Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
カテゴリ: 八十八十郎劇場
「元禄江戸異聞 根来」 作:八十八十郎(はちじゅう はちじゅうろう)


(六十四)


「あれは……」
 色付いた山景色に揺らめくものを見つけて、二の丸の欄干で羅紗は目を瞬かせた。
 やがて揺らめくものは茶色の鳥に姿を変え、鷹匠小屋の軒先に留り付く。
 羅紗は欄干から身を乗り出して、鷹匠が鳥の足から何かを外す様子を見つめた。
「何か知らせが参ったのか……」
 そのつぶやきを聞いた桔梗も欄干ににじり寄る。
「昨夜、伊織様に何か動きがあったやもしれませぬ」
 口元を引き締めた羅紗は、桔梗の見守る前をいそいそと上座へと向かった。

 御前まで膝を擦ってにじり寄ると、初音は小さな紙きれを羅紗に捧げる。
 待ち兼ねた様に紙を広げた羅紗は、再び初音に向かって顔を上げた。
「これは?」
「おしどりが二羽、東に向け飛び立っております。おそらく陣内様はお蝶と共に江戸への帰路に就かれたものと……」
 羅紗の顔が輝いた。
 なるほど飛び立った二羽の渡り鳥の行く手には、雪を頂く冨士の山が小さく描かれている。
「やはりそうか、それは何より。しかしこの飛び立った鳥の下に描かれておる、盛り土の上に立った長刀は……?」
「さあ、それでございます……」
 首を傾げた初音の横で、大石桔梗が顔を上げる。
「羅紗様、御免!」
 受け取った紙に目を落とすなり、桔梗は眉を寄せて両目を閉じた
「帯刀殿……」
「き、桔梗、如何いかがした?」
 羅紗の問いかけに桔梗はゆっくりと目を開ける。
「ふとしたご縁から此度の一件にご加勢をいただいた方。おそらく最後の一戦で一命を落とされたものと………」
「な、なんと……」
 羅紗は目を潤ませた桔梗を見つめた。
「若く一途なご気性で、囚われの身になったお蝶さんを……、そのまま捨て置けなかったのでございましょう……」
 絞り出すような桔梗の声を聞きながら、羅紗は膝の上のこぶしを握り締めた。
「なんということ……。い、今となっては詮無いことじゃが、直ちに由縁の品を丹波へお迎えし、長刀の塚を供してお祭り申し上げるのじゃ」
「は……」
「しばし、お待ちを……」
 立ち上がろうとする桔梗を制して、両手を付いた初音が口を開く。
「恐れながらそのお役目、最後のご奉公としてこの初音にお任せください」
「初音………」
 羅紗と桔梗が見守る中、初音は穏やかな口調で話を続ける。
「この度の一件を通じて、私は己が新たな旅立ちを悟りました。最後のお勤めを終え、お城をおいとまさせていただこうと存じます」
「初音!」
 顔色を変えて腰を浮かせた羅紗に、初音は優しい笑みを浮かべた。
「まあ何でございますか、まるで子供のように……。若のためにご尽力いただいた方のお弔い、最後のお勤めとして丁重に取り仕切らせていただきます。そして………」
 羅紗を見つめるまなざしを、ふと初音は欄干の外へ向けた。
「私、構えて宴や見送りをいただくに及びませぬ。これまで羅紗様や鶴千代様のお菓子を城下へ買いに出た時のように門を出て参ります。もしその姿を見つけても、羅紗様、どうかその時のように黙ってお見送りくださいませ」
「は、初音……」
 思いがけず抱きすがった羅紗に、一瞬初音は驚きの表情を浮かべた。
「そうしていただければ、私も泣かずにお暇出来まする」
「物心ついてより今日まで、ずっと一緒であったのに……」
 羅紗の頬を伝う涙が、次々と初音の着物の襟に吸い込まれていく。
「上州は高崎より川沿いに榛名へ上る途中の、唐松という小さな村に帰ります。あなたや鶴千代様が遊びに来られるのを、楽しみに待っていますよ」
 そのまま震える肩を胸に抱いた初音は、羅紗の御髪に頬を寄せて微笑んだのである。


 熊川を目前にした山間の集落、宵闇の中にひなびた宿の明かりが瞬いている。
 低いうなり声を上げるお蝶の手を、枕元に身を乗り出した伊織がしっかりと握り締めた。
「お蝶、つらいだろうが我慢してくれ。もう一杯飲むか? あまり飲んでは体に障るだろうが、幾日かかってもよい。この苦しみから抜けて、お前が一緒に江戸に戻れたら……」
 宿の煎餅布団に身を横たえたお蝶は、額に脂汗を浮かべて身を戦慄かせた。
 お蝶の動きが伊織の手を揺るがして、湯飲みの酒が茣蓙に零れ落ちる。
 全身に骨が軋む様な痛みが走り、茹だるような暑さと身も凍る寒さが交錯するのだ。
「はあはあ……伊織様、もうあたしなんかほっといて江戸に帰って。どの道あたしと一緒にいたら、うぐう……ろくなことにゃなりゃしない……」
「ば、馬鹿なことを言うな。お前の苦しみは私の苦しみ、そうではなかったのか」
「そ、それは………、はあはあ……正気の時の話……。もう餓鬼に堕ちたあたしは、自分で自分を操ることさえ出来ないんだ」
「いいやお蝶、お前は私が知っているお蝶だ。今は薬のせいで地獄しか見えないだけ。そんなことで、一命を賭してお前を救った紫乃殿に申し訳が立つと思うのか。一日に一丁でも半丁でもいい、一緒に江戸に向かおう。いいな、お蝶!」
 ふとお蝶は怯えた眼差しを伊織に向ける。
「はあ………、薬で地獄に落ちた人間は親の首でも掻き切るといいます。い、伊織様、あたし怖い………。あ、あたしなんかほっといて、早く江戸に帰って!!」
 お蝶の訴えを聞いた伊織は、やおら浪人の髪の元締めに両手を添える

 艶のある黒髪が肩先に揺れ落ちて、菊となった伊織はお蝶に優しい笑みを向けた。
「お蝶さん、あなたがすることなら私は甘んじて受け入れます。その代わり互いの命が費えるまで、私をあなたの傍に居させて」
「き、菊様………」
「江戸に帰ったら、お美代さんたち長屋の身内だけで祝言を上げましょう」
「し、祝言……?」
「ええ、私とあなたの祝言を……」
「き、菊様!」
 お蝶は身を苛む苦しみも忘れて、夢中で菊に抱き付いた。
 静寂がすべてを包み込む山間の夜。
 二人の女は胸を締め付ける思いと共に、溢れんばかりの愛情を抱き締め合ったのである。


「桔梗……」
 薄暗い二の丸の天守で、羅紗は小さくつぶやいた。
「はい」
「まだ眠れぬのか……?」
「はい……」
 羅紗はゆっくりと夜具の上に身を起こす。
「無事鶴千代の一軒は落着したものの、それは多くの犠牲の上に成し得たことであった。それを思うと目が冴えてしもうて……」
 それを聞いた桔梗も三畳ほどの控えの間で起き上がる。
「桔梗、お前もこちらで近う休まぬか」
「そのような畏れ多い……」
「構わぬ……、いや、その方が心安く眠れそうな気がするのじゃ」
「羅紗様………」
 閨の重い静けさが燭台の灯に揺れる。
「お前が城内で春蘭を打ち取った時、私は曲者の術から醒め、そしてお前の心に触れた。お前はその時、私のことを思い浮かべたと……」
 桔梗は夜具の上で居住まいを正すと、そっと襦袢の襟元を整えた。
「江戸住まいの幼き頃より親しんだ仲で気付かなんだが、左内亡き後、武術で頭角を現したお前を私は心のどこかで眩しく見つめておった」
「羅紗様……」
 桔梗は身の内に小さく震えるものを感じた。
 そしてその小さな鳥のような震えは、次第に甘く温かく胸の内に広がっていく。
「私は互いの気持が分かったような気がした。桔梗、これからは私と共に日々を送ってくれまいか。そしてそれは役目としてではなく、私の伴侶として……」
 隣室からの返事はなく、寝所に夜の静寂が流れる。
 羅紗は静かに立ち上がると、桔梗の休む控えの間へと足を進めた。
 寝所へと手を引かれた桔梗は、黙って自分の夜具に手を伸ばす。
「よい桔梗。今宵は私と同じ夜具で………、いやか……?」
 桔梗は固い表情のまま自分の夜具から手を離した。
 いざなう羅紗の前で桔梗は再び足を止める。
「お待ちください。これを……」
 枕元に置いた大小の刀を掴むと、桔梗は羅紗に続いて寝所の敷居をまたいだ。

 夜具の脇に大小を置いたとたん、桔梗は背中から羅紗に抱かれた。
「桔梗……、互いにこの世の身が朽ちるまで共に暮らしてくれ……」
 前に回った羅紗の両手に右手を添わすと、返事の代わりに己が身の重さをそっと羅紗に預ける。
 そのままゆっくりと夜具に抱き下ろされながら、思わず桔梗は乙女の切ない吐息を漏らした。
 羅紗の豊かな胸のふくらみが自分の乳房に押し付けられ、もどかし気な手に襦袢の帯を解かれる。
 汗ばんだ肌に夜の冷気を感じた時、ふと桔梗は目を開けた。
「このまま女になって羅紗様に抱かれますと、その間私はあなたをお守り出来ませぬ。
 そのような時、もし曲者に襲われましたら如何なさいます?」
 思わず顔を起こした羅紗が、鼻先三寸に目を合わせて口を開く。
「お前と一緒に串刺しになれば本望じゃ。その時は手を取り合うてあの世に参ろうぞ……」
「まあ……!」
 何故か共に遊んだ幼いころを思い出して、桔梗の顔に笑みが浮かんだ。
「冗談でございますよ。女になっておりましても、きっと羅紗様をお守り申し上げます」
「こやつ……」
 悪戯っぽい笑みを返したかと思うと、羅紗は突然桔梗の唇を奪った。
「ふぐ!!」
「んぐう……」
 初めて唇を吸われる感触に、桔梗は細かく身を震わせた。
 そしてその若い情愛で羅紗に挑まれながら、桔梗も夢中でその身体に抱き付いていった。

「あ………、あううう~~」
 もうしとど濡れそぼったものを指で遊ばれて、はしたなくも桔梗は切ない女の呻き声を漏らした。
「桔梗、可愛い………んむむ……」
 再びねっとりと唇を合わされて、濡れた襞を一枚一枚めくり返すように股間を愛撫される。
 やるせなく身をくねらせると、たった今まで羅紗の口に吸い含まれていた乳首が、キラキラと蝋燭の灯を照り返して弾んだ。
 一度は亡き蔓の指で女の喜びを教えられた桔梗である。
 しかし羅紗が同じようにこのような喜びを与えてくるとは、桔梗自身想像もしていないことだった。
 そしてそれ以上に、抱き合う合間にふと感じる羅紗のものは桔梗の考えていたものとは違っていた。
 幼いころ、用を足すとき垣間見た羅紗のもの。
 自分にないものに不思議な感慨を覚え、また時には羨ましく感じたことさえあった。
 ただ、江戸家老である父左内に諭されて以来、再び羅紗のものに言及することはなかった。
 自分の女のものから想像しても、当時の羅紗の一物の延長が行為にふさわしく思われる。
 しかるに今太ももや尻に触れる羅紗のものは、太く熱く節くれだって、もっと猛々しいものに感じるのである。
 しかし羅紗の一物の大きさはさて置き、まだ乙女の桔梗が交尾の対象に不安を覚えるのも仕方のないことではあった。
 そしてそんな不安も薄らぐほど、初音や春蘭を通じて経験を積んだ羅紗の行為は、桔梗のうぶな五体を燃え上がらせていたのである。

 夜具の上で上向きにされた桔梗は、熱っぽい眼差しで羅紗を見上げた。
 柔らかい女の体が蝋燭の灯に浮かび上がり、自分より一回りも豊かな乳房が優しく揺れている。
 少し視線を下に向けると、白い下腹の肌に黒々とした茂みの中から殺気立ったものが突き立っていた。
 桔梗はゆっくりと目を閉じ、これから羅紗とひとつになるのを覚悟した。
「桔梗……」
 優しいつぶやきと共に、桔梗は柔らかい女の体に包まれた。
 互いの乳房が重なり合って、慎ましやかな弾力が羅紗の女らしい膨らみに抱かれる。
 目の前に羅紗のつぶらな瞳が迫った。
「は……!」
 その時桔梗の身体が小さく弾んだ。
 太股の肌に熱く固い塊が押し付けられ、肛門脇の柔らかみにふぐりの感触を覚えたからである。
 そのまま濡れそぼったものに訳も無く怒張の先が覗き込んで、思わず桔梗は羅紗の腰のくびれを両手で掴む。
「う……!」
 音を立てるように羅紗の鎌首を桔梗は咥え込んだ。
 思いがけず窮屈な感触に,慌てて羅紗は桔梗の頬に両手を添える。
「桔梗……」
 薄っすらと目を開けた桔梗は、腰のくびれから背中に回した両手で羅紗に抱きすがった。
 煙るように瞬く瞳を見つめながら、二つの女の唇がゆっくりと重なり合っていく。
「ふんん~~~」
 締め付けるように二人は互いの体を抱き合った。
 熱い吐息とともに、すべての垣根を越えて二つの女体がひとつに交わっていく。
 羅紗の熱い思いは桔梗の身体の奥の門まで抉り込んだ。
「んぐうう………」
 切ない痛みと共に桔梗は羅紗を受け入れた。
 もうそれからは身の内から吹き上がる情念のままに、獣のように抱き合いながら腰を振るい合う。
 桔梗と交わる喜びの前には、初音や春蘭と交わした肉欲の経験など何の役にも立たなかった。
「ふんぐうう!!!」
 泣きたいような快感に背筋を貫かれて、ふぐりから掴みだされるように精が怒張を駆け上る。
 深く唇を重ね合ったまま、他愛もなく羅紗は桔梗の奥深くに精を放った。
 熱い情欲の塊を幾度も桔梗の奥底に注ぎながら、桔梗の両手にきつく抱き寄せられる。
「はあ……はあ……」
 やがて荒い息を吐きながら羅紗が目を開けると、桔梗の澄んだ瞳がじっと見つめていた。
 何故かその瞳に優しい笑みを湛えている。
「うふふ、羅紗様……」
 桔梗の右手が優しく羅紗の額の汗を拭う。
「桔梗……」
 再び羅紗は桔梗の身体を抱き寄せると、その温かい潤みの奥まで身を埋めたのだった。


 琵琶湖を過ぎてようやく峠を上り詰めた。
「ほら、お蝶さん!」
 振り返った菊が呼びかける。
 後ろから追いついたお蝶は目の前の眺望に片手をかざした。
「東海道………。またやってきましたね」
 緩やかに大地が下るその先には、見渡す限りの大海原が広がっていた。
 伊織が女物の衣装に着替えた今は、もう誰が見ても仲の良い女同士の旅姿である。
「十年ぶりにまたこの景色を見ることになるなど、思いもしませんでした」
「ええ、ほんとに…………う………」
 菊に答えるなり、お蝶は眉を寄せてその場に座り込む。
「お蝶さん、大丈夫!?」
 駆け寄った菊に、お蝶は青白い顔を向けた。
「いやだ菊様ったら、十年前と同じ芝居ですよう。ほんとにあなたは人がいいんだから」
「いいえ、私には分かります。まだ無理をしてはなりません」
 懐から取り出した手拭いで、菊はお蝶の顔に浮かんだ汗を拭う。
「菊様、じゃあ早いとこお山を降りて、また岡崎で御馳走を食べましょうよ」
 それを聞いた菊も顔を輝かせた。
「お通さんや羅紗姫様も一緒に、あれは楽しい一夜でしたね」
「あっははは、そうと決まりゃあ、さあ参りましょう」
 菊の手を握って勢いよくお蝶は立ち上がる。
「御馳走食べてちと元気を付けなくっちゃあ、お美代と取っ組み合ってもやられっちまいますからね。あっははは………」
「まあ………ふふ……、あははは……」

 肩を並べて歩き出す二人を、折からの山おろしの風が後押しする。
「ああ! っと……」
「もう、だから危ないと言うのに……」
 まるで何事も無かったかのように、昼下がりの街道が二人を迎える。
 手に手を取って坂を下る二人の向こうに、普段は恥ずかし気な冨士のお山も遥かにその悠久の景色を披露していた。

(次回最終章)

元禄江戸異聞 根来(六十三)目次【マッチロック・ショー】フェアリーズ・パーティ(Ⅰ)
「元禄江戸異聞 根来」 作:八十八十郎(はちじゅう はちじゅうろう)


(六十三)


 桟橋の向こうで黒い影が緩やかに上下している。
 足を止めた伊織は、身を低めたまま背後の紫乃を振り返った。
「船を揺らさぬよう、一人ずつゆっくりと乗り込みましょう。それから、いつ切り合いになってもよいよう、背負うた長刀なぎなたは手に持って」
 伊織の囁きに、紫乃は長刀を降ろして羽織を脱いだ。
 抜き取った鞘を羽織の上に置くと、長刀を掴んで伊織に頷く。
 雲間から月も顔を出したか、輝く瞳で眦を決した紫乃の顔が浮かび上がった。
「では……」
 伊織は大刀の鯉口を切ると、左手の親指でその鍔を抑える。
「参りましょう」
 低い姿勢のまま、再び二人は砂地から桟橋の上へと足を進めた。

 広いところで幅五間(9m)、長さ十間(18m)ほどの甲板の中央に船倉に降りる階段が見えた。
 中を覗き込むと、薄汚れた床板が壁の灯にぼんやりと照らし出されている。
 取引が済んで酒盛りでもしているのだろう、男たちの声高な話声が聞こえた。
 紫乃に目で合図を送ると、伊織は静かに梯子段を降りていく。
 通路右側の開き戸から灯が漏れて、中で男たちの大きな笑い声が沸き上がった。
 船尾に向かって奥の突き当りに、もう一つ開き戸が見える。
 伊織は紫乃に頷くと奥の部屋へと足を進めた。
 その背中に続いて紫乃が足を踏み出した時、右足の下で五寸(15㎝)幅ほどの床板が不自然に沈み込んだ。
 途端にどこかで軋む様な音がしたと同時に、カラカラと木を打ち付け合う音が響いた。

「いかん、鳴子だ!」
 先ほどの部屋の中で叫び声が上がり、乱暴に開いた開き戸から男が飛び出してきた。
 右手に持った身幅の広い刀が振り下ろされる瞬間、伊織は引き抜きざまに大刀で男を斜に切り上げる。
 血飛沫と共に男の体が梯子段の手前に倒れ込んだ。
 続いて飛び出ようとする男を長刀の柄で突き返すと、紫乃は思い切って部屋の中に踏み込む。
 風を切って紫乃が長刀を水平に振るうと、残った四五人の男たちは三間四方ほどの部屋の壁にへばりついた。
「無駄な殺生はしたくない! 死にたくなければ大人しくしていなさい!」
 油断なく長刀を構えたまま、紫乃は部屋の中を見廻す。
「ここにはお蝶さんはいません。伊織様は奥を、ここは私が」
「かたじけない」
 紫乃に頭を下げた伊織は通路の奥へと向かう。

 紫乃が女だと悟った男たちは、背中を壁に張り付かせたまま互いの顔を窺う。
 一人の男はその髭面に微かな笑みを浮かべると、突然刃物片手に紫乃に飛びかかった。
 長刀の柄で切っ先を跳ね返して、そのまま流れるように風を切った刃が男の腕に舞い戻る。
「ぎゃあ!」
 悲鳴を上げて手首を切られた男が床に転がった。
 逆側から掴みかかった二人の男たちは、長刀の柄で足を払われ、これまた相次いで床に転がる。
 仁王立ちの紫乃から胸元に刃を突き付けられ、二人の男は仰向けのまま怯えた表情で両手を上げた。
 そのまま顔を上げた紫乃が周囲に睨みを利かすと、残った二人の男も壁に張り付いたまま慌てて首を横に振る。
 ようやく胸元から刃を引いた紫乃は、二三度部屋の床を指差す。
 男たちが二度三度と頷くのを認めると、紫乃は部屋を出て開き戸にかんぬきを降ろした。

 部屋に足を踏み入れた伊織は、目を見開いてそのまま立ちすくんだ。
 三間四方ほどの部屋の正面に二人の女が立っている。
「お蝶!!」
「伊織様!」
 叫びを上げたお蝶の首筋に刃物の冷たい輝きが見えた。
「ど、どうしてここに……」
 悲痛な眼差しを向けるお蝶の後ろで、沙月女はわずかにその片頬を緩めた。
「やっぱりお前か……。申し訳ないが、さっきまでお前を語ってこの女とたっぷり楽しんでたとこさ。さあ、刀を捨てな!」
 殺気だった言葉尻とともに後ろ手のお蝶を引き寄せると、前に回した短刀を改めてお蝶の首筋に突きつける。
「く……」
 きつく唇を噛んで、刀を掴んだ伊織の右手が細かく震えた。
「ふふ、伊織さんとやら……。載寧に気に入られたお蝶を簡単に渡すわけにゃいかない。でも取引が無事に進みだした今は、得物を置いてこのまま大人しく立ち去りゃあ、あたしたちもこれ以上あんたと面倒を起こすつもりはないのさ」
 少し声色を和らげて沙月女は伊織の様子を探る。
「お蝶を置いたまま私が立ち去ると思うか! お蝶を放せ! さすれば刀を収めてこのまま立ち去ってもよい」
 切れ長の目で沙月女を見据えたまま、伊織は迷いもなくそう言い放った。
「それじゃあ、物別れでけりがつかない。ここはひとつ、お互いに刀を収めて話をしようじゃないか」
「う……」
 一瞬伊織の構えにゆるみが生じた時、お蝶の叫びが上がった。
「だめ、伊織様! あたしに構わず早くこいつをやっつけて! もう鳴子を聞いて仲間がやってくるはず。こいつは時を稼いでるだけよ!!」
「お前は黙ってな!!」
 後ろ手をねじり上げる沙月女に身を抗わせると、お蝶は短刀を持った沙月女の手を掴んだ。
「もうあたしなんか!」
「あ、こいつ!!」
 自らお蝶が喉を突こうとした時、
「お蝶さん!!」
 伊織の背後から疾風が舞い込んだ。

 短刀とお蝶の喉の間を貫いて、長刀の柄が背後の壁板に突き刺さった。
 紫乃はそのまま体当たりするようにお蝶を抱き込んで、二人の体はもんどりうって床に転がる。
「こいつ!!」
 その背中に振り下ろされた沙月女の短刀を、きな臭い音を立てて伊織の大刀が受けた。
 伊織がその短刀を跳ね上げると、信じられぬことに沙月女は低い天井との間三尺でとんぼを切って伊織の背後に舞い降りる。
「ああ!」
「伊織様!!」
 お蝶と紫乃の叫びが上がる中、背後から切り付けた短刀が伊織の肩で力なく止まった。
 浅く伊織に切り込んだまま、沙月女の体がゆっくりとその背中に覆いかぶさる。
 左脇から後ろに抜けた大刀の切っ先が、沙月女の胴体を貫いていた。
「伊織様!」
「大丈夫!?」
 身を起こした紫乃とお蝶が、急いで伊織のもとに近寄る。
「かすり傷だ。それより早くここを離れねば」
 眉を寄せた伊織の返事に、ふと紫乃とお蝶の表情が緩む。
 三人は頷き合うと部屋を出て甲板へと急いだ。

 甲板に上がった伊織を若い女の笑い声が迎えた。
「あはは、鷹、留守してる間にお客さんだよう」
 船べりに立った春花の後から、秋花、鷹、載寧、四五人の子分を引き連れたお竜が次々と船に乗り込んでくる。
「うちの縄張りで勝手な真似は許さない。それにお前、よくもあたしに一杯食わせたね。覚悟しな!」
 お竜の合図で身を乗り出した子分たちを制して、背後からゆっくりと鷹が姿を現す。
「ここに上がってきたということは沙月女を倒したか……」
 後から甲板に上がった紫乃とお蝶も、伊織の左右に身構える。
「お蝶……、やはりまだ性根を残してたね。もうこのまま逃がすわけにはいかない。お前たちは知りすぎた。この船であの世へ向かってもらう」
 抜き放った鷹の短めの忍び刀が、月明かりに冷たく輝いた。
「お前たち何してんだい。さっさとやっちまいな!!」
 お竜の一括に、子分達が雄たけびを上げて伊織に切りかかる。
 滑るように短刀から身をかわすと、伊織は先頭の男の足を切り払った。
 倒れ込む男をよけて間髪入れず切り込んだ鷹の刀を、歯を噛むような音で伊織の大刀が受け止める。
 そのまま競り合った伊織に再び男たちが迫ると、素早く身を寄せた紫乃の長刀が風を切る。
 足を薙ぎ払われた男二人が甲板に転がり、柄の先で腹を突かれて悶絶した。
「このやろう!!」
 隙をついて紫乃に切り込んだ男の手をお蝶が掴む。
 逆手を取って自由を奪うと、男の体を甲板から海へけり落した。
 振り返った途端に、月明かりに輝く銀色の線がお蝶の目に映えた。
「危ない!!」
 必死にお蝶は紫乃の体を突き飛ばした。

「あ!!」
 声を上げてくず折れたお蝶の右肩に銀色の金串が刺さっていた。
 甲板の上に倒れた紫乃の足元にも、三本の輝きが突き立っている。
「ひゃあ、三本避けやがった。こいつは面白くなったねえ。あっははは」
 甲板より一段高くなったかじ取り場で、下を見下ろした春花が笑い声を上げた。
「ようし、じゃあそろそろ勝負を決めようじゃないか」
 船首に立った秋花もそう声をかける。
「く……!」
 鷹の刀を跳ね返して、伊織も甲板のお蝶と紫乃に駆け寄る。
 鋭い眼光で鷹一味を見廻すと、二人をかばうようにその前に立ちはだかった。
「ほう伊織さんとやら、さすがに肝が据わってるね。だけど今度は二人合わせて八本の得物を投げる。ふふ、見事避けきれるかな?」
 そう言って意味深な笑みを浮かべた春花の後に秋花も続ける。
「そろそろ夜明けも近くなってきた。ねえ鷹、あたしたちが投げたと同時に切り込んで、もう終わらせちまおうよ」
「わかった」
 そう答えて身構えた鷹の後ろで、ほくそ笑んだお竜と載寧の目が伊織たちに注がれる。
 そんな視線を睨み返しながら伊織は口を開いた。
「この上はこちらも打って出るのみ」
 その言葉にお蝶と紫乃もしっかりと頷く。
「じゃあ行くよ」
 そう言って金串を構えた春花の視線が、突然上に向けられた。
「ああ! 鷹、上を!!」
 春花の叫びに敵味方同時に上を見上げた。

 暗い夜空から一斉に火の雨が降ってくる。
「火矢だ、避けろ!!」
 鷹の叫びに皆甲板の端へ逃げると、油を染ませた綿を巻いてあるのだろう、甲板に刺さった矢は周囲に火をまき散らして燃え上がる。
「鷹! 周りを見て!!
 鷹が船べりから見廻すと、いつの間にか松明を灯した数隻の小舟に取り巻かれ、陸では別の黒装束の集団が桟橋を取り巻いていた。
「春花秋花、綱を切って船を出すんだ!! 載寧は火を消せ!」
 大慌てで載寧が頭陀袋で火を消し始め、春花と秋花は船を岸につないだ数本の綱を切って回る。
 鷹も一緒に三人が櫂で桟橋を押すと、船はゆっくりと桟橋を離れ始めた。
「今だ。さあ早く!」
 舵取り場の陰に身を潜めていた伊織たちは急いで身を起こす。
 まだ櫂で桟橋を突いている三人の隙をついて、伊織は桟橋に飛び降りた。
「さあ早くこっちへ」
 差し出した伊織の両手にお蝶が掴まろうとした時、
「逃がすもんか!」
 短刀片手に物陰からお竜が飛び出した。
「危ないお蝶さん!!」
 次の瞬間、お蝶をかばった紫乃の脇腹に刃物の輝きが埋まっていた。
「ああ! 紫乃さん!!」
 お蝶の叫びと共に、身を翻した紫乃が袈裟懸けに長刀をお竜に振り下ろす。
「ぎゃああ!!」
 悲鳴を上げて逆側の船べりまで逃げたお竜は、そのまま船の外に落ちて周囲に水音を響かせた。
「早くこっちへ」
 伊織とお蝶は揺らぐ紫乃の体を桟橋に担ぎ下ろして砂浜へと運ぶ。
 黒装束の一人が合図すると、何故か浜辺の一団は松明の炎を掲げて伊織たちを取り囲んだ。

 仰向けに照らし出された紫乃の顔からは、もうすっかり血の気が引いていた。
「し、紫乃さん、しっかりして!!」
 お蝶の叫びに紫乃は薄っすらと目を開く。
 傷を確かめた後、伊織はゆっくりと顔を上げた。
「し、紫乃さん……。このようなことになってしまって………」
 紫乃は生気のなくなった顔を微かにほころばせる。
「い、いえ伊織様……。ここまで私を連れて来てくださり、ありがとうございました」
「そんな、これからも一緒ですよ! 早く良くなって、また一緒に帰りましょう」
 そう語り掛けたお蝶に、紫乃は力なく右手を差し出す。
「紫乃さん……」
 冷たい手をお蝶の温かい両手が包み込む。
「お蝶さん、これからは伊織様と末永くお幸せに………」
「そんな………。本当は、本当はあたしなんかよりあなたの方が伊織様にふさわしいのよ。
 早く元気になって………」
 そう言いかけた時、海の方で大きな爆発音が巻き起こった。
 伊織とお蝶が目を向けると、もう半町ほど沖に進んだところで密輸船が炎に包まれていた。
 暗い空に火の粉を巻き上げながら、じわじわと船は海に沈んでいく。
「紫乃さん、賊の船が沈んでいきます」
 しかし伊織の呼びかけに、もう紫乃の返事は返って来なかった。
「紫乃さん? ……紫乃さん!!」
 お蝶の両手を紫乃はもう握り返してこない。
「なんで………、なんであなたが………わあああ~」
 もう薄明るくなり始めた浜辺に、お蝶の悲痛な泣き声が響き渡った。

 伊織は紫乃の体に羽織をかけ、その横に長刀を置いた。
 ふと思い出して紫乃の帯から脇差を抜くとお蝶に手渡す。
「地元の寺にお願いして手厚く弔っていただくことにしよう。それから、この脇差は私たちの手で会津に……」
「はい……」
 力なく頷いてお蝶はその脇差を受け取る。
 伊織が再び海へと目を向けると、取り囲んでいた数隻の船も丹後方面へと去っていった。
 一人の黒装束が伊織とお蝶に歩み寄る。
「生き残れてよかったね、お蝶……」
 突然名前を呼ばれて、お蝶はいぶかし気な眼差しをその黒装束に向ける。
「あんたは………?」
 黒頭巾を外した相手を見て、お蝶は大きく目を見開いた。

「美津!!」
 お蝶の驚いた様子に、美津は切れ長の目を細める。
「驚いたかい? まあ何はともあれ、あの船が沈んで一件落着。甲賀の奴らも船で帰った。この若狭じゃ、密輸どころか酔狂の喧嘩も無かったってことさ……」
「で、でもあんたは……」
 お蝶は美津の横顔に口ごもった。
「あいつらと組んでたんじゃなかったのかと、そう言いたいんだろう?」
 振り向いた美津の顔をお蝶はじっと見つめる。
「あんたを騙したようでも、一度は竜神一家の地下牢で命を助けてやっただろう? 間者(かんじゃ)たそんなもんさ。もっともこれは江戸でのお礼も………あっとこれはこっちの話」
 横の伊織に気が付くと、美津は薄笑いを浮かべて口を閉じた。
「詳しくは分らぬがこの度は助けていただき、この通り、心より例を申す」
 生真面目に頭を下げる伊織に、美津は慌てて片手を上げる。
「いいえ、これもお役目でさ。まあしかし、近くで見るほど、うふふ、いい男………だねえ」
 伊織を見る妖艶な笑みを瞬時にかき消すと、美津はお蝶を振り返る。
「じゃあお蝶、達者で。命は助かったけど、これから薬が抜けるまでは地獄だろうよ。覚悟するんだね。もっともこんないい薬が近くにいりゃあ心配ないとは思うけどね」
 鼻先で笑った美津はふらりと歩き始める。
「ありがとう美津。あんたも達者でね」
 お蝶のつぶやきに美津の足が止まる。
「そろそろあたしも潮時かもしれない。あんたも知っての通り、間者は裏と表の間で仕事するだろう……?」
「美津……」
「でもこのところ、どっちが裏か表か、時々自分でも分からくなる時があるんだ……」
 海辺に立った三人を潮騒が包み込む。
「じゃ……」
 去っていく美津の背中を、伊織とお蝶は声もなく見つめていた。
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