Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #103
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#103



「おい、直(なお)、太郎。儂らは先ぃ上がるよって。あと、ちゃんとやっとけよ」

 京都祇園、下河原(しもがわら)の料理屋『梅亭(ばいてい)』の調理場で、板場を仕切る立板の一人、中島太一が二人の追い回しに声を掛けた。

「はい」
「へーい」

 追い回しの相良直(ただし)、それに野田太郎の二人が中島に応え、返事をした。

「一応見といたけんど、火の元だけは気ぃつけぇよ」

「はい」
「ほーい」

 相良と野田は片付けの手を休めず、顏だけを中島に振り向けて返事を返した。中島は、さらに言葉を継いだ。

「おい、なお(直)」
「へい」
「昼間言うた明日の出前やけんど、おまん(お前)はええとして、太郎は初めてのはずや。せやのう(そうだろう)太郎」

 野田が返事をした。

「へえ、そないどす」
「しやから、なお(直)。出前の段取り、太郎におせ(教え)といたれ」
「へい、承知しました」
「ほな、あと頼んだで」

 中島は、野田と相良に背を向け、数人の板場仲間とともに調理場を出て行った。
 野田太郎と相良直(ただし)。『梅亭』の二人の追い回しは、その日最後の掃除に取り掛かった。
 調理場というものは汚れるものである。汚れない調理場などあり得ない。汚れるたびに、調理場の誰しもがこまめに掃除をするのだが、一日の終わりの調理場には、その日落しきれなかった汚れが蓄積している。これを綺麗にするのが、追い回しのその日の最後の仕事だった。

 調理台は調理人が綺麗にしている。
 野田と相良の作業は、おもに床掃除だった。
 厨房では、当然のことであるが油を多く用いる。だから床の汚れも油汚れが多い。これをしっかり落としておかないと足元が滑り危険になる。床掃除は、調理場にとって欠かすことのできない大事な作業であり、その作業を行う追い回しはただの下働きではない。調理場の歴とした戦力なのである。

 野田と相良は、デッキブラシを手に床を擦り始めた。水を流しながらしっかり擦る。時には洗剤を使う。大量の水を流し、全ての汚れを洗い流す。
 その作業は……一日中泥まみれになり、転げまわるように遊んで戻ってきた子供に風呂を使わせるような、そのように思わせる丁寧な作業であった。もちろん、野田も相良も、まだ自分の子などいないのだが……。

 『梅亭』に入った当初の野田は、一日の終わりにはいつも疲れ切っていた。床にへたり込みたいほど疲れ切っていた。床掃除は、床を擦るというよりも、デッキブラシで辛うじて体を支えているだけだった。半ば眠っていた。
 今は、その日の事や明日の事、板場の他の人間の事、自分の将来の事、そして料理の事……さまざまな事に思いを巡らす余裕が持てるようになってきた野田太郎であった。
 野田は、デッキブラシを使いながら相良に声を掛けた。

「なお(直)はん、ほんで、出前て……」
「あんなあ、太郎。儂の名前はなお(直)やない、ただし(直)や。もう百回くらい言うたぞ」
「あ、すんまへん。ほんでも、みんな、なお、なお、て……」
「ほらあ、『ただし』より『なお』の方が言いやすいから、兄さんらはそない呼ぶわな。それはしゃあない。しやけど、おまんくらいちゃんと呼べ。儂の名前は『ただし』や。ほれ、言うてみい」

 野田は俯いて相良の言葉を聞いていたが、目を上げた。相良を見詰め、確認するように呼びかけた。

「ただし……はん」
「おう」

 野田は、にこやかに笑った。野田の笑顔というのは、珍しかった。不貞腐れているというわけではない。もともと表情の変化に乏しいのだ。そのいかつい顔の内側には、実は豊かな感性が備わっている。半年余りの間、毎日を共にする中で、そういうことが相良にはわかってきた。

「ほんで、ただはん……」
「し、が抜けたぞ。まあええ、出前の事やな」
「へい」
「ちょっと、こっち来い」

 相良は、手にしたデッキブラシを調理台に立てかけ、調理場の奥に向かった。野田は、同様にデッキブラシを置き、慌てて相良の後を追った。相良の向かった先は、奥の壁に造り付けの、扉の付いた物入れだった。観音開きの戸を引き開ける。
 物入れの中には棚が数段設置してあり、様々な用具類が保管してあった。食器類は無い。料理屋にとって大事な備品である食器類は、別の場所に保管してあった。

 相良は一番下の段の隅から、箱のようなものを取り出し、傍らの調理台の上に置いた。木製の平たい箱である。縦横がそれぞれ数十センチの長方形、深さは十数センチであろうか。薄い蓋が被さっており、かなり長めの持ち手が付いている。料理屋が出前に用いる箱で、岡持ち、出前箱などと称する道具であった。
6c7a71d6.jpg

↑岡持ち。クリックすると、大きい画像が見られます。


 相良は、蓋に付いた摘まみを指先で挟み、蓋を取り除いた。中には仕切りや棚などは一切ない。シンプルな箱であった。

「これな、岡持ちいうんやけど、これに料理入れて運ぶんや。自転車に乗って提げていくこともあるらしいけど、うちが出前に行く先は近いとこばっかしやから、歩きや。なあんもむつかしい(難しい)ことあれへん。中の料理こ(転)かさんよう、気ぃ付けるだけのこっちゃ。急ぐこともないしな」
「しやけど(だけど)なおはん。これやと、あんまりようけ(沢山)は運べんのや……」

 野田の呼びかけは「なお」に戻ってしまったが、相良も野田自身も気づいていない。

「せや。そこやな。一品料理やったら問題ないけんど、明日はコース料理やさかいな、メニューに沿って順番に運ぶんや。まず『先付(さきづけ)』、ほれから『椀物』、いう感じやな。客が食べるやろうスピードに合わせて、順番に持っていくんや」
「そないうまいこと、いきますやろか」
「まあ、多少まぁ(間)が空いたり、詰まったりすんのは(するのは)しゃあないわな。しやから二人いるんや。一人ではまぁ(間)合わせんのん、むつかしい(難しい)」
「へえ……」

 野田はわかったような、よく呑み込めないような、あやふやな表情を浮かべた。

「ほれとやな。先方の人らにちゃんとあいさつせなあかん。客と顔あわせることは無いけど、向こうさんの……出てきはんのはまあ、仲居さんやろけど、『おおきに、梅亭です』くらいはちゃんと言うんや。ええか。おまんは口べたやから、その辺はちっと心配やのう」
「へえ……」

 野田の声は小さくなっていく。口下手も何も、京に出てきて以来、『梅亭』の料理人以外の者と口を利いたことは、ほとんどないのだ。

「ほれからやな、太郎。おまん、出前先の『幸田屋』はん。場所、知っとんのか」
「あ……へい……」
「なんや、頼んないのう。ちょっと言うてみい」
「あ……えー、出て、左行って……はじめのかど(角)……右……」
「あー、まあ、そういうこっちゃが……よし、今から戻りがけに、前通って確認しとこか」
「へえ……」
「よっしゃ。ほな、さっさと片付けるぞ」

 相良は、岡持ちを物入れに仕舞い扉を閉じる。デッキブラシを手に取った。野田もそれに続いた。
センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #102】目次センセイのリュック【幕間 アイリスの匣 #104】




コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2015/06/02 11:07
    •  今回の出だし、#99とそっくりです。特に13行目までは全く同じ、もう少し先にも同様の部分があります。
       それもそのはず、今回の出だしは#99をコピペしたものなんですね。
      (パクリや、手抜きや)
       なにをああた、そのような。
       コピペしましたのは自作。法律違反でも同義に反するわけでもございませんでしょう。
       「手抜き」という謗りはまぬかれませんが、話の流れ上、同様の場面が出てきたわけですから、これはしょうがございません。同様の場面を重ねることで、映像的な効果を狙ったと、こうお考え下さい(物も言いよう、やの)。
       さらにこのことで、料理屋の板場と申しますのは、日々同じ作業を淡々と繰り返すものであると、そういうところもお味わいいただければ嬉しく思います。まあ、こういうところは、警察など一部の特殊な業界を除いては、いづこも同じ秋の夕暮れ、なのでしょう。
       もちろん、同じことの繰り返しだけでは小説になりません。淡々とした日常のその中に、ある日突然事件が起こる。これが緊迫感を増すわけですね。
       次回にその突発事件が起こることになります。楽しみですねえ(作者が言うな!)。
       閑話休題(近頃これが多いな)。
       今回、またまた画像付きです。これも「どうかなあ」と、少し忸怩たる思いです。
       画像があると説明はもちろん楽になりますが、本来、小説とはあたりまえですが、文章によって成り立つもの。画像に頼るというのはある意味、邪道でしょう。
       文章によって生まれる読者のイメージはそれぞれ異なるもの。画像はそれを一つに固定してしまいますからねえ。が、まあやってしまったものはしょうがない。画像によって生まれた「余裕」を、文章に振り向けてさらに充実させていく所存です(大きく出たのう)。
       『アイリスの匣』野田太郎編。
       少々長くなったようです。次回、「突発事件」を起こしたうえで逃亡、じゃなくて、早急に蛸薬師に戻る所存です。今後とも、ご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
                              作者敬白

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2015/06/02 19:40
    •  #99と同じ出だしであることに気づく人は、たぶん誰もおりません。
       かくいうわたしも、投稿データを作成しながら、まーったく気づきませんでした。
       岡持ち。
       持ちにくそうですよね。
       底面積が広いから、身に引きつけて持てません。
       重たいと、特に辛いんじゃないでしょうか。
       むしろ、真ん中に穴を空けて、頭からかぶるようにしたらどうでしょう。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2015/06/02 20:55
    •  それも少し寂しいものがあるなあ。わたしだけが知っているのか。
       『私だけが知っている』は、往年のNHKクイズ番組。司会進行はあの德川夢声(むせい)!。
       もはや知る人も少なかろう。
       かぶってどうする!?岡持ち。
       寿司屋では、同様の取っ手付きで、平たい丸桶を使いますね。もちろん寿司桶を入れやすいからです。
       中華などでは縦長の直方体!ですね。前面がスライド式の蓋になっていて、中は2~3段の棚がついています。
       わたしが勤めたうどん屋では、平たい長方形の盆(50㎝×1mくらい)で運びました。よく、肩に担いで自転車に乗って運んでいます。
       わたしはそんな曲芸師のような真似は出来ませんので、後ろに専用キャリーのついた単車で運びました。このキャリーはなかなかの優れもので、盆に乗せた鉢や皿が運搬中に動かないように、上から布を被せて押えるようになっていました。
       それにしても……岡持ちの「岡」ってなんなんだろうね。
       どうしても気になるので調査したところ、実にいろいろな説がありました
      ①岡という字の意味はもともと「小処(おか)」で何かの傍らという意味。よって「おかもち」は傍らに下げて持ち運びする、横に下げて持つ道具というのが語源。
      ②繁華街にある料理屋が、上流階級の住む山の手(≒丘の上)へ料理を運ぶときに使われることから。(中島みゆきの名曲『下町の上(じょう)山の手の下(げ)』を思い出した)
      ③桶持ちのなまったもの。
      ④出前はおかあちゃんの仕事(つくるのはおとうちゃん)だった。で、「おかあちゃんの持ち物」が縮まっておかもち。
      ⑤むかし昔ある所に、出前の名人岡本君というのがいた。彼は皆から「おかもっちゃん出前よろしく!」ってな感じで呼ばれていて、それでいつか彼が使っていた道具を「おかもち」と呼ぶようになった。
       まあよく考えるものです。
       わたしはシンプルに、③に座布団一枚!

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2015/06/03 07:53
    •  “岡惚れ”などという言葉もあります。
       この“岡”は“傍ら”の意味で、「よく知らない異性や特に付き合いのない異性に、傍らから見ただけで惚れてしまうこと」だそうです。
       今、この成句が使われることは、ほとんど無いでしょう。
       転じて、“脇”や“外”を表す意味としても使われます。
       “岡場所”なんかがそうですね。
       桶に持ち手を付けた「桶持ち」というのは、一番ありそうではあります。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2015/06/03 11:46
    •  なるほど。
       この二つとも、今まで深く考えたことなかったですが、なるほどーですね。岡場所はともかく、岡惚れはわたしも使わなくなりました。意味が分かったからには積極的に使わんとねえ。こういう床しい表現は廃らせたくないものです。
       ということは、「岡持ち」は①かな。
       その場合、「『体の横』に下げて持つ」がポイントですね。肩に担いだり、単車に載せたりじゃ“岡”持ちとは言えんわけだ。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2015/06/03 19:45
    •  囲碁から来た言葉だそうです。
       人の碁を脇から見てると、打っている人より八目先まで手が読めるということから……。
       「第三者は、当事者よりも情勢が客観的によく判断できる」ということだとか。
       知りませんでしたね。
       岡八郎の芸名が、ここから来ているかは……。
       わかりませんでした。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2015/06/03 21:57
    •  広辞苑では【傍目八目】という項目名になっていますね。
       で「おかめ」は……
      【傍目・岡目】他人のしていることをわきから見ていること。
      となっていますから、もともと「傍目」だったのが、“おか”つながりで「岡目」に変わった。その結果「岡」てなんやねん、ということになってしまったのでは。
       阪急電車の宝塚線に「岡町駅」があります。隣が「豊中駅」。
       「豊中」の隣(傍)町で“岡”町なのかなあ。(違うと思うぞ)
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