Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
カテゴリ:単独旅行記 > Ⅴ・総集編
 ↓と思ったら、また銅壷屋に立ち戻ってます。
また銅壷屋に立ち戻ってます
↑「み」

 ↓これは、「立て万力」という道具のようです。
立て万力
↑「み」

 製品を挟んで締めつけ、固定する道具だそうです。
 ヤスリ掛けのときなどに使ったとか。
 なんだか、拷問に使えそうですね。
 指を挟んで、少しずつ締めていくわけです。
 想像しただけで、後ろ髪が逆立ちそうです。
親指つぶし器
↑実際にありました。「親指つぶし器」だそうです。お手軽で、効果絶大だとか。

 ↓これは、「やっとこ」という道具。
やっとこ
↑「み」

 ↓あまりにもピンボケなので、別の拝借画像を添付します。
やっとこ

 金槌で叩くとき、製品を挟んで固定させます。
 何本もあるのは、先端の形が違ってるからみたいです。
 しかし、「やっとこ」の語源は何なんでしょう?
 歌にありましたよね。
 探してみました。

〽やっとこやっとこくりだした。

 ↓『おもちゃのマーチ』の出だしでした。


 一瞬、野坂昭如の作詞の歌だったかと思いましたが……。
 ↓野坂氏の作詞は、『おもちゃのチャチャチャ』でした。


 ちなみに、新潟弁には「やっとこさ」というのがあります。
 「やっとのことで」という意味です。
 でもこの方言、新潟特有のものではないようです。
 関東を中心に、広く使われてるみたいです。
今日も1日やっとこさ -4コマ育児絵日記-
↑どこの方なのかの表明はないようです(『今日も1日やっとこさ -4コマ育児絵日記-』)。

 「やっと」を強調するために、「やっとこ」→「やっとこさ」になったんでしょう。

 工具の「やっとこ」の語源もわかりました。
 正式名称が、「焼床鋏(やきどこばさみ)」でした。
 熱い炉の中の半製品を掴む道具です。
 「やきどこ」→「やっとこ」となったのでしょう。

 ちなみに『おもちゃのマーチ』の「やっとこ」は……。
 もちろん、「やっとのことで」の方ですね。

 ↓これは、別の家の茶の間です。
別の家の茶の間
↑「み」

 駄菓子屋のようです。
 ↓奥に店先が覗いてます。
奥に店先
↑「み」。常にピンボケなのは、薄暗かったせいですかね。

 ↓家屋において、最も興味がある場所、トイレです。
お便所
↑「み」

 トイレというより、お便所ですわな。
 ↓このカンカラみたいなのは、手洗い器です。
手洗い器
↑「み」

 確か、下にあるボッチみたいなのを押しあげると、水が出るんじゃなかったかな。
 ↓探したら、画像がありました。
吊り手水(つりちょうず)

 正式名称は、「吊り手水(つりちょうず)」と云うようです。
 昔は水洗じゃないので、トイレに水道は引かれてません。
 ということで、こういう手洗い器が必要だったわけです。
 なお、使ってるとき、水は下にだだ漏れになりますから……。
 基本、野外に吊されてたわけです。

 ↓しかし、これはタオルじゃないですかね?
これはタオルじゃないですか
↑「み」

 タオルって、いつごろ普及したのでしょう。
 昔は文字どおりの、「手ぬぐい」が使われてたはずです。
 今はもちろん、どこのトイレもタオルでしょう。
 いつごろ切り替わっていったかですね。
 でも、この展示では、ぜひ「手ぬぐい」を下げてもらいたかったです。
「腰手ぬぐい」というスタイル
↑「腰手ぬぐい」というスタイル。

 しかし、このお便所。
 冬は寒かったでしょうね。
 脳卒中でバタバタ倒れたんじゃないでしょうか。
ヒートショックに注意
↑ヒートショックに注意。わが家のトイレは、常時16度くらいになってます。ガジュマルの住まいですので。でも、途中の廊下は寒いわな。

 ま、臭かったわけですから……。
 出来るだけ居間からは離して設置したかったわけです。
 食事中に臭ったら、嫌ですからね。

↑飼い主のバイクヘルメットを嗅ぎ、臭さに呆然とする猫。

 ↓「人力車」の説明です。
人力車
↑「み」。クリックすると大きい画像が見られます。

 日本の発明品なんですね。
 ↓これが本体です。
人力車
↑「み」

 ではなぜ、「人力車」という人が引く乗り物が、欧米には無かったのか。
 ま、よくわかりませんが……。
 早い話、欧米では、人を使うより馬を使った方がコストが安く……。
 逆に日本を初めとするアジアでは、人の方が安かったということらしいです。
イギリスの鉄道馬車
↑イギリスの鉄道馬車。これなら大勢運べますから、一人頭のコストは小さくなります。

 この人力車、観光地などでは今でもありますよね。
 わたしは、1度も乗ったことがありませんが。
 そういえば、『大分に行こう!』で書きましたね。
 超韋駄天の車夫の車に乗る話。
 ↓湯布院でした。
湯布院の人力車

 『大分に行こう!』を探してみました。
 『大分に行こう!(5)』でした。
 久しぶりに読み返してしまった。
 今とは、だいぶ書き口調が違いますね。
 しかし、正直、面白かった。
 今から、6年前の文章です。
 うーむ、負けてられんわい。

 話を戻します。
 人力車に乗るのは興味ありますが……。
 やっぱり、車夫さんと会話したりが億劫そうです。
イケメン車夫
↑こんなイケメンさんだったら、たぶん一言もしゃべれません。

 『大分に行こう!(5)』では、苦もなく会話してますが……。
 実際のわたしは、シャイなんで。
サイ
↑これは、サイ。

 お歳のいった車夫さんだったら、何だか乗ってるのが申し訳ない気になりますし……。
 あとやっぱ、料金ですね。
 もちろん、規定料金があって、それだけ払えばいいのでしょうが……。
 「ご祝儀」みたいなのを付けなくていいのか、悩むところです。
 たぶん、規定料金は1,000円単位だと思うので……。
 「釣りは要らねーよ」をやると、とんでもなく多く払うことになってしまいます。
祝儀袋
↑昔の芸者さんが持つ祝儀袋のようです。車夫などに心付けをやったのでしょうか? 旅先では、思わぬ親切を受けることもあるでしょう。こういうのを携帯してると、いざというとき役に立つかも知れません。

 ↓ゴミ箱と、野外の竈ですね。
ゴミ箱と、野外の竈
↑「み」

 ほんとにこんなところで、ご飯を炊いたのでしょうか?
 冬は、乾燥した風が吹いてます。
 火の粉が舞いあがることもあったでしょう。
 怖いです。
 それに、こういう薪は、どうやって調達したのでしょう?
 今みたいに、ホームセンターでは買えません。
ホームセンターの薪
↑新潟のホームセンターでは売ってませんね。自宅に薪ストーブを設置するという発想は無いと思います。

 薪売りの人が回ってきたりしたんですかね?
大原女(おおはらめ)の薪売り
↑大原女(おおはらめ)の薪売りだそうです。ほんとでしょうか? 一束売ったら、それでその日の商売、お終いですよ。

 ↓これは何でしょう?
用心籠
↑「み」

 ↓説明書きをアップします。
「用心籠」説明書き
↑「み」。読めますよね?

 「用心籠」。
 初めて聞きました。
 火事などのとき、ここに大事なものを入れ運び出す籠だそうです。
 上に竹の棒が出てますね。
 ↓よくわかる画像がありました。
上に竹の棒が出てます

 つまり、籠の前後に人が立ち、この竹の棒を担いだのでしょう。
 籠自体は籐のようですから、重さは大したことないはずです。
 底が抜けないよう、竹の棒で補強してあります。
底が抜けないよう、竹の棒で補強
↑ほかの人は、どうしてピンボケじゃない写真が撮れるんでしょう?

 夫婦で担いでも、そこそこなものが入れられたんじゃないでしょうか。
 火事場の馬鹿力も出たでしょうし。
火事場の馬鹿力

 こんなものが備わってると云うことは……。
 やはり、大正時代でも火事は怖かったはずです。
 さっきの吹きさらしの竈と用心籠。
吹きさらしの竈と用心籠

 日本人というのも、わからん人種ですよね。
 普通は、火事が出ないような工夫をすると思うのですが。
 火事が出てからの用意をしつつ……。
 火事になりやすい暮らしをしてるわけです。

 ↓またもや、大ピンボケ。
ブレブレの鼻緒屋
↑「み」

 ていうか、ブレブレですね。
 なんでこんな写真になるんでしょう。
 シャッターを押すときに、カメラが動くんですかね。
 パンフレットなどを小脇に挟んで撮ってたのかも知れません。
 ↓鮮明な拝借画像をどうぞ。
鮮明な鼻緒屋

 暗くても、ちゃんと撮れるんだよな。

 ここは、鼻緒屋のようです。
 草履や下駄、主に女性ものの鼻緒でしょうね。
女性ものの鼻緒

 高級品を扱う店だそうです。
 ということは、火事のときは……。
 この鼻緒を「用心籠」に投げこんで逃げるのでしょう。
 だから、「用心籠」がこの上にあったわけだ。
鼻緒と用心籠

 ↓ここは鼻緒屋の店先です。
鼻緒屋の店先
↑「み」

 ↓禁煙の札が立てかけてありますが……。
禁煙の札
↑「み」

 もちろん、当時の店先に掲げてあったはずはありません。
 手前にたばこ盆があるので……。
 以前は、喫煙所と思って吸う見学客がいたのかも知れません。
 今はさすがに、そんな人はいないでしょうけど。

 奥に階段が見えてるのが、鼻緒がたくさん掛けてあったスペースです。
奥に階段

 おそらく、作業場なんでしょうね。
 この店先の座布団に客を上げ、鼻緒を選ばせたんでしょうか。
 草履や下駄の鼻緒を替えるわけですから……。
 客は履物を脱いで、店先に上がらなくちゃならないわけです。
 客の希望を聞いて……。
 主人が、奥から何点か鼻緒を持ってきて選ばせたのかも知れません。
 それなら、客を奥の鼻緒が下げてあるスペースに案内して選ばせたらいいじゃないかと思いますが……。
 それをやると、容易に決まらなかったと思います。
 特に女性は。
 やはり、主人が持ってきた中から選ばせた方がいいですね。
 しかし、鼻緒だけを商う店が存在できたという時代。
 羨ましい気さえします。

 当時の若い女性は……。
 男性と連れ立ってるときは、俯きがちに歩くのが良しとされたようです。
 当然、足元の鼻緒が目に入ります。
 男性と並んで歩くときの足元の鼻緒は……。
男性と並んで歩くときの足元の鼻緒

 自己陶酔に浸るための重要なアイテムだったとか。
 なので鼻緒選びは、かなりシビアだったと思います。
 なお、一人で歩くときは、俯いて鼻緒を見てはいなかったでしょう。
 電柱にぶつかってしまいますから。
 俯いて歩けるのは、エスコートしてくれる誰かがいるからですね。

 ↓これは、「箱階段」と云うそうです。
「箱階段」
↑「み」

 階段下が収納スペースになってます。
 ↓ちゃんと説明書きも撮ってた方がおられます。
階段下が収納スペースになってます

 しかし、ものすごい急ですよね。
 昔の人は着物だったから、余計上りづらかったんじゃないでしょうか。
 足袋も滑りそうで怖いです。
 酔っ払ったら、這って上るしかありません。
四つ足は便利です
↑こういうとき、四つ足は便利です。

 なお、やはり危険だからでしょう……。
 展示されてる階段には、上れません。

 ↓思ったほど急じゃありません。
思ったほど急じゃありません
↑「み」

 あ、これは箱階段じゃないですね。
 右側に壁がありますから。
 ↓これは、作業場から上がる階段ですね。
作業場から上がる階段
↑「み」

 そしたら、箱階段はどこにあったんだろう。
 ネットを探してみたら……。
 ↓どうやら、土間にあったようです(拝借画像です)。
箱階段は土間にあった

 店先の紫の座布団が写ってます。
 この箱階段を撮った写真は、ネット上にけっこうあったのですが……。
 設置されてる位置がわかる写真が、非常に少なかったです。
 わたしもそうですが……。
 ついつい、アップで撮って満足してしまうんでしょう。
 引いた1枚も押さえておくべきなんですね。
 勉強になりました。

 と思ったら……。
 ↓箱階段の位置がわかる写真を、ちゃんと自分で撮ってました!
箱階段の位置がわかる写真
↑「み」

 さすがではないか!
 相変わらず、ボケボケですが。

 昨年までのカメラは、こんなにボケることはなかったように思います。
Cyber-shot DSC-WX1
↑Sonyの『Cyber-shot DSC-WX1』という機種。

 今年は、カメラを買い換えたんです。
 前のカメラには、1点だけ不満がありました。
 長く撮らないでいると、自動で電源が切れてしまうんです。
 普通に使用する分には、これでもぜんぜん問題がありません。
 でも、わたしには、これでは困るシチュエーションがあったんです。
 すなわち、新幹線の車窓からの写真。
 新幹線からの景色は、あっという間に飛び去ってしまうので……。
 常に電源が入った状態でなければ、間に合わないんです。
新幹線の車窓からの写真
↑「み」。この写真はもう都心なので、だいぶスピードは落ちてますが。

 なのでわたしは、電源が落ちるたびに立ちあげなおしてたんです。
 そのたびにレンズが出たり入ったりするので、電池の消費も早かったように思います。
 それで今年は、電源を入れっぱなしに出来るモードのあるカメラを買いました。
DMC-FH5
↑Panasonicの『DMC-FH5』という機種。ピンクゴールドという色も気に入りました。

 もちろん、中古ですが。
 わたしは基本、新品は買いません。
 最新機種である必要は、まったく感じません。
 型落ちの中古だと、ぜんぜん値段が違いますから。
 でも、暗いところの撮影性能は……。
 前のカメラの方が良かったようですね。
 前のカメラは、壊れたわけじゃないです。
 2台持って行けばいいのでしょうが……。
 今年のリュックの具合だと、もう収納場所がない気がします。
 カメラだけでなく、予備のバッテリーや充電器も必要ですからね。
 うーむ。
 悩みどころじゃ。

 ↓これは、部屋の角に置かれた三角形の収納ですね。
三角形の収納
↑「み」

 造りつけでしょうか?
 でも、角が直角なら、既製品でもいいはずです。
 収納効率は、あまり良いとは思えない気がしますが。
 ↓位置は、帳場の後ろですね。
位置は、帳場の後ろ
↑「み」

 何を入れたんでしょう?

 ↓これを読んでから書けば良かった。
商家説明書き
↑「み」。クリックすると大きい画像が見られます。ピンボケですが。

 「鼻緒製造卸問屋」でした。
 小売店じゃなかったわけです。

 わたしが、この帳場で一番気になったのが、↓これ。
帳場格子
↑「み」

 名称を知らないときに調べたのですが、まったくヒットしませんでした。
 「帳場 柵」とかで検索したんだと思います。
 この説明書きに、ちゃんと載ってましたね。
 「帳場格子」でした。
 いったい、用途は何なんでしょう。
 今度は、「帳場格子」で引いたので、あっさりとわかりました。
 ↓『世界大百科事典 第2版』の解説です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ちょうばごうし【帳場格子】
和風の商店、旅宿などの帳場(勘定や帳付をするところ)の三方を囲う細かい縦格子。結界ともいう。この囲いの中に主人や番頭がすわって机に向かい、商売の事務をとる。仏教では僧俗の座席を分けるための木柵を〈結界〉というが、帳場格子はもと仏教の結界から始まったものと思われる。今日の銀行出納室のスクリーンも帳場格子と同じ意味をもつ。【蔵田 周忠】
++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 まさか、「結界」と云うとは知りませんでした。
これがお寺の「結界」
↑これがお寺の「結界」だそうです。見逃してただけとは思いますが、お寺でこれを見た覚えがありません。

 しかし、完全に目隠しせず、格子にしたのはなぜなんですかね。
 発祥を調べてみたのですが、やはりわかりませんでした。
 「結界」と呼ぶのは、関西だそうです。
 関西が発祥ですかね。
 「結界」と云うように、象徴的な設備なんでしょうか。
 実際、あんまり意味があるとは思いません。
 お札が風で飛んでも、格子で止まるということもありますが……。
 そんなら板壁にしてしまえば、正面からの風も防げます。
 かっぱらいなどの防犯にも、多少は役立ちそうですが……。
 これも、板壁にすれば、札が机に出てるかどうかも隠せるわけです。

 ていうことは、この格子は……。
 客からの視線を通すためなんじゃないですか。
 もしこれが板壁だったらどうか。
 板壁の向こうで、主人や番頭が、拳銃や刃物を握ってるかも知れません。
拳銃や刃物を握ってる

 つまり、そんなことはしてませんよということを、客に表明するための格子じゃないすか?
 あ……。
 でも、それならそもそも、格子自体がなければいいじゃん!
 でも格子もなければ、悪い客が机の上の「大福帳」をかっぱらって逃げ……。
大福帳

 自分への売掛をちゃらにしようという悪い魂胆を抱きかねません。

 ま、この格子の内側のものに手を付けてもらっては困りまっせということで……。
 「結界」なんすかね?
 どうもすっきりしませんが。

 でも、これがあるだけで、落ち着いて仕事出来そうなことだけは確かです。
 会社辞めたら、座卓で仕事することにして……。
 帳場格子、置こうかな。
 新品の販売はありませんが、『ヤフオク!』には出てますね(こちら)。

 ↓いいですね。
いいですね
↑「み」

 テレビもラジオも無いから……。
 夜は、柱時計の音だけが聞こえたでしょう。
 電球の明かりもいいです。
 今は、みんなLEDになってしまいました。
 でもわたしは、机のLEDを電球色にしてます。
LEDは、電球色

 そっちの方が落ち着くんです。
 LEDだから、熱くならないのもいいです。

 ↓これは、縁起物の熊手でしょう。
縁起物の熊手
↑「み」

 「酉の市」で買い求めるようです。
浅草の『鷲(おおとり)神社』酉の市
↑浅草の『鷲(おおとり)神社』。

 「酉の市」は、11月の「酉の日」に神社で開催されるお祭り。
 元々は、収穫祭だったそうです。
 農民相手のお祭りですね。
 熊手も、落ち葉かきの道具として売られてたとか。
落ち葉かきの道具
↑これが、元々の熊手です。

 それが次第に、運や金をかき集める縁起物とみなされるようになったとか。
運や金をかき集める縁起物

 で、宝船などの飾り物が施されるようになったわけです。
宝船などの飾り物が施される

 今ではもちろん、神社に出かけなくても買えます。
 立派なものは、ネットでも買えます。
 小さいものなら、ホームセンターなどにも売ってるでしょう。
小さいものなら、ホームセンターなどにも売ってる

 来年用に、ひとつ買ってみますかね。
 「運」にも「金」にも、縁がなさ過ぎるので。

 ↓これは、洗い張りという作業。
洗い張りという作業
↑「み」

 着物の糸を解いて、反物に戻して洗い……。
 糊を付けて「張り板」に張って、乾かしてるところです。
 これは、専門業者の店先ではありません。
 普通の民家の玄関先です。
 わたしの写真には写ってませんでしたが……。
 ↓洗い張りの隣には、干し柿やおしめも干してあります。
干し柿やおしめ

 乾いたらまた、着物に縫い合わせるわけです。
 着物の裏表を変えたりして、長く使ったようです。
 昔は、それが当たり前だったので……。
 みんな、当たり前にこの作業をやってたのです。
明治時代の洗い張りの様子
↑明治時代の洗い張りの様子。

 今、業者以外でこれが出来る人は、めったにいないでしょう。
業者による洗い張り作業
↑業者による洗い張り作業。

 失われてつつある手作業は、このほかにもたくさんありそうですね。

 ↓また、見慣れない展示物。
箱車
↑「み」

 箪笥みたいなのが車に載ってるようです。
 これもまた、「用心籠」みたいな、火事対策でしょうか。
 あるいは、夜逃げ用とか?

 ↓説明書きを撮ってました。
箱車説明書き
↑「み」。クリックすると大きな画像が見られます(ピンボケですが)。

 「箱車」ですか。
 初めて知りましたね。
 これは、呉服店で使用されてたとのこと。
 展示では引き出しが見えてますが……。
 運ぶときは、右手に開いてる蓋を閉じたわけです。
 そうでなきゃ、急停車したとき、引き出しが飛び出て来ます。
 もちろん、蓋には雨よけの意味もあったでしょう。
 こんなもので届ける家は、大店かお屋敷でしょうね。
お屋敷

 当然、中身は高級な着物でしょう。
高級な着物
↑『はれのひ㈱』の元社長・篠崎洋一郎被告には、2018年12月19日、懲役2年6ヶ月の判決が下りました。

 わたしはうかつにも、前方からしか写真を撮ってませんでした。
 ↓ほかの方が撮られた写真。
箱車横から

 呉服店の名前が入ってます。
 ということは、中に高級な着物が入ってることは丸わかりです。
 途中、追い剥ぎとかに遭わなかったものですかね?
カワハギ
↑これは、カワハギ。皮がぺろんと剥げるから「皮剥ぎ」だとか。そんなら「皮剥がれ」ですよね。

 それでも、行きの荷物は着物ですからまだいいですが……。
 帰りは、代金を積んでたのでは?
 いや。
 それは、あまりにも危険です。
 襲われる心配だけじゃありません。
 箱車を引く店員が、そのままどこかにトンズラする可能性もあります。
そのままどこかにトンズラ

 やっぱり、箱車は着物を届けるだけでしょう。
 代金は別のときに貰いに行ったはずです。
 しかし、落語とかには、箱車は出て来ませんよね。
 江戸時代は無かったわけですかね。
 そういえば、人力車も明治以降でしょう。
 大八車はあったわけですよね。
大八車
↑これは、江戸時代のようです。

 (いつものとおり)ざっと調べたところ……。
 どうやら幕府が、車輪を使った効率的な運搬業を許可しなかったようです。
 なぜかというと、急激な社会変革が起きるから。
 籠かきや馬子、人足などが、大量に失業します。
籠かき

 船も客を取られるでしょう。
 早い話、幕府が最も恐れたのは、「変革」だったのです。
 政権を長く維持するためには……。
 社会が変わらないことが大事だったわけです。
 実際、幕末は、外国と関わらざるを得なくなり……。
 もっとも恐れた「変革」を幕府の力で押さえられなくなって、大政奉還に繋がったわけです。
大政奉還が行われた『二条城』
↑大政奉還が行われた『二条城』の展示のようです。常設じゃないかも。

 しかしねー。
 変革を否定した江戸時代が、ひとえに悪い時代だったとは思えないんですよ。
 変わらない方がいいものは、山のようにあります。
 貴重な文化が、次々と失われてしまってる今……。
 人類を滅ぼすのは、イノベーションなんじゃないかと思います。

 あと、車を使った乗り物などが、江戸で発達しなかったのは……。
 江戸に坂が多かったという事情もあるかも知れません。

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↑買いました。面白かったです。

 ↓電話ボックスです。
電話ボックス
↑「み」

 こうした電話ボックスは、大正期、関東大震災前から、大通りでは普通に見られたものだそうです。
 公衆電話が日本で初めて設置されたのは……。
 明治33(1900)年9月だとか。
 上野と新橋の駅構内だそうです。
 翌年の10月、戸外にボックス型の公衆電話が設置されます。
 場所は京橋。
 六角形の白い電話ボックスだったそうです。
山口県萩駅前にある復元電話ボックス
↑山口県萩駅前にある復元品。現在の公衆電話が入っており、電話が架けられるそうです。

 市内通話料は、1通話(5分間)15銭。
 しかし、架けたい相手が電話を持ってなければなりませんよね。
 人が列を作るほどじゃなかったんじゃないでしょうか。
 実際、15銭という料金は、かなり高額で、利用者は多くなかったそうです。
 でもその後、明治35(1902)年8月に、料金が5銭へと値下げされ……。
 利用数は急増したそうです。
 電話の普及もあったでしょうね。

 展示されてるのは、当時の実物では無く、復元品です。
 このような赤い色の電話ボックスは、明治43(1910)年から用いられたそうです。
 ↓ボックスの中です。
電話ボックスの中
↑「み」

 「自動電話」となってますね。
 当時の電話のかけ方はどうだったのかと云うと……。

①ベルを鳴らし、電話局の交換手を呼び出します。
②交換手に、相手の電話番号を告げます。
③交換手は、相手に電話を架けます。
④相手が出たら、交換手は「料金をお入れなさい」と命じます。
⑤料金差出口に、5銭と10銭の硬化を入れます。
⑥交換手は、お金の落ちる音を聞きわけます(5銭はチーンという高い音、10銭はボーンという鈍い音だそうです)。
⑦確かに15銭が投入されたと判断したら、交換手は相手に電話を繋ぎます。

 どこが「自動」じゃ!
 これ以上ない手動ではないか。
 この電話機は、アメリカ製を改造したものだったようです。
 「オートマチックテレフォン」が直訳され、「自動電話」と呼ばれたとか。
 ふんとに、どこが「オートマチック」なんですかね。
当時の電話交換所
↑当時の電話交換所。交換手は、女性の憧れの職業だったそうです。

 しかし、疑問は、5銭と10銭の組み合わせだけしか入れられなかったのかということ。
 5銭を3個でも良かったんじゃないでしょうか。
明治33年の五銭白銅貨
↑公衆電話が設置された明治33年の五銭白銅貨。立派ですよね。

 でも、お釣りは出ませんね。
 急いでて小銭が無いときは、10銭2枚で架けるしかありません。
 お札はいくらあってもダメです。
 音を聞けませんから。
 しかし、音で硬化を聞きわけるというのは強烈ですね。
超忍法、地獄耳!
↑『忍風戦隊ハリケンジャー』の「超忍法、地獄耳!」。

 1銭銅貨は使えなかったのでしょうか。
 15枚入れなきゃなりません。

 交換手を介さないダイヤル式の「自動化」がなされたのは、大正15(1926)年だそうです。
 ようやく、本当の「自動電話」となったわけですが……。
 皮肉にも、同じころ、名称が「公衆電話」に改められたそうです。

 ↓これが、『下町風俗資料館』での最後の写真。
悲しいほどブレてます
↑「み」

 悲しいほどブレてます。
 やっぱり、暗い展示場では、以前のカメラを使った方がいいですね。
 面倒くさいのぅ。

 最後のブレブレ写真の撮影時刻は、14:37分。
 ↓入館前、建物入口で撮った写真が、14:19分。
建物入口で撮った写真
↑「み」

 たったの18分しかいなかったんですね。
 もうちょっと、じっくりと見るべきなのは明らかです。
 でもたぶん、腰が痛かったんだと思います。
『悪魔の手鞠歌』
↑ほぼ『悪魔の手鞠歌』状態。

 『下町風俗資料館』には、ロッカーも無いですから……。
 ずっと重たいリュックを背負ってましたので。

 ↓再び、不忍池のほとりに出ました。
旧町名
↑「み」。クリックすると大きな画像が見られます。

 やっぱり、明るいところなら、ボケてませんよね。

 ↓何気なく池を覗きこんでびっくり。
何気なく池を覗きこんでびっくり
↑「み」

 亀が、ノウノウと泳いでました。
 池は、ほとんど蓮の葉に覆われてますが……。
 ↓ここだけが、ぽっかりと開けてたんです。
ぽっかりと開けてました
↑「み」

 何で亀がここに出てくるのか、すぐにわかりました。
 餌をやる人がいるんです。
亀vs鯉vs鳩vs烏の4つ巴の戦い
↑驚きました。こんな状態になるようです。亀vs鯉vs鳩vs烏の4つ巴の戦いだとか。

 このときは、外人が餌をやってました。
 外人は、歩き食いしますからね。
 屋台かなんかで買ったものを、千切って投げてたようです。
 この亀たちも、元々は屋台で売られてたのかも知れません。
 亀の種類は、クビ元の派手な柄で、すぐにわかりました。
クビ元の派手な柄で、すぐにわかりました

 ミシシッピアカミミガメ。
 いわゆるミドリガメです。
 かつて、祭の縁日などで、タライに入れられて売られてました。
祭の縁日などで、タライに入れられて売られてました
↑けっこうなお値段ですね。ぼろ儲けじゃないすか?

 今は、ダメなんでしょうけどね。
 売られてたときの大きさは、子供の手の平に収まるほど。
子供の手の平に収まるほど

 子供にとっては、格好のおもちゃだったでしょう。
 ねだられて、つい買ってしまう親もいたんでしょうね。
 悪い業者は……。
 「大きゅうならへんで。ずっとこのままや」とか言って売ってたみたいです。
 とんでもない話で、ミシシッピアカミミガメは成長が早く、すぐに巨大化し、30センチ以上になります。
すぐに巨大化し、30センチ以上になります
↑こないになります。持ってるのは大人です。

 寿命は30年以上あるそうで、子供が大人になっても、まだ生きてるわけです。
 途中で飼いきれなくなるのは明らかです。
 東京の街中には、水路などないので……。
 わざわざ不忍池まで捨てに来るのかも知れません。
 ま、一概に非難ばかりも出来ません。
 仕方ないんじゃないですか。
 外来種と云いますが、元々人間だって、日本列島の外来種です。
元々人間だって、日本列島の外来種

 人間がいなくなるのが、地球にとっては一番いいんですよね。
人間がいなくなるのが、地球にとっては一番いい

 ↓亀を撮ってから12分後の写真です。
上野近辺
↑「み」

 この日の泊まりは上野ですから、上野近辺だと思います。
 何の意図があって撮ったのか、まるで思い出せません。
 そうだ。
 思い出しました。
 宿までの道中を、迷いに迷ったんですよ。

 『Google Map』を起動しましたが……。
 画面を見てると目が回るばかりで、方向がまったくわかりませんでした。
 今度からは、紙の地図を持って来ることにします。

 ↓迷ってる途中で撮った写真。
廃墟のよう
↑「み」

 廃墟のようになってます。
 ここらの土地なら、いくらでも買い手は付くはずです。
 何で売らないんですかね。
 ひょっとしたら、持ち主が亡くなって、相続する人が見つからないのかも知れません。
 空き家が問題になってますが、空きビル問題というのもあるのかも知れないですね。
単独旅行記Ⅴ・総集編(6)目次北海道に行こう!
 しかし、ここから更に大仏さまの受難が始まります。
 1875(明治8)年、上野公園の整備にともない大仏殿が撤去されます。
大仏殿が撤去
↑明治末期から大正初期にかけての写真のようです。光背は、大正5年ごろ取り払われたみたいです。

 そして、1923(大正12)年、関東大震災が起きます。
 頭部が落下しました。
頭部が落下しました
↑無残を通り越して、不気味です。

 大仏さまは解体され、寛永寺が保管しましたが……。
 資金の目処が立たず、再建は断念されました。
 そして、太平洋戦争の始まる1年前の1940(昭和15)年……。
 軍需金属資源として、顔面部以外がすべて供出され、大仏さまは消滅します。
寺院の梵鐘も供出
↑寺院の梵鐘も供出。こんなことまでしなくちゃならない戦争が、勝てるわけありません。

 戦後となり、1967(昭和42)年……。
 上野観光連盟が願主となり、大仏殿の跡地に「パゴダ(仏塔)」が建立されます。
パゴダ(仏塔)が建立されます
↑建立から半世紀が過ぎ、苔むしてます。

 そして、1972(昭和47)年、寛永寺に保管されていた顔面部が、レリーフとして安置されました。
レリーフとして安置されました
↑どどーん。外人観光客は、かなり驚くんじゃないでしょうか(日本人でも驚きます)。

 衝撃的なお姿ですが……。
 このレリーフ、受験生に人気だとか。
 合格祈願だそうです。
合格祈願だそうです

 何度も落ちたけど……。
 もうこれ以上は落ちない、という験担ぎだそうです。
 お顔に触れると更にパワーがいただけるとか。
 近くでまじまじ見てると……。
 寛永寺の方が、「是非お顔に触ってくださいね」と言ってくれるそうです。
絵馬も売ってます
↑絵馬も売ってます。こちらも強烈。

 これは、見ものでしたね。
 知ってれば行ったんですが。
ここにおわします
↑ここにおわします。

 ま、上野なら、まだ何度か機会があるでしょう。

 ↓何だと思います?
何だと思います?
↑「み」

 わたしも、まったく忘れてました。
 ↓拡大して、ようやく判明。
拡大して、ようやく判明
↑「み」

 「五右衛門風呂」です。
 もちろん、石川五右衛門が釜茹でになった実物ではありません。
 ↓説明書きをちゃんと撮影した画像を拝借します。
「五右衛門風呂」説明書き

 取材は、こうでなくちゃなりません。
 しかし、底だけじゃなくて、周りも熱くなるのは怖いですね。
周りも熱くなるのは怖いです
↑怖いです。酔っ払っては入れません。

 ↓鮮明な写真をよく見ると、釜と焚き口は別に作られてるようです。
釜と焚き口は別

 ↓銭湯の番台です。
銭湯の番台
↑「み」

 台東区内の銭湯で、実際に使われてたものを移築したそうです。
 ↓座ってみることも出来たようです。
実際に登って、座ってみることが出来た
↑美人さんですね。もちろん、わたしではありません。

 上の写真で、「舌代」というのが気になりました。
 ↓明瞭な画像を発見。
「舌代」

 「保健所の通達により貸グシと貸タオルは(謎の字)来きません」。
 山冠に“々”なんて字は、初めて見ました。
 単純に類推すれば、“出”だと思われます。
 調べてみたら、やはりそうで、“出”の異字体でした。
 「舌代」は“しただい”でした。
 わたしは、“ぜつだい”と読んでました。
 実は「絶大」のことで、「ものすごく重要」という意味かと。
 もちろん、まったく違ってました。
 「口で言う代わりに文書に書いたもの」だそうです。
 飲食店の品書きのはじめに記してあるとか。
飲食店の「舌代」
↑ありました。

 飲食店なら、わからないことはないですね。
 「舌」を使って食べるわけですから、その料金という意味に取れます。
 わたしは、1度も見たこと無いですが。

 わたしは、番台には上がりませんでした。
 恥ずかしゅうて上れませんよ。
 ま、座ったって、風呂場が見えるわけじゃありませんし。
 うっかり上がったりすると、外人に写真を撮られかねませんでした。
 とにかく、この施設も外人が多かったんですよ。
 単独で来てる外人もいましたが……。
 数人の外人に、日本人のガイドみたいな人が付いてるグループもありました。
 外人がこんなの見て、面白いんですかね?
 銭湯の番台は、ちょっとイメージできないんじゃないですか。
 座った人が、異性の裸まで覗けるなんて。
 かつて、銭湯の番台は、男性の憧れの職業のひとつだったようです。
銭湯の番台
↑『ドリフ大爆笑』より。困ったことになる股間を、膝掛けで隠すわけですね。

 今も、こういう銭湯は残ってるんですかね。
 ほとんどが、フロント形式になってしまったんじゃないでしょうか。
フロント形式

 番台は、脱衣所での「板の間稼ぎ(泥棒)」を防ぐためにあったんだと思います。
 フロントになった場合、脱衣所は監視できません。
 監視カメラも付けられないでしょうしね。
 ま、ロッカーの鍵をしっかり閉めてお入りくださいということでしょう。

 しかし、銭湯というのも、重要な日本文化のひとつです。
 区じゃ難しいと思いますので……。
 都の直営で、昔ながらの銭湯を残すべきじゃないでしょうか。
 でも、番台に座る人の人選が、ちと問題ですね。
 都の職員ですか?

 ↓もうテレビが入ってる時代の茶の間ですね。
テレビが入ってる時代の茶の間
↑「み」

 団らんが終わったら、ここに布団を敷いて寝たんだと思いますが……。
 布団を入れる押し入れがないですね。
 あ、ひょっとしたら、こちら側の開口部が押し入れスペースなんですかね?
 左に下駄があるところは、玄関ではなく、勝手口でしょう。
男性は、『三河屋』さんの御用聞き
↑まさしくこれです。男性は、『三河屋』さんの御用聞きですね。

 しかし、框がこんなに低かったんでしょうか?
 縁の下がないことになります。

 ↓まさしく、勝手口の隣には、お勝手(台所)があります。
勝手口の隣には、お勝手があります
↑「み」

 ↓電気釜とガス台、あとは流し。
電気釜とガス台、あとは流し
↑「み」

 電気釜は、『東芝』が1955(昭和30)年に発売を開始したものだそうです。
電気釜の輸出用ポスター
↑輸出用ポスター。まさか、輸出もしてたとは思いませんでした。どういう人が買ったんでしょう?

 お米を研いで、分量の水を入れてセットし……。
 電気釜の中央下部に見えるスイッチを押すと、ご飯が炊けます。
 炊き上がると、ガチョンと音を立ててスイッチが切れる仕組み。
 トースターみたいですね。

↑トースターに驚く猫。

 今どきの炊飯器のように、タイマーもなければ保温機能もないそうですが……。
 それで十分だと思います。
 わたしが東京に住んでたころ使ってた炊飯器も、この機能だけだったと思います。
 わたしはお冷やご飯が大好きなので、保温されない不便はまったく感じませんでした。
 いろいろ付いてれば、それだけ故障する原因も多くなるわけですし。
IH(電磁式)炊飯器
↑現代の主流、IH(電磁式)炊飯器。この製品は、炊飯器部分を外してIHクッキングヒーターとしても使えるそうです。壊れたとき、何にも料理出来なくなりますね。

 ガス台と流しは、職人さんがその場でトタン板を曲げて作ったようです。
 昔の職人さんは、こうした「現場合わせ」が出来ました。
 今は、キッチンユニットを搬入するだけです。

 洗面器はホーロー、食器洗いは亀の子束子ですね。
洗面器はホーロー、食器洗いは亀の子束子

 トイレさえウォシュレットだったら、こういうところに住みたいです。
 でも、こんな作りが残ってる部屋だったら、トイレは間違いなく和式でしょう。
トイレだけを改装する予算などは取れない
↑小学校では、トイレだけを改装する予算などは取れないのでしょうね。

 最近、古い団地の部屋を、現代風にリフォームする流れがありますが……。
 ↓正直わたしは、壁を取っ払ってフローリングにされたような部屋には、まったく魅力を感じません。
築50年の団地をリノベーションした部屋
↑築50年の団地をリノベーションした部屋。

 四畳半くらいの和室2部屋に区画されてた方が、ずっと惹かれます。
コタツで「鱈ちり」なら最高
↑実に落ち着きます。こんな部屋で、テレビを見ながら晩酌したいです。コタツで「鱈ちり」なら最高。

 これからは、昔の雰囲気にリフォームするという流れも、出てくるんじゃないでしょうか。

 ↓白黒テレビ。
白黒テレビ
↑「み」

 わたしが物心ついたころは、すでに家にはカラーテレビがありました。
 ↓いわゆる「家具調」というヤツでした。
「家具調」テレビ

 リモコンなどはなく、チャンネルでした。
 あるとき、チャンネルのガチャガチャ部がスポッと抜けてしまいました。
チャンネルのガチャガチャ部がスポッと抜けてしまいました

 でも、挿せば普通に回せます。
 チャンネルを変えられたくないときは、ガチャガチャ部を隠したりしてました。
 もちろん、怒られて取りあげられましたが。
チャンネルを変えられたくないときは、ガチャガチャ部を隠したりしてました
↑まさしく、これです。

 わたしの叔父は、白黒からカラーへの移行を経験してました。
 ジャイアント馬場のパンツが真っ赤だったことに、衝撃を受けたそうです。
ジャイアント馬場のパンツが真っ赤だったことに、衝撃を受けた
↑白黒テレビでは、グレーに見えたそうです。

 ↓ここは、昭和30年代の暮らしを再現したスペースでした。

↑「み」。またもやピンボケでした。

 ひとつの部屋を何通りにも使ってた時代です。
 ちゃぶ台で食事をする部屋であり……。

↑この本も面白かったです。

 テレビを見ながらくつろいだり、お母さんがミシンをかけたりもしました。
 そして夜は、布団が敷かれ、寝室となるわけです。
布団は落ちないし、暑ければ畳に転がり出られます。
↑わたしも今、こんな感じで寝てます。布団は落ちないし、暑ければ畳に転がり出られます。実に快適。

 今とはまったく違いますね。
 食事は、ダイニングキッチン。
食事は、ダイニングキッチン

 くつろぐのはリビングルーム。
くつろぐのはリビングルーム

 お母さんは、専用の家事室でしょうか。
お母さんは、専用の家事室

 ミシンなんかは、かけませんわな。
 寝るのはもちろん、ベッドルーム。
寝るのはもちろん、ベッドルーム
↑布団の取り合いにならないもんですかね?

 用途用途で別の部屋が使われます。
 こんな狭い国で、だだっ広いアメリカの家を真似た暮らしを始めたわけです。
だだっ広いアメリカの家
↑アメリカの家。落ち着かん!

 今はむしろ、空き部屋を持て余す時代になってるんじゃないでしょうか。
 空き家が問題になってますが……。
空き家が問題

 それぞれの家庭内でも、空き部屋問題が生じてる。
 かく言う我が家もそうです。
 1階が、ダイニングキッチンは含めずに、5部屋あります。
 2階が、3部屋。

 家族は、わたしと母の2人だけです。
 1階の部屋は、すべて母が使ってます。
 といっても、1部屋は仏壇が置いてあるだけ。
『仏壇返し』という体位
↑『仏壇返し』という体位。なんでこの格好が、『仏壇返し』なんですかね?

 ほぼ物置化してる洋間がひとつ。
 お客が来たときしか使わない部屋がひとつ。
 日常的に使ってるのは、2部屋だけですね。
 2階も、1部屋は箪笥が置いてあるだけです。
箪笥は、一番下から順に物色するのが手順
↑素人ですね。箪笥は、一番下から順に物色するのが正しい手順です。我が家の箪笥には、衣類しか入ってませんが。

 この30年代の展示のように、一部屋を何通りにも使う、慎ましい暮らしをしてみたいのですが……。
 部屋が有り余ってるのです。

 国が老いるというのは、こういうことを言うんでしょう。
 しかし、有史以来、国が老いるというのは、初めての経験なんじゃないでしょうか。
 いったいこの先、どうなっていくんでしょうね。
限界集落の廃校跡
↑限界集落の廃校跡。こうして、再び自然に帰っていくわけです。

 ↓茶の間にある食器棚。
茶の間にある食器棚
↑「み」

 わが家にも、客間にあります。
 わが家で今……。
 茶の間の食器棚が開けられるのは、お客が来てお茶を出すときだけなんじゃないでしょうか。
 この展示の昭和30年代は、茶の間は食事室でもあったわけですから……。
 食器棚があってもおかしくないわけです。
茶の間は食事室でもあった
↑『杉並区立西田小学校郷土資料展示室』です。一般の人も観覧できるようです。

 でも、茶の間で食事をしなくなった今も……。
 茶の間に食器棚は置かれてる気がしませんか。
 もう、お茶碗なんかは入ってません。
 その代わりに、旅行先で買ったコケシなんかが入ってたりします。
旅行先で買ったコケシなんかが入ってたり
↑こんな感じ

 あ、思いだした!
 食器棚じゃありません。
 茶箪笥ですよ、茶箪笥!
 うーむ。
 懐かしい響きです。
 お菓子なんかも入ってましたね。
 湿気た煎餅とか。
 今のお煎餅は、1枚ずつ包装されてたりします。
今のお煎餅は、1枚ずつ包装されてたり

 昔は、大袋に剥き出しで入ってました。
 当然、すべては食べきれないので、封をして茶箪笥に戻します。
 封と入っても、洗濯挟みで挟むだけですので……。
封と入っても、洗濯挟みで挟むだけ

 あっという間に湿気てしまいます。

 ↓番台を、反対側からも撮ってました。
番台を、反対側からも撮ってました
↑「み」

 やっぱり、番台に上がることに未練があったのかも知れません。
 まだロッカーがなく、脱衣カゴの時代なんでしょうね。
脱衣カゴの時代
↑わたしの写真はピンボケだったので、拝借画像です。何でピンボケばっかりなんですかね?

 板の間稼ぎを見張るために、番台が必要なわけです。
 石鹸などの販売だけだったら、フロント形式でもいいはずですから。

 ↓窓から撮った『不忍池』です。
窓から撮った『不忍池』
↑「み」

 この蓮根、都とかが収穫しないんですかね?

 ↓1階に下りました。
大正期の街並みを再現
↑「み」

 ここは、大正期の街並みを再現したエリアです。
 向かって右が、駄菓子屋。
 左は、洗い張りかなんかの居職(いじょく)の住まいでしょうか?
 駄菓子屋は、室内の造作もされてますが……。
 左側は壁だけの造りのようです。
 注目したいのは、路地の中央に連なる「ドブ板」。
 雨水などを流す排水路に、板のフタをしたものです。

 選挙の手法のひとつに、「ドブ板選挙」と云うのがあります。
 まさしく、こうした路地の奥まで入りこみ……。
 おかみさんなどひとりずつに、頭を下げて握手して回る選挙です。
 かつて、新潟3区の田中角栄が得意としてました。
「ドブ板選挙」

 角栄は、「歩いた家の数しか票は出ない。手を握った数しか票は出ない」と言ってたそうです。

 さて、わたしがこの「ドブ板」に注目したのは……。
 選挙の話をしたかったわけではありません。
 この「ドブ板」、恐ろしい一面を持ってるんです。
 大正期になれば、ある程度、消防も発展してきたでしょうが……。
 江戸時代は、水による消火はほぼ出来ませんでした。
「破壊消防」と云う方法
↑延焼しそうな先の家屋を壊して火の広がりを防ぐ「破壊消防」と云う方法です。

 江戸の街は、何度も大火に襲われてます。
 冬は、ほんとに怖い季節だったんです。
江戸の街は、何度も大火に襲われてます
↑乾燥した強風の中で火が出れば、紙と板で出来た家はひとたまりもありません。

 裕福な商家などでは、女房子供を郊外に疎開させたほどですから。

 その火事が広がる原因のひとつとなったのが、この「ドブ板」なんです。
 文字どおり、板で出来てます。
 路地の中を、奥まで連なってますね。
 早い話、導火線と一緒なんです。
 ↓ここを火が走って、長屋の奥、一軒一軒まで入って行くわけですよ。
ここを火が走って、長屋の奥まで入って行く

 怖いですね。
 長屋の住人の中には、下駄を履いて寝た人もいたそうです。
 これは、北斎の娘の応為(おうい)のことでしたかね?
 火事マニアだったそうです。
葛飾応為『吉原格子先之図』
↑葛飾応為『吉原格子先之図』。「江戸のレンブラント」と呼ばれてます。

 草履などでは、折れ釘を踏み抜いたりして危険です。
 抗生物質などのない当時……。
 深い傷を負うことは、命取りになりかねませんから。

 ですから、火事で逃げるときは下駄が一番です。
 荷物は、何も持ちません。
 身ひとつです。
 住まいの長屋は、借家。
住まいの長屋は、借家
↑左上隅の箱みたいなのは、枕屏風です。中には布団が積んであります。押し入れはありません。

 家財は、ほとんどが「損料貸し」というレンタル品。
「損料貸し」
↑こんなシリーズものがあるようです。面白そうですね。

 自分の所有物なんか、ほとんどないんです。
 宵越しの銭もないわけですから。


↑こちらも面白そうです。

 ま、考えてみれば、気楽な暮らしです。
 病気でもしたら、それっきりですが。

 ↓「小唄」の師匠の住まいですね。
「小唄」の師匠の住まい
↑「み」

 表札(?)は、「春日可津」となってます。
表札(?)は、「春日可津」
↑「み」

 “かすがかつ”でしょうか。
 これが、師匠の芸名なのでしょう。
 「春日」は、流派かも知れませんね。

 わたしが好きな『半七捕物帳』にも、ときどき小唄の師匠が出て来ました。
 芸名は、「文字春」とか頭に“文字”が付きました。
 でも、改めて調べてみたら、小唄ではなく、常磐津の師匠でした。
 ↓『津の国屋』。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 赤坂裏伝馬町の常磐津の女師匠文字春が堀の内の御祖師様へ参詣に行って、くたびれ足を引き摺って四谷の大木戸まで帰りついたのは、弘化四年六月なかばの夕方であった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
↑物語冒頭の文章です。この一節だけで、いきなり物語に引きこまれます。

 この“文字”は何だろうとずっと不思議に思いながら、一度も調べずに来ました。
 今回、初めて調べてわかりました。
 常磐津の創始者が、『常磐津文字太夫(もじだゆう)』を名乗ってたんです。
 この“文字”を継いでるわけですね。
 常磐津は、浄瑠璃を語る太夫と、三味線弾きで構成されるそうです。
 小唄とは、大分違ってましたね。
 でも、“文字"とは何なのかは、わからないままです。
 シツコク調べたら、刀工に「左文字(さもんじ)」という一派があるようです。
 「右文字」は、いませんでした。
 『左甚五郎』、『左とん平』。
 なんで、右がいないんでしょうね?

 しかし、表札(?)が出てると言うことは……。
 ここは、表の入口なんですよね。
 入口のすぐ脇に、洗濯物が干してあります。
 ↓入口に近い方のは、白足袋でしょう。
入口に近い方のは、白足袋です
↑「み」。またもやピンボケですが。

 もうひとつの方は……。
 これって、下着なんじゃないですか?
これって、下着なんじゃないですか?
↑「み」

 ↓半襦袢とかいうやつ。



 でも、筒袖なのが不思議です。
 あ、これは大正期か。
 筒袖の半襦袢って、いつごろ発明されたんですかね?
 確かに、三味線を弾くには、こちらの方が良さそうな気はします。

 でも、いずれにしろ、色っぽいですよね。
 ていうか、色っぽすぎませんか?
 入口脇に、足袋と半襦袢が干してあるんですよ。
 ひょっとしたら、男の入門者を誘う餌ですかね?
 中で、違うことを教えてるのかも知れません。
 三味線の音が途絶える時間があるんじゃないですか。
 今なら、テープをかけておけますが……。
今なら、テープをかけておけますが……

 大正期では無理でしょう。

 ↓長屋です。
長屋です
↑「み」

 なんだか江戸時代みたいですが、↓奥に柱時計が掛かってます。
奥に柱時計が掛かってます
↑「み」

 ここは、銅壷(どうこ)職人の一家(4人)の住まいだそうです。
 銅壷とは、銅板で作った湯沸かし器のことだとか。
 当初、ヤカンのことかなと思いましたが、画像を探したらぜんぜん違いました。
注ぎ口があるということは、ヤカンとしても使った?
↑注ぎ口があるということは、ヤカンとしても使ったのでしょう。あ、お湯を捨てるための口か。

 これは、火鉢の中に入れて使うそうです。
 ヤカンが主な役目ではなく、お燗を付ける道具みたいですね。
 こういうので燗を付けて飲んだら、楽しそうですね。
 老後の楽しみにしようかな。
今時の銅壷
↑これは新しい作みたいですね。

 なお、銅壷職人は、銅壷だけを作ってたわけではなく……。
 鍋やヤカンなど、銅を材料とする器具全般を作ってました。
 もちろん、作るだけでなく、修理も行います。
銅壷の修理
↑現代の修理画像です。今はむしろ、新しい物が手に入りにくいので、修理して使うしかないのかも知れません。

 昔の人は、壊れたら捨てるなんてことしませんからね。

 ↓ここは玄関かと思ったら、作業場だそうです。
銅壷職人の作業場
↑「み」

 さまざまな道具が揃ってます。
 ↓これが、炉です。
銅壷職人の炉
↑「み」。どうしてもピンボケですね。

 ブロックみたいに石を積んだ右側が炉です。
 炉の前に小さな椅子があります。
 ここに腰掛けて作業したのでしょう。
 石組みの左側にある箱が鞴(ふいご)です。
 手前に取っ手が付いていて……。
 それを押したり引いたりすると、風が右側の炉に吹き出す仕組み。
鞴(ふいご)
↑こういうものです。

 火力を強め、材料となる金属片を溶かすわけです。
 燃料は、石炭やコークス(石炭から揮発分を除いたもの)だそうです。
コークス
↑図で“ガス”とあるのが「揮発分」だと思います。

 職人には、家で仕事をするものと……。
 客先に出かけていって仕事をするもの、2種類があります。
 前者を居職(いじょく)、後者を出職(でじょく)と云いました。
 銅壷屋は居職、大工などが出職です。
大工
↑浮かない顔ですね。

 わたしがなるなら、断然、居職です。
 出かけていくのは面倒ですから。
 仕事に飽きたら、茶の間に上がって寝転がってしまえばいい。
寝転がってしまえばいい
↑あ~、楽だ。

 「今日はもう止め!」と決めれば、風呂屋に行って、晩酌です。
晩酌です
↑ネズミの尻尾に、猫の首輪が結ばれてます。どういう謎でしょう?

 飲み過ぎて二日酔いになっても、朝早く出かけなくていい。
 云ってみれば、在宅ワークです。
 わたしの憧れですね。

 でも、大工などの出職にも、いいところはありました。
 例えば、雨の日などは、休みになったようです。
雨の日などは、休み
↑作り物ではなく、インドネシアで撮られた実写だそうです(ホンマか?)

 梅雨のころは、毎日、家でゴロゴロできますよね。
 ただ、日当ですから、仕事に出なければ、お金は入りません。
 おかみさんは、腹立たしかったでしょうね。

 明治、大正までは……。
 小学校を卒業すると、すぐに奉公に出るのが普通でした。
 12歳くらいで親方の元に弟子入りし……。
 徴兵検査のある20歳までの8年くらいの年季奉公の間に、職人としての技術を身に付けたそうです。

建具職人の千太郎 [岩崎京子]
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↑これは、江戸後期のお話。千太郎は、7歳で奉公に出たそうです。切ないです。

 この間はもちろん、親方の元に住みこみです。
 親方の家の家事などもしながら……。
 親方や年長の職人の仕事を、見よう見まねで覚えます。
 年季が明けると、ようやく一人前とみなされ……。
 初めて給金がもらえたそうです。

 休日は、明治時代までは、「藪入り」の日だけ。
 1月15日と7月15日の2日だけです。
初めて親元に帰った日
↑初めて親元に帰った日でしょうか。

 年に、たったの2日ですよ。
 それも、朝、親方の元を発って……。
 夕方には、親に伴われ、また親方の元に戻ったそうです。
 聞いてるだけで辛くなりますね。
藪入りの日の夕方
↑藪入りの日の夕方じゃないでしょうか。帰りたくないですよね。

 大正時代からは、毎月1日と15日が休みになったそうです。
 それでも、月に2日です。
 でも、大工の弟子なら、雨とかで休めますよね。
 親元には帰れなかったでしょうけど。
 商家の方が、辛かったように思えます。
明治中頃の静岡の商家
↑明治中頃の静岡の商家。中央が、主人と息子。ほかの3人の子供は丁稚です。

 あと、商家では、いろいろ気働きを覚えなければならないでしょう。
 こういうことが不得手な子は、必ずいたはずです。
 その点、職人は、黙々と手仕事に励めばいいわけです。
 でも……。
 職人は、怪我が怖いです。
 何の保証もありませんから。
 「怪我と弁当は自分持ち」と言われました。
 昔の人は、運不運で、まったく違った人生になったでしょうね。

 ↓仕事場と隣り合った、居住スペースです。
仕事場と隣り合った、居住スペース
↑「み」

 ↓長火鉢とお銚子。
長火鉢とお銚子
↑「み」

 これから晩酌ですね。
 1日で一番楽しい時間だったでしょう。
 今、お銚子が載ってるところは、「猫板(ねこいた)」と云います。
 ↓取り外せるようになっていて、客に出す湯飲みなどを載せて運ぶのに使われました。
猫板

 なお、「猫板」の語源ですが……。
 まさしくそのまんま。
 ここに猫が載って暖まってることが多いからです。
ここに猫が載って暖まってる

 ↓これが、銅壷(どうこ)です。
銅壷です
↑「み」

 この職人は、かなりな道楽者のようです。
 ↓これは、「三味線箱」ですね。
「三味線箱」
↑「み」

 この職人は、既婚者です。
 ↓箪笥の上に、鏡台が載ってますから。
箪笥の上に、鏡台が載ってます
↑「み」。相変わらず、大ピンボケ。

 でも、おかみさんが三味線を弾くことは……。
 芸者あがりでもない限りはなかったでしょう。
 つまり、この三味線は、職人が弾いたんです。
 といっても、この部屋で弾いたわけではありません。
 義太夫、小唄、長唄、常磐津、清元などを習いに行ってたんです。
 多くは、お師匠さん目当てだと思います。
左の男たちは、順番待ちでしょうか?
↑これは、長唄師匠。左の男たちは、順番待ちでしょうか? これじゃ、悪事なんか働けません。

 この銅壷職人は、玄関先に洗濯物を干してた色っぽい師匠に通ったんでしょうか?
 でも、あまりにも近すぎて……。
 悪事を働くのは難しいでしょうね。
 といっても、すぐ近所に師匠がいるのに、遠くの師匠に付いたりしたら……。
 魂胆が見え見えです。
 悩ましいところですね。

 ↓大正時代の静かな夜が偲ばれます。
大正時代の静かな夜

 ↓銅壷屋の横にある稲荷です。
銅壷屋の横にある稲荷
↑「み」

 可愛いお稲荷さんですね。
 油揚げが供えてあります。
油揚げが供えてあります
↑「み」

 本物だったんでしょうか。
 もっとよく見てくれば良かったな。
 榊も青々としてますね。
 作り物だったら、ちょっとがっかりですが。
 そういうのを見てこなくてはなりませんね。

 ところで、この榊立てと榊で、忘れられないことがあります。
 わたしは以前、小さな神棚を2階に祀ってました。
小さな神棚
↑これより、もう少しチャチでした。いつ捨てたのか覚えてませんが、今はもうありません。

 一応榊立てもありましたが……。
 作り物の榊を入れてました。
作り物の榊
↑こういうやつ

 ある、正月前のこと。
 観葉植物のガジュマルを、ベランダから取りこみました。
観葉植物のガジュマル
↑「み」。本物です(2010年1月の写真)。

 さすがに、新潟の冬を、外で過ごさせるわけにはいかないので。
 でも、夏場に葉が茂りすぎてたので、枝を切り詰めました。
 ガジュマルの枝は、切ったところから、乳液のような真っ白い汁が零れるんですよ。
乳液のような真っ白い汁が零れる

 ちょっと生々しく、怖い感じさえあります。
 その切り取った枝を、捨てようとして、ふと思いつきました。
 これって、榊の葉に似てるじゃん。
 ということで、正月くらい、本物の植物の方がいいだろうと……。
 作り物を取り去り、ガジュマルの枝を榊立てに挿しました。
 正月中くらいは枯れさせたくなかったので、水も入れました。

 で、無事に正月も終わりましたが……。
 ガジュマルは、まだ枯れません。
 務めは果たしたわけですが……。
 枯れてないのに捨てるのは気の毒です。
 枯れたら捨てようと思い、水だけは足してました。
 ところが、いっこうに枯れないんです。

 神棚は、まったく日のあたらない場所にありました。
 なので薄暗く、ほとんどまじまじと見ることはありませんでした。
 大して気にも留めずにいたのですが……。
 さすがに、節分で撒いた豆を拾ってるとき見あげて、疑問を感じました。
わが家は当然、落花生
↑わが家は当然、落花生。大豆のところは、撒いた豆は食べないんですかね?

 榊立てに挿してから、優に1ヶ月以上経ってます。
 まだ枯れないというのは、尋常ではありません。
 で、改めて榊立てを手に取り、まじまじと見て仰天しました。
 枯れるどころではありません。
 新しい薄緑の小さな葉が、いくつも開き始めてたのです。
新しい薄緑の小さな葉
↑ほかの植物もそうですが、新芽というのは、ほんとうに可愛いものです。

 枝を、榊立てから引っこ抜いてみて……。
 更に、びっくり仰天。
 枝の切り口から、もうもうと根が出てたのです。
コップに水差ししたガジュマル
↑こちらは、コップに水差ししたガジュマル(拝借画像です)。普通に根が出るようです。

 なんと、薄暗い神棚の榊立ての中で、独立した生命体として生き始めてたんです。
薄暗い神棚の榊立ての中

 新潟の湿気の多さも良かったのかも知れません。
冬場は、最高気温と最低気温の差が小さい
↑あと、冬場は、最高気温と最低気温の差が小さいのも良かったのかも。

 しかし、ガジュマルの生命力の強さに、改めて感服しました。
 そして今も、感服し続けてます。
 なぜなら、その2本のガジュマルの枝、今もまだ生き続けてるんです。
 2階のトイレの中です。
 榊立てから抜いた2本を束ねて茶碗に入れてたら、根っ子がくっついて、1本になりました。
茶碗から出した写真
↑「み」。これは、2010年1月の様子。茶碗から出した写真です。およそ9年前です。

 そのまま、10年以上が経ちました。
 最近はさすがに茶碗が小さくなったので、100均で買ったガラスの保存瓶に入れてます。
現在のガジュマル
↑「み」。これが、2018年11月。元気です。

 根が伸びられないので、大きさはほとんど変わりません。
 でも、同じ大きさを保ちながら……。
 ずっと生き続けるというのはスゴいと思います。

 また脱線しました。
 元に戻します。

 ↓次の写真。
路地のようですが……
↑「み」

 これも路地のようですが……。
 ピンボケなうえ、意図がわかりません。
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