2015.2.17(火)
室内に沈黙が下りた。六人の刑事は誰も口を利かず、互いに見交わすこともなく、手帳を見たり、腕組みをして天井を見上げたりしている。
蹴上もそれ以上語ろうとしない。
ややあって六地蔵が蹴上に顔を向け、口を開いた。
「で、蹴上はん。凶器はどないなもんですやろ」
「凶器は刃物や」
すかさず双子弟、伸之丞が突っこむ。
「凶器が刃物、はもうわかってまんがな、蹴上はん。まさかピストルのわけおまへんわな」
「やかましわ。順番に説明しとるんやないかい」
わめく蹴上。
「ええか、凶器は刃物。薄うて細身で、やや長い刃物や」
勢い込んで双子兄、波之進が問いかける。
「包丁でっか」
「そこまでの断定はでけんが、可能性は高い。もし包丁やとしたら刺身包丁ゆう感じやな」
「刺身包丁……」
「プロの料理人のもん(物)でんな」
双子弟、伸之丞が勢い込んで言った。
応じる蹴上。
「そないなことわかるかい。刺身包丁くらい、そこらのスーパーにも売っとるわ」
「ほらほうでっけど。ほんでもそこらのおばはんの使うのは菜っ切り包丁、せいぜいが出刃でっしゃろ。刺身とくるとやはりプロ……」
「おい。おまん(お前)どないしてもあの店の厨房のもん(者)の仕業にしたいようやが、この段階ではなん(何)も断定でけんわ」
おおい被せるように蹴上がわめいた。
六地蔵が続ける。
「せや。くどいようやが予断はあかんぞ、予断は」
六地蔵は、続けて蹴上に問いかける。
「現場の状況はどないでっか、蹴上はん」
「おお、現場か」
六人の刑事は、あらためて蹴上を見つめる。
蹴上は、醍醐巡査が描いた黒板の図を示しながら語り始めた。
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「まあ、現場はおまんらも一渡り見た思うけんど、半分密室みたいなもんやな。『花よ志』のたてもん(建物)全体の真(ま)あ裏手、鴨川の土手に面する裏庭や。
けんど(だけど)、高い塀に阻まれて川は見えん。んで、庭からも土手側からも調べたけんど、この塀によじ登ったような形跡はないし、どっちゃ側にもゲソ痕はいっこも(一つも)無かった。
まあ、庭の方は結構雑草が生えとるんでゲソは残りにくいがの。現に、塀の近くだけやのうて庭全体にもゲソ痕はほとんどなかった」
「ほとんど、ゆうことはちょっとはあったんでんな」
山科巡査部長が問いかけた。答える蹴上。
「あるにはあったが、みいんな店のもん(者)のやった。あの、なんちゅうたかいな板場の若いの。ほれとやっぱり板場におなご(女子)が一人おるやろ。この二人のもんだけやった。要するに、あの裏庭はほとんど使われとらんゆうこっちゃな」
山科に代わって柳辻巡査長が問いかける。
「通りから木戸潜って、路地伝いに庭に行けまっしゃろ。ほの路地のゲソはどないでしたんや」
蹴上が応じる。
「ここにもいま言うた二人のもんだけやった」
「被害者のゲソはおませなんだんでっか」
「無い。そもそも被害者は、履きもん履いとらんかったやろ」
「裸足のゲソも無かったんでっか」
柳辻が確認するように質問した。
答える蹴上。
「なかった。路地にも庭にも無かった。まあ、残らんかったちゅうことかもしれんけんど、死体になった後で庭に担ぎ込まれた可能性が高い。
となると路地伝いやのうて、たてもん(建物)の裏口から、ゆうことになる。路地には草ははえとらんからのう、歩いたらゲソは残る」
畳みかけるように蹴上は語り継いだ。
自分に言い聞かせるように柳辻が受ける。
「または、今の二人のどっちかの犯行……」
双子の兄、北大路波之進巡査が続く。
「死体担ぐとなるとおなごには無理でっしゃろ。となるとその板場の若いの……」
「こら。犯人の推測はまだ早い。今はとりあえず現場の状況把握や」
六地蔵が、たしなめるように双子兄に声を掛けた。
山科巡査部長が唸る。
「死体担いで、やったらかなりの重さでっしゃろ。ゲソ残りそうに思えますがのう、庭に」
蹴上が答える。
「ねろ(狙)たんか、たまたまかは分からんけど、上手いこと草の上だけ歩いた可能性が高い。その場合、庭の状況をよう知っとるもん(者)の仕業ゆうことになるのう」
「ちゅうことは、犯人は店のもん(者)……」
伸之丞、双子弟が勢い込んで言った。
再び六地蔵がたしなめる。
「こら。予断はあかんゆう(言う)とるやろ。捜査はまだ始まったばっかしや」
室内の雰囲気を変えるように、柳辻巡査長が蹴上に問いかける。
「で、現場への出入りでっけど、路地の入口の木戸。これを使(つこ)た形跡はおましたんか(あったんですか)」
「形跡ゆうてものう。なんの傷も無かったわ、綺麗なもんや」
蹴上が応じた。
柳辻が続ける。
「鍵つぶしたとか、こじ開けたとか、何もおませなんだんでんな」
「潰すもなんも、もともとあの木戸には鍵なんぞついとらんわ」
「鍵が無い! ほな開けっ放しっちゅうこってすかいな」
「まあ、開き止めの横木は付いとるけんどな、この止めにかて異常なかった。ついでにゆ(言)うとくと、反対側の、ほれ勝手口につながる路地の入口。ここの木戸もおんなじ。綺麗なもんやが鍵はついとらん」
「なんと。ほれやとどこもかも開けっ放し。さあ、どうぞお入り、ゆうことでっか」
山科巡査部長が半ばあきれたように言った。
蹴上は、なんとなく言い訳するように答える。
「まあ、路地の先の、裏口や勝手口はさすがに鍵かけとるようやけんどな。
しやけど、この二か所の出入り口、どっちも木製の引き戸や。ほれで鍵は、その、何ちゅうんや、ねじを回す式の……あれや。大の男がその気になりゃ、二か所とも簡単に戸ぉ外せるし押し破れるわの」
「なんと不用心でんなあ」
柳辻はあきれ返って天井を見上げた。
そんな義理も無いのに、宥めるように北大路兄が言う。
「まあ、さすがに玄関はちゃんとしとるようですし、なんせ店の場所は京のど真ん中ゆうてもええとこ(所)でっから、どないしても防犯意識はあも(甘)なるんですやろ」
山科巡査部長が吠える。
「ほら、あかんど。防犯ゆうのんはやな、普段が大事なんや」
「へえ、すんまへん、って、何でわしが謝らな……」
波之進、北大路兄が受けた。
さらに吠える山科。
「まあ、その辺は女将にゆ(言)うとくんやな」
「あのおばはんにほないなことゆうても埒明きまへんで」
「ほなら、あの女番頭にでもゆうこっちゃ」
室内を見回し、六地蔵が言う。
「よっしゃ、ほな次や」
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2015/02/17 09:19
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鑑識の蹴上を入れると七人です。
その昔、「七人の刑事」というテレビドラマがありましたがご存知でしょうか。TBS系で1961年~1969年に放映された社会派ドラマで、その後も特別編が何本か放映されています。
主演は、部長刑事役の芦田伸介。警視庁捜査一課の刑事七人が毎回捜査に当たり、時間内に必ず解決させました。当初はモノクロでね、今思い返せば、それがかえって迫力を生み出していたように思えます。
京都・中京署の「七人の刑事」の活躍やいかに! 見事、祇園「花よ志」殺人事件のホシをあげることが出来るでしょうか。
蹴上の鑑識報告、まだ続くようです。
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2. Mikiko- 2015/02/17 19:52
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ギャオスのような怪獣が、空から落としていったんじゃないですか?
でもその場合、死体に何らかの痕跡が残るはずですよね。
爪痕とか。
同じく、竜巻で巻きあげられて落ちた場合も同様、無傷では済みますまい。
よし、わかった。
大凧を使ったのです。
昔のテレビ番組で、忍者が凧に乗って移動するシーンがありました。
犯人は、死体と共に大凧に乗り、音もなく『花よ志』の庭に舞い降りた。
恐るべき犯人です。
必ずや、第2の殺人を引き起こすでしょう。
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3. ハーレクイン- 2015/02/17 20:57
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あのな、この話は怪獣ものではない、警察ものです。
(あれ? 料理ものだったのでは)
>忍者が蛸に、いや凧に乗って
『仮面の忍者赤影』ですかね。
白土三平『カムイ伝』にもありました。
>必ずや、第2の殺人
第2どころか……。
前回、蹴上鑑識主任が言うとります。
「この事件の犯人、おそらく以前にも何人か殺(や)っとる思うで」
連続殺人ときますと……。
横溝正史『夜歩く』ですかね。
『夜歩く』はディクスン・カーにもあります。
SFですと、なんといいましてもジョン・W・キャンベル『影が行く』。
現実の連続殺人ときますと……。
「切り裂きジャック」。
日本にも「大久保清」がいますね。
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4. Mikiko- 2015/02/18 07:55
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地下ルートもあり得ますね。
ここらの家並みは、当然、戦前からあるわけでしょ。
となれば、庭や床下に、防空壕が残ってるはずです。
しかも、その防空壕は、地下でつながっている。
地下を通って、安全な場所に逃げるためです。
うむ。
これは間違いなく、鴨川の土手っ腹へも抜けられますぜ。
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5. ハーレクイン- 2015/02/18 11:07
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死体搬入法にこだわるではないか。
空とか地下とか、いろいろご意見をいただきましたが、『アイリス』は忍者ものでも戦時ものでもおまへん。警察もの、ていうか料理ものどす、よろしゅうに。
京都の防空壕。
興味がわきましたので、ちょっと調べてみました。
「京都は古い文化財の宝庫だから、さすがの米軍も京都は空襲しなかった」、つまり京都に防空壕などなかった、と聞いていたのですがとんでもない。1945年(昭和20年)、つまり終戦の年に5回、京都空襲・空爆が行われたそうです。
1回目:1月16日、東山(あやめと明子が食事をした料亭「ひいらぎ」のある場所)。
2回目:3月19日、右京区春日町(京都市の西部になります)。
3回目:4月16日、右京区太秦(映画の撮影所で有名)。
4回目:5月11日、京都御所(狙ったのだとしたら相当な悪意が感じられますなあ)。
5回目:6月26日、上京区の西陣(ご存じ、西陣織の本場)。
しかし『アイリス』の時代は、以前に書きましたが1970~80年代。いくら何でも防空壕はおまへんやろ。
これもずいぶん以前に書きましたが、わたしの実家の近くには防空壕が残っていました。わたしが小学生の頃です。今は影も形ももちろんありまへん。
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6. Mikiko- 2015/02/18 18:36
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テレポーテーションや、タイムスリップ。
防空壕。
九州の山の方では、まだ残ってるという話を聞きました。
子供が入りこんだりするので、危険視されてるようです。
実際に爆撃を受けたら、怖くてたまらないでしょうが……。
そうでなければ、ちょっと住んでみたい気もします。
巣穴みたいで、快適なんじゃないでしょうか。
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7. ハーレクイン- 2015/02/18 21:36
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SFネタを持ち込んで、どうケリを付けろというのかね。
諸星大二郎の作品に、防空壕跡に潜り込んで遊んでいた小学生の話がありました。内容は全く記憶にありません。最後にUFOが出現したようですが。
狭い穴倉というのは落ち着くんだよね。リスやモモンガになって、ぬくぬくと冬眠しているような……(前之園陽子)。