Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #191
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#191



「立ち去れと……仰せか」

 兵部、北の兵部卿宮(ひょうぶのきょうのみや)は、ようやく声を絞り出した。
 それに応じる斎王恭子(のりこ)の声は変わらずに凍て切っていた。

「左様申したはずじゃが」
「出て……行けと。斯(か)く、忍んで参った我に、出てゆけと仰せになるか!」
「左様に申しておる」

 畳み掛ける恭子の声は氷の刃であった。

「かような夜更け、かような僻地に供も無く、提灯の灯り一つを頼りに、二里余りの道のりを徒歩(かち)にて辿(たど)り着いたのでござるぞ」

 恭子は、寸刻も置かずに切り返した。その両の眉は微動だにしない。

「兵部殿。それはそなたが勝手に成したることにて、私(わたくし)の与(あずか)り知らぬ所。私(わたくし)から来て下され、会いに来て下され、と願(ねご)うたに非ず。さようではないか、兵部殿」
「!……」

 兵部(ひょうぶ)は再び絶句した。
 先ほどの沈黙は感極まってであった。久方ぶりに見る恭子(のりこ)の顔(かんばせ)。久方ぶりに見たそのなよやかな姿態。そしてその姿態が奔放に示した狂乱の痴態。その顔も、姿態も、そしてその痴態も、かつてはすべて兵部の手の内にあった。恭子が斎王に卜定されるそれまでは、恭子のすべては我がものであった。
 兵部と恭子は、互いの体の隅々まで、裏の裏まで、いや身の内の腸(はらわた)まで晒し合い、触れ合い、貪り合った仲であった。
 それが今は……今は恭子は兵部の手を離れ、神のものであった。
 兵部の着る狩衣(かりぎぬ)。その下半身は裾を絞った狩袴(かりばかま)である。その狩袴の中、股間の中心では兵部の男根が固く大きく屹立していた。猛り狂うような兵部の肉の茎は、天を目指して狩袴を突き破らんばかりになっていたが、無論ゆったりとした袴は、その屹立をやんわりと受け流す。兵部の股間の外観は、何ら変わるところの無いように見えた。

(あれほど睦〔むつみ〕あった二人ではないか)
(生涯を共に、と)
(誓い合った仲ではなかったか)
(心変わりされたか)
(いや、既に人ではなくなられたか)
(このお方は)
(もはや人に非ずして……まこと、神の使いとなられたか)
(先ほどは、もはやひめみこ〔皇女〕に非ずと、御自〔おんみずか〕ら仰せに……)

 沈黙の中、そのようなことを考える兵部であった。
 今の兵部の沈黙は、千々に乱れる思いが齎(もたら)すものであった。

(いや、しかし)
(先ほどの)
(淫らというも愚かなあの痴態、お戯れの様は)
(あれぞまさしく、恭子〔のりこ〕内親王の所業)
(我が愛しき女性〔にょしょう〕の成される所)
(到底、神の眷属とは……見えぬ)

 兵部は、ようやく言葉を絞り出した。

「せめて。せめて今一目、との思いで成したる所業。何卒わが想い、お汲み取り下され」
「未練なことよのう、兵部卿(ひょうぶのきょう)殿」

 斎王恭子は、またも一刀の下に兵部を切り捨てた。が、その声音には、先ほどの氷の冷たさはもはや無かった。
 恭子の声音の変化を敏感に感じ取ったか、こちらも凍り付かせていた身を僅かに動かした。一膝、いや、半膝を前に進める。
 恭子はそれに気付いたか気付かなかったか、先ほどのように制止することは無かった。

「未練と仰せか、斎王様」
「さよう。明日には伊勢に旅発つこの身。どのように足掻(あが)いたとて、今更どうなるものでもあるまい」
「もはや、このみやこ(京)には戻られぬのか」
「斎王が代替わりは、時のすめらみこと(皇尊)の代替わりに伴って、と決まっておる。斎王の任期などあって無きが如し。運良くば任を解かれ、みやこ(京)に戻ることもあろうが……。三十数年の長きに渡って斎王であられたお方が、いや、身罷るまで伊勢で務めを果たされた斎王も、かつてはおられたそうじゃ」
「………」

 三度(みたび)絶句する兵部(ひょうぶ)であった。その沈黙の中、更に膝を進める兵部であった。その動きは変わらずゆっくりとしたものであったが、もはや遠慮や躊躇いは無かった。
 恭子(のりこ)も、先ほどのように咎め、制止することは無かった。ゆったりと兵部に声を掛ける恭子であった。

「のう、兵部殿」
「………」
「楽しかったのう」

 思いもかけぬ恭子の言葉に、兵部は顔を上げた。恭子を見詰めるその視線は、真っ直ぐに恭子の瞳に向かっていたが、恭子は逸らすように顔を背け、あらぬ方を見遣った。

「ほんに楽しかった」
「………」
「楽しくはあったが……今にして思わば、果たしてあれはうつつ(現)の事であったのか」
「………」
「あれは……二人して見た白日の夢、泡沫(うたかた)と消えゆく幻の出来事だったように思えるのじゃが……のう、兵部殿」

 じわりと膝を進めながら、兵部は声を発した。その声は恭子を咎めるような、詰問するような色合いを帯びていた。

「我らがこれまでの事……泡沫(うたかた)と仰せか。斎王恭子様」
「左様……ひょっとして我が身もうたかた、其処許(そこもと)もうたかた。この世自体、泡沫のごとき物かもしれませぬのう」
「左様な事!」

 兵部(ひょうぶ)の声が少し大きくなった。いや、恭子(のりこ)にはそう聞こえるほど、兵部が恭子に近づいたのだ。

「声が高い、兵部どの。誰ぞが聞き付けるやもしれませぬぞ」

 兵部は意識して声を潜めたが、その語調は激しく、強いものであった。

「なんの斎王恭子様。御身はうつつ(現)、我がこの身もうつつ。しかして、我らがこれまでの日々が泡沫であろうはずなど、断じてあり得ませぬぞ」

 兵部の両手が、腿の上に置いて組んだ恭子の両手を、包み込むように捉えた。兵部の掌と、恭子の手の甲が、互いの存在を確かめるようにその温度を交わし合った。
 兵部はゆっくりと膝行しながら二人の間の隔たりを徐々に詰め、今ようやく手の届くところまで恭子に辿り着いたのだ。
 動くな、近寄るなと兵部を制止した恭子だが、先ほどからそれを忘れたように兵部の接近を許していた。いや、黙認していた。
 恭子の手は、逃げることも抗うこともしなかった。長い長い道のりを踏破し、ようやく辿り着いてくれた愛しい人。その人に全身を委ねるように、恭子の両手は、包み込む兵部の、円く合わせた両手の中に寛ぐと見えた。
 実際、手を取られた瞬間に漏らした恭子の軽い吐息は、安堵のそれ以外の何物でもなかった。

「斎王さま……」
「兵部、どの」
「は」
「斯(か)く成りては、もはや私(わたくし)は斎王に非ず」
「は、では……」
「以前のように、呼んで下さらぬか」
「おおっ」
「呼んで、くりゃれ」
「姫様……」
「もっと、呼んで……」
「ひめ、さま……」
「おお、兵部、さま……」
「のりひめさまっ」
「愛しや、ひょうぶさまっ」

 兵部(ひょうぶ)は、恭子(のりこ)の両手を包んでいた我が手を外した。両腕を大きく広げ、恭子の上体をその両腕ごと、包み込むように掻き抱いた。
 恭子は、かろうじて自由に動く肘から先を持ち上げ、その両掌を兵部の背に当てた。力の能う限り、離してなるか、と兵部を抱き寄せる。
 二人は共に膝立ちになり、互いの両腕で互いの上体を引き寄せる。斎王恭子と、北の兵部卿宮。二年(ふたとせ)ぶりに巡り合った二人は、仄暗い野宮神社の一室で、ほんのわずかの隙も恐れるように、固く抱き合った。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #190】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #192】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. 線香花火ハーレクイン
    • 2017/04/18 11:04
    • とざいとうざい(東西)~
       ようやく幕開きでございます。
       演目は無論……斎王恭子とその想い人、北の兵部卿宮“愛しの兵部さま”とのエッチ、まぐはひ(目合い)でございます。
       斎王は神の使い。その寝所に夜這いを掛けるとは、大胆極まる兵部の卿ですがどうもこの二人、以前から関係のあった関係のようです(日本語、変)。
       しかしそうなりますと、恭子は既に経験者、非処女ということになります。以前に書いたと思うのですが(秀男語りの中でしたか)斎王は処女、生娘、未通女(おぼこ)であるというのが絶対条件。これはある意味「神への捧げもの」である斎王としては当然のことでしょう。
       このあたり、洋の東西・時代を問わず同じことですね。いわば“神の処女権”というところでしょうか。
       がまあ、そのあたりは百も承知であろう恭子&兵部コンビ。
       「何をいまさら」てなところで別れの一発、最後の一発、名残りの一発、未練の一発(あーしつこい)に及ぼうとしております。
       これは凄まじい「まぐはひ」になるのでは(実は、書きながら勃ってきました作者のイチモツ;ホンマかーい)。
       それはともかく、次回から本格的に始まります、嵯峨野野宮神社、神の結界内での「神をも恐れぬ」超弩級のエロシーン(そないにぶち上げて大丈夫か、北朝鮮のミサイルみたくならなきゃええがのう)。
       まあしかし、次回予告って大概こんなものでしょう。どうぞご期待ください。
                           作者軽薄、いや敬白

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/04/18 19:51
    • 非処女は隠せても……
       妊娠はそうはいきません。
       過去にいなかったんですかね?
       腹ぼての斎王。
       斎王は別にして……。
       平安時代は、夜這いのようなことも半ば公然と行われてたんでしょうかね。
       避妊はどうしてたんでしょう。
       しなかったんでしょうか。

    • ––––––
      3. 夜這い公卿HQ
    • 2017/04/18 22:28
    • 姦通斎王は……
       いましたが、妊娠斎王はいないようです。
       まあ、さすがにひた隠しにしたのかもしれませんが。
       退任後、独身を貫いた斎王が多いのですが、天皇に嫁ぎ、娘を設けた斎王がいました。
       で、この娘も斎王に選定。つまり母娘二代で斎王を勤めたそうです、へええーですね。
       で、で、この娘が伊勢に赴くとき、母親も同行したそうです。つまり母親の方は二度、伊勢勤めをしたことになりますが、さすがにこの時、まわりは止めたそうです。しかし元斎王にして母親のこの女性、頑として聞かずに娘斎王に同行したとか(何やら過保護という感も)。
       母親はともかく、娘の方は心強かったことでしょう。半ば家族旅行気分だったりして。
       この母娘。斎王群行の途上、↓歌を詠んでいます。
      母 ●世にふればまたも越えけり鈴鹿山むかしの今になるにやあるらむ
      娘 ●鈴鹿山しづのをだまきもろともに ふるにはまさることなかりけり
       両歌中『鈴鹿山』とあるのは、斎王群行途次の鈴鹿越えの事ですね。
      夜這い
       といいますか『妻問い婚』というのがあったそうですね。夫妻が同居せず、やりたいときは夫が妻の居宅を訪問して一発……。
       日常の揉め事などが起こりにくいので、夫婦関係は長続きしやすかったんじゃないでしょうか。ただ、婚姻届けなどがある時代じゃないですから、飽きた夫の足が遠のけば「はいそれまでよ」だったでしょう。
      避妊法
       まず考えられるのは『外出し』ですが、これは男次第。あてにはなりません。
       事の後、女性が自ら掻き出した、なんて聞いたことあります。道具は藁を束ねた、みたいな……。

    • ––––––
      4. 手羽崎 鶏造
    • 2017/04/19 00:32
    • たしかに、現(うつつ)のことであったのに、「白日の夢」「泡沫(うたかた)」のことにしておきましょう、と一方的に言下されたような体験が最近ありまして、すごく身につまされております。
      HQさまのお話は、HappyEndになりますように。

    • ––––––
      5. 中原中也ハーレクイン
    • 2017/04/19 04:39
    •  ↑おいおい
      手羽崎 鶏造さん
      >一方的に言下されたような体験
       なにやら、すごく羨ましく思えますが、ご当人にはそれどころではないんでしょうね。
      Happy End
       なんせ登場人物が多いですから、Happyのも、そうでない奴もおるはずです。
       Happyになるにしてもそこはお話。その前にひと悶着と云いますか、試練を乗り越えんとアカンわけですが、これはまあ「お約束」ですね。
       とりあえず斎王恭子は……何もかも放り出し、兵部と手に手を取っての逃避行、なんてやらかす手もありますが、そんなことやっておっては話が進みません。
       物語全体から見れば、恭子は所詮点景人物。おとなしく伊勢に行ってもらう予定です。つまり兵部とは「はいサイナラ」ですね。
       まあ、落ち着いて考えれば、これも一つのHappy Endじゃないでしょうか。「名残の一発」はやった(今からですが)わけだし。少なくとも“生活の心配”なんてないわけだし。
       心置なく“行かれよ”と年増婦(としま)の低い声もする
       兵部は兵部で、斎王恭子なんぞそれこそ「白日の夢」。
       またいい娘(年増?)を探しゃいい訳だし……。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2017/04/19 07:32
    • 鈴鹿峠
       足腰の難儀さは、たいしたことはないそうです。
       箱根峠の方が、はるかに大変だとか。
       それでも、鈴鹿峠が難所と云われたのは……。
       ひとえに、山賊のせいでした。
       警護の付いた皇女の行列が襲われ……。
       身ぐるみを剥がれたこともあるそうです。
       襲われた斎王も、いたんじゃないですかね?
       鈴鹿峠に限らず、東海道では山賊の被害が多く……。
       旅人は、町人でも脇差しを許されたそうです。
       なので、弥次さん、喜多さんも脇差しを差しているのだとか。

    • ––––––
      7. 牛車で越せる鈴鹿HQ
    • 2017/04/19 11:17
    • 襲われ斎王
       あ、いけねえ。書きたくなってきたぞ。
       斎王を拉致した山賊、やりまくります。で、飽きたら絞殺し、鈴鹿の山中深く、人に知られぬ巨大な一本桜の根方に埋める。
       斎王は次々やってくるので、獲物に不自由はしない。で、数え切れないほどの死体の埋まった桜は、年ごとにいよいよ華やかに満開の花を咲かせる。
       斎王不在が続く伊勢。業を煮やした都から討伐隊が派遣される。
       かの山賊、山奥に逃げ込み、一本桜の元に隠れ潜む。ふと花に見入る山賊。と、なんと! 一つ一つの花がすべて絞殺した斎王の顔に!
       風が吹く、花が散る。無数の斎王桜に巻かれ、煽られ、埋め尽くされ、息絶える山賊……(それじゃ安吾と梶井と諸星大二郎のパクリだよ)。
       鈴鹿の山中には、磨いた鏡のような岩壁があるそうです。名付けて鏡岩(ホンマです、けど、まんまのネーミングだなあ)。
       鈴鹿の山賊は、斎王群行がこの鏡岩に映るのを確認し、それを合図に襲い掛かったとか。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2017/04/19 19:41
    • 最近の日本で失われたもの
       静寂の中で咲くサクラ。
       名所は、どこもかしこも人だらけ。
       庭に植えますかね。

    • ––––––
      9. 桜守りハーレクイン
    • 2017/04/19 21:23
    • ♪庭の桜も~
       ♪鳥の音も~
       ご近所の方が「花見させてくれ」と押しかけてきて、人だらけになるのでは。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2017/04/20 07:18
    • もちろん……
       入場料を取ります。
       1人、600円(税込)。
       中学生未満は、半額。
       トイレ使用料は、1回100円(税込)。
       うんこは禁止。
       ゴミは持ち帰ること。

    • ––––––
      11. 桜守り2ハーレクイン
    • 2017/04/20 08:20
    • 600円
       えらく半端な金額ですが、何か根拠があるんですかね。
       トイレは、屋内のちゃんとしたやつかな。それとも、桜の根方だったりして。

    • ––––––
      12. Mikiko
    • 2017/04/20 19:42
    • 500円にすると……
       中学生以下の半額が250円になって、お釣りが面倒になるので、600円にしたのです。

    • ––––––
      13. 一万円で釣りくれHQ
    • 2017/04/20 21:59
    • お釣り問題
       なるほど、さすが経理。
       納得です。

    • ––––––
      14. Mikiko
    • 2017/04/21 07:25
    • 一万円
       うちは水洗につき、お釣りは出ません。
       ご厚志として、そのまま頂戴します。

    • ––––––
      15. 金持ち喧嘩せずHQ
    • 2017/04/21 14:03
    • >そのまま頂戴
       こちらの桜、きれいさっぱり、潔く散り終えました。
       近くのの田んぼが妙なことを始めました。ど真ん中で仕切るように生け垣を造ってます。生垣の中央には、門扉のようなものが……。何事でしょうか。考えられるのは、田んぼをやめて畑にする、ですがさて……。
       楽しみが一つ増えました。

    • ––––––
      16. 物忘れハーレクイン
    • 2017/04/21 14:12
    • 前コメ
       初めの↓1行が欠落してますな。
       よきにはからえ、ご祝儀じゃ。
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