(天の巻)』ですね。
       ↓集英社文庫に入ってました。
      https://books.rakuten.co.jp/rb/3685000/
       買おうかな。

    • ––––––
      11. ハーレクイン
    • 2017/12/07 23:21
    • 稗田礼二郎シリーズ
       ですね。
       朝から探してるんですが、見つかりません。
       蔵書処分事件の犠牲になったか、礼二郎。
       この主人公名は、稗田阿礼からいただいたとか。
       「妖怪ハンター」というサブタイトルは、編集者が付けたもので、諸星はんは嫌がったとか。
                   〔諸星あたるは高橋留美子HQ〕
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