2017.7.25(火)
「をのこ(男)とは……笹津由」
笹津由は無言。眼(まなこ)のみで恭子(のりこ)に先を促した。
「をみな(女)の役目が卵を成するにあるならば」
「…………」
「をのこ(男)の役割とは……」
「…………」
暫時、恭子は口を閉じた。幾らの間も置かず言葉を継ぐ。
笹津由は一言も挟まない。
「子は、をのこ(男)とをみな(女)にて成すもの」
「…………」
「ならば、をのこ(男)の役割とは……」
恭子の言葉は堂々巡りの様を呈してきた。
これは……と考えたか、笹津由が口を開いた。
「早やお忘れか、姫」
「…………」
「先ほど、既にお教えし申しましたぞ」
「…………」
「さても迂闊なる恭子姫」
瞬時、恭子(のりこ)は口を引き結んだ。二度、三度、目を虚空に泳がせたのち、結んだ口はたわいもなく開いた。
「……何にありましたか、お師匠様」
笹津由の面貌は微妙に歪んだ。
日がな一日、転げまわるように遊び過ごし、わからぬことは手近の誰にでもあれ、即座に問いかける。幼い頃と何一つ変わらぬ恭子は、笹津由にとってはこの上なくかわゆくもあり、時に些か歯痒くも思える存在であった。
「姫よ」
「あい」
「周りの者の申し上ぐる事、お教え差し上ぐる事どもはよくお聞きになり、しっかりと我が物になさらねばなりませぬぞ」
「……あい」
「みな、姫の御ためを思うて申しおる事なれば」
「……あい……」
恭子の声は次第にか細くなっていく。
「無論、わたくしの申すことも同じに御座る」
「……あ、い……」
恭子(のりこ)の声は更に小さく、聞き取れるか取れぬか。
まさに蚊の鳴くが如き、と考えたか、笹津由の声は逆に大きくなった。
「よろしきか! 恭子姫」
「あい!」
負けじと声を張り上げる恭子を見詰め、笹津由はその首を軽く左右に振った。が、重ねての言葉は出さず、口を噤む笹津由であった。
ややあって、笹津由は恭子に呼び掛けた。
「姫よ……」
「あい」
「先ほどの話じゃが」
「…………」
「まず念のために申し上ぐるが……話と申すは、をのこ(男)とをみな(女)にて如何に子を成すか、にありましたぞ」
「子を……あい!」
恭子(のりこ)は、我が胸前で手を大きく一つ打つ。満面に湛える笑みには何の屈託も無かった。
笹津由は、その恭子の様に目を遣るが窘(たしな)めることは無く、言葉を継いだ。
「子を成すためには……」
「あい」
「をのこ(男)の成す精の液」
「…………」
「しかして、をみな(女)の作る卵」
恭子は、真正面から笹津由の顔を見詰めた。笹津由が継ごうとする次の言葉を引き取る恭子だった。
「それらを、合わするに御座りまするな」
「さよう」
軽く首肯し、笹津由は短く応じた。
恭子は、軽く笑むだけだった。
笹津由は居住まいを正した。
(ここからが本題……)
そのような笹津由の言葉を聞いたかのように、恭子も居住まいを正す。
向かい合い、見詰め合う二人の様子は大きく異なっていた。
恭子(のりこ)は、その歳相応に簡素ではあるが、皇女(ひめみこ)の格式を整えた普段用の装い。
対する笹津由は、昼の日中に有り得べからぬ……一糸すら纏(まと)わぬ全裸であった。
見栄えは大きく異なる二人であったが、その姿勢は恰(あたか)も生き写し。座法は胡坐、凛と背筋を伸ばし相手を見詰めるその姿は、互いに鏡に映したかに見えた。
皇女(ひめみこ)恭子と女官笹津由。
恭子が生を受けて後の十数年。絡み合い、縺(もつ)れ合う様に生きてきた二人は今、互いの中に互いを見ているのであろうか。
恭子も笹津由も、しばらく言葉を出さなかった。
静寂の室内に、時折、兵部の微かな寝息が漏れ、流れ渡って行く……。
沈黙を破ったのは笹津由だった。
「さて……姫よ」
「あい」
「精の液と……卵」
「それらを合わするが子を成すこと、に御座りまするな」
「さよう」
「ならば笹津由、如何にして……」
「両者を合わするか、に御座りまするが、その前に姫」
「あい」
「子は……何処に出来るものにありまするや」
「それは無論、をみな(女)が腹の中」
「さように御座りまするなあ」
恭子(のりこ)は気付いた。そのままを口に出す。
「……笹津由……」
「何か」
「子の元になるものの一つ、卵は……」
「む」
「卵は、をみな(女)の体が作る、にありましたなあ」
「さよう」
「しかして、子が生ずるもやはりをみな(女)が腹の内……」
「…………」
「ならば笹津由、卵は……」
「おう」
「卵は、一歩たりとも動かぬものにあるまいか。をみな(女)が腹に生じ、をみな(女)が腹にて精の液に出会い、をみな(女)が腹の内にありしまま子に変ずる……」
笹津由は膝立ちに姿勢を変えた。一膝、前に進める。両腕を上げ、前に伸ばす。左右の掌を恭子の左右の側頭部に宛がう……。
女官笹津由。恭子の垂乳根の母は、愛しい皇女(ひめみこ)の頭部を優しく、限りなく優しく包み込んだ。
「よう……見られた」
「ささ……」
「よう、見られたのう、姫」
暫時、恭子(のりこ)は両目を伏せた。恭子にとり優しき母でありながら、厳父でもあり、厳しき師でもある笹津由。笹津由にここまで褒められた覚えは全く無い恭子であった。恭子の思いは天にも昇る、は些か大仰であったろうか。その思いのまま、恭子は伏せた両目を上げた。眼前に、これも初めて見(まみ)ゆる笹津由の温顔があった。いや、慈顔、か。恭子の視界が軽く歪んだ。笹津由の慈顔が霞む。軽く溢れた泪の為す業であった。
恭子の唇に、柔らかく乾いたものが触れた。見開く恭子の視界一杯に、笹津由の伏せた瞼があった。恭子の両瞼も自然に閉じた。
(これは……)
(これは笹津由が……)
(今、我が唇に触れるもの)
(笹津由が唇)
(われらは今……)
(口吸い、成しておるのか……)
(なんと……)
(なんと心地よき……)
口と口を合わする。
それは口吸い。
互いに愛しむ者どうしの行う……
(ささ……)
恭子(のりこ)は、乾いた己の両の唇に、新たに触れるものを感じた。
それは、笹津由の唇と同様に柔らかかった。
そしてそれは、笹津由の唇とは異なり湿っていた。
湿り気を帯びた柔らかいものは、恭子の両唇を端から端まで丹念に触れて行った。右から左へ。左から右へ。右から左へ……。柔らかく湿ったものは、動くにつれて湿り気を増していった。濡れていった。濡れ濡れと、やわやわと、右から左へ、左から右へ、右から……。
濡れた柔らかいものの動くにつれ、乾いていた笹津由の唇が湿ってきた。乾いていた恭子の唇も湿ってきた。恭子と笹津由、合わせて四つの唇は、柔らかいものと同様、濡れ濡れと触れ合うようになった。濡れた四つの唇は、触れ合ったまま動いた。能楽師の動きのように、ゆるゆると、すべすべと、時に激しく、時に静かに、時にすれ違い、時に同じ向きに動き、止まり、止まり、動き……。動くにつれ、四つの唇はとっぷりと濡れそぼった。
濡れた柔らかいものは笹津由の舌。濡れた笹津由の舌肉は、四つの唇の狭間を自在に動いた。擦った、舐めた、舐め回した。
恭子の両唇が自然に開いた。訪う客に応えるように、笹津由の濡れた肉を迎え入れた。
笹津由の蠢く濡れた肉塊は、ぬるりと恭子の口内に侵入した。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2017/07/25 09:58
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女官笹津由の性教育講座
受講生はただ一人、皇女恭子。
いずれ斎王に選定される、なぞはこっから先も考えていないねんねの小娘。無論未だ処女。
このねんねがいずれ、野宮神社という神の結界の内で一発やらかそうという、淫乱斎王に変貌するわけですが、その淵源がこの「笹津由センセの性教育講座」にあったとは、まさに神のみぞ知る……。
しかもこの講座、座学ばかりか実践演習も含まれるようです。
宮中禁裏の奥深く。繰り広げられるねとねとぐちょぐちょ、絢爛豪華な性の饗宴。
次回以降の展開に乞う!ご期待。
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2. Mikiko- 2017/07/25 19:43
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笹津由
どうも、聞いたことがあるというか、引っかかる名前だったのですが……。
ようやく、思い出しました。
以前、『大江戸捜査網』を調査したとき……。
登場人物にあった名前でした。
内藤勘解由(かげゆ)。
隠密支配の旗本です。
演じたのは、中村竹弥。
歌舞伎出身の売れない俳優だったそうですが……。
この『大江戸捜査網』が当たり役になったとか。
律令制下に、勘解由使(かげゆし)という役職があったそうです。
勘解由というのは、越前守みたいな名乗りなんですかね?
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3. ハーレクイン- 2017/07/26 00:53
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笹津由異聞
内藤勘解由も中村竹弥も知りませんし『大江戸捜査網』も見たことありません。
勘解由。大層えらそげな名前と云いますか、名乗りと云いますか……調査開始。まず、
広辞苑
●か‐げゆ【勘解由】
勘解由使の略。
●かげゆ‐し【勘解由使】
平安初期以降、国司などの交替の時、後任者から前任者に交付する文書(解由)を審査した職。令外(りょうげ)の官の一つ。
「後」任者から「前」任者に交付、ねえ。
“確かに引き継ぎましたで”という“確認状”。これをさらに審査する、という役職ですかね。
なんか、不要不急と云いますか、あっても無くてもいいと云いますか……。
ちなみに、Goo辞書によりますと「平安末期には有名無実と化した」そうです。そらそやろ。
ちなみに、●りょうげ‐の‐かん「令外の官」
律令制下、令に規定された以外の官。
主なものは内大臣、参議、中納言、勘解由使(これだな)、検非違使……
結局「勘解由」は……、
官吏の一、のようです(それだけかーい)。
ということは「名乗り」じゃないですね。一応、れっきとした官職。
むろん、江戸期にはそんな官職は無くなってたわけですから、時代劇の人物に名乗らせるのは、カラスの勝手ですね。
それにしても笹津由→勘解由。
共通点って「由」だけじゃーん。あとは、漢字三文字。
笹津由は……
わたしには珍しく、まさに「ふっと頭に浮かんだ」名前です。
当初はただの「話に出てくる」だけの、いわば点景人物。登場させる気は全く無かったのです。まさか、ここまでしゃしゃり出てこようとは。
まったく、登場人物なんて、油断も隙もありません。
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4. Mikiko- 2017/07/26 07:23
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珍しく……
調べましたね。
しかし、越前守(えちぜんのかみ)の“守”、上野介(こうずけのすけ)の“介”も、律令制の国司の官位です。
これらは、江戸時代、いくつかの制約がありましたが、ほぼ勝手に名乗れました。
勘解由も名乗りだったと思いますよ。
笹津由は、良い名前だと思います。
笹露としなかったところがニクいところです。
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5. ハーレクイン- 2017/07/26 11:36
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名乗り
無論、官職名として有効なのは平安期だけです。
江戸期で名乗るのは勝手次第です(そう書いたつもりですが)。
名乗りと云えば、↓こんなのありました。
〽やあやあー
遠からん者は音にも聞け
近くば寄って目にも見よ
我こそは……
笹津由はいい名前
わたしもそう思います(おい)。忘れちゃいましたが、思いついたときはまず、字面が頭に浮かんだと思います。
ただ、相方?が恭子(のりこ)だからなあ。つり合いが取れないと云いますか……。
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6. Mikiko- 2017/07/26 19:48
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そう書いたつもり
とーてー、そうは読めません。
↓こない書いたあります。
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結局「勘解由」は……、
官吏の一、のようです(それだけかーい)。
ということは「名乗り」じゃないですね。一応、れっきとした官職。
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7. ハーレクイン- 2017/07/26 21:39
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よく嫁
引用しはった部分は、平安期での話です。
もう少し後に↓こない書きました。
……………………
むろん、江戸期にはそんな官職は無くなってたわけですから、時代劇の人物に名乗らせるのは、カラスの勝手ですね。
……………………
で、再度まとめますと……、
●平安期では、実在する官職名だから、勝手に名乗ると犯罪。
●それ以降は、官職自体がなくなったわけだから「勘解由」は一般名詞。よって誰が勘解由を名乗ろうが勝手。お構いなし。
ということですね(と、書いたのだぞ)。











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