2017.6.3(土)
3月某日、テレビ夕陽企画部では新年度放送予定の番組として“日本の幽霊妖怪大全集”の制作が決定した。
現地取材には都市伝説に詳しいフリーのルポライターの車井原俊介が選ばれた。
初回のテーマとしては“山姥”“河童”“雪女”が候補に挙がったが、最終的には取材の行ないやすさなどからその決定は俊介に委ねられた。
今回は現地で騒ぎにならないよう大挙して押しかけることなく俊介一人で赴くこととなった。
元々一人旅が好きな俊介としては、大勢で行くよりもむしろ一人の方がありがたかった。
彼はすでに32歳になっていたが、拘束されることを極端に嫌い天涯孤独を好むところから、企業など組織に属することは避け自由業を選び、親戚や友人から縁談を薦められても結婚は頑なに拒んだ。
しかし決して女嫌いと言うわけではなくむしろ人一倍女好きと言えた。身長こそ175センチと平凡であったが鼻筋の通った端正なマスクを持ち、話術に長け、女性には滅法手が早く恋人の不在歴はほとんど無いほどであったが、現在は珍しく“空室状態”であった。それでも、彼は常々“いなければいないで構わない”と考える性質で、現れなければ無理に探さないところが彼流であった。
そんな男であったため“山姥”“河童”“雪女”の3択の答えは火を見るよりも明らかであった。例えそれが“妖怪”であっても同様で、色気のないものより色気のあるものを好んだ。よって俊介はためらうことなく“雪女”取材を選択した。
「ふふふ……できることならば一度会ってみたいものだ……」
俊介は不敵な笑みを浮かべた。
小泉八雲の小説『雪女』をはじめ、昔から日本各地の積雪地帯で多く語り伝えられている雪の夜の怪物。
山形、新潟、長野、和歌山……至る所に雪女の伝説が残っているが話の内容はそれぞれ異なっている。
その中で最も古くから伝わっているのが、室町時代末期の連歌師宗祇法師による『宗祇諸国物語』で、法師が越後国(現在の新潟県)に滞在していたときに雪女を見たと記述があることから、室町時代には既に伝承があったとされている。
俊介は新潟へ行くことにした。一応10日間滞在の予定だ。
取材は週明けからでも良かったが、逸る気持ちもあって俊介は早速現地に赴いた。
東京駅から上越新幹線あさひに乗り浦佐駅で在来線に乗換え小千谷へと向かった。
早朝に立ち、昼前には小千谷に到着した。
タクシーに乗込みあるひなびた温泉へと向かった。
周りには残雪と言うよりも、まだ冬の盛りを思わせるような積雪があった。
日本海側の自然の厳しさを目の当たりに見る思いがした。
(こちらでは春はまだ遠いんだなぁ……)
タクシーは目的の温泉地で俊介を降ろして直ぐに走り去った。
温泉地といっても、かなり年季の入った料理旅館が1軒あるだけであった。
俊介はのれんをくぐった。
「こんにちは。東京から来た車井原です」
(………)
返事が無い。
「こんにちは! ごめんください」
奥の方から女将らしき中年の女性が現れた。
「ああ、すみません、気が付きませんで。よくぞお越しくださいました。さぞかしお疲れでございましょう。私はこの旅館の女将でございます。ささ、どうぞ、お上がりくださいませ」
女将は丁寧に挨拶をした後、俊介を2階の和室に案内した。
外観はかなり古ぼけた印象があったが、建物内は見違えるほどよく手入れを施されていた。
16畳ほどの和室に入った俊介は、早速、掘りごたつで暖を取った。
「お疲れでございましょう。東京からお越しになられたのですね?」
「ええ、そうです。事前に電話でお伝えしましたように、テレビ番組の取材で参りました。よろしくお願いします。色々と教えてくださいね」
「はい、何なりとお聞きください。私の知っていることは全部お話させていただきますので。その前にお茶でも飲んで温まってくださいね」
そう言いながら女将は急須で静かに注いだ。
茶托に乗った茶碗が俊介の前に出され、俊介は茶碗の蓋を開けた。
「いただきます」
「どうぞ」
俊介は蓋を傾けて裏のしずくを切った後静かに茶托の右に置き、ゆっくりと茶を味わった。
茶を飲みながら女将とたわいない話を交わした後、俊介はおもむろに質問を始めた。
「ではこちらに残っている雪女伝説を教えていただけませんか。大雑把でも構いませんので」
「はい、承知いたしました。越後の小千谷地方にはこんな昔話が残っているんです」
「はい……」
「ある夜、軒のつららを切り落とした男のところに美しい女が訪ねてきて、泊めてやったのが話の始まりです。男はその女の透き通るような色の白さ、美しさに一目惚れしてしまいました。女もその男が気に入ったようで自ら望んで男の嫁になりました。女はまめまめしく働くし良くできた嫁でしたが、何故か昼間出掛けることは好まなかったそうです。ある寒い夜、嫁が嫌がるにもかかわらず、男は無理やり風呂に入れたそうです。すると姿が消えてしまい、細いつららのかけらだけが浮いていたという話が残っています」
俊介は女将の話を得意の速記で素早くレポート用紙に書きとめた。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2017/06/03 08:56
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9周年特別企画
今年のお正月、【夜道】のご寄稿をいただいたShyrockさんから、9周年のお祝いとして、再び作品のご提供がありました。
作者のShyrockさんは、『愛と官能の美学(http://shy8.x.fc2.com/)』の運営者さんです。
わたしは、『官能テキスト掲示板(http://pic-b.com/254599/)』を、毎回、投稿告知に利用させていただいております。
今回いただいた【亜理紗 雪むすめ(伝説官能ホラー作品)】は、長編作品です。
新潟県小千谷市が舞台とあって、わたしもわくわくしております。
これからしばらく、隔週の土曜日に掲載させていただきます。
お楽しみください。
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2. 座敷わらしHQ- 2017/06/03 11:22
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お久しぶりですShyrockさん
いやあ、今回は一転、妖怪ものですか。
ちょっと前に書いたとこなんですが、わたしSFとホラーが大好物です。実に楽しみ、わくわくしちゃいます。
お題「亜理紗」とありますから、他の娘も登場するんでしょうねえ。
で、今回の出だしに山姥、河童とありますから、そちらも書かれるんでしょうねえ。なんか、大長編になりそうな予感がします。
ありゃ。
管理人さんのコメに「隔週連載」とあります。これは残念。
でも、贅沢は言えません。
ぜいたくは敵だ、欲しがりません勝つまでは(何を言っておる)。
ところでお尋ねしたいんですが、主人公の「車井原俊介」氏ですが、よみは、えーと“くるまいはら”? “しゃいはら”?
あとは思いつきませんが、由緒ある苗字なんでしょうか。
俊介は「しゅんすけ」でしょうけど、どうしても阪神タイガースの「俊介」。藤川俊介外野手を考えちゃいます。
どうも、つい余計な一言を書いちゃうのがわたしの悪い癖。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
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3. Mikiko- 2017/06/03 14:20
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隔週連載は……
わたしの引き伸ばし作戦です。
『八十八十郎劇場』がお休みの週の土曜日が投稿日。
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4. 楽屋事情ハーレクイン- 2017/06/03 19:01
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あ、なるほど
八十郎さんのと交互掲載ということですか。
言われてみれば、で納得です。
今週はどっちだっけ、と健忘症気味のわたしですからなると思いますが、まあ、出されたものを素直に食べる。これが客の作法です(ホントに大丈夫か、おっさん)。
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5. Shyrock- 2017/06/03 19:01
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Mikikoさん、こんばんは。
改めましてサイト9周年おめでとうございます。
長く運営できるのはご本人の熱意もさることながら、多くの読者の皆様のご支持があればこそだと思います。
今後の更なるご活躍を祈念いたします。
この度は拙作のご掲載、誠にありがとうございます。
Mikikoさんの地元に因んだものと考え、舞台が新潟の本作品をチョイスさせていただきました。
ご掲載ご苦労をおかけしますがどうぞよろしくお願いいたします。
座敷わらしHQさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
ホラーが大好きとのこと、お気に召していただければ嬉しいのですが。
ヒロインの亜理紗ちゃんは、実は実在の女の子でして幣サイトの常連さんなんです。
>で、今回の出だしに山姥、河童とありますから、そちらも書かれるんでしょうねえ。
いいえ、登場しません。登場するのは舞台が新潟と言うこともあって「雪女」のみです。
今後恐らく書かないと思います。
>主人公の「車井原俊介」氏ですが、よみは、えーと“くるまいはら”? “しゃいはら”?
すみません。ふりがなが要りますね。「しゃいはら しゅんすけ」です。
>どうしても阪神タイガースの「俊介」。藤川俊介外野手を考えちゃいます。
「俊介」と言う名前は、以前から私の小説における主役的存在(男性の)としてよく使用する名前なんです。
もちろんタイガースの俊介さんが入団される以前から使用している名前であり、ご本人とは全く無関係です。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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6. Mikiko- 2017/06/04 08:04
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お祝い、ありがとうございます
素敵な作品をご提供いただき、感謝に堪えません。
読者とともに、楽しみたいと思います。
阪神の藤川って、ピッチャーでしょ。
別の人ですか?
広島のセカンドが俊介じゃないかと思ったら……。
涼介でした。
惜しい。
主人公の車井原俊介から連想するのは、俳優の中村俊介です。
浅見光彦役もやりましたよね。
フリーのルポライターというイメージが重なります。
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7. くわいだんHQ- 2017/06/04 10:58
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>Shyrockさん
実在亜理紗ちゃん
へええ、Shyさん(略すんじゃねえよ)とこの常連さん。
それはそれは。
で、ホンマの女の子?
登場しない
山姥&河童。
あれま、それは残念。
河童はともかく、山姥は新潟にも出没するそうです(小説ですが)。書いていただければ嬉しいです。
ということで「しゃいはらしゅんすけ」さん。じゃなくてShyrockさん。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
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8. Shy- 2017/06/06 08:04
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Mikikoさんへ
おはようございます。
詳細は知りませんが、阪神タイガースには藤川選手って二人います。
うち一人が投手の藤川さん(名前は知りません)、もう一人が野手の藤川俊介さんです。
広島のセカンドは菊池涼介さんですね。上地雄輔さんに似たイケメンです。
中村俊介さんもかなりのイケメンですね。
そう言えばサッカーにも同じ名前で有名ない人がいますね。元全日本の。
漢字は少し違って中村俊輔さんだったように思います。
くわいだんHQさんへ
おはようございます。
ホンマの女の子?っってご質問はおかまってことですか?(爆)
いえいえ正真正銘の女性ですよ。たまにコーヒーを飲む友人です。
>山姥は新潟にも出没するそうです(小説ですが)。書いていただければ嬉しいです。
私の専門は官能小説なので、官能は程遠い山姥を書くのはおそらく無理だと思います。
いい返事をして書かないのは失礼だと思いますので、先にお断りをしておきますm(_ _)m
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9. 越後の山姥HQ- 2017/06/06 11:39
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Shyrockさん
わたしが読んだ「山姥」は元芸者。と云いますか宿場女郎でした。で、何やかんやあって、大揉めに揉めて人を菖蒲、いや殺めて山中に逃げ込み、洞窟に隠れ棲んで山姥と化す……てなことでした。
おどろおどろしく、哀しく、そしてエロい山姥でしたが。
♪三味と踊りは習いもするが~
習わなくても女は泣ける……
(笹みどり『下町育ち』)
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10. Mikiko- 2017/06/06 19:48
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巡りの輔
“輔”が流行ったのは、松坂大輔の影響かと思って調べてみたら……。
松坂大輔の母親は、甲子園のアイドル投手だった荒木大輔の大ファンだったそうです。
荒木投手の活躍により、当時“大輔”は、新生児の人気名前ランキングの1位になったとか。
もちろん、松坂大輔を見て、子供に同じ名前を付けた親も多いのでしょうね。
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11. Shyrock- 2017/06/12 18:37
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Mikikoさんへ>
名前にも流行ってあるようですね。
また「すけ」一つとっても「介」「助」「輔」「丞」「亮」など沢山ありますね。
Mikikoさんが一つ好きな男性名と女性名を挙げるならどんなお名前ですか?あ、でも支障があるようならスルーしてくださいね。
越後の山姥HQさんへ>
妖怪のことがお詳しそうですね。またいろいろと面白いお話聞かせてくださいね。
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12. Mikiko- 2017/06/12 19:50
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好きな名前
浅見光彦のように、“彦”が付くのがいいですね。
といっても、彦十郎とか、前に付くのはダメです。
和彦とかですね。
女性名では、あまり思い入れのある名前はないです。
なお、男女を問わず、キラキラネームは嫌いです。