2010.2.27(土)
「いいよ、叔母ちゃん。
イッていいよ」
「やだ……。
まだ、イカない」
宙を藻掻く両脚の爪先では、指先が強く折り畳まれていた。
足裏に、幾本も皺が刻まれている。
懸命に絶頂を耐えているようだ。
叔母の指先が、陰核を離れた。
再び陰核が、由美の視界に現れた。
息づく宝珠のようだった。
陰核と包皮のあわいには、薄白い膣液が溜まっていた。
孵化間近の魚卵を思わせた。
離れた指のうち、人差し指だけが陰核に伸びる。
他の指は、内側に畳まれていた。
指先が、陰核を叩く。
叔母の尻が跳ね上がる。
指先は、小刻みに陰核を叩いた。
指先が陰核に触れる毎に、肛門が小刻みに絞られる。
叔母の頸が、左右に振れだした。
「ダメ……。
やっぱりダメ……。
もうイッちゃう。
イッちゃうよ」
「いいよ。
叔母ちゃん、いいよ。
見てるから。
イッていいよ」
「あぁ……。
出る……。
おしっこ出る。
おしっこが……。
出るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
叔母の指が止まった。
下腹部の薄い肉が、ぷるぷると震えた。
「あぁっ」
声と同時に、尿道口が膨れた。
一瞬、溢れるように膣前庭を満たした尿は、次の刹那、激しい勢いで噴き出した。
水流は、叔母の顔を直撃した。
叔母は大きく口を開け、頸をうねらせながら尿を浴びた。
ケーキの残滓はたちまち洗い流され、つやつやとした顔が現れた。
叔母の左手が、再び陰核を押さえた。
押さえた指が、楕円を描き始めた。
排尿はまだ続いていた。
飛沫の軌跡も、楕円に振れ始めた。
指揮者がタクトを振るような曲線が、宙に躍った。
尿は、叔母の顔を真横に、あるいは斜めによぎった。
水流の鞭を受けるたび、叔母の頬は喜悦に歪んだ。
イッていいよ」
「やだ……。
まだ、イカない」
宙を藻掻く両脚の爪先では、指先が強く折り畳まれていた。
足裏に、幾本も皺が刻まれている。
懸命に絶頂を耐えているようだ。
叔母の指先が、陰核を離れた。
再び陰核が、由美の視界に現れた。
息づく宝珠のようだった。
陰核と包皮のあわいには、薄白い膣液が溜まっていた。
孵化間近の魚卵を思わせた。
離れた指のうち、人差し指だけが陰核に伸びる。
他の指は、内側に畳まれていた。
指先が、陰核を叩く。
叔母の尻が跳ね上がる。
指先は、小刻みに陰核を叩いた。
指先が陰核に触れる毎に、肛門が小刻みに絞られる。
叔母の頸が、左右に振れだした。
「ダメ……。
やっぱりダメ……。
もうイッちゃう。
イッちゃうよ」
「いいよ。
叔母ちゃん、いいよ。
見てるから。
イッていいよ」
「あぁ……。
出る……。
おしっこ出る。
おしっこが……。
出るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
叔母の指が止まった。
下腹部の薄い肉が、ぷるぷると震えた。
「あぁっ」
声と同時に、尿道口が膨れた。
一瞬、溢れるように膣前庭を満たした尿は、次の刹那、激しい勢いで噴き出した。
水流は、叔母の顔を直撃した。
叔母は大きく口を開け、頸をうねらせながら尿を浴びた。
ケーキの残滓はたちまち洗い流され、つやつやとした顔が現れた。
叔母の左手が、再び陰核を押さえた。
押さえた指が、楕円を描き始めた。
排尿はまだ続いていた。
飛沫の軌跡も、楕円に振れ始めた。
指揮者がタクトを振るような曲線が、宙に躍った。
尿は、叔母の顔を真横に、あるいは斜めによぎった。
水流の鞭を受けるたび、叔母の頬は喜悦に歪んだ。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2010/02/27 07:47
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●初蝶や吾が三十の袖袂
昭和17年の作。
波郷は、満29歳ですが……。
当時は、「数え年」で年齢を表すのが一般的でした。
この年の3月、波郷はお見合いをしてます。
6月には、その人と結婚。
縁談が進行してるときの句だと思います。
所帯を構えようとする男性の、初々しい気負いが感じられます。
三好達治が、この句を「可憐」と評したのは有名。
三好達治と云えば、わたしの大好きな詩があります。
みなさんも、現国の教科書で読んだこと、おありなんじゃないでしょうか?
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甃のうへ(いしのうへ)
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々(ひさしひさし)に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ
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この詩は、東大仏文科在籍中に書かれたものだとか。
昔の学生の、教養の高さがうかがわれますね。
●立春の米こぼれをり葛西橋
これは、終戦直後、昭和21年の作。
病を得て戦地から帰ってきた波郷は、33歳になってました。
食糧難の時代ですから……。
つい、橋にこぼれたお米に、目が行ってしまったのでしょうか?
でも不思議と、貧しさや卑しさを感じさせません。
むしろ、清々しい映像が浮かびます。
立春の朝……。
真っ白いお米が、橋の上にこぼれてる風景。
このころの葛西橋は、まだ木橋でした。
茶色の板の上にこぼれたお米。
欄干には、もう雀が集まってたかも知れません。
波郷が通り過ぎた後ろでは、もう競争でお米を啄んでたかも……。
http://blog-imgs-36.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20100221195543461.jpg
戦争が終わって初めての春。
生き残った者だけに巡って来た春です。
そんな人たちにとって……。
新しい日々は、真っ白いお米のようなものだったかも知れませんね。
そういえば、波郷には、有名な雀の句があります。
同じく、昭和21年の作。
●はこべらや焦土のいろの雀ども
前の句と同じころの句。
「はこべら」は、「はこべ」のこと。
http://blog-imgs-36.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20100221195544799.jpg
春の七草です。
雀の羽を、焦土の色と言ってるのですが……。
ネガティブなイメージはありません。
焼け跡に、いっせいに萌えだした「はこべら」……。
それを、一心に啄む雀たち。
可憐でありながら逞しい、小さな生き物たちへの賛歌のようです。
砂町の妙久寺に、句碑があります。
http://blog-imgs-36.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20100221195544f4a.jpg
ついでにもう一つ、雀の句をご紹介します。
ただし、季節は初夏。
●雀らも海かけて飛べ吹流し
波郷の句に出てくる雀は、ほんとに元気です。
この頃は、波郷も元気でした。
昭和18年、波郷、30歳。
5月に長男が生まれてます。
吹き流しは、順風をいっぱいに孕んで泳いでました。
http://blog-imgs-36.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20100221195544aa2.jpg
しかし……。
この年の9月、召集令状が届くことになります。
以上、駆け足でしたが、大好きな石田波郷の句をご紹介しました。
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2. Mikiko- 2010/02/27 10:13
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『Mikikoのひとりごと』に、「鈴木牧之のこと(https://mikikosroom.com/archives/2697998.html)」を、再録しました。
ぜひもう一度、読んでみてくださいね♪
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3. フェムリバ- 2010/02/27 11:19
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感激です!
ありがとうございました♪
あと
由美ちゃんが左利きである事は、ちゃんとメモしときました!
「甃のうへ」・・・
全く覚えが・・・
お恥ずかしいかぎりです・・・(泣)
こんなにも初々しい波郷さんを、「養療俳句の波郷さん」にしてしまった結核(当時の不治の病)、恐ろしいですね・・・
(戦争で、多くの死を見たことも関係してるのかな)
しかし
不治の病に罹っても、なお俳句を続けるなんて凄い方だ・・・
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4. Mikiko- 2010/02/27 12:19
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わたしは、創作ノートのようなものを一切作ってないので……。
記憶だけが頼りなんです。
読者にメモなんか取られたら……。
突っこまれそうで、怖いです。
「甃のうへ」は、載ってない教科書もあったと思うよ。
明るい春の教室で、あの詩を読んだこと、今でも覚えてます。
教科書の上に、陽の光が踊ってました。
波郷。
むしろ、俳句があったからこそ……。
辛い闘病にも耐えられたんじゃないかな?
> みなさん
今日は、ちょっと嬉しい発見がありました。
掲示板をごらんください。











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































