2017.1.29(日)
その夜、僕は床に着いてもなかなか寝つけなかった。
彼女が草むらでもがく姿が脳裏をかすめた。
眠ったあとも彼女が夢に現れた。
夢の中の彼女は呆然と立ち尽くし悲しそうな顔をして僕を見つめていた。
(どうして私を助けてくれなかったの?)
(すまない。僕は非力だし飛び出す勇気がなかったんだ。君は僕が潜んでいたことを知っていたの?)
(知っていたわ)
(たとえ助けられなくても、大声を出せたはずだわ)
(・・・・・・)
(でもあ、あなたは何もしてくれなかった。そればかりか自分の欲望を満たすことしかしなかった・・・)
(・・・・・・)
夢の中の彼女は恨めしそうな表情をして僕を咎めた。
(あなたが助けてくれていたら・・・私は・・・・・・)
それだけつぶやいたあと、彼女は暗闇の中へと消えていった。
その時、僕は夢から覚めた。
彼女が夢の中で最後につぶやいた一言が、起きたあとも、胸に烙印を押されたかのように余韻として残っていた。
その朝、僕はいつものように登校した。
登校途中、夢の最後の一言が頭によみがえった。
彼女はあのあと僕に何を告げたかったのだろうか。
(あなたが助けてくれていたら・・・私は・・・・・・)
急に妙な胸騒ぎが起こった。
教室には授業が始まるまでの間、何組かのグループかに分かれて駄弁っていた。
気に止めることはない。いつものことだ。
僕は輪に入ることもなく自身の座席に腰をかけた。
その時、一番近くでひそひそ話していた女子グループから、気になる名前が聴こえてきた。
霧島明日香・・・
僕はつい会話に耳を傾けた。
「可哀相にねえ」
「よほど辛かったのねえ」
端々しか聞こえず、話の要旨がつかめなかったことから、僕は思わず女子グループの会話の輪の中へ飛び込んでしまった。
「あのぅ・・・霧島さんがどうしたの?」
「あぁ、能島君、おはよう。能島君ってC組の霧島さんのこと知ってるの?」
「うん、少しばかり」
「実はね、霧島さん、昨夜遅く自殺したのよ」
「ええっ!! 霧島さんが自殺したって!?」
僕は脳天をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「何でも強姦されたことから悲しみにくれて、学校に戻ってきて屋上から飛び降りたんだって」
「な、な、なんだって!?」
「野島君どうしたの? もしかして霧島さんと付き合ってたの?」
僕は言葉を失ってしまっていた。
(僕のせいだ・・・僕があの時助けてあげなかったからこんなことになってしまったんだ・・・くぅっ・・・・・・)
あの時僕が飛び出していたら・・・
あの時僕が大声をあげていたら・・・
もう一度僕をあの時間あの場所に戻してくれ・・・
現場には数束の花束が手向けられていた。
僕は手を合わせ黙祷を捧げた。
(霧島明日香さん・・・許してください・・・僕に勇気がなかったばかりに・・・)
泣いても泣いても涙は尽きることがなかった。
日が沈む頃、僕は学校を出た。
例の公園に差し掛かった頃、ふと前方を見るとセーラー服の女の子が歩いていた。
彼女は振り返ることもなく、まっすぐ歩いて行く。
僕は彼女の後ろ姿を見つめながら着いて行く。
遠くから見るうしろ姿、歩くたびに揺れるお下げ髪、霧島明日香にとてもよく似ている。
(まさか・・・)
僕が階段を登りきった頃、突然、バサッと言う大きな音がして、女の子が視界から消えてしまった。その直後、引き攣ったような女性の声が漏れ聞こえてきた。
僕は道端に落ちていた石ころを握りしめ、声が聞こえてくる方へ一目散に駆けていた。
コメント一覧
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1. 国語講師ハーレクイン- 2017/01/29 11:51
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噬臍
「ぜいせい」と読むそうです。読み下しは「ほぞをかむ」。
意味は「後悔すること」
「後悔先に立たず」。事が終わったあとで後悔しても役に立たない、という意味ですが“後に立たず”やろ~、という議論があるようです。
やり直しの出来る人生。
結構なことです。
明日香ちゃんには可哀想ですが……死んで花実が咲くものか。
それにしても『噬臍』なる語、知りませんでした。
勉強になるなあ、Mikiko’s Room。
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2. Mikiko- 2017/01/29 12:59
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ほぞをかむ
なるほど、熟語でしたか。
“噬臍”で、“ほぞ”だとばかり思ってました。
SF小説だと、場面がエンドレスに繰り返されたりするんですよね。
あそこで終われるから、短編に出来るんですね。
わたしなら、絶対に続きを書いてしまいます。
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3. 長編作家?HQ- 2017/01/29 14:46
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>絶対に続きを……
なあるほどねえ。
当然わたしも書くでしょう、続き。
リターンマッチ?を書かずしてなんとする、というところです。それも、微妙に過程・結末を変えながら2度・3度……。
まさにSFですね。
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4. Shy- 2017/01/29 15:10
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Mikikoさん、掲載ありがとうございました。
そしてMikikoさん、ハーレクインさん、貴重なご感想ありがとうございました。
根性なしなので短編どうかご容赦を(汗)
「続き」はMikikoさんとハーレクインさんにお願いしようかな?(笑)
今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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5. Mikiko- 2017/01/29 18:41
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ハーレクインさん&Shyさん
> ハーレクインさん
お互い、真摯に短編から学びましょう。
それほど執筆意欲がおありなら……。
『アイリスの匣』、どんどん書いて、どんどん送ってください。
> Shyさん
ご寄稿、ありがとうございました。
なるほど。
続きを勝手に書かせていただくという趣向も面白いですね。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
またのご寄稿、お待ちしております。
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6. 根性無し郎HQ- 2017/01/29 20:38
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Shyさん&Mikikoさん
>Shyさん
まことに失礼を申し上げました。
Shyさんはともかく、わたしは掛け値なしの根性なし。
投稿は判で押したように毎週1回、次回分だけなんですね。
で、体調を悪化させたりしますとたちまち休載。困ったものです。
そのくせ、次回作の企画を考えたりしています。で、下手に膨らませたりせず、Shyさんに習って短編にしようかな、などとも考えております。
その前に、現在連載中の分を完結させるのが先決ですが……。
またお近いうちに、ぜひご投稿ください。楽しみにしています。
>Mikikoさん
>どんどん
で思い出すのが、菅原文太主演の東映映画『ダイナマイトどんどん』。
やくざの組同士の抗争の決着を、野球大会で付けようというドタバタ喜劇です。面白いよ。
『アイリス』は、現在の嵯峨野の場が最後のヤマ。
これさえ越えれば完結は近い。伊豆の山中に戻れるわけですが、さあ、いつのことになるでしょうか。
頑張りますが、楽しく書かせていただきます。どんどん。