Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
カテゴリ:八十八十郎劇場 > 元禄江戸異聞 根来
「元禄江戸異聞 根来」 作:八十八十郎(はちじゅう はちじゅうろう)


(六十一)


 緩やかに下る道が山あいを抜けて、ようやく都へと続く屋並みが開け始めた。
 街道が川と袂を分かつ辺りに、旅の水汲み場か、川べりの木陰に沿って数段の石積みが見える。
 陣内伊織はふと足を止め、傍らの帯刀紫乃を見やった。
「もう京の街中まであと半日。ここで一息入れて参りましょう」
「はい」
 紫乃は眩し気な眼差しで伊織の背中に続く。
 二人は並んで竹筒に水を汲むと、土手に設えられた丸太の上に腰を降ろした。
 背負った長刀が少々武骨には見えるが、その品のある器量も相まって、二人は道行く旅人がつい振り返るほど似合いの旅姿である。
 しかしそんな視線をよそに、伊織の涼やかな眼差しはじっと水面に向けられたままであった。

「ではお蝶は虜になったばかりでなく、阿片で賊の仲間に取り込まれていると……」
「はい……、い、いえ、ですが……」
 紫乃は伊織の胸の内を察して顔を上げた。
「私を助けようとして必死に敵に取り入っていたようにも……、ええ、そのようにも感じたのです………」
 お蝶ともども賊の晒しものになったことを、さすがに伊織に伝えることは出来なかった。
 勿論その時、賊の好奇な視線の中で女の操まで失ったことも。
「お蝶さんはもう伊織様の元には帰れないと言っておりました。そして別れ際に見せたお蝶さんの目は、伊織様を助けてと私に訴えているように思えて仕方ありませんでした」
「私を助ける………?」
 紫乃は伊織に頷いた。
「若様を無事お城に連れ帰るという、この旅の一番の目的はもう果たされました。おそらくお蝶さんは、私たちはこのままもう江戸に帰ってくれと……」
 目を見開いた伊織を制して紫乃は続ける。
「たぶんお蝶さんは、もう自分は死んだと伝えてくれ、そう言いたかったのかもしれません……」
「ば、ばかな!!」
 そう叫んで伊織は立ちあがった。

「私がお蝶を残して江戸に帰れるとでも!」
「分かっております」
 いきり立った伊織の横に紫乃も立ち上がる。
「心から結びついた女同士の情愛、伊織様がお蝶さんを残したまま江戸にお帰りになるなど、私も考えておりません」
「紫乃さん……」
 伊織は紫乃の透き通った瞳をじっと見つめる。
「そして伊織様を江戸に帰すための嘘をつけなかったこと、私はそれがお蝶さんに対して申し訳なく……、胸が締め付けられる思いです」
 そう言い放った紫乃に、思わず伊織は目を閉じて頭を下げた。
「し、紫乃さん、かたじけない………」
 紫乃はその細面に微かな笑みを浮かべる。
「伊織様、もうどうかお顔をお上げください。それよりこの上は、いよいよ京の三笠屋へ……」
 その言葉に顔を上げると、伊織は首を横に振った。
「いいえ紫乃さん。ふとしたご縁から何物にも代えがたい恩義をいただきましたが、あなたはこの先の橋を渡り、川向こうの道へお進みください」
「伊織様……!」
 紫乃は伊織の顔を見つめた。
「そして橋を渡り終えるまでにはこの一件を全てお忘れください。そうすれば琵琶湖の北を廻って江戸まで、何のことは無いのどかな街道が続いております。この度は一段と武芸の修行も積まれたはず。会津に戻ってその成果を披露されれば、お家もお喜びのことでしょう」
 その言葉に今度は紫乃が目を怒らせる。
「それは出来ません。私もお蝶さんの為に都へ出向きます。もしそうでなければ、伊織様も私と一緒に江戸への道をお進みください」
「し、紫乃さん。どうか私の言うことを……」
「いいえ!」
 紫乃は川に向かって一歩足を踏み出すと、背負った長刀の紐を締め直す。
「まだ敵は首領ほか手練れ四人が残っております。あなたを助けたい一心で私を逃がしたお蝶さんの気持ちに反して、私が帰路に就き伊織様一人を行かせる訳には参りません」
「し、しかし………」
 紫乃は川の流れをじっと見つめた。
「それに先ほどお話ししたように、ほんの一日ではありましたが、匿ってくれた恩人のおかげで伊織様に会うことが出来ました。その舟の女は私の武運を祈って送り出してくれたのです」
 伊織も紫乃の眼差しに沿って、その先の川景色に目を向ける。
「いつの日かその人が念願を適えて出した店に、私も使命を果たして訪れねばなりません。私の長刀の朱色の房を下げた会津の店に……」
「紫乃さん………」
 紫乃は伊織のつぶやきに振り返った。
「さあ、伊織様参りましょう。時が惜しゅうございます。阿片は日一日と、お蝶さんの身体ばかりか心も蝕んでいくに違いありません。一刻も早くお蝶さんを賊から救い出さねば」
 紫乃を見返す伊織の目がうっすらと潤む。
「何と申し上げてよいか………、貴方の気持ちには礼の言葉もありません。敵の目的は阿片を使った金と支配、気持ちだけはお蝶を助けようとする私たちの方が勝っているはず」
「はい」
 力強さを増した伊織の言葉に紫乃は深く頷く。
「機を見て争わずに助け出せればよいですが、場合によっては切り合いになることも避けられません」
「はい、覚悟しております」
 伊織は紫乃の真摯な眼差しに頷いた。
「では………」
 腰の大小を差し直すと再び紫乃に顔を向ける。
「参りましょう」
 頷き合った二人は、再び土手を上がって街道へと足を進めた。

「は! ……あれは……」
 道へ上がった途端、前方を見やった伊織がつぶやいた。
 まだ一丁ほど先に小さくではあったが、数台の荷車を引いた一団が視野に入ったからである。
「こっちへ……」
 伊織と紫乃は、道を挟んで川と逆側の斜面をよじ登っていく。
 山の中腹まで上がると、藪に身を潜めて眼下を見下ろした。
「やはり………」
 一団が近づくにつれ、首領の鷹に並んで色浅黒く目つきの鋭い女、その後ろには若い双子の姿も見え始めた。
「お、お蝶!」
 思わず伊織は小さな声を上げた。
 三台の荷車の後ろから、支那服の女とお蝶の姿が現れたからである。
 じっと見つめる伊織の肩に紫乃は優しく手を添える。
「きっと次の荷受のため小浜に向かう途中です。三笠屋であの女たちの話を聞きました」
「小浜に……」
 伊織と紫乃が見守る中、賊も先ほどの水汲み場で一休みする様子である。
「よし、では先回りして小浜で待ち、向こうで救い出す手筈にしましょう。このような道中では近づくことも難しい」
「ええ、分かりました」
 眼下で各々が水をくむ中、支那服の女とお蝶も並んで土手に腰を降ろした。
 支那服の女は太めの身体のせいか、幾度も竹筒を口に運んで水を飲んでいる。
「あ!!」
「伊織様……」
 紫乃は声を上げた伊織の肩先を掴んだ。
 おもむろに支那服の女が口移しでお蝶に水を飲ませたからである。
 驚いたことに、お蝶は嫌がりもせず白い喉を波打たせてその水を飲み下している。
 支那服の女はそのまま立ち上がると、手を引いてお蝶を近くの木の陰に誘った。
 はっきりとは見て取れないが、口でも吸い合っているのか、抱き合った二人の身体が木の幹から見え隠れしている。
 伊織は息を詰めると、その光景から目を閉じた。
「伊織様、さあ参りましょう……」
 紫乃は伊織の両肩に手を添えた。
 下に気付かれぬよう二人はそっと藪から身を起こす。
 そして先回りで賊を待ち受けるべく、小浜に向けその場を後にしたのである。


「桔梗か……?」
 布団の上に座ったまま、羅紗は桟敷の外に目を向けた。
 閨の白い襦袢に身を包んだ女人が、框の下にひっそりと控えている。
 ただ普通の女官と違うところは、両手をついた身体の前に大小の刀を置いていた。
「羅紗様が閨でお休みの時、私も隣室に休んでおります。これからは身の回りのお世話ばかりでなく、警護の任も合わせて仰せつかっておりますが故、どうか何なりと御用をお申しつけくださりませ」
 両手をついたまま口上を述べると、大石桔梗はゆっくりとその顔を上げた。
 蝋燭の灯で肩先まで垂れ落ちた黒髪が艶々とした輝きを放っている。
「うむ。もう初音から委細は聞いておる………」
 そう告げたまま、羅紗は桔梗の顔をじっと見つめた。
「羅紗様、なにか………?」
「い、いや……」
 顔を傾けて窺う桔梗に、羅紗は夢から覚めたように睫毛を瞬かせた。
「お前、化粧をしたのか?」
「は、はい、初音様にご指導いただきましたが、慣れぬことで、御付きの女官として多分に見苦しいことと存じます………。引き続き修練して参りますが故、いましばらくお許しくださりませ」
「い、いやそうではない」
 急いで言葉を継ぐと、羅紗は桔梗と正対に向き直る。
「これまで武官として凛々しい姿を眩しく見ておったが、まさか女人としてこのように美しいとは………、不覚にも思いもつかなんだ」
「ら、羅紗様……」
 思わず目を伏せた桔梗の白い顔が、心なしか燭台の灯に薄赤く染まっていく。
 事実、凛々しい少年の様な顔立ちに女の色気が溶け入って、羅紗はその美しさに心が震えるのを覚えた。
 しかし羅紗は二三度目を瞬かせると、改めてその背筋を伸ばして口を開く。
「ではこれからよろしく頼みます。だがお役に就く前に、私はお前に聞きたいことがあるのじゃ」
 桔梗は顔を上げて、問いかける羅紗の顔を見つめた。

「国境で伊織様が若をお連れになった時、その周りにお蝶さんの姿が見えなかった。何事も無ければよいが、お前そのことについて何か知らぬか……?」
 羅紗を見返す桔梗の目に、再び侍の鋭い輝きが宿った。
「それでございますが、実は私も今宵それをお話しせねばと思っておりました」
「お蝶さんの身に何かあったのじゃな?」
 顔色を変えた羅紗に桔梗はゆっくりと頷いた。
「伊織様の話では、お蝶さんは若と伊織様を逃がすため自ら賊の虜になったとのこと……」
「な、なんと!」
 思わず身を浮かせた羅紗に桔梗は続ける。
「若を送り届けた後、伊織様はお蝶さんを賊の手から助け出すため、賊が身を寄せている京の三笠屋という薬問屋へ向かわれました」
「な、なんということ………」
 羅紗はきつく両手を握り合わせた。
「この度の一件は、大陸から御禁制の阿片持ち込みも絡んでおり、小浜の渡世一家も合わせて相当数の敵が動いております。それに伊織様と最後にお別れした日にちからして、もういよいよ正念場かと……」
「桔梗」
 桔梗の前にはもう居住まいを正した羅紗の姿があった。
「お前はお庭番に伝えて、お蝶さんの救出に手を貸してもらうのじゃ。幸い当藩のお庭は伊賀者で、京においても何か手が打てるやもしれぬ。私は丹後にお願いして阿片一味の征伐に手を貸していただく」
 その言葉に桔梗は深く頷いた。
「承知いたしました。それに丹後は阿片の一件に気付いているはず、すでにお庭の甲賀者が若様救出に関わっております。無念にも……、その内の一人は犠牲となり命を落としてしまいましたが………」
 その言葉尻を震わせた桔梗は、両手を握り締めて唇を噛んだ。
「そうであったか……」
 そんな桔梗の様子を見ながら、羅紗は小さいつぶやきを漏らした。

「ではもう今夜は休みなさい。明日の朝一番から手筈を進めるのじゃ」
「いえ、羅紗様。忍びに昼も夜もございません。私はこれからお庭番の詰め所に向かい、早速手の者に動いてもらいます」
「そうか」
 桔梗の言葉に羅紗も目を輝かせた。
「では書き物の用意をしてここにも来るよう伝えなさい。早速丹後への送り状を書いて託します」
「承知しました。では、私はこれにて……」
 桔梗は立ちあがって階下への階段へと向かう。
「桔梗」
 背中の声に、桔梗は桟敷の出口で振り返った。
「桔梗、すまぬ………」
 そうつぶやいた羅紗に向かって、麗しい女人の顔がほころぶ。
 再び頭を下げた大石桔梗は、そのまま桟敷の外へと姿を消した。

 その背中が下へ消えたのを見届けると、羅紗はゆっくりと外に面した欄干に歩み寄る。
 じっと見つめる外の闇に、ぼんやりと伊織とお蝶の顔が浮かんだ。
 “伊織様、お蝶さん、どうかご無事で………”
 秋の夜寒に両手を握り合わせて、羅紗は心の中でそう祈ったのである。
元禄江戸異聞 根来(六十)目次元禄江戸異聞 根来(六十二)

「元禄江戸異聞 根来」 作:八十八十郎(はちじゅう はちじゅうろう)


(六十)


 京を熊川へ数里戻った山里。
 雨上がりの穏やかな川面に茜色の空を映している。
 乱杭に結わえた綱に導かれて、古びた幌を被った川舟が岸に近づいていく。
「よっと……」
 この辺りで働いている人足だろうか、汚れた褌を覗かせて一人の男が土手に飛び移った。
「ねえ、あんた」
 背中の声に品の無い髭面が振り返る。
「今度いつ来てくれる? あんたの好きな鰻を仕入れて待ってるよ。ふふふ、うんと精が付くようにね」
 覆いの隙間から三十半ばの白い顔が覗いている。
「ああ、四五日後には賃金をもらえそうだからな。そしたら直にまた寄るよ」
「まあうれしい。じゃあ楽しみに待ってるからね」
 媚びを含んだ笑みは、案外あっさりと幌の中に消えた。

「はい、終わったよ」
 女が仕切りの布を引き開けると、奥に長い黒髪を光らせた若い女が座っていた。
「ご苦労様……」
「ふ……紫乃さんとやら、一仕事終えてねぎらいの言葉をもらうなんて、あたしゃ思いもしなかったよ。あっはははは……」
 顔を赤らめた帯刀紫乃は、再び覆いの隙間から外を窺う。
「ご苦労なのは汗かいた男の方で、あたしゃ調子を合わせて合いの手に声出してただけなんだけどね。あっははは……」
 それには返事をせず、紫乃はもう薄暗くなった川沿いの道に視線を巡らす。
「時に、まだそれらしい色男は通らないかい?」
「ええ……」
 紫乃は覆いの裂け目から視線を落として小さなため息をついた。
「そうかい、そりゃ残念だったねえ。もう暗くなっちまったし、先の宿を考えると今日はもう来ないと思うよ」
 力なく頷く紫乃を見ると、女は川面を伝う風に派手な浴衣の前を掻き合わせた。
「よし、今日はもう店仕舞いにするか。久しぶりに友達……、あ、ああ……友達でいいかい……?」
 不安げな顔を向ける女に、紫乃は恥ずかし気な笑みを浮かべた。
「あはは……、友達と一緒にご飯食べて、久しぶりに今夜は楽しくなりそうだよ」
 幌から半身を乗り出した女が紐を解くと、束ねた綱を伸ばしながら川舟はゆっくりと岸を離れてゆく。
 やがて緩やかに曲がる川の中ほどで舟が止まり、蝋燭を灯したのだろう、薄暗い中に幌の明るみがぼんやりと浮かび上がった。

「あははは、その男、明るくなって酔いが覚めたら、姉さんいつの間にそんなに年食ったんだいと言いやがった。あたしゃ腹が立って、そいつを舟べりから蹴落としてやったよ。あっはははは!」
 この舟の主、遊女のマツは、紫乃の肩を叩いて大きな笑い声を上げた。
「まあ……、う、うふふ……ご、ごめんなさい、ははははは……」
 マツにつられて、紫乃もつい膝を崩して腹を抱える。
「い、いや、あんたが謝るこたないよ。それにどっちかっていやあ、あいつの言うことの方が……あはは、ほんとだもの。あっははは、さあもう一杯」
「はあ……い、いえもう、お酒もご飯も沢山いただきました。本当に美味しかった」
 徳利を差し出すマツに、紫乃はやっと片手を上げた。
「そうかい? 遠慮しちゃやだよ。あたしが片手間に作ったもんだから口に合わなかったかもしれないけど……」
「いいえ、そんな」
 紫乃は再び居住まいを正して首を横に振った。
「本当に魚も山のものも美味しくいただきました。正直に言えば、会津を出て以来このように美味しくご飯を頂いたのは初めてです」
「ええ?! そう言ってくれるのは嬉しいけど……、ほんとに……?」
 不安そうに顔を窺うマツに、紫乃は真顔で頷く。
「本当です。この二年、修行の旅を続けた中で一番おいしい夕餉でした」
「まあ……、うれしい!」
 そう叫んだマツは思わず紫乃のすらりとした身体に抱きすがる。
 そして口を閉じた二人を、急に川の水音が幾重にも取り巻いた。

「ふう……。ちょっと酔っちまったかねえ」
 マツは紫乃からゆっくりと身を引いて、幌の入り口をめくり上げた。
 じっと外の闇を見つめる顔に、冷たい秋の夜の風があたる。
「年食ったらだんだん客もつかなくなって、年季が開けたのを機会に、お店からはさっさとお払い箱さ」
 紫乃は寂し気なマツの横顔をじっと見つめた。
「まあしかし、考えて見りゃ女将さんも悪い人じゃなかった。帰るあてがないことを知ると、大した稼ぎもなかった私に商売の許しと、この舟をくれたよ」
 そう呟いた後、マツは急に紫乃に顔を向ける。
「でももう少し頑張って蓄えすりゃあ、自分の商売が出来るかもしれないんだ。あたしゃ器量じゃこの稼業に向かなかったけど、料理作るのは好きだからね。たくさん魚の取れる小浜で飯屋でもやりたいんだよ」
 表情を明るくしたマツに紫乃は頷いた。
「ええ、それはきっと繁盛しますよ。今日の夕餉もとても美味しかった」
「そ、そうかい? あ……と、それからこれ……」
 マツは舟の隅から何かを掴みだす。
「あんた、舟に匿う礼にこんなもんくれたけど、どれくらいするんだい、これ?」
「え、ええ……」
 紫乃はマツが取り上げた脇差に目を向けた。
「会津を出る時、家から持ち出したもの。名のある者が打った脇差ですから、安くても二三両にはなるかと……」
「さ、三両だって!!」
 マツは舟底から尻を浮かせて驚きの声を上げた。
「あわわ、いいのかいこんなものもらって? そんだけありゃあ、すぐにでも商売始められるよ」
 紫乃は震える手に刀を乗せたマツに笑みを向ける。
「それはよかった。身仕舞を整えて、京の名のあるお店に持ち込んで都合なさい。大事を前に出会えたのも何かの縁。あなたの店を楽しみにしていますよ」
 見つめ返すマツの目がみるみる潤んでいく。
「あ、ありがとう。きっと、きっと来ておくれ。そ、そうだこの房。この朱色の房を店の入り口に下げとくからね。そうだ! 店を出すのは、小浜はやめて会津にしよう! そしたらあんたも食べに来れるだろう?」
「ふふふ、ええ、きっと行きます」
「さあ忙しくなった。そうだ、早速明日にでも準備を始めるとして、大事にしまっとかなくっちゃ……」
 紫乃の笑顔に頷いて、マツはいそいそと脇差を舟底にしまい始める。
「ちょっと待って……」
 ふとマツはその手を止めて呟いた。
「あんた今、気になることを言ったね……」

「何のことだい、大事を前にって……」
 問われた紫乃の顔から笑みが消える。
「もしかして、仇討かい?」
「い、いや仇討ではありませんが……」
 俯いた紫乃にマツは身を乗り出す。
「やっぱり争いごとか。やめなよ女だてらに刃傷沙汰なんて。ここで仇を待ってるのかい?」
 紫乃は目を見開いて顔を上げた。
「い、いやここでお待ちしてるのは仇ではありません」
「ふう……、やっぱりそうか」
 マツは上体を起こして大きく息を吐いた。
「憎からず思ってる人だとは検討を付けてた。こう見えてあたしだって二十年近く色街で食べて来たんだ。人の情には通じてるほうだよ」
 紫乃の顔が自ずと赤く染まり始めて、潤んだ瞳が水の流れを見つめる。
「で、どういう間柄なんだい? その目鼻立ち整ったっていう若侍の色男とは……」
「ええ、若侍ではありますが、その方は………殿方ではありません……」
「え……?」
 マツは紫乃の横顔に目を向けた。
「じゃあその侍は……、女……?」
 互いに口を開かぬまま、再び舟は川音に包まれる。
「あはは、ま、まあいいや。明日も早くから見張っとかなくちゃね。じゃあ、もう休もうか」
 マツは幌の中で膝立ちになると、商売の布団を押しやって寝床の支度を始めた。
「はあ、冷えて来たね。申し訳ないけど、舟は狭いから横並びにひとつの布団で寝るんだよ。ごめんね」
「いいえ」
 愛嬌のあるマツの笑顔に、紫乃も恥ずかし気な笑みを返した。
「あはは、今夜は楽しいねえ。さあ、ここここ…………はいそうそう……。じゃあ火を消すよ」
 横に紫乃が身を横たえたのを確かめると、マツは片手を振って幌の棟木から吊るした蝋燭の火を消す。
 途端に舟の中は闇に包まれた。

 起きている時は分らなかったが、横になった紫乃はその身に微かな舟の揺らぎを感じた。
 背中からマツの暖かみが伝わって来る。
 そしてその暖かみが自分に向けて寝返りを打つのが分かった。
「紫乃さん、まだ起きてる……?」
「ええ」
「実はね………、あたしも最初に好きになったのは……、女の人だったんだよ」
 紫乃はマツの話に耳を澄ます。
「十五六で置屋に売られて、毎晩泣き明かしてたあたしを、その人は優しく抱いて寝てくれた」
 紫乃は闇の中でゆっくりと目を開いた。
「思い出すと、そん時その人は三十も半ばを過ぎてたんだろう、ほんとに年の離れた姉さまの様な人だった。ほらこうすると暖かいだろうって、寒い冬の夜はお互いの足を挟み合って眠ったもんだ」
 マツの声が幌の天井に響いた。
「ある時そうやって寝ていたら、姉さんがゆっくりと身体を揺するんだ。あたしを抱く手に少しだけ力が入って、だんだん姉さんの息が荒くなるのが分かった」
 紫乃は音を立てぬようにゆっくりと唾を飲み込む。
「柔らかいお乳があたしの胸とくっついて、太ももに熱く湿ったものがあたった。そのうち急に強く抱きしめられたと思ったら、ぶるぶると姐さんの身体が震えた。驚いてあたしが目を開けると、優しい目があたしを見つめてた。マツ、ごめんねって……」
 秋の夜寒にもかかわらず、紫乃は自然と身体が火照るのを覚えた。
「何故かあたしは嬉しくなって、必死に姐さんの身体に抱き付いた。そしてその晩初めて、あたしも身体の喜びを知ったんだよ」
 言葉を挟めないまま、紫乃は両手で自分の胸を抱いた。
「あたしが一人前になってからも、時々姉さんとあたしは一緒の布団で眠った。お互い隅々まで体を知ってる花街の女同士、嫌なことなんか全部忘れるほど、心も体も満たし合ったもんだ」
 小さなため息をついた後、マツは再び紫乃の背中に向かって寝返りを打つ。
「年季が開けて、姉さんは国に帰って行った。マツ元気でねって。一人で寝てる時、思い出すと今でも涙が出るんだ……」
「マツさん……」
 そう呟いて紫乃は背中のマツに身体を向けた。

「ここんところ寒くなったよね。姉さんとしたように、抱き合って寝ていいかい?」
 紫乃は返事の代わりにゆっくりとその目を閉じた。
「ほうらこうして、ね? あたしも……」
 布団の中で互いの腰ひもを解くと、マツはその両手を襦袢の中から紫乃の背中に廻す。
「まあ、締まって細いこと」
 そのまま両腕が腰のくびれを抱いて、触れ合う素肌から互いの暖かみが伝わってくる。
「ふふ……。ほら、こうするとお乳同士もあったかいでしょう?」
 両手が互いの身体を抱き寄せて、マツの豊かな胸の膨らみが紫乃のお椀の様な乳房を包み込んだ。
 自然と交差した脚に下の毛がざらついて、さらに揺さぶる様に下半身が絡み合うと、その奥から熱い湿り気が太腿の肌に張り付く。
「は……」
 小さく息を吐いて紫乃はその眉を寄せた。
 抱き合ったまま、ゆっくりとマツの霜降りの身体がうねり始める。
「ごめんね、紫乃さん。もうあたし我慢出来ない。あんたも気持ちよくしてあげるから、ゆるしてね……」
 熱に浮かされた様にそう囁いて、マツは紫乃の下腹部に尻を振るい始めた。
 片手を握り合わせて上半身を起こすと、紫乃の弾む乳房に頬を寄せる。
「ほら、気持ちいいでしょう……? はあ……もっと、もっとよくなるよ……」
「あ! ……う……く……」
 そのまま吸い付かれた乳首を甘噛みされて、紫乃は息を詰めて背中を反り上げた。
 恥ずかしいことに身体の中から熱いものが溢れて、どちらのものかも分からぬほどにマツの股間と揉み合わされている。
 そしてその熱い潤みの中から、泣きたいような快感が背筋を伝い上がってくるのだ。
「ああ、いや……」
 たまらず紫乃はそんな泣き声を上げた。
「ああ……気持ちいいでしょ? はあはあ……いいよ、一度満足して……ほら……」
 マツは紫乃の身体を抱きしめて、さらに忙しなくその腰を振り続ける。
「ああ……く……」
「ふう! いいよ、ほら……」
 紫乃は両手でマツの肩先を掴むと、泣き顔になって背中を反り上げる。
「あぐ……!!」
 強張った身体を二三度うねらせたかと思うと、マツの動きに合わせて狂おしくその柳腰を振り立てた。
 競り合った熱い潤みの狭間から、ブリブリと湿った音が漏れる。
 マツにきつく抱かれながら、紫乃は伸びやかなその身体に幾度も極みの痙攣を走らせたのである。

 なおもゆるゆると腰を使って余韻を味合わせながら、マツは抱きしめた紫乃の身体を布団の上に横たえた。
「なにも恥ずかしくないよ。とっても可愛かった……」
「はあ……はあ……」
 長い黒髪の乱れをを整えてやると、まだ荒い息を吐き続ける紫乃にそっと身を添わせる。
「女って喜びは何回も……。だからお願い、今度はあたしも紫乃さんと一緒に……」
 耳元でそう囁くと、マツはまだ目を閉じたままの紫乃に頬を摺り寄せる。
「こんな年増の口を吸うのはいやよね……」
 ふと紫乃はその目を開けて、両手でマツの顔を起こした。
「紫乃さん……?」
 見下ろすマツを見つめ返すと、紫乃は自ら互いの唇を重ね合わせていった。

 中秋の夜、奥深い山里の森に雲の影が流れていく。
 切れ切れに荒い息遣いがせせらぎに混じったかと思うと、相次いで感に堪えぬような二人の女の声が上がった。
 そしてようやく舟の揺らぎが治まったにも関わらず、月は幾重にもその周りに光の輪を広げていた。

「あ……」
 舟べりから桶に水を汲み上げたマツは、危うくその声を飲み込んだ。
 早朝の川霧の中から、気になる人影が見え始めたからである。
「マツさん、なにか……?」
「い、いえ……」
 まだ舟の中で身支度を整えている紫乃に、何故かマツは口ごもった。
 もうはっきりと姿を現わした侍が目の前を通り過ぎていく。
 “やっぱりいい男……、い、いや、いい女だ……”
 端正な目鼻立ちで、大事の前とういう紫乃の言葉通り、凛とした眼差しで前方を見据えている。
 次第に遠ざかって行くその背中から、マツは固く目を閉じた。
 “このまま行ってしまえば……”
 しかし次の瞬間、マツは大きく首を横に振って目を開ける。
「紫乃さん、ほらあそこ……」
「え……?」
 マツの肩越しに身を乗り出した紫乃は、街道を見やった目を大きく見開いた。

「い。伊織様!!」
「やっぱりあの人かい!?」
「早く! 早く舟を岸に付けて!」
「わ、わかった」
 マツが乱杭に繋いだ綱を手繰り寄せると、川舟は滑る様に岸に近付いていく。
 覆いの中に取って返した紫乃は、草鞋を付けて短尺の長刀を背にからう。
 どんと舟が揺らぐと同時に紫乃は岸に飛び移った。
 もう靄に消えつつある背中を確かめると、紫乃は再び舟を振り返る。
「おかげで見つけることが出来ました。心より礼を言います」
「あ、ああ、ちょっと待って。そんなことより、これ……」
 頭を下げかかった紫乃に背中を向けると、マツは舟の中に潜り込む。
「ほ、ほら忘れもんだよ」
「そ、それは……」
 再び覆いから出て来たマツは、その両手に紫乃の脇差を捧げ持っていた。
「それは、お礼にあなたに差し上げたもの……」
「いいや」
 マツは愛嬌のある笑顔を横に振った。
「あはは、お礼ならもう沢山もらったよ。これ以上もらったら、あたしゃバチが当たっちまう」
「マツさん……」
 見返す紫乃の目が薄っすらと潤む。
「それに、これから天下分け目の決戦じゃないか。会津から一緒に旅したこれを持っとかないでどうするんだい。さあ、ほらほら!」
 押し付けられた脇差を受け取ると、紫乃はただ言葉もなく頭を下げる。
「もう、早く行かなきゃ見失っちゃうよ。さあ早く行った行った!」
 顔を上げた紫乃の目から一筋二筋熱いしずくが流れ落ちた。
「あ、ありがとう。どうかマツさんも達者で……」
「あたしもご武運を祈ってますよ。ああ……なんだい、旅立ちに涙は禁物だ。さあ、元気にお発ちになって!」
「ではこれで……」
 今一度深く頭を下げると、紫乃は身を翻して走り始める。
「気を付けて! この房はもらいましたよ! 会津に店を出したら、これを下げときますからね!!」
 走る足を止めて振り返ると、紫乃もマツに大きく手を振り返す。
 再び小さくなっていく背中を見ながら、マツの顔から潮が引くように笑顔が消えた。
 そしてもう一度紫乃が振り向くのを恐れて、マツは片手で顔を押さえながら舟の中に姿を消したのである。
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