Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #113
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#113



 あやめと久美は、手を繋ぎ歩調をそろえて左へ曲がった。新京極通の南端と四条通との交差点である。ただし、ここは四つ辻ではなくT字路である。Tの縦棒が新京極通、横棒が四条通りということになる。
 新京極通りは歩行者専用のアーケード街だが、四条通は、車がひっきりなしに行き交う京都のメインストリートである。道の両側にはもちろん歩道が通っており、アーケードに覆われている。片側二車線の車道にはアーケードはない。
 四条通の歩道は人で埋め尽くされていた。新京極通りと同じかそれ以上の人数が、それでもそれなりに、ゆったりとではあるが流れていた。そのゆったりした人の流れが乱れ滞るのは、市バスのバス停付近である。バスを待つ人の群れが歩道の幅いっぱいに広がり、人の流れを堰き止めていた。バス停ごとに3系統ほどの停留所があるので、待つ人の数は尋常のものではない。歩く人はその人群れを突っ切ることもならず、歩道の建物側すれすれをすり抜けるように迂回するしかない。中には、車道を歩く剛の者もいた。
 久美は、あやめの手を引くようにして、巧みに人群れを突っ切っていく。その姿は、あらゆる障害を乗り越え、ひたすら上流を目指す鮭のようにも見えた。

「ほれにしてもあやめ。びっくりしたなあ、野田のおや(親爺)っさんの話」
「あんた、久美。さっきその話、刑事さんらにしとうて(したくて)うずうずしとったやろ」
「そらそやん(それはそうだ)。あんなひっくり返りそうな話、聞かしたったら盛り上がったやろになあ」
「あほ。ちょっとは慎まんかいな」
「ほんでもあやめ。ほんまなんかねえ、あの話」
「あの話して、どの話やのん」
「決まってるやん。野田のおやっさんと女将さんが将来を誓いおうた(誓い合った)ゆう話やがな」
「せやねえ。まあ、てんご(冗談)言わはるおやっさんやないし、まるっきりでたらめ、ゆう訳でもないんやろけど」
「そのまんまは、とうてい信じられへんわ。話のポイントは、あの出会いの後、二人にそれなりの接触があったかどうか、やな。野田のおやっさんが『花よ志』に入る前は、会うのんもむつか(難)しかったやろけど、ほの後は……おんなじ店におるわけやからなあ、顔は合わせるやろ。けど、そうゆう色っぽい話が二人の間で出たかどうか、やわねえ」
「せやねえ、おやっさんは否定したはった(否定されていた)けど……」

 四条通の雑踏の中、少し張り上げるような声で会話を交わしながら、あやめと久美は鴨川に架かる四条大橋の袂にたどり着いた。左に折れ、鴨川の右岸に沿って南北に伸びる先斗町通に入る。先斗町を上がった(北に歩いた)二人は、いくらも歩かずに「花よ志」の前に行き着いた。
 暖簾は出ていない。表戸も立て切り、まるで喪家のようなたたずまいの「花よ志」であった。近隣の店は普段に変わらぬ賑わいを見せている。それだけに「花よ志」は忌中であるかのようにも思われた。店内で人死にがあった、ということではその通りかもしれなかった。
 あやめは、出かけたときと同様に勝手口の引き戸をそっと開けた。久美を促して先に行かせ、後から店内に入った。先に上がった久美に続き、履き物を脱ごうと少し屈んだあやめに、声が掛かった。

「どこ行ってたんや」

 あやめは反射的に振り仰いだ。薄暗い勝手口の板敷に、仲居頭のお道が立っていた。

「お道さん」
「お道さん、やないわ。出たあかん(出かけてはいけない)言われてんのに、どこ行ってたんや」
「すんまへん、野田のおやっさんとこどす。ちょっと御機嫌伺いに……」

 野田、と聞いてお道の表情が心なしか変わった。顔を顰めたのか、綻ばせたのか、あやめには判断が付かなかった。お道はぼぞり、と声を継いだ。

「……女将さんがお呼びや。自分の部屋にいたはるよって(御出でになるから)すぐ行き(行きなさい)」
「あ、へえ」

 女将が何の用だろう。
 単に、出かけたことを叱られる、そんなことでもあるまいがと考えながら、あやめは躊躇なく女将の部屋に向かった。背後で再びお道の声がした。

「久美、あんたはこっちや」

 ということは……ぼちぼち店を開ける、ゆう話かな。それにしては、女将さんがうち(私)に直接そないな話、しはる(される)やろか……。
 志摩子女将の自室の前、板敷きの廊下に膝をついたあやめは、襖越しに声を掛けた。

「すんまへん、あやめです」

 室内からは、即座に返答があった。

「お入り」

 襖を開けたあやめは躙り入った。襖を閉じ、畳に両手を付く。
 志摩子は、長火鉢の前で煙管を使っていた。その様子は、あやめが「花よ志」に雇われ、初めてこの部屋に入ったときと服装まで同じであった。

「勝手に留守しまして、すんませんでした」
「どこ、行っとったんや」

 志摩子の言葉には、何の感情も籠っていなかった。

「へえ、野田のおやっさんとこどす。お元気したはるやろか、思いまして」
「……差し出たことを」
「すんまへん。せやけど……」
「その野田が死んだ」

 あやめには、何を言われたのかわからなかった。機械的に声を出した。

「はい?」

 あやめの声は単なる返事とも、問い掛けともつかぬものだった。
 志摩子はそれ以上何も言わない。

「あの、女将さん。今なんと……」
「野田が死んだ、ゆ(言)うとるんや。おんなじ(同じ)こと、にへん(二度)も言わせるんやないわ」

 志摩子の言葉の意味を、ようやくあやめは理解した。理解はしたが、全く実感はできなかった。

 そんな……。
 まさか……。

「せやかて(だけど)女将さん。ついさっきまでお元気で……」
「そないなこと、うちが知るかい。さっき知らせがあったんや。ただ、死んだ、とだけな」

 あやめは絶句した。この女将も冗談など言う人ではない。少なくとも、あやめたち従業員の前では顔を綻ばすことすらしない志摩子女将であった。そこに思い至ったあやめは、ようやく野田の死を現実のものとして受け入れた。

「おやっさんが……」

 言葉らしい言葉が出ないあやめに、覆い被せるように志摩子は言葉を継いだ。

「今晩通夜で、明日本葬やそや(だそうだ)。あんた行といで(行ってきなさい)。行って、てったい(手伝い)なり何なり、したったら(してあげれば)ええがな」
「へえ。あの……女将さんは……」
「そないなもん、うちがいちいち、いてられるかい(行っていられない)」
「せやかて女将さん。おや(親爺)っさんですやん。この店の花板さんですやん。もちょっと(もう少し)……」
「あんた、うちに指図しよっちゅうんか。たかが料理人の分際で、この店の女将に説教しよっちゅうんかい。ああ、あやめ」

 あやめは慌てて頭を下げた。

「いえ、とんでもおへん。出過ぎたことを申しました、お許しください」
「……ふん。ほれから、久美、連れてったらあかんで」
「……はい……」
「二、三日うち(内)に店、開ける。忙しなるよってな。あんたも、そのつもりしとき」
「はい……」

 あやめは、志摩子女将の部屋を出た。体が自分のものではないような、おぼつかない足取りで自室に向かった。廊下を少し行ったところで、部屋の襖を閉め忘れたことに気付いたが、戻る気にはなれなかった。
 あやめは、のろのろと自室に戻った。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #112】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #114】




コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2015/08/11 14:03
    •  じゃなくて野田のおやっさんが死んだ!
       ひえええー、です。
       あやめでなくても「そんな、まさか」です。
       ついさっきまで、一緒に茶を飲み、菓子を食べ、昔話に興じた野田太郎です。一体何があったのでしょう。急病でしょうか、交通事故でしょうか。作者はまだ何も考えておりませんが、野田太郎を殺したのはわたしです(『冥王星を殺したのは私です』は、マイク・ブラウン)。
       一方志摩子は「野田が死んだ」それだけです。まあ、冷たいものですが、人の内心というのは分からないところがあります。まして花の京都で一軒構える商売人。一筋縄でいく人物ではもちろんないわけですが、心の中では昔日を思って泣いてたりして(それはないやろ)。
       まあ、そのあたりは次回以降、徐々に明かされることになります。で、この点も含め、この「野田太郎の死」。これがターニングポイントとなり、『アイリス』は終盤に向かうことになります。と申しましても紆余曲折はまだまだあります。いつ開くのでしょうか、『アイリスの匣』。
       
       今後もご贔屓賜りますよう、あやめに成り代わりまして、よろしくお願い申し上げます。

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2015/08/11 19:55
    •  カントリーマアムに当たったのでしょうか?
       亡くなったとなれば、まずは葬式です。
       会場は、どこで行われるんでしょうね?
       それよりまずは、喪主だわな。
       身寄りがあっても、遠方じゃ間に合わないでしょうね。
       となれば、雇い主の志摩子が務めるのが筋でしょうが……。
       警察の捜査が入ってることを理由に断るでしょう。
       となれば、やっぱ相良ですかね。
       待てよ。
       殺人事件があった店の板長が死んだわけです。
       そんなに簡単に、葬儀は出せないのでは?
       司法解剖になるんじゃないでしょうか?
       その間に、会場を決めておきましょう。
       ↓近くに、公益社がありました。
      http://www.koekisha-kyoto.com/company_profile/company_profile.html
       でも、ここは本社で、会場は無いかもです。
       ↓ちょっと南ですが、『烏丸ブライトホール』という会場がありますね。
      http://www.koekisha-kyoto.com/blight_hall/inaba.html
       申し込みは、本社にするようです。
       電話は、221-4000です。
       布団が2組しかありません。
       添い寝は、2人までです。
       でもこれは、相良一人でいいでしょう。
       問題は、式場料の8万円(税別)を誰が払うかですね。
       このくらい、『花よ志』が出すべきだと思いますがね。
       でも、坊さんのお布施や戒名までは、出してくれないでしょうね。
       やっぱ、仏式はやめるべきですかね。
       ここで、↑の『烏丸ブライトホール』のページに、妙な但し書きがありました。
      *宗派に関係なくお受けします(但し日蓮正宗は除く)
       これは、どういうわけなんでしょう。
       日蓮正宗では、団扇太鼓を使用しないそうなので……。
       やかましくて近所迷惑、という理由じゃないはずです。
       一番、安上がりな宗教って、何でしょうね?

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2015/08/12 03:09
    •  ありがとうございます。
       父親の葬儀の時を思い出しましたよ。あんときはわたしが喪主でね、まだ若かったから体力的にはどってこと無かったのですが、周りの家族、親戚、知人、それに葬儀会社の人らが寄ってたかって、それこそひっきりなしに、わたしに声を掛けるわけです。「喪主さん」「喪主さん」「これ、どうする」「あれはどうなった」「ここはこないしたほうが」「これ、アカンのんちゃう」。
       しまいに“ほんなもん、勝手にやってくれたらええやんけ”と喚きたくなりましたがそうもならず、精神的にくたくたになりました。もう、二度と喪主はやらんぞ。
       といっても、母親が残っとるからなあ。わたしのほかに男兄弟はおらんし、やらなあかんやろなあ。先に死んどく、という手も……。
       しかしよく調べましたね。気合が入ってるといいますか……好きなん?葬儀。
       一番安上がりは『直葬』でしょうか。儀式一切を行わず、ただ火葬だけするものだそうです。わたしの義理の弟はこれでやりました。周りはブーイングの嵐だったそうです。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2015/08/12 07:52
    •  結婚式と違い、事前に打ち合わせたりリハーサルをしたりは出来ないイベントです。
       すべてがぶっつけ本番と言っていいでしょう。
       わたしは、祖母の葬儀で、喪主を務めました。
       母が、がっくりしてしまってたんです。
       葬儀のしきたりは、地域によって様々です。
       火葬を済ませてから葬儀が始まるという所もあって、出席したわたしは大いに驚いたものです。
       ほかの地域から来た人が、葬儀の進め方に口を出すのは、ご法度と言っていいでしょう。
       今年の初め、母の古い知り合いが、がんで亡くなりました。
       余命を知ったその人は、葬儀社の手配も自分で行ったそうです。
       やせ細った顔を見られるのが嫌だったのでしょう……。
       火葬が済むまでは誰にも知らせるなと、奥さんに厳命したとか。
       奥さんは、その命を守り、通夜も葬儀も、すべて1人で行ったそうです。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2015/08/12 12:42
    •  安い費用で、しかも直葬でやると、立会人は葬儀社の社員一人だけ、というケースもあるそうです。
       野田太郎の場合、少なくとも相良とあやめがいますし、「隣のお福おばはん」もいるかもしれません。
       しかし、お母さんの知り合いさんの奥さん。あとであちこちから、なんやかんや言われたんやないですかね。新潟って、そういうのはうるさいのでは……。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2015/08/12 19:47
    •  子供がいないのですよ。
       できなかったのです。
       だから、いつも夫婦一緒で、すごく仲の良い夫婦だったそうです。
       相続人は奥さんひとりだから、揉めごともないですしね。
       いろいろ言う人はいたでしょうが……。
       奥さんとしては、故人の意志を貫いたんだから、何を言われても平気なんじゃないですか。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2015/08/12 20:57
    •  そういうことなら安心しました。
       しかしいらっしゃるんですねえ、そんなドラマみたいなご夫婦。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2015/08/13 07:32
    •  クレジットカードの解約まで、すべてご自分でなされたそうです。
       わたしが死期を知ったとして、そこまで出来るとは、とうてい思えないです。
       京都市中京区では……
       ↓国保の加入者には、葬祭費用として、5万円が支給されるそうです。
      http://www.sougiya.biz/srh2.php?cityid=26&city2=%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%B8%AD%E4%BA%AC%E5%8C%BA
       野田は、『花よ志』で社保に入ってるでしょうから、ダメですね。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2015/08/13 08:19
    •  ははあ、そのあたりは何も考えていませんでした。言われてみれば、ですがなんとなく国保のように思っていました。料理人や仲居、料理の世界で働く人はみんな国保だと……。
       個人経営の店ではもちろん国保でしょうが、大きな店になりますと会社組織もありますか。となると社保ということですがさて……。
       志摩子女将は、従業員の福利厚生なんてこれっぽっちも念頭にないような気もします。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2015/08/13 11:54
    •  従業員が1人でもいれば、社保は強制加入となります。
       ↓個人事業所の場合、飲食店などのサービス業は、従業員数にかかわらず、強制加入とはなりません。
      http://www.kanri-center.jp/category/1297357.html
       『花よ志』は、会社組織じゃないんでしょうかね?

    • ––––––
      11. ハーレクイン
    • 2015/08/13 16:06
    •  社保とか会社組織とかは、料理の世界には違和感があります。もちろん今の時代、健保無しというのは法律違反になりますから、あやめも久美も国保に入っています。『花よ志』はもちろん会社組織ではありません(ということにします)。

    • ––––––
      12. Mikiko
    • 2015/08/13 18:34
    •  野田の葬儀の喪主は、中京区から5万円を受け取ることが出来ます。
       葬儀をしないで受け取ったら、詐欺なんですかね?

    • ––––––
      13. ハーレクイン
    • 2015/08/13 21:00
    •  じゃなくて葬儀。
       「葬儀」をどう捉えるか、でしょうね。
       自宅やそこらで何にもしなくて、単に斎場に付き添っただけでも「これがうちら流の葬儀や」と言い張れば、ことがことだけに穏便に、ということで役所も文句は言わないのでは(文章、長いぞ)。さすがに、骨揚げはしないとまずいでしょうがね。
       しかし、野田のおやっさんの葬儀はこれに近いかもしれません。喪主はやはり相良しかいないでしょうね。
       なんてのんきなことは言ってられません。次回には書かんとあかんのです、野田葬儀。
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