Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
センセイのリュック/幕間 アイリスの匣 #93
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戯曲『センセイのリュック』作:ハーレクイン



幕間(小説形式)アイリスの匣#93



 柳辻巡査長は、板場の仕組みについて長々と薀蓄を傾けた。室内の誰も口を挟もうとしない。
 双子弟、北大路伸之丞巡査は、心底、感心したように声を上げる。

「へえー、そんなんぜんぜん知りまへんでしたわ。知ってはりました? 山科はん」
「あたり前や、知っとるわい。ほないなもん、常識やないけ」
「ほんまでっかあ。料亭なんぞ入ったことないんちゃいまんのん。赤ちょうちんばっかしで」
「やかましわ。おう、保。次や、次いかんかい」

 形勢悪しと考えたか、山科源太巡査部長は醍醐保巡査にはっぱをかけた。
 醍醐は報告を続ける。

「えーと、碗方の田辺銀二。焼方の平野良雄。この二人も狂犬と似たり寄ったりで。10時過ぎに店上がって、さっさと引き上げたそうです。まあ、仲居連中もそうでしたけんど、このあたりの裏付けはこれからですなあ」
「板場のもんはこれで、えーと、蛸薬師の野田も入れて……四人やな」

 柳辻和也巡査長が確認した。自分に言い聞かせているようであった。
 醍醐が応じる。

「そうです。あとは……追い回しの若いの。ほれと、さっきから話出てるおなご、ですな。これで六人。
 この二人は、他のもんが引き上げた後、掃除やら片付けやらやってから上がったそうです。時間は、も一つはっきりしませんが、もう夜中近かったんちゃいまっかなあ」
「ほの二人が上がったんは、狂犬、碗方、焼方のあと、には違いないんやな」

 山科が念押しをした。
 醍醐が答える。

「ほうです。で、追い回し、えーと竹田幸介は、ほのあと勝手口から店出たそうで。おなごの、東中あやめは自室に戻ったそうです。ああ、店出たもんは、みいんな勝手口からですわ」

 醍醐の報告を聞き、気付いた双子兄、北大路波之進巡査が声を上げる。

「ちゅうことはやな。裏庭で事が起こったんは、ほの、さらにあと、っちゅうこっちゃな」
「そうなるなあ」

 醍醐が慎重に返答した。
 山科が口を挟む。

「お、そないいうたら言い忘れてましたけんど、仲居も通いの連中はやっぱり勝手口から出たそうですわ」
「蹴上はんによると、左の路ぉ地にゲソは無かったそやからな。その……追い回しと、おなごのん(の物)以外は」

 六地蔵警部補が応じた。
 柳辻が念押しをする。

「ちゅうことは……おなごはともかく、その追い回し、竹田かいな、そいつが出たんが勝手口からや、いうのんもしっかり裏取らなあかん、いうこっちゃな」
「そういうこっちゃな」

 六地蔵が言った。さらに続ける。

「よっしゃ。えらいなご(長)なってもうた(長くなってしまった)。とりあえず、今はこん(この)くらいにしとこか。
 このあとはやな、山科はんと波は仲居連中にもっぺん(もう一度)当たってもらう、と。ほれと、特に女将から目ぇ離さんようにしとくんなはれや」

 六地蔵は、山科を見詰め念を押した。
 山科が確認する。

「女将でっか」
「せや」
「ほな、女将がなんぞ……」
「いや、ホシやとまでは言わんけど、あの女将、今度の件に関わっとる、なんぞ知っとるような気がしますんでな」
「ほう……へい、承知」
「はい」

 打てば響く、という感じに山科と波之進が返事した。
 六地蔵は続ける。

「ほんで、ヤナさんと伸は、引き続きモク(目撃者)当たっとくんなはれ。ほれと、近所の聞き込み」
「承知しました」
「まかしてくだはい(下さい)」

 柳辻と伸之丞も、すかさず返事した。
 六地蔵が、自分に言い聞かせるように締めくくる。

「ワシと保は板場連中に張り付きますわ」
「へい、おや(親爺)っさん」

 醍醐もきびきびと応じた。
 六地蔵が、少し声を張り上げ会議の終了を宣言する。

「今日あたった相手の話の裏付け、ほれと念押し。これ、よろしゅうにな。ほな、明日っから、と言いたいけんど、ゆっくりはしとれん。ご苦労やけんど、今からまた頼んます」

 六地蔵警部補と五人の刑事は一斉に立ち上がった。
 山科巡査部長が吠える。

「よっしゃみんな。気合入れていくでぇ」

 思い思いの掛け声をかけ合い、京都中京(なかぎょう)署、六地蔵班の六人の刑事は部屋を出て行った。




 その夜……。
 京都・東山のロイヤルマンション、311号室の室内では、宝田明子が酔い潰れて寝ていた。着るものは昼間のまま、ベッドにも入らず、ソファの上であった。
 明子は時折、咽び泣くようにしゃくりあげる。その顔には、幾筋もの涙の痕が乾いて残っていた。
 明子が、呟くような寝言を漏らした。

「あやめ、さあん」

 311号室の鍵は外れたまま、ドアチェーンもかかっていない。


 同じ時刻、先斗町の料亭「花よ志」。
 女将の志摩子の部屋では、花世と志摩子がいつものように狂態を晒していた。激しく噴き出す花世の尿を顔に受け、志摩子は恍惚の表情を浮かべる。
 しかしその眼は、どこか冷めた視線を部屋の襖に送っている。襖を見通し、遠くを見詰めるようであった。


 「花よ志」の厨房では、遅い時間にもかかわらず、立板の源蔵が一人で作業をしていた。
 作業台に砥石を据え、柳葉包丁を研いでいる。その手元は確かで、熟練の刃物師も思わせるものであった。
 しかし、源蔵の、死んだ魚のような眼は包丁を見ていない。砥石も見ていない。砥石も包丁も、作業台すら見通し、深い地の底を覗き込んでいるようであった。


 「花よ志」の勝手口に近い仲居部屋の一室では、あやめと久美が一つの布団の中で抱き合っていた。二人ともショーツ一枚すら身に着けていない。全裸であった。
 あれから、あやめが外出から戻り、警察の事情聴取を終えてから幾度抱き合ったのだろう。二人ともわからなくなっていた。それぞれ一度ずつ用足しに行った以外、一度も部屋を出ていない。食事もとっていなかったが、二人とも空腹は感じていなかった。

 あやめは左腕を横に伸ばし、久美に腕枕をしていた。天井をぼんやり眺めている。
 久美も同様に、仰向いていたが、時折横を向き、あやめの左脇のあたりに顔を埋める。そのたびに、あやめは右腕を伸ばして久美の体を抱き寄せ、撫で擦る。
 二人は軽く唇を合わせあう。言葉を交わすことはほとんどなかった。

 あやめが左肘を突いて上体を起こした。久美の顔を見下ろす。声を掛ける。

「なあ、久美」
「ん、なに、あやめ」
「お店、明日まだお休みやなあ」
「うん、せや。なんや明日また警察来るらしいで。ほんで、鑑識いうのん? 指紋とか調べたりする人ら。その鑑識がまた調べはるらしいわ。今日、たいがいやってたのになあ」

 久美は、うんざりしたというよりも、興味津々という風情で言葉を継いだ。

「女将さんも何や引きこもってはるし。しばらくお休みやろなあ、店」
「ほなら……客室の準備とか、板場の仕込みとかでけへんやろし……明後日もお休み、いうことになるなあ」
「ほやねえ。ま、客室はうちらがちゃっちゃっとやったら、その日のうちでも間に合うけんど、板場はそうはいかんわねえ」
「ほしたら……みじこう(短い)ても、あと二日はお休み、いうことやね」
「せやねえ」

 あやめは、しばらく口ごもっていたが、思い切ったように言った。

「なあ久美、うち(私)なあ。うち、明日また出かけよ思て」

 久美が、激しい勢いであやめを見上げた。

「なにそれ!? またあいつと会う気? たいがいにしいや、あやめ。第一、あんまし外に出るな、て警察に言われてるやん。忘れたんか」
「わかってる。ほれは分かってるんやけんど、こんな機会めったにないやん。今まで行きとうても会いに行けんかった人んとこ、行こ思て。もちろん、明子はんやないよ」
「ほな……誰なん、会いたい人て」
「あんなあ(あのね)……」
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コメント一覧
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    • ––––––
      1. ハーレクイン
    • 2015/03/24 10:05
    •  明子、志摩子女将、立板源蔵、それに久美とあやめ……。
       それぞれがそれぞれの思いを抱え、京都先斗町の夜は更けていきます。
       実はこのあたりで、事件解決のヒントをちびっと小出しにしようと思ったのですが、まだまだ。中京署の六人の刑事の捜査活動も描かねばなりません。あまり真相をばらしてしまうと、せいがない(甲斐が無い)やおまへんか。
       ま『アイリス京都編』。現在、警察ものに突入ですが、以前も申し述べましたように本格推理ではありません。倒叙ものです。
       いずれぼちぼちと“噂の真相”を明かしていく予定なのですが、これからこれから。
       次回を乞うご期待!

    • ––––––
      2. Mikiko
    • 2015/03/24 19:56
    •  ↓感心した描写がありました。
      -------------------------------------------------------------
       「花よ志」の厨房では、遅い時間にもかかわらず、立板の源蔵が一人で作業をしていた。
       作業台に砥石を据え、柳葉包丁を研いでいる。その手元は確かで、熟練の刃物師も思わせるものであった。
       しかし、源蔵の、死んだ魚のような眼は包丁を見ていない。砥石も見ていない。砥石も包丁も、作業台すら見通し、深い地の底を覗き込んでいるようであった。
      -------------------------------------------------------------
       上手いですね。
       映像が、くっきりと浮かんできました。
       ドラマで見てみたいシーンです。
       しかし……。
       犯人が明かされない“倒叙もの”なんてあるんかい。
       『日本海フェリー殺人事件(Mikiko巨匠作)』を参照のこと。

    • ––––––
      3. ハーレクイン
    • 2015/03/24 21:12
    •  巨匠Mikikoにお褒めいただきました。
       自分でも書いていてね、ちょっとステロだけど、なんか鬼気迫る情景やなあ、と。
       何者なんですかね、「花よ志」立板、関目源蔵。
       犯人が明かされない“倒叙もの”。
       もちろん、んなのおまっかいな。
       小出しに明かしていくんだよ~ん。
       とはいえ、もうわかるだろ。捜査会議も一応終わったことだし、いまさら“犯人は全くの新登場人物”、はなかろうもん。
       捜査会議といいますと『アイリス』#85から始まったわけでして、なんと9回も費やしてしまいました(ほんまに、いつまいでもだらだらと)。
       いやあ、しんどかった。シナリオ形式で書いていればどんだけ楽やったか。
       ま、会議というのは、現実世界でも退屈なものと相場が決まっています。もうやるつもりはありません捜査会議。“六人の刑事”にはテンポよく捜査を進めてもらいましょう。

    • ––––––
      4. Mikiko
    • 2015/03/25 07:42
    •  セキメ菌。
       あんまし面白くないか。
       “倒叙もの”ってのは、小出しに明かしていくもん?
       最初に、犯行状況が描写されるんじゃないですか。
       もちろん、犯人の顔を出してです。
       『刑事コロンボ』『古畑任三郎』参照。
       犯人は、久美じゃろ。

    • ––––––
      5. ハーレクイン
    • 2015/03/25 11:05
    •  論評は、控えたいと思います。
       倒叙ものの傑作、F.W.クロフツ『クロイドン発12時30分』では、警察の捜査がひと段落した段階で、真犯人の登場になりますぞ。
       それに『アイリス』殺人事件の主人公東中あやめは、警察関係者ではありませんし、もちろん犯人でもありません(あ、あやめが犯人だった、というのも面白いよな)。だからこその“真相小出し”なんだよ(説得力、無し)。
      >犯人は、久美じゃろ
       答えは、差し控えたいと思います。

    • ––––––
      6. Mikiko
    • 2015/03/25 19:50
    •  聞いたことがある作家ですが、『クロイドン発12時30分』という小説は、まったくの初耳です。
       そんなに有名なんですか?
       ドラマ化する場合、倒叙ものには大きな利点があります。
       それは、犯人役に大物俳優を起用できることです。
       通常の推理ものでは、配役で犯人がバレてしまいますから。
       『古畑任三郎』シリーズでは、必ず大物俳優が犯人役で登場してました。

    • ––––––
      7. ハーレクイン
    • 2015/03/25 20:59
    •  世界三大倒叙ものの一つとされます。超有名。読んだことない人でも題名は知っている、というくらいのもんだ。
      ちなみに「クロイドン」はロンドン郊外の地方空港の名称、「発」するのはパリ行きの飛行機なんですね。で、この機内で死体が発見されるのが事件の発端……。
       クロフツの代表作は、ご存知(でないか)『樽』。これは読んでいないと恥ずかしい、というくらいのもんだ。わたしは高校生のころ読みました。内容はきれいさっぱり忘れてしまったが(わはは)。
       『任三郎』の大物俳優。
       たしかイチローも出演したのでは。超大物ですが俳優じゃないけど。今年はどうかなあ、イチロー。
       わたしはイチローと生年月日が同じです。あ「年」は違うか。
       話は変わりまして甲子園。
       昨日の試合で、滋賀代表の近江高校が2-0の完封で勝ちあがりました。いやあ、ピッチャーがええわ。
       で、次の対戦相手はあの強豪、県立岐阜商業。ここもピッチャーがいいです。味方の緩慢なプレーが原因で1点取られたけど。
       で、次の対戦、この両校なんですが、投手戦は必至(やってみなわからんけど)。楽しみやなあ。

    • ––––––
      8. Mikiko
    • 2015/03/26 07:25
    •  中学生のときでした。
       シャーロック・ホームズは、全部読んだと思います。
       ほかは、何を読んだか覚えてません。
       『樽』という小説があることは知ってましたが、読んでないですね。
       題名に魅力を感じなかったからかも。
       高校以降は、翻訳調の文章にアレルギーが出て、外国物が読めなくなりました。
       もちろん、原語では読めっこありませんし。

    • ––––––
      9. ハーレクイン
    • 2015/03/26 08:35
    •  わたしも歳と共に、気になるようになりました。翻訳者の力量もあるんでしょうがね。
       気にしてたら翻訳物が読めないので、気にしないようにしていますが、それでも少なくなりましたね、外国作品の読書量。
       根気が無くなったのか、ひょっとしたら「もう、今後読める量は限られてるんやから、性に合うのんだけ読もう」、と無意識に思っているのかもしれません。

    • ––––––
      10. Mikiko
    • 2015/03/26 19:47
    •  『不思議の国のアリス』を読もうとしたことがあったのですが……。
       とうてい読めるものではありませんでした。
       わたしは今、読書はほとんどできない状態ですね。
       電車の中で、宮脇俊三の鉄道ものを読み返すくらいです。

    • ––––––
      11. ハーレクイン
    • 2015/03/26 21:46
    • 面白いのになあ。
       わたしは『不思議の国』も『鏡の国』も読みました。
       あれが“読めない”のは翻訳者のせいではありません、ルイス・キャロルのせいです。
       わたしは読んだ当初、作者が女性だと思っていましたが、ペンネームなんですね。本名のアナグラムだとか。
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