Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
カテゴリ:単独旅行記 > Ⅳ・総集編
ベランダの出入口から、建物上階を見あげたもの
↑「み」

 これは、ベランダの出入口から、建物上階を見あげたもの。
 2階と3階が見えます。
 ここは、ベランダと窓が再現されてるだけで……。
 部屋の中は造られてないと思います(あったりして)。

外観だけとは言え、造りに手抜きはありません
↑「み」

 上階は外観だけとは言え、造りに手抜きはありません。
 ↓ベランダの反対側の仕切りには物置がなく、パネルを破って逃げられるようになってます。
ベランダの反対側の仕切り
↑「み」

蠅帳
↑「み」

 また、部屋の中に取って返しました。
 なにしろ、見物客がわたし一人だったので、思うままに動けます。
 ほかの見物客がフレームに入れば、撮影もためらわれるところですが……。
 もう、独壇場の撮り放題です。
 この写真にあるボックスは、いわゆる「蠅帳」です。
 読みは、“はいちょう”になります。
 “はいちょう”で変換してみてください。
 食品を、一時的に保管するボックスです。
 今、これがある家は少ないでしょうね。
 冷蔵庫に入れちゃうでしょうから。
 でも、昔の冷蔵庫は小さかったので、蠅帳は必需品だったでしょう。
蠅帳と冷蔵庫のツーショット
↑「み」。蠅帳と冷蔵庫のツーショット。

 わが家も、昔は「蠅帳」がありました。
 でも、こんな立派な箱ではありません。
 ↓こういう、上から被せる折りたたみ式のカバーでした。
上から被せる折りたたみ式のカバー

階段を下りたところにある、集合ポスト
↑「み」

 階段を下りたところにある、集合ポストです。
 1つの階段に、左右2戸ですから……。
 これだと、3階分ですね。
 なお、もちろんのこと、1つの建物では、部屋が横に何戸も並んでます。
現在の『常盤平団地』
↑現在の『常盤平団地』です。

 階段が、2戸おきにあるんだと思います。
 同じ階でも、ほかの階段を使う人とは、ほとんど顔を合わせることはないでしょう。
 むしろ、同じ階段を使う、上下階では顔見知りになりますね。
 上の階の方が、優越感を感じそうですが……。
 実際には、不便だと思います。
 もちろん、エレベーターが無いからです。
 日々の出入りで、階段を上り下りしなくてはなりません。
 一番大変なのが、引っ越しでしょう。
 引っ越し業者の値段も、上の階は高かったんじゃないですかね?
無茶しますね
↑無茶しますね。

ダストシュート
↑「み」

 また、外に出ました。
 左側下方に、コンクリートの出っ張りがあります。
 これは、ダストシュートです。
 各階の階段に開口部があり、そこからゴミを投入すると、ここに落ちてくる仕組みです。
 なお、現在の常盤平団地では、使用できなくなってます。
 ゴミを分別して出さなきゃならなくなりましたからね。
 エレベーターが普及してからは、建物が高層化したため……。
 1階部分のゴミを溜めるキャパが追いつかなくなり、設置されなくなりました。
 わたしの小学校にも、ダストシュートはあったんです。
小学校にも、ダストシュート
↑新潟県見附市立今町小学校(わたしの母校ではありません)。この校舎は、改築工事により取り壊されたようです。

 でも、使われてませんでした。
 学校では、児童の転落事故を恐れ塞がれたそうです。

ダストシュートの出口
↑「み」

 左に、ダストシュートの出口が写ってます(窓は、1階の浴室です)。

階段にあるダストシュートの入れ口
↑「み」

 これは、階段にあるダストシュートの入れ口です(金属ポールは、展示用の人止め柵)。
 たしかにこの大きさなら、小さい子供は入ってしまうでしょうね。

ドアの上半分の方に、フラップのようなものがあります
↑「み」

 意図不明の写真。
 ずいぶん、上から撮ってます。
 カメラを頭上に翳して撮ったようです。
 なお、ドアの上半分の方に、フラップのようなものがあります。
 これは、のぞき窓です。
 団地内には、誰でも入りこめます。
 エリートサラリーマン家庭ばかりとなれば……。
 押し売りまがいの訪問販売もあったでしょう。
 昼間、奥さんひとりのときは、うっかり扉を開けられません。
 ↓展示物でも、ちゃんと開く構造になってたようです。
展示品でも、ちゃんと開く

 わたしは行儀が良いので、開いてみませんでした。
 触ってくれば良かった。
 でも、かなりデカい窓ですよね。
 なんで、こんなにデカいのでしょう?
 押し売りの目を、傘の先で突くためでしょうか?
 ↓と思ったら、どうやら窓には強化ガラスが嵌めこまれてたようです。
窓には強化ガラス
↑奈良市の中登美第二団地(現役)です。

牛乳箱が写ってました
↑「み」

 ここにちゃんと、牛乳箱が写ってましたね。
 牛乳箱の左上にあるのは、来客が押すブザーだと思います。
 上の窪んだ窓は、トイレの窓ですね。
 換気口を兼ねた明かり取りでしょう。
 しかし、コンクリートが分厚い感じですよね。
 こんなものなんでしょうか?
 窓の左隣にあるのは、たぶん表札だと思います。
 そう云えば、謙二郎と陽子には、名字がありませんでした。
 なんで、名字だけ設定しなかったんでしょうね?
 松戸謙二郎とかにすれば良かったのに。
 ま、これだと、同名の人がいてしまうでしょうけど。

左の窓の向こうは浴室です
↑「み」

 トイレの窓に興味を持ったのか、わざわざトイレの中に引き返して撮ってます。
 左の窓の向こうは浴室です。
 浴室の反対側には、戸外への窓があります。
 おそらく、トイレの採光のための窓ですね。
 ↓イラストの間取り図がありましたので、位置関係をご確認下さい。
イラストの間取り図

浴室の反対側の窓
↑「み」

 これが、浴室の反対側の窓です。
 鍵が懐かしいですね。
鍵が懐かしいです
↑「み」。ちょっとピンボケでした。窓の外にピントが合ってしまったようです。

 窓に鍵は必要ないようにも思いますが……。
 ↓ダストシュートに載れば、1階の浴室には窓から入りこめてしまいそうです。
ダストシュートの出口
↑「み」

階段の俯瞰
↑「み」

 再び、階段の俯瞰。
 配水管まで再現してありますね。

謙二郎と陽子の住む1階から、さらに上階に続く階段
↑「み」

 またまた階段を上ります。
 ここは、謙二郎と陽子の住む1階から、さらに上階に続く階段。
 下に、人止め柵のポールが写ってます。
 つまり、ここから上は進入禁止なのです。

上階に侵入しました
↑「み」

 人止め柵を乗り越え、上階に侵入しました。
 ドアノブに、何か下がってますね。
 このときはさすがに、文字を読んでる余裕はありませんでした。
 ↓拡大してみます。
ドアノブに、何か下がってます
↑「み」。ムリヤリ拡大したので、画像が粗くなってます。

 上に「危険」、下に「落下注意」と書いてます。
 いったい何が落下するというのでしょう?
 不法侵入者への鉄槌でしょうか?
 おそらく、ドアノブが落ちるということだと思うのですが。
 もちろんわたしは、触りませんでしたけど。

反対側のドアも、物入れの扉もちゃんとあります
↑「み」

 反対側のドアも、物入れの扉もちゃんとあります。
 内部は造られていないはずですが……。
 誰かが住んでそうなリアリティが、プンプンしてました。
 ひょっとしたら、立ち入り禁止区域には監視カメラがあって……。
 侵入者を確認したときは、警備員が飛んでくるシステムになってるかも知れません。
 こんなところで捕まってるわけにいきませんので、早々に退散しました。

縁の下の換気口です
↑「み」

 また、建物の外に出てます。
 縁の下の換気口ですね。
 ↓この常盤平団地は、1階でも、5段の階段を上る構造になってます。
常盤平団地は、1階でも、5段の階段を上る構造
↑「み」

 ということは、1階の下には縁の下があるわけです。
 ただの空洞なんですかね?
 残念ながら、ネット上に情報はないようです。

六畳間の窓
↑「み」

 これは、六畳間の窓です。
 柵の下に何か下がってます。
 この画像を撮ったときは、まったく気づいてなかったと思います。
 ↓モノクロ写真ですね。
三輪車に乗った子供
↑「み」

 三輪車に乗った子供でした。
 ちょっと怖いです。

当たり前ですが、2階にも同じ窓があります
↑「み」

 当たり前ですが、2階にも同じ窓があります。
 さっき、人止め柵を乗り越えて、ドア前まで侵入した部屋の窓です。
 内部は造られていないはずなのですが……。
 胸騒ぎのようなものを感じる窓です。
 あまりにも気になったので、もう一度、階段を上ったようです。
 再び、人止め柵を越え、2階へ。
 ↓この部屋の窓です。
再び、人止め柵を越え、2階へ
↑「み」

 怖いので、すぐに退却。

 常盤平団地の写真は、これで終了です。
 ↓これが、1枚目の写真でした。
これが、1枚目の写真でした
↑「み」

 撮影時刻は、9時46分。
 その上の最後の写真の撮影時刻は、10時5分。
 わずか、19分の滞在でした。
 もっといたような気がしてなりません。
 何度も階段を上り下りしてますからね。
 なんか、別の時間が流れてたんじゃないでしょうか。

 なお、この『松戸市立博物館』の常盤平団地編を書くに当たり……。
 参考にさせていただいた書籍があります。
 ↓こちらです。
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 『常盤平団地』の展示と、実際に常盤平団地に暮らした人の写真で綴られてます。
 この本は、今回の執筆にあたって買ったものではありません。
 奥付を見ると、2001年の初版になってます。
 『Mikiko's Room』を始めるずっと前に買って持ってたものです。
 もちろん、団地暮らしに対する憧れが、購入動機だったと思います。

 さて、『常盤平団地』編は、これにて終了です。

いきなり虚無僧です
↑「み」

 いきなり虚無僧ですが……。
 ここはまだ、『松戸市立博物館』の中です。
 ↓博物館ホームページの説明文を転載します。
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 江戸時代の小金宿(現在の松戸市小金)には、一月寺という変わった名前の虚無僧寺院がありました。虚無僧寺一月寺は、青梅鈴法寺とともに、普化宗(ふけしゅう)総本山として全国に知られていました。正確には、「普化宗触頭」あるいは「普化禅宗惣本寺」といいました。
 普化宗は、中国唐代の普化禅師を宗祖とする禅宗の一派で、その僧侶を虚無僧といいます。しかし、明治4年(1871年)政府の普化宗廃止令により、普化宗総本山一月寺の歴史は閉じられました。
 ここでは、主に虚無僧や一月寺、尺八の歴史について紹介しています。
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 普化宗は、臨済宗(禅宗)の一派のようです。
 普化(?~860)は、唐の時代の中国の禅僧。
 生涯遊行した奇行僧だそうです。
普化禅師振鈴図
↑『普化禅師振鈴図』。死後、棺から忽然と消えたそうです。“フケる”という言葉は、ここから生まれたとか(ヨタに非ず)。

 日本における普化宗は、江戸時代、虚無僧集団として忽然と歴史の舞台に現れます。
 教義や信仰上の内実はほとんどなく……。
 尺八を法器と称して、禅の修行や托鉢のために吹奏しました。
尺八を法器と称して、禅の修行や托鉢のために吹奏

 1614(慶長19)年、徳川家康より与えられたとされる『慶長之掟書』により……。
 諸国通行の自由など、種々の特権を持っていたため、隠密の役も務めたとも言われてます。
 維新後、明治政府により、普化宗は廃宗とされました。

 虚無僧キャラで有名なのは……。
 吉川英治『鳴門秘帖』の主人公である、隠密の法月弦之丞(のりづきげんのじょう)でしょう。
 幾度も映像化されています。
 特に、1977年~78年にかけて、NHKで放送されたテレビ時代劇では……。
 法月弦之丞を田村正和が演じました。
鳴門秘帖
↑右は、“見返りお綱”役の三林京子。

 まさに、美剣士という言葉そのものの姿で、大変な人気だったとか。
まさに、美剣士

見てのとおり、尺八です
↑「み」

 見てのとおり、尺八です。
 名前の由来は、標準の管長が、一尺八寸(約54.5cm)であったこと。
 真竹の根元で作られます。
 手孔は前面に4つ、背面に1つ。
手孔は前面に4つ、背面に1つ

 江戸時代には、幕府の法度により、尺八は普化宗の虚無僧のみが演奏できました。
 虚無僧以外の者は吹いてはならなかったわけですが……。
 実際には尺八をたしなむ者は多くいたそうです。

 これで思い出しました。
 法螺貝です。
 今では、山伏のイメージしかありませんが……。
山伏のイメージしかありませんが……

 戦国時代は、軍勢への合図として使われてました。
戦国時代は、軍勢への合図として使われてました

 江戸時代になってからは、戦場で吹かれることはなくなったわけですが……。
 先祖からの法螺貝が、家宝のように伝わった家もあったでしょう。
 それを見れば、吹きたくなるのが人情です。
 ひそかに吹奏する、愛好者もいたようです。
『新潟県立看護大学』の「ほらガール」
↑現代の愛好者。『新潟県立看護大学』の「ほらガール」だそうです。

 しかし、法螺貝は元々、戦場で使われていた音色であり……。
 中には、落城のときにだけ吹かれる『落城の譜』などもありました。
 こんな曲を、いきなり城下で吹き立てたら大変なことになります。
 で、愛好者は、山に登って、誰もいないところで吹くようになったとか。
 実はこれ、小説で読みました。
 岡本綺堂の『三浦老人昔話』にある、『落城の譜』。
 『青空文庫』で読めますので、興味のある方はどうぞ(→『三浦老人昔話』)。

昭和35(1960)年ごろの『一月寺』
↑「み」

 昭和35(1960)年ごろの『一月寺』。
 元々は“いちげつでら”と称し、普化宗の関東総本山でした。
 しかし、江戸幕府と縁が深かった普化宗は、明治政府により廃宗とされました。
 僧侶は僧侶資格を失い、以後、近くの万満寺(まんまんじ)の助力を得ながら在家が管理する形となっていたそうです。
 昭和30年代になって、日蓮正宗に改宗し、“いちがつじ”と読みを変え現在に至るとのこと。
現在の『一月寺』
↑現在の『一月寺』。江戸時代と同じ場所にあります。

 普化宗時代の寺宝は松戸市に寄贈され、『松戸市立博物館』などで見ることが出来るわけです。

江戸時代の『一月寺』
↑「み」

 江戸時代の『一月寺』です。
 怪しさ満点ですね。
 ↓左の方に、籠を背負った子供がいます。
左の方に、籠を背負った子供がいます
↑「み」

 これは、何の籠でしょう。
 もう1人が、釣り竿のようなものを持ってますから……。
 釣った魚を入れる籠でしょうか?
 『一月寺』のすぐ近くには、坂川が流れてます。

虚無僧の歴史
↑「み」

 虚無僧の歴史です。
 虚無僧で一番特徴的なのは、天蓋と呼ばれる籠でしょう。
虚無僧で一番特徴的なのは、天蓋と呼ばれる籠

 頭に被ってる籠です。
 江戸時代に虚無僧が増えたのは、幕府の失業対策の目的もあるようです。
 取り潰した藩の浪人や、家督を継げない武家の2男3男に、食べていく道を与えたわけです。
 托鉢と云っても、体の良い物乞いです。
クラリネット奏者である日本の乞食
↑シュピースというドイツ人が描いた幕末のスケッチ。『クラリネット奏者である日本の乞食』と添え書きしてあります。

 天蓋を被ることを義務づけたのも、そういう意味合いじゃないでしょうか。
 しかし、これを隠れ箕にする犯罪人が増えるようになり……。
 幕府も、たびたびニセ虚無僧の規制を行ったそうです。

松戸覚之助
↑「み」

 『二十世紀梨』が、松戸生まれとは知りませんでした。
 写真の人は、梨農家の松戸覚之助。
 松戸という名字は、おそらく明治になって付けたものでしょう。

 明治21(1888)年、覚之助が高等小学校2年生(13歳)のおり……。
 分家の石井佐平の家を訪れた際、ゴミ捨て場に芽を出した梨の苗木があるのを発見しました。
 覚之助は、石井から苗木を譲り受けて自宅に植えました。
 試行錯誤すること10年、覚之助が23歳となった明治31(1898)年、ついに結実しました。
 人を招いて試食してもらったたところ……。
 多汁で甘く、肉質も柔らかであるとの好評価を得ました。
 話を聞いた大隈重信も試食に与かったとのことです。
 覚之助は当初、『新太白』と命名したのですが……。
 後に、助言を得て、『二十世紀梨』と改名しました。
二十世紀梨

 覚之助の偉いところは……。
 この新種の苗木を、栽培を希望する農家に快く分け与えたことです。
 このため、『二十世紀梨』は、またたくまに全国に普及しました。
 1910年の日英大博覧会では、『二十世紀梨』は名誉賞を受けています。
 現在、『二十世紀梨』誕生の地は、『二十世紀が丘梨元町』という地名になってます。
 同地にある『二十世紀公園』には……。
 『二十世紀梨』の日本一の産地となった鳥取県から送られた感謝の碑も建ってるそうです。
鳥取県から送られた感謝の碑
↑母ありて ざるにひとやま はだ青きありのみのむれ われにむけよとすゝめたまふ 「二十世紀」 ふるさとの秋ゆたかなり(尾崎翆)

 わたしは、果物の中で、梨が一番好きかも知れません。
 松戸覚之助さん、ありがとう!

ちょこっと休憩
↑「み」

 ちょこっと休憩。
 ここはまだ、2階です。
 窓の外は鬱蒼たる森。
 雨に濡れた緑が綺麗でした。
 相変わらず、誰もいません。

三匹獅子舞
↑「み」

 『三匹獅子舞』という展示。
 文字どおり、三匹が一組になった獅子舞のようです。
座って映像も見れるよう
↑「み」

 座って映像も見れるようですね。
 でもわたしは、覗いただけで撤退したみたいです。

 さて、これで見学は終わりですが……。
 1階には、ミュージアムショップがあります。
1階には、ミュージアムショップ

 母と自分用に、お土産を買いました。
 ↓例によって、帰りの新幹線の座席で撮影しました。
リュックに入れてたので、袋がシワシワ
↑「み」。リュックに入れてたので、袋がシワシワです。こういう点だけは、カートが有利ですね。

 ↓中身は、馬と埴輪のキーホルダー。
馬と埴輪のキーホルダー
↑「み」。キーホルダーとしては大ぶりです。女子高生なら、バッグに着けたりするんでしょうね。

 松戸市内の古墳時代の遺跡から出土した品をかたどったようです。
 値段はどちらも、350円。
 入館料(300円)よりは高いですが……。
 比較的良心的な値段だと思います。

 ↓わたしは買いませんでしたが、虚無僧ストラップもあります。
虚無僧ストラップもあります
↑「み」

 デザインがまともすぎて、イマイチ洒落っ気に乏しいです。
 こんなに細かく作りこんでも、遠目からは何だかわからないと思います。
 もっとデフォルメすべきかと。

 ↓さて、博物館を出ました。
博物館を出ました
↑「み」

 撮影した時間は、10時21分。
 博物館に入る前に撮った画像は、9時32分でした。
 滞在時間は、50分弱。
 『常盤平団地』以外の展示もしっかり見るためには……。
 もう30分は必要だと思います。

 さてさて。
 まだ、雨が降ってます。
 ↓行合わせのため、歌を一曲どうぞ。

↑♪雨が小粒の真珠なら~(→拾い集めるに決まっておる)

 予定では、『松戸市立博物館』の見学時間は、10:45分まで取ってありました。
 24分早く見学を終えたわけです。
 ま、いきなりスケジュールが押すと気が急くので、いいペースです。

 まずは、『八柱駅』まで戻ります。
 行きは「Google MAp」に迷わされて30分もかかりましたが……。
「Google MAp」に迷わされて

 帰りは、来た道を戻るだけですので、迷うことはありませんでした。

 再び『八柱駅』です。
JR武蔵野線『新八柱駅』

 と、言いたいところですが、違います。
 ここは、『新八柱駅』なんです。
 来たときは、『松戸駅』から新京成電鉄を使いました。
 で、新京成電鉄の駅が、『八柱駅』。
新京成電鉄『八柱駅』

 今度は、JR武蔵野線に乗ります。
武蔵野線
↑JR武蔵野線は、武蔵野台地をぐるっと巡ってます。こんな線だったとは、今、初めて知りました。ロングシートでなければ、ずっと乗り通しても面白そうなのですが。

 JR武蔵野線の駅は、『新八柱駅』なんです。
 もちろん、駅は隣接してます。
駅は隣接してます

 次の目的地は、ここから2回乗り換えなくてはなりません。
 まずは、JR武蔵野線で『新八柱駅』から『東松戸駅』まで乗ります。
 といっても、隣の駅です。
『新八柱駅』から『東松戸駅』

 乗車時間、3分。
 次に乗り換えるのは、『京成成田空港線』アクセス特急。
 のはずでしたが……。
 乗り場がさっぱりわかりません。
 ↓でも、予定よりスケジュールが進んでるので、呑気に写真なんか撮ってます。
呑気に写真なんか撮ってます
↑「み」

 ↓上の写真を拡大してみたら、ちゃんと乗り場への矢印がありました。
ちゃんと乗り場への矢印がありました
↑「み」。どこ見てたんでしょうね。

 この写真の時刻は、10:43分でした。
 実は、10:44分発の電車があったんです。
 ホームにあがったときは、その電車が発車しようとしてました。
 でも、そういうときに飛び乗ると、必ず逆方向に走り出すので……。
たぶん、こういう顔になります
↑たぶん、こういう顔になります。

 躊躇しました。
 判断が付かず、目の前でドアが閉まるのを見送りました。
目の前でドアが閉まる
↑もちろん、こんな格好はしません。

 構内放送を聞くと、わたしの向かう方向の電車でした。
 しかたありません。
 スケジュール表には、乗るはずの時刻しか書いてないのです。
 その時刻は、11:20分ですので、まだ36分も余裕があります。
 焦ることはありません。

 がらんとしたホームに座り、次の電車を待ちます。
 この駅で聞いたのかどうか、定かではありませんが……。
 急病人の対応でダイヤが乱れてるという構内放送がありました。
 昨日は、『東飯能駅』での爆発物騒ぎのニュースや……。
東飯能駅での爆発物騒ぎ

 線路内に立ち入った人がいるという構内放送を聞いてました。
 なんか、異様な感じを受けましたね。
 東京はもう、わたしが住んでたころの街じゃないとんだと、はっきり悟りました。
 何というか、秩序が制御できなくなってきてるんじゃないでしょうか。
 ギリギリのところに来てる気がします。
 ここから一歩踏み外すと、とんでもないカオスになるしかないのでは。
 わたしがこの意を強くしたのは、新潟に帰ってから読んだネットの記事でした。
 ↓JRの『武蔵小杉駅(川崎市中原区)』での、朝の風景。
JRの『武蔵小杉駅』での、朝の風景

 これは、改札口に向かう人たちの行列です。
 この日は、ダイヤの乱れがあったわけではありません。
 毎朝の日常的な風景だそうです。
 ダイヤが乱れたりすれば、あっという間にこの列が伸びるとか。
台風の日の『武蔵小杉駅』
↑台風の日の『武蔵小杉駅』。

 利用する乗客も、「いつ事故が起きてもおかしくない」という不安を抱いているそうです。
 実際、そうでしょうね。
 地震などで電車が止まったら、大変なことになるはず。
 次から次に押し寄せる人波で、引き返すことも出来なくなります。
 考えただけで怖いです。
 わたしは、今、東京近郊に住みたいとは思いません。
 何かあったときのリスクが、あまりにも大きすぎです。

 さてさて。
 話を元に戻しましょう。
 『東松戸駅』で、10:44分発の電車を逃したところから。
 ↓これは、わたしの乗る路線に向かうエスカレーターです。
わたしの乗る路線に向かうエスカレーター
↑「み」

 でも、さほど悲観はしてませんでした。
 東京なら、すぐに次の電車が来ると思ってましたから。
 しかし……。
 ここは、千葉だったのです。
千葉の基本風景
↑千葉の基本風景(千葉市内です)。

 次の電車は、なんと20分後の11:04分でした。
『東松戸駅』京成高砂方面時刻表
↑『東松戸駅』京成高砂方面時刻表。

 でも、まだ余裕です。
 わたしの予定表では、11:20分発に乗ることになってましたから。
 まだ、16分の貯金があります。

 なお、11:20分発は、アクセス特急という名称ですが……。
 特急料金はかからず、早い話、快速電車です。
 わたしが次に下りるのは、『京成高砂駅』なんですが……。
 アクセス特急は、途中の駅をすべてすっ飛ばし、『京成高砂駅』まで停まりません。
『京成高砂駅』まで停まりません

 所要時間は、わずかに7分。
 11:27分着です。
 しかるに、わたしが乗る11:04分発は、各駅停車です。
 『京成高砂駅』までの間にある4つの駅にすべて停まり……。
 『京成高砂駅』着は、11:14分。
 それでも、10分で到着します。
 なお、この電車は、北総線でした。
 11:20分初は、成田スカイアクセス線。
 行き先は、どちらも羽田空港です。
 上の路線図からもわかりますが……。
 成田スカイアクセス線というのは、『成田空港駅』発。
 北総線は『印旛日本医大駅』発。
 つまり、『東松戸駅』から上り方面に行くわたしにとっては、同じ路線ということです。
 もちろん、ホームも同じです。
もちろん、ホームも同じです

 なんで路線名を違えるんでしょうね。
 おそらく、わたしがホームを迷ったのは……。
 北総線と成田スカイアクセス線が、別の路線だと考えたからでしょう。

 ま、とにかく。
 ↓待ち時間があったので、ホームの水飲みなどを写してます。
ホームの水飲みなどを写してます
↑「み」

 ↓線路を1枚。
線路を1枚
↑「み」

 パネルの隙間から見える風景は、まさに千葉です。
風景は、まさに千葉です
↑「み」

 このホームは、かなり高い場所にあるようです。
 パネルで覆ってるのは、飛び降り防止でしょうか?

 さて。
 11:04分発の北総線の各駅停車に乗り……。
 『京成高砂駅』に着きました。
 おそらく、時刻表どおりの11:14分だったと思います。

『京成高砂駅』で撮った
↑「み」

 この画像の撮影時間は、11:17分。
 『京成高砂駅』で撮ったと思います。

 目の前に『歌える居酒屋 さぶ』という看板が出てます。
歌える居酒屋さぶ
↑「み」

 ネット検索したら、ありました。
 こちらのサイトさんの情報を見ると、間違いなく『京成高砂駅』のようですね。

 しかし、『さぶ』っていう名称は、実に意味深です。
 ゲイ雑誌の老舗に、そのまんま『さぶ』というのがあったからです(1974年11月号~2002年2月号)。
『さぶ』
↑幸い、目にする機会は一度もありませんでした。

 で、次に乗り換えるのは、京成本線です。
 Wikiによると……。
 「東京都台東区の『京成上野駅』と千葉県成田市の『成田空港駅』間を『京成船橋駅』経由で結ぶ、京成電鉄の鉄道路線」とのこと。
 山手線から東側の路線については、ほとんど知りません。
 ↓ちょっと見づらいですけど、路線図です(クリックすると大きくなります)。
路線図

 赤が、京成本線。
 その上の黄色が、さっきまで乗ってた成田スカイアクセス線。
 ほとんど同じところを通る路線のようです。
 新潟では、とーてー考えられません。
 うらやましい気もしますが……。
 早い話、それだけ人が溢れてるということです。

 さてさて。
 『東松戸駅』11:04分発の電車で、『京成高砂駅』には、11:14分に着きました。
 で、『京成高砂駅』で、京成本線に乗り換えます。
 ホームのベンチは、イヤに閑散としてた記憶があります。
 なんとなく、不安になる雰囲気でした。
京成高砂駅
↑『京成高砂駅』のようです。まったく記憶無し。

 わたしの予定表では、ここから11:33分発の電車に乗ることになってます。
 でも、11:14分に着いてますから、11:33分より前の電車があると思われます。
 しばらく待ちましたが、なかなか電車が来ません。
 こういうときは、必ず何かの間違いを犯してるというのが、長年の経験からわかってます。
 こういうとき自己判断で行動すると、まずドツボにハマります。

 再び階段を上がり、2階の改札口に戻りました。
 改札の脇に駅員の詰め所みたいなのがありました。
 改札脇のガラス戸の中に、駅員さんが見えました。
改札脇のガラス戸の中に、駅員さんが見えました
↑左端のおばさんが立ってるところだったと思います。

 改札を通る人通りもなかったので、思い切ってガラス戸の中に声を掛けました。
 駅員さんは、すぐにガラスを開けてくれました。
 で、これからわたしの行く『お花茶屋駅』方面のホームを聞きました。
 駅員さんは起ちあがり、ガラスの中から身を乗り出して、わたしが行くべきホームを示してくれました。
 とても親切な対応で、感心しました。

 案の定……。
 わたしが待ってたホームは、逆の方向行きでした。
 電車が来なくて良かったんです。
 来てたら、乗ってました。
 幸運を感謝し、正しいホームに降り立ちます。
 もう、身の回りに不安感は漂ってません。
 実にすがすがしく、何を聞かれてもハキハキと答えられそうな心持ちです。
須賀神社
↑島根県雲南市にある『須賀神社』。八岐大蛇を退治した須佐之男命が、「吾此地に来て、我が御心すがすがし」と言われました。命は、この地の名を「須賀」と定め宮殿を建てました。それが後に『須賀神社』となったそうです。

 ホームの時刻表を確認します。
 11:18分発というのがありました。
ホームの時刻表

 迷わずこのホームに来てたら、これに乗れてました。
 次の電車は、11:30分。
 やっぱり平日のお昼時、12分も空いてしまってます。
 でも、よく見るとこの電車は、特急でした。
 特急は、『お花茶屋駅』には停まらないのです。
 ホームの時刻表を確認して良かったです。
 その次の電車は、11:33分発です。
 何のことはありません。
 わたしが、予定表に書いてた電車です。
 『松戸市立博物館』で作った24分の貯金は……。
 ここで、すべて使い果たしてしまったということです。
 こういうのを、「悪銭身につかず」と云うんですかね?
悪銭身につかず

 さて、先に進みましょう。
 『京成高砂駅』11:33分の電車は時刻表どおり発車しました。
 わたしが下りるのは、2駅先の『お花茶屋駅』です。
お花茶屋駅

 11:37分着。
 時刻表どおり、到着しました。
 この『お花茶屋駅』自体は、葛飾区宝町にありますが……。
 駅の北口を出ると、すぐに『葛飾区お花茶屋』という地名になってます。
葛飾区お花茶屋
↑ピンク色の部分が、『葛飾区お花茶屋』。

 地名の由来は、江戸時代に遡ります。
 八代将軍の徳川吉宗の治世。
 暴れん坊将軍ですね。
暴れん坊将軍

 その吉宗が鷹狩りに興じていた際、腹痛を起こしました。
『御留山』に立つ吉宗
↑『御留山(現・新宿区下落合『おとめ山公園』)』に立つ吉宗。『御留山』は、徳川家の鷹狩り場で、一般人の立ち入りは出来ませんでした。

 その時、お花という茶屋の娘の看病により快気したそうで……。
 この出来事により、現在の地名を賜ったとの言い伝えがあります。
お花想像図
↑お花想像図。

 さて、これからわたしが向かうのは……。
 『お花茶屋駅』からほど近い、『葛飾区郷土と天文の博物館』です。
『葛飾区郷土と天文の博物館』位置図
↑女子バレーの強豪『共栄学園』がありますね。元全日本代表・益子直美さんの母校です(益子さんは、地元葛飾区の出身)。
単独旅行記Ⅳ・総集編(6)目次北海道に行こう!
 1年をかけて苦労して収穫するより……。
 よその収穫物を奪ってしまった方が、ずっと簡単だからです。
 襲われる方も、黙って奪われてはいられません。
 当然、戦いが始まります。
土井ヶ浜遺跡は、弥生時代前期から中期の墓地遺跡
↑土井ヶ浜遺跡は、弥生時代前期から中期の墓地遺跡。

 社会科の授業で習った縄文と弥生の暮らしのイメージは、まったく逆でした。
 縄文人は、その日暮らしで、獲物の捕れないときは空き腹を抱えて堪えるしかない。
縄文人は、その日暮らし

 弥生人は、集団で農業をし、収穫物を消費しながら安定した暮らしをしていた。
弥生人は、集団で農業をし……

 年貢もありませんしね。

 でも、現実は、逆だったんです。
 弥生時代は、血で血を洗う、富の奪い合いの時代でした。
 さきほどの柩の親子も、おそらく他の集落の戦闘員に襲われ……。
 殺されてしまったのでしょう。

 なぜ、こんな小さな子供まで殺したのか?
 それはもちろん、復讐を恐れてのことです。
 子供を生かしておけば、いつか父の仇を討ちに来るかも知れない。
曾我兄弟の仇討ち
↑これは、曾我兄弟の仇討ち(鎌倉時代初期)。

 敵は、女子供まで皆殺しです。
 このしきたりは、戦国時代まで続きました。
 復讐の連鎖を断つためには、相手を潰滅させるほかはないのです。

 現在の世界で、内乱がいっこうに終結せず、復讐の連鎖が続くのは……。
 中途半端に休戦したりしてるからです。
中途半端に休戦したりしてるからです

 どちらかの勢力が根絶やしにならない限り……。
 戦争に終止符が打たれることはないでしょう。

 話が陰惨になってしまいました。
 展示に戻りましょう。

松戸宿
↑「み」

 これはもう、だいぶ時代が進みましたね。
 飛ばしたんでしょうか?
 今となっては、わかりません。
 どう見ても、江戸時代です。
 港でもあり、宿場でもある感じです。
 ネットを調べてみたところ……。
 どうやら、『松戸宿』のようです。

 『松戸宿』は、水戸街道の『千住宿』から2つ目の宿場町でした。
『松戸宿』は、水戸街道の千住宿から2つ目の宿場町

 ジオラマで、海のように見えるのは、江戸川です。
 対岸の江戸側には、『金町松戸関所』が置かれてたそうです。
『金町松戸関所』
↑今の東京都葛飾区東金町になります。

 江戸川に橋はなく……。
 江戸と松戸を往来する人は、渡し船で行き来してました。
矢切の渡し
↑松戸市の渡しと云えばこれですが……。『金町松戸関所』の渡しは、もう少し上流にありました。

 『松戸宿』近在の農家には……。
 対岸に農地を持ち、自家用船で川を往来する者もあったそうです。

 『松戸宿』は、南北に約1キロほどの範囲に広がっていました。
 松戸はまた、水運による物資集積地としても栄えており……。
 数百軒の家並みが並ぶ、大規模な集落を形成してました。
 物資運搬のための運河としても使われた『坂川』が、市街地の中を流れてました(ジオラマでは確認できませんね)。

「下谷(したや)」と呼ばれた低地
↑「み」

 昔の農村の様子です。
 下総台地(たぶん、左上の薄緑色の部分)と江戸川に挟まれ……。
 「下谷(したや)」と呼ばれた低地です。
 右下に、不規則なパッチワークのように見えるのは、田んぼです。

 一見、豊かそうですが……。
 上のジオラマで、左上の下総台地の縁近くに、黒い線が刻まれています。
左上の緑色の下総台地の縁近くに、黒い線が刻まれています

 これがおそらく、さっき出てきた『坂川』ではないでしょうか。
 この川が、台地の水を集めて、度々あふれたそうです。
 特に収穫前、台風による被害が頻繁にあったとか。
 3年に1度の収穫があればよいほどだったらしいです。

農作業に使われた「舟」
↑「み」

 農作業に使われた「舟」です。
 田んぼの中には堀と呼ばれる水路が流れ、収穫した稲は「舟」で運搬したとか。
 なんだか、亀田郷と似てますね。

田植えと収穫時期のスケジュールは、今の新潟市と一緒
↑「み」

 田植えと収穫時期のスケジュールは、今の新潟市と一緒です。
 新潟でも、昔は、稲架木(はさぎ)で稲を干してました。
昭和30年の新潟県北蒲原郡水原町
↑昭和30年の新潟県北蒲原郡水原町(現・阿賀野市)の風景。

 でも今は、ほとんど見られません。
 戦後、田んぼの区画整理で、田んぼが四角に区切られたとき……。
 畦に植えられてた稲架木は、多くが伐採されてしまったのです。
新潟市秋葉区満願寺に残る稲架木並木
↑新潟市秋葉区満願寺に残る稲架木並木。区画整理のとき、26軒の農家が協力して、各地の稲架木をこの農道へ移植したそうです。

 区画整理の目的は、農作業の機械化を進めるためです。
 機械を入れて作業するには、田んぼが四角である方が効率がいいからです。

 残った稲架木にも、別の試練が待ってました。
 戦後に入ってきた、アメリカシロヒトリ(いわゆる、アメシロ)という蛾の幼虫です。
雪の女王のように綺麗です
↑親は、雪の女王のように綺麗です。

 アメリカ軍の軍需物資に着いて渡来したと云われてます。
 稲架木に使われるのは、モクセイ科のトネリコという木です。
 このトネリコの葉が、アメシロの大好物だったんです。
 稲架木は並んでるので、あっという間に被害が広がります。
幼虫は、キモさ抜群です
↑幼虫は、キモさ抜群です。

 葉を食べ尽くされて丸坊主になってしまううえ、アメシロの巣の見た目も悪いので……。
 次々と、伐採されてしまいました。

 博物館に戻りましょう。

「下谷(したや)」の住まい
↑「み」

 「下谷(したや)」の住まいです。
 ↓なんたるかは、説明書きをご参照下さい。
「下谷(したや)」説明書き
↑「み」。

 備えはしていても、雨の時期は怖かったでしょうね。
 避難用の「舟」を、軒下に吊してた家も多かったそうです。

 さて、長々と松戸の歴史を書いてきましたが……。
 実は、これまでの展示を見ることは、今回の目的ではありませんでした。
 順路にあったので、足早に見て通っただけです。

 今回、この博物館を訪ねた目的は、↓です。
『常盤平団地』案内図
↑「み」

 これも、松戸市の歴史の一部としての展示ですが……。
 これまで見てきた展示とは、スケールが桁違いです。

 まずは、『常盤平団地』とは、どういう団地かということから説明します。
 建てたのは、かつて存在した『日本住宅公団』。
日本住宅公団

 1955(昭和30)年に設立された特殊法人です。
 設立目的は、もちろん、住宅や宅地の供給です。
 現在は、独立行政法人『都市再生機構(UR都市機構)』となってます。

 『常盤平団地』は、畑や雑木林だった51万坪の土地を造成して建てられました。
 4階建て中層公団住宅、170棟。
 戸数は、4,839。
 ショッピングセンター、集会所、病院、小学校も併設されました。
 早い話、農村の中に、人工都市が忽然と出現したわけです。
現在の『常盤平団地』
↑現在の『常盤平団地』です。

 「常盤平」の名称は、公募で決められました。
 松戸市の「松」から、常盤の松にちなんだ命名だそうです。

 『常盤平団地』の入居募集が開始されたのは、1959(昭和34)年。
 1962(昭和37)年の10次募集をもって入居が完了しました。
 抽選の最高倍率は、73.2倍だったそうです。
 松戸市の人口は、7万9千人から、11万5千人に増えました。

 また、建設当時は、グリーンベルトという緑地帯を設ける首都圏整備計画が行われており……。
 『常盤平団地』でも、元々の雑木林を残すなど、施策に沿った緑地が確保されました。
 しかし、その後、このグリーンベルト構想は消滅してしまいます。
 そのため、後から開発された『常盤平団地』周辺の地域では、緑がほとんど失われてしまいました。
 皮肉なことに、この地域で最も緑が残るのは、『常盤平団地』となったのです。
緑が残る『常盤平団地』

 で、この『松戸市立博物館』には……。
 この『常盤平団地』の1室が、再現されてるのです。
 これだけなら、別段、珍しくもありませんが……。
 『松戸市立博物館』のスゴいところは……。
 団地の建物ごと再現してることです。
 ジオラマじゃありませんよ。
 なんと!
 実物大です。
 よく、こんなものを造ろうと思ったものだと、感心してしまいます。

 実際の団地は4階建てですが……。
 さすがに再現された建物は、2階部分までです。
 再現された1室は、この1階部分にあります。
 もちろん、建物の外階段から、そのお部屋にお邪魔することになります。

 再現された1室に住む架空の家族には、緻密な人物設定までされてます。
 小説を書く身として、大いに反省させられますね。
 こんな細かい設定、考えたことがありませんから。
 ↓以下、『松戸市立博物館』の説明資料の転載です。
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 この2DKの住人を紹介します。昭和35年(1960年)4月に結婚し、そのまま常盤平団地に入居した兼二郎(夫・29才)、陽子(妻・27才)の2人には、翌年4月に真理子(長女・1才)が誕生しました。
 兼二郎は地方都市の商家の次男として生まれ、地元の高校から東京にある大学へ進学、現在は品川にある家電メーカーに勤務しています。趣味は映画と音楽鑑賞、特にフランス映画とモダンジャズを好んでいます。
 陽子は東京の勤め人の家庭の末娘として生まれ、都内の高校を卒業して兼二郎と同じ家電メーカーに勤めていました。
 社内のサークル活動で知り合った2人は、昭和34年の秋に婚約し、翌年の春に予定した結婚後の新居を探し始めていました。
 当時話題となっていた公団住宅の入居募集を新聞で知り、陽子の母の実家が松戸だったこともあって、池袋の丸物デパートに設けられた公団住宅の入居受け付けで常盤平団地の2DKを申し込み、幸運にも入居の資格を得ました。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 入居申込みの受付場所まで設定されてます。
 それでは、ご紹介しましょう
 ↓謙二郎と陽子です(もちろん、モデルですが)。
謙二郎と陽子です
↑残念ながら、こんな写真しか見つかりませんでした。

 さっそく、2人の新居を訪ねてみましょう。

2人の新居を訪ねてみましょう
↑「み」

 夕暮れでしょうか。
 停められたバイクが、良い味出してます。
 もう1度、言っておきますが、完全に実物大です。
 まさに、タイムスリップして、昭和30年代の団地に迷いこんだ気分になります。

 そう云えば、なぜわたしがこの施設を訪ねたか言ってませんでした。
 早い話、わたしは昔の団地が大好きなんです。
 こういうところで生まれ育ちたかったと、心から思います。
 実は、この『松戸市立博物館』を訪ねるのは、2度目なんです。
 最初に来たのは、10年以上前です。
 そのころは『Mikiko's Room』をやってなかったので……。
 写真も撮らず、文章も残してませんでした。

 最近では、古い団地の間取りをリフォームしたりするのが流行りのようです。
 リノベーションって云うんですか?
 ↓ワンルームのフローリングみたいな。
古い団地のリノベーション

 わたしは、ああいう部屋には、まったく魅力を感じません。
 団地サイズの畳(170cm×85cm)の、狭い和室が大好きなんです。

 実はこの『常盤平団地』、まだ立派な現役で……。
 常時、空き部屋の入居募集もなされてます。
現在の『常盤平団地』
↑現在の『常盤平団地』です。入居率はいいようです。都心に通うには、東京西部より、ずっと便利ですからね。

 ただ、空いてる部屋は、ほとんどが4階で……。
 たまに、3階があるくらい。
 1,2階の部屋は、まず空かないようです。
 普通のマンションと逆ですね。
 なぜかと云えば、エレベーターが無いからです。
 団地を出て行くのは、階段の上り下りが辛くなった方たちなんです。
 当然のごとく、3,4階に集中します。
 で、現在、URで入居者が募集されてる部屋は、間取りも表示されてます。
 この間取りが、わたしの理想なんです。
 ↓標準的な間取りは、こんな感じ。
『常盤平団地』標準的な間取り

 いいですよね。
 和室が2部屋。
 後は、ダイニングキッチンだけ。
 ちなみに、このダイニングキッチンという言葉は、和製英語です。
 ダイニングルーム(食堂)とキッチン(台所)をくっつけたもの。
 当初は、日本住宅公団の中でだけ使われた符丁だったそうです。

 さて、この部屋、どう使います?
 もちろん、1人暮らしです。
 わたしなら、ダイニングキッチンの左隣の和室を、居間にします。
 夕食の晩酌も、ここでします。
 もちろん、座卓です。
 冬は、こたつ。
こたつで晩酌
↑これこれ。

 テレビを、左の壁際に置きます。
 隣室との壁でしょうから、あまり大きな音は出せません。
 AV鑑賞は、ヘッドホンをしなければなりませんね。
 ま、晩酌時には見ませんからいいです。
 でも、歳を取って耳が遠くなったら、ついついボリュームを上げてしまうでしょう。
 こういう団地暮らしでは……。
 近隣の住人とトラブルになったら、一気に快適さが失われてしまいます。
 外部スピーカーを接続して、それをこたつの上に置けば良いですね。
 テレビの音声は消しておきます。

大きな手元スピーカー ANS-701
価格:5,490円(税込・送料込)




 なお、この和室で食事を摂るのは、夕食だけです。
 朝食は、ダイニングキッチンでいただきます。
 いちいち、和室まで運ぶのが面倒ですから。

 もう1室、床の間のある和室は、寝室に使います。
 もちろん、畳に布団を敷きます。
 歳を取ったら、上げ下ろしが大変?
上げ下ろしが大変

 いえいえ。
 上げ下ろしなんかしませんよ。
 万年床です。
なごむのー
↑なごむのー。

 わたしは、東京の和室のアパートにも住みましたが、常に万年床でした。
 上げるのは、母が上京するときだけでした。
 何を隠そう、現在の寝室も万年床です。
 いちおう、目隠しに古い枕屏風を立て回してます。
目隠しに古い枕屏風を立て回してます
↑わたしのとは形も置き方も違いますが、意図はこういうことです。

 母には、病人がいるようだと不評ですが、これは譲りません。
病人がいるようだと不評

 昼間、寝室を別の用途に使う必要があるのなら、布団を上げるのは当たり前。
 でも、純然たる寝室としてしか使わないのであれば……。
 布団を上げる必要はないのです。
 ベッドだって、早い話、万年床ですよ。

 あ、この部屋には、パソコンも置きます。
 場所は、浴室との境の壁前ですかね。
 問題は、机を入れるかですよね。
 入れるとしたら、畳が痛まないよう、小さい絨毯を敷かなきゃなりません。
ホットカーペット。これもアリですね。
↑こちらは、ホットカーペット。これもアリですね。

 でも、座卓にパソコンというのも、いいんじゃないでしょうか。
座卓にパソコン
↑これは、良さげですね。女性の部屋です。キーボードカバーがなんとも優雅です。

 腰に悪そうですけど。

 ちょっとまた話が脱線しました。
 ところで、この『常盤平団地』、入居するには、収入の条件があります。
 でも、勘違いしないでください。
 市営住宅のように、収入が少ない人しか入れないんじゃないんです。
 真逆です。
 一定の収入、もしくは貯蓄がなければなりません。
 こちらに現在の入居条件が書かれてます。

 簡単に云うと……。
 月収が家賃の4倍あるか、貯蓄額が家賃の100倍あるかのいずれかということになります。
 家賃が5万円とすると……。
 月収は、20万円以上。
 貯蓄額であれば、500万円ということです。
 困窮してる人は、とうてい入居できません。
 入居が始まった当初は、もっと条件が厳しく、家賃の5.5倍の月収が必要でした。
 なので、松戸市役所の若い職員では条件を満たせず、申し込みができなかったそうです。
 実際に入居した人たちは、東京都心部の大企業に勤務する人が大半だったとか。
 つまり、『常盤平団地』に入居できたのは……。
 エリートサラリーマンたちということでしょう。

 さて、博物館の展示に戻りましょう。

明かりが灯っている部屋が、謙二郎と陽子の部屋
↑「み」

 明かりが灯っている部屋が、謙二郎と陽子の愛の巣(恥ずかし)です。
 1階ですが、窓はかなり高い位置にあるので……。
 外を通る人から、部屋の中が見える心配はないでしょう。

1階の部屋でも、階段を少し上がります
↑「み」

 1階の部屋でも、階段を少し上がります。
 右の壁に設置されてるのは、集合ポストです。

謙二郎と陽子のお向かいさんです
↑「み」

 左側に部屋の扉がありますが、これは謙二郎と陽子のお向かいさんです。
 2人の部屋の扉は、これと向かい合った右側にあります。
 正面の扉には、南京錠が掛かってるようです。
 何でしょうね?

お邪魔します
↑「み」

 お邪魔します。
 手前にある枠のようなものは、この向こう進入禁止の展示柵です。
 和室にソファーを入れてますね。
 『常盤平団地』に入居した若い夫婦は……。
 洋風生活を積極的に取り入れようとしていた世代でしょう。
 実際、パン食の割合が非常に高かったそうです。
 後ほどの写真に、懐かしいトースターが映ってるかも知れません。

↑飛び出すパンに驚く猫。パンしか焼けませんが、やっぱりトースターは、このタイプが楽しいですね。

 左の黒電話が懐かしいですね。
 わが家でも、置き台にレースがかかってた気がします。
置き台にレース
↑「み」

いきなり、ベランダに出てしまいました
↑「み」

 いきなり、ベランダに出てしまいました。
 洗濯機前の柵は、もちろん侵入禁止用です。
 階を縦に貫く排水パイプまで再現されてます。

 実は、この部屋、ベランダからも出入りができるようになってるんです。
 もちろん、本物の住宅ではそんなことは出来ません。
 ベランダにアクセス口を設けたのは、見学時の流れを作るためだと思います。
 おそらくこの施設は、松戸市内の小学生が、社会科授業で見学に来るんじゃないでしょうか。
松戸市内の小学生が、社会科授業で見学に来る
↑やっぱり来てました。でも、『常盤平団地』内での写真がないのです。おそらく先生は、児童が展示物に触ったりしないかの監視に手一杯で、写真を撮ってる余裕がないんじゃないでしょうか。

 団体見学の場合、入口が玄関だけだったら、内部は大混雑になります。
 何人かずつに分けて入れなくてはなりません。
 ベランダから抜けられるようにすれば、見学順路が出来るわけです。

また部屋に戻って、冷蔵庫を撮ってます
↑「み」

 また部屋に戻って、冷蔵庫を撮ってます。
 おそらく、順不同に撮るだけ撮っておいて……。
 原稿を書くとき、部屋ごとにまとめて紹介するつもりだったのかも知れません。
 でも、原稿執筆にそんな余裕はありませんでした。
 自転車操業です。
 掲載直前に原稿を書く感じになってます。
 なので、写真を撮った順番にしかご紹介できません。
 ご了承下さい。

 なお、この冷蔵庫ですが、ある特徴があります。
 ↓わかりますか?
取っ手に、鍵穴があるんです
↑「み」。矢印のところです。

 取っ手に、鍵穴があるんです。
 つまり、鍵が掛けられるようになっているということ。
 子供のつまみ食い防止でしょうか?
 共稼ぎで、鍵っ子が少なくなかったでしょうから。
プロの鍵っ子
↑昭和40年ころ。プロの鍵っ子。

 あと、これは想像でしかありませんが……。
 金庫代わりに使ってた家庭があったのかも?
 でも、出かけるとき、いちいち冷蔵庫に鍵を掛けるってのも面倒ですよね。
 ま、習慣化なんでしょうけど。

 なお、現在の冷蔵庫ですが、もちろん鍵は付いてないと思います。
 ↓でも、外付けできる鍵が売られており、鍵の需要はあるようです。



 ご家族に認知症の方がおられる場合、冷蔵庫に鍵が必要になるのだとか。
 切ないですね。

ダイニングテーブル
↑「み」

 ダイニングテーブルです。
 このテーブル、わたしも見覚えがあります。
 “デコラ貼り”と云うようです。
 正式名称は、『メラミン化粧板』。
 “デコラ”は、住友ベークライトの商標です。
 長所としては、耐久性、特に耐摩耗性が高く、さまざまな色や柄があり、光沢を持った高級感ある仕上がり、伸縮や狂いが少ない、など。
 短所としては、経年による色褪せがおきやすく、接着端部から剥離して破損しやすいことなど。
 わたしが子供のころ、わが家のコタツ板は、この“デコラ”でした。
 裏と表で模様が違ってましたね。
 表は、普通の木目調。
 裏は、青緑色の大理石風。
 裏を使うのは、お正月中だけでした。
 青緑色の柄が出てるときは、特別な日というワクワク感がありましたね。

 ↓このテーブルで、特に記憶があるのは、筋が入った縁の金属部分です。
筋が入った縁の金属部分
↑「み」

 残念ながら、今は販売されてないようです。
 画像検索しても、まったくヒットしません。
 ↓唯一、ヤフオクで出品されてた、『メラミン化粧板』のコタツ板を発見。
『メラミン化粧板』のコタツ板

 ↓こちらが、木目調の表面です。
こちらが、木目調の表面で

 わが家にあったのより高級な感じです。
 ↓裏面は、かなり強烈な色彩になります。
裏面は、かなり強烈な色彩

 この裏面を、お正月に見てみたかった気もします。

中央にシンクがあるキッチンは、これが最初
↑「み」

 中央にシンクがあるシステムキッチンは、これが最初のようです。
 右がガス台、左が作業台になります。
 ポイントシステムと呼ばれたそうです。
ポイントシステム

 この形式は、当時の家政学の常識から外れたもので……。
 機能を疑問視する声も多かったとか。
 でも、同じ料理を、従来の形式の流しと作り比べてみると……。
 ポイントシステムの効率の良さが実証されたとか。
 それでも、『暮しの手帖』などでは、批判されたようです。
暮しの手帖
↑創刊は、1948(昭和23)年。

 ↓左端に、ジューサーが写ってます。
左端に、ジューサーが写ってます
↑「み」

 この家電は、すぐに使われなくなって仕舞われてしまう率ナンバーワンだったようです。
 わが家には、1度もあったことがありません。
 とにかく、使った後に綺麗に洗うのが大変だったみたいです。

システムキッチンを、別角度から撮ったもの
↑「み」

 システムキッチンを、別角度から撮ったもの。
 左側に、洗面台があります。
 わたしが不思議だったのは、この洗面台の位置です。
洗面台の位置
↑「み」。不思議だったので、アップで撮ってます。

 洗面台の脇に、横桟の入ったガラスの仕切りが見えます。
 ↓これは、玄関の外から室内を撮ったもの。
玄関の外から室内を撮ったもの
↑「み」

 左側に、横桟の入ったガラスの仕切りがありますね。
 つまり、この裏側に洗面台があるのです。
 お風呂は、玄関を入って右手、トイレの先の突き当たりです。
 ↓前に載せた間取り図に、色を塗ってみました。
間取り図に、色を塗ってみました
↑「み」。水色が洗面台です。

 この位置に洗面台があるのは、外から帰ってきた子供に手洗いを習慣づけたり……。
 母親が、歯磨きの様子を見守れるようにする目的があったようです。
 ある意味、合理的だと思いました。

お風呂です
↑「み」

 お風呂です。
 風呂桶は、小判型と呼ばれたもの。
 木製ですが、内釜が組みこまれたガス風呂です。
 排気の煙突も出てますね。
 当時は画期的なシステムだったのでしょうが……。
 浴室内で火を炊くのは、なんだか怖いですよね。
 わたしは、ガス風呂というのを、1度も体験したことが無いのです。
 物心ついたときから、電気温水器から給湯されるお風呂でした。

お風呂やトイレなどの水回りの変遷は、実に興味深い
↑「み」

 踏みこんで撮ってます。
 お風呂やトイレなどの水回りの変遷は、実に興味深いです。

異様にメカニックな構造
↑「み」

 異様にメカニカルな構造が剥き出しになってます。
 水がかかっても、大丈夫だったんですかね?
 裸のお尻があたってしまうこともあったのでは?
 熱くないんでしょうか?
 パイロットコックを開いてパイロットに点火し、本コックを開いてバーナーに点火する手順だったとか。
 さっぱりわかりません。

トイレです
↑「み」

 トイレです。
 建設最初から、洋式でした。
 ↓「常盤平団地入居の栞」より。
+++++++++++++++++++++++++++++++++
 洋式便器は、便器に背を向けてお坐り下さい。便座(蓋のようなかんじの額縁式のもの)は、大変壊れやすく、勢いよく降ろしますと、ヒビが入り、約三000円の損失となりますので、取扱いには十分御配慮下さい。
 水洗便所は、綿、新聞紙、吸殻等は絶対禁物です。もし、一戸で詰まらせますと、その階全部が詰まり、大工事となります。そして、その工事費は、直接その該当者が、該当者不明の時は、階段全員の共同負担ということになりますので、よくお気をつけて下さい。
+++++++++++++++++++++++++++++++++

 家賃は、5,350円だったそうですから、便座の蓋が3,000円というのは、超絶高価です。
 今なら、3万円くらいにあたるでしょう。

玄関の上がり框から、外を覗いたところ
↑「み」

 玄関の上がり框から、外を覗いたところ。
 左手が階段です(手すりがわずかに見えてます)。
 向かい側の扉は、お向かいさんですね。
 おそらく、反転した相似形の間取りなんだと思います。

外から玄関内を覗いたところ
↑「み」

 これは逆に、外から玄関内を覗いたところ。
 ドアの内側に付いてるのは、新聞受けですね。
 階下の集合ポストではなく、各戸まで届けてくれたんでしょうか?
 ひょっとしたら、それもサービス競争のひとつだったのかも知れませんね。
 「うちは、ドアの新聞受けまでお届けします」とか言って。

 入口の右手に、穴の空いたボックスが組みこまれてます。
 これは、牛乳箱だそうです。
 ↓お向かいさんの写真に、全貌が写ってました。
牛乳箱
↑「み」

 蓋を開けなくても、届いてるかどうか外から見えますね。
 でも、今だったら危ないですよね。
 毒でも入れられたら大変です。
 牛乳瓶の蓋は紙だったでしょうから、注射器なんか簡単に刺せます。
蓋を開ける道具のようです
↑蓋を開ける道具のようです。

玄関ドアが開いてるところ
↑「み」

 玄関ドアが開いてるところです。
 不思議なのは、その陰になってる、もう1枚の扉です。
 南京錠が掛かってますが、取っ手がチャチです。
南京錠が掛かってますが、取っ手がチャチ
↑「み」。ピンボケですみません。

 簡易的な扉に見えます。
 この扉の向こうは、左右の部屋のキッチンが向かい合ってるところです。
 ↓構造を想像出来る写真がありました。
左奥の炊飯器があるところ
↑「み」

 左奥の炊飯器があるところ。
 白い壁が突き出してます。
 お向かいの部屋のキッチンにも、同じ出っ張りがあるはず。
 つまり、出っ張りは、この写真で見える2倍の横幅があることになります。
 物置かと思いましたが……。
 奥行きは浅く、さほどの物が入るスペースとも思えません。
 それに物置なら、左右の居宅用に別々になってるはずでしょう。
 つまり、共同のものを仕舞っておく場所です。
 これで、ピンと来ました。
 きっと、玄関前や階段の清掃は、左右の家で持ち回りなんです。
 すなわち、そのための掃除道具を入れておく場所なんです。
 たぶん、「掃除当番」と書いた木札に、この掃除道具入れの鍵が付いてるんだと思います。
ごみステーションの当番札
↑これは、ごみステーションの当番札のようです。

 それを、向かい合わせでやり取りするんですね。
 自分の当番が終わったら、お向かいの新聞受けに、木札を入れるんじゃないですか。
 想像ですが、たぶん合ってるんじゃないかな。

玄関の下駄箱
↑「み」

 玄関の下駄箱です。
 けっこう入りそうですね。
 でも新潟では、この作りでは困ります。
 長靴が入らないからです。
 冬場、東京の大雪のニュースをテレビで見ると……。
 ほとんどの人が、革靴やスニーカーのまま歩いてます。
 もちろん、持ってないからでしょう。
 その大きな理由のひとつは……。
 玄関に、長靴を仕舞っておけるスペースがないためだと思います。
 でも、これからの時代、豪雨による冠水が頻発するようになると思います。
 長靴1足くらいは、用意しておくべきじゃないでしょうか。

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↑こんなのもあります。

奥の四畳半
↑「み」

 奥の四畳半です。
 ベビーベッドが置かれてます。
 謙二郎と陽子は、ベッドの隣に布団を敷いて寝たのでしょう。
 この狭さでは、万年床生活は不可能です。
 奥に見える机みたいなのは、ミシンですね。
奥に見える机みたいなのは、ミシンです
↑「み」

 実はわたし、四畳半の部屋がある家に住んだことが無いのです。
 狭くて落ち着きそうですよね。
 昨年見た『江戸東京たてもの園』の女中部屋には、二畳というのもありました。
昭島市にあった『西川家別邸』女中部屋
↑「み」。昭島市にあった『西川家別邸』。

 執筆したり、寝たりするには、最高の部屋だと思いました。
 内田百閒が建てた家は、三畳間が三間あるだけの家で……。
 百閒は、「三畳御殿」と称したそうです。
内田百閒「三畳御殿」

 集中して執筆するには、狭い方がぜったいいいです。

ミシンと鏡台
↑「み」

 同じ部屋を、別の角度から。
 ミシンの隣の鏡台が懐かしいです。
 子供のころ、母の化粧道具を勝手に使って、叱られたことを思い出します。
 ミシンの前のスツールですが、うちのもこういう背もたれが無いタイプです。
 ミシンは前屈みでかけるので、背もたれは要らないという発想なのでしょうか。
 このタイプのスツールは、踏み台にもなるし、けっこう便利です。

隣の六畳間
↑「み」

 これは隣の六畳間です。
 居間として使われてます。
 奥のテレビ画像は、嵌めこみではなく、ちゃんと映像が流れてます。
 当時の番組のようで、このあたりも凝ってますね。
 なお、このソファーですが……。
 子供が大きくなると、邪魔になる家具の筆頭だったそうです。
子供が大きくなると、邪魔になる家具の筆頭
↑拝借画像です。

 子供部屋を作らなければなりませんからね。
 奥の四畳半を子供部屋にすれば……。
 両親は、六畳で寝なければなりません。
 ソファーなんか置いておけなくなるわけです。
 捨てるのももったいないので、実家に送った人も多かったみたいです。

洗面台のいい写真がありました
↑「み」

 おー、こんなところに、洗面台のいい写真がありました。
 位置がよくわかりますね。
 左側が、扉の開いた玄関です。
 子供たちは、外から帰ったら、この洗面台で手を洗うよう躾けられたのでしょう。

キッチンからベランダを見たもの
↑「み」

 これは、キッチンからベランダを見たもの。
 ベランダは、この展示へのもうひとつの出入り口になってます。
 ベランダに面するのは、キッチンと六畳間。
 ↓ベランダの展示柵に囲まれたところに洗濯機があります。
ベランダの展示柵に囲まれたところに洗濯機
↑「み」

 ガラス戸を開けるだけで、キッチンから洗濯機にアクセスできるわけで……。
 家事動線的には、便利だったと思います。

ベランダの展示用出入り口から、ベランダ奥(六畳間方面)を見たもの
↑「み」

 これは、ベランダの展示用出入り口から、ベランダ奥(六畳間方面)を見たもの。
 左手にある灰色の柵は、本来のベランダ柵です。
 ベランダの突き当たりに扉がありますが、これは物置です。
 けっこう考えられてて便利です。
 でも、火事などでベランダから避難するときは、反対側にしか行けません。
 今のマンションで物置がベランダにないのは……。
 両側に逃げられるようにするためでしょうか?

ベランダの外から、六畳間を覗いたもの
↑「み」

 これは、ベランダの外から、六畳間を覗いたもの。
 実際の団地では、わたしが立ってるところは中空ですから……。
 この角度で覗かれることはありません。
 ガラスの枠が、なんだか脆弱ですね。
 地震があったら、たちまち割れそうです。
 日本の高度成長期が、ずっと右肩上がりで来れたのは……。
 大都市圏での地震が、その間に無かったことも大きな要因だと思います。
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