2017.8.8(火)
「それは、姫……」
我(われ)が姫への問い掛けじゃが、と言いかけ、笹津由は口を噤んだ。恭子(のりこ)からは、捗々(はかばか)しい答えが返って来ぬであろうことは容易に察せられた。
(ならば……)
暫時、間(ま)を置いたのち、笹津由は言葉を継いだ。口吸いは、何のために為す振る舞いか。それを恭子にどう分らするか……。
「左様……姫、よ」
「あい」
「考えて見られよ」
「…………」
何を、とは問い返さぬ恭子であった。考えよ、の後には何を、の指示あるのが、師としての笹津由の教え方であった。
笹津由はいくらも間を置かず、言葉を継いだ。
「姫が、仮にわたくし以外のものと口吸い為すとして……相手はどうじゃな」
「どう……とは、お師匠様」
「誰とでも為し得るか、いや、為したきか、為したく無きか、ということじゃが」
問われた恭子(のりこ)の脳裡を、普段に顔を合わせ、言葉を交わし、様々な日々の事どもを共にする多くの人々の姿が、次々と駆け抜けた。
(そう)
(そうじゃなあ)
(そう、小菊……)
(山辺)
(琴路)
(玉垣)
…………
(陸)
(百)
(大……は、のう……)
(柏)
(炊〔かし〕きの……お、名は何と云うたか)
…………
(それにしても)
(をみな〔女〕ばかりじゃのう)
(をのこ〔男〕ならば……)
(おもう〔御父〕さま)
(ああ、それは……)
(兵部さま!)
恭子(のりこ)の心の臓が跳ね上がった。
恭子にはそう思えた。
兵部と口吸いを交わす。
その情景をまざまざと思い描いた。
恭子の全身が、一気に熱くなった。
股間が絞られる思いであった。
先程、笹津由との口吸いで口元から漏れ零れた唾(つはき)。
恭子には、股間から唾(つはき)が漏れたかと思われた。
(お)
(おお)
(おおおお)
(濡るる……)
(股、が)
(まさか、ゆまり〔尿〕)
(まさか、あかご〔赤児〕でもあるまいに)
(おお、濡るる……)
恭子は、股間に遣りかけた手を、知らず留めた。両の手は自然に上がり我が胸を、己が乳房を、近頃頓(とみ)に膨らみを増した双の乳房を捉えた。纏った衣服の上からではあるが、恭子の手は、掬い上げるように我が乳房を持ち上げた。軽く曲げた示指の先が乳首に触れる。
「あふ」
絶え入るかのような吐息が、恭子(のりこ)の口を突いて出た。肉の漏らす吐息であった。
「どうじゃな、姫」
恭子の振る舞いには一言も触れず、笹津由は先ほどの問い掛けを重ねた。
「…………」
笹津由は淡々と、更に問い掛けを重ねる。
「どうであるな、姫」
恭子は、己が両の乳房に両手を宛がったまま、譫言(うわごと)の様に返答した
「……どう……とは、お師匠様」
「口吸いである。口吸いを姫は、誰と為したきか、為したく無きか、ということじゃ」
恭子の応(いら)えが少し明瞭になった。
「そう、にござりました」
「で?」
「大方の者とは、為したきに存ずるが……」
「が?」
「いくたり(幾人)かは……」
「為したく無き、と」
「あい」
「ふむ」
笹津由の言葉が途切れる。
恭子(のりこ)の両手が再び動き乳房を弄う。
「姫よ」
「あい」
恭子の手が止まる。
「その、口吸い為したく無き者……何故為したくなきか、お分かりか」
「あい」
「それは」
「だい(大)は……あ」
「名を上ぐるには及ばぬ、聞かなかったことにし置き申そう」
「恐れ入りまする」
「で」
「嘘、や陰口、有るやに見えまする故……」
「ふむ」
それ以上のことは言わず、笹津由はその視線で恭子を促した。
「それと……」
「む」
「おもう〔御父〕さま、あっ」
笹津由はにこやかになった。恭子(のりこ)が父を苦手としているのは先刻承知、という風情であった。
「聞きませんでしたぞ、わたくしは」
恭子は、夢から覚めたという風情で姿勢を正した。
笹津由も口調を変えた。恭子に対する問い掛けを続ける。
「姫よ」
「あい」
「これで、おわかりであるな」
「…………」
「口吸い、為したき相手と為したく無き相手、その違い如何に、と云うことじゃが」
「それは……」
「それは?」
恭子は、口ごもりつつも答えた。
「為したきは……我にとり、好もしき……」
「ふむ……で……」
「為したく、無き……は」
「為したく無きは?」
「それは……」
恭子(のりこ)の言葉は続かない。
笹津由は、敢えて答えを強いた。
「為したく無き相手とは?」
「…………」
「姫が……口吸い為したく無き相手とは?」
「…………」
「どうされた、恭子姫」
「……お許しくだされ、お師匠さま」
恭子は、首を真下に折り、深く俯いた。
「許せとは、答えとうなし、ということかの」
「……あい……」
「師たる我が問いに答えられぬと」
「…………」
「わからぬ、ではないわのう、姫」
「…………」
「わかっていながら答えぬ、師たる我が指示に逆らおうとてか」
笹津由のその声には、微塵の温かみも無かった。
恭子(のりこ)は、俯けていた顔を跳ね上げた。笹津由の顔を正面から見返す。
「そのような! 逆らうなど……毛ほども思うては……」
恭子のその応えには、微かに涙が混じっていた。
これ以上虐めることもあるまい、そう考えたか笹津由は語調を緩めた。
「それは承知しており申す、少し言い過ぎたか、許されよ、姫」
「…………」
恭子の片手が上がり、目元に指を遣る。零れそうな涙を抑えたか。
笹津由は、更に柔らかく声を掛けた。
「のう、姫よ」
「……あい……」
「誰とでも分け隔てなく接する、それは姫の良きところであるが」
「…………」
「相手を傷つけかねぬ言葉は掛けぬ、たとえそれが真のことにありても、これも姫の良きところと云えるやもしれぬが」
「…………」
「じゃが、姫のその、相手の気持ちを忖度する姿勢は、時として相手の為にならぬこともある」
「…………」
「間違(ちご)うておることは間違うておる、そう厳しく対することがつまりは相手の為になる、そういうことも姫には学んでいかねばならぬ」
「……あい……」
「おわかりか、恭子姫」
恭子(のりこ)は床に手を突いた。笹津由に向けて上体を折り、深々と頭を下げた。叩頭である。
「よう……わかり申しました、有難うござりまする」
笹津由はにこやかに、普段の様子に戻り声を掛けた。
「姫、顔を上げられよ」
「あい」
「少々、意地悪き物言いしてしもうたが、これも姫が御為を思うての事、許されよ」
「とんでもなき事に御座ります、お師匠さま」
恭子と笹津由は、にこやかに笑みを交わした。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2017/08/08 11:41
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笹津由の教え方
笹津由センセの性教育講座が続きます。
講義のテーマその1は『口吸い』。
生徒に考えさせる、というのは教え方の基本その1でしょう。具体的には「誰としたいんや、考えてみい」。
口吸い自体は前回実行済み。つまり実践から入って座学に移るという授業の流れのようです、笹津由センセ。
で、恭子は周りの人間を思い浮かべ(をみな〔女〕ばかりじゃのう)。まあ、これは当然でしょう。恭子は仮にも皇女。やたらな男が身辺におるわけもありません
それにしましてもこの性教育講座。
何時まで、何処まで続くのでしょうか。
『アイリス』平安京編。気長にお付き合いお願い申しあげます。
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2. Mikiko- 2017/08/08 19:48
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平安時代が……
↓温暖だったということについては、こちらのグラフを何度も掲げました。
http://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/5/35b1163d.jpg
このグラフは海面温度ですが、気温はもっと違ってたそうです。
平安時代は、平均気温が、今より3度も高かったとか。
このころ、都が転々と移されたのは……。
ゲリラ豪雨による洪水や、悪病の流行が原因みたいです。
菅原道真など、怨霊の祟りがまともに恐れられたのは……。
こうした天変地異が、頻繁にあったということでしょう。
↓平安京で発達した『寝殿造り』についての、Wikiの記述です(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9D%E6%AE%BF%E9%80%A0)。
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広い開放的な柱だけの空間を扉や蔀といった開放可能な建具で外周を覆い、内部は移動可能なパネルやカーテン類で仕切って実際の生活空間を作る。
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寒かったら、ぜったいにこんな造りには出来ないはずです。
京都の夏は、死ぬほど暑かったんだと思いますよ。
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3. ハーレクイン- 2017/08/08 23:51
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道真の呪い
ときますと↓これ。
●東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ
まあ、あまり祟りは無さそうですが……。
寝殿造り
冬はともかく、夏は実に快適そうです。
こんな暮らしをしていますと、ヒトの性格も穏やかになるんじゃないかなあ。
エッチ生活もおおらかに、開放的だったりして。
昼間っからやってたりして。
>京都の夏は、死ぬほど暑かった
それは今も変わりません。
冬は逆に恐ろしく寒いですが、これも昔っからじゃないかなあ。『枕草子』なんか読みますと、えらく寒がってるようです。
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4. Mikiko- 2017/08/09 07:25
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道真台風
今より3度も気温が高かったら、猛烈な台風が度々襲ってきたでしょう。
怨霊のせいと恐れるのもムリはありません。
こちら、昨夜は大して風も吹かなかったようです。
雨だけは、明け方までしとしと降ってましたが、今はあがってます。
警報は、すべて解除されました。
今日は、関東など、ものすごい暑さになりそうです。
40度近いみたいです。
新潟は、29度の予報。
寝殿造りの夏。
風が通れば気持ちいいでしょうが……。
盆地の京都で、そんな風が吹きますかね?
ひょっとしたら、家来が交代で、大団扇を煽いでたのでは?
温暖化すると、冬も暖かくなりそうですが……。
そうじゃないみたいです。
寒暖の差が激しくなるのだとか。
夏は暑く、冬は寒くなるんですね。
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5. ハーレクイン- 2017/08/09 10:44
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家来が大団扇
なんか、大陸中国の宮中みたいです。
楊貴妃とか。
うっとこも、風のある時とない時では全く違います。家自体が風の通り道にあるようで、風のある時は寒いくらいですが、ないときはクーラー頼りです。
「ある時、ない時」なんか聞いたなあ、と思えば『551の蓬莱』のテレビCMでした。まあ、関西ローカルネタですが。
夏暑く冬寒い
京都の気候を一言でいうと↑こうです。
まあ、そんなことを言えば全国どこでもそうでしょうけど。
腹立つことに、夏はあまり風がなく、冬に吹くんですよ。あまり経験はありませんが(なんのこっちゃ)。
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6. Mikiko- 2017/08/09 19:40
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暑さ寒さも胃癌まで
↑確か、筒井康隆のネタでした。
今年の7月、帯広市で、3日連続真夏日というのがありました。
帯広市の最低気温の記録は、-38.2度。
年間の寒暖差、70度ですね。
野生の動植物が、よく生息できるものです。
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7. ハーレクイン- 2017/08/09 22:33
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いい湯だな♪
45℃以上の熱環境で生育する細菌、菌類、藻類がいまして、好熱菌などと称します。
特に80℃以上に生育するものは超好熱菌と云い、温泉や、海底火山の熱水噴出孔などに生息します。
何をまあ好き好んで、と思いますが、こんな環境には競争相手や天敵が少ないでしょうからねえ。まあ、それこそカラスの勝手、です。
中には122℃に耐え、しかも増殖するるやつもいて、オートクレーブ(高温・高圧の滅菌装置)による滅菌処理を施しても死なないとか。
いろんなやつがいるものです。
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8. Mikiko- 2017/08/10 07:29
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そういう菌は……
冷たいところでも生きられるんですか?
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9. ハーレクイン- 2017/08/10 08:24
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超好熱菌は冷凍庫の夢を見るか?
↑P.K.ディックの傑作SF『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のパロ。
これを原作とする映画がハリソン・フォード主演の『ブレードランナー』。こちらも傑作です。
いいなあ、SFって。
よくは知りませんが、好熱菌は体の仕組み、特に代謝系が高熱仕様に特化しているでしょうから、冷所での生育は無理かもしれません。万能生物はいないということでしょうか。
いるとすればエイリアンくらい?
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10. Mikiko- 2017/08/10 19:43
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帯広の冬
哺乳類や両生類、爬虫類などは、冬眠して冬を越すわけでしょう。
虫も、いろんな形態で、土の中で命を繋ぎます。
菌も、土の中で耐えるんでしょうね。
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11. ハーレクイン- 2017/08/10 22:37
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帯広の冬
なんじゃい唐突に、と思えば少し前のコメで話題に出ていましたな。
かんけーありませんが、美川憲一『釧路の夜』なんてのがあります。
耐える菌
耐える、と言ってもねえ。もひとつイメージが沸きません。
菌は……暑いや寒いなどという思考は持っていないんじゃないかな。
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12. 手羽崎 鶏造- 2017/08/11 10:09
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「釧路の夜♪」、釧路は三度ぐらい
訪ねたことがあります。
「冷たい釧路川」(歌詞)の流域が
かの釧路湿原です。
幣舞橋から見る夕陽が有名です。
「ぬさまい」と読むそうです。
冬の釧路の空は、鉛色だそうですが、
夏は、それは爽やかな場所です。
ぜひ、お訪ねください。
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13. ハーレクイン- 2017/08/11 12:02
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>手羽崎 鶏造さん
爽やか釧路
ですか。
わたしには、遥かなり釧路、というところです。
まあ、飛行機に乗ればすぐでしょうけど、鉄道ですとねえ。
しかし、それもまたよし、です。
釧路の少し先に厚岸(あっけし)ってところがあります。ここに移住?する計画があったんですが、果たせませんでした。
結局、北海道で行ったことあるのは札幌だけ。面白くもなんともありません。スキーをやっただけで帰ってきました。
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14. Mikiko- 2017/08/11 19:25
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釧路は……
夏の間だけ、マンスリーマンションなどに滞在する人が増えてるようです。
↓目的は、避暑のためです。
http://www.city.kushiro.lg.jp/machi/ijyuu/taizai/0001.html
もちろん、リタイアした人たちでしょうね。
夏場は海霧に覆われることが多く、30度になるのは10年に1度だそうです。
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15. ハーレクイン- 2017/08/11 22:54
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釧路の夏
秘書、いや、避暑ねえ。
避暑ときますと軽井沢が定番でしたが、近頃はそうでもないということでしょうか。何やかや言っても、夏の北海道は涼しいんでしょうね。
ひしょ。
そういえば「秘所」なんてのもありました。『秘所秘所攻撃』というタイトルのAVを見たことあります。まだVHSの時代でした。