2015.12.8(火)
「ぐぶ」
志摩子の舌の侵入に、道代は狼狽(うろた)えた。まさか志摩子を突き飛ばしはしないが、それほどの勢いで体を引いた。
二人の口が離れた。
道代は、呆然と志摩子を見詰めた後、がくりと首を折った。その様は、壊れた文楽人形のようであった。
志摩子は、悠然と道代に声を掛けた。
「おーや道代、ようやっと素直になった思た(の)に、また逆らうんか」
道代は慌てふためいた。激しく首を左右に振る。それは、確かめるように左右に振られる壊れた文楽人形を思わせた。
「ちゃいます(違います)女将さん、逆ろ(ら)うてんのんちゃいます」
「逆ろうとるやないかい(逆らっているではないか)」
志摩子は、楽しそうに、道代を嬲(なぶ)るように声を掛けた。
「ちゃいます、ちゃいます、女将さんに逆ろうたり、絶対しまへん、ただ、あの、その……ちょと(少し)、びっくりしてしもた(してしまった)もんやさかい(から)……」
「なんやのん、接吻くらい今さら、さっきあんた、源蔵はんと散々いろんな事やったやないか、見たわけやおへんけんど(ではないが)ちゃあんと聞いてましたで、うち(私)」
「へっ」
道代の狼狽はさらに激しくなった。俯いたその頬は、小娘のように染まった。もう声も出ない。正座した膝の上に固めた両の拳(こぶし)を置く。道代の全身は塑像のように固まった。両の目を固く閉じた。
「難儀なお人やねえ。生娘ゆう(きむすめという)わけやあるまいし。あ、ついさっきまで生娘やったか」
「ひいっ」
(この歳で生娘やなんて……)
道代は逃げ出したい思いで一杯になったが、逃げ出せるわけもない。出来るのは、ひたすらその場に凝固し続けることだけだった。
道代の頬に、酒薫混じりの熱い息が掛かった。耳元だった。
道代は、思わず目を開けた。志摩子の顔がすぐ脇にあった。道代の耳朶に、更に熱い吐息が吹き掛けられた。
「はああ」
道代は両肩を抱きすくめられた。抱いたのはもちろん志摩子の両腕である。道代の耳朶に、ぬるりとした触感が触れた。
「あひい」
舌だ。志摩子がその舌を道代の耳朶に這わせたのだ。そのまま、ぞろりと道代の耳全体を舐める。
「うふぅ」
経験したことのない感触だった。道代の全身にぞわりとした感覚が走った。快感と言えば快感なのだが……。道代は、反射的に仰け反ろうとした。
志摩子は許さなかった。左腕を道代の二の腕の上から背に回し、力を込め、道代の上体の動きを制した。右の掌(てのひら)を道代の後頭部に宛がって首の動きを封じる。体の動きを抑えられた道代の感覚は、更に自身の耳に集中した。
(き、きもち……ええ〔いい〕)
道代は明確な快感を自覚した。
志摩子の舌は道代の耳全体を隈無(くまな)く這い回った。
(耳がこないに〔こんなに〕ええやなんて……)
(知らなんだ)
(気持ち……ええ)
「おかみさあん、きもちよ、おす(気持ちいいです)」
「ええやろが、みち、耳、気持ちええやろが」
「へえ、へえ……うち、なんや……おかし(おかしく)なりそうどす」
「ほうか、ほな、これはどないえ(どうだ)」
「いいいっ」
志摩子の舌先が、道代の耳孔に侵入した。いや、侵入しようとした。入るわけもないが、こじ入れようとした。
「ぎひいいいいいい」
異様な感覚だった。いや、それはやはり快感だった。大きすぎる快感が、道代の体を反射的にそれから逃れようとさせた。道代の首が、志摩子の右手を跳ね除けて仰け反った。
「こら、いごきな(動くな)お道!」
「すっ、すんまへん」
「でや(どうだ)気持ちええやろが、道」
「へ、へえ、気持ちよ、おす(気持ちいいです)」
「ほな、じっとしとり(していなさい)」
「へ、へえ」
道代の全身は、先ほど志摩子に処女を指摘された時と同様、凝固した。しかしそれは恥じらいではなく、期待であった。与えられようとする大きな快感への期待。道代は、待ち受けた。志摩子の舌を、未経験の快感を与えてくれる志摩子の舌先を耳で、いや全身で、身震いするような思いで待ち受けた。
(おかみさあん)
(はよ〔早く〕)
(はよ舐めて)
(気持ちよ〔よく〕して)
(みみ)
(舐めとくれやす)
(はよう)
「はよう」
思わず道代は呟いていた。
小さな声であったが、志摩子が聞き逃すはずもない。志摩子の口角が吊り上がった。その笑みは、菩薩にも、夜叉のそれにも見えた。
「おーや、道、耳の気持ちよさが分かってきたか。どないえ(どうだ)」
「へ、へえ、へえ、すんまへん、おかみさん」
「謝ることないがな、ほな、いくえ(いくよ)
言うなり志摩子は、再び道代の頭を抱え込み、先ほどと同様、耳孔に舌先を突き入れた。
遥か数千万年前、中生代白亜紀。北米大陸に君臨した暴君竜、ティラノサウルス レックス。ティラノサウルスは属名、レックスは種小名、合わせて暴君竜の種名である。種小名のレックスは「王」の意であるという。恐竜の王、ティラノサウルス。
志摩子の舌先は、暴君竜のように狭い洞窟に侵入しようとした。獲物を求めて、道代の耳孔に押し入ろうとした。奥に潜む獲物は……道代そのものであろうか。
「かはああああああ」
道代は呻いた。道代は喘いだ。未経験の異様な快感に、我を忘れて声を漏らした。
「いいいいいいいいっ、いいっ、いひいいいいい」
(なんちゅう〔なんという〕気持ちよさやろ)
(たまらん)
(も、たまらん)
「えへええええええっ」
志摩子が舌を外した。
「でや(どうだ)みち、気持ちええやろが」
「へえ、へえっ、きもち、よ、おすっ(いいです)」
「あんた、初めてか、耳」
「へ、へえっ、へええっ、はっ、初めてどすうっ(です)女将さん、すんまへん、もっと……」
「もっと、なんやのん(なんなのだ)」
「もっと……舐めとくれやす(舐めて下さい)おたのんもうします(お願いします)」
「もう、あかん」
「へえっ」
道代の声は悲鳴のようであった。半ば泣いていた。
(なんで、なんでやのん。なんで、舐めてくれはらへんのん〔くれないんですか〕)
(なんで、そない〔そんなに〕、いけず〔意地悪〕しはるのん)
「いや、いややあ、なめて、舐めとくれやすな、女将さん」
「ほほ、お道、耳の良さ、ようわかったようやの」
「へえ、へえ、しやから(だから)女将さん……」
「耳はあとでまたたっぷり舐めたる(舐めてあげる)」
「へえ……」
「今度は、別のとこ(ところを)舐めたる」
志摩子は、道代を押し倒した。
コメント一覧
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1. 耳舐めハーレクイン- 2016/01/03 17:17
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>なんちゅう〔なんという〕気持ちよさやろ
>たまらん
>も、たまらん
志摩子女将の耳舐めに対する、お道姐さんの感想です。。
耳舐め。
わたしは舐めたことはありますが、舐められた経験はありません。
そんなに気持ちいいものですかね。
たいがいの女性はくすぐったがるようですが。
一度、誰か舐めてくれんかのう。
志摩子、お道、花世、源蔵、四人の乱交。
もう少し続きます。
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2. Mikiko- 2016/01/03 18:30
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こうして……
コメントのやり取りが出来るようになったことを、心から喜びたいと思います。
ほんとに、あっという間の1ヶ月でした。
平穏な日々の大切さを、改めて痛感しております。
耳舐め。
カタツムリを耳に這わせたら、似た感覚が味わえるんでないの?
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3. ♪崩れしままの石垣に- 2016/01/03 20:27
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ハーレクイン
笨枢ス穏な日々笨踀
ほんとに大変でしたなあ。
ご苦労様でした。
録画しておいた「路線バスの旅」大阪-金沢編。
見ました。
ついでに、ブラタモリの金沢編も見ました。
いやあ、大学がそっくり引っ越したというのは承知していましたが、昔日の面影は全くありません。
♪松風騒ぐ丘の上
古城よ独り何偲ぶ
栄華の夢を胸に負い
ああ仰げば侘し天守閣
旧・金沢城の面影は、ただ楼門(石川門)と石垣のみ。天守などかけらも残っておりません。石川門は裏門になりますが、向かいの兼六園に繋がる門。金沢最大の売り物でしょうか。
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4. Mikiko- 2016/01/04 07:55
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古城
ほんとに、維新後の新政府は憎いですよね。
お城がぜんぶ残ってたら、スゴい観光資源になってたのに。