2017.10.26(木)
熊川の宿。
ここ二三日の思わせぶりな雲行きと違って、今日は叩きつけるような夕立になった。
街道筋に三笠屋の大看板を見つけると、片手で傘の前を上げた鷹が後列を振り返る。
仕入口の両脇で春秋花姉妹が見守るなか、数台の荷車が大店の中に入って行った。
やがて春秋花姉妹も中へ姿を消すと、筋向いの物陰からすらりと長身の女が姿を現わす。
女は明るくなり始めた空を見上げた後、近くの木賃宿の暖簾をくぐった。
幸いに求めた二階の部屋から顔を出すと、三笠屋の出入りが手に取るように見降ろせた。
帯刀紫乃は細身の体に震えを感じて、着物の帯を解き始める。
夏の終わりとは言え、蓑を通してぐっしょりと濡れた身体は冷え切っていた。
やがて白くしなやかな身体に手拭いを使い終えると、再び窓から三笠屋に視線を向ける。
“お蝶さんの姿はあの列の中にはなかった。まさかあれからお竜一家で………”
そんな考えが浮かんだ時、紫乃は目を閉じて首を振った。
“いや、きっとあの荷と一緒に違いない”
再び紫乃は三笠屋の門口に目を向ける。
こうなったら京の隠れ家を突き止めるまで、とことん賊に食らいつく覚悟である。
そして役目を終えた伊織が来るのを待つのだ。
“伊織様、どうぞご無事で……”
伊織の美しく凛々しい侍姿が思い浮かぶ。
帯刀紫乃は微かに胸が締め付けられるのを覚えた。
そしてそれは今まで感じたことのない、甘く切ない痛みを伴っていたのである。
「わざわざ若奥様に熊川まで出向いていただき、誠に有難うございます」
珍しく鷹は満面に笑みを浮かべて頭を下げた。
「いえ大旦那様もこれから長くお付き合いいただくお客様と、出店までお迎えするよう仰せつかりました」
「それはそれは……」
それを聞いて、鷹はさらに驚きの顔を傍らの春秋花姉妹にも向ける。
「あの……、この度沙月様は……?」
廻りに期待した顔が見えず、三笠屋の嫁、史はおずおずと鷹に問うた。
「あいにく急ぎの商談がございまして………。なに、片付きましたら早晩京の大店に伺いうことになっております」
「そうですか……」
何気なく言葉の途切れた史に、秋花が意味深な笑みを向ける。
「若奥様には大変可愛がって頂いている由、常々沙月からも聞き及んでおります」
「いえ、そのような……」
戸惑い気味に目を伏せた史に、さらに春花が追い打ちをかける。
「お美しい若奥様に私共もお近づきになりたいものと、本日は楽しみにして参りました」
「そんな………。え、ええ、それは一向にかまいませんが……」
「まあうれしい。ではもしよろしければ、後ほどお部屋に伺っても?」
「これ」
少々眉尻を上げた鷹が春秋花姉妹を睨む。
「わざわざお出迎えいただいてお疲れのところ、あまりご無理を言ってはならぬ」
「はい、申し訳ありません」
春秋花姉妹が恐れ入った様子で、史はようやく顔を上げた。
「今夜は大部屋でご不自由をかけますが、どうぞゆっくりお休みください。京の大店に戻れば、蔵の横に皆様のお住まいも用意させていただいております」
慌てて鷹が言葉を継ぐ。
「何から何まで有難うございます。何卒よろしくお願い致します」
「では今宵はこれで………」
春花秋花は去ってゆく史の背中をじっと見つめた。
「あの若奥様はしっかり手の内に入れとかなくちゃね」
そうつぶやいた秋花の顔を鷹は無表情に見やる。
「そうするつもりだ……?」
返事の代わりに春花は例の悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ありゃあ沙月女に会えると思って、夜具の中で身体を火照らせた顔だよ。だから後でご機嫌伺いに………うふふ……」
勿体を付けた春花の横で秋花が肩をすくめる。
「早い話が、夜這いにお邪魔するのさ」
ため息をついた鷹に春花が片目をつぶる。
「だから鷹、昼間は街道脇であたしたちがさせたけど、今夜はお蝶の小便の世話はお願いね。あっははは……」
鷹は交互に双子を睨むと、無言のまま部屋へと去って行った。
時折夕立の名残が軒先から落ちて、庭先の水たまりの月を揺らしている。
虫の音が夜更けの静寂を際立たせる中、渡り廊下を奥に進むにつれ、気のせいか妙な息遣いが微かに聞こえてくる。
離れの障子は灯りのうつろいも映さず、部屋内は闇に閉ざされているようである。
しかし中ではその薄暗がりの底に何かが蠢いていた。
障子紙がほの白く浮かぶ手前で、左右に肌蹴けられた襦袢から豊かな乳房が剥き出しになる。
「あ……、お願い……おやめ下さい……」
か細い声を出した史の上に、秋花の身体が重なる。
「いいえ、もうやめられません若奥様……。いいお身体をなさって、女のあたしでさえ血が疼きます」
「そんな……」
ふるふると揺れる膨らみの先に秋花の唇がねっとりと吸い付いた。
「う……!」
短いうめきと共に、三笠屋の嫁、史の肉感的な身体がぶるっと震えた。
「うふふ……」
小さな含み笑いを漏らすと、春花は押さえていた手を離してその場に立ち上がる。
“もうすっかり沙月女に女同士の味を仕込まれてるみたいだねえ……”
春花は絡み合う二人を見下ろしながら、ゆっくりと着ているものを脱ぎ捨てた。
「すっかり大人しくなって………。じゃ、秋ちゃん」
入れ替わりに秋花も全裸になると、二人は背徳の泣き声を漏らす若妻の身体に絡み付いていった。
「ぐ……、んくうう!!」
わき腹を甘噛みしていたしていた秋花は、急いで史を背中から抱きしめる。
「ああ、またかい? また往くのかい?」
史の背筋に力が入り始めて、その豊満な裸体が細かく震えだす。
「うふうう!!!」
荒い鼻息で史の陰毛を震わせながら、春花は一層深くその股間に武者ぶり付いていく。
「往くのか……? ほらほら、また往くんだろ!!」
乱暴に右手で史の顎を掴むと、秋花は断末魔の叫びを上げかけた史の唇に己が唇を重ねる。
「んぐうううう…………!!!」
若妻は我を忘れて愉悦の波に体を反り上げた。
二度三度と極みの痙攣に裸体を貫かれながら、深く重ね合った唇から甘い唾液を注がれる。
喉を波打たせてそれを飲み下しながら、史の目じりから熱い涙が伝い落ちた。
もう幾度愉悦の頂に押し上げられたかも覚えていなかった。
全身を赤い雌の喜びが包む度に、どちらと言わず口移しに二人の唾を飲まされたのである。
まるで母親が甘い母乳を赤子の口に含ませるように。
どうしようもなく目から滲み出る涙が、いつの間にか被虐の悲しみから悦楽の喜びに変わり始めていることを、三笠屋の嫁、史自身もまだ気づいていなかった。
ねっとりと吸い重ねていた唇を離すと、秋花は陶然と目を閉じたままの史を淫靡な笑みと共に見つめた。
「気持ちよかったあ? 春ちゃん上手だからねえ……。でもそろそろ、仕上げを御覧じろ」
さかさまに史の下半身に降りていくと、股間から顔を上げた春花と目が合う。
「どっちにする?」
「ふん、火照った顔してあんたも往きたいんだろ? こっちを譲ってあげるよ」
そう言って背中に廻った春花に桃色の舌を見せながら、秋花は史の両足の狭間に顔を伏せる。
「ああ……」
まだ快感の余韻が残るものを舌で抉られて、史は頤を上げて熱い息を吐いた。
「もうそんな声を出して……。若奥様は本当にいやらしい身体をしておいでですねえ」
そんな戯言をつぶやきながら、春花は逆さに重なった二人の身体を押して横向きにする。
背中からさかさまに体を添わせると、史のしりたぼを左右に押し開いた。
「ああ、なにを!」
思わず史が目を見開いた時、春花の舌が菊のつぼみを丸くなぞった。
「いや! そこは汚い! やめ………ああ………!!」
叫びと同時に敏感な強張りを秋花に吸い含まれて、史は裏返った声を出した。
互いの額を押し付け合う様にして、秋花と春花は史の前後を貪る。
「うく………あううううう!!」
史の脂の乗った身体が狂おしくうねった。
前後に熱い舌が這いまわり、頬から口元を秋花の陰毛が撫でまわる。
「もういや………ああ………ああだめ!」
前と後ろから熱いものがうねり込み始めた時、史の裸身ががくがくと戦慄いた。
秋花の腰が器用に動いて、もうしとどに濡れそぼった物が史の口を求めて来る。
「あはあ………いやあ………んんむぐ……」
そしてその言葉と裏腹に、とうとう史は秋花の求めに応えた。
一度秋花の潤みに唇を這わせてしまうと、もう止めることは出来なかった。
滑り出た桃色の舌で、史は溢れる熱い露と共に秋花を舐めた。
「うぐうう……」
秋花も史の潤みでくぐもった呻きを漏らして、さらに激しく史を貪り返す。
春花はお尻から顔を上げると、小指の先を菊のつぼみにあてがった。
「いやらしい……秋ちゃんのあそこを舐めてるのね。本当にいやらしい奥様だこと!」
そう言葉でなぶりながら、一分ずつゆっくりと小指の先を史の後ろに埋めていく。
「んぷ……んぐうう!!」
ぞくぞくとした快感が背中を這い上がり、史の身体が細かく震えた。
「おいどに指を入れられて、気持ちいいのかい!!」
春花のもう一方の手が、音を立てて史の尻を叩いた。
同時に中ほどまで埋め込まれた小指が小さく出し入れされる。
「んぐうううううう!!」
秋花に吸い付きながら、史は獣のような唸り声を上げた。
その時、史の股間から顔を上げた秋花が、身を反り上げて戦慄いた。
久しぶりに無垢な相手との情交で、思いがけず早めの極みが秋花を襲ったのだ。
「あ……く………あ~~~!!」
快感に硬直した裸身が二三度弾んだかと思うと、史の顔に熱い小水が迸った。
すかさず春花は史の潤みにも指を滑り込ませる。
前後を激しく抉られて、耐え切れぬような快感が若妻を襲った。
口で秋花の小水を受け止めながら、史は極みの愉悦に何度もその身体を弾ませたのである。
薄暗い離れの中に、まだ微かに女たちの荒い息遣いが響いている。
「うふふ……」
春花は史に顔を近付けると、小水にまみれた史の顔を舐めまわした。
そのまま唇を重ねると、史の口の中にその唾をたっぷりと流し込む。
史が飲み下すのを待って春花はゆっくりと唇を離した。
「若奥様。これからあたしたちは、もう何があっても一蓮托生ですよ………」
再び二人の唇が深く吸い重なる。
驚いたことに静かに目を閉じた史は、その両手をゆっくりと春花の背中に廻したのである。
丹波の城。
小浜で賊の動きがあったとの報告を受けてから三日が経った。
未だ鶴千代の居場所はおろか、その安否さえ分からぬままである。
この三日間、羅紗は体調を崩したとの理由で、城内の取り仕切りも初音や腰元たちに任せていた。
いくら見やっても仕方がないと承知していても、羅紗はまた欄干から国境の山々を見つめていた。
その時、いそいそと階段を登りくる足音に羅紗は居住まいを正した。
「羅紗様」
珍しく初音が後ろに腰元まで引き連れて座敷手前に控えた。
羅紗は欄干から座敷に入ると上座へと足を進める。
「苦しゅうないこちらへ」
「いえ、羅紗様。少々大事が……」
「何事じゃ。そのまま申してみよ」
控えたままの初音を羅紗は見つめた。
「丹後の潮影から参ったという清国人の娘が謁見を申し出ております」
「何、潮影から?」
羅紗は目を見開いた。
この度の鶴千代の一件でも、小浜と潮影が関係しているのは明白だった。
「言葉も話せる商人のようですが、こちらへは紅や白粉の買い付けに参ったと申しております。潮影で何か変わったことは見なんだかと問いますと、少々怖い目に会うたと……」
「怖い目に………?」
不思議そうな顔をした羅紗に初音は小さくうなづいた。
「どのような事かと問いましたが、怖くて思い出したくないと。品物の話でもして落ち着けば、そのうち話せるかもしれないなどと申しております。私はどうも少し腑に落ちぬところも感じまするが」
「うむ………」
初音の話に羅紗は少し考え込んだ。
だが何となく胡散臭い話も、何か鶴千代の手掛かりが得られるかもしれないという期待の方が上回った。
「とにかく会うてみよう」
「羅紗様………」
心配そうな表情を浮かべた初音に、羅紗は少し表情を和らげた。
「いずれにしろ話をしてみなくては分かるも分からぬも無い。それに下の用人部屋であれば、周りに家臣もおって大事あるまい」
羅紗はそう言って立ち上がると、慌てて後を追う腰元を引き連れて階段へと向かったのである。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2017/10/26 07:54
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熊川宿
以前にも書いたことですが……。
福井県の若狭と京都を結ぶ若狭街道にあります。
福井県三方上中郡若狭町熊川。
地図で見ると、小浜と琵琶湖の真ん中あたりですね。
なんとなく関東の気がしてましたが、これは熊谷との混同のようです。
調べたら、五日市線の駅にも「熊川」がありました(福生市)。
↓熊川宿のホームページです。
http://kumagawa-juku.com/
鯖街道というのは、若狭から京都に至る幾本もの道の総称だとか。
若狭街道も、もちろん、鯖街道の1本です。
↓鯖街道マップです。
http://kumagawa-juku.com/index03a.html
熊川という名称から連想するのは、球磨川です。
でも、どうやら、熊本県の熊(球磨)とは繋がりがないようです。
山々が襞のように折り幾重なる山岳地帯を、古代では「隈(くま)」と呼んでたそうです。
そこを縫うように流れる川が、「隈川→熊川」なのでしょう。
と思ったら……。
どうやら、熊川宿には、熊川という川は流れてないようです。
タイムアップなので、これにて失敬。
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2. ハーレクイン- 2017/10/26 17:30
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つまらないことが気になる
↑わたしの悪い癖。
なんやねん、と言いますと『三笠屋』。
三笠、ときますと三笠焼き。関東で云うどら焼きですね。
奈良は春日の三笠山に形が似ているから(似てるかなあ)関西では三笠焼きと称するとか。
さらに、三笠山ときますと↓これ。
●天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
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3. Mikiko- 2017/10/26 19:50
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三笠と云えば……
戦艦『三笠』。
東郷平八郎連合艦隊司令長官の乗った、大日本帝国海軍の旗艦です。
日露戦争の日本海海戦で、バルチック艦隊を撃破した「東郷ターン」があまりにも有名ですね。
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4. ハーレクイン- 2017/10/26 22:47
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東郷ターン
小学校の担任教師が、黒板に図を描いて解説しました。
↓こんな歌?がはやったそうです(うろ覚え)。
〽にっぽん勝っちゃにっぽん勝っちゃロシヤ負けた
ロシャでも降参すりゃええじゃないか
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5. 手羽崎 鶏造- 2017/10/26 23:38
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三笠、どら焼き。少しカタチ変わりますが
今川焼き、そして御座候。
姫路を発祥とする御座候がやっぱり一番
だと思います。あの薄皮は真似が出来ません。
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6. Mikiko- 2017/10/27 07:27
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ハーレクインさん&手羽崎鶏造さん
> ハーレクインさん
東郷元帥。
イケメンで、お座敷などでも、芸者にえらくもてたとか。
でも身長は、153㎝くらいだったようです。
> 手羽崎鶏造さん
今川焼きは、厚いやつですよね。
あれはいいです。
御座候は、社名なんですね。
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7. ハーレクイン- 2017/10/27 11:52
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小男東郷
総身に知恵がよく回ったでしょう。
ただ、↓こんなのあります。
●小男の総身の知恵も知れたもの
>手羽崎 鶏造さん
今川焼き。
「今川」の由来は諸説あるようですが、こちらでは回転焼きと称します。
「回転」の由来は焼く際に「回転させるから」だとか。
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8. Mikiko- 2017/10/27 21:33
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「今川焼き」の歴史
江戸時代からのようです。
「回転焼き」という名称は……。
回転する焼き器が出来てからのものでしょう。
つまり、「回転焼き」と呼ぶ地域は、発祥地ではないということです。
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9. ハーレクイン- 2017/10/28 02:06
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由緒ある今川焼き
駿河・遠江の今川家が由来、との説もあるとか。
ご先祖が行商で焼いてたんですかね(行商は斎藤道三)。
回転焼き
いや、発祥地を張り合うつもりは無いんですがね。
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10. Mikiko- 2017/10/28 07:51
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斎藤道三
商人からの叩きあげだったんですね。
初めて知りました。
身分制度が確立してなかった時代だから出来たことでしょう。
江戸時代に生まれてたら、行商人として一生を終えたかも知れません。
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11. ハーレクイン- 2017/10/28 11:06
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マムシの道三
と恐れられたそうです。
油売りの技を見た人から「惜しい、この技を武技に生かせば」と言われて一念発起、武士として成り上がったとか。下剋上の代表みたいなお人です。
で、信長・秀吉ものではたいがい敵役なんですね。