Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #178
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#178



 嵯峨野竹林の道の只中にある野宮(ののみや)神社。このこじんまりとした神社の境内にも、人影はなかった。まるで、ここまで辿ってきた竹林の道の続きそのままのような、ひっそりとした佇(たたず)まいの神社であった。
 鳥居を潜った志摩子は、正面にある小さな建物に向き合った。拝殿である。そのすぐ前には賽銭箱。上から二本の太い綱が垂れ下がっている。拝礼の前に鈴を鳴らす、そのための綱であった。
 賽銭箱の前に佇む志摩子に、秀男が肩を並べた。綱を両手で掴み前後左右に揺らす。頭上の鈴が境内の静寂を破って大きく鳴った。
 その音に促されるように、志摩子はもう一本の綱に縋るように手を伸べた。秀男の仕草をそっくり真似て、志摩子も鈴を鳴らした。
 鈴の音を聞きながら、道代は懐のがま口を引き出した。ここまでの道中、切符の代金などはすべて秀男が支払ってきた。だが、奉納のためのお賽銭はそうもいくまい。そう考えた道代は、がま口を開けて小銭を数枚取り出した。金額など全く確認しなかった。
 志摩子の背後から手を伸べながら声を掛ける。

「姐さん、これ……」

 志摩子は軽く振り向き、道代の手元を見た。開いた道代の掌には、数枚の硬貨が載っていた。普段は、金などにはまったく触れない志摩子である。金を支払ったりすることは舞妓にはそもそも無いのであるが、たまの機会には、これまですべて道代が対応してきた。志摩子は片手を伸べ、久方ぶりに金に手を触れた。

「道……」
「お賽銭どす、姐さん」
「さい、せん……」
「へえ、前の賽銭箱に、どうぞお入れやして」

 志摩子は、隣の秀男を見やった。
 秀男は、景気よく賽銭箱に硬貨を投入しているところだった。

「さいせん、なあ……」

 呟く志摩子に、道代が小さく声を掛ける。

「神さんへのご奉納どす。どうぞ、前の箱にお入れやして」

 秀男に習うように、しかし投げ入れるようなことはせず、志摩子は道代から受け取った数枚の硬貨を手にし、賽銭箱の真上でそっと掌を開いた。小さな軽い音を立て、硬貨は賽銭箱の中に落ちて行った。
 手を引き戻しながら、志摩子は隣の秀男を盗み見た。
 秀男は大きく柏手を打ち、深々と頭を下げていた。
 志摩子は、秀男に習って拝礼する。その仕草は、いかにもぎごちなかった。
 拝礼を終えた秀男と志摩子は横に避け、道代の前を開けてくれた。道代は、頭を下げたまま進み出、拝礼を済ませた。振り向くと、秀男と志摩子が晴れやかな笑顔を返してきた。
 志摩子が問いかける。

「なに、お願いしたん。道」
「ほらもちろん、姐さんのご健康とご多幸どす」
「そらあおおきに。秀はん、あんたは?」
「お二人の行く末に幸あれ、ですなあ。ほれと、祇園の弥栄(いやさか)ですわ」
「ふうん、偉いねえ二人とも」

 秀男が笑い交じりに問いかけた。

「姐さん。姐さんは何お願いしやはったんで?」
「うちかあ。うちは……今夜のお座敷が無事に済みますように、やね」

 聞いた秀男と道代の顔が軽く曇った。

(姐さん……)

 道代は声が出ない。
 秀男が引き立てるように、拝殿脇の岩を指さした。さほど大きなものではない。差し渡しは1メートルあるか無いか。高さは人の膝くらいであろうか。表面は滑らかで、光を照り返しているようにも見えた。

「姐さん、あれ。あの石」
「へえ、秀はん」
「亀石、云いましてな。この神社はんの名物ですわ」
「へえ、かめいし」
「あの石撫でながら願うと、縁結びがかなうそうでっせ」
「へえ。縁結びの亀石、てかいな」

 道代が、励ますような声を掛ける。

「ほらよろしなあ。姐さん、どうぞ」

 道代は、志摩子の背に手を当て、亀石に押しやるような仕草をした。
 志摩子は、首を横に、軽く幾度か振った。

「うち、ええわ。道、あんたやりよし」
「え、いえそんな……」

 道代や志摩子の年頃の娘なら、はにかみながらも、飛びつくように亀石に触れるであろう。しかし二人は躊躇うのみで、石に触れようとはしなかった。その心中の思いは、道代と志摩子、それぞれどのようなものであったろうか。
 秀男は、その場を引き立てるように声を上げた。

「そないゆうたら、この野宮神社はんは、もともと縁結びの神さんゆ(云)うわけやおまへんねん」

「へえ。しやかて秀はん、鳥居の前にはえんむすび、て……」

 志摩子は、先ほど鳥居を潜る前に見かけた高札の文字を思い出した。

「はは。そないなんですけど、それはまあ後付け、云いますかなあ。さっき言いましたけんど、この野宮はんがお祀りしてんのは天照皇大神、アマテラスオオミカミはんです。このアマテラスはんがこの国を作らはった、いわばこの国全体の主祭神、氏神はんゆうことですなあ。で、この国そのものが氏子、ゆうことになります」
「へえええ」

 道代と志摩子は、同時に同じ声を上げた。

「そんなん、ちょっとも知らなんだわ」

 半ば抗議するような志摩子を宥める様に、秀男は声を継いだ。

「そらそうですわなあ。儂らもそない思います。しやけんど、野宮はんの謂(いわ)れはそないゆうことになっとります」
「ふううーん」
「もちょっと言いますとな、姐さん。この国の神社の元締め、ゆうたらおかしな云い方になりますけんど、いっちゃん格上は伊勢神宮、お伊勢さんですなあ」
「ふん。そんくらいはうちでも知ってるわ」
「しやから、伊勢神宮がお祀りしてんのももちろんアマテラスはんです」
「ふん」
「で、天皇さんは、いわば氏子の代表、氏子総代っちゅうことになります」
「ふうん」
「しやから、お伊勢さんに参詣し、お守りすんのは天皇さんのお役目、ゆうことになりますわなあ」
「そらあ……そないなるかなあ」
「しやけんど、天皇さんがしょっちゅうお伊勢参りに行く、ゆうわけにもいきまへんわなあ」
「ほら、ほうやねえ」
「ほらあ、天皇さんが伊勢にお住まいになれば話は簡単ですやろけんど、そないなったら伊勢がこの国の都、ゆうことになってまいますわなあ」
「へえ、そういうもんなん、秀はん」

 志摩子は、小学校の生徒のように、秀男に問いかけた。
 ゆったりと秀男は答える。

「明治のご維新以来、天皇さんは東京にお住まいやから、昔の江戸が今の都。しやから、東京、東の都、ゆうことなんですけんど」
「へええ」
「ほの前は、都ゆうたらこの京でしたわなあ」
「せやねえ」
「要するに、天皇さんのいやはるとこがこの国の都です。しやから、もし伊勢にお住まい、ゆうことになると都は伊勢、ゆうことになるわけですわ」
「はあ、なあるほど」
「別に、そうなったらそうなったでかましまへんやろけんど、それはそれで色んな揉め事が起こりますでしょうなあ」
「また、ご維新かいね」
「はは、まあ、そういうことに」

 道代は、二人のやり取りを聞きながら、話のきっかけを思い出していた。確か、この野宮神社のもともとの謂われ……。道代は言葉を挟んだ。

「あの、秀はん。ほんで、この、ののみや(野宮)はんの謂われ、て……」
「おう、それそれ。天皇さんは伊勢には住めん。かとゆうて、そないしょっちゅうお参りにも行けん。さあ、どないするか、ゆうことやな」

 志摩子が声を上げた。

「あ、その代わりの神社はんがここ、野宮はん、ゆうことかいな」
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #177】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #179】

コメント一覧
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    • ––––––
      1. 神官(おい!)HQ
    • 2017/01/17 10:47
    • 野宮神社
       なかなか面白い謂れの神社のようです。
       昨年、竹林の道の調査に行ったときは全く気づかず、スルーしてしまいました。
       早(は)よ、お座敷に行かなあかんのですが、長引いております、竹林の場。
       野宮神社話、次回も続きます。
       11行目「ように」がダブっちゃいました、不細工ですね。どうぞお読み飛ばし下さい。
      がま口
       今は見なくなりましたが、わたしの母親などは愛用していたようです。
       テレビの京都ものなどを見ますと、当地では健在のようですが。
      >金を支払ったりすることは舞妓にはそもそも無い
       と書いちゃいましたが、どうなんでしょうね。
       まさか買い食いなんかはしはらへんでしょうが……。
      弥栄(いやさか)
       読み下すと、いよよさかふる、でしょうか。
       なんか、戦時中を思い出しますが(経験ありませんが)、昔のお方は普通に使っていた言葉のようです。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2017/01/17 19:56
    • “ように”は……
       毎回、山のように出てきまっせ。
       わたしは、エディタの設定で、“ように”、“みたい”、“ごとく”、“めいた”などが、違う色で表示されるようにしてあります。
       同じ語が続くときは、これらを入れ替えて使うわけです。
       がま口。
       基本的に、バッグや袂に入れるものですね。
       厚みがあっても、さほど困りません。
       男性は財布をポケットに入れるので、薄さが要求されます。
       昔の男性は、札入れを着物の懐に入れてたのでしょうか?
       小銭のお釣りをもらったときは、どうしたんでしょうね?
       袂に入れたら、チャラチャラうるさいですよね。
       ひょっとして、小銭のお釣りは貰わなかったとか?

    • ––––––
      3. ようにようにHQ
    • 2017/01/18 00:24
    • 今回は……
       同じ行、と言いますか一つの文の中に二つですから、なんぼなんでも……です。
      がま口
       じゃなく、縦長の札入れがはやったことがあります。
       学生の時のバイト先での話ですが。
       で、仕事は現場仕事なんで、その札入れを尻ポケットに突っ込むわけです。半分はみ出してましたが、よくスラれなかったものだ、と。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2017/01/18 07:33
    • 今でも……
       たまーに、見かけます。
       尻ポケットから飛び出た札入れ。
       治安ボケの日本らしい光景です。
       外国なら、無事では済まないでしょう。

    • ––––––
      5. 中身は少ないHQ
    • 2017/01/18 12:05
    • わたしの札入れ
       小銭入れ兼用で、二つ折りです。
       尻ポケットにすっぽり収まりますから、スラれる危険は少ないです。
       ただし分厚いので、椅子に座ると落ち着きが悪いです。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2017/01/18 19:51
    • そういう財布は……
       電車の座席で寝こけたりすると、お尻のポケットから転げ出たりするんじゃないですかね。

    • ––––––
      7. 尻はええのうHQ
    • 2017/01/18 22:21
    • 確かに
       尻は危険なんですよね。
       でも、二つ折りの札入れは、尻ポケット以外には収まりが悪いんですね。
       近頃は、鞄やリュックに入れてます。あまり財布として意味がないなあ、と思う今日この頃。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2017/01/19 07:29
    • たくさんポケットの付いた……
       チョッキがあります。
       ↓旅行や散歩用で、手ぶらで歩けるというコンセプト。
      http://item.rakuten.co.jp/wide/63068/
       ↓夏用には、メッシュもあります。
      http://item.rakuten.co.jp/welfare-channel/107430/

    • ––––––
      9. 寒がりハーレクイン
    • 2017/01/19 08:32
    • たくさんのポッケ
       持ってます。
       ただ、冬はその上から防寒コートを羽織ったりしますから戸外ではあまり役立たないんですよね。それに安物だからペラペラだし。
       釣り用のチョッキは良さげですが、あれは高いだろうなあ。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2017/01/19 19:52
    • 防寒コートにチョッキ
       表現が、いちいち昭和ですな。
       “釣り用のチョッキ”は、“フィッシングベスト”だそうですよ。
       小さいポケットがいっぱいあっても、普段使いにはどうですかね?
       作業ズボンで、太ももの前側にポケットのあるやつがありますよね。

    • ––––––
      11. 俵星現場カントクHQ
    • 2017/01/19 22:42
    • >いちいち昭和
       そうかあ。
       平成でも普通だと思いますがのう。
      作業ズボン
       >太腿の前側
       じゃないです、側面ですね。これが左右で二つ。
       普通の位置に二つ。
       尻に二つ。
       計、6つのポッケがあります、作業ズボン。
       それでも足りなくて、作業ベルトに工具袋をぶら下げ、チョッキのポケットもフル活用。大変だよ、現場仕事は。
       学生時代が懐かしい。
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